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今日も今日とて膨大な書類の山を消化して、外はすでに真っ暗になっている。口からため息が漏れ出るのを止めることができるはずもなく、静かなシャーレではその吐息一つですら染み渡っていくように思えた。すでに当番の生徒達には帰ってもらった後である。
「まぁ、生徒たちの門限ぎりぎりになるようなことがあれば、折角の青春がもったいないからねぇ。」
誰に伝えるでもなく、椅子の背もたれに体重を預けていつも通りの天井を見つめながら独り言ちる。
だが、悪いことばかりではない。シャーレではなぜか、本当になぜか、仕事が死ぬほど忙しい時期とほとんど何もない暇な時期とが不定期に変わっていく。そして今日が、死ぬほど忙しい日の終わりなのだ。
すでに体は限界を迎えつつあり、今にも眠りたいという気持ちもなくはない。だが、それ以上に無理を通しきったあとの逆につかれていないように感じるせいで、素直に休む気にはならなかった。
これだけの仕事をこなしたのだ、少しぐらい褒美があってしかるべきだろう。そうだ、この時間ならまだ居酒屋はやっているに違いない。どうせ奴らも暇だろう、久しぶりに飲みに誘ってみるのも悪くない。
すっきりしているように思えてその実ただ動いていないだけの脳でそんなことを考えながら、スマホに手を伸ばす。シッテㇺの箱はタブレットなだけあってサイズ故の使い勝手の悪さが気になることも少なくないため、モモトークはスマホにも入れてアカウントを共有しているのだ。
スマホを起動し、モモトークを開いたところで、初めてメッセージが来ていたことに気が付く。送り主は、ナギサだ。受信からすでに3時間以上経っている。これまで気づかなかったのが申し訳ない。
『近日中に、シャーレの一室をお借りしたいのですがよろしいでしょうか。可能であれば、他の方が来ない部屋を定期的に借りれると嬉しいのですが。』
内容は、少し不思議なメッセージだった。ナギサはティーパーティーの現ホストであり、その一存で部屋の融通などいくらでも利くと思われるのだが。
いずれにせよ、その申し出に関して断る理由は特にない。現にシャーレは無駄に広いせいであまり使っていない部屋がたくさんあるし、居住区に関しては空き部屋だらけだ。その旨を、ナギサに返信しておく。ただし、定期的に使えるかどうかに関してはほかの生徒が使用を希望した場合には保証できないとだけ付け加えて。
「……最後におまけの仕事があったせいで飲む気も失せたな。今日はおとなしく寝ることにしよう。」
疲れからか普段はしないような粗暴な言葉遣いになっていることにも気づかず、重い体を引きずって寝床に転がり込んだ。
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後日。
約束していた日にナギサが訪れた。セイアとミカを隣に伴って。
「こんにちは、先生。本日は突然のお願いにもかかわらず、お部屋を貸していただきありがとうございます。」
「あぁ、いや、大丈夫だよ。そんな突然ってわけでもないしね。」
適切な距離感で、優雅に頭を下げるナギサ。礼儀作法に関しては、さすがティーパーティーのトップというべき完璧さだ。最も私にそのようなハイソな社交の場で求められる礼儀作法が必要な場面が訪れたことは少ないため、人のそれを品評できるほど造詣が深いわけではないのだが。
そして、彼女がセイアとミカを伴ってきたことで、先の疑問も解消された。いくら権限で部屋を自由に使えるといっても、複雑な立場のミカを交えて旧ティーパーティートップが集まって話をしていたら、憶測や噂が飛び交うことになるのは間違いない。一方で、シャーレに集まるのであれば、多少苦しいだろうが、友人同士で遊びに来たという対外的な言い訳もつかないことはないだろう。正直トリニティのそういった面倒くさい駆け引きは好きではないので可能な限り関わり合いにはなりたくないのだが。
「それでは、お借りしますね。このお礼は、後日必ず。」
「私とナギサは変わらずティーパーティーのトップだし、ホストの席もナギサのままになっているからね。トリニティに関することなら大抵は何とかできると思うよ。もちろん、私たち個人に対して何か要求するのでも構わないけどね。」
「うーん、そう考えるとティーパーティーの席を追い出されちゃったのは痛いな~。今の私じゃ、先生の力になろうと思ったら多少腕に自信があることぐらいしかないかも……。」
「ミカ、過ぎた謙遜は嫌味になるということは知っておくべきだと思うよ。君の戦闘能力は多少とかそういうレベルじゃないだろう。そんなだから一部でゴリラ何て呼ばれるんだ。」
「あははっ、セイアちゃんは相変わらず一言多いんだから~☆忠告のお礼に、ゴリラの力を体験させてあげようか?」
「遠慮しておこう、私は君みたいな脳筋ではないからね。そんなものを浴びてしまえばひとたまりもない。」
「お二人とも、先生の前ですよ?いい加減にしてください。」
笑顔で進んでいたはずの会話が、途中から笑顔の質が変わってきていたたまれないことになっていた。こういう空気苦手なんだけどなぁ。
だが、こうして軽口をたたきあえるのも先の一件がなんとか収まった証拠であり、彼女たちが仲直りした証拠だろう。ほほえましく、とはとても言えないがそこまで気を使う必要も恐らくないだろう。……仲直りしたんだよね?大丈夫だよね?
「はは、そんな気にしなくていいよ。それと、何か必要なものがあったら言ってね。しばらくは私もそこまで忙しくないから多分何とかできると思うよ。」
心で思っていることはおくびにも出さず、3人を部屋に案内する。不安はあるが、彼女たちはすでに一度乗り越えているのだ。心配しすぎるのもよくないし、生徒たちにそれを気取らせるべきではないだろう。
そうして、3人を部屋に送り届けてから、少ないながらも確実に存在する仕事を片付けに向かった。
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「さて。せっかく先生のご厚意でプライベートな一室を用意していただき、私たち3人でゆっくり話ができる場を用意できたというのに早速険悪なお二方。言いたいことはありますか?」
「そういうナギちゃんだって自分関係ありませんみたいな顔してるけど、口に出してないだけですごい険悪なオーラ出しっぱなしだからね?」
「誰のせいですか!」
「まあまあナギサ。君の言う通り、ここで言い争いをしていても仕方がない。私もまたカッとなってしまったことは謝るから、話を進めようじゃないか。」
「実装されてもいないのに何を偉そうに。」
「声優も決まってないのに偉そうじゃな~い?」
「いいだろうここに宣戦を布告してやろうじゃないか!」
「そうはいってもセイアさんが実装されていないのも声優が決まっていないのも事実じゃないですか。見苦しいですよ。」
「そうそう。それに、セイアちゃんどうせ体弱いんだし、多分SPECIAL枠でしょ~。仮にSTRIKERになったとしてもサポーターだろうし、勝ち目なんてないと思うよ☆」
「まだわからないだろう!?」
「え、嫌ですけど。ゴリゴリ前線に出てくるセイアさんとか解釈違いも甚だしいです。」
「アタッカーっていうのもコレジャナイって感じだよね~。」
「メメタァ!……いいだろう、そこまで言うのならやってやろうじゃないか、今に見ているがいいさ!」
「え、あ、行っちゃった……。」
「……もう、この3人で仲良くお話ができる機会はないのでしょうか。」
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シャーレを飛び出したセイアは現在、トリニティに向かう道を一人歩いていた。ぷりぷりと怒っている様子を装ってはいるが、その足取りは重く、落ち込んでいることはセイアを知らない人にも明白だろう。
「まったく、まったく、あの二人ときたら。……しかし、彼女たちの言うことも事実なのは私とてわかっているんだよ。少なくとも私本人には、敵を殲滅せしめるような能力はないわけだし、どう考えても後方支援のほうが向いている。それにしても、私はいつになったらこれまでの反省を活かすことができるんだろうな。」
手の上で首をかしげるシマエナガに愚痴を言いつつ、顔を伏せ自嘲に力なく目を細める。だからだろうか、正面の人影に気が付かなかったのは。
ぶへっ、と情けない声を上げてセイアは何かにぶつかる。一歩下がってぶつけた頭をさすりつつ目をやってみれば、ぶつかった対象はセイアよりも一回りは二回りも大きく、しかし大柄というわけではない、細い部類の大人の男性だった。上下ともにきっちり着こなした皺ひとつないスーツを着こなしたその大人は、セイアのよく知る人物だった。ただし、悪い意味で。
「おっと失礼。……おや、これはこれは。クックック、お久しぶりです、百合園セイアさん。」
予知夢で何度かであったゲマトリアこと黒服だった。どうしてこんな時にこんな奴と会わなくてはならないのか、とセイアは己の運命を呪った。そういえば、百鬼夜行にはこのような状況を示すことわざがあるという。泣きっ面に蜂、といっただろうか。
「うげ、なんでゲマトリアがこんなとこいるんだい。」
「うげ、とはご挨拶ですね。そちらからぶつかってきたというのに。」
「それに関しては謝ろう。だが、ここはお前たちのいていい場所ではない。誰かに危害を加えようとするなら、あるいはそのための準備をしているのなら、非力ではあるが全力で阻止するとも。」
「クックック、あなたも向こう見ずで血の気が多いのは若い学生らしいですね。その年ならば美点になりうるそれは、しかし気を付けなければ自らを危険にさらすことになりますよ。」
余裕のないセイアには精一杯の威圧をものともせずくつくつと嗤うその様が、ひどく不愉快に映った。せめてもの抵抗として、にらみつけてやって。そこで初めて、彼が持っている物に気が付いた。
「しかし、ゲマトリアも酒を嗜む心があるのかい?」
「クックック、大人というものは付き合いで飲むことも少なくないのですよ。」
「その顔の構造で飲み物が飲めるという方が驚きだけどね。」
「人を見た目で判断するものではないですよ。」
彼が持っていたのは、あまり百鬼夜行で作られるものに似た酒だった。ついでに、高めのおつまみもセットだ。セイアが成年していないから正確にはわからないが、書いてある文字も見慣れない気がする。
「そう警戒しないでください。これは先生と吞む分です。」
「先生と!?何をするつもりだ、吐け!」
「痛くない腹を探られるのも面白くないですねぇ、クククッ。単純に親交を深めるために酒を飲みかわすだけですよ。最終的にビジネスパートナーとして我々に協力してくれれば御の字、といったところです。」
そこまで言って、黒服は顎に手を当て、少し考えこむ。
「そうですね。彼に手土産の一つくらいあってもいいかもしれません。どうでしょう、百合園セイアさん。あなたは今悩み事があるはずです。それの解決に協力して差し上げましょう。」
「なにを、言って……。」
黒服が言い出した提案は、悩んでいるのを隠し通していたつもりのセイアとしては衝撃的だった。いや、たとえそうでなくとも、彼の言っていることはあまりに信用に値しない。
「悩んでいるのがバレていないとでも思っていたのですか?さすがにそれは無理があります。まだ人生経験の浅い生徒であればあるいはごまかせる人もいるかもしれませんが、大人をごまかすにはまだまだですよ。」
「……だとしても、信用できるわけがないだろう。つい先日、私たちに対してやったことを忘れたとでも?」
「クックック、安心してください。今回の私は先生への、交渉材料にもならないような土産話が一つ欲しいだけなのですから。彼の反感を買うような、即ちあなたたち生徒を害するようなことはしませんよ。……貴女なら、この言葉の真偽はわかるのではないでしょうか?」
体を屈めて、ぐいとセイアの目を覗き込む黒服。あまりに不気味で、真意の見通せない顔に恐怖を覚えるが、未来視の代わりに得た直感が、その言葉は真実だと告げている。しかし、黒服に協力を仰ぐ必要があるほど切迫した困りごとでもないのだ。
だが、これでもし、黒服の言葉が証明できるのなら。ひいては、ゲマトリアの動向と、黒服の真意を見抜く材料が増えるのなら。自分ひとりがリスクを背負ってこれらが得られるのであれば、先の騒動の原因を一部背負っている身としては、償いになるのではないか。
そして何より、セイアの直感が、警鐘を鳴らしていない。
あまりに不気味ではあるが、ついにセイアは決断を下した。彼の協力を受けるという方向に。
「ならば、お互いwin-winというわけだ。一つ協力してもらおうじゃないか。」
「クックック、賢い子供は好きですよ。敵に回らなければ、ですがね。」
そうして、セイアは彼にティーパーティーの不仲を隠しつつ、自らが実装されないこと、そして友人にアタッカーにはなれないだろうといわれて気にしていることを告げた。
それを聞いた黒服が、ニィ、と口の端を持ち上げる。それはもう、さっきの判断を公開するほどに邪悪に。
「そういうことでしたか。クックックックック。貴女は運がいい。もしSPECIAL枠でもよければ、アタッカーになれる方法がありますよ。クククククッ。」
「すでに嫌な予感しかしないのだが、本当かい?」
「えぇ、私が考えて、今まで実現する機会も必要性もないがためにお蔵入りさせていた、最高にアメイジングなものがありますとも。その名を―――」
「パンジャンドラム、といいます」
ぱんころ~
30秒で思いついた作品が30分どころか3時間かかりそうな文字数になりそうで焦っているクモです。お久しぶり。最終的に何文字になるかは……神の味噌汁。おかしいな、短いギャグを書いてさっさと次のものに行くはずだったのに……