ジャンクヤードの友人へ   作:生姜

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10話 魔の10日間

 

 街の電源は完全に落ち、薄暗くなった自室の一角。小さな体躯にあつらえられた……しかし全くといってよいほど飾り気のない事務的なベッドの上で、ユウダチは脱力したまま眠り続けていた。

 ユウダチは、ムラサメの家のことなど嫌いであったはずだ。だから兄の誘いも開口一番に断った。

 家がメダロット社の傘下に入れられたのはユウダチが生まれた直後の出来事だ。メダロットのコアとも呼べるメダルに関する権利を独占しているメダロット社……ひいてはニモウサクの家に対抗するものなど居るはずも無く、それは外受けとしては確固たる地位を確立していた筈のムラサメ家も、例外ではなかったのである。

 

 

「……」

 

 

 ユウダチの瞳がゆるりと開く。

 その奥底に汚泥が溜まり始めたのはいつの事だっただろう。

 自らの兄・シデンは天才だ。5歳の時には既に社の命運をかけたプロジェクトに組み込まれていた、掛け値なし。正真正銘の麒麟児。

 そんな兄をも巻き込んで。家の全てをつぎ込んで。どころか、恩着せがましくも要請を断ることの出来ない家の外までを巻き込んで……メダロット社への反骨を企てたのは、紛れもなく実家の血筋である。

 ティンペットから素体まで全てにおいて「自社開発」のメダロット、という果てない夢を打ち出したのは兄だったのか社の重役たちであったのか。

 どれだけご託を並べるにせよ、結果はご覧の通り、完膚なきまでの敗北である。ムラサメ家が今もこうして生き永らえているのは、ニモウサク家の温情に他ならない。

 ……そう。家それ自体は、未練がましくも生きながらえている。隅へと追いやられ、遺跡の発掘などを監督させられている……メダロットという開発の中心からは遠ざかっているのが現状ではあるが。

 

 

「……でも、負けたのはわたしも同じ、です」

 

 

 ユウダチにとって、言葉を発したのは随分と久しぶりのようにも思えた。

 あのタイフーンという男は、見間違いようがない。セレクト隊の隊長だ。

 セレクト隊はメダロット……どころではなく。急速に発達を遂げつつあるロボット工学分野における、幅の広い防衛権限を持つ組織。だからこそその隊長は、世界中を巻き込んだ一大ブランド「メダロット」における実戦配備の実権を握っている。

 だとすればムラサメの家……会社が。自社開発のメダロットが。両親や兄の敗北は、あの男のせいなのだと。

 そう、八つ当たりをして。負けたのはユウダチの身勝手な行動でしかない。

 

 

「……起きているか、御主人」

 

 

 ケイタイの内から、ヨウハクの声。

 ユウダチが瞼でうなずく。

 

 

「ヒカルの兄君は立ち上がったそうだ。ナエ殿や復活したあのカブトムシが奮起させたらしい。まったく。壊されたのにどうやって復活したのか、あのカブトムシは。……さて御主人。そなたはどうする」

 

「……クワガタ(ヨウハク)

 

「個人的な意見だがよ。こんな所でめそめそ泣いている女は、俺は好みじゃねえな」

 

「……コウモリ(エトピリカ)

 

「ボクもお役に立つピヨッ」

 

「……フェニックス(ケイラン)

 

 

 何かに支えられるように、ユウダチはベッドの上でのそりと身を起こす。

 火種はくすぶっている。四つん這いだった手に力を込め、何とかベッドの端に座る。

 身体は重かった。心は淀んだままだ。あげく、この瞳に移る世界は真黒くフィルターを通した様。

 それでもだ。確かにある。腰を上げる。前を向く。何時ものツナギに袖を通す。

 

 

「……」

 

 

 前は見えていない。それでも立ち上がらなければならない時はある。

 あの男は言った。自分はまだムラサメの家に囚われたままなのであると。

 ガチャリと、扉が開く。廊下の明かりが一筋、無機質な部屋の中に差し込んでいた。

 

 

「行くの?」

 

「はいです」

 

 

 扉の間から顔を出したナエに、ユウダチは間髪入れず答えを返した。

 

 

「そう。……ユウダチちゃん。これを」

 

「……!」

 

「うん。貴女のウインドクラップを、わたしが改修したの。おじいさまが送ったあの多機能型ティンペットはレギュレーション内のパーツにも対応しているし、男女両用のパーツを装着できるはず。まだティンペットのないフェニックスのメダルのために使ってあげて」

 

「……ありがとうございますです、ナエお姉さん」

 

「そうですね。……ねえユウダチちゃん。どんなに才能のある子だって、1人で全部をこなすのは無理だと思うの」

 

「……そうなのです?」

 

「ふふ。やっぱりそう言うところは5歳よね。お兄さんだって、きっと貴女が目にしていないだけで、社員の皆やお父さんお母さんに手伝ってもらっているわよ?」

 

「……そうなんですかね」

 

「うん。わたしだってそう。おじいさまだってそう。だってメダロットを作るなんて、単純に人手が足りないもの」

 

 

 とどめにナエが笑う。

 自分もこんな風に笑えたらと、ユウダチは何度思った事か分からない。

 未だ俯くユウダチの手を引いて、ナエは研究所の中へと走り出した。

 

 

「わたしも行きます。レディジェットと『かぜのつばさ』を使いましょう。空からの接近は、バリアさえ無効化してしまえば有効なはずですからね」

 

「ナ、ナエお姉さんまでくるです!? というか、いいんです!?」

 

「うん。それにセレクト本社ビルには、ヒカル君も居るはずだもの」

 

「……ヒカル兄さま。……なら、急ぎますです」

 

「ええ。……行って来ます、おじいさま!」

 

「あのです、アトム! ありが……ってあああああー……」

 

「おお行って来い、娘ら。夕飯までには帰って来るんじゃぞ?」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 場所は移り変わって、セレクト本社ビル。

 ヒカルは現在、入り口のバリアシステムだけを担当してした地下を早々に出で、ビルの上側を目指している。

 

 そのヒカルが階を進むごと、蠢きを増して行く影があった。

 

 それは、メダロットのレギュレーションを遥かに外した威力の兵器を宿す王だ。

 

 足元につながった無数のケーブルで町中の電源を吸い上げ、少しずつ意識を覚醒させてゆく。

 

 中に入れられたメダルには超負荷がかかり、既にかつての姿は判別できない程に変質させられている。

 

 ヒカルとメタビーがロボロボ団幹部のスズメを撃破する。

 近くで繰り広げられる戦闘の気配に、また1つ王は目覚めて行く。

 

 地下深くに作られた非合法な部屋の奥。

 バリアシステムの解除にしか興味がなかったために、ヒカルに見咎められることなくパソコンの前に腰掛けて続けていた老人が、ふと、顔を上げた。通信機が音を立てて、接続される。

 

 

『……来たぞ』

 

「どうしたタイヨウ。何が来たんじゃ? こちとらアガタヒカルとカブトメダルだけでも大変なんじゃが」

 

『ああ。ムラサメの家の娘……だ。カメラを見ると良いだろう』

 

「これは……うーむ。あの天才幼児と、よりにもよってアキハバラナエか。……がっはっは! こりゃまいった! ワシはとんずらこかせてもらうぞ、タイヨウ!」

 

『そうか……世話になったな、博士』

 

「自由気ままに実験させてもらったからの、なーんにも気にせんでいいとも!」

 

 

 蜘蛛のように機械の義手を生やす背負いかばんを背負った、小柄な老人が大声で笑う。

 老人はくるりと身を翻し、逃げ道へ向かおうとして……

 

 

「……あのムラサメの娘が来るのか。兄と家柄、それにメダロット社にばかり劣等感を抱いて、自分の才能を理解できない愚か者。ガラクタの山の人間もどきが。……ふん、気に食わん」

 

『どうした博士。逃げるのではなかったのか?』

 

「置き土産だ。タイヨウ、貴様にこれをくれてやる」

 

 

 無言で先を促すタイヨウへ、老人は続ける。

 最上階に繋がる搬送用エレベーター……いや、今は既に配線だらけではあるが……の空間に吊り下げられたメダロットが、3機。

 

 

「黒山羊型メダロット『ブラックメイル』に、天使型メダロット『ヒールエンジェル』。スラフシステムに関してはあの孫娘が最先端での。……いやいや、天才のワシならば時間があれば再現できたのじゃぞ? しかしまぁ、時間がないから仕方なく設計を流用したんじゃが……それはそれとしてブラックメイルは違う。軍の用途とメダロットとしての愛玩性を両立させた、謹製の破壊兵器じゃ。……それもこれも中身がセレクトメダルでは結局性能を発揮し切れんかも知れんが、まぁその辺りはワシゃ知ーらんっと!」

 

 

 言葉と笑い声だけを最後に、老人は脱出口の用途を兼ねた宝箱の底へとすっぽり納まる。

 吊り下げられたメダロット達が上層を目指して昇ってゆく。タイヨウの元に届くのも、時間の問題であろう。

 

 

「がっはっは! せいぜい立ち向かうといい、ムラサメの娘め!」

 

 

 老人の姿が消え、後にはせっせと回収作業を続ける白衣の男達とサボるロボロボ団の姿だけが残される。

 その上側。セレクト本社ビル上層では、ヒカルと次のロボロボ団幹部の戦いが、始まろうとしていた。

 





・蜘蛛のように機械の義手を生やす背負いかばんを背負った、小柄な老人
 本格的な出番はまた今度。
 背負い鞄を背負った、という重複はちょっとお気に入りなのでそのまま。なんとなく背負われている感が(うまく)籠もった気がしていまして。

・かぜのつばさ
 ジェットレディというメダロットを使用して空を飛ぶ道具。
 空を飛ぶメダロットの出力を安定させるブースターのようなもの。
 ただし使用に伴う危険は自己責任。
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