ジャンクヤードの友人へ   作:生姜

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2話 アガタ・ヒカル

 

 晴天の下。

 とある少年が、町の東にある大きな公園の入り口を潜った。

 

 

「さて、終業式の前なんだけど……」

 

 

 母親に犬の散歩を命じられ公園までやってきたおかっぱ髪の少年……アガタ・ヒカルは両手をぶらぶらとさせながら、投擲するための遊具を握りしめていた。

 本日も変わらない公園の光景を見渡し、少年は隣を駆け回る愛犬へと声をかける。

 

 

「それじゃあ遊ぶか、ボナパルト!」

 

「ばう!」

 

 

 吠えた愛犬を撫で、ヒカルは公園の中へと向き直る。

 人の居なさそうな方角を見定めると、骨のおもちゃを振りかぶり、精一杯の回転を加えて放り投げた。

 

 

「とって来い、ボナパルトッ!」

 

「ばうばうっ!」

 

 

 放り投げた骨は揚力を得て意外にも遠くまで飛んでいく。

 砂地と噴水を越えて、少年からは見えない位置へと落ちた(らしい)骨を、ボナパルトは元気良く追いかけて行った。

 

 しかし、その5分後。

 

 

「……まだかな?」

 

 

 未だ戻ってこない愛犬を探し、ヒカルは公園の奥……自らが骨を放り投げた方向へと歩いていた。

 二度手間だとは思うのだが、実際ボナパルトが帰ってこないのだから仕方が無い。

 暫くそのまま、歩き進む。砂場を越え、遊具の間を抜け。所々で遊んでいる子供たちの姿が見える、が、愛犬の姿は依然として見えてこない。

 半ばを過ぎ、噴水を回り込んだ所で、やっと何かが見えてくる。

 

 

「……なんだ、アレ?」

 

「ばうばう!」

 

 

 吠えるボナパルトの側にこんもりと、黒くて油くさい何かが盛り上がっていた。

 ヒカルがそのまま近づいて覗き込み、手近にあった木の棒でつつくと。

 

 

「……ぎぎぎ、です」

 

「うわっ!?」

 

「ばう!」

 

 

 黒い何かが言葉を発した。どうやら人であるらしい。

 恐る恐る、しかし何か異常事態なのではないかと憂慮していると、蹲っていた人がずるりと解けて地面に寝そべる。

 

 

「……痛い。痛かったです」

 

 

 蹲っていた人……少女が後頭部を撫でる。自分よりもかなり年下だろう。黒く染まったツナギと、死んだ魚の様な目が印象的だった。

 くりくりと頭を撫でながら、少女がこちらに視線を投げかける。

 その手には、先ほどヒカルが投げた投擲物が握られていて。

 

 

「あ、うわ……もしかして」

 

「そうです。メダルを横取りしようとするロボロボの相手をしていたら、骨の様なものが当たったです。訴訟ものです」

 

「ごめんなさいぃぃっっ!!」

 

 

 座り込む少女の前で、できる限り素早く頭を下げていた。どうみても悪いのは人が居ないと見誤ったヒカルの側であるからだ。相手が少女だとてプライドなど元よりないもの。ここは全身全霊、謝っておくに限る。訴訟は怖いのである。

 ヒカルが戦々恐々の心持ちでいること暫く。

 

「おや。直ぐに謝るとは。シデンのあにぃとは違って、これは素直な(あに)さまですね」

 

 

 少女は身を伏せるヒカルの目の前で、不思議そうに首をかしげると、ぴょんと軽く身を起こした。

 改めて、少女の上背は低い。体躯も小柄。贔屓目に見ても小学生、もしくは園児としかとりようのない風貌だ。

 園児は、黒々とした眼でヒカルを見下し(平身低頭の最中のためこれで正しい)。

 

 

「私も大人げありませんでした。貴方の事は許します、です」

 

「……ありがとう」

 

 

 こんな小さな女の子に全力で謝ってる僕って……とは思いながらも、どうやら訴訟は免れたらしい。

 ヒカルが肩を落としつつ(安堵の)ため息をついていると、少女がもぞもぞと胸元を探っていた。

 ツナギの胸元から取り出した掌を差し出し。

 

 

「では、そんな素直な兄さまには、これを」

 

 

 ヒカルがその手のひらを覗き込む。

 すると、小さな六角形の貨幣……の様なものが乗っていた。

 鈍い金色に輝くその貨幣の中心には、2枚ともに、幼虫の様な絵柄が刻まれている。

 

 

「これは?」

 

「? これはメダルです。兄さまはメダロットを知らないので?」

 

「そうだね……詳しくは無いかなぁ」

 

 

 ばつが悪そうに頭をかくヒカルを、少女は興味深そうな態度で眺めている。

 何が楽しいのか、ぐるりとヒカルの周りを1周し。

 

 

「まあ良いです。それよりはい、これは兄さまのものです」

 

「ええ? いや、多分違うよ」

 

「でもこれ、その犬が拾ってきました物ですよ? 私はそれを横取りしようとしたロボロボを蹴り飛ばしただけ、です。まぁロボロボは犬が苦手みたいで、吠えてくれたら一目散に逃げ出して行ったですけど」

 

「ボナパルト、お前がこれを?」

 

「ばうばう!」

 

 

 どうやら少女のいう通りなのだろう。ボナパルトは、褒めて褒めてとヒカルの周囲を駆け回っている。ロボロボとは、恐らく巷を騒がせている小悪党集団のことだろうか。だとすれば、ボナパルトはある意味お手柄といえなくもない。

 ヒカルはちょっと頭を抱え、それでも少女を守ったという意味でボナパルトを一頻り撫でた後。

 

 

「……でも、メダルは本当に僕のものじゃあないからね。君がよければ、一緒にセレクト隊の支部へ届けに行かないか?」

 

「まぁそれが筋ですね。行きましょう、兄さま」

 

 

 言うと、少女はヒカルを置いてさっさと歩き出した。年齢に似合わない言葉遣いをする少女だな、と、ヒカルはその後ろ姿を暫しぼうっと眺めていた。

 少し先に進んだ所で、少女は直ぐにくるりと振り向いて、忘れていたという表情を浮かべる。

 

 

「ところで、兄さまのお名前は何と?」

 

「ヒカル。アガタ・ヒカル。君は?」

 

「ムラサメ・ユウダチと言います。以後お見知りおきをお願いします、です! ヒカル(あに)さま!」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「正直に届けてくれてありがとう……で、あります! でもどうやら登録されていないメダルの様だから、それは拾った君たちのものだよ……で、あります!」

 

「はぁ、そうなんですか?」

 

「うん。遠慮なく貰ってくれ……で、あります!」

 

 

 メダルはメダロットに装着された時点で使用者が登録され、メダロット社の下請けにデータが送られるという仕組みになっている。たった今セレクト隊員がそのデータとの照合を行なってくれたのだが、その結果、このメダルはどうやら誰のものでもないようだった。

 ヒカルは意気込んで来た分、肩透かしを食らった気分になる。

 

 

「うーん。いいのかな」

 

「こういうこともありますよ、ヒカル兄さま。それより」

 

 

 それよりと口にしながら、ユウダチが小さな手をヒカルへと差し出す。

 その手の中では、メダルが2枚そろって金色の輝きを放っていた。

 

 

「どうぞです、ヒカル兄さま!」

 

 

 ユウダチがヒカルに向けてずいと手を伸ばす。どうやら2枚ともをヒカルが、という申し出であるらしい。

 いやいや、とヒカルは首を振る。

 

 

「ここは2人で分ける流れじゃないかな?」

 

「流れなんて分からないです。それに私は持ってませんですよ、メダロット」

 

「僕もだよ」

 

「でしたねー」

 

 

 しかし互いにメダルを入れ込むその先、メダロットを所持していないであった。

 セレクト支部の入り口の脇で、ヒカルもユウダチもうんうんと唸りこんでしまう。

 しばらく悩んだあとで、切り出したのは少女の側。

 

 

「では、2人とも条件は同じと言うことですし……こうしましょう。はいですっ!」

 

「うん?」

 

「右か、左か。どうします、です?」

 

 

 握られた拳が2つ、差し出される。

 暗く濁ったユウダチの目がゆるりと垂れ、口角が僅かに上がって。

 二択を迫るその様はどこのラスボスかと、ヒカルは文句を言いたくもなるが。

 

 

「……じゃあ右で」

 

「はいどうぞ、ヒカル兄さま。『カブト』メダルです」

 

 

 受け取ったメダルはどうやら「カブト」……昆虫のカブトムシをモチーフとしたメダルであるらしい。

 陽光に照らせば、メダルはきらきらと輝く。

 ヒカルにとっては、何故ユウダチがこのメダルが「カブト」であると判断できるのか? という疑問は沸くものの……それより。

 

 

「ユウダチ、君のは?」

 

「私のは『クワガタ』メダルですね。ヒカル兄さまの『カブト』とは永遠のライバルです」

 

「そうなの?」

 

「さあ。知らないです」

 

 

 メダルの判別は兎も角、どうやら適当な部分も多いらしい。

 このユウダチという少女の面倒な部分を、ヒカルは少ない付き合いながらに理解し始めていた。

 

 

「はぁ……」

 

「おや兄さま。幸せが逃げますよ、です」

 

「このため息は、大体君のせいだよね!?」

 

 

 ヒカルが思わず声を荒げた。セレクト隊支部までの道中に、ヒカルは12歳でユウダチは5歳だと聞いたが、既に遠慮をする余裕はなくなっている。

 それでも大声を出した事で気分を害していないかと、ヒカルは改めて様子を伺うも。

 

 

「はふぅっ。ヒカル兄さまは反応が大きくて楽しいですね!」

 

「……怒ってないの?」

 

「シデン兄さまはもっと怖いのですよ」

 

 

 比べられたところでそのシデンと言う人がどの程度怖いのかは、ヒカルには判らないのだが。

 そんな風にやりきれない気持ちで居ると、ユウダチはメダルをツナギのポケットにしまって数歩進む。

 

 

「さて、帰りましょうか」

 

「うん。……僕の家は近くだけど、君は?」

 

「今日は隣町の研究所……仲良くして頂いているおじいさまの所へ厄介になっていますので。ヒカル兄さまはどうぞ御心配なく、です!」

 

 

 言って、ユウダチが「はふぅ」と笑う。

 何だか心境的に疲れたヒカルは、それでも苦さのにじみ出る笑顔を浮かべ、手を振って少女と別れようとする。

 しかし。

 

 

「ヒカル兄さま」

 

「? なにかな」

 

「ヒカル兄さまは、これから。メダロット、始めますです?」

 

 

 背を向けかけた所へ。混濁した目をヒカルに向けて、こてりと傾ぐユウダチ。

 ヒカルは考える。メダロットを始めるのには、メダル以外のものも数多く必要となる。

 ティンペットという骨格。頭、右腕、左腕、脚部にあたるパーツを買う必要もあった。

 かつてはメダルが最も貴重なパーツであったが、今はセレクトメダルと呼ばれる市販品のメダルが販売されているため、メダロットを持つ事それ自体は難しくない。セレクトメダルの側にセキュリティが施されており、マスター登録などの面倒な認証が必要なくなったのも大きな要因であるだろう。

 その内で現在ヒカルが所持しているのは、この「カブト」メダルだけなのだ ―― が。

 

 

「多分、始めるかな? 父さんが、最近ちょっとメダロットを推してるからさ。僕の父さんはセレクト隊員なんだけど」

 

「ふむ」

 

「この間もスタートセットを嬉しそうに見ていたし」

 

「ふむふむ」

 

「……それに、僕も興味あるしね」

 

 

 頬をかいて、ヒカルは少々恥ずかしそうに答えた。

 それを目ざとくも留めたユウダチが、嬉しそうに。

 

 

「ならば私も、ですね!」

 

「ユウダチもメダロット始めるの?」

 

「はい。元々、私も興味はありましたから。ロボトルにはあまり興味ありませんですが、開発の方面ですね」

 

 

 なるほど。

 言われてみればユウダチは、如何にも作業場に常駐していそうなツナギを着用している。彼女も何か、メダロットに関係した……5歳児、なの、かも、しれない。が。5歳児という時点で、信憑性が薄れている様な気がしないでもないが。

 ユウダチはまたも悩むヒカルを面白そうに眺めてから、くるりと向きを変えた。

 

 

「それではヒカル兄さま。また今度、です!」

 

「それじゃあね、ユウダチ」

 

 

 元気良く、しかし気だるげな歩行で西へと歩いてゆくユウダチ。

 その姿を見えなくなるまで見送って、ヒカルは自宅へと足を向けた。

 

 

「さて、今日は終業式! それが終われば、いよいよ夏休みだ!」

 

 





・セレクト隊
 メダロット社をバックに持つ、自警組織。主にメダロット犯罪を担当する。
 ~でありますという語尾が特徴(2以降)。本来の1では微妙に違うが、その辺はちょっと流れを鑑みて勝手に統一しています。

・ボナパルト
 フォックステリア。忠犬。


 20160507追記修正。
 独自設定における年代の齟齬を調整するため、ヒカルの年齢を上方修正。
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