アガタヒカルの住んでいる、その隣町。
そこは集まった研究者たちを中心として形作られた、いわゆる研究所街である。
町の中央やや西側に、白塗りの大きな建物がある。ここがメダロット研究所と呼ばれる場所で、研究街の中心地点でもある。世界的権威である、通称「メダロット博士」ことアキハバラ・アトムが所長を務める研究所だ。
室内の所々で白衣を着た研究者がうろつき、動き回っている。そんな様子を、場にそぐわぬ年少の、ツナギを着た少女がだらりとした格好のまま眺めていた。
「……白衣って、胡散臭いと思うです」
「駄目ですよユウダチちゃん。……ほら。わたしの研究室に行きましょう、ね?」
「ナエお姉さんの言う事なら、まぁ、聞いてもいいですけれども」
開口一番悪口を話し出した少女の言葉を、長い黒髪を揺らす年長の少女がとがめた。
ナエと呼ばれた少女にその背を押され、渋々といった表情で、ユウダチは1階の東側の扉を潜る。
周囲からの視線がなくなると、背を押していたナエが安堵の息を吐いた。
「ねえユウダチちゃん。お爺さまをここへお呼びするから……」
「それよりナエお姉さんっ、この装甲の事を聞きたいです!」
こちらの言動を遮ってすぐさま、ユウダチは目の前の人工皮膚に興味を示していた。
やっぱりこういった所は子供なのだなと、ナエは内心で微笑ましく思いつつ、研究者としてその好奇心には答えるべきだろうと切り替える。
「うーん……わかった。良いよ。これはね、ニューロン・ファイバー・レジン・ポリエステルとサイプラシウムの比率を調整して、メダルがより鋭敏な感覚を感じられるように調整した外装なの」
「ということは、レギュレーションに反さない部分における進歩ということですよね!? 流石はナエお姉さん、凄いです! ……でもあまり電源を裂き過ぎると、ロボトルの方に影響がでませんです?」
「今はまだ、あんまりその辺りまで考えてないかな。まずはやってみて、ロボトルに生かせるんだったら生かすよ。でも今回の目的はより鋭敏なインターフェースを作成する事だから」
「それもそうですね。カメラアイだけじゃあ程遠いですもの、です」
「うん。メダロットのコミュニケーションモニターも、いろんな形を考えているんだけど、やっぱり目鼻立ちを生かしたものの方が……」
そのまま、ナエとユウダチは画面を見ながら言葉を交わす。
時折ナエが席を外し、何時間かそういったやり取りを繰り広げていると、がぁーという音と共に2人が入ってきたドアが再び開いた。
ここは若干10歳にして博士号を持つナエの個人研究室なのだが……と、そちらを見ると。
「よう! 相変わらずパーツばっかりこねくり回しとるようじゃのう、ユウダチ」
入って来たのは白衣の男性。ポケットに手を入れ、サングラスをかけた、見た目も陽気な雰囲気のある老人である。
老人が軽い調子で手を挙げると。
「あ、アトムです!」
「おじいさま。来て下さったんですね」
通りすがりの研究員にひょいひょい激励の言葉をかけながら、アトムと呼ばれた老人はナエとユウダチの居るスペースへと歩み寄る。
彼こそがアキハバラ・アトム。「メダロット博士」。メダロットの骨子となる駆動部のほとんどを独力で作り出した稀代の天才であり、また同時に、ナエの祖父にあたる人物だ。加えて今は、ユウダチが間借りしているメダロット研究所の所長でもある。
ユウダチは近づいてきたメダロット博士の腕にぴょいと飛びつき、だらりとぶら下がる。
「アトム、アトム!」
「なんじゃいユウダチ。……ふむ?」
「これを見てください、です!」
ユウダチはのぞき込む博士の前で手を開き、先日手に入れた「クワガタ」メダルを突き出す。
メダロット博士がサングラスの奥で目を細め、ほうと唸る。
「天然メダルのクワガタじゃの。ユウダチ、これはお前さんのか?」
「はいです!」
「本当ですよおじいさま。まだ登録されていないメダルでしたもの」
どろりという表現が似合いながらも嬉しそうに笑うユウダチに、ナエが説明を添える。
クワガタのメダルを眺めながら。なにがしかを思いついたように、メダロット博士がふむと呟く。
「ふむ、丁度良い。それじゃあこれは、今、お前さんにやるとしよう」
「? これは何です?」
メダロット博士がケイタイを起動し、箱を引っ張り出す。覗き込んだユウダチの前で蓋を開けると、中には
ユウダチが口を大きく開く。箱の縁にだらりとしなだれ、迷うことなく、異臭を放つ保存液へと腕を突っ込んだ。
ティンペットの外観とその手触りを堪能する姿は、興味津々。
「……ぶにょぶにょしてるです!」
「新型と言うよりは多機能型のティンペットじゃな。ユウダチの作るパーツは重量や反動や、それに骨格なんかも度外視した無茶なものが多いじゃろう? パーツ開発に協力してくれておるユウダチへの、わしなりの
「おじいさま、得意げですね」
完全に興味がティンペット……メダロットの骨格にして神経に向いたユウダチの奥で、メダロット博士が解説を続ける。
ひとしきりその感触を堪能したユウダチが液体から手を引き抜き、ツナギで拭おうと……した所を、機を読み、すんでのところで割って入ったナエの手拭が奪い取った。
「駄目ですよ。女の子なんですから。はい、ちゃんと拭いて。ホルマリン臭はちょっとやそっとじゃ消えませんから、きちんとシャワーも浴びますよ
「うええええー。ナエお姉さん、もうちょっと……もうちょっとだけえええー、です」
「はっはっは! まるで仲の良い姉妹じゃの!」
ナエがユウダチを抱え、研究室の奥に作られたシャワールームへと連れてゆく。暫くするとシャワーの音と、ユウダチのうめき声が響いてきて。
そんな様子を見届け、メダロット博士は30分くらいかのと呟いて部屋を後にした。
◇
「ふんふんふんふん」
「何もそんなに食い入るように見なくともよかろうに」
「でも、これが私のメダロットになるのですよ? パラメータくらいは覚えておかないとと思うのです!」
「ユウダチちゃん、もうちょっと我慢していてね?」
シャワーを浴びたユウダチは場所を自室へと移し、出てくるなりメダロット博士の持ってきたティンペットのパラメータへ目を滑らせていた。その後ろではナエがドライヤーをあてつつ、ユウダチの長い髪に櫛を通している。
メダロット博士はそんな孫とその妹分の様子を見て、にやりと悪戯好きの子供のような笑いを零す。
「じゃがの、ユウダチ。お前さんの持つクワガタメダルは天然メダルじゃて、今のメダロットの出力では持て余す程のスペックを保持していると思うぞい」
「天然……メダル?」
「お爺さま、ユウダチちゃんは……」
「おっと、そうじゃの。ムラサメの家はパーツと、今はデータの集計を専門に手を出しているんじゃったな。それではユウダチが判らんのも無理は無い。うっかりうっかり!」
今にもてへぺろ、と言い出しそうなメダロット博士のノリ。しかしそれらを自然にスルーし、ユウダチが興味と疑問の視線を向ける。
その視線に追従したナエの視線にも押されるように、メダロット博士はこほんと咳を1つ入れて場を仕切りなおした。
「六角貨幣石……今の呼び方をするとメダルになるがの。まぁ、簡単に言ったらセレクトメダル以外のメダルをわしら研究者は『天然メダル』という言い方で区分しとるんじゃが」
「セレクトメダル、です?」
「おやそっちもか。セレクトメダルと言うのはの、天然メダルの持つ情報処理能力を、個性だけは失わず、安全圏にまで引き下げることに成功したメダルらしいんじゃよ。それでも今のメダロット社が発布したレギュレーションには十分に合致しているでの。メダロット同士のロボトルを爆発的に普及させた最大の要因じゃよ」
「へぇぇ~」
珍しく素直に聞きだしたユウダチに気を良くしたのか、メダロット博士の弁に一層の熱がこもり出す。
「それで、それ以外……例えばお前さんの家がニモウサクの所と共同開発した『遺跡』やらで発掘されるものを指して『天然メダル』と言う訳じゃの。セレクトメダルとの区別が大義な訳じゃ」
「という事は、わざわざ区別する意味が存在するのですね?」
「さすがに飲み込みが早いのユウダチ。その通り。『天然メダル』にはリミッターこそかけられているものの、限界値は更に
ちっちっと、メダロット博士は指を振る。
同意を求めるように視線を向けられたナエがユウダチに向かって頷くと、メダロット博士が続ける。
「それに対してセレクトメダルは、リミッターのかけられた部分を基準にグレードダウンされておる。勿論これは安全面に配慮した結果であり、そもそもロボトルをする分にはリミッターのある状態ですら余剰じゃからの。とまあこんな所か」
語り終えた博士が、あちちと熱がりながらもナエの入れたお茶へと口をつける。
さて。ナエが伺うように様子を見ていると、少女は休憩用に設けられたソファに飛び込み、ぐてりと寝転んだ。
「はふぅ。……んー……アトム。私の知っているものも含めて、ちょっと情報を纏めますけれど、です」
「おう。この博士に何でも聞けばよい」
ごろん、ごろんとユウダチが寝転ぶ。寝転びながら髪を全身に巻きつけ、また櫛の入れ直しだと嘆いているナエを尻目に。
「ひとつ。セレクトメダルにも天然メダルにも、リミッターというものはかけられている。ふたつ。リミッターはメダルの情報処理能力を一定の値まで低下させ、メダロットのエネルギー生成器官であるオートマティックジェネレータの運動を助け、ティンペットとパーツへの負荷を正常内に留める役割がある。ここまでオーケーです?」
「おう。間違っとらんぞ」
博士が頷く。
ユウダチはベッドの上で最大限に五体を投地し、濁った目をどろりと動かして博士とナエに向けた。
「みっつ。リミッターは、かの『制約』を仕込む意味も持ち合わせていた筈です。本来の……天然のメダロットというものは人間を傷つけることも可能なのですね?」
ユウダチの小さな唇がびしりと告げる。
指し示された言葉を、ナエが反芻した。
「制約 ―― メダロット三原則ですね」
「はいです」
揺るがない、純粋に混濁した視線がナエをびしびしと突き刺してくる。
ナエが耐え切れず視線をそらすと、
「そら勿論、可能じゃの」
当のメダロット博士は何の気負いも無く、隣の家の晩御飯に突撃するかの様な調子で返答した。
ナエが呆れ、ユウダチが気にせず追求する。
「やっぱり、そうですか!」
「おうおう。そうですじゃ!」
「……おじいさま、それはあまりにも楽観的だと思うのですが」
「じゃが可能か不可能かで言うならば可能じゃよ。それをメダロットが選択するかどうかは別にしての」
メダロット研究と開発の権威が軽く肯定したのを受けて、ユウダチの目が益々の濁りを見せた。その内に宿った薄暗さは、まるで意思を持って蠢いているかのようだ。
苦笑するナエと、そんなユウダチを面白そうに朗々と笑い飛ばす博士の目の前で、ユウダチは突き出した拳にメダルを掲げた。
「ありがとうございますです、アトム。ナエお姉さん。ようやくですが、私も私のメダロットを作ろうと思うのです! 参考にさせていただきますです!」
「良い気合じゃ。ほれナエ、ついでにそれをくれてやれ」
「これはわたしからユウダチちゃんへのプレゼントなんです! ぞんざいに扱わないでください、おじいさま!」
言うと、入り口近くにあった段ボール箱をナエが抱えてきた。
ベッドの上に置かれたそれを開封すると、ユウダチの目が見開いた。
「―― どうぞ、ユウダチちゃん。貴方のメダロットが出来るまでの間、この子を貴方の友達にしてあげて下さいね」
少女を、ナエと博士が左右から見守る。
ユウダチは期待に震えた手で、純白に輝くそのパーツを1つ1つ取り出してゆく。
ぽつりぽつりと、その製品名と型番を口にしながら。
「型式番号……
KWG-01、『アンテナ』。
KWG-02、『チャンバラソード』。
KWG-03、『ピコペコハンマー』。
KWG-04、『タタッカー』。」
それは少女の掲げるメダルにぴったりな、とある昆虫をモチーフとしたメダロットであった。
頭に生やした2本のアンテナはくの字に折れ、頭上で一際の輝きを放つ。
右手には刺突にも使用できる鋭い刃。
左手にはスパイク付きの頑丈な拳。
足腰はややスマートだが、不思議と頼りなさは感じられず、研ぎ澄まされた侍を思わせる意匠。
気付けば好奇心のまま、抱きしめるように。噛み締めるように。
少女はその機体の名を叫んだ。
「クワガタ型メダロット ―― ヘッドシザースっっ!!」
・メダロット研究所
アキハバラ・アトムが所長を務める研究所。その名の通り日夜メダロットの研究を行なっている。
マッドサイエンティストの巣窟ではあるが、研究者の善意の塊のようなアキハバラ孫娘が居るためどうにか道を踏み外さずに済んでいるのだとか。
「ヒカルの住む町の隣」という表記が原作基準。
・ほるまりん
ホルムアルデヒドの水溶液。
生物の組織標本作成のための防腐処理、および組織固定のための保存液として用いられる事が多い。
漫画家さんとは関係があるかも知れないしないかも知れない。
・六角貨幣石
呼んで字のごとく、六角形をしてぴかぴかと金属質に光る、貨幣に良く似た石。
作中現在で言うところのメダルにあたり、研究者達が発見当事につけていたマイナーな呼び方がこれである。
普通はあまり使われる呼び名ではないが、ニュアンスで伝わってしまう事も多い。
・セレクトメダル
メダロットの核となるメダルの内、メダロット社がリミッターをかけて天然メダルをコピーしたもの。
安全さが売りであり、レギュレーション範囲内を十二分に満たす出力を出す事が出来る。
元となるメダルの性質はきちんと引き継がれるため、天然メダルとの境は一見曖昧である。
・天然メダル
セレクトメダル以外の、自然に発掘されたメダルのこと。
現在メダルに関する権利のほとんどはニモウサク家……ひいてはメダロット社が保持・独占している状況である。
・ヘッドシザース
メダロット社の企画した「メダロット・スタートキット」で配布されたクワガタ型メダロットの第一世代。
夏休み前の期間限定で配布された。
・メダロット・スタートキット
この企画でヘッドシザースと同様に配布されたカブトムシ型メダロット「メタルビートル」には、前発型で体色が茶色いBTL型と、後発の体色がやや明るい橙のKBT型が存在する。
……という設定があったりなかったりするけれど、本作のヒカルが扱うのはKBT型だったりするのであまり意味がない。
20160507.追記修正