―― 風に負けて目を閉じると同時。
空色と風音だらけだった周囲が、真っ白に染まっていた。
『―― ォッ ―― あー、あー……テス、テス。……マジ? 話しかけられるじゃんか』
舞台が急に変わった気配がする。
浮遊感も無い。寒気も無ければ、風もない。
『ハァン。やっぱり最終決戦にはアンタらが来たのかい』
イッキの目の前。真っ白な空間に、くじらが立っている。
デフォルメされ、尾びれで地面に立ち、頭上からY字に水を噴き上げているその姿は。どこぞのマスコットキャラかと言いたくなるような造形だ。
だが、それは違うと言うことをイッキは知っている。
彼女はイサナガミ。かつてコーダイン王国で出会った、おおくじらの身体を持つ、人造のマザーである。
以前はナイトメア型メダロット、ユートピアンの中に
とりあえず挨拶から入ることにしておこう。
「えぇっと……こんにちは」
『ハァイ。こんにちわ。お目覚めいかが?』
「あ、痛いとこはないです。ありがとうございます。……ここは、どこなんです?」
『さぁてね。あたしゃあんまり何処かってのを意識したことはないけど……あたしの方から話しかけたんだから、あたしの中なんじゃないかい?』
心底どうでも良いとばかりに、目の前のくじらは両ヒレをハァンとかかげてみせる。
成る程。イッキに用事があって、イサナガミが話しかけたのだ……というのは理解出来た。
『アンタが意識を失っている内が、一番ちょうど良かったのサ。最終決戦前で申し訳ないけど、少しばかりあたしの愚痴に付き合っちゃあくれるかい』
「そのために呼ばれた、んですよね? だったらもちろんOKです。僕はそのためにここに来た……んでしょうから」
そういう事になるだろう。
イッキとしては当然のその答えに対し、イサナガミはほぉんと興味深そうな息を漏らした。彼女は鯨なので、息を吹き出すことに疑問は無い。
『なるほどねぇ……。あの
「えーと、わざわざどうも」
『手応えの無い坊やだねぇ、アンタ。……まぁイイさ。あたしからは伝えるだけ伝えておこうと思ってね』
ざばぁんと
こちらに背中を向けたイサナガミは、腰に両ヒレを当てて堂に入ったポーズをとると。
『あたしゃ、アンタたちにひとつだけ借りが出来ちまった。あぁ、以前の南洋沖でのことじゃあないよ? たった今、あたしが取り得る行動の……うぅんそうだねぇ。もの凄くストレートに言うと、あたしが死ぬ可能性がひとつ、アンタ達のおかげで消えたのさ』
「そうなんですか?」
『そうなんだよ。まぁこれは? あたしが身に着けちまった電波ジャックによる盗聴染みた、頭でっかちのケナシザル共の相談を元にした推測なんだけれどね?』
イサナガミが振り向く。
その顔は、困ったような。嬉しいような。小憎たらしい表情を浮かべている。
『ところで安心しな。さっきの爆発……月のマザーにハイジャックされた弾頭は、あのフユーンが受け止めちまった。地球側に配備されてた無数の誘導弾の類いも、的のでかくなったフユーンに
「えーっと、つまり」
『物騒なモンは万事が解決。あとは最終決戦だけって寸法さ。……アンタは恩に着せようとか考えちゃあいないだろうけれど、借りばっかりじゃあ気持ち悪いんでね。少しだけ手伝いをさせてもらおうと思ってね』
「ありがとうございます。……それは有り難いんですけど、ちなみに僕って今どうなってます? えーっと、無事じゃ無かったりしたら手伝いとか以前の問題になっちゃうかと……」
『ハ! だいじょーぉぶ。死んじゃあいないさ。あたしとここで幾ら喋っていても、向こうじゃ時間も経っちゃあいない。そういう風な感じだから心配は要らないよ』
イサナガミは両目をばしーんとつぶって不器用なウィンクをすると、右ヒレを「b」の形に握ってこちらへと突き出した。
要約すると、つまりは手伝ってくれるということなのだ。是非ともお願いしたいところである。
『ツーワケで。お前がさっき戦った
「……でも」
『ハンッ。あー、あー、言わなくて良い。それでもアンタは、あのヒトモドキを助けに行くんだろ? ケナシザルですらない、エイリアンにもなりきれない、メダロットなんてもっての外。―― ヒトのくせしてメダロットと心を通わせ過ぎてキモチワルッ……って、外に追い出されたのに。けれどもヒトだからそこにしか居場所の無い、不自由な進化を遂げちまったメスガキをさ』
「はい。行きます。それは多分、僕も
『あーあ。せっかくあたしが言葉を濁したってのに、結局自分で言いやがったコイツ……。そりゃあアンタにゃ素養も才覚もあったんだろうけれどね。どんだけ
ぴょんぴょんと跳ねるように、彼女は遠ざかって行く。
イッキは手を振って、その背を見送りながら……。
白かった世界が、端っこから肌色に染まってゆく。
その中に唯一残されたモノクロ、デフォルメされたくじらが最期に。
『ああ、ところで。最近あたしは人外同士のオスメスがくっつくドラマにハマっていてね。なんだっけか、ほらあれ。表現規制に引っかかって撮り直しで第2シーズンが遅れてるって聞いたんだけど。ソイツをきちんと最後まで見るまで死んでも死に切れんってやる気を出している所なのサ。おかげさまで、今ならケモナーのキモチもちょっとだけ理解出来る気がしているよ。というかああいうドラマって最後の方で濡れ場やら時間スキップの場面を作らんとすっきりしないのはあたしだけかい? 最終回発情期だなんてはやし立てるヤツも居るが、生物として子どもを作れたかどうかが明示されるかどうかはかなーり読後感に影響すると思っていてねぇ……まぁクジラなんてやってると濡れるどころか水浸しd』
マシンガントークでどうでも良いことをのたまっているうちに、チャンネルはぶつりと切れたようだった。
何を言ってるか本当によく判らなかったのでありがたい。イッキは心底そう思った。
◆◆
ぶっきらぼうだが力強い相棒の声に、引き戻されるような感覚。
『―― ッキ! おい、イッキ! 目ぇ覚ませ!』
「……ん、うん。……あ、メタビーおはよう」
『うおー! 起きた! 傷は無さそうだったけど、びっくりしたぜ」
イッキが目を開くと、ばしゃり。塩辛さと苦さが口の中に広がった。
身体を起こすと、何処までも広がる水平線と油臭い海面。どうやら海上のようだった。最期に覚えているのは、空中要塞フユーンの……ベビーと戦ったブロックから落下したこと。
『流石に、あの高さから落ちてきたんだからなー。なんかふわーっとしてたから助かったけどよ。破片とか機材とかに潰されないか、ひやひやしたぜ』
「そっか。……そういえば、ユウダチは?」
イッキは右手を見る。じぃんと熱い。
確かにつかんだ彼女の右手の感触が、まだ手のひらの中に残っているようだった。
『あー……途中で離れてったけど、生きてはいるだろ。おなじ海上じゃねーか?』
メタビーがやや気を使ってくれたようだった。
気を失ったので仕方がないが。悔しさは、僅かに残る。
……物理的な衝撃で、掴んだ手は離されてしまった。
多分それでも、諦めはしない。ただ握力が足りなかった、それだけだ。
もう1度つかめばいいだろう、とイッキは意気込むことにする。
立ち上がる。ばしゃりと波打った海水が、くるぶし丈にぶつかって、イッキの足を引っ張った。
前を見る。強い日差しのその奥に。遠浅のくらげ海岸沖に、衝撃波に巻き込まれた軌道エレベーターの外壁やフユーンの無数のブロック。中継点であるヘブンスゲートの下部にあったゴミ処理場、ヘルズゲートから漏れ出たジャンクの数々が、謎の緑色の粒子の力で平坦に積み上げられてゆき。
出来上がったのは。
碧い空と、無限に広がる油色の海 ―― 地獄のジャンクヤード。
そうして積み上がったスクラップの山の奥には。
「あれは……緑色の、光?」
『おー、多分あれがラスボスだろ。ユウダチが今どこにいるかは知らねーけどよ。目が覚めたんなら、あいつもあっちに向かうんじゃねーか? 少なくともオレならそうする』
成る程。メタビーの言うことにも一理ある。
目標はぶれていない。ユウダチを助けたい。あの光が木星の使徒、とやらなのかは判らないが……やみくもにユウダチを探すよりは、道中で合流できる可能性のほうが高そうだ。
と、考えていると。
……ズバァァァァァーーーーーンンッッッ!!!
「なんか! 樹!! 生えたぁぁぁぁ!?」
『うおおおおお、スゲー!』
緑色に光っていた部分から、いきなり幹と枝と葉っぱ。つまりは樹が飛び出していたのだ。
海上に立っているイッキが見上げるほどに巨大なソレ。そもそも今度は、樹それ自体が緑色に光り始めている。海上なので塩気に負けて根が腐る、ということもないようで……。
『いやあ。フツーの植物じゃねーぞあれ。オレの勘だけど、メダフォースっぽい気がする。やっぱラスボスだろ』
「そうなんだろうなぁ。あれが何なのか、僕もすっごい興味あるけど……うーん、しょうがない。行くか」
最後に1度だけ、イッキはため息を飲み込んで背筋を伸ばすと。
踏み出した。くらげ海岸沖へ。遠浅の波の上に出来上がった、ジャンクヤードの上をゆく。
海の上で。スクラップの山の上を。緑色に光る樹を目指して。
自ら、普通では無い、方向へ。
・死ぬ可能性
グレインが凹む水深はちょっと判んないんですけど、頭部は丸くてちょっと強そう。
あの水深まで勢いをころさず届くミサイルって……ううん。
潰れたルートは、漫画版のイサナガミの結末より。
・人外のオスメスがくっつくドラマ
実際に電波をジャックして見ているわけではない、というのがミソ。
彼女の目の前で実際に繰り広げられているやつを直喩している。