「トレーナー、今回のタイムはどうかしら?」
「驚いたよ、最近調子がいいとは思っていたけど…自己ベスト更新だ!」
「おーっほっほっほ!さすがキングね!この調子でトレーニングを重ねて次の高松宮記念は絶対に勝ってやるんだから」
この子はキングヘイロー、俺の担当ウマ娘だ。
クラシック期は同期のライバルたちに苦汁をなめさせられたが今年は違う。かねてより適性の高さが垣間見えていた短距離路線に舵を切り、初のG1勝利に向け絶賛トレーニング中である。
「さて、そろそろいい時間だな、あと何周か流して今日のところは終わりにしよう」
「ええ、分かったわ」
トレーニング終わりに2人で片付けをしているとキングから声がかかる
「トレーナー、この後少しいいかしら?」
「いいけどどうした?話があるなら今聞…」
「決まりね!じゃあ私は着替えてくるからあなたは校門前で待ってなさい!」
一方的にそう告げるとキングは足早に去っていった
「大丈夫…落ち着くのよキング…イメージ道理に渡すだけ、何も問題はないわ……」
片づけを終え校門に向かうとキングの姿が。どうやら待たせてしまったみたいだ。これ以上待たせるわけにもいかないと早足で彼女のもとへと向かう
「お待たせキング」
「ちょっと!このキングをこんな寒い中待たせるなんてどういう了見かしら」
「ごめんごめん、少し先輩につかまっちゃって、それで、どうしたの?」
「そ、そうよトレーナー!喜びなさい!あなたにプレゼントをあげるわ!」
そういうと彼女はバッグに手を入れ…
「あ、あれ、うそ、そんなはず…まさか…っ!」
「………?」
「と、トレーナー、キングを寮まで送る権利をあげるわ!」
顔を真っ赤にしながらそう告げる彼女。どうやらプレゼントとやらを寮に忘れてしまったようだ
普段はしっかりとした性格の彼女だが時々抜けているところがある。まあ、そこも彼女の魅力の一つなのだが本人には言えないよな、怒られるし
「もちろん構わないよ、プレゼントはその報酬ってことでいいのかな?」
「え…?ええ!そうよ!!わかってるじゃない、流石はキングのトレーナーねっ!!」
それから二人で他愛もない話をしながら帰路を進む。トレーニングが、同期の黄金世代が、同室の子が、等々ほとんど彼女が話してそれを聞くだけだったがこれがいつもの二人のスタイルだ
そうこうしているうちに無事寮に到着した
「すぐに戻ってくるから、そこで待ってなさい!」
そういうと寮に消えていくキング。にしてもここは寮の入り口ということで自分の他にはウマ娘の姿しかなく、何となくそわそわしてしまう、早く戻ってきてくれないかな…
「あれ?キングちゃんのトレーナーさんだ~」
不意にかけられた声の方に目を向ければキングと同室のウマ娘、ハルウララがこちら見ていた
「こんばんは~、こんなところで何してるの?」
「やあ、こんばんは。キングを待っているところでね」
「そうなんだ~、あ!ねえねえ、もうキングちゃんから貰った?」
「ん?」
「フラッシュちゃんに教わりながらキングちゃんと一緒に作ったんだよ。わたしもね、トレーナーに上げたらすごく喜んでくれたの♪」
何となくだけどこれは聞いてはいけない話なんじゃないか?
「それでね、キングちゃんトレーナーに渡すんだから一流の出来じゃないと納得できないーって何度も…「ウララさん!!」
「あ、キングちゃん!ただいま~」
「お、おかえりなさいウララさん。さ、疲れたでしょう早く部屋に戻って着替えてらっしゃい」
「うん、そうする。じゃあまたあとでね~」
「…ふう、トレーナー?変なこと聞いてないでしょうね?」
「いや、ただ雑談していただけだよ」
「ふーん、まあいいわ。待たせたわね、はいこれ」
「これは…」
渡されたのは青のラッピングに緑のリボンが巻かれた箱
「今日はバレンタインデーでしょう?いつもありがとう、感謝しているわ、トレーナー」
「キング…」
「お、おーーっほっほっほ!この私が1から作り上げた特別なチョコレートよ!特別に受け取る権利をあげるわ!…ってちょっと、何泣きそうになってるのよ!」
「いや、まさかとは思ってたけど君からチョコを貰えるなんて…もったいなくて食べられないかもしれない…!」
「おばか!それじゃあ腐ってしまうじゃない!いい?明日感想を聞くから一流のコメントを考えておくことね」
グイっと指をこちらに向け、身を乗り出しながらそう言うキング。よく見ると緊張していたのか、はたまた寒さのせいか指先が微かにふるえている。そんな彼女を見ていると嬉しさと可笑しさを感じつい
「…はははっ」
「ちょっと何笑ってるのよ」
ああ、なんて幸せなんだろうか。これは帰ったら気を引き締めて食さねば。なんて、きっと浮かれていたのだろう。そんな能天気なことを考えていたから、彼女の後ろから近づく桜色の弾丸に対する反応が遅れてしまった
「あ、キングちゃんとトレーナーさんまだ話してたんだ~、ちょっとお買い物に行って、おっとっと!」
ハルウララという弾丸に
階段を下りている時に躓いてしまった彼女はその勢いのままキングの背中めがけて一直線に、そして…
ドン!!!と音を立てながらぶつかってしまった
「キャッ!!」
不意の一撃を喰らってしまったキングは当然耐えられるはずもなく、なすすべもなく倒れそうになる。俺はそんな彼女をとっさに庇うように抱きしめ、確実に訪れる衝撃に備えるように目を閉じ身体に力を入れる
何とか地面とキングの間に入ることに成功。クッションとしての役割を果たした俺だったが背面を強打してしまい少しの間動けなくなってしまった
時間にして10秒にも満たないだろうか、ようやく体の自由を取り戻した俺はゆっくりと瞼を持ち上げる。するとまず目に映ったのはキングの顔だった。それもほぼ0距離の。徐々に痛みも和らいでいき身体の感覚を取り戻した俺は自分の顔の一部、詳しく言うと唇の部分に柔らかい感触を感じることに気が付いた。
不思議なもので理解が追いつかないような事象に遭遇すると人というのは普段より思考がクリアになるらしい
今の状況を冷静に分析すると、俺の上に覆いかぶさるように倒れるキングと自分の担当ウマ娘を力強く抱きしめるトレーナーの図。どうやら俺に抱きしめられているせいでキングは身動きが取れなくなっているようで…
「んっ……ぷはぁ、ご、ごめん!」
慌てて腕をほどくと真っ赤な顔をしたキングが勢いよく起き上がる
自分の唇を両手で抑えながら
「え…?うそ…?トレーナーだいじょう…ほんとに…?私はじめて……」
こんな時なんて声をかければ良いのだろうか、自分の教え子と事故とはいえキスしてしまったときに言葉をかける。なんて限定的すぎる状況に混乱していると
「うう…二人ともごめんね…」
ハルウララが謝りながら起き上がってきた
それのおかげか正気を取り戻したようで
「…っ!!トレーナー!あなた背中は大丈夫!?ちょっと待ってて今寮長を呼んでくるから!!」
程なくして駆け付けてきたフジキセキに背中の怪我を診てもらい今日のところは解散となった。怪我はしたが幸い骨が折れているということは無いようで、これなら明日以降も業務に支障はないだろう
帰り際にキングが何か言いたそうにしていたがフジキセキの有無を言わさぬ圧力の前になすすべもなく渋々部屋に戻されていいた。
去り際に見えた彼女の横顔がほんのり赤く染まっていたのは多分見間違いじゃないんだろう、そんな俺の顔も酒を飲んだわけでもないというのに熱を帯びている感じがする。
明日会ったときなんて声をかければいいんだ…