さて、本作品は橙乃ままれ様のログ・ホライズンの二次創作となります。
中には時系列的にちょっと厳しい展開もありますが、そこは独自設定ということで何卒…
基本的に1週間に1話投稿を目指しますが、最近はちょっと執筆速度が落ちているので1か月に1回か2回ほどお休みをいただきますが、原作者様の多大な感謝を込めてマジックテープ式財布をバリバリしながら書かせていただきます。
どうかお付き合いのほど、よろしくお願いいたします
1話:異世界のはじまり
<エルダー・テイル>。オンラインゲーム界では不動の人気を誇る長寿タイトルでありながら、未だに停滞することなく進み続けているMMORPGである。<セルデシア>と呼ばれるその世界は<ハーフガイア・プロジェクト>と呼ばれる計画に則って2分の1サイズの地球が再現されており、それらを13ものサーバーが分散管理している。
そんな飛ぶ鳥すら追い越して天高く飛び上がるほどの人気を博したMMORPGだが、12番目の新拡張パッケージ<ノウアスフィアの開墾>が発表されたことで世間は再びこのゲームに注目した。特にプレイヤーのレベル上限の解放という情報に、今までエルダー・テイルを遊んでいた古参プレイヤーは『スタートダッシュが肝心』と皮算用を始めたりと非常に忙しい時間を過ごした。
そして、いよいよ全世界のプレイヤー待望であった<ノウアスフィアの開墾>のリリースが始まる。
***
「いっつぅ……。あー、昨日ナズナと飲みながらプレイして寝落ちてたんか」
金槌で軽く何度も叩かれているかのような鈍痛を伴った1人のプレイヤ──-<冒険者>と呼ばれる存在が目を覚ます。彼が辛うじて思い出せた記憶といえば、自身の所属する<ギルド>と呼ばれる集団のサブギルドマスターとオンラインで呑み会をしながら<エルダー・テイル>をプレイしていたという記憶のみだ。
彼の所属している<西風の旅団>というギルドの中で黙ってれば美女と呼び声の高いサブギルドマスターの寝落ちは日常茶飯事なので今更だが、まさか自分も寝落ち組になるとは思わなかったと西の生まれ特有の方言で悲嘆に暮れながら重い腰を上げた彼だったが、周囲を見て途端に押し黙る。
「……What?」
思わず英語が口から零れるが、いくら待とうと自分の部屋が現れるわけでもなかった。
ビルの残骸といった人が生活していた名残を思わせる建物の数々が立ち並んだ<エルダー・テイル>で見知った風景。それに眼前には大きな湖と背後には大木。間違いなく、ここは<西風の旅団>の本拠地がある<アキバの街>そのもの。それも1人になりたい時によく赴くベストプレイスだということが分かった男は、性質の悪い夢から早く覚めて欲しい一心で気付け代わりに頬を強く引っ張った。
「痛いっちゅーことは夢じゃないと……」
ジンジン痛む頬が今のこの状況はリアルだと、決して逃避することが叶わないのだと言い聞かせる。そのまま思いの丈を叫びたい衝動に襲われるが、<アキバの街>のそこかしこから奇声や誰かと言い争いをする怒号が聞こえてきたために彼は一旦落ち着くことにした。
ネットの海で他人が自分以上に取り乱したり、キレたりしていると落ち着くという話を聞いたことがあるのだが……。なるほど、たしかに本当らしい。
「んで、今のボクはナオキっと……。うわ、顔だけボクになっとるやん」
湖の映されたのは目深にフードを被った白いローブの怪しい男。身長は165センチと成人男性としては少々低いだろうか。
しかし、いざフードを取ってみるとその顔つきは<エルダー・テイル>で作成したナオキの顔ではなく、左の目許に傷があるリアルでよく鏡に映っていた自分の顔そのものであった。ポリゴン調の顔であったならば即座に何かしら痛みを伴う夢だと断言できるのだが、こうも自分の顔そっくりだと現実味という可能性がじわじわと侵食してくる。
そのまま彼はナルシストのように右や左を向き、自分の姿を湖に映しては異常がないかを確認を続けていたが、彼の視界に受話器のアイコンが表示されると共に耳に鈴のような音が響いた。
「うぉっと。……なんや、念話か? えーっと、このアイコン押すんか?」
訝しげに受話器のアイコンをタッチすると、シロエという名前が表示されてから聞き馴染みのある声が聞こえてくる。
【あ、ナオキ?】
【シロエか? 一昨日振りやな。元気しとるか……ってこの状況じゃ無理やな】
【お互いにね。ところで今、1人?】
【せやな。ナズナが酒入るとウザ絡みするからな。1人になって相槌打っとったら寝落ちしとったわ】
念話なので姿こそ見えないが、シロエからは『あー』と事情を汲み取ったようなか細い声が聞こえた。そんなこんなで双方の無事を一応確認できたために雑談を含めながら念話のかけ方やステータスなどの見方といった初心者が聞くような質問をしていくと、シロエの方から実際に顔を合わせようという誘って来る。
【念話だとあれだし、直継も居るよ】
【え、あのお祭り男爵帰ってきたん?】
【お祭り男爵って……】
1年ほど前に仕事でログイン出来ていなかった友人の復帰にナオキのテンションがちょっと上がった。
一昔前、数々の伝説を残した
シロエから集合場所を聞かされたオキナはすかさず念話を切り、集合場所に向けて走り出した。どうやら身体能力はリアルの方ではなく、<エルダー・テイル>の<冒険者>の方を反映しているらしい。壁走りや橋が架かるぐらい広い川を幅跳びで飛び越えるなどといった大胆なショートカットを行いながら突き進み、ようやく集合場所付近のビルの上に立ったナオキは眼下に広がる広場を見やる。
崩れたコンクリートの壁に寄りかかるようにして立っている重厚な鎧に身を包んだ歴戦の戦士っぽい男とその横に立つ眼鏡を装着したインテリそうな魔法使い風の男。彼らを確認したナオキは、シロエに念話を掛けながら助走をつけてビルから飛び降りた。
【シロエ、もうすぐ着くで】
【え、どこにも見えないけど? 直継、ナオキがもうすぐ着くって】
【だんちゃーく……今!】
気の抜ける着弾報告の瞬間、ズドンという重々しい着地音と共に周囲に広がる土煙。先ほどの2人はそれぞれの武器を抜かずに警戒するが、土煙を払いながらナオキが立ち上がるとホッとした表情で彼を出迎える。
HPがちょっとだけ減っているのはご愛敬だ。
「おー、ほんとに直継や。元気やったか? 仕事は大丈夫なん?」
「なんとかな。シロにも言ったけど、この1年大変だったぜ。そっちはどうだ? メールだと確か、今の職辞めて兄ちゃんが継いだ親父さんの店を手伝ってるんだっけ?」
「兄貴から"念には念を入れて、食いっぱぐれないように専門学校行っとき"って言われてな。日中はそこに行きながら手伝っとるわ。そのせいでいきなりログイン出来なかった時期あったけど、知ってる奴にメールで連絡しとったから多少の混乱だけで済んだわ」
リアルでも交流があるので近況を報告し、ついでにシロエのやり方を真似てナオキはフレンドリストを操作して知り合いの状況を確認しだす。ギルドマスターであるソウジロウ=セタやサブギルドマスターのナズナと<西風の旅団>の幹部クラスは1人を除いてログインしているため、指揮系統には問題がないことに彼は安堵の息をつく。
「そっちは大丈夫なの?」
「ソウジロウとナズナのログインは確認でけたけど、沙姫はログインしてないみたいやわ。まぁ、ギルドマスター居るなら大丈夫やろ」
「西風の旅団はソウジロウのハーレムだもんね」
「マジかよ! 羨ましすぎ祭り!」
「大半はソウジロウ目当てやけど、結構しっかりしとるで? 一応アキバの戦闘系ギルドとして結構上位やし」
<西風の旅団>は情報サイトや掲示板ではシロエの言ったようにソウジロウという無自覚イケメンのハーレムというやっかみ込みの情報が記載されているが、実働部隊が60人ほどという中堅規模であっても<D.D.D>や<黒剣騎士団>といった実力派の戦闘系ギルドに並ぶ程の集団である。
そんな基本的に『ソウジロウが~』などといったソウジロウ一色な情報や書き込みなのだが、ナオキの存在は『リアルは女』と根も葉もない噂や『困ってたら声をかけるべきアキバの冒険者Top10』といった誰が集計しているのか分からない情報が書き込まれていたりする。ネットの世界というのはいつの世も虚偽と憶測に満ちているというわけだ。
「たまにはギルドホールに遊びに来てんか? ソウジロウも会いたがってたで」
「んー、いつかね。特に今は知らない男が行って混乱させるのも悪いでしょ」
「えー! 良いじゃねぇか、このむっつりスケベ!」
「僕はむっつりスケベじゃない!」
「その点、ボクはむっつりやな。逆にあそこでオープンになれるのは英雄やわ……っと」
女性だらけのギルドゆえの気苦労を背負うナオキの耳に先ほどのような呼び出し音が聞こえてくる。訝しげに尋ねてきたシロエたちに一言断りを入れてから受話器のアイコンに触れると、そこには<西風の旅団>に所属しているドルチェという<冒険者>の名前が表示された。
【はい、もしもし。ナオキですわ】
【ナオキちゃん、どこに居るの!?】
【うぉっと。すんません、知人と会っとりました】
野太い声に一瞬だけ狼狽えたナオキ。しかし、すぐに平静を取り戻すと今の状況や現在地を告げる。
念話の相手であるドルチェは先述した通り<西風の旅団>に所属しているオネエである。リアルの年齢的にナズナやナオキ、そしてもう1人と共に『年長組』に数えられる
そんな彼……。もとい彼女は珍しく声を荒げながら念話を続けているため、ギルドで何があったのか聞くと拠点である<ギルドホール>は大変な混乱の最中にあるようだ。
【ソウジロウたちは居るんでっか?】
【居ないのよ、ソウちゃんもナズナちゃんも。だから皆、頑張ってるみたいだけど私も含めて相当混乱してるの。良かったらこっちに戻ってもらえるかしら】
【良かったらなんてとんでもないで。すぐに戻るわ。知らせてもらって助かりますわ】
自分も大変なのに他人を気遣える優しいギルドメンバーの要請に応えられないようでは<西風の旅団>の『相談役』という微妙なポストが本当の意味でお飾りになってしまう。それにシロエたちとの情報交換も大体は済んだため、次はギルド内を纏めることが目下の課題となる。
「ちょっとギルド内が混乱してみたいやわ。まぁ、この状況ならしゃあないけどな」
「うん、分かった。行ってあげて」
念話を切ったナオキが話を切り上げようとしたため、シロエと直継はそれに同意する。何度かフレンドリストから双方の念話が繋がることを確認した後、<アキバの街>を調査するために彼らはナオキと一旦分かれた。
相変わらずに馬鹿話をしながら去って行く2人を見送ったナオキは、<ギルドホール>の方向に身体を向けると即座に行動を開始する。先ほどシロエたちと合流した時のようにビルなどの建物を駆け抜け、垂直の壁を脚力のみで落ちずに移動し、川を飛び越え、そこら中で項垂れている<冒険者>を踏まないように駆け抜けた末、彼は<西風の旅団>の<ギルドホール>である和風に作り直されたビルの前までやってきた。
「ただいまー!」
「ナオキちゃん!」
「相談役!」
「ナ"オキ"ザァん!」
「ゲェ、相談役…。インしてたか」
扉を開けて<ギルドホール>の中へ入った瞬間、様々な方向から直樹を呼ぶ声が掛けられる。
一部だけ嫌そうな反応が聞こえたが、それ以外は全員安堵したような反応を示したのでナオキが思いのほか元気そうだと思ったのも束の間、何人かの女の子が体当たりをしてきた。
「おっぶぇっ!」
「師匠が! 師匠が居ないの! どうしよ!」
「局長帰って来るよね! 帰って来るよね!?」
女の子ゆえに1人1人の衝撃は軽いのだが、彼女たちも<冒険者>。数人も纏まれば油断しきった成人男性を押し倒すことも可能だ。受け身も取れずに後頭部を打ち付けて悶絶するナオキを一切心配せず、『師匠』や『局長』とソウジロウの心配ばかりする子の子たちをガチめに叱りつけても良いのだろうかとチカチカする視界のまま考えていると筋骨隆々のオネエが彼女たちの首根っこを掴んだ。
「ほらほら、女の子がそんなことしちゃ駄目でしょ。ナオキちゃんに謝りなさい」
「ごめんなさい」
「ごめんね、ナオキさん」
「えぇんやで。とりあえず皆、稽古場に集合しよか。あそこなら広いし。くりのんもボクのこと嫌ってるのは分かるけど、君も女の子なんやさかい。集合してくれると嬉しいんやけどな」
「ケッ、わーってますよ」
ソウジロウではなく<西風の旅団>の女の子が目当てという稀有な入団理由ゆえにソウジロウやナオキへのアタリが強いくりのんという
「ごめんなさいね、ナオキちゃん。いきなり呼び出したりして」
「ええんやで、ドルチェ……サン。それにオリーブ……サンも皆を見てくれてありがとさん」
「私は何もしてないわよ?」
「いんや、オリーブ……サンの存在も皆を安心させる要因になったと思いますわ。2人が居ない場合を考えると寒気がするで」
腰を折りながら丁寧に礼を言うナオキにエルフの女性──フレグラント・オリーブが照れるように手を前に出して上下に揺らす。
だが、ナオキが言ったことにも一理ある。仮にドルチェやオリーブといった年長者が居なければもっと混乱が伝播していたはずだ。さらに最悪を言ってしまえば、ソウジロウを探しに何が起こるか分からない状況の真っ只中にある街に繰り出してしまうことも十分あり得る。
何もしなかったなどとんでもない。オリーブたちの行いはむしろ、ファインプレーとしか言いようがなかったのだ。
「たしかにそうだけど、ナオキってそんなにギルドメンバーをさん付けしてたっけ」
「そうよね。ナオキちゃんゲームでは呼び捨てとか結構してたわよね? 雰囲気も余所余所しいし」
「いやぁ、ポリゴン調でゲーム一緒にしてるって感じならそうなんやけど、改めてリアルっぽい人見るとなぁ。これが同じギルドやったり、明らかに男の子や女の子やったら呼び捨て平気なんやけどなぁ。男性とか女性とかになったらその……分かるやろ?」
ゲームではリアルでのことは声。もしくは本人が語るリアルのことしか分からない。そのためにナオキは<エルダー・テイル>時代、TPOを弁えてだが通常は呼び捨てや軽いお礼のような飄々としたスタンスでプレイしていた。
なので、目の前のドルチェとオリーブの放つ『大人』な雰囲気についつい丁寧にお礼を言ってしまったのも仕方がないと言える。
いちいち説明するのも情けない話だが、一応弁解として語っているとオリーブがニマニマ笑いながらナオキの肩に手を置いた。
「うんうん、つい大人と相手するような口調になっちゃったんだー。じゃあいくつなの? その反応なら成人前とか20代前半くらい?」
「ちょっとオリーブちゃん。リアルを聞くのは失礼でしょ」
オンラインゲームでリアルのことは事件などに発展するため、詳しく詮索するのはご法度である。しかし、今のこの世界はゲームではな<エルダー・テイル>というゲームを舞台にしたリアルという考えがナオキにはあった。そんな認識から、『あちらの世界』における住所といった特定できない情報ならば話しても良いだろうと口を開く。
「23……いや、もうすぐ24の男。元保育士で現料理人見習い」
「にじゅう……さん? よん?」
「男の保育士さんなんて珍しいわね」
「ドルチェ、元保育士や。それとオリーブ、心配せずともそっちの年齢は聞かんわ。失礼やからな」
何とも反応に困る年齢が返ってきたため、オリーブは硬直する。
恐らく成人少し前。高くても20歳か21歳といった社会人なり立てだと予想してイジろうとしたのだろう。黙りこくる彼女の反応から大体察することが出来たナオキはドルチェと共にそそくさと修練場へ向かう。
「じゃあ、あたしもナオキさんって言った方が良いかしら?」
「言われても無視するで。癖みたいなもんやからそんな畏まらんといて」
大人である以上、敬語で会話は避けて通れない道だ。そのため意図的に何とかしようと心に決めたナオキが修練場の襖を開くと全員の視線がナオキを射抜いた。
気丈に振舞う子は居るが、大半は今にも泣き出しそうな──というか既に目じりに涙を溜めている子も居たため、彼は極力笑顔で彼女たちの間を抜けて胡坐をかきながら座った。
「皆集まっとんな? 居ないやつはちゃんと言って欲しいで」
「相談役ー、居ない人は返事できないよ」
「古いですよー」
「ありゃ、そうなんか。今はどんなのが流行っとるん?」
「私のところはねー」
「うちはー」
楽しそうに自分たちの周辺で流行っていることを話し出すギルドメンバーたち。今の流行を聞いて現実から目を逸らすのは、前職で園児とお喋りをする時にもよく使った手法だ。
そのままソウジロウが来るまで会話で間を繋ぎたかったのだが、会話だけでは不安はぬぐい切れなかったのだろう。彼女たちはナオキに近づいてきた。
「ナオキさん、局長は大丈夫だよね?」
「相談役、イサミたちも絶対に帰って来るよね?」
「何言っとるんや。ソウジロウもイサミも90レベルやで? アキバの周りの敵やったら訳あらへん。それに街中やったら攻撃されても衛兵は来るから安心や」
「でも、PKとか」
「その線もあるけどな。今は待つことが皆の仕事や」
そう言ってナオキはより一層彼女たちの間を詰めさせる。既にぎゅうぎゅう詰めなのだが、彼女たちの表情は先ほどと比べて明るかった。押しくらまんじゅう状態で温かかったのかそのまま寝てしまった子も居たため、ナオキや他のギルドメンバーが手分けをして寝かせているとドルチェは小さく口笛を吹いた。
「流石は元保育士さんね。今からでも別のところで働いたら?」
「仕事と給与が見合わないって思って辞めたから難しいんや。それに、おとんが腰やってしまいよってな。ちょうどええからって自分で決めたんや」
「あら、結構踏み込んじゃった。ごめんなさいね」
「悪い思うんなら売り上げに貢献してもらおかな」
ドルチェに苦笑しながら、ナオキはウトウトしている女の子の肩をリズム良く叩いて夢の中へ誘う。
たしか、ギルドメンバーの中には中学生や高校生が多かった気がする。そんな子たちがいきなりこんなところに放り込まれ、仲間は居るが頼れる大人が少ない状況で長時間活動していたのだ。疲れないはずがない。
そういう時は寝ることが一番だとよく知っているナオキが次の獲物を睡眠沼に沈めようと画策していると、<ギルドホール>の入り口が騒がしくなる。聞き馴染みのある声たちに大声で修練場に居ることを伝えると、数分しない内に修練場の襖が開かれた。
「あぁ、ナオキ。無事だったんですね」
「そう簡単にくたばらんわ。ところで、そっちはナズナとイサミとカワラだけか? やっぱり沙姫は居らんのか?」
「フレンドリストも灰色でしたし、ここに居ないのであればログインしていないんでしょうね」
我先に駆け出そうとするギルドメンバーたちを抑えるナオキにソウジロウは甲冑を外して元の和服と袴姿に戻りながら軽く自分たちのことを報告する。最古参のメンバーが1人欠けた状態は痛いが、この未曽有の事態に1人増えてもどうしようもないだろうと即座に思考を切り替えたナオキは手を何度か叩いて寝ている子を起こしながら全員の視線を集めると矢継ぎ早に指示を出した。
「寝る時間はは終いや。ギルドマスターが帰ってきたし、ホールの現状確認から始めよか! それぞれ班別に在庫や各部屋の状態を確認していってや。だけど、ギルドホールの外には出ないようにな! それと……」
「ソウさmへっぷ!」
「いくら心配だったつってギルドマスターに飛びついて時間取らせんように! 分かったな、オリーブ?」
先ほどまでの知的で美人のオーラはどこへやら。鼻血をダクダク流しながらソウジロウ目掛けて突っ込むオリーブを間一髪で止めたナオキ。そのままオリーブを投げ捨てると、再び何度も手を叩いて指示通りに動くことを催促した。
***
「いやぁ~、ナオキが居るとあたしが楽出来て良いわぁ~」
「ナズナがやりぃよ~。さっき廊下で"やっぱりお父さんみたいだった"って言われてるの聞いて凹んでるんやからさ。え、やっぱりってみんな思てたん?」
ところ変わってギルドマスターであるソウジロウの部屋。移動した3人の内、2名ほど畳の魔力に憑りつかれてだらけきっているが、ナオキの素朴な疑問にソウジロウとナズナはそれぞれ『バレたか』とばかりに首を縦に振る。
彼にとって『相談役』というのは、<西風の旅団>が出来た瞬間に入ったナズナ、沙姫、ナオキの内で『それっぽい役職つけようぜ』というナズナの意見から決められたお飾りという意識だった。
しかし、お飾りの役職ながらも彼は真面目に<エルダー・テイル>や連携についてから、挙句の果てにはリアルの悩みまで幅広い相談に対応していた。流石にリアルに関しては『無暗にリアルのこと言ったらあかんで』とネットリテラシーについて注意はするが、かなり親身にアドバイスをしながらもそれでいて相談で得たリアルについて口は堅く、時には厳しく叱りつけるなどといったことが<西風の旅団>が始まって以降ずっと続いていた。
何時しか実しやかにナオキのことは『お父さん』と言われるようになり、それは当然ソウジロウたちの耳に入っていたのだが、彼らは頑なにナオキにバレないように徹した。
「ギルド名をビックダディにでもします?」
「やめぇや」
それはもはや、ナオキがギルドマスターになるのではないか。あんなソウジロウ大好き娘たちの手綱を握りきれる自信のない彼が勢い良く首を左右に振って拒否を示していると、ソウジロウはケラケラ笑いながらもギルドメンバーが調べてくれた<ギルドホール>の現状を3人で共有した
部屋がかなり余ってはいるため、個室もしくは共同部屋などが可能なこと。鍛冶や裁縫といった作成スキルで用いる工房も機能していること。
そして、これが一番大事なのだがトイレを含めた水回りは難なく使えたこと。これは<西風の旅団>ではない女の子がトイレを借りに来たことで事の重大さを理解したため、プライバシー諸々も含めて何人ものギルドメンバーが念入りに調査したようだ。
『女の子ですからね。流石にボクらのようには行きませんよ』と目を伏せながら頷いていたソウジロウは、一瞬の内に真面目な顔になる。
「では、ギルドホールのことは置いておきましょう。この世界って<エルダー・テイル>の世界ですよね?」
「ナズナの顔はリアルで会ったまんまやからな。プレイヤーが冒険者になってこっちに来た説を推すわ」
まずはこの世界が<エルダー・テイル>の世界であることと、プレイヤーが<冒険者>となってこちらの世界に入ってきたことが3人の中で共有される。その際にどうやらソウジロウとナズナは既にモンスターとの戦闘を行ったようで、出てくるモンスターも<エルダー・テイル>に居たモンスターなことから<エルダー・テイル>の世界に迷い込んでしまったという推測は間違いないとナオキの意見を推した。
「で、あのムッツリメガネが言ったことをソウジは信じるのかい?」
「あの状態で嘘をつくメリットがありませんからね」
「なになに? 何の話しとるん?」
「言い辛いことなんですが……」
話題が気になったナオキにソウジロウが<トランスポート・ゲート>の使用不可であることを告げる。これは街の外に初心者やギルドメンバーを助けに行った際に<D.D.D>というギルドのギルドマスターであるクラスティから共有されたもので、<トランスポート・ゲート>という転移装置で主要都市への移動が出来なくなったらしい。
「そう考えると全員、<アキバ>に居って良かったな」
「そうだね。<ナカス>なんかに居たら目も当てられないよ」
日本サーバーの主要な街は<ススキノ>、<アキバ>、<シブヤ>、<ミナミ>、<ナカス>の5か所でここから<シブヤ>でも最低4つの<ゾーン>を経由しなければたどり着けない程の遠さである。<ススキノ>や<ミナミ>や<ナカス>で所用をしていた時にこんな状況になってしまえば堪ったものではないとナズナは身震いをする。
ただ、ログインした全員は<アキバの街>に居り、ソウジロウの帰還を持って<ギルドホール>に全員収容できた。その事実だけが不幸続きの中での唯一の幸いと言えるだろう。
「で、ギルドマスター。次の一手は考えてるんか?」
「次の一手ですかぁ。目の前のことに必死で思い浮かばなかったな」
「そうだねぇ。でも、<ギルドホール>の中は安全だと分かって安定しているのは今だけだよ。直に問題は次々と拭きだしてくるさね」
物資の調たちか、はたまた新拡張パッケージで新たに実装された事柄を検証や攻略をしていくか、それとも平穏の街の中で暮らし始めるか。<西風の旅団>としての次の一手を決めあぐねていたソウジロウだが、その思考に割り込むように寝転びながら指を這わせていたナオキが手を挙げた。
「ひとまず、女の子たちは隊を編成して絶対に1人にせん方がええな。法がなさそうな今の街を1人で出歩かせるのは危険すぎるわ」
「法が……」
「ない?」
「いざという時に運営に通報するものがないんや。当たり前やろ」
「衛兵が居るじゃないか」
ナオキの提案にソウジロウとナズナは揃って『何言ってんだ、こいつ』といった表情を浮かべる。街には衛兵が居り、<冒険者>が攻撃──
そのため、街中では<冒険者>が別の<冒険者>に殺されるといった事件は起こらないという考えを持っていたソウジロウとナズナがナオキの考えていることが分からずに首を傾げていると、おもむろにナオキは立ち上がってソウジロウの前に立つ。
「ナオキ、どうしたんですか?」
「衛兵も万能ではないことを例を挙げて説明するんや。でも、まず初めに謝っとくわ。すまん」
「え、いきなりなん」
ソウジロウが何かを言うよりも早くナオキは彼を強く抱きしめる。その後の展開はまさに神速といっても差支えはなかった。
事態を瞬時に把握したナズナは持てる限りの速度でナオキからソウジロウを引き剥がし、そのままナオキの顔面をギャグマンガのように陥没させる勢いで殴りつけた。その殴打の勢いは部屋の襖をぶち破っても衰えることなく襖から密かに覗いていたギルドメンバーの間を通り抜け、漆喰の壁にぶつかった彼はそのまま力なく床へと倒れ込んだ。
「ソウ様に何してんの!」
「ナオキちゃん、信じてたのに!」
「油断も隙も無い!」
「ちがっやめ」
そのまま覗いていた面々にボコボコにされた後、ナオキは再び部屋に戻って説明を再開する。──なぜか覗いていた面々も部屋に入って来たのだが、ソウジロウが良いと言ったためにナオキはそのことについては言及せずに先ほどの狂ったような行いを説明する。
「まずはドルチェ。さっきのやり取りを街で仕出かした場合、ボクとナズナたちのどっちが衛兵に処罰されるんかな」
「うーん、そうねぇ。……やっぱりあたしたちかしら? "攻撃"したわけだし」
ナオキは一番冷静そうなドルチェを指名すると、彼女は先ほどの流れを反芻させながら考え込む。ナオキがソウジロウに抱き着いたが、あれは攻撃ではなくむしろ『愛情表現』や『スキンシップ』の類だろう。そうしなければ今頃そこかしこに衛兵が出張り、<冒険者>の大虐殺が行われているはずだ。
ただし、ナズナの鉄拳やその後のリンチは駄目だ。明確な攻撃の意思があるため、どう転んでも衛兵が飛んでくるだろう。
「今回は当たり障りがないソウジロウに実験相手になってもらったわけやけど、これがセクハラとかそれ以上に該当することをやられた場合はどんなことになるんやろう? オリーブ、ソウジロウにベタベタ触られたらどう思います?」
「「ちょ、ボクはそんな」カモン! ヘイ、カモォン!!」
「じゃあ、他の人……そうやなぁ。そこらへんの冒険者とかに"君、可愛いねぇ"って言い寄られた場合とかはどない?」
「ぶっころ!!」
「ナズナ、この場合の衛兵の処罰対象は?」
「オリーブ……になるのかね。あー、あんたが言いたいこと分かった。確かに身を護る法がないわ」
──そう。いくらハラスメント的なことをやっても取り締まられるのは抵抗した方というクソのような環境がこの世界に蔓延っているのだ。それに、先ほどの例だと触ったり抱き着いたりとした比較的軽い内容だったが、考えればそれこそいくらでもエゲつないものがある。ヤバいなんて話ではない。
「そこらへんも編成や連絡網の見直しが必要……っと。ごめん、念話」
次の一手を考えるうえで想定しなければならないことを引き続き説明しようとした矢先、ナオキの耳に念話の着信音が鳴る。
一言断ってから受話器のアイコンを押すと、ヘンリエッタという名前が表示される。
【もしもし、ヘンリエッタさん? 2か月前ぐらいの初心者支援遠征以来やな】
【その節はお世話になりました、ナオキさん。この念話が聞こえているということは、そちらも"巻き込まれた"という形でよろしいですか?】
【はい。うちは幸運にもログインして来たのが全員アキバやったから集まれましたわ】
ログインのことを話した途端、ヘンリエッタからの応答がしばらく無くなる。心配してかけ直すことを提案すると、彼女は再び言葉を紡ぎ出した。
【いえ、失礼しました。よろしければ、情報交換をさせていただきたいのですが】
【情報交換でっか? あー……、えーっと……】
どうやらあちらもあちらで大変らしいが、それでも情報を欲しているそうだ。
だが、<西風の旅団>も未だに平穏とは程遠い中にある。この状況で他のギルドに恩を売る余裕があるのだろうか。そう思っていたナオキだったが、ソウジロウとナズナがハンドサインで『GO』を送ってきた。
【すぐ向かいますわ】
【あの……。お頼みした立場なのに申し訳ないのですが、よろしいのでしょうか? この混乱している時期にギルドを離れても】
【ギルドマスターとサブギルドマスターが行ってこいって言っとるから大丈夫やって。なんかあったら念話してくるやろうし】
【そうですか。では、許可を出しておきますのでギルドホールまでお願いいたしますわ】
全て伝え終わったらしく、挨拶の後にヘンリエッタからの念話は途切れる。改めてナオキがソウジロウたちの前に視線を向けると、彼は真剣な面持ちで語り出した。
「ナオキ、こちらは大丈夫なので行って来てください」
「ヘンリエッタって言えば、三日月同盟の幹部だねぇ。たしかあっちは90レベル以下もたくさん居るし、あんたの考えた懸念が一番効くと思うよ。こっちは良いから、あっちに伝えてきな」
『適当に情報収集もよろしく』と再びゴロ寝しだしたナズナはさておき、思わぬところで重要な任務を受け持ってしまったナオキは立ち上がるとソウジロウの部屋を出て、雑務や備蓄の確認を行っているギルドメンバーたちの間を通り抜けていく。
いざという時のポーションなどをいつでも使えるように準備しながら<ギルドホール>の玄関を開けて外に出ると、ナオキはアキバの街の中心部からやや南東にある<ギルド会館>へ歩み出した。
一応の設定は如何にございます。
ナオキ
本名:秋山 直樹
職業:保育士 → 料理人見習い(実家手伝い)
エルダー・テイルでの職業:アサシン
ギルド:西風の旅団の相談役
業務はまさに相談役で、女の子の相談を聞いてはアドバイスを送ったり、ナズナに話を通してレイドなどの班員を調整したりを良くしている。
中にはリアル寄りの相談もしてくる子も居るため、そろそろ注意でもしようとしていた矢先にこんなことが起こった。
プレイスタイル:基本的には短剣での近接攻撃だが、他にも昔取ったなんとやらで様々なところから集めてきた近接戦闘武器を持っている。
また、メンバー次第でボウガンへの換装が可能。
しかし、装備やスキルの技術書などの関係上、遠距離の方の火力は60レベルぐらいと近接攻撃。特に短剣に重きを置いている。
装備品:メインウェポンである短剣は【幻想級】1、【秘宝級】1、【制作級】1と充実しているが、いつもは海洋機構のギルドマスターが作ってくれた制作級を愛用している。
ボウガンや短剣以外の近接武器はそれほど力を入れていないため、三日月同盟の飛燕の伝手で入手した【制作級】をたまに使っており、防具もレイドで入手した【秘宝級】のローブと鎧が一体となった物を装備している。
装飾品は気分によって変えているため、ノーコメント。