西風の相談役   作:マジックテープ財布

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12話:<クレセントムーン>

 4日間。96時間。5760分。数え方次第で言い方は様々だが、どんなに取り繕っても『1店舗を運営するための準備期間』という枕詞の前には舐め腐っているほどの時間の少なさだ。

 しかし、この味のある食べ物やその作り方は未だ混乱期にある今だからこそ名刀のごとき切れ味を誇る時限式の武器だ。時間が経つごとに気付いてしまう<冒険者>も居るだろうし、その<冒険者>が生産系、戦闘系問わず大手の<ギルド>に入っていたらその<ギルド>が<アキバの街>を支配しかねない。

 なので、この3日はシロエが机上の空論で導き出したギリギリ許容出来る時間でもあった。

 

 ただ、明らかに時間が足りないのもまた事実。そのために<三日月同盟>、<記録の地平線>(ログ・ホライズン)のギルドメンバーは寝る間も惜しんで奔走した。

 時間が無いので<三日月同盟>にちなんで<クレセントムーン>という店名が即座に決まり、その勢いでシロエやヘンリエッタは各々が持つ最大速度で書類や予算、収益見込みなどを書き出していく。既に商品予定である料理も後は最終調整を残すのみなため、彼/彼女等はまるで鬼気迫る勢いで書類を書いてはマリエール目掛けて出来上がった端から書類をシュート。たちまち、彼女を『書類沼』へと叩き落した。

 

 そして、忙しいのはなにもそれぞれの上層部だけではない。直継も加わった<三日月同盟>の戦闘班は<アキバの街>周辺の<ゾーン>を巡って<クレセントムーン>に使用する食材の中で一番危険なモンスターの捕獲を日夜行い、その他の食材は調たち班が近隣の村々から直接買い上げたり、湖から釣り上げたりと忙しなく行動していた。

 また、サブ職業で<木工師>のギルドメンバーは看板や素早く展開できる店舗作りを手掛け、シロエと同じ<筆写師>になっているギルドメンバーはチラシや商品を包む紙などといったアイテムを手作業で量産する仕事に従事。その他に売り子をやりたいと事前に志願した担当の女の子たちは<クレセントムーン>の制服の選定に着手したりと、それぞれ役割分担をすることでタイトなスケジュールに食らいついていた。

 

 皆が忙しなく働く中、これといった担当に決まっていない者が居た。ナオキだ。

 彼は言うなれば遊撃役。なまじマリエールのみ親しかったシロエと違って<三日月同盟>全体と知己なので信用度は段違いだし、一端の知識もあれば良からぬことをすれば怒る度量もある。そのため、役割を決める際にシロエから『まず、ナオキは……。うん、その辺で適当に手伝っといて』と開口一番に特に役割を決めずにふわっとした指示を受けた恨みは未だに彼の胸の内に秘めている。

 

 そんなどす黒い復讐の炎を一旦胸に仕舞った彼だが、今はとある部屋にて思案顔で突っ立っていた。その周囲には明日架やリリアナ、アシュリンといった<三日月同盟>の女の子たちがメイド服を着てポーズを決めており、傍から見れば言葉巧みにうら若き乙女を怪しい商売に引っ張り込もうとするヤが付きそうな自営業の人間がバックについている人間のようにしか見えない。

 ただ、安心して欲しい。彼は彼女たちの同意の基でここに立っているため、合法というやつだ。

 

「メイド服ってのは安直過ぎやない? それにメイド服で練り歩いてる人なんて、<エルダー・テイル>やと珍しくなかったで」

 

「そうですね。じゃあこの服は没で。次に作った衣装に着替えますね」

 

 ポーズを決めている女の子たちを一回り見てからナオキは意見を言う。その意見にアシュリンは肩を落としながらもすぐさま次の衣装を手に取ったため、次の行動を察した彼は扉から外へ出て行った。

 

 今まで和装や洋服の上にエプロンといった衣装を見てきたが、それぞれ『ハンバーガーに和服?』や『地味』という意見から制服の選定は遅々として進んでいなかった。

 そんな中でインパクト強めということでメイド服が候補に挙げられたのだが、それはリアルだけの話だ。逆に<エルダー・テイル>では様々な種族や格好の<冒険者>が居るために重要なオープン直後の注目は集めにくいだろう。

 現に、かの有名な戦闘系ギルドである<シルバーソード>に所属している有名な<冒険者>もメイド服を着用しているし、<アキバの街>でもそういった格好の<冒険者>をたまに見かける。

 

 なにより、和装と同じでそもそもハンバーガーというイメージでもない。

 

「良いですよー」

 

「うい~」

 

 リリアナと思われる声で入室の許可が出されるが、ここで慌ててはいけない。<大災害>後の<西風の旅団>で時たま出くわす多少の入れ違いによる『事故』を防ぐために返事をしながらも少し待ち、ようやくナオキはドアに手を掛ける。

 

「おー、これでえぇんちゃう? ハンバーガーショップの店員っぽいで」

 

「やったー」

 

 清潔感のある真っ白なブラウスにピンクのスカート。そしてフリルの付いた可愛らしいエプロンに着替えていた彼女たちにナオキはサムズアップを送る。

 和装やメイド服よりは主力商品であるハンバーガーのイメージに結び付けることが出来るので、後は小物をいくつか見繕えば大丈夫であろう。

 

「リリアナ、これはどれぐらい量産可能なん?」

 

「えーっと……」

 

 売り子を行う人数を片手で数えつつもう片方の手を虚空に指を這わせるリリアナ。ただ、少しした後に『あっ』という不安になる声を上げた。どうやら少々素材が足りないようだ。

 

「何が足りないん? クエスト報酬?」

 

「いえ、街のお店で買えるものです。銀行にもあるんで、取ってきます」

 

「なら、一緒に銀行に預けてる装飾品も持ってこようかな」

 

「私もー」

 

 結局、全員で<ギルド会館>1階の銀行に行くことになった。

 ただ、未だこの世界が何が出来て何が出来ないのかが把握できていないので、いくら<ギルド会館>といっても油断ならないとナオキは近くの部屋で看板などの監督に当たっていたアイゼルという<ハーフアルヴ>に声をかけて彼女等と一緒に銀行へと向かう。

 

「ナオキさん、警戒しすぎじゃないですか?」

 

「念には念を入れてや。それにいけに……にくか……共連れは多い方がちょうどえぇねん」

 

「今、"生贄"とか"肉壁"って言いかけました!?」

 

 不吉な言葉にアイゼルは思わず叫ぶが、当の本人たちは早く衣装合わせがしたいのか銀行へと駆けだしていく。

 その後、彼女たちが姦しくアクセサリーやワンポイントといった服飾品を自分の銀行から取り出しては装備し出したことで、アイゼルはナオキが生贄などと言った真の意味を知ることとなった。

 

「アイゼルさん。これ、どっちが良いと思います?」

 

「えーっと……右……かな?」

 

「えー? でもこっちの方が……」

 

 アシュリンが両手にそれぞれ持ったアクセサリーを掲げながら不満顔になる。その瞬間に『いや、じゃあ聞かないで』と言いそうになったが、何とか喉の奥に押し込むことに成功する。

 今まで数多の男を撃沈させてきた悪魔の言葉にアイゼルがどう攻略したものかと頭を悩ませるが、ふとナオキの様子が気になったので彼の方を向く。すると、そこには明日架やリリアナと楽し気に会話をしているナオキの姿があった。

 

「こっちとこっち。どっちが良いですかね?」

 

「お、どっちもええなぁ。でも、2つつけるのは余計やろなぁ」

 

「そうなんですよねー。ナオキさん的にはどっちが良いですか?」

 

「ボク的にか、それは責任重大やな。こっちのが明日架の髪色的に映えるんやない?」

 

「あのー、これはどうですかね?」

 

「えぇな。あ、どうせなら<クレセントムーン>と<三日月同盟>にちなんで、三日月を使ったワンポイントを作るのはどない?」

 

「それいただきです」

 

 並みいる質問を適切な受け答えをしていくナオキ。そこには一切のつっかえが存在しないため、それを見たアイゼルは『パネェ』と一言漏らす。

 やがて、粗方の装飾品を品評した3人はルンルン気分で<ギルドホール>に戻って良く後ろでようやく終わった別の意味で綱渡りであった時間が終わったことにナオキとアイゼルは息をつく。

 

「いや、アイゼルが居てくれて助かったわ」

 

「いえいえ。流石ですね、女の子の扱いが上手い」

 

「腐っても<西風の旅団>の相談役やからな。これぐらいは通話でも度々あったわ。むしろ、<大災害>が起こった今はあれよりも酷いのがかなりの頻度で遭遇するから敵わんわ」

 

 ナオキらしからぬ愚痴がアイゼルの耳に入る。先ほどまで余裕を見せていたナオキの顔が曇ったことに興味を引かれた彼がつい尋ねると、ナオキが『聞きたい?』と瞳孔が開いた目でアイゼルを射抜く。

 

 そこから先はノンストップであった。

 装備や衣装といった『どっちが良い?』はゲームだった頃の<西風の旅団>でも度々起こっていたので、あれぐらいはナオキ的にまだまだイージーモードであった。むしろ、アイゼルという『生贄』がアシュリンを引き付けてくれた分、余裕を持って返事が出来ていた。

 

 ただ、<大災害>後の<西風の旅団>はなんというか──壮絶であった。

 ファンクラブからの質問や面と向かっての相談など、思わず『聖徳太子ぃっ!』と叫びそうな案件が<ギルドホール>に居る間は度々起こる。そのため、我慢できずに『ナズナに全部任せた』と関係各位に伝えてから縁側でサボ……英気を養う頻度がかなり多かった。

 

 ただ、間違えてはならない。『相談』だけでこれだけの騒動なのだ。

 女の子(女性含む)だらけの場所ゆえか、度々漫画では『ラッキースケベ』といった場面に遭遇することも多い。漫画では悲鳴が上がるような場面が多々あるのだが、もはやナオキやソウジロウを一種の家族のように認識しているのか。はたまた、そんなことをするような人間と信用しているのかは不明だが、手で目許を覆いながら恥ずかしがって後ずさりするナオキに対して彼女たちは逆に堂々としており、あろうことか『着替えてるから後でね』とナオキを部屋から蹴り出す始末。

 また、ソウジロウの場合はそのまま部屋の奥に引き込まれそうになるところをナズナやドルチェやナオキが救出するというはた迷惑なことになるのも困ったことの一端を担っているのだが、それはそれで別問題なので放っておく。

 

「なんというか……お疲れ様です」

 

「いや、ソウジロウは無意識で相手の好みそうなこと応えるからな。ボクなんてまだまだやで」

 

 <三日月同盟>も女性の比率が多い<ギルド>だが、それでも上には上が居ればその<ギルド>特有の悩みも絶対にあることにアイゼルは痛感する。そんな彼は『ドルチェの着替え現場に遭遇した時のがマシやった』と遠い目をするナオキを慰めようとするが、背後から声を掛けられた。

 

「君、もしかしてナオキ君じゃないか」

 

「あ、クラスティさんやん。おひさ~」

 

 再起動を果たしたナオキが後ろを振り返る。そこには大振りの斧を背負い、頑強な鎧を着込んだ眼鏡をかけた偉丈夫が手を挙げながら片手を上げていたので、ナオキも片手をあげて挨拶を返しつつもアイゼルを<ギルドホール>に先に帰るように伝える。

 

 彼の名はクラスティ。<アキバの街>を代表する戦闘ギルドの1つに数えられ、風の噂では中小ギルドの取り込みも積極的に行っている<ギルド>である<D.D.D>のギルドマスターだ。

 見た目は知的な美青年のような感じだが、彼のサブ職業は<狂戦士>。しかも<守護戦士>(ガーディアン)なのに両手斧を振り回す脳筋……げふん。超前衛タイプゆえにその強さに惹かれて<D.D.D>に入った<冒険者>は数知れず。

 さらに<D.D.D>には<大規模戦闘>(レイド)初心者に対して立ち回りなどの講習も完備していると聞く。改めて<西風の旅団>のギルドメンバーやギルドマスターの日常を思い出し、『ガチさが違う』と頬をひきつらせていたナオキに、今度は軍服のような衣装を着た黒髪の女性が話しかけてきた。

 

「ナオキさん。朝頃の通報、ありがとうございました」

 

「あ、サンサさ」

 

「ミサです」

 

「サン」

 

「ミサです」

 

「ミーちゃ」

 

「はっ倒しますよ」

 

 彼女の名前は高山三佐。運営補佐のプロフェッショナルで最近<ギルド>から脱退した幹部とまとめて三羽烏という呼称が付くほどの<冒険者>である。

 ただ、彼女も言っているが名前は『三佐(みさ)』なのだが、ナオキなどのごく一部からは『サンサ』呼びが定着しているためにその都度修正するのが恒例のような物であった。

 なお、彼女のリアルでの職業はナオキの前職と同じ保育士。ひょんなことからナオキと同じ職だったことがバレてからというもの、たまに職場の愚痴や自慢話といった談話会が開催されており先程の『ミーちゃん先生』は園児が付けてくれた渾名だと彼女自身が自慢していたのだ。

 

「冗談はこの辺にしとこか。クラスティさんは<大規模戦闘>(レイド)の帰りなん?」

 

「いいえ、近くで狩りです。<大災害>以降の<大規模戦闘>(レイド)もやってみましたが、やはり移動が難点ですね」

 

「馬とか馬車やもんなー。あ、そういえばソウジロウに<トランスポート・ゲート>のこと教えてくれてどうもな。代わりと言っちゃなんやけど、うちからも情報共有させてもろてえぇ?」

 

「"気まぐれ"の貴方からの情報は興味深いですね」

 

 『大したことは無いで』と予防線を張ってから、ナオキは改めてダンジョンの老朽化の情報を話し出す。

 本当ならばこの<アキバの街>がリアルの世界とかけ離れた治外法権のようなところだということをサラやイサミのことを基に危険性を話すべきなのだが、仮にもレベル90の女傑……お嬢様たちを複数有している<D.D.D>にはどう説明しても『ふーん』レベルの反応しか示さないだろう。

 それに、<大規模戦闘>(レイド)を主体とした<ギルド>にとってはもう一つの話題であるダンジョンの老朽化の方が重要だと判断したからだ。

 

「ダンジョンの老朽化……変化か。なるほど、だからか」

 

「なんか心当たりでもあるん?」

 

「以前に<大規模戦闘>(レイド)モンスターの攻撃で戦闘を行っていた場所の地形がボロボロになりましたの。ゲームではモンスターがいくら攻撃しようとも、そんなことが起こらなかったはずなのに……」

 

 クラスティが答える前に彼の後ろからすらりとした長身系美女が現れて心当たりを話し出した。

 なんでも、<エルダー・テイル>でよく<D.D.D>が練習代わりに戦ってた<大規模戦闘>(レイド)級モンスターに<大災害>後の肩慣らしとして戦ってみたらゲームにはない要素である『地形破壊』を食らったらしい。

 モンスターの攻撃によって攻撃が当たった地点を中心に地面が陥没し、攻撃地点からかなり離れた地面が隆起。動き辛いことこの上ない状況の中での戦闘は元々決めていた<D.D.D>の作戦をなかったことにするほど凄まじいもので、もはや混乱状態となった隊列を立て直すべく撤退したようだ。

 

「今後の教導には不整地での踏破能力や戦闘能力の強化訓練も取り入れないといけませんわね」

 

「キーボードとマウスとかで動かすんやないからな。それはそうと、リーゼさんもお久。クラスティさんとの仲は──」

 

「ほ、ほわぁー! ほわぁぁー!」

 

 なにかを言い終わる前に事情を話していた美女が奇声を挙げ、ナオキを殴打して黙らせようと杖を振り被る。

 

 彼女の名前はリーゼ。高山三佐と同じ三羽烏の1人で入団初心者などに大規模戦闘の基本的な戦術や連携を教えるための教導部隊のとりまとめ役である。

 性格はこんなゲームの中でも生真面目で、ナオキ的には『おもろい子』認定を受けている<冒険者>である。

 なお、<西風の旅団>のメンバーが良くソウジロウにしている目線をクラスティに送っていることからその辺りも含めて言葉を選んでいるのだが、当の本人であるクラスティには全然伝わっていなかったりする。現に今も、彼女の杖を割と気持ち悪い動きで全て回避するナオキの近くで彼の言葉を聞いていたクラスティが首を傾げながら問いかけてきた。

 

「ん? 僕は仲は良いと思ってるよ。さっき言っていた<大規模戦闘>(レイド)も彼女が撤退の進言や部隊を纏めてくれたからね。ここで言うのもなんだけど、いつも助かっているよ」

 

「み、ミロードっ!」

 

「ケッ」

 

 ぽっと頬を紅くするリーゼにナオキは即座に前言を撤回。伝わった上で揶揄っているのかもしれないという疑惑が膨らんだ。

 もしそうだった場合、天然かつ無自覚で相手を墜とす我らがギルドマスターよりも性質が悪い存在である。少なくとも後ろから刺されて大神殿に送られそうなムーブなため、ナオキはクラスティにそれとなく注意を促すために口を開いた。

 

「クラスティさん、後ろには気ぃつけよ? いや、ボクみたいな<暗殺者>(アサシン)にって意味やなくてな」

 

「ハハハ、分かってるよ。それに心配しなくても君はともかく、私はそんなにモテないと思っているよ?」

 

「ナイスジョーク。ソウジロウのやつと違ってモテようがないわ」

 

(ひょっとしてミロードとナオキさんってわざと言ってません?)

 

(いえ、多分本心かと)

 

 たしかに<狂戦士>の脳筋というスタンスからクラスティは一見すると女性に縁遠い存在ではあるのだが、『実際に交流してみるとその良さが分かってくる』というやつだ。ソウジロウまでとはいかなくとも、少なくともリーゼのようにクラスティへ熱視線を送っている者も<ギルド>の内外で数多く居ることは事実である。

 ナオキもナオキで彼と話した<冒険者>限定ではあるものの、『話したら気軽に相談に乗ってくれる相談者』という意味で(都合の)良い人という認識の物が多いため、<西風の旅団>メンバーの1人であるという情報量と反比例して悩める若人からの支持は熱い。

 ただ、その若人たちは女性ばかりではなくて男性も混ざっているため、決してモテているわけではないことをここに追記しておく。

 

 彼女たちがヒソヒソ話を展開する中、一頻り情報を共有したナオキは『じゃ、手伝いに行ってるところに帰るわ』と2階への階段を昇っていく。

 

「うん? 私の見立てでは、ナオキ君は結構モテていると思うのだが……。君としてはどうなんだい? 結構、仲が良いんじゃないのかい?」

 

「ミロード、ナオキさんと私は特別な仲ではありません。それに、その言葉は言わない方がよろしいかと。最悪、殺されますよ」

 

「それは良い。上澄みの<暗殺者>(アサシン)と戦える機会なんて早々ないからね」

 

 美男子のような温和そうな顔から一転。戦いを楽しむ<狂戦士>に相応しい鋭い形相に代わったクラスティに、高山はとてつもなく深いため息で応えるのであった。

 

***

 

 日本の戦闘系ギルドの最前線を突っ走る<D.D.D>から得難い情報を手にしたナオキは、クラスティから涙の逃走を図った後もかなり忙しなく行動していた。

 ある時は看板のバランスを見るために看板片手に離れた場所へダッシュさせられたり、ある時は商品の最終調整に忙しいにゃん太やギーロフ、そして最近別の<ギルド>から移籍してきた彼のリアル弟であるニンジンに代わって戦闘班から託されたモンスターを解体する作業をしたりと、作戦に関係あったりなかったりする間を反復横跳びしていた。

 

 そんなことをしているとあっという間に準備期間の4日が過ぎ、いよいよ<クレセントムーン>の開店当日となった。

 

「とりあえず、こんなもんか」

 

「そうですね。後は……来た来た」

 

「ごめんな、ちょい遅れたわ」

 

 ナオキとアイゼル、後は<木工師>の数人が屋台を組み立て終わると、タイミング良く売り子の衣装を着たマリエールたちがやってくる。先頭に立つ彼女のそのボリューム感に圧倒されつつも、彼はアイゼルたちと裏手に用意しておいた商品が詰め込まれた箱の数を数えていく。

 クレセントバーガーにそれをさらにボリュームアップしたスーパークレセントバーガー。かりかりチキンに大と小サイズのフィッシュ&チップス。大きめのピッチャーになみなみと入ったブラックローズティーと予め決めていた在庫が確認できた2人はマリエールに報告する。

 

 これまでの準備期間の集大成を飾る大一番。マリエールの拳に力が入るが、それでもこんな大舞台で注目を集めるのは怖かったのか、おっかなびっくりといった様子で周囲を伺っている。

 

「おい、なんだこの匂い」

 

「見ろよ、屋台だぜ。珍しい」

 

 しかし、客の注目は待ってはくれない。<大災害>以降、料理人は自ら作った料理が『餌』のような扱いを受けていたため、売り手や買い手の顔が見えない<マーケット>に流すのが主流だ。徐々に減っていく流れに逆行する形で目立つ色をした新規の屋台が参入したとあれば、目立つなという方が無理がある。

 

「本日開店おひとつどうぞ! 軽食販売<クレセントムーン>や! 日頃の食事の味気無さ、マズさにげんなりしているあなたに朗報!」

 

 周囲の注目が一気に屋台に向いたためか、マリエールは文脈や流れを全く考えていないような謳い文句を高らかに叫ぶ。若干目を回し気味の彼女の横では1個も売れていないのに『お買い上げありがとうございます』と頓珍漢なお礼を言いながらビラを配るセララの姿。明日架やリリアナといった周囲の女の子たちも初めての接客作業にぎくしゃくしていたが、やはり見目麗しい乙女というものはそれだけでバフがかかっているも同然なためか数人の客が珍しさに購入していく。

 

 それでも一般的な安宿だと1日半。1食あたりだと3~6倍するということで、購入した人間の周りには野次馬が集まる。

 

「おい、早く食えよ」

 

「待てよ! ……でもなぁ」

 

「良いにお~い」

 

「賑やかしだろ?」

 

 今までの味ですらない『餌』に望み薄の反応を示した<冒険者>だが、開かれた包み紙から覗く美味しそうな見た目と香りに意を決して齧り付く。

 1口──2口──3口4口5口。あっという間に完食した<冒険者>に周囲が『何か言えよ』と囃し立てるが、当人は黙ってマリエールの所へ向かう。

 

「ど、どないしたん? 口に合わんかった……とか?」

 

「クレセントバーガーって言ったよな。もう1つ……いや、2つ欲しい!」

 

「俺もだ! 3つ売ってくれ!」

 

「俺はチキン!」

 

「ほいほい、申し訳ないけど並んで欲しいんやわ。セララ、最後尾の看板出したって」

 

「は、はひ!」

 

 <冒険者>とマリエールの会話に無理やり混ざった他の<冒険者>たちが好き勝手に注文し出す。突然のことにすっかりパニックになったマリエールが固まってしまうが、そこですかさずナオキが間を取り持つ。

 味のある料理に食いついた<冒険者>たちは、ナオキによる『下手なことしたら売らんで』という脅しが効いたのか素直に並び出し、その反応を見ていた野次馬も次々と『お客様』へと変じていく。

 

 こうして数十分後の広場では<クレセントムーン>一色となった。予想通りの盛況具合にナオキがしたり顔をしていると、行列の奥の方でドルチェやカワラ、イサミといった<西風の旅団>のギルドメンバーがナオキの方に指を指しながら話している。

 

「アシュリン、リリアナ。約束したとおり、クレセントバーガー5つ売ってくれんか?」

 

「あ、はい」

 

「どうぞー」

 

「おおきに」

 

 客に見つからないようにこっそりとクレセントバーガーを売ってもらったナオキは、泣きながらクレセントバーガーを頬張っていた<冒険者>たちに『喉詰まらせて大神殿送りは笑えるで』とコンソールで生み出した白湯をサービスしながらドルチェたちに近づいていく。

 

 割と久方ぶりのために片手を上げて挨拶をしようとするナオキだが、瞬きをして次に目に飛び込んできたのはカワラの頭だった。

 

「久しぶりyドブフェッ!」

 

「ヴェ"ア"ァァ! 相談役が別の<ギルド>に入ちゃったぁー!」

 

 ロケット頭突きを腹に食らったナオキの身体がくの字に折れ曲がりながら倒れ、その腹に腰を下ろしたカワラが彼の胸ぐらを掴む。どうやらナオキが本格的に<三日月同盟>に移籍したのだと勘違いしたようだ。

 

 ただ、カワラの心配とは裏腹に襲われた経験があるナオキやイサミの方は再び衛兵が襲い掛かって来るのではないかとひやひやしながら周囲を見渡す。だが、衛兵は『じゃれ合い』と判断したのか、何時まで経っても衛兵が現れないことに一安心していると、ドルチェはようやくカワラに近づいて猫のように首根っこを摘み上げた。

 

「カワラちゃん、落ち着きなさい。ほら、まだ<西風の旅団>でしょ?」

 

「まだもなにも移籍したつもりはあらへんよ。……潰れてへんかな」

 

 自分が居なくなったら掛かって来るであろうナズナの鬼電ならぬ鬼念話に軽く恐怖を覚えつつ、ナオキはクレセントバーガーの入った紙袋の中身を確認してからドルチェに渡す。しかし、いくら年長組に入る彼女であってもいきなり紙袋を渡されても意味が分かるはずもなく、紙袋とナオキの顔を交互に見比べるドルチェにナオキは『1人1個。食べてみ?』と何かを食べるようなジェスチャーを送る。

 

「でも、味がしないんじゃ?」

 

「ナオキちゃんのことだから何か考えがあるのよ」

 

「それもそっかー」

 

 こういう時に楽天的なカワラは頼りになる。特に何も考えずに一番乗りでクレセントバーガーの包みを開けて齧り付くと、途端に目を輝かせながら『美味しい』とがっつき始めた。その反応にイサミたちもそれぞれ1個ずつクレセントバーガーに齧り付くと、『味がある』や『なんじゃぁこりゃぁ!』とそれぞれ良好な反応を示した。

 なお、どこかの美食グループの総帥のように口からビームを吐きそうなリアクションをとったのは誰かは──。彼女のイメージ的にも内緒にしておこう。

 

「なにこれ! なにこれ!」

 

「お肉がこんなに美味しいなんてっ! 私初めてっ!」

 

「もう2個あるし、もう1個……アタッ!」

 

「ソウジロウとナズナの分や。全員分用意したかったけど、この賑わいやからな。お土産はこれでちゃんと並んでから買いな」

 

 紙袋に手を伸ばそうとするカワラの手を叩いたナオキはもう片方の手でマジックバッグを漁ると金貨袋を取り出してイサミに渡す。現在のクレセントバーガーは購入制限があるのでそんなに買えないが、3人居れば並んででも買いたいという奴はいるだろう。

 

「相談役、私たちだってお金は持ってるよ?」

 

「皆、味もない食べ物で難儀しよったやろ。少しぐらいは年上みたいなことさせてーな。んじゃ、後は頼んだで」

 

「ナオキちゃんはどうするの?」

 

「もう少しあっちを手伝う予定や。あ、ソウジロウにはそろそろ招待状届くってゆーといて」

 

 そう言いながら手を振りながら去って行くナオキ。身長的には御世辞にも高いとは言えないが、何故か大きく見えた背中に希望を見出した彼女たちは本日行う予定だった仮の予定を即座に上書きし、既に長蛇の列となっているクレセントバーガーを求める<冒険者>たちの一番後ろに並び始めた。

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