西風の相談役   作:マジックテープ財布

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13話:まだ言えない

 <クレセントムーン>の出現により、一触即発気味であった<アキバの街>は僅かに活気が戻る。『味のある食べ物』という名の誘蛾灯に引き寄せられた冒険者たちはその味に舌鼓を打つことで若干の余裕を取り戻し、その中でほんの一部は現在のクエストの調査やパーティを募ってのダンジョン攻略といった精力的な活動を再開。そこからさらにやる気に満ちた者たちは新たに<ギルド>を作ったり、仲の良い<ギルド>同士で合併したりなど、それぞれが『未知に望むための準備』を進めていった。

 

 だが、<アキバの街>に居た冒険者は『変われる者』だけではない。様々な理由で<クレセントムーン>の商品が口に入らなかったり、迫りくる不安や苛立ちをたった1個の食べ物で紛らわせることが出来なかったりと事態を好転的に見られない者が未だ多かった。

 

 そんな彼らにとって味のある食べ物を売り出すという未知を発見し、それが利益になると<クレセントムーン>を作り上げた者たちが気にくわなかったのだろう。目に見えて無法を企む冒険者が現れた。

 『次の開店は何時』や『整理券はあるのか』といった質問にはすぐに答えられたマリエールたちであったが、流石に『味のある料理の秘密を無料、もしくは有料で教えろ』や『装備を売っぱらって金を作るから、全部売ってくれ』といった闇を隠そうとしない言葉の数々にはすぐさま対応できずにいた。

 すると、その反応に気が大きくなったのか口々に『自分たちだけ』や『人の心がない』といったいわゆる『口撃』が始まったため、このままだとマリエールを含めた売り子が危険だと判断したナオキが無理やり撤収準備を始めるという手段を取ったことで、静観を決め込んでいたその他大勢をこの騒動に参戦。そのままその他大勢を味方にして押し潰す形で事なきを得たが、とにかく問題点が山積みの1日となった。

 

***

 

 そんな激動ともいえる<クレセントムーン>の営業時間が終わった。店は既には広場から引き揚げた後だが、<三日月同盟>の戦いはまだ終わっていなかった。

 

 マリエールの執務室。以前までは彼女の私室となっていた部屋だが、今は<クレセントムーン>の心臓部となっている。彼女がゲーム中に集めたかわいい小物は邪魔とばかりに隅へと追いやられ、部屋の中央には夥しい量の書類が載せられた無骨な会議机が鎮座している。

 そんなどこかの修羅場中の作家のような汚部屋の中では、シロエを中心とした数字に強いメンバーが帳簿に数字を書き連ねては会話に花を咲かせるという高度なことをやってのけている。

 

「いやー、流石に男手居らんと店番厳しくないか? クレーム対応係みたいに。あ、ここの数合ってへんで」

 

「そのつもりでナオキを配置したんだけど。……それはマリ姐の書いたやつだね」

 

「ですが、流石の現場指揮能力ですわね。ナオキさん、追加です」

 

 ナオキが書類のチェックし、不備があれば加筆や取り消し線でもって修正。その修正された数字を基にシロエとヘンリエッタが様々な計算式を使って集計する。この一連の連携は雑談混じりの中でも衰えを見せるどころか、むしろ加速の一途を辿る。

 やがて、全ての計算が終わったヘンリエッタが大きな一息をつくとシロエたちの方に頭を挙げた。

 

「本日分の集計が完了しましたわ」

 

「お疲れ様です」

 

「おつかれさん。ところで終わった後なんやけど、なんでボクも集計させたん? 本来の予定ではご隠居とかの手伝いのはずやろ」

 

「え、ナオキも集計とか得意だったことをついさっき思い出したから」

 

 にゃん太と一緒に明日の仕込みを行う予定だったのでキッチンに行こうとしていたナオキであったが、『そういえばナオキも集計とか出来たよね』とシロエが思い出したことによってここへ強制連行。そのまま集計地獄に付き合わされる羽目となったわけだ。

 しかし、ナオキの介入で予定よりも早く終わったのは事実なため、ヘンリエッタがそのことについて礼を言うとシロエへの反応とは打って変わって謙遜し出す彼にシロエは心の中で『ちょろい』と毒づいていた。

 

「廃棄……っちゅーか、売れ残りは茶だけか。こうなると、材料が問題やな」

 

「そうですわね」

 

「このままだと4日で尽きるよ」

 

 備蓄などを記載している資料を読み込んだナオキが発した一言に全員が同意する。

 やはり準備期間の短さが仇となってしまい、肉や野菜や魚といった<クレセントムーン>で使用する食材が不足していた。現在は直継や小竜、飛燕といったレベル90の冒険者を主軸としたパーティを組織して夜中も継続して大規模なモンスターの捕獲を行ってもらったり、周辺の村や<マーケット>で肉以外の食材を購入と対応を急いではいるものの、お世辞にも安定供給されているとは言えない状況である。

 見通しが甘かったわけではないが、準備期間での動員も含めて『この辺り』が<三日月同盟>と<記録の地平線>(ログ・ホライズン)(とおまけ1名)の限界だろう。いくつかの案を基に計算はしてみたがどれも空振りだったのか、シロエは諦めたかのような表情でシロエに『なにか案がないか』と尋ねる。

 

「ボクをどっかの青狸と思わんといてくれる? ……まぁ、ええわ」

 

 一言文句を言ったナオキは長考の構えを取りながら、ツラツラと案を上げては反対意見を述べていく。

 

 まずはメニューの増加によって客の購買数を分散させる案だが、これは高レベルの冒険者が多い<アキバの街>では『ここからここまで!』と大量の金貨を置きながら全ての種類を注文されかねないため、さらに材料調たちの難易度が上がるメニューの追加はむしろデメリットにしかならない。

 

 次に減らすことで材料の手間を減らす案だが、これは中々現実的といえる。

 ただ、今の状態でも大サイズや小サイズなどといった『小手先』でメニューの上げ底を行っているので、それを排するとなると一気にメニューが貧相になる。そうなると満足感も薄れてしまうため、出来るならばとりたくない案だ。

 

「ナオキ、価格は?」

 

「価格系は弄るのはまずいやろ。つーか、知ってて言うのやめーや」

 

 あえて言わなかった案をさらっと言うシロエに対し、ナオキは心の中で『腹ぐろは人の心が分からない』と毒づいた。

 

 昨日の今日で価格を上げるとそのための『理由』が必要となるし、その理由は『弱み』に変じてしまう。

 例えば、『肉が集まらないので値上げします』と言えば、『じゃあ手伝ってあげる』となり、『肉を集めるのが大変』という情報が出回ってしまう。既に察しの良い者であればアカツキのような<追跡者>持ちの<暗殺者>(アサシン)に依頼して<三日月同盟>の動向も探っているだろうことを考えると、これ以上の情報を他者に与えるのは危険だ。

 

 また、値上げという言葉が嫌いな人間は多い。ナオキもその1人なので、今の<アキバの街>で無駄な衝突は極力下げたいのもあったりする。

 

「やっぱ、マリエールさんに買い付けお願いせーへん?」

 

「ギルドマスターを説得するのがサブギルドマスターの仕事です……よね?」

 

「あら、ここはやっぱり参謀のシロエ様の方が」

 

 ハハハやオホホといった牽制の声が響く。そのなんとも近寄りがたい雰囲気に、ナオキは言い出しっぺではありながらも捕まったらまた長いこと拘束されることを恐れて密かに部屋から出る。

 

「あ、ナオや……」

 

「しー」

 

 部屋を出てすぐのところでいつもの服装に着替えたマリエールがナオキの名前を呼ぶ。ただ、ここで名前を呼ばれたことで『じゃあ、ナオキに口火を切ってもらおう。ちょうど近くに居るし』と眼鏡を光らせるシロエの姿を幻視したナオキはすぐさま彼女に口を閉じるように頼む。

 いつもの状態ならばいざ知らず、使えるものは何でも使うような今の状況のシロエとその雰囲気に呑まれたヘンリエッタの周囲にはなるべく居たくないナオキであった。

 

「売り上げ、どないやった?」

 

「気になるなら部屋にシロエらが居るから聞きに行き。そろそろ遅いから、ボクは失礼させてもらうわ」

 

 時間は夜中の9時半ぐらい。本当ならば今すぐにでもキッチンに行って明日の仕込みを手伝わなければならないところだが、ナオキもナオキで<西風の旅団>の面々に<クレセントムーン>のことを報告したい。さらに言えば、いい加減シロエとソウジロウを合わせて誤解を解かせたいため、ナオキはにゃん太へ挨拶をするために急いでキッチンへと向かった。

 

***

 

 マリエールと別れたナオキはキッチンに顔だけ覗かせ、にゃん太やギーロフたちに事情を話した上で許可を取ってソウジロウに念話を入れてから<ギルド会館>から出ていく。未だクエストを探そうと躍起になって<アキバの街>を走り回る冒険者の集団と何組かすれ違いながらナオキは街中を歩き、ようやく帰って来ることが出来た我が家の扉を開いた。

 

「うーっす、帰ってきたでー」

 

「あ、相談役帰ってきた!」

 

「お帰りなさーい」

 

「まだ寝てなかったんか。早よ寝ぇや」

 

 扉を開けながら告げた帰宅の声に<ギルドホール>の奥から何人もの足音が聞こえたかと思うと、カワラやイサミなどといったリアル中高生のギルドメンバーがワラワラ出てきてナオキの周りを取り囲む。

 しかし、今は既に日付も変わりかけ。これ以上の夜更かしは身体の成長にも良くないと彼女たちを叱りつけるが、彼女たちは碌に話を聞いてくれない。困った表情を浮かべながらナオキが突っ立っていると、イサミたちに遅れてナズナが奥から顔を覗かせた。

 

「これが終わったらちゃんと寝かせるよ。良いから来な、ソウジがお呼びだ」

 

 気だるげに話しかけてはいるものの、言葉の節々からちょっと冷たさを感じた言葉に『怒っとる?』と思ったナオキはおっかなびっくりといった感じでソウジロウの部屋の前まで移動する。『ナオキが帰って来たよ』と言ってナズナが襖を開けると、そこにはソウジロウ以外に数十人がちょっと狭そうに待機していた。

 

「なんや、物々しいな」

 

「"これ"を頂きましたからね」

 

「美味かったやろ?」

 

 茶色い紙袋を掲げたソウジロウ。見覚えしかない紙袋にナオキは笑顔で問うと、ソウジロウも目いっぱいの笑顔で『はい』と素直に答える。このやり取りで約1名は戦闘不能となるが、即座にコラテラルダメージと切り捨てたナズナはヘラヘラ笑っているソウジロウをチョップし、話が進まないことにため息をつく。

 

「ナオキ、あたしたちが怒ってる理由分かる?」

 

「あ、これって怒とったん? ……うーん、ボクが味のある食べ物を作れることを黙っとったこと?」

 

「それだよ。全部教えてもらおうっていうのは都合が良すぎだけど……って、え? 作れるの?」

 

「え? 作れるのに黙っとったこと怒っとるんやないん?」

 

「作れるところに行ったのに何も話してくれないことに怒ってるんだけど?」

 

「はっ?」

 

「はっ?」

 

 時が止まったように静寂が広まる中、すっかり宇宙の真理を探究する猫状態となったナズナは放置することにしたソウジロウは認識の齟齬を訂正していこうと口を開く。

 

「ボクたちの認識では、ナオキが<クレセントムーン>の従業員になったことで味のある食べ物を作り出す情報を断片的に手に入れたという認識です」

 

「あー、そういう感じか」

 

「あ、別にスパイして欲しかったわけじゃないですよ。ただ、うちの食べ物事情的に断片だけでも共有して欲しかった程度です。"ヒントだけでも教えてもらえたらこっちでも調べられるのになー"って」

 

「そうねぇ、あたしがキャベツすら刻めない理由についてぐらいは知りたかったわ。ねぇ、ナオキちゃん。<三日月同盟>で色々やってるみたいだけど、これも教えるのは駄目?」

 

「ほんまは教えたいけど、駄目やな。多分連鎖的に分かってまうし、分かったらソウジロウにも言っとるけどシロエの作戦がパーや」

 

 ソウジロウの話に同意したドルチェがナオキに質問を投げかけてくるが、それに答えてしまったら<西風の旅団>全体に味のある食べ物に関する秘密が知られてしまう。

 そして、その中でお喋りなギルドメンバーが知り合いに。知り合いから別の知り合いにと瞬く間に秘密が漏れだしてしまうのを危惧したナオキは首を左右に振りながらシロエの名前を出しつつ拒否をすると、ソウジロウは勝手に納得する。相変わらずのチョロさだ。

 

「そこまで具体的なことが分かっているとなると……」

 

「何回も言っとるけど、味の料理は作れるで。具体的にはボクが<ススキノ>から<アキバの街>に帰ってきた時……。いや、その前からやな」

 

「ナオキ。皆、あの煎餅をふやかしたような妙な味や食感の料理には辟易してるんだよ?」

 

「それでもや。これは<アキバの街>を変える武器なんや」

 

 正気に戻ったナズナが恨めしそうな目つきでナオキを睨む。しかし、ナオキはそれに真っ向から睨み返して『それでも』と反論する。

 その目力に怯んだナズナからソウジロウへと視線を移したナオキは、シロエと出会う前の自身の計画。既に廃案となって久しい内容を訥々と語り始めた。

 

「ボクは最初、それをソウジロウに変えてもらいたかったんや。<西風の旅団>のギルドマスターが味のある食べ物を武器に<アキバの街>を平定……みたいな感じでな」

 

「うぇっ!? ぼ、ボクには無理ですよ! ナオキがやってください!」

 

「ボクがそんな統治が出来るおつむあると思うか?」

 

「ないですね!」

 

「ないね」

 

「ナオキちゃんって肝心なところと相談事しかまともに動かないしねぇ」

 

「普段は飄々としてる雰囲気だけど、いざという部分でポンコツが見え隠れして涙流しながら駆けずり回ってそうよね。ゲームでもたまに重要なアイテムの材料足りなくて平謝りしてたし」

 

 ソウジロウ、ナズナ、ドルチェ、オリーブの順番に否定が繰り出され、ナオキの精神的なHPをガリガリと削っていく。

 たしかにゲーム時代は相談事は真面目に聞かねば相手に失礼だと全力で取り組み、<大規模戦闘>(レイド)やダンジョンも時間やアイテムといった貴重なものを対価にしているので駄弁りながらも真剣に取り組んだが、ポンコツ呼ばわりは流石に酷い言いぐさであった。

 

 ただ、ナオキ以外の<西風の旅団>メンバーでそんなことが務まるか。と問われれば即座にNO、どころかナオキの考えていた部分まで進むことも叶わないだろうということは彼女たちもよく分かっている。

 ──まぁ、その辺も加味して揶揄っているわけだが、当の本人は気づくわけも無かった。

 

「流石にポンコツは酷いで」

 

「割と言い得て妙だと思いますがね」

 

「ゲーム内でも用事が無いとソウジの部屋でごろ寝したまま駄弁ってたし、大災害後でも色々仕出かしてるからねぇ」

 

「はい! この話やめっ!」

 

 雲行きが怪しくなったことでナオキは空気をあえて読まずに軌道修正を行おうと、シロエの存在を話す。

 <放蕩者の茶会>(デボーチェリー・ティーパーティ)のシロエと言われてもピンと来なかったドルチェとオリーブが首をかしげるが、ソウジロウとナズナが良い感じに彼をそういった企みや作戦展開に強い人物と説明すると納得し出す。

 

「私たちが遊撃で、メインはそのシロエさんって人と<三日月同盟>ってわけね?」

 

「せや。<放蕩者の茶会>(デボーチェリー・ティーパーティ)の参謀役やし、<ススキノ>に行く前に<アキバの街>の現状を憂いとったからな。そっからはご隠居にも確認取ってもろたし、帰ってきてからの流れはぜーんぶシロエの草案や」

 

「そのシロエの草案に質問するのもどーかと思うけどさ。ナオキが味のある食べ物について説明できないことぐらいは説明して欲しいけどね」

 

「そうだね。いくらいけないことって言っても理由が無かったら戒めとしてはいまひとつだと思う」

 

「ナズナとかドルチェなら分かるんちゃう?」

 

 至極真っ当な疑問だが、ここでナオキはまさかのキラーパス。当然、放り投げられた彼女たちはあわあわしながらも今の状況を考え見た冷静な答えを己の中で組み立てて発表し出す。

 

「えーっと、実験とか?」

 

「違うなぁ」

 

「試食とかじゃない?」

 

「なら、無料にするで」

 

「あのホワホワしてるギルマスの雰囲気的に面白いからって理由じゃないわよね」

 

「せやな。あの人はそんな人ちゃう」

 

 質疑応答のようなことが繰り返されるが、遅々として結論には結びつかない。そんな状況に、ナオキはヒントとして『シロエが金貨500万枚を今すぐ欲しいみたいやで』と話し出した。

 その大金にナズナやドルチェが目を剥いている隙にオリーブが『あっ』と声を上げながら手を挙げる。

 

「情報を高値で売る……ぐらいしか、そんな大金すぐには集まらないでしょ?」

 

「多分、ピンポンや。だから迂闊に情報漏らすわけにはいかんねん」

 

「多分?」

 

「まだ<三日月同盟>のギルドマスターにこれからの動き説明してないみたいやねん。……まぁ、今頃伝わってると思うけどな」

 

 あの腹ぐろ眼鏡と会計の鬼のことだ。かなりの売り上げに舞い上がっているマリエールを前に『まったく足りない』と冷や水をぶっかけた後、理詰めで大手生産系<ギルド>への出資の形に持って行くだろう。

 明日に見るであろうマリエールの調子に若干の不安を感じたものの、別の<ギルド>なので『しーらね』と早々に頭から心配を追い出したナオキは詰めとして再び謝罪を行う。

 

「何度も言うようやけど、情報は漏らせん。ごめんな」

 

「えぇ、安心しました。もし、忘れてたなんて言おうものなら……ね」

 

 置かれた刀を手に取ったソウジロウは、鞘から抜いたり納めたりして威嚇をする。<西風の旅団>随一のバトルジャンキーかつ、レベル90の<武士>(サムライ)<神祇官>(カンナギ)、その他諸々を相手にするなぞ死んでもごめんだとナオキは襖の近くまで後ずさりながら叫ぶ。

 

「怖いわっ! ……まぁ、ボクも結構覚悟してたんよ? 無理やり情報吐かせるのなら、<西風の旅団>を一旦抜ける気概でここん"にぃぃぃっ!?」

 

「そう”た"んやく"ぬ"けじゃ"やだぁー!」

 

「や"だー!」

 

「ナ、ナオキー!」

 

 ソウジロウの叫びも虚しく、襖を突き破ったカワラやその他ギルドメンバーのロケット頭突きがナオキの背中に炸裂する。身体を『く』の字に曲げつつ、彼は畳にダイブ。畳の荒い面に顔を擦られた末に自爆する怪人に抱き着かれて爆発したZ戦士のように倒れ伏した。

 

「えぇ加減にせぇや。ボケェ!」

 

「ご、ごめんなさーい」

 

「なるほどねぇ。いきなり数人で掛かれば90レベルも制圧できるのか。閃いたっ!」

 

「やめぇや、色狂い!」

 

「ははは……。ナオキ、どうしました?」

 

 珍しくキレたナオキはカワラを叱りつけるが、唐突に虚空に指を這わせて何かを話し出す。ソウジロウが問いかけるも彼は口元に指を当てて静かにするように指示。その間も念話が続けられる。

 

【明日からの予定は分かったわ。明後日は龍の巣集合でかまへんな?】

 

【うん、マリ姐たちには言っておくよ。それとなんだけど、ちょっとソウジロウと今から話せるかな? 時間も時間で悪いんだけどさ】

 

【聞いてみるわ】

 

 念話の相手──シロエに頼まれたナオキはソウジロウに要件を伝えると、彼は悩む素振りもなく即答する。その反応に犬を思い出したナオキは苦笑しながらシロエに返事をすると、ソウジロウと出かける準備を始めた。

 準備を終えてすぐに<ギルドホール>から出た2人はすっかり人気が無くなった通りをいくつも抜けていき、やがて正面に現れた巨大な建造物の中へと入っていく。

 

「付いて来とるなぁ」

 

「4人ですかね?」

 

 やはり冒険者は気配というか、直感的にも優れているのだとソウジロウに<ギルドホール>から一定の距離で付いて来る気配について話しかけながらナオキは実感する。ただ、ここで帰す手間を考えるとそのままついて来てもらった方が面倒が少なくないため、特に何も言わずにナオキたちはすっかり雑草やコケ塗れとなった階段を昇って行き、現実世界では数多もの鉄の蛇が走り回る秋葉原のプラットホームへと降り立った。

 

「こんばんはー。シロ先輩もにゃん太老子もお久し振りです」

 

「さっき振りやな。シロエにご隠居」

 

「ソウジロウ、ご無沙汰。いきなりナオキ経由で呼びつけて悪いね」

 

「ソウジっち、ご無沙汰にゃー。元気でやってましたかにゃ?」

 

 双方からの挨拶が交わされたことで、その場に居る全員が顔をはにかませる。<放蕩者の茶会>(デボーチェリー・ティーパーティ)が解散して数年も経ってはいるが、この瞬間だけは全員あの輝かしい過去にタイムスリップしていた。話しやすくするために近づきながら<ギルド>のことやナオキを借りた礼などを話していくシロエたちだったが、懐かしさも相まってシロエはついつい気になったことを聞いてしまう。

 

「ソウジロウは、まだモテモテなのか」

 

「モテっ!? あ、いえ。そんな……」

 

「せやでー、大災害後はリアルに寄っとるからな。そらもう……な」

 

「ナオキッ!?」

 

「青春ですにゃー」

 

 シロエの質問におろおろし出すソウジロウだが、事実である。大災害後は<外観再決定ポーション>を使用していないことに限り、リアルの顔のような造形になっているので童顔かつ顔立ちが整っているソウジロウのファンが大量に<西風の旅団>に押し寄せ、それを彼が嫌がったので<そうきゅんファンクラブ>に入会したのはナズナや他のファンクラブメンバー経由でナオキも把握している。

 ただ、そのファンの中にかなりの高レベルが条件な『ガチ』の<ギルド>である<黒剣騎士団>からの脱退者も居たことについては──。本人たちの自由なのでノーコメントだ。

 

「今は何人ですかにゃ?」

 

 要領を得ないにゃん太の質問に少しだけ考えたソウジロウは片手を出してから親指だけを折り込む。

 それは『1人』なのか、『4人』なのかは定かではない。ただ、ソウジロウから発せられる圧倒的モテオーラに陰の存在であるシロエの精神は致命的なダメージを受けた。

 

「ご隠居、あまり揶揄わんといてください。死人が出るで、ガチで」

 

「失礼しましたにゃー。いえ、真に失礼しました」

 

 シロエ的にも、後ろで様子を伺っているであろう<西風の旅団>のメンバー的にもこれ以上の女性関係については地雷の上でタップダンスに加えてブレイクダンスも追加することに等しい。にゃん太もそれを理解したのだろう、自分のポリシーであるとってつけた猫口調すらも止めて大真面目に謝罪してきた。

 

「まぁ、そんなことはどうでもええねん。まずは誤解から解こうや」

 

「そうだね。誤解だけど、まずは解いておこう」

 

「っ!」

 

 急に場を仕切り出したナオキ。だが、こうでもしないとソウジロウは中で溜め込んだ『闇』を曝け出さないのだ。

 ナオキの『早く言い』という言葉でも中々言い出さない面倒臭いギルドマスターに辟易しながらも待つが、それでも頑なに話さないソウジロウにナオキは少々ドスを利かせた言葉を投げかける。

 

「ソウジロウ、ボクに全部言わせる気か? そりゃちょっと卑怯やないか?」

 

「でも、シロ先輩も知ってるみたいだし」

 

「ド阿呆、お前が言葉にしてようやくや。前衛バカがなにダメージ気にしとんねん」

 

 『まるで息子の不出来を叱る父親みたいだ(にゃあ)』という印象を持ったが、それはシロエとにゃん太それぞれの心の奥に仕舞う。そうすると、本当にようやくだがソウジロウはシロエに嫌われているのではないかという闇を吐き出した。

 本人にとっては精いっぱいの強がりによって恐怖を押し殺しながらの発言であったが、シロエにとってはナオキから事前に話をされていたことに加えて身に覚えのないことなので『あ、それはソウジロウの勘違い』と即答で彼の闇は一気に晴れる。

 

「あぁ、やっぱりかぁ。良かったら、どう勘違いなのか教えてもらえませんか?」

 

「多分だけど、<ギルド>に入らなかったことでしょ? あれはソウジロウを否定したわけじゃないよ。あの頃は<ギルド>関係の煩わしさから逃げてただけなんだ。むしろ、ちゃんとした場所を作ろうとした君やナズナたちを応援してたよ」

 

 シロエの<ギルド>嫌いは筋金入りだった。その卓越した管制能力から数多の<ギルド>──それこそ<黒剣騎士団>などといった強い<ギルド>からのお誘いもあったが、彼はその全てを断って『野良』として過ごしていた。ナオキもそんなシロエのプレイングを否定はしなかったが、どこかで『やりがい』を失って人知れず消えていくような危うさも感じた。

 しかし、この大災害を経てシロエの危うさはすっかり消え失せていた。

 

 その証拠に──。

 

「今は……どうなのですか?」

 

「ソウジロウ、シロエのステータス見てみ」

 

 今の心境を問うてくるソウジロウにナオキはシロエに代わって彼のステータスを見るように言う。その言葉に従ってソウジロウがシロエとにゃん太のステータスを見ると、端の<ギルド>を示す欄が『無所属』から『<記録の地平線>(ログ・ホライズン)』に変わっていた。

 

「僕が作った<ギルド>だよ。時間はかかったけど、自分の居場所をやっと作ることが出来たよ」

 

「そうですか。おめでとうございます」

 

「ありがとう。それに、君を嫌うわけないじゃないか。僕たちは<放蕩者の茶会>(デボーチェリー・ティーパーティ)の仲間だったんだぞ? 昔も今も、ソウジロウは仲間で頼りになる友たちだよ」

 

 殺し文句とはこう言った言葉を言うのだろうか。シロエからの言葉にソウジロウの表情は一気に明るくなると、特に何も言われるまでもなく『何でも言ってください!』と胸を張る。

 

「ソウジロウ? 具体的な作戦とか聞かなくても良いの?」

 

「大体の事情はナオキから聞いています。シロ先輩がこの街を何とかしようと動いているのなら、それをお手伝いするのが前衛バカの仕事ですから」

 

「でも、絶対成功する保証が……」

 

「ボクらの間で保証なんて言葉は無粋やで」

 

 ナオキがにゃん太の方を向くと、彼は黙って頷く。<放蕩者の茶会>(デボーチェリー・ティーパーティ)にとって『保証』なんて言葉は臆病者の証であり、成功しようとも失敗しようとも一緒に暴れまわることが仲間の証である。

 今回は<放蕩者の茶会>(デボーチェリー・ティーパーティ)の参謀が作戦立案した複数の<ギルド>で行う<大規模戦闘>(レイド)。サブ目標は数あれど、主目標は<アキバの街>の治安回復。ソウジロウにとってその認識でちょうど良いのだ。

 

「実は僕も今からの流れはよー知らんのや。せやから説明してんか? ボクとソウジロウは何すればえぇ?」

 

「まずは今の<アキバの街>の状況が良くないことを周囲に話して欲しい。"このままじゃ、街は荒んでしまう"って大手の<ギルド>に流してくれると嬉しい」

 

「それは皆、感じていると思いますよ? ねぇ?」

 

「せやな。それに街の雰囲気なんて関係ないっつー奴も居ると思うで? ウィリアムのやつは特に」

 

 最初の説明はこの時点で完了して良そうな雰囲気にナオキたちは首を傾げる。現に、大手の<ギルド>が通った後の冒険者が口々に不満を言っているところを何度も見ていたナオキにとっては今更なことだ。

 

 しかし、この話には続きがある。ソウジロウやナオキだけではなく、<西風の旅団>全体が言うことで『あの<ギルド>が動くかもしれない』という疑惑を作っておきたいのだそうだ。

 正直、この辺でナオキもシロエが何を考えているのか全然分からなかったが、とりあえずは<西風の旅団>のギルドマスターとしてソウジロウがその指示を受諾したので何も言うことなく頷く。

 

「で、他にもあるんやろ?」

 

「もちろん。<クレセントムーン>の売り子とか、材料の調達を手伝ってほしい。具体的な話はナオキに話しておくから、明日から……頼めるかな? あと数日したら会議を行おうと思う。この街の行く末を決める重要な会議だ。そこで何かしらの決着をつけたいから、参加してくれると嬉しいな」

 

「もちろん、両方ともOKです。ナオキも良いですよね?」

 

「ボクは<クレセントムーン>関係の要員やろ? ここまで首突っ込んだら逃げるなんてありえへんよ」

 

「じゃあ……」

 

「あの、その前にシロ先輩。良いですか?」

 

 握手を交わそうとするシロエをソウジロウが遮る。何かと問うたシロエに彼は『<EXPポット>の件は知っていますか?』と、この作戦の裏に隠された目標に迫る発言をしたことにシロエはナオキを見る。

 

「いや、うちの<ギルド>……っていうかソウジロウたちが<ハーメルン>とかとバトったみたいや。やから、あいつらのやってることはうちのメンバー全員知っとるで」

 

「はい。なので例えば……なんですが、シロ先輩の策で初心者の方を助けたり……できますか?」

 

 ソウジロウは不安げに視線を左右に揺らす。彼は未だ<ハーメルン>が取り巻く状況を解決できなかったことを悔やんでいた。ある程度の力を見せつけてもそれに居直り、力を振りかざしても反省することのない<ハーメルン>を何とかしたいという葛藤を握りしめた拳で表現するソウジロウ。

 

 しかし、彼以上に拳を握り締めて決意する者がいた。

 

「出来る。いや、やるんだ! 僕たちの手で──」

 

 シロエだ。彼の脳裏にはあの2人の初心者の後姿が鮮明に浮かんでおり、これ以上彼らの冒険を穢してなるものかと腕を伸ばす。

 すると、奇しくもその腕はソウジロウの胸元の高さまで伸びる。最初は意図を理解できなかった彼だが、何かに気づくと握っていた方の拳を上げてシロエの拳と合わせた。

 

「さ、話は終わったでー! 皆、帰るでー」

 

「え、嘘! 気づかれた!」

 

「相談役パねぇっす」

 

「ソウ様ごめんなさ~い」

 

 男同士の友情シーンなんぞ見ても仕方がないとナオキはさっさと切り上げるべく、尾行して来たメンバーを集める。声を掛けられたことに驚きはするものの、大人しくソウジロウの傍に近寄ってくるギルドメンバーにシロエは何かを言いたそうにしていた。

 

「さ、帰ろ帰ろ。眠いわぁ」

 

「うん、ナオキ。ちょっと待とうか? 今日のことでもうちょっと仕込みしとこうってなってね」

 

「ナオキちはシロエちと明日についての話し合いをしてから吾輩と仕込みですにゃぁ」

 

「じゃあ、ナオキ。明日について分かったことは念話でー。ボクは編成考えておきます」

 

「寝させろー!」

 

 眠たげなナオキの首根っこをにゃん太が持つと、若干の抵抗と叫び声も虚しくそのまま引き摺られる。どうやら彼の夜はまだまだ始まったばかりらしい。

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