西風の相談役   作:マジックテープ財布

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14話:差し入れ

 次の日。<クレセントムーン>は開店前から大盛況であった。いつ頃から並んでいたのか分からない程の長蛇の列に始めは面食らって突っ立っていたマリエールであったが、正気を取り戻すや否やヒマワリのような晴れ晴れとした笑顔で行儀良く並んでくれていた<冒険者>たち1人1人に礼を言っていく。

 そんなこんなで特にトラブルなく開店した<クレセントムーン>の1号店。昨日と同じように飛ぶように商品が売れていくのは変わらないが、従業員の数と顔ぶれがちょっと変わっていた。

 

「らっしゃーせー!」

 

「かりかりチキン3つにフィッシュ&チップスの小ですね! えーっと……、金貨50ま……(60ですよ)60枚です! ちょうど、お預かりしまーす」

 

「お気をつけてお持ちください。ありがとうございました」

 

<クレセントムーン>の制服を着たカワラとイサミとサラが元気よく接客を行っている。少々計算が拙いが、それでも笑顔込みの接客に心を射抜かれたらしい<冒険者>たちは商品を受け取ると礼を言っては素直に列から離れていく。

 そんな接客を続けていると、あっという間に在庫の底が見え始める。カワラがそのことをマリエールに報告すると、昨日のことを思い出した彼女は客の列に一旦仕入れのために待ってもらうよう報告してから店を休業状態に変え、カワラたちを裏手の休憩スペースへと招き入れた。

 

「いやー、西風さんには頭が下がるわー。ほんま、おおきに」

 

 この場にはマリエール、セララ、カワラ、イサミ、サラと人数的には<西風の旅団>所属の者が多い。それもこれもシロエがそう指示したからだ。

 

 狩りの手伝いや店番を<西風の旅団>合同で行うことによって人手が大幅に増え、そのおかげで<クレセントムーン>は昨日の今日で2号店と3号店を増やすことを決定する。これは元々の計画の内に入っていたが、ソウジロウが動員した<西風の旅団>側の人員が多いためにシロエとヘンリエッタがGOサインを出した急なプラン変更である。

 ただ、そのような急な舵取りは思わぬ脱線が起こってしまうという危険性も加味し、2号店と3号店はどこでも設営出来るが1号店と比べて規模を縮小した馬車を改造したキッチンカー的な形式を取っている。

 これならば見た目から在庫が少なそうなイメージがつくので行列もさほど長くはならないだろう、ということで<三日月同盟>の大半の<冒険者>はそちらの対応をしてもらったというわけである。

 

 そんな訳で視点は<西風の旅団>の比率が多い1号店に戻る。

 マリエールが深々と頭を下げながら店番の応援に来てくれたカワラたちに礼を言うと、彼女たちはそれぞれ異なる反応を返してきた。

 

「その……局長の頼みだし」

 

「美味しい賄いのために頑張るっす!」

 

「皆様も頑張ってますから、私ももっとお役に立たないとなので」

 

 恋、食欲、献身。方向は異なるが総じてやる気を漲らせた彼女たちは休憩用の椅子から立ち上がり、『在庫整理しておきます』と言い残して店の中に戻っていく。そのやる気に満ち溢れた行動に『可愛えぇなぁ』とにこやかな笑みを浮かべていたマリエールの肩を誰かがポンと叩く。

 

「ひぎゃああ!」

 

「いや、ボクやて」

 

「ナオやん! セクハラやで!」

 

「えぇ、肩叩いただけでそれは酷ない?」

 

 いきなり『セクハラ』と言われたナオキは苦虫をかみつぶしたような渋い顔でマリエールを見る。自分は誰彼構わずに過剰なスキンシップをしようとするのに何たる言い草だろうか。そんな小言を言いつつも、ナオキはそのまま店の中へ入っていった。

 にゃん太とアイゼルが追加の箱を持ってきたため、現在は全員で空になった箱との交換作業を行っていた。

 

「サラ、空の箱の方が軽いからそっち持って行き。イサミとかも空の方な。ボクらが中身入ってる方を持つさかい」

 

「ナオキちは紳士ですにゃ~」

 

 さらっと軽い方を女の子たちに任せる対応ににゃん太は茶化すが、<西風の旅団>に長く居ればこの程度の動きは朝飯前である。むしろ、それを無自覚かつ女の子たちの嫌味にならないような自然体で完璧にこなす化け物(ソウジロウ)が居るため、<ギルド>の雰囲気的にそうならざるを得なかったというべきだろうか。

 どちらにしてもナオキは別に苦だと思っていないし、女の子たちも彼の行動から親しみ安さが増して相談しやすい空気になったので特段悪習というわけでもなかったが、そういったことに不慣れなアイゼルが横で聞いて『西風パねぇ』と<西風の旅団>に古くから居る男性に対して驚いたのは秘密である。

 

「普通やって。むしろ、これで重いもの持たせたら後でサラとか周りの女の子に物理的に吊るしあげられて、そっから下からジリジリ炙られるわ。きっと、腹筋背筋で熱から逃げてる下でサラが"火加減難しいです"って団扇でパタパタしてるんやで」

 

「バイオレンスだにゃぁ~」

 

「そんなことしませんよ! むしろ、旦那様とご主人様は……その……大切な方々なので……」

 

 まるでどこかの訓練のような拷問方法を口から吐き出すナオキだが、それを訂正しようとしたサラが何かを小声で言いながらも首を左右に振っている。彼女のもじもじした仕草にセララの乙女心は『LOVE』の香りを感じ取り、サラの手を取りながら『応援しています!』とエールを送っていた。

 

 一方その頃。ナオキは補充されたクレセントバーガーの箱を指差していた。

 

「さて、ちょっと10個ぐらいもらってくで」

 

「困りますにゃぁ、そんなに大量に。……おっと、もしかして例の陣中見舞いですかにゃ?」

 

「下種に食わすのはもったいないんやけどな。まぁ、あの子らに食べさせるためなら必要経費やろ?」

 

 1箱の5分の1ほどの量を持って行くと言ったことでにゃん太が眉を少々釣り上げるが、昨夜のことを思い出したのか2つの紙袋にクレセントバーガーをナオキに言われた個数で分けて入れ始める。それを見たナオキはマリエールにクレセントバーガー10個分の金貨を払いながらアカツキに念話を送ると、彼女からあらかじめ伝えていたトウヤの容姿と似た少年が狩りの最中であることを知らせてくれる。

 

【周囲に<ハーメルン>メンバーは?】

 

【ナオキ殿の言っていたシェレイダと初心者たちのみ。<追跡者>の特技も使ってみたが、他に<冒険者>の反応はない】

 

【了解や。念のために召喚獣も連れて行くから、そのまま監視と襲撃はよろしゅう。予め頼んどいたことは?】

 

【問題ない。昨日、主君たちに聞いてもらってOKが出た】

 

 にゃん太から茶色い紙袋を受け取ったナオキはそれらを<マジックバッグ>に入れ、全員に『早退しますわ』と茶化しながら店から出る。そのまま大通りを歩く彼の背後からは、マリエールの『営業再開や!』という声の後に<冒険者>たちの注文の嵐。<西風の旅団>の増員を先日にやってよかったと彼はつくづく感じ、その足で<西風の旅団>の<ギルドホール>まで帰ってきた。

 

「ひさこ~、居るか?」

 

「は、はい。な、なんですか? 相談役」

 

 安定のドモリを見せつつもナオキの傍に近づいてくるひさこ。そんな彼女にナオキは召喚獣である<ハッケン隊>の1匹を召喚してもらうように頼むと、ひさこは快く迷彩帽を被った犬を1匹召喚してくれる。

 

「こいつ、透明になった<暗殺者>(アサシン)も分かるんかな」

 

「どうなんですかね。い、一応罠は発見できますが」

 

「わふっ!」

 

 『任せろ』と言わんばかりに吠える犬にナオキはお試しとして自身を透明化して見つけるように頼む。すると、地面の匂いを嗅いだ犬が透明化したナオキの傍で片足を上げたため、嫌な気配を感じた彼は即座に透明化を打ち切ると犬を連れて<ギルドホール>の外まで走っていく。

 

「マーキングするんか。……まぁ、えぇか。こいつ、連れていくで」

 

「は、はい」

 

 ゴールデンシャワーの排出が終わり、飼い主の許可も得たところでお供を1匹連れたナオキはひさこが作った紋付袴に着替えると<ギルドホール>を出る。傍目から見ると犬の散歩をしている有名な老舗の兄ちゃんのような風貌で、どう見ても戦闘向きではない。

 だが、それで良い。むしろ、下手に武装をすると『あらぬ誤解』を生みかねない。

 

 これから行うことを脳内で反芻させつつ、ナオキは<アキバの街>を出るとすぐそこで待っていたアカツキと合流して<ハーメルン>が初心者を連れて狩りをしている<ゾーン>まで移動する。

 

***

 

 その日はシュレイダにとっていつも通りの退屈な日であった。

 元はと言えば半端なレベルだったため、高レベルのギルドメンバーから初心者の御守というウザったい仕事を押し付けられたのがケチのつけはじめである。最初こそ自らも狩りなどでレベルを上げたいため、さっさとノルマを提出したかったシュレイダだったが、情報サイトをチラ見してゲームを進めていた彼に初心者にまともな教育など出来るはずもなかった。

 その結果、いつもいつもノルマより少し足りない成果物を時間いっぱいかけて集めてくるのが定番となっていた。

 

「もっとペース上げろ! ノルマ終わんねぇだろうが!」

 

 今日もそんないつも通りのペースにイラだった彼は、初心者たちに叫びながら自らの最大火力をモンスターに叩きつける。最近はギルドメンバーからチクチク嫌味を言われていたからか、ストレス解消とばかりに高威力の特技ばかりを使っている彼であるが、その行いによってモンスターが前衛をすり抜けて後衛に向かうので余計に効率を下げている。

 

 そんな地雷行為をしている自覚など一切なく、シュレイダ一行は昼休憩に入った時に彼を呼ぶ気安げな声が聞こえてきた。

 

「よー、シュレイダ……さんで良かったか? 奇遇やな」

 

「お? おー、ベリーの樽漬けの! へへっ、またトウヤか?」

 

「いんや、散歩しとったところやけど……。お邪魔みたいやし、飯食ってから別の場所に移動するわ」

 

 和服と袴姿に犬まで連れている休日満喫スタイルなところを見ると、本当に通りがかりだったらしい。ただ、既に下火となってはいるがPK(プレイヤーキラー)の件もあるので『不用心だな』と内心では小馬鹿にしていたシュレイダ。

 しかし、隣に座ってきたナオキの<マジックバッグ>からクレセントバーガーが出てきたことに先ほどまで脳内に燻っていた様々な思いを忘れて驚きの声を上げた。

 

「く、クレセントバーガー!? 今、話題のやつじゃねぇか!」

 

「まぁなー。個数制限があったけど、朝早くから並んでな」

 

 紙袋から覗くのは3つのクレセントバーガー。思わず喉を鳴らすシュレイダにナオキは愉快そうに笑いながら『食うか?』と尋ねる。

 なんとも魅力的過ぎる提案。それに抗えるほどシュレイダは食べ物に無頓着ではなかった。

 遠慮という言葉をどこかへ置いてきたように首が何度も上下し、苦笑したナオキから手渡されたクレセントバーガーをおもむろに齧り付く。久方ぶりのジャンクな味にすっかり夢心地の彼であったが、紙袋にある残ったもう1つを既にロックオンしていた。

 リアルでは『意地汚い』と誹られる所だが、未だに『ゲーム』だと思っている彼は無敵であった。

 

「なぁ、もう1個あるのは誰のだ?」

 

「ん? ボクのやけど、半分やろか? ……そういえば、周囲に<暗殺者>(アサシン)とかおらんの? 御守っつっても危険はあるんやから、2人組やろ?」

 

「居ねーよ。ギルマスもレベル高い奴らも、自分のレベルが大切だからな。そんで、俺とか別の半端なレベルにそれぞれ御守押し付けやがるんだ」

 

「難儀なもんやな。自分もレベル上げたいのにな」

 

<マジックバッグ>から短剣を取り出したナオキは『ガタ来てんなぁ』と刀身を軽く何度か叩いた後に最後のクレセントバーガーを半分にし、慰めの言葉と共にシュレイダに渡す。その対応に感謝しながらシュレイダが大口を開けてクレセントバーガーを迎え入れようとするが──。

 

「《アサシネイト》」

 

「がっ!」

 

 少々イントネーションが異なるスキル名の声が聞こえたかと思えば、背後からの衝撃でシュレイダは硬い地面へと吹き飛ばされる。そのままうつ伏せに地面に倒れた彼の頭には『PK(プレイヤーキラー)』という単語が過ぎり、状況把握をしようと力を込めようとするも身体が全くと言って良いほど動かない。それでも目だけを必死に動かしてステータスだけでも確認すると、HPを示すバーが真っ黒──0となっていた。

 早く蘇生魔法やアイテムで蘇生をしなければ持っていたアイテムを落して大神殿に送られてしまうわけだが、初心者の中で蘇生魔法が使える<冒険者>は居ない。ナオキに助けを求めようにも、先程から薄く聞こえてくる剣戟の音や『PK(プレイヤーキラー)や! 撤退!』という声にナオキも手一杯なのだろうことが伺える。

 

(待ってやがれ……。すぐに……そこのナオキと仲間たちで……報復に……)

 

 徐々に朦朧となっていく意識の中で、シュレイダは報復のプランを練り出す。

 復活するのに何分かかるか分からないが、復活した瞬間の<ギルド>に連絡を入れて血の気が多い奴らが集合するには十数分はかかるだろう。そこからここに来るのに馬で数十分といったところだろうか。PK(プレイヤーキラー)が複数であれば初心者が太刀打ちできる戦力ではないため、<ギルドホール>に連れて帰る人員を大神殿前に待機させておく必要がある。

 つくづく面倒臭いことになったという後悔と共にシュレイダの意識は完全に消失。身体はエフェクトと共に大空へと舞い上がった。

 

***

 

「ざっとこんなもんか。アカツキさん、あんがとさん」

 

「あの、ナオキ兄ちゃん? この人誰?」

 

「あー、一芝居打ってくれた親切な<暗殺者>(アサシン)のお姉ちゃんや。ほれ、陣中見舞い届けに来たで」

 

 シュレイダを背後から強襲し、続けざまにナオキに襲い掛かっていたアカツキが彼の言葉に従って唐突に刃を治めた。そんな手のひらを返したような行動にナオキのことを知っているトウヤが代表として尋ねる。

 

 だが、アカツキは気恥ずかしさからか再び姿を消してしまったため、残されたナオキは具体的な名前を出さずに本来の目的を告げて<マジックバッグ>から大きな紙袋を取り出して中身を配り始める。突然、クレセントバーガーを手渡された初心者パーティはナオキの顔とクレセントバーガーを交互に見比べていると、<吟遊詩人>(バード)と思われる女の子が恐る恐る口を開いた。

 

「食べても……良いんですか?」

 

「そのためにシュレイダに退場してもらったんや。それに、伝えたいこともあるしな。……あ、当然やけど他の初心者の子には"これ"な?」

 

 人差し指を自分の口元に当てて申し訳なさげな表情を浮かべるナオキがなんだかおかしくて吹き出してしまった女の子は照れ隠しにクレセントバーガーに口を付ける。その後は彼女の後に続いて次々とクレセントバーガーに齧り付き、久方ぶりの食事らしい食事にありついたそれぞれは『美味い』、『美味しい』と涙交じりの声を上げた。

 

「さて、食べながらでえぇんやけど話聞いてな? これからの予定なんやけど、これから皆にはシュレイダのアイテムとか金貨を持って<アキバの街>まで走ってもらわなあかん。その道中で<ハーメルン>のやつに出会ったら、ボクが足止めしとる間に逃げてきたって言えばシュレイダが勝手に納得するやろ」

 

「今から<ギルド>を脱退とかは……」

 

「それやるとPK(プレイヤーキラー)がボクの差し金って思うやろな、当たりやけど。そんでボクの入ってる<ギルド>に迷惑がかかるわ」

 

 今からこの地獄から脱することが出来ると思っていたらしい<吟遊詩人>(バード)の女の子。しかし、ナオキの言葉に明らかに落胆といった表情を浮かべる。

 だが、彼女には悪いが作ったばかりで小回りが効くログホライズンとは違って<西風の旅団>は戦闘系(ハーレム)の<ギルド>として<アキバの街>に定着している。そのイメージが思わぬ足枷となるため、『初心者の解放』は別の<ギルド>と協調する姿勢──それこそ石橋を破壊して横に金属の橋を立ててから渡るほどに慎重を期さねばならない。

 

 そう説明していると、口の周りにソースを付けたトウヤがどれだけ待てば良いのか質問を投げかけてくる。

 

「んー、時間については聞いてないから分からんなぁ。多分、トウヤよりもしっかりしとる姉ちゃんの方に連絡行くと思うし……ざっと半月はみといて」

 

「えー、俺じゃなくてミノリの方かよー」

 

 この語の予定についてはシロエからは大雑把なことしか伝えられていない。『何を何日まで』といったタイムスケジュールも当然聞けていないため、ナオキは大雑把な作戦完了期間しか言えなかった。

 

「ソース口元に付けてる奴がしっかりしとるわけないやろ。ほれ、口元全員拭いてからシュレイダのアイテムと金貨集めて街に駆け足や。なるべく追われてる風を装えな」

 

「は、はい!」

 

 流石にソースを付けたまま戻らせることはまずいため、そのことを指摘しながらトウヤたちを<アキバの街>の方向に走らせる。戦闘による汚れがあるため、『逃げてきた感』は十分だろう。

 後は──。

 

「じゃあ、アカツキさん。手頃に痛めつけてや」

 

「無抵抗の友人を切るのは気が引けるのだが?」

 

「しゃあないやん。アカツキさんが一番都合が良いねんから」

 

「練習していた≪アサシネイト≫のイントネーションもそうなのか?」

 

「せや。中々えぇ発音やったで」

 

 事前に練習した偽装工作らしい振舞いを褒められるのは嬉しかったが、何度考え直しても碌でもないお願いにアカツキは辟易する。

 しかし、『はよ』というナオキの言葉に腹をくくった彼女は彼のHPを気にかけて特技を叩き込んでいく。無論、特殊な性的趣向を満たすためではない。これは『PK(プレイヤーキラー)と戦って辛くも逃げてきた』という演出をするために必要な措置である。

 そのため、<付与術師>(エンチャンター)などの魔法職だと目立ってしまうし、<守護戦士>(ガーディアン)<盗剣士>(スワッシュバックラー)では奇襲込みのPK(プレイヤーキラー)には不適切だ。なので、<ハーメルン>に所属している<冒険者>のリストを作成しているアカツキにシロエ経由で頼み込んだわけである。

 

「HP残り1000ぐらい。ちょうどえぇな、あんがとさん」

 

「では、主君に頼まれた任務に戻らせてもらう」

 

 礼を言う暇もなくアカツキが姿を消してしまったため、ナオキは『後でシロエに礼いうか』と元来た道を<ハッケン隊>の犬と一緒に戻っていく。ダメージを追う事での人体の影響はかなり薄まってはいるのだが、それでも全身筋肉痛の様な鈍痛と気怠さが襲ってくるので早めに<ハーメルン>と出会って回復したいと思っていた矢先、前方の方からシュレイダや<ハーメルン>所属の<冒険者>が馬に乗ってやってきた。

 

「おい! 無事か!」

 

「なんとかや」

 

「相手は誰だ?」

 

「顔は見えんかったけど、名前は"pager"ってやつや」

 

 事前にソウジロウやシロエに評価してもらった通りのやり取りを行う。もちろんだが、『pager』という<冒険者>についてはナオキが昔に参加した中東サーバーのレイドに居た実際の外国人である。彼、もしくは彼女には悪いが外国人っぽい<冒険者>の名前の記憶はそのpager氏しか思い浮かばず、そもそもだがサーバーを跨ぐ<冒険者>もかなり希少なために嘘の内容としては最適であった。

 

 現に名前を言った際にシェレイダが『たしかに《アサシネイト》のイントネーションが変だった! 外人かもしれない』と、ナオキやシロエの想定通りに外国人説を補強してくれたおかげで『外国人がヤマトサーバーに入り込んできた!』という一種の混乱が立ち込める。

 

「でもよ、なんで俺たちなんだ? ナオキっつったよな? お前の方が殺されやすいだろ」

 

PK(プレイヤーキラー)の気持ちなんて知らんよ。ただ、初心者がまともな迎撃が出来ると思えへんし、ボクは腐ってもレベル90やしな。やから、迎撃戦力になる中で頭数を減らすって意味やとシュレイダになるんちゃう?」

 

 PK(プレイヤーキラー)の気持ちは知らないが、長く茶会に居た経験から戦闘のいろはぐらいは分かってるつもりのナオキは説得気味に説明を始める。

 モンスターとの戦いでもそうだが、頭数は正義だ。頭数の分だけダメージが加速し、1対1よりも攻撃されるリスクは軽減できる。今回もその想定でpager氏が動いたのだとナオキは空論を展開する。

 ──無論、嘘である。

 

「なるほどな。確かにレベル90よりかは46レベルのシュレイダを襲って御守込みの1対1方に持ち込んだ方が良いわな」

 

「違いねぇ」

 

「ぶっちゃけ逃げたかってんけどなぁ。トウヤ見捨てるのもあれやさかいな。アイテム持って逃げさせたわけや」

 

「いや、アイテムが無事だっただけでも幸いだわ。サンキューな」

 

 嘘をつく秘訣は嘘を限りなく少なくすることとは誰の言葉だっただろうか。pager氏も外国に居た本物の<冒険者>。ナオキを襲わなかった理由も的を射ている。『襲撃して来た<冒険者>自体がpager氏ではない』ということだけが偽りの内容に<ハーメルン>のギルドメンバーたちはコロッと騙された。

 口々に『敵対してたのに世話になった』と言われたが、ナオキとしてはソウジロウが片付けた問題よりも現状の初心者を食い物にする手法の方が許せないため、腹の底では罵詈雑言を浴びせつつも表面上は『えぇんやでー。困った時はお互い様やから』とにこやかに笑っていた。

 

 その後は『物騒な世の中やから、お互い気を付けような』という言葉で分かれたナオキは、その足で<三日月同盟>の<ギルドホール>へ直行。未だ本日の調理や明日の仕込みで忙しい厨房の隅っこに陣取ってシロエを呼び出し、大量の食材を作業台の上に載せながらトウヤとの接触と半月以内での作戦開始予告をしてきたことを共有する。

 

「助かったよ。ミノリと夜中の短い時間ぐらいしか話せないからね」

 

「ミノリ越しのシロエの指示聞いとけってのも言っといたわ。あと、アカツキ参加してくれて助かったわ」

 

「うん、こっちも本当に助かったよ」

 

 情報共有も終わり、シロエは業務に戻っていく。あの笑顔であれば半月は何とかなるだろう。

 それに会いに行くだけでも良いのなら、今度は普通に陣中見舞いに行くのもやぶさかではないとナオキは考える。

 

 そんな考えを巡らせていた彼だが、現在は大量の米を炊いていた。これは<西風の旅団>から人員を借りる際の契約の一環としてナオキが勝手にシロエと相談し、彼も『お世話になるからね』とGOサインを出した計画である。

 ふと窓を見やると日も落ちかけ。今頃は店じまいをしながらブーイングをする<冒険者>たちに整理券でも渡して居る頃合だろうか。

 

 『ご飯でもどない?』や『飯食おうぜ祭り』とマリエールや直継に誘われて目を丸くするソウジロウ他、今回作業を手伝ってくれたギルドメンバーの顔を想像したナオキは、炊けた飯を握っては大皿へと載せていく。

 そして、その過程で飯が無くなればまた炊きを繰り返し、合計すると100に届きそうなぐらいのおにぎりを握りきった。

 

(後は適当に汁物とおかずかな)

 

 OLなどのカロリーや塩分を気にするお年頃の女性にはこれで十分かもしれないが、食べ盛りも多い<三日月同盟>や<西風の旅団>の面々には少々物足りないだろう。せめておかずが1品と汁物……これも出来るならばおかずになるような栄養満点の汁物が欲しい所だろう。

 そうなれば、やはり豚汁だろうか。

 

「まずは出汁」

 

 先日のように昆布とサファ節で出来た盾を使って寸胴鍋一杯の合わせ出汁をとったナオキは、もう1つ空の寸胴鍋に油を入れてクレセントバーガーのパティに使う猪肉から出た端材を入れて炒めだす。そこから十分に火が入ったところで根菜類を入れて油に馴染ませるように適度に炒め、先程とった出汁を4分の1ほど残して入れる。

 そうするとクドくなる原因の脂や多少の雑味となる灰汁が出汁の表面に浮いてくるため、適度にとりながら逐一味を見て調整。仕上げに味噌を入れて出来上がりだ。

 

「賄いですかにゃ?」

 

「後は出し巻きでも作ろうかなと思いましてな」

 

「土曜日の昼飯みたいっすね」

 

 豚汁が出来上がった段階でようやく本日の調理が終わったのか、手を拭きながらにゃん太たちがこちらに近づいてきた。

 たしかに土曜日の昼頃によく食べていたメニューだったため、ギーロフの言葉に『じゃあソーセージでも付けよか』とナオキはフライパンを用意する。

 モンスターを解体する上で出てくる内臓を使用した腸詰。これがソーセージなのか、はたまたウィンナーなのかはナオキには判断が付かなかったが、とりあえずその腸詰をフライパンで蒸し焼きにしていく傍らで卵かなりの数割りほぐし、そこに残しておいた出汁を混ぜ混んでいく。

 この時、ポイントとなるのは白身も混ざりきるぐらい徹底的に混ぜることである。中途半端だと白身がデュルンと出て卵液の調整が狂ってしまうため、ここは念入りに混ぜる必要がある。

 

「そういえば、玉子焼き器なんてないですけど?」

 

「鉄板で無理やり作れるやろ。うちの店では鉄板やったで」

 

 いざ焼きの行程に入ろうとする際、ギーロフから卵焼きを焼くのに必要な深い長方形のフライパンの存在がないという指摘が飛んでくる。本来であればそんなフライパンがあれば作りやすいのだが、<三日月同盟>の鍛冶師に頼むのは中々に時間がかかるし、かといって外部に頼むのもリスキーだ。

 だが、ナオキは関係ないとばかりに先ほどまでクレセントバーガーのパティを焼いて汚れていた鉄板を綺麗に磨く。そして綺麗になった鉄板に多めの油を引いた後は2本のヘラで油を馴染ませ、そこになるべく長方形になるように卵液を投入する。

 

「こう、温度があまり高くないところで卵を固めて……手首を上手く使って巻いていくんや」

 

「流石、関西の人ですね」

 

「大阪の人はたこ焼きプレート絶対持ってるし、鉄板の扱いが上手いってマリエールさんも言ってましたからね」

 

「鉄板系に関西関係あるか? それとニンジン、大阪の人間がタコ焼き機全員持っとるのは流石にないで」

 

 器用に薄く焼いた卵を巻いていくナオキにギーロフが舌を巻く。

 ただ、大阪近辺に住んでいる者全てがたこ焼きプレートを家に保管してあり、鉄板やお好み焼き類といった粉物の扱いを幼少期から英才教育しているという根も葉もない噂を彼の弟であるニンジンが言い出したため、ナオキはその辺についてはハッキリデマだというと、にゃん太も含めて驚きの表情を浮かべていたのはちょっと抗議したかった。

 

***

 

 なんやかんやあって夜中。既に<クレセントムーン>は全店舗引き払っており、後は会計の鬼と腹ぐろとホワホワ系ギルドマスターによる集計を待つばかりの時間帯。そんな最中だが、キッチンは残っていた明日の仕込みの他に今日から開始された『賄い』の配膳に大忙しであった。

 

「カワラさん、おにぎりと豚汁お代わりです!」

 

「またかいな。女の子やから言いたくなかったんやけど、そろそろ太るかもって言いに行かなあかんか」

 

「現実じゃないから太らないと言ってますけど、本当なんですか?」

 

「検証してへんねんから分かるわけないやろ!」

 

 あくまでもゲームキャラだからどれだけ食べても太るわけではないとタカを括るギルドメンバーに呆れたナオキは、給仕に来たメイファという<冒険者>の疑問に投げ槍気味で答える。

 たしかにゲームの時には食糧アイテムで太ったという情報は出ていなかった。しかし、拡張パッケージとこの大災害を経て今までの常識の一部はすでに崩壊したと言ってもいい。

 それに、いくら身体が丈夫な<冒険者>でも食べ過ぎ飲み過ぎは素人の目線から見ても身体に悪いのは想像煮がたくない。ゆえにそろそろオーダーストップを言いに行こうとするナオキに、にゃん太から『待った』がかかった。

 その手にはやや小ぶりのカップがあり、その中には黒いカラメル層と鮮やかな黄色のカスタード層から成るプリンが入っていた。

 

「デザート商品の試作ですにゃ。残念ながら、全員分となると1人1個になりますにゃぁ」

 

「デザートは1個で十分ですわ。ほな、メイファ。配膳していこか」

 

 台に並べられていくプリンを盆に載せたナオキとメイファ。それに応援でギーロフたちも伴ってセララの機関パーティが催された広間に向かうと、<三日月同盟>や<西風の旅団>が歓談しながら食事をとっていた。

 

「あ、相談役だー。おかわりー!」

 

「無しや。食べ過ぎは身体に悪いからな、代わりにこれで我慢しとき」

 

 『試作や』という言葉と共に供されたプリンから立ち上る微かな甘い香りに乙女はすっかり夢中となる。既に満腹気味であった者もプリンを前に目を輝かせていたため、『別腹』という概念を肌で理解したナオキは苦笑しながら小竜などにもプリンを渡していき、最後にソウジロウの前に立った。

 

「ほい、デザート」

 

「でも、僕たちだけこんな待遇を受けて良いのかな。そもそも、シロ先輩の作戦なんだし……」

 

「それはあかんで、ソウジロウ」

 

 未だ煮え切らない考えのソウジロウをナオキは窘める。

 古今東西、情や関係で対価を値切るのは悪手なのだ。『手始めに最初は~』と低く見積もったのが、次には『最初はこうしてくれたじゃないか!』となり、最終的には最初の対価で常態になってしまう。

 それは<ギルド>との関係でも同じことで、例えソウジロウがシロエを尊敬してロハで手伝いを受諾しても<西風の旅団>全体がシロエに恩を感じるわけではない。

 そして、それが積もり積もって大爆発を起こす可能性もないとは言い切れない。

 

「労働には対価をやろ? それに他の子の心配するんやったら、帰ったらナズナとで編成せな。大方、"ソウ様と店員デート"みたいな扱いかもやで?」

 

「相談役ー、それオリーブさんの真似? 言っちゃおー」

 

「堪忍してーな。ボクの分のプリンあげるさかい」

 

「わーい」

 

「ナオキさん、シロエさんが呼んでいます」

 

 ソウジロウに忠告しながらカワラとふざけ合っていたナオキだったが、アイゼルが彼を呼びに来る。その声に返事をしたナオキは彼についていくと、とある一室でヘンリエッタとシロエがにゃん太が持ってきたプリン片手に仲良く悪だくみをしていた。

 

「シロエ、プリン片手に悪だくみとか属性過多やで」

 

「べ、別に悪だくみしてないよ! ただ、卵の種類を指定しただけだよ!」

 

 どこからどう見ても黒い笑顔で笑う悪役感がにじみ出ていたのだが、それは武士の情けということでナオキが黙っているとシロエは考えていたことを話し出す。

 

 どうやら出資の件は無事にマリエールの説得もセッティングも出来たため、あとは商談で使う『演出』を考えていたらしい。

 そこににゃん太が新商品の試作でプリンを持ってきたため、その材料にピンと来たシロエがヘンリエッタと共に作戦を練っていたところでナオキがやってきたというわけだ。

 

 話の概要とその『演出』についてシロエから詳しく話を聞いた後、ナオキは『一枚噛ませてや』と懇願する。

 

「それは良いけど、ナオキも明日は竜の巣って指示したと思うんだけど。もしかして、何か作るの?」

 

「せやで。ロデリックさんは知らんけど、若旦那や大将って兄ちゃんとおっちゃんやからな。あま~いスイーツの前に美味い前菜やろ、っちゅーことでさっき出した出汁巻き卵でも食わそうかなってな。甘いとかしょっぱいであるんやけど、大抵は弁当や居酒屋の定番メニューやろ?」

 

「そういえばそうだね。じゃあ、先に懐かしの味をぶつけて欲しいかな」

 

「真っ黒ナオキや(ですわ)……」

 

 都合上、別の材料を追加するのは許容出来なかったが、シロエも食べたあの出汁巻き卵であれば問題ないだろうと許可を出す。その直後、マリエールとヘンリエッタの目には先ほどのシロエと同じ黒い笑みを浮かべるナオキが見えた。




祝 ランキング入りということで頑張りました。

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