西風の相談役   作:マジックテープ財布

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キャメロットの騎士たち~<円卓会議>設立の章~
15話:交渉


 <アキバの街>には<龍の巣>と呼ばれる中華料理屋がある。広い店内にはそれぞれ<ゾーン>を設定することで内部のやり取りや人数などが聞こえないよう配慮されており、回転テーブルといったお高い中華料理屋さながらの内装も取り入れているので<エルダー・テイル>時代に訪れる<冒険者>がかなり居た人気スポットであった。

 

 ──そう、『人気スポットであった』のだ。

 今は<クレセントムーン>以外の食べ物が目も当てられない惨状のため、料金を払ってまで店で食べる有益性を見出せない<冒険者>たちは早々に店に見切りを付けた。残ったのは『地面に座り込むよりマシ』とイスとテーブルがある休憩所代わりに使用する<冒険者>がちらほらで、元が食事処ということを忘れてしまいそうなほど閑散としていた。

 

 そんな閑古鳥が鳴いている店の入り口で待ち人出迎えるために突っ立っていたナオキであったが、横からその待ち人が声をかけてくる。

 

「おー、ナオキさん。お久し振り」

 

「若旦那、タロも久しぶりやな。元気しとった?」

 

「まー、リアルが大変だけどねーって若旦那は止めてよ。一応、俺が作った<ギルド>なんだからさ」

 

「お、お久しぶりです!」

 

 ハシバミ色の鋭敏そうな瞳と髪をした人間の青年が笑いながらナオキの肩を叩き、狼牙族の少年が最敬礼の形で挨拶をする。彼らこそが以前にナオキが大災害後に会っていないからコンタクトを取ろうとしたカラシンで、今回呼び出した<アキバの街>を拠点にしている生産系の<ギルド>では第3位の規模を持つ<第8商店街>のギルドマスターと、その自称助手であるタロだ。

 久方ぶりの出会った挨拶もそこそこに、カラシンはナオキが何時も装備しているローブ付きの装備ではなくぴっしりとした紺色のスーツを着ていることに笑い出した。

 

「ナオキさん、リアルの仕事を思い出すからスーツは止めてよ!」

 

「それはリリアナに言うてや。"商談にはちゃんとした服を着てください"って言われて無理やり着させられたんやで。ネクタイまでされてさ」

 

「ネクタイに柄受けるw。……、じゃあ<西風の旅団>が<三日月同盟>と手を組んだって話は本当だったんだ」

 

 いつもの温和そうな表情から一転。カラシンは商売人としての顔に切り替わった。

 彼の擁する<第8商店街>の構成員は約700名。いずれも生産職特化のいわゆる『職人』と呼ばれる<冒険者>たちだが、彼らも街の異変やギルドマスターからの指示があれば調査ぐらいはするだろう。既にソウジロウたちが手伝い始めたという情報は彼に集められていると考えたナオキは、カラシンの確信めいた言葉に『手が足りん言うからな』とあくまでも<三日月同盟>がナオキ経由で<西風の旅団>にヘルプを出してきた風を装う。

 

「まぁ、そこらへんは中のマリエールさんらに聞いて。そういえばカラシン、話は変わるんやけどな? 自分ら含めて、<第8商店街>で"戦える"のは居るんか?」

 

「おっと、真面目な話か。うーん、かなり少ないと思う。ちゃんと聞いたわけじゃないけど、10分の1居れば多い方じゃないかな」

 

 あえて『若旦那』と呼ばずにナオキは<第8商店街>の戦力を聞いて黙りこくる。

 

 <第8商店街>はマリエールの<三日月同盟>と違い、メンバー間での素材の融通や生産アイテムの卸値での交換、交易などがメインの<ギルド>で戦闘やその支援は全く行われてはいない。ゲーム時代はそれで良かったが、大災害を経て大きく異なった要素。すなわち、生身での戦闘はその『今まで』を決して許してはくれない。

 襲い掛かってくる存在が握る武器や鋭い爪といった生物特有の武器。魔法や呪いといった超常的な攻撃。そして血の匂いや切り裂いた感触といったリアルの感覚に足が竦むのは当然のことだ。

 

 それでもナオキたちや戦闘系の<ギルド>は何回もの演習やフィールド探索によるモンスターやPK(プレイヤーキラー)の討伐で慣れて行ったが、街に引き篭もる職人たちにとって戦闘系の<ギルド>と同じ真似は無茶以外何者でもない。

 

「そうなると護衛とか訓練の教官って需要はありそうなんちゃう?」

 

「あー、頼んで教官になってくれるってやつ? でもなぁー、参加者居ないんじゃないかなぁ。現状、満足してそうなのがうちに結構居るよ」

 

「まぁ、考えただけや。じゃあ、そろそろ行こか。タロはそこで待っとき」

 

 新たなる需要を考えるナオキとカラシンだったが、今回の要件はそんな雑談ではない。そのため、本来の目的を果たしにナオキはタロに待っているよう言うと、カラシンを連れて<龍の巣>の店内へと入って行く。そのまま<ゾーン>が設定された区画に入った彼らは突き当りの扉にたどり着くや否や、ナオキは『カラシン様をお連れしました』と関西弁を使わない妙に畏まった口調で扉をノック。しばらくしてからマリエールの『どうぞ』という声と共に部屋が開かれる。

 

「では、マリエールお嬢様。後のことはよろしくお願いいたします」

 

「きゃー! 梅子、お嬢様やって!」

 

「梅子呼ばない! ナオキ様、マリエを甘やかさないでください」

 

「なんや、緊張してるやろうから解そう思たのに。既に平常運転かいな」

 

 緩んだ会話が展開される中、カラシンが部屋に入ったことでナオキは『では』と扉を閉める。そのまま<龍の巣>から出て行ったナオキは、外で待っているタロと彼のクラスである<森呪遣い>(ドルイド)の運用方針の相談に乗りながら時間を潰していた。

 

 ***

 

「やっぱりレベルを上げるには戦わないといけないのでしょうか?」

 

「クエストもぎょーさんあるけど、一番手っ取り早いのが戦闘やからな。まぁ、街の中に居れば安全……とは言い切れへんけど、若旦那の近くに居たらえぇんちゃう?」

 

「お? 何の話してるんだ?」

 

 話しぶりにどうやらタロも『レベルはあるが、戦闘が出来ないタイプ』らしい。アキバが纏まれば初心者やこういった戦闘が苦手になった面々を連れた<ギルド>合同の大規模な演習や講習会も必要になるかもしれないと頭の片隅で考えていたナオキの耳に先日聞いたことのある声が聞こえてきた。

 

「大将!──と、ロデリックさんで合ってます?」

 

「いかにも、ロデリックだ」

 

 学者然とした法儀族の男性の握手にナオキも応える。

 <ロデリック商会>は生産系の<ギルド>の中でも特に中世における<ギルド>のように徒弟制を用いた運用がされており、特に超高難易度のダンジョンや大規模戦闘からドロップするレシピを代表に『レシピの図書館』と称される程のレシピを保有していることが特徴の<ギルド>だ。

 

「んで? こいつってたしか、<第8商店街>の若旦那にくっついてる奴だよな? なんでお前と話してんだ?」

 

「今、若旦那は<三日月同盟>と商談中や」

 

「なに!? じゃあ、<三日月同盟>は<西風の旅団>や<第8商店街>と組むってのか!?」

 

「それやったら大将ら呼ばんって」

 

「そりゃそーだ」

 

 挨拶もそこそこに彼と一緒に歩いていたミチタカがナオキがこんなところに居る理由を訊ねてきたため、ナオキが正直に話すと早とちりしたミチタカが怒声を飛ばす。

 だが、それだとミチタカたちを呼ぶ必要性がないという説得をすると、ミチタカは急激に怒気を納めた。熱しやすいが話を聞く寛容さを持つ彼らしい反応にナオキは安堵のため息を漏らす。

 

 しかし、その話だとナオキがここに居るのはおかしい。そう思ったロデリックは眼鏡の位置を調整しながら持っていた疑問を口にした。

 

「そうなると、なんで君が居るんだい?」

 

「ロデリックさん、人手不足って……嫌な言葉やね」

 

「あぁ、そういう」

 

「嫌な言葉だなぁ」

 

 切実な言葉にロデリックとミチタカは納得する。<三日月同盟>が<西風の旅団>という増援を取得したことはどちらの<ギルド>でもキャッチしていたが、それでも『ゲストの対応』という大事な役割を担える人材は居ないのだろうと彼らは同情的な視線でナオキを見る。

 

「まぁ、そういうわけやから呼び出しかかるまで駄弁ってようや」

 

「いや、この空気で話せることなんて人手不足のことしか話せないんじゃないかね?」

 

「空気を変えようぜ……。それで、そこに居る奴となに話してたんだ?」

 

 ただ、このまま重い空気を漂わせながら駄弁るのは御免被りたかったミチタカがタロの方を見やる。見た目が筋肉ゴリラなためか睨まれたと思った彼はビクリと身を震わせるが、その行動によってミチタカのハートにヒビが入ったのだろう。しきりに『ゴメンな?』と狼狽えていた。

 

「せやな、ロデリックさんと大将には話しとかなあかんな。掻い摘んで言うと、うちの<ギルド>に戦えなくなった子が居るねん」

 

「それはレベル的な意味ですか? 初心者とか」

 

「精神的に……やな。ロデリックさんは大災害後、狩りは?」

 

「行っていませんね、狩りに行ったというフレンドやギルドメンバーから土産話を聞いたぐらいです。うちは基本的に<ギルド>での狩りは余り行っていないので」

 

「俺も知り合いやギルメンから聞いただけだ。最近は<ギルド>のことが忙しくてな」

 

 どうやら2人はカラシン以上に大災害後の戦闘について無知な様子であった。

 それでも話を聞いたことは聞いたらしいため、ナオキはカラシンと話したばかりの『大災害後の戦闘の様子』を説明する。

 最初こそ戦闘がリアルになったという一点だけを報告で聞いていた2人が『何をいまさら』と言うが、ナオキのより詳しい説明の度に顔色が悪くなっていく。

 

「なるほどな。俺、メインがハンマーなんだが?」

 

「ミンチですね」

 

「うげぇ」

 

 潰れたモンスターを想像したのだろう。ロデリックは結論のみを言うと、ミチタカが身震いをしながら気持ち悪げに舌を出す。

 そんな談笑じみたことをしていると、ナオキの耳に鈴の音が鳴り響く。眼前には『ヘンリエッタ』と表示されているのを確認した彼は、取っ組み合いになりそうな2人の前で恭しく礼を行った。

 

「時間となりました。<海洋機構>のミチタカ様。<ロデリック商会>のロデリック様。ご案内いたします」

 

「お、おう」

 

「いきなりキャラを変えるのをやめていただきたいのですが?」

 

「公私は区切る性質なので。これからはお客様です」

 

 『エア眼鏡』の位置を直しながら敬語で案内をするナオキに、やり辛そうに頭を掻くミチタカと本命である<三日月同盟>との商談内容の方向に思考を切り替えたロデリックが付いていく。

 彼らはカラシンと同じように<ゾーン>を跨いで突き当りのドアにたどり着くと、再び直樹がドアをノックする。

 

「<海洋機構>のミチタカ様、<ロデリック商会>のロデリック様。ご到着です」

 

「入ってください」

 

 カラシンの時とは違い、今度はナオキにも入室許可が出る。ヘンリエッタの返事にナオキがドアノブを捻って開けると、心なしか少々上機嫌なヘンリエッタと少々やつれているカラシンの姿があった。

 

(あー、負けたな)

 

 ヘンリエッタが数字が書かれた紙をこちらに見せつけるように折り畳み、何も言ってこなければ途中退出するはずのカラシンがここに居ることを見るに、おそらくは出資の件に噛ませる代わりに大幅値下げでもしてカラシンがそれを受けたのだろう。なんと恐ろしい女傑であろうか。

 

 そんなくだらないことを想像しながらナオキは、ヘンリエッタやミチタカなどの商談の話を右から左へ流していく。

 気配りや機転を利かせることで状況に身を委ねてきたナオキではあるが、商談の駆け引きなどといったイロハは流石に門外漢であった。そのため、<三日月同盟>の<ギルドホール>に滞在中にヘンリエッタから  『色々』講義を受けて彼女から花丸をもらったが、それでもナオキは『油断したら作るヒントを言ってしまいそうや』と黙っていることを選んだ。

 その結果が良いことなのか悪いことなのかはこの段階では判断できなかったが、ヘンリエッタは言葉巧みに味のある料理が作れる一種の気付きを拡張パッケージで追加されたクエストの報酬と誤解させることが出来た。

 

 だが、それでは一歩足りない。そもそも、具体的な話も出来ないまま相手に信用させるのはここまでが限界なのだ。

 そんな彼らを納得させる重要な一歩。厳密に言えば、『このために集まったメンバー』というこの状況で<三日月同盟>側が話せる情報である。

 それが頭から抜け落ちているらしく、珍しく言葉に詰まってしまったヘンリエッタにナオキは自ら課した沈黙を早々に破る。

 

「まずは戦力から言おうや。古参ならそれだけで分かるわ」

 

「ナオキじゃないのか? っつーか、お客様云々言ってたじゃねぇか」

 

「飽き……ゲフン。ケースバイケースや。ちなみに草案引いたのはボクよりもずっと"腹ぐろ"やで」

 

 ミチタカの言葉に『飽きた』と言いかけたナオキは、首を振りながらヒントを出して自分がこの作戦の仕掛け人ではないことをアピールする。そのことで一気に参謀の存在について気になったミチタカとロデリック、カラシンはヘンリエッタの方を見やると、彼女は短く咳ばらいをしながらシロエの名を告げる。

 

 ──途端、空気は変わった。

 

「"腹ぐろ眼鏡"がやってるのかっ!」

 

「他には前衛構築直継様、切り込み役はアカツキ様、ポイントガードにはにゃん太様。そして、後衛には不肖私とマリエールが入らせていただきます」

 

「<西風の旅団>からはソウジロウ=セタとナズナと私ことナオキ。他には十数名が遊撃として参加しております」

 

「驚いたな。<フルレイド>レベルじゃねぇか」

 

 ミチタカが小さく呟くが、誰も黙っていたためかその声は部屋中に聞こえる。

 流石に<ダブルレイド>や<レギオンレイド>レベルともなれば、運営が目玉情報として告知をするのが普通なので除外。メンバー的にも<三日月同盟>の総動員数は不明だが、<アキバの街>に居る戦闘系の<ギルド>上位に位置する<西風の旅団>から十数名。それに加えて<放蕩者の茶会>(デボーチェリー・ティーパーティ)のメンバーが複数と豪華仕様ときたものだ。

 意思疎通はしなくとも<エルダー・テイル>の『常套手段』を知っている古参の<冒険者>たちの頭の中で先程の材料を掛け合わされ、最大24人で行う<フルレイド>形式の新しいクエストという式が瞬く間に組み上がる。

 

「成功率云々は分かったよ。たしかに大規模作戦だ。……で、マリエは俺たちにどんな支援を必要としてるんだ?」

 

「資金や。詳しくはヘンリエッタさんが」

 

「はい。現在、我々は金貨500万枚を必要としています」

 

 マリエールの言葉を代行したヘンリエッタの口から紡がれた正気を疑うほどの金額に3人は息を吞む。

 しかし、流石はアキバでトップ3を張る生産系の<ギルド>それぞれ束ねる長たち。すぐさま『資金の裏に隠された利益』の試算を始めたのか、顔色は生き生きとし始めていた。

 

 先程の潤沢なメンバーに金貨500万枚。恐らくは今回の拡張パックで実装された1つ1つのクエストは短いが、数多あるそれがストーリーとなって1つの物語として完結する長編クエスト。それも『レベル上限を解放』という拡張パックの情報から察するに90レベル以上のクエストであることが伺える。

 もはやすっかり『新しいクエスト』に意識が向いていた3人の耳にゴクリという生唾を飲み込む音が聞こえる。それが他人であったか、はたまた自分が無意識に呑み込んだのか。それほどまでに緊迫した時間が流れるが──。

 

「そろそろお茶にせぇへん? 皆、頭がタコさんやで」

 

「そ、そうだな。じゃあ適当に頼むか」

 

 アキバの向日葵が助け舟を出してくる。沸騰直前であった脳が急速に冷めていく感覚のミチタカは『助かった』という安堵と『味が微妙な料理か』という残念な気持ちが入り混じったような何とも言えない表情で店員であろう大地人を呼ぼうとするが、その手をナオキが止めた。

 

「それには及ばんで。すでに用意しとるわ」

 

 <マジックバッグ>に手を伸ばしたナオキ。何を出すのかと興味や疑問交じりの表情を浮かべた3人の表情が彼の手に集まる中、未だアツアツのそれは机の上に次々と並べられた。

 皿に盛られた黄色い長方形の物体。立ち上る香りには日本人のDNAを強く揺さぶる出汁の香り。

 

 そう──まさしくそれは。

 

「卵焼き……いや、出汁巻き卵か!」

 

「おー、懐かしい」

 

「居酒屋の定番ですね」

 

 日本では気が向けば食卓に並んでいた記憶のある食べ物に、口々に懐かしそうな口ぶりで話す3人。マリエールやロデリックのように出で立ちこそ日本人とは少々離れた者も居るが、心はれっきとした日本人である。

 その魅惑のフォルムにはどうしても抗うことが出来ず、それぞれは一斉にナオキから渡された箸で出汁巻き卵の端っこに狙いをつける。スッと切れるその柔らかさに多少の驚きを持ちつつも、彼らはいよいよその黄色い物体の一部を口に放り込み──悶絶した。

 

「あっつぁ!」

 

「<マジックバッグ>に入れていたのにまるで出来立て……興味深いですね」

 

「たしかに。鮮度も止まっているなら物流事情が良くなるな」

 

 彼らがまず感じたのは、何よりも料理から発する熱であった。食糧アイテムは確かに温かな物もあったが、目の前の出汁巻き卵はそれよりも熱く──熱中できる『何か』が存在した。

 その中でもロデリックとカラシンは<マジックバッグ>の『仕様』に興味を示しながら食事を続けていると、次第にその口数は少なくなっていく。咀嚼するごとに出し巻き卵から溢れ出た出汁が、彼らの舌をすっかり食事を味わうものとして塗り替えたからだ。

 

「あー、懐かしい。これにおにぎりとウィンナーがありゃ懐かしの定食だな」

 

「土曜日の昼によく出されてたあれですね。うちでは野菜もってことでブロッコリーがつきました」

 

「あー、ロデリックさんっぽそう。あー、でもこれで味噌汁飲みたいなぁ」

 

『分かる』

 

 残念ながら彼らは食通と呼ばれる人間ではないため、この味を身体や言葉、超常現象で表現することは叶わない。ただ、『美味い』ということだけはひたすら頭を小突かれるように認識した3人は和気藹々と言った雰囲気で出汁巻き卵を平らげた。

 

「ふぅ~、ごっそさん」

 

「いやぁ、随分堪能させていただきました」

 

「これも例のクエストで?」

 

「おっと、まだデザートがあるで」

 

 カラシンからの質問をあえて答えずにナオキはマリエールに目配せする。商売人3人が相手となると、例え2人を行動不能にしても残り1人が堅実的な話し合いの姿勢を取るだけで他2人も即座に話に噛もうと復活してくるのだ。

 それに彼らはよく見ている。ナオキが<マジックバッグ>から取り出した出汁巻き卵の状態から<マジックバッグ>の仕様に気づき、さらなる儲けを得るために思考を始めた。これではこの場で商談を決めきれなかった場合、彼らは独自に──または同盟を組むことで<クレセントムーン>の極秘である味のある料理の真実に気づくかもしれない。

 だが、ここまではヘンリエッタの予想通り。<マジックバッグ>を隠れ蓑にし、味のある料理の秘密から遠ざけるのが狙いだ。

 

 シロエからは『今後の付き合いのために嘘は厳禁』という縛りも付けられているため、もはやインフェルノを通り越してク〇ゲー上等の難易度にまで跳ね上がった商談。それに打ち勝つにはあちらの攻撃を躱しながら驚きの波状攻撃で圧倒し、『勘違い』を起こしたまま契約するしか手立てはない。

 勘違いは嘘ではないかという疑問の視線がマリエールから出ているのを無視したまま、ナオキは彼女がサーブする『新作』の行く末を見守る。

 

「プリンか! ……うんっ、甘くて美味いな!」

 

「出汁巻き卵の余韻がより甘さを強調させていますね。<クレセントムーン>があれだけ繁盛なのも頷ける」

 

「美味い! でも、ロック鳥ってたしか85レベルぐらいのモンスターじゃなかったっけ」

 

「せやで。まぁ、そこは直継と<三日月同盟>とか<西風の旅団>の90レベルパーティを前面に出した採集部隊をいくつか出したってとこやな」

 

 サーブしながらマリエールが語った卵の正体に3人はそれぞれ思案顔でプリンを完食する。

 卵と言えどもレベル85レベル以上のモンスターが守っている場所で採集できるアイテム。その価値もだが、それを材料として扱うのであればやはり90レベル以上の道のレシピに他ならない。

 

「後その出汁巻き卵な。<ハーフレイド>の報酬のサファ節が使われとるで」

 

「なっ! あの<猫人族>のダメージボーナスが入るやつか!?」

 

 ヨコハマに存在するプカリ洞窟の主である<キングサファギン>は、パーティ内の猫人族の数でダメージボーナスが出るという特徴がある。そして、そのモンスターが落とすアイテムこそが件の節の盾に使われた特上のサファ節なのだ。

 一見すれば<ハーフレイド>という<大規模戦闘>(レイド)初心者が行くような場所のドロップ品。しかし、その認識が彼らを『<ハーフレイド>参加率の低下を察知した運営が今回の拡張パッケージで調整した』と勘違いしたようだ。

 

「もちろん無条件でお金を提供して欲しいというほど私共も厚かましくはありません。私たちはこの大規模作戦を遂行後は速やかに作戦の詳細情報を御三方に提供する用意があります」

 

「では、この料理のレシピはそれまで提供はしないと?」

 

「いいえ。現在、私たちが運用している<クレセントムーン>で提供している調理法、およびその過程で知り得たレシピは全て作戦を統括しているシロエ様に依頼し、提供する準備があります」

 

「皆が首を縦に振ったらシロエのデスマーチの始まりやで。言い出しっぺやしな」

 

「おー、こわっ」

 

「これだからまとめ役は好きになれねぇんだよなぁ」

 

「そうですね。籠ってアイテムを作る方が性に合ってる」

 

 最後にナオキの小粋なジョークによって場は和むが、そのまま自分自身が信じたい『未知のクエスト』の話をすっかり信じ込んでしまった3人の内の1人。ミチタカが1人で500万枚の金貨を融通しようと提案する。

 たしかに<海洋機構>の所属人数的にカンパを募れば、かなり厳しいが集められる値段ではある。さらにもらったレシピを元手に商売を始めれば、かなり長期的に見れば500万枚よりも多くの儲けを手に出来るだろう。

 しかし、その横暴な提案にカラシンとロデリックが机を叩く。あわや喧嘩が始まるといったところでマリエールは持ち前の笑顔で場を和まし、ヘンリエッタに続きを促した。

 

 その内容とはザックリ言えばダンピングである。

 <クレセントムーン>の売り上げ込々で<三日月同盟>が出せる金貨は50万枚。そして残りの450万枚を1つの<ギルド>にではなく『3つ』の<ギルド>で等分しようというのだ。

 

「なぜ、いきなり等分にしようと?」

 

「いきなりではありませんわ。私共も現在の<ギルド>の力関係は十分に把握しています。ここで1つの<ギルド>にお願いするのは、徒にバランスを壊してしまうだけですから」

 

 一気に値段が下がったことで当然怪しむカラシンだが、『<ギルド>間のバランス』と言われてしまえば何も言えない。それほどまでに<アキバの街>は<ギルド>の力関係のみが支配しているのだ。

 そして、その<ギルド>間のバランスを崩したくないという健全な理由が最後のトリガーとなったのだろう。ヘンリエッタの話が終わった瞬間にカラシンが、ロデリックが、ミチタカが──と、順番に手を挙げてそれぞれ金貨150万枚を払うことに合意する。

 150万枚であれば彼らの<ギルド>の構成員に最低でも中堅レベルの鎧一式の金貨分をカンパしてもらえれば済む話。初心者では厳しいが、中堅レベルにとっては多少財布が寒くなる程度、90レベル付近の<冒険者>にとっては鼻を穿りながらカンパ出来る額である。

 

 ミチタカが話が決まっても尚、<海洋機構>の馬鹿げた構成員による力業を用いて<海洋機構>のみの出資の話にシフトしようとしたところでカラシンたちが異議を申し立てては再びマリエールの笑顔によって鎮圧されるといった一幕があったが、レシピの受け渡しや肝心の金貨の入金は4日後ということで全員が合意。商談が無事に纏まったことで彼らはナオキの先導で機嫌良さげに<龍の巣>から出ていく。

 

「いやぁ、すっかりご馳走になった! じゃあな、ナオキ!」

 

「また数日後」

 

「タロ、帰るぞー」

 

 それぞれの<ギルドホール>に帰って行くカラシンたちの後姿が完全に無くなるまでナオキは頭を下げ続け、やがて全員の姿が無くなった途端に彼は<龍の巣>に戻ると先ほどの部屋の扉を開ける。

 そこには疲労困憊といった様子のマリエールとヘンリエッタがへたり込みながらもナオキの方に向かって安堵の表情を送っており、そのやり遂げた雰囲気から彼は片膝をついて彼女たちに笑顔を向けた。

 

「おつかれさん」

 

「2人共ごめんなぁ。うちも交渉助けよぉ思とったんやけど、あんまり役に立たんかったわ」

 

 情けなさそうな声を上げながらマリエールは謝罪の言葉を口にする。しかし、その言葉にヘンリエッタとナオキは笑い声を堪えていた。

 

「何を仰います。マリエが微笑んでくれなかったら成功しませんでしたわよ」

 

「せやで、交渉で一番怖いことしてくれてたんやからな」

 

「怖いこと?」

 

 ナオキの言葉に意味が分からないときょとんとしているマリエールに、ナオキは言葉を続ける。

 

 商談などの交渉ごとに於いて一番恐ろしいのが対面の顔色が崩れないことである。

 余裕があるのか、それともないのか。指摘されても答えられないのか、カウンターを決めてくるのか。全ては対面の顔色によって把握できるし、そんな心の動きを隠してつくった無表情にする技術として『ポーカーフェイス』というものがある。

 しかし、無表情以上に怖いのは笑顔だ。本来は安堵するべき表情だが、それが優しげなのか、『馬鹿なことをしている』という嘲笑なのか、それとも『まだまだ余裕』という表れなのか。無表情以上に多岐に渡る裏があるゆえにカラシンたちにとってやりにくい相手だっただろう。

 

「ほんま? ほんまに援護になってたん?」

 

「えぇ、マリエが笑顔でしたからあの御三方から出資を引き出せました。大手柄ですわ」

 

 やはり、可愛いもの好きなのだろう。ヘンリエッタはそう言いながら愛おし気にマリエールに抱擁する。

 

(相談役はクールに去るか)

 

 そんな塔が建ちそうな様子の2人に<西風の旅団>で空気を読む力を培ったナオキは自身がお邪魔虫だと即座に定義づけすると、特技で透明になってからそそくさと店から出ていく。

 

 こうしてシロエたちは金貨500万枚という途方もない金貨を取得する当てを手に入れたのだった。




 オッサンや兄ちゃんだらけだったらプリンよりも出汁巻きの方がインパクトあると考えたので、差し込み。
 ハーフレイドやキングサファギンの仕様、そこからサファ節がドロップすることは『にゃん太班長・幸せのレシピ』から引用させていただきました。
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