西風の相談役   作:マジックテープ財布

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16話:気づき/行脚

 <アキバの街>の生産系トップ3との会合から早4日。いよいよ大金とレシピを交換する時間となった。カラシン、ミチタカ、ロデリック、ヘンリエッタ、シロエ、にゃん太という錚々たる面子がが<アキバの街>の隅にて集合を果たした。

 

「これで全員か? そっちのギルドマスターは?」

 

「入団希望者とのやり取りが忙しくて……。申し訳ありませんが」

 

「あー、<クレセントムーン>の1件で大人気だもんねぇ」

 

 <クレセントムーン>の創始者ともあって<三日月同盟>の知名度は今や< D.D.D >や<黒剣騎士団>のような<アキバの街>を代表する<ギルド>と同じほどとなっている。そのため、入団希望や同盟などといったラブコールがひっきりなしにかかって来ている状態だ。

 そんなわけで<三日月同盟>のギルドマスターであるマリエールが居ないことについて説明したヘンリエッタに、カラシンは若干同情気味に<ギルド会館>の方向を見る。

 

 ただ、この場に<三日月同盟>側の商談相手がヘンリエッタ1人しか居ないのは少しばかり誠意に欠けるのは事実。しかし、それも抜かりはない。

 

「おー、集まっとんなぁ」

 

「ナオキさん? 何でこんな所に?」

 

「マリエールさんの代わりや。いきなりシロエが念話かけてきてな、おかげで<大神殿>送りや」

 

 ナオキの発言に訳が分からないと首を傾げる全員に、ナオキは『ソウジロウと戦闘訓練してたんや』と説明する。どうやら、戦闘可能な<ゾーン>にて真剣同士での戦いをソウジロウとしていた際にシロエからの念話が飛んできたらしい。

 流れ的に念話の呼び出し音によって動作が遅れ、そのまま死亡。<大神殿>からこちらに来たという流れなのだろう。

 

「せっかく勝てそうやったのになぁ。右腕切り飛ばして、向かってくるソウジロウの攻撃避けようと準備しとったらかかって来るんやもん。ソウジロウも避けると思て振り抜いたっぽいから、そのまま首切り落とされたわ」

 

 何とも居たたまれない空気になってしまったが、ミチタカは空気を変えるためにシロエの方を見て話し出す。

 

「まさか、本当に腹ぐろが居るなんてな」

 

「だから言うたやん。草案引いたのはボクよりも"腹ぐろ"やって」

 

「ハハハ、たしかに言ってたな。……よしっ、じゃあさっそく取引と行こうか」

 

「では、私から」

 

 1番手に名乗りを上げたロデリックは<マジックバッグ>から手形を取り出してヘンリエッタに渡す。これを銀行に持って行けば即座に手形に指定した金額が各口座から渡された方の口座──、この場合はヘンリエッタの口座に移動する仕組みとなっている便利アイテムだ。

 また、この手形アイテムはコンソール上でも指定した金額を確認することができ、表示された『金貨150万枚』という金額を確認したヘンリエッタはシロエに目配せをする。

 

「確かに受け取りましたわ」

 

「ロデリックさん、どうぞ」

 

「どうも……。今、拝見しても?」

 

「構いませんよ」

 

 シロエから受け取ったレシピにロデリックが視線を落とす中、ミチタカとカラシンも同様に手形とレシピを交換して紙に書かれた内容を確認する。そのまま上から下へ目線を下げていく3人であったが、徐々に彼らの顔色が驚愕や困惑、そして怒りと変貌していった。

 

「こんな……こんなもののために金貨150万枚……。合計で450万枚……っ! この、腹ぐろ眼鏡!」

 

「ぐっ!」

 

 ロデリックがシロエの胸ぐらを掴み、頭で思いついた端から叫んでは憤りを発散させる。

 無理もないだろう。材料が記載されているはずのゲーム内レシピが、実は『条件は多々あれど、手順的には実際に料理するだけ』という現実世界の本屋によくある料理本レベル。いや、それ以下かもしれない代物を金貨150万枚なんて詐欺と思われても仕方がないことだろう。

 

 ただ、『何も分かっていない状態』を鑑みればそのレシピは本当に詐欺であろうか。

 

「ロデリックさん、手ぇ離しや。自分、なんか勘違いしとらんか?」

 

 ──否。

 

「WEBサイトにのっとることが全部タダとか……。そう思てへん?」

 

 ──断じて否である。

 

 割と尋常ならない怒気に怯んだロデリックが手を離すと、他にも何か余計なことを言いそうであったナオキの行動を片手で制したシロエはロデリックの方に歩み寄る。

 

「どうしてそのレシピにそれぞれ金貨150万枚の価値しかないと言い切れるのですか?」

 

「なっ!」

 

 突然の反論にロデリックは思わずレシピを見返す。もしかしたら重大なことを見落としたまま、シロエに食って掛かったのかもしれない。そうなると恥以外何者でもない。

 そう思ったロデリックが眼鏡を拭きつつ何度も見返すが、特に読み飛ばしも無ければ暗号っぽいなにかも存在しない。

 

「そうかっ! 分かったぞ!」

 

「ミチタカさん?」

 

『担がれた』と頭に血が上る感覚を覚えたロデリックだが、ミチタカの声で動きを止める。声を上げた彼は、手にしたレシピを叩きながら自身の考えを述べた。

 

「これは一種の"気づき"だ。実際に料理すれば味のある料理が作れる。ならば、それが料理以外ならどうだ?」

 

「例えば?」

 

「そういえば、<クレセントムーン>のような種類の屋台って<エルダー・テイル>になかったような」

 

「正解や。あの屋台は木工職人が実際に木を切ったりして出来た産物やで」

 

 屋台のようなアイテムは数あれど、あれほど可愛らしく店名もグラフィックに反映している種類の屋台はなかったはず。そのことを思い出したカラシンにナオキは片手で小さく丸を作りながらネタ晴らしを行う。

 

 他にもアクセサリーは別だが、制服は<裁縫師>が手掛けたこと。モンスター素材は実際に捕獲して<料理人>が捌くことで取得できる素材アイテムが増加することなどと、様々な『手間』を掛けることで思った以上の成果を得られることを説明するナオキに3人は口をあんぐりと開けていた。

 

「マジかよ」

 

「マジやで~。あ、ちなみに先日食べさせた出汁巻き卵の出汁な? サファ節なんは間違いないんやけど、実際はこれ使ってん」

 

 <マジックバッグ>から節の盾を取り出しながらナオキが言うと、カラシンたちが『防具を食材に!?』とお決まりの反応を示す。それほどまでに盾を食材にするのは正気を疑う行為なのだが、ナオキ的には『出来てるんやからえぇやん』とどうでも良さげに答える。

 

「ふむ。ですが、まだ信じ切れないのが正直なところです。試しに出汁を作っていただけませんか?」

 

「別にえぇけど? えーっと、火は」

 

「あぁ、火や水の心配は御無用です。今、即席で考えたんですが……」

 

 どうやら先ほどの怒りから脱したロデリックが、『<フェニックス>は過剰ですね』とブツブツ言いながら2匹の召喚獣を召喚する。

 出てきたのは燃え盛る炎を纏った爬虫類である<サラマンダー>に、透き通った身体を持つ精霊である<ウンディーネ>。その2匹の召喚を果たしたロデリックは<サラマンダー>をその場に待機させ、<ウンディーネ>に水を出すように頼むと2匹はその指示を忠実に聞いてくれる。

 

「こうすれば簡易的な火床と水の供給場所になるかと。……マズいですね、気づいてしまったら試したいことが山ほど浮かんできました」

 

<召喚術師>(サモナー)ずるいなぁ。戦闘だけじゃなくて生活の幅が一気に広がるやん」

 

「うちも信用できる<召喚術師>(サモナー)に色々手伝わせるか」

 

 <召喚術師>(サモナー)の有用性について語り合いながらもナオキは<ウンディーネ>に鍋一杯の水を入れてもらい、背の高い金属製の鍋置きの上に固定。その下に<サラマンダー>を移動させた後に昆布を入れるなどをして出汁を取り始めた。

 ただ、節の盾を投入しようとしたところでカラシンから『本当に入れるんだ』と嫌そうな声で言われたのだが、ナオキの持っているサファ節はこれしかないので聞かなかったことにした。

 

「ほい、これが出汁な。なんなら味噌も入れる?」

 

「是非!」

 

「シロエ、ご隠居も。周囲に本当に<冒険者>が居ないか確認してもろてえぇ? ロデリックさんも、<フェニックス>居るんやったら周囲見てもらいたいわ」

 

 味噌汁という<クレセントムーン>で出したことのない食べ物を作っている光景なぞ見られた日には最悪である。なので、出来る限り警戒をしながら味噌汁を作るナオキであったが……。

 

「ナオキ様、うちの<ギルドホール>に招待した方が良かったのではないでしょうか?」

 

「ですにゃぁ」

 

『……あっ』

 

 誰に見られるかも分からないところでやるよりも、確実に余所者が居ない空間に招待した方がいいという事実にようやく気付くナオキ達。シロエを含めた知恵者が居るのにも関わらず、にゃん太とヘンリエッタしか気づかない体たらくに彼女達がため息をつくが、そんな騒動の中でも具無しの味噌汁は出来上がる。

 恋焦がれた故郷の風味に全員が椀に入った味噌汁に舌鼓を打っていると、<サラマンダー>や<ウンディーネ>、そして偵察から帰ってきた<フェニックス>が味噌汁に興味を示してきたために取り分けていたナオキが『これでも金貨150万枚の価値にならんか?』と笑顔でロデリックに問う。

 

「シロエさん。すみません、謝罪と……訂正させていただきます。このレシピはむしろ安い、大切に使わせていただきます」

 

「いえいえ」

 

「つきましてはロデ研さん。<海洋機構>さんも、ともにレシピを共有された者同士で共同開発でもいかがです?」

 

「そりゃ良いな! じゃあ、この後はどこかで作戦会議でもどうだ?」

 

 そのままカラシンの提案で3人はどこかへ去って行く。恐らくは誰かの<ギルドホール>で会議をするのだろうが、その場で重要情報を漏らさぬようナオキが後ろから注意を叫ぶと彼らは揃ってサムズアップを送る。……共通の秘密兼遊び道具をもたらされた者同士にしては仲良くなり過ぎではなかろうか。

 

「じゃ、金貨についてはこれで何とかなったな。じゃあボクは<クレセントムーン>に戻って──」

 

「はい、次はこれ」

 

「なんやこれ。封筒?」

 

 シロエから渡された数通の封筒。それぞれ上質な作りで、<三日月同盟>のロゴと<記録の地平線>(ログ・ホライズン)のロゴが並んでいることから畏まった封書の印象を持ったナオキに『招待状』とシロエは中身を告げる。

 

「一応、僕の認識では今渡した10の<ギルド>。そして、<三日月同盟>とついでに<記録の地平線>(ログ・ホライズン)で<アキバの街>の自治を行おうとしてるんだけど……」

 

「えぇんやない? 特に< D.D.D >は取り込んどいたほうがえぇわ。<黒剣騎士団>もやけど、ボクとしては数の暴力の方が怖いわ」

 

 レベルは<エルダー・テイル>において力を図る手っ取り早い指標だが、それだけで片付くほど甘いものではない。スキル構成や装備をはじめとしたビルドに連携、それにアイテムなどによってレベル差を埋めることは出来るし、なにより人数はれっきとした『力』である。質より量の<黒剣騎士団>よりも質を一定化した大群である< D.D.D >がこの先の<アキバの街>には必要不可欠だと、招待状の宛先を全て見たナオキは断じた。

 

「……で、なんでボクに全部渡すん?」

 

「いや、面識あるかなって」

 

「あるけどな? <大災害>以降は顔見せてないから、そろそろ挨拶しとこ思たけどな?」

 

 <西風の旅団>経由で様々な<ギルド>のトップと顔見知りになっているナオキからすれば、これらの顔見せついでにこれらの封筒を渡すことは十分可能である。

 ただ、これらを渡すのは決して外様のナオキではないことを彼は力強く論じるが、シロエは『面識ない人も居るから頼むよ』と言われ、ヘンリエッタからは『この後、色々作業をしますので』とあしらわれてしまう。

 そうなってしまえば後はシロエやヘンリエッタの他に任せられるメッセンジャーが居るのかという話となるが、<記録の地平線>(ログ・ホライズン)側も<三日月同盟>側も高レベル<冒険者>は軒並み作業を行っているし、低レベルの<冒険者>を向かわせても90レベルのギルドマスターたちの迫力に怖気づいて逃げ帰るかもしれない。

 結局、ナオキがやるしかなかったわけだ。

 

「分かったわ。適当にメッセンジャーしに行くだけやで? あと、土産は持って行かなあかんのは分かっとるやろ?」

 

 社会人として手土産は大事だ。手土産のコツは相手が出来る限り満足する物品と相場が決まっているため、<西風の旅団>を抜いた9つの<ギルド>の土産をどうするつもりかと尋ねるナオキだが、その問いにヘンリエッタは『問題ありませんわ』と<マジックバッグ>から2つの空箱を取り出すと、その後にいくつものクレセントバーガーとカリカリチキンが個別包装された物を取り出し始める。

 

「本日作り立ての物を2箱分、お土産枠として頂いております。バーガーが40個、チキンが20本もあれば十分ではないでしょうか」

 

「助かるわ。後はシロエ、そっちからベリーの樽漬けを1樽もらうで。ボクのと合わせて9等分するんや」

 

「当然。でも、これで誠意になるかな」

 

「なるんちゃう? 知らんけど」

 

 続けざまに発したナオキの要請にシロエは即座に応じながら<マジックバッグ>からベリーの樽漬けを取り出し、ナオキの分と合わせて9つの器に入れた端から密封していく。これだけの量の手土産ならば、各<ギルド>の幹部ぐらいの口には何かが入るだろう。それらを『誠意』とすることで会議に参加せざるを得なくする。それこそがナオキやヘンリエッタ、そしてシロエの策であった。

 後ろを振り向きながら『行ってくる』という声と共にナオキは去って行く。その後ろ姿はまるで重要な商談に赴く企業戦士のような圧を振りまいており、恐らく想像を絶するような苦難が彼を待っているはず……はずだ。

 

 ***

 

「今回は<三日月同盟>からの要請か。あい分かった、手土産の件もあるからな。参加しよう」

 

「んじゃー、しつれーしまーす」

 

「ナオキもお疲れさ──うぉい! それは俺がもらった物だぞっ!? せめてチキンは残しとけよ!」

 

 砕け過ぎな感じが否めない挨拶をしたナオキはそのまま<グランデール>の<ギルドホール>から出ていく。後ろでギルドマスターであるウッドストック=Wの叫び声やギルドメンバー達の騒ぎ声が聞こえるが、最近話題の<クレセントムーン>で売っている商品を手土産に渡されたらさもありなん。

 願わくば1人でも多くの口に入ってくれることを祈りつつ、ナオキは残った封筒の宛先を見やる。

 

「中規模のとこは回ったし、あの生産魂に火が付いたところは後回しでかまへん。……後は面倒臭い奴らやな」

 

 ここまで<グランデール>、<RADIOマーケット>と回ってきたが、どちらとも〈中小ギルド連絡会〉を作ろうとしていた経歴があるからか、今の<アキバの街>の空気は悪化の一途を辿っていることは分かっているらしい。そこに手土産の力も合わさり、彼らから会議に参加する確約はもらっている。

 

 しかし、ここからはそうはいかない。

 <第8商店街>、<ロデリック商会>、<海洋機構>はギルドマスターが少年の心を胸にやりたいことを心行くまで堪能している真っ最中なため、ナオキはいよいよ<アキバの街>について無関心側に寄っている大規模な<ギルド>や最前線争いをしている戦闘系の<ギルド>に着手する。

 手始めにナオキは数ある<ギルド>の中で最近、ソウジロウとPKK(プレイヤーキラー・キラー)の共闘をしていたというアイザックに話をしようと<アキバの街>を出てから馬を呼び出して<ゾーン>を駆け抜ける。目的地は<黒剣騎士団>がよく狩りをしていると聞いたことのある<ゾーン>。高レベルで購入出来る脚力に特化した馬でモンスターを無視しながら突き進んだ結果、ナオキは10分もかからずに<ゾーン>を横断。さらに次の<ゾーン>も横断するために速度を上げた。

 

 そんな弾丸ツアーを開始して1時間経つか、経たないかだろうか。表示させていた<フレンドリスト>に載っていた<黒剣騎士団>所属の<冒険者>の名前が変化した。同じ<ゾーン>に居る合図である。

 挨拶でもしておこうと馬を制止させるが、それと同時に1本の矢がナオキのすぐ横を掠めた。慌てて馬を落ち着かせる彼の視界には最低でも2人の<暗殺者>(アサシン)がボウガンで狙っており、彼らは侵入者であるナオキの姿を見るや否や『レザリックさーん』と誰かを呼ぶ。

 

「ナオキー、すまん」

 

「いや、すぐ横を狙うのは逆にすごいわ。練習したん?」

 

「すんげーした」

 

 改めて馬から降りてどや顔をする<暗殺者>(アサシン)と談笑をしていると、他の<暗殺者>(アサシン)に呼ばれて木々の間から暗い色のチュニックを着た司祭のような人物が出てきた。

 

「あ、レザさん。お久しぶり」

 

「ナオキさん、お久しぶりです。皆さんは警戒を続けてください」

 

「了解です。じゃーな、ナオキ」

 

 再び木の上に登っていく<暗殺者>(アサシン)を横目に、レザリックはナオキにここまで来た要件を聞く。

 その後、ひとしきり用件を聞いたレザリックは『アイザック君案件ですね』と言いながら森の中にナオキを招待する。木々の間を通り抜けていくごとに様々な声や叫びがナオキの耳に聞こえ出し、ようやく開けた場所にたどり着くと、そこには大小のテントが張られた大規模な野営拠点があった。

 

 要所要所をしっかりと防備を固めた拠点に圧倒されるナオキにレザリックは『頑張りましたよ』と笑いつつ、彼は指揮所と思われる白いテントの前に座っていた刺々しい黒鎧を着た男──アイザックに話しかける。

 

「アイザック君、お客ですよ」

 

「客だぁ? ……なんだ、ナオキか」

 

「うっす、アイザック」

 

 客の正体に若干残念がりながらもアイザックは剣呑とした視線をナオキに向ける。如何にも無頼漢といった態度に改めて<三日月同盟>の暇そうな子をメッセンジャーにしなくて良かったと安堵したナオキはアイザックの方に封筒を投げ渡し、レザリックに『つまらない物ですが』とクレセントバーガーが入った紙袋やベリーの樽漬けを渡していく。

 

「あ、これはご丁寧に」

 

「おい! なんでレザリックに渡すんだよ!」

 

「いや、アイザックに渡したら独り占めしそうやし。レザリックさんなら平等に分けるやろうし」

 

「しねぇよ! それに前々から思ってたが、俺が呼び捨てでレザリックがさん付けなんだよ!」

 

「えー、じゃあアイザックさ────ん」

 

「一回殴って良いか?」

 

 妙に間延びした『さん付け』に青筋を立てるアイザックだが、レザリックから手渡したクレセントバーガー1個で一気に機嫌が良くなる。そのままバーガーに齧り付きながら片手で招待状を一読するアイザックは、何かを考える仕草をしながら知り合いの猫人族をわしゃっていたナオキの名を呼ぶ。

 

「ナオキ、これは何について話すんだ?」

 

「<アキバの街>のことについてやけど?」

 

「具体的にだよ」

 

「当日に分かるんちゃう?」

 

 埒が明かない問答に封筒に入っていた便箋を握りしめるアイザック。しかし、ナオキの方は飄々とした態度で『ほな、また』と言いながら馬を呼び出して帰ってしまう。

 そんな彼の態度に『あの野郎っ!』と悪態をつきながら便箋を地面に投げ捨てたアイザックの声に驚いたギルドメンバーが彼の方を見ていると、レザリックが狩りを続けるように指示をしながらアイザックに近づく。

 

「どうするんです?」

 

「行くしかねぇよ。どのみち、<三日月同盟>のマリエールとツルんでいる奴……そいつが気になるからな」

 

 そう言ってぐしゃぐしゃになった便箋を拾い直したアイザックは<三日月同盟>の署名の下に書かれたシロエの名前を見て悪鬼のような微笑を浮かべるが、すぐさま『西風にうちの女メンバー移った文句言い忘れた!』と吠えていた。

 

 ***

 

 無事に<アキバの街>に帰ってきたナオキは引き続き、< D.D.D >の<ギルドホール>へとやってくる。流石は日本で大手の<ギルド>と言うだけあって<ギルドホール>も城のような広さである。

 

「うちもこんな広い所……いや、逆に落ち着かんわ」

 

「私も最初は面食らいましたが、慣れました」

 

「うわ、みーちゃ"っ"」

 

「失礼、叩きやすい頭の位置でしたので」

 

 独り言にいきなり混ざってくるみーちゃん改め、三佐。彼女の持つ幻の右手を食らったナオキが痛がりながらも攻撃判定に衛兵が来ることを危惧するが、よくよく考えればここは< D.D.D >の<ゾーン>なので無用な心配であったことを思い出す。

 

「ところで何の用ですか?」

 

「クラスティさんにちょいと手紙」

 

 ナオキが見せる封筒を三佐は不思議そうに見つめる。

 <エルダー・テイル>に酷似したこの世界では念話を行えば意思疎通が可能なのにわざわざ手紙を寄越すことが異例中の異例だ。

 それに本人ならまだしもナオキをメッセンジャーに使うところを見るに<西風の旅団>とも密接に繋がっているかもしれない人物。その人物について未だ正体がわかりかねない三佐は、どこかに念話をかけながら<ギルドホール>の設定を変更。ナオキを<ギルドホール>内に招待する。

 

「おー、やっぱり中も豪華や。この窓とか御幾ら万円?」

 

「キョロキョロしないでもらえますか?」

 

「……なぁ、ことあるごとに頭叩くの止めてくれん? ごっつ視線集めとるから」

 

「本当にちょうど良い所に頭があるんです」

 

 周囲の調度品を見ながら多少はしゃぐナオキに対して三佐は事あるごとに彼の頭を軽く叩く。

 出会い頭の1発を除けば最初に入った扉の大きさで1発。リーゼの副官をしているサムライの知り合いの方に行こうとして1発。『壺って割りたくなるやんな』というRPG全開の言葉に1発。そして先ほどの1発と計4発がナオキの頭に突き刺さっている。

 その度に周囲の視線がナオキと三佐に集中し、彼女とナオキの職業やその繋がりでの関係性を知っている昔から馴染みのあるギルドメンバーが『<大災害>後はそうなるのか』と納得の表情を浮かべながら新人を連れてどこかへ消えていくのだが、ナオキ的にはそれが大層居心地が悪かった。

 

「ところで、本当に保育士を退職したんですか?」

 

「何度も言うたやん。流石にあの給料やと誰かと歩んでられへんわ。夢を仕事にするんはやっぱ辛いと痛感するわ」

 

「……そうですか」

 

 なにかを言いかけようとする三佐だが、その言葉を言うことなく拙い返事を返す。その言いかけようとした言葉は何かは彼女にしか分からないが、それを言うのはお門違いなことは同じ職種についている彼女が一番よく分かっているからだろう。

 

 ただ、せめて同じ職種に就いていた知り合い同士ということで一言ぐらい相談ぐらいはして欲しかった。そんなナオキが聞けば『知らんがな』の5文字で済まされるようなどう発散すれば良いか分からないイライラに苛まれた三佐は、腹いせとしてすぐ横を歩く元凶に本日5発目の右手をお見舞いすることに。

 

 そんなタイミングで廊下の角からクラスティが姿を現した。

 

「おや、仲が良いですね」

 

「いや、これで仲が良いって言うクラスティさんが怖いわ。とりあえず、お届け物でーす」

 

 急に現れたクラスティに珍しく動揺する三佐は放っておき、ナオキは封筒を彼に渡す。

 すると彼はしばらく自身の鎧をペタペタと触り出したかと思えば、今度は<マジックバッグ>をがさごそと探り出す。そうして無為な時間が経過した後に少々困り顔で羽ペンのようなアイテムを取り出したクラスティが『サインで良いかい?』と問うてきた。

 

「ボケにボケで返さんとって」

 

「いや、普通は必要だろう? 判子」

 

 ボケたと思っていた当人の困惑とは裏腹に冷静に『書類にサインも面倒だから判子でも作ろうか』とガチな対応になってきたため、ナオキはさっさと手土産を渡して出て行こうとクラスティの<マジックバッグ>を開かせて、『つまらない物ですが』という定型句と共に自身の<マジックバッグ>に入っている< D.D.D >分のお土産を移していく。

 

「<クレセントムーン>の商品じゃないか、どこでこんなに?」

 

「ボクやソウジロウも一枚噛んどることは報告来とるやろ? そこのコネや。圧倒的に足らんやろうけど、クラスティさんと三羽……やないな。二羽烏ともろもろで食べて」

 

「ありがたくいただくとするよ。ところで封筒に書いてある<アキバの街>のことについて、もう少し具体的に教えてくれるかな?」

 

 土産の礼を言いながらもクラスティはやはり便箋に書かれた内容が抽象的なことをナオキに伝える。

 ただ、アイザックなどの振るい落としを耐え抜いたレベル85以上の<黒剣騎士団>とは違って< D.D.D >は数のみは最大規模の<ギルド>だ。三佐やリーゼといった幹部級より弱くてPK(プレイヤーキラー)に疎い女性メンバーもいるだろう。

 遅まきながら集合し始めたリーゼをはじめとした幹部級の<冒険者>たちを見つつ、ナオキは警告として銀行では忙しくて話せなかった警告を『<アキバの街>の中の雰囲気を悪くする1要因』を喋ることにした。

 

「< D.D.D >は実害ありそうやから、1個だけ話しとくわ」

 

「1個だけ……というと、他にもあるのかね?」

 

「あるけどここでは話せへん。だけど、これだけは特に< D.D.D >では被害ありそうやから僕の一存や。後で皆にごめんなさいしとく」

 

 もったいぶった──されど、『< D.D.D >では実害がありそう』という脅しともとれる言葉にクラスティはナオキを会議室のような部屋へ案内する。全員が座ったところで話を聞く姿勢となったクラスティが続きを促し、それを合図にナオキは自身や<西風の旅団>に起こった婦女暴行関係の話をしていく。

 女性陣にとっては気分が良い話ではないため、三佐やリーゼを中心とした女性メンバーは話が進むごとに眉間に皴を寄せながら聞いてくれているが、そこからさらに<ススキノ>で起こったらしい人身売買もどきの話をすると──。

 

「もう良いですわ」

 

「えぇ、十分です」

 

 右から鎌。左から杖を突きつけられる。言わずと知れた三佐とリーゼだが、改めて周囲を見れば男女関係なくナオキを睨んでいる。

 まるでナオキ自身がそんな非人道的なことをしたような反応に彼は文句を言うものの、クラスティたちからしてみれば重要な情報とは理解はできるが胸糞悪いことには変わりない。だから、彼らが睨むのも無理はないとナオキは諦め口調で話し出す。

 

「しゃあない。他にも言いたかったことがあるけど、それは会議でどっかの誰かさんが話してくれるやろ」

 

「おや、< D.D.D >が会議に参加するのは決定事項かい?」

 

「既に"行く"って顔に書いとるで。あと、"黒幕であろうシロエが何をするか興味がある"って言葉もセットでな」

 

「これは失礼……。では、次の<大規模戦闘>(レイド)は中止にしましょうか」

 

「はい」

 

 クラスティの言葉に三佐が返事をする。

 こうして< D.D.D >の会議への参加を確約することが出来たナオキは< D.D.D >の<ギルドホール>を出ると、歩きながら<フレンドリスト>から<シルバーソード>のギルドマスターであるウィリアム・マサチューセッツに念話を試みる。

 かの<ギルド>は<大規模戦闘>(レイド)に積極的なために<アキバの街>周辺に居ることが稀であるために念話をしてみたのだが、その予想は大当たりで『<大規模戦闘>(レイド)中っ!』という短くもお叱りの言葉を受けてしまった。

 そのため、ソウジロウ辺りを使いっ走りにして届けようと考えたナオキは最後に<アキバの街>を拠点にしている戦闘系の<ギルド>で第2位の規模を持つホネスティの<ギルドホール>を訊ねた。

 

「"せんせー"、居る?」

 

「はいはい。あ、ナオキ君じゃないですか」

 

 ナオキの声にライムグリーンの長髪を持った糸目の男性が出てくる。

 彼こそがホネスティのギルドマスターであるアインスで、高難易度の<大規模戦闘>(レイド)やダンジョンなどの攻略法を図解形式で詳しくサイトに掲載したことから『先生』という敬称が付けられている人物だ。

 

 そんな彼にナオキは封筒を手渡すと、断りを入れてから中身を取り出すアインス。取り出されたそれを見続けた彼の眉が2~3度上下に動いた後にようやくアインスの口から疑問の言葉が出てきた。

 

「これは……何について決めるのでしょうか」

 

「<アキバの街>についてや」

 

「<三日月同盟>と……この<記録の地平線>(ログ・ホライズン)? という<ギルド>が自治を行うと?」

 

「そこは会議に出席してもらわへんとな。それに、<アキバの街>がこのままで良いとは流石の"せんせー"でも言われへんやろ?」

 

 確証めいた疑問にアインスは心の中で『たしかに』と同意する。

 PK(プレイヤーキラー)、各<ギルド>の力関係や狩場の占領、街の雰囲気、そして<EXPポット>。<クレセントムーン>によって街の雰囲気は多少緩和されたが、それでも焼け石に水と思わせるほどの効果しかない。

 

 当然、そんなことはアインス自身も分かっているし、こうしてナオキが招待状を渡す前から彼自身も対処方法を考えていた。しかし、どんなに考えてもホネスティだけでは解決は出来ないだろうという考えに至ってしまうのだ。

 ホネスティには<黒剣騎士団>のような武力も< D.D.D >のような数やそれに根差した教育部隊もなく、かといって生産系の<ギルド>のような十分な商業施設や販路や伝手もない。参加している人数こそは多いものの、何もかもが中途半端な<ギルド>だ。

 そんな<ギルド>が<アキバの街>を纏めようとしても、よほどの奇策が無ければ潰されてそこで終了してしまう。

 

「何とかする手立てはありますか?」

 

「ボクからは何とも言えへん。だけど、<三日月同盟>の下の……こいつの名前に興味を持って< D.D.D >のクラスティが参加するのは事実や」

 

 ナオキが< D.D.D >という嫌でも信頼感を持つに足り得る切り札を切ると、アインスも黙って首を縦に振る。

 これにて自分の所や<シルバーソード>、絶賛意見交換中な生産系の<ギルド>以外の招待状を渡したことになるのでナオキもお役御免となる──が。

 

「あ、せんせー。申し訳ないけど、"シゲ先生"呼んでもらわれへん?」

 

「ナオキ、居るぞ。横で聞かせてもらってた」

 

 <ギルドホール>の奥に続く通路からのっそりと銀髪に褐色の肌をもったミチタカクラスのマッシヴな男が歩いてくる。

 彼の名前はシゲル。リアルでは文化人類学を専門とする大学教授で、そのためか教え上手な一面を持つナイスガイである。ナオキもよく<エルダー・テイル>とは関係ない雑学を学びに行っていた過去があるため、『また変な雑学でも仕入れに来たか?』とニヤつきながら腰を下ろしたシゲルにナオキは疑問に持ったことを言う。

 

「昔の刑罰について知りたいんやけど。拷問系とか、精神的にキツい奴とか」

 

「はぁ!?」

 

「ナオキ君っ! いくら"気まぐれ"の君でもそれは駄目ですよ!」

 

 爆弾を見まがう話題にシゲルとアインスは全力で止めにかかる。

 しかし、ナオキは首を左右に振って強行の意思を固める。死に瀕するようなダメージは重い筋肉痛程度の痛覚しかなく、死んだら死んだでいくらでも復活できるチートかと見紛うような存在に下す罰のことを先に考えておかねば初心者の<冒険者>が泣き寝入りすることになるのだ。

 

 だから、少しでも<冒険者>にとって有効的な罰になることを探さねばならない。無論、ナオキ自身が実験台になると説得の一部として話したのだが、『余計にやるな(やったらダメでしょ)』と2人に注意された彼はショボくれていた。

 

「頼むわぁ。追放やったら変なところで力付けてから、どや顔で復讐してきそうなんやって」

 

「うーん。あり得そうなのが怖いですね」

 

「そういったラノベはあるがなぁ……。いや、よくよく考えればたしかに有り得そうだ」

 

 ナオキの説得があまりにも粘り強く、言っていることも狂気の片鱗もないためにシゲルはため息をつきながら『文化人類学の専門だっつったよな?』と文句を言いながらも様々な刑罰を話し出す。

 しかし、流石は人類学といったところだろうか。盟神探湯(クガタチ)といった神明裁判をはじめとした様々な刑罰や都市伝説の類と噂される実験まで覚えている限りのことをナオキに共有し出した。

 

「これぐらいしか覚えてねぇわ。参考になったか?」

 

「あんがとさん。あ、遅れたけどお土産渡しとくわ」

 

「おぉ、これはご丁寧に。ですがナオキ君、実験はちゃんと止めてくれる人を用意してから安全に……ですよ?」

 

 やがて、それらを聞かされたナオキは遅れた手土産を渡してアインスの注意に間延びした返事をしながらホネスティの<ギルドホール>から出ていくと、即座に<RADIOマーケット>にとんぼ返り。ギルドマスターである茜屋に『必要な効果』を話し、それを基に彼から提案された5つの指輪を購入する。

 

 そしてその深夜。さっそく実験を開始するが、ナオキの常軌を逸した反応に興味を示したソウジロウとナズナ。合計3人の悲鳴が<ギルドホール>全体に響き渡った。




〇〇さーーんはアイザック役の方が別作品で担当していらっしゃるキャラのネタです。
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