西風の相談役   作:マジックテープ財布

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17話:罰と不満

 金貨500万枚の獲得に加えて一部を除いた有力な<ギルド>の招集を完了させたシロエたち。無論休む暇もなく招集後の話し合いで話す予定の内容を検討しながら渡す資料を準備するというブラック企業も裸足で逃げ出す毎日を送っていたが、これでも峠は越えたらしく頑固な油汚れのごとく目許にこびり付いたクマの濃度が些か薄くなっていた。

 

 ただ、それは本人しか思っていないだけである。今日も今日とてアカツキは一向に取れないシロエの目許にこびり付いたクマに対して苦言を呈していた。

 

「主君、ちゃんと休めているか?」

 

「休めてるよ」

 

「主君、嘘は良くないで」

 

「あれ、アカツキって男みたいな声も出せるんだね」

 

「主君、それは流石に傷つくぞ」

 

 2人っきりの会話に突如混ざった関西弁混じりの声にてっきりアカツキのイタズラかと思えば、いつの間にかナオキが入っていた。宿屋の一室は<ゾーン>設定のために入って来れないはずだと設定を見直すと、どうやら少し前に<三日月同盟>のギルドメンバーに資料の搬送を頼んだ折に設定の変更を忘れていたらしい。

 

「シロエ、アカツキさんに失礼かつ不用心やでー。ほれ、椅子にもたれ掛かるんや」

 

 アカツキの不服そうな表情を横目に、シロエの肩に自らの肘を当てたナオキはそのまま体重をかけて圧を掛けていく。

 マッサージをする上で素人が安易に触ってはいけない危険部位などはよく耳にするが、それは<冒険者>の身体でも同じことが言えるのかは定かではない。そのために軽く体重を掛ける程度の圧でシロエの肩を解そうとするが、彼の筋肉はナオキの肘を強く弾くほどガチガチに凝り固まっていた。

 まるで岩石を相手にしているような錯覚に陥るほどの頑固な凝り。だが、その分だけシロエは孤軍奮闘を行っているのだろうとナオキは労いの意思を込めながら根気強く強弱をつけて圧を掛けていくと、手応えが弱くなっていくと同時にシロエの口から『あ"~』という気持ち良さげな声が漏れていく。

 

「主君。おじさん臭いぞ」

 

「アカツキはこの気持ち良さを知らないから言えるんだよ~」

 

「あんまりやりすぎはあかんけどな……っと、終わりや」

 

 両肩のコリが適度に解れたところでナオキはマッサージを中断すると、シロエが物欲しげな視線をしてくる。だが、これ以上は素人がやると逆にダメージ成ると思ったためにナオキは『どのぐらい圧掛けたら<冒険者>が痛みで動けなくなるか試そか?』と脅すとシロエはそそくさと書類整理に入った。──ちょろい。

 

「で、何をしに来たの? たしか今日は<クレセントムーン>の手伝いだったよね?」

 

「その前に報告や。一応、<冒険者>を罰せられる可能性のある方法を見つけたで」

 

「本当!?」

 

 現状、悪いことを行った<冒険者>は拘束こそ出来るものの、罰を受けさせるにはどうするかという課題に直面していた。いざ刑として罰するとしても軽い罪ならば特定の<ゾーン>に軟禁する留置刑で事足りるが、重い罰に対してどういった刑罰をすれば罰足り得るのかシロエたちには見当もつかないのだ。

 

 例えば日本で1~2を争うほど重い刑罰である死刑にしても、<大災害>を経たこの世界では刑罰足り得ない。むしろ、悪事に身を染めるほど覚悟が極まっている者にすれば<大神殿>までの直通タクシーにしかならない。

 死刑が罰にならないとすれば終身刑になってしまうが、これもまた問題である。悪事を行った<冒険者>の身の周りの世話なぞ危険性が高すぎるし、それが原因で世話をしなければ飢餓によって徐々に体力が減って<大神殿>で復活。そのまま脱獄という流れとなってしまう。

 

 そうなってしまうとシロエの知識の中では中世や昔の江戸のような追放や島流しといった<アキバの街>の外に放逐する手段だが、それは『野放し』と言い換えても差し支えはない。他のプレイヤータウンやその辺の野盗に身をやつして<大地人>や低レベル<冒険者>を食い物にする可能性が限りなく高くなってしまう。

 

 そんな思いから<アキバの街>の自治が始まるまでは保留にしていた課題だっが、ナオキがその対応策を見つけてくれたことにシロエは目を輝かせる。

 

「それで? どんな方法なの?」

 

「五感を奪って数十分ぐらい放置」

 

「え?」

 

「ナオキ殿は何を言ってるのだ?」

 

「やから、五感を呪いの装備品で奪って放置するねん。あ、1時間とかにすると発狂すると思うから注意な」

 

 何やら怪しい言葉が聞こえた気がしたシロエとアカツキがナオキを見るが、その視線に一切気付くことはなく彼は論より証拠と<マジックバッグ>から5つの指輪を机に載せる。それぞれ小指の爪先ほど小さい宝石があしらわれた綺麗な指輪だが、それらから発せられている禍々しいとしか形容が出来ない負のオーラと威圧感に生唾を飲み込んでから指輪の情報を確認する。

 

 アイテム名は<怨念が籠った指輪>。とある年のハロウィンイベントにてランダムな<ゾーン>に出現するイベントモンスターを討伐するとよくドロップする装備品で、1つ装備をすればランダムで五感のうちの一つが奪われる呪いのアイテムである。

 ただ、ゲーム時代は五感といっても視覚であるならば命中率が著しく下がった盲目状態。味覚を奪われた場合はなぜか攻撃力減少と細やかなデバフがかかるといった些細な効果のみで、某風来の旅人ゲームのように呪われて指輪が外せなくなることはない。

 そんなお手軽弱体化アイテムなため、縛りプレイ配信などをする<冒険者>の中に愛用者も居たりする。

 

「あー、思い出した。縛りプレイのお供みたいなやつだよね」

 

「せや。茜屋さんに聞いたら余ってたっぽいから格安でもろてきたわ」

 

「それで、これをどうするの?」

 

「いっぺんに着けるんや。それで五感は全部無くなる」

 

 またしてもとんでもないことを言い出すナオキ。当然、シロエやアカツキから『危険だ』と散々言われるが、実際に試してもらわないと罰になり得るのかが不明確になってしまう。

 そんな『危険を承知で』と付け加えた説得に、シロエは本当にまずい時に言う合言葉や安全措置をしたうえで効果を確認することに同意した。

 

「もしかしたら合言葉も言う余裕もないかもしれへんから、ボクやアカツキさんの判断でも外すで」

 

「分かった。アカツキ、よろしく」

 

「承った」

 

 ぶつかってけがをしないように周囲の家具を隅に退かし、仮に椅子から転倒しても大丈夫なように椅子の周囲にはタオルを敷いてから改めて椅子に座り直したシロエはナオキに目線を向ける。『準備完了』のアイコンタクトに何度か指差しで安全確認を行ったナオキは『いくで』という言葉と共に5つの指輪をシロエの各指に装備させる。

 

 その瞬間、シロエの視界は真っ暗になった。

 

「なっ、暗っ! え、僕って椅子にちゃんと座ってる? 分からない! 怖い!」

 

「主君!」

 

 椅子に座りながらも手探りで何かを探そうと右往左往するシロエにアカツキは駆け寄る。しかし、彼の混乱は収まることはなかった。

 

 何も見えず、何も聞こえず、何も感じることが出来ない。

 やがて平衡感覚も失ったシロエが椅子から激しく転げ落ちるが、痛みに打ち震えることもなくシロエは錯乱したように叫び声を上げながら胎児のように床の上で丸まる。もはや合言葉すら言えない状態だと判断したアカツキはナオキに中止を求めると、彼もまた頷いて過呼吸を起こしかけていたシロエの指から指輪を一気に外した。

 

「ヒュッ……ハッ……ハヒッ……ハァー……ハァー」

 

「まずは深呼吸や。アカツキさん、ちょっとシロエの座椅子になってんか」

 

「主君、大丈夫。もう大丈夫だ」

 

 目の焦点が合わないシロエの背中をアカツキが優しく抱きしめ、ナオキは水筒からブラックローズティーをカップに注いでゆっくりとシロエに飲ませてやる。そうすることでようやくシロエが正気を取り戻すが、飲んだ端からダラダラと流れていく汗の量に未だ恐怖心は完全に拭えていないことが察せられた。

 

 そんな彼が数分使ってようやく絞り出すことが出来た『キツイね』という言葉にナオキは頷く。

 

「やろ? ちなみにボクとソウジロウでやったけど、ナズナは2分でボクは5分。ソウジロウは10分でリタイアや」

 

「ナオキ殿、安易に他人に試しすぎでは?」

 

「いや、興味津々やったから。つい……」

 

 自身どころかギルドマスターであるソウジロウも実験に巻き込んだマッド具合にアカツキは疑問を持つが、ナズナもソウジロウも興味津々で『やって欲しい』と言ってきたのでノーカンだとナオキは自己弁護に走る。

 さらに言えば自分やソウジロウらの尊い犠牲によって『いきなり五感を失う』という恐怖体験が<冒険者>にとっての罰になるという考えに至ったのは事実なので、そこらへんも加味して欲しいというナオキの要求にアカツキは黙るしかなかった。

 

「ただ、この方法は倫理的に色々あるからな。話すか話さんかは任せるわ」

 

「分かった」

 

 すっかり落ち着きを取り戻したシロエはアカツキからものすごい勢いを距離を取り、何事も無かったかのように椅子に座り直して仕事を再開する。その精神性こそがシロエのおかしなところだと言いたかったナオキだが、アカツキの前で主人を悪く言うのもあれなために『<クレセントムーン>の手伝い行ってくるわ』と言い残して部屋を後にした。

 

***

 

 <クレセントムーン>の1号店がある大通りの近道として路地を歩いていたナオキだが、前方に男性<冒険者>1人を片手で引き摺りながらクレセントバーガーが入った箱をもう片方の手で持って歩くソウジロウが居た。

 

「ソウジロウー、なにしてんの? こんな所で」

 

「ナオキ! いやー、この人が補充分を泥棒したので捕まえたところです」

 

「ふーん」

 

 事情を聴いたナオキが冷たい目で件の泥棒を見下ろす。レベルはもうすぐ90になる頃合の<冒険者>はその瞳に短い悲鳴を上げながら逃げようとするが、腰を抜かしているのに加えてソウジロウに首根っこを掴まれている現状にとうとう動かなくなる。

 

 どのような言い訳で取り繕っても味のある食べ物を列にも並ばず、そして金も払わず大量に盗んだ事実は変わらない。残される逃避の手段として精一杯の謝罪を行うが、『あぁ、別に謝罪はいらんわ』と言われたからには後に行われるであろう『酷い目』に戦々恐々とする<冒険者>。

 そんな彼にナオキはソウジロウが持っていた箱からクレセントバーガーを1つ抜き取ると、その<冒険者>に手渡した。

 

「今は食い。でも、食べ終えたらどうしてこんなことをしたか話しな?」

 

「良いのか?」

 

「地面に落ちたものですから。商品にはならないと思いますよ」

 

「こっちが悪いならそれは改善できることや。環境が悪いのもあがきようはある。一番良くないのは今の自分のように自棄になることやで、まずは食って。それから話してみ」

 

 想像していたことよりも何倍もマシな優しい言葉を言われて呆気にとられた<冒険者>だったが、腹の虫に我慢できずにクレセントバーガーに齧りつく。その味に驚愕しながらも事情を話そうとフガフガと聞き心地の悪い声で言うには、驚くことに『購入したクレセントバーガーの盗難』があったようであった。

 長い時間を並んで自身の金銭をもって購入して食べようとした矢先に掠め取られ、攻撃して奪い返そうにも街の中なので衛兵の攻撃対象は奪われた自分自身になってしまう。その間にも人ごみに紛れて犯人は雲隠れからの泣き寝入り。

 今回の強盗は被害を受けた<冒険者>たちで結託して行われたのだという。

 

「<ギルドホール>を持たないやつは……飯を食う時でさえ周りを警戒しなきゃいけねぇんだっ! 誰も信用なんて出来ねぇよ!」

 

「宿屋はどないや? あそこは<ゾーン>設定されてたやろ?」

 

「それは……思いつかなかった」

 

 ナオキの言う『仕様』にハッとした<冒険者>が項垂れる。ただ、久方ぶりの味のある食べ物を前にそんな考えを思いつく方がおかしいため、彼の言う事を『貴重な意見』として脳内のメモ帳に記載したナオキはソウジロウと彼を連れながら<クレセントムーン>の1号店へと足を運ぶ。

 <クレセントムーン>の目立つ看板が見えるぐらいまで近づくと、なにやら騒ぎが起こっていたためにナオキとソウジロウは割と大きめの声で近くに居たにゃん太に声を掛けた。

 

「ご隠居ー、どないしたん?」

 

「にゃん太老子、戻りました」

 

「ナオキち。ソウジっちも流石ですにゃぁ」

 

 挨拶を交わしつつ事情を話すにゃん太が言うには、店内の物を奪おうとする<冒険者>も居たらしい。その<冒険者>も無事に確保することに成功したが、その際に店の在庫であったクレセントバーガーのいくつかが地面に落ちてしまって客を一旦待たせてソウジロウが追っていた追加分を待っていたのだとか。

 

「にゃん太老子、すいません。これ、ほとんど地面に落ちてしまって……」

 

「ふむ……。それではお客様にお売りするわけにはいきませんにゃ」

 

 廃棄品が大量に出てくるのは痛いが、既に作戦は金貨を集める次の段階へ移行している。そしてなにより、店の信用を無くすわけにはいかないとにゃん太は客である<冒険者>たちに騒ぎの謝罪と地面に落ちた旨と追加分がすぐに納品される旨を報告。自身もすぐさま調理に戻ろうとしたところに1人の<冒険者>が『地面に落ちた者でも良いから売ってくれ』と言い出した。

 

「おいおいおい!」

 

「何抜け駆けしてんだよ!」

 

「客に売れないってどういうことだよ! 捨てんのか!?」

 

「ふざけんな! 捨てるんだったらくれよ!」

 

「大体お前等、ズルいんだよ!」

 

 その一言によって燻っていた火が一気に燃え上がる。今までの不満が一気に<クレセントムーン>へ向けられたことで、その妬みや嫉みをモロに受けてしまったマリエールなどの女性の従業員たちは委縮して動けずにいた。

 彼女たちが動けないことを良いことに憎悪の火は我儘に燃え広がっていく。本人もそれが何を意味するのか分かっていないのか、まるで<クレセントムーン>の出現がさらなる<アキバの街>の混乱をもたらしただの、このような状況で味のある食べ物を独占するのは人間ではないだの、挙句の果てには無料でその秘密を教えろだのと言いたい放題である。

 

 そんな中──。

 

「≪武士の挑戦≫」

 

 刀同士を擦り合わせたことで生じた金属音に全員がソウジロウに釘付けとなる。<武士>(サムライ)の特技の上手い使い方に隣で見ていたナオキは口笛を吹くが、次の瞬間に足先が底冷えするような怒気を持って騒ぎの中に冷や水を1つ。

 

「自分ら、<クレセントムーン>潰す気か?」

 

「なっ! なんでそうなるんだよ!」

 

「ほんなら、現実で地面に落ちたもん売ったらどうなるか分かるやろうがっ!」

 

 実際問題、地面に落ちた食べ物を売った場合はどうなるのか。即座に広大なネットにその情報が拡散され、店名と販売した人物が『正義の味方』によって特定され、抗議の電話が殺到。やがてはその企業の信頼が株価という形で落ち込んでいく。

 もちろんだがこれは現実世界の話だ。<エルダー・テイル>では関係がない。そう言った反論は出てきたが、ナオキは続けて新たな冷や水を火の中にぶち込んだ。

 

「そんなに<大災害>のこと知ってるんか。なら、教えてくれや。地面に落ちたことで"絶対に"腹壊さんのか? 店はあんたらの言う"たった1つの"食中毒で終わるんやで?」

 

 その言葉に全員が押し黙る。<大災害>と仰々しい名前は付いたものの、何が変わってどんなことになるのか彼らは一切知らないからだ。

 もしかしたら<冒険者>の肉体は胃も強いのかもしれない。包み紙があるから地面に落ちても大丈夫かもしれない。もしかしたら偶然腹が痛まないかもしれない。そう、全てが『かもしれない』のだ。

 そして、仮にも地面に落ちたもので食中毒が起こった場合。そこから生じる流言は悪い方向に留まることを知らないだろう。

 

 そこまでいってようやく事態は多少鎮静化する。だが、多少なので未だに<冒険者>たちの目は敵を見るように厳しかった。

 ただ、ここまでが言わば防御。これからは攻撃で、その先端を担うのが──。

 

「ボク、<暗殺者>(アサシン)なんやけどなぁ」

 

「まぁまぁ、ボクは前衛バカだから頼りにしてますってことで」

 

 文句を言いながら後ろに下がったナオキとは反対にソウジロウが前に出る。<西風の旅団>としての経歴や彼の茶会、ギルドマスターとしての名声を追い風とした説得に全員が話だけでも聞く姿勢となったために後のことは任せようと未だにギャーギャー喚く<冒険者>たちの言い分を聞きながら<クレセントムーン>に戻ろうとする。

 

「じゃあ、説明してくれよ!」

 

「そ、そうだよ! 俺たちにも協力できるかもしれねぇし!」

 

(ここで金貨500万枚って言ったらどうなるんやろ)

 

 後ろの方でいかにも協力出来そうな味方っぽく言う奴らが居るが、ナオキはまるで『火災報知器押したらどうなるだろう』と考える子供のようなことを思っていた。

 考えられるのは『あっ』とか『ッスゥー。なんでもない』とはぐらかす。『なんでそんなに必要なんだよ』と怒りながらさらに情報を引き出そうと聞いて来る。『バカじゃねぇの』という純粋な罵倒。これぐらいだろうか。

 

 そういう輩に詳しく言ってもカンパなどしないというのがナオキの認識である。少額のカンパなら万に一つぐらいあり得るかもしれないが、装備を売ってまで協力する剛の者は絶対に居ないだろう。

 説明するだけ無駄だと思いながらエプロンを装備しようとしたナオキ。しかし、とあるビルの屋上からソウジロウに視線を向けている3人組の姿に気付く。

 

<暗殺者>(アサシン)か?)

 

 <暗殺者>(アサシン)は剣や短剣などといった近接武器だけではなく、<黒剣騎士団>の見張りのようにボウガンや弓を使った遠距離武器も使うことが出来る。街での攻撃は衛兵の処罰対象とはなるが、逆を言えば『処罰になっても構わない』と考えるぐらいの覚悟があればノーリスクな行為だ。

 ここで狙撃されるのは余計な混乱を生む原因となるため、ナオキは即座にビル前まで走ってビルの外壁に手を掛けると出っ張りを頼りによじ登り始める。

 

「うわ、想像してたけどほんまに出来た。これ、ダンジョンとかでも活用出来そうやな」

 

 ポリゴン調であった<エルダー・テイル>時代では一部しか出来なかった登攀だが、全てが本物な<大災害>後ではその制限は無くなっているらしい。<パルムの深き場所>で足場の悪い場所をジャンプで渡ったり、登ったりとSA〇UKばりにアグレッシブに動いていた時から推測していたが、やはり推測が当たるのは気持ちが良いものだ。

 新たな知見を得られてご機嫌なナオキはスイスイと壁を登って行っていき、そろそろ屋上に手がかかる頃合で背後から<冒険者>たちが説明を求める声に負けじと叫ぶソウジロウの声が聞こえた。

 

「ボクも! 詳しくは知りませんっ!」

 

「台無しやん!」

 

 手に平を返されたというべきか、梯子を外されたというべきか。あそこまでお膳立てをしたのにも関わらず、残念な返答しか出来ないソウジロウにナオキはビルの外壁を登りながらつい大声でツッコんでしまう。

 しかし、なんであろうと『ながら行動』は危険行為に変わりはなかった。外壁の出っ張りに足を掛けたと思ったナオキが身体を引き上げようとすると、しっかり出っ張りに固定したと思っていた足が一気にずり落ちる。

 

「うおっ!」

 

『あぶねぇ!』

 

 危うく滑落しかけたナオキの左右の腕を上から2人の<冒険者>が掴む。その状態から引き揚げられ、ビルの屋上に倒れ込んだナオキは呼吸を整えながら先ほどの<冒険者>たちに助けてくれたことに感謝しながら顔を見上げると──。

 

「あー、どうもおおき……に?」

 

「おい、大丈夫……か?」

 

「何してたんだよ、あんな所……で?」

 

『あっ』

 

 装備は異なっているが、見知った顔に見知った名前にナオキを含めた3人は同じような声をあげる。その声にローブを纏った背の低い<冒険者>が苛立ちを隠さないまま近づいて来ると、声からして彼女も『あっ』と言いながらナオキの方に指を指してきた。

 

「西風のナオキ?」

 

「あ、どうも。ナオキや。それよりもコーザにパッシータ、ここで何しとるんや? 事と次第によっては……」

 

 謎の<冒険者>はさておき、イサミとサラへの婦女暴行かつナオキが死ぬ原因となった2人に短刀を抜いて構えた。衛兵が出てくるだろうが、今は説得体勢に入っているソウジロウに攻撃させないことが先決だと彼はコーザとパッシータの行動を見張る。

 

「ナオキさん、そんな変なことしようとしてませんよ!」

 

「そうっす! むしろ、ソウジロウさんを助けようと!」

 

(……さん?)

 

 そんなナオキの行動に手を左右に振りながら交戦の意思を否定した2人は何故かナオキやソウジロウのことをさん付けにしながら事情を話し出す。ただ、事情を聞いても『助けたい』という抽象的なことばかりしか言ってこない2人に対してピンと来なかったナオキがどうしたものかと眉間に皴を寄せると、先程のローブの<冒険者>がコーザとパッシータの説明を補強してくれた。

 

 彼女の名前はマグス。ナオキがいない間に<西風の旅団>に<ハーメルン>やPK(プレイヤーキラー)専門の<ギルド>を扇動して喧嘩を吹っ掛けた首謀者で、後に裏切られてソウジロウに許してもらったあのマグスらしい。姿が変わっているのは去り際、くりのんが<ギルドホール>からパチ……必要と判断して持ってきていたらしい<外観再決定ポーション>をもらってリアルと同じにしたのだとか。

 

「あー、男にしとったクチか。大変やったやろ、女があの2人と同じような真似は」

 

「おい!」

 

「聞こえてるぞ!」

 

「いやー、うん。多少は……」

 

『マグスァ!』

 

 軽い雑談で多少和ませたが、話を詳しく聞く限りでは本当に現状をなんとかしようとしたらしい。

 

 ソウジロウは人を動かすことに向いていない。<西風の旅団>やその下部組織でもソウジロウという偶像(アイドル)が居るからこそ自主的に。それこそナオキやナズナが職業やレベルを考慮した編成をしなければならないほど動いてくれるのであって、ソウジロウが主体でメンバーを編成をしてカチコミを掛けるのはたまにある程度だ。

 それに編成されたメンバーの大半の目的はソウジロウなため、彼の指示には基本的には忠実。あっても分かりにくい指示をもう少し分かりやすくなるよう説明を求めるぐらいなので、現状のような不満が募った暴徒一歩前の<冒険者>たちの制御など彼が出来るわけも無かった。

 

「今のような状況だと、ソージロー君の優しさに不満を被せてくるしかしないよ」

 

「特に女の子の不満は無自覚によく聞く奴やからな。なんや自分、最近ソウジロウのこと知った割には詳しいやんか」

 

「まぁ……ね。一時期はこの世界をゲームだと思ってたし、ソージロー君には<ギルド>なんてしがらみを止めてもらってゲームの中でのびのび遊んで欲しかったからね。だから、"色々"調べたんだよ」

 

 その『色々』がなんなのか。まるでストーカーのようだとナオキは言いたかったが、彼女の前ではおっかなくて言い出せずにいた。

 そんな邂逅を実現した彼らだったが、地上の方ではソウジロウに向けての憎悪は留まることを知らない。誰かが苛立たし気に投石を行うが、流石はレベル90の<武士>(サムライ)。事もなく受け止めつつ、衛兵の心配をするソウジロウ。些かあの場を離れるタイミングが早かったことを反省したナオキがジャンプして現場にヒーロー着地をしようとするが、ナオキの横に立つマグスが何かを言いかけようと口をパクパクさせているのを見て踏みとどまった。

 

「マグスやったっけ? いけんのか?」

 

「分からない。人が怖いんだ」

 

 彼女──マグスは最初こそこの世界をゲームの延長だと思っていた。

 いや、『思わざるを得なかった』といった方が正しい。<冒険者>という『壁』を作り、本当の自分を見られず、曝け出さずに済む世界。それこそがマグスの<エルダー・テイル>であった。

 しかし、<大災害>後にそれが呆気なく壊された。閉じこもっていた壁が無理やり壊された彼女はゲームの世界だと自信を欺くことでこの<大災害>を乗り越えようとしたが、ソウジロウによって無理やり現実だと認識させられたために彼女は未だ『他人の気持ち』というものが酷く怖かったのだ。

 

「おい、本当に大丈夫かよ」

 

「ナオキさんに任せた方が良くないか?」

 

 後ろに控えるコーザとパッシータ。この<大災害>で出来た唯一の『友達』が心配してくる。彼らの言う通り、横に居るナオキに任せればうまい具合にやってくれるだろう。それが一番の政界で後腐れもないことだとマグスは頭の中でそう結論付けた。

 

 しかし──。だからこそ彼女は後ずさっていた足を一歩、前に踏み出した。

 

「ソージロー君から言われたんだ。"今の<エルダー・テイル>に影響を与えるほどの力を自分が一歩踏み出す勇気に変えて欲しい"って」

 

「そっか、じゃあその勇気見せてみ。僕も微力ながら手伝……いや、お互い利用し合おうや。その方がえぇやろ?」

 

「あ、あぁ。分かった」

 

 未だ人付き合いや人の真意を察するのが苦手中の苦手なマグスにとって、手伝いという押し付けがましい言葉から後腐れがない利用という言葉に言い直したナオキに目を丸くする。

 

 <西風の旅団>の相談役。コーザやパッシータを介した情報収集によれば、<西風の旅団>に居つつもギルドマスターに靡かないことからリアルではそのままの男。または風変わりな女。<ギルド>に籍を置いているだけ。等々、人によって様々な情報が出てくる謎の人物だ。

 最初はその正体が不定形な化け物のようだとと思っていたマグスだったが、いざそこから1歩踏み込んで調べてみると『言うべき所は言うけど、ノリが良い奴』ということが分かった。

 

 後ろからポンと肩を叩かれる衝撃が何故か心強い。たしかに1歩踏み込んだことで手に入れた噂は本物だとマグスは人知れず笑みを浮かべると、外の世界に向けて大きな産声を上げた。




怨念が籠った指輪はオリジナルアイテムです。
ぶっちゃけ、このぐらいしか冒険者への究極の罰といえるものがないので…無理やりつくりました。
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