西風の相談役   作:マジックテープ財布

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18話:説明 / 濡羽

 マグスから放たれた暴言染みた言葉は結果的に大勢の<冒険者>たちを未知への探求に向かわせることが出来た。……いや、些か上手く行き過ぎたかもしれない。

 理由はそう難しくない、ナオキが<冒険者>たちを掻き回したからだ。

 彼が動いた琴線は何だったか。たしかマグスが『味の秘密を知っている』というハッタリをかました途端、<冒険者>たちから『独占するな』だの『教えろ、人でなし』だのと大ブーイングが起こった時だった気がする。

 

「降りてこい! 卑怯者!」

 

「おー! 今から下に行ったるわ! 周囲のやつはそいつが逃げんように見張っといてんか!」

 

 予め≪ハイディングエントリー≫で姿を隠していたナオキは、1人の<冒険者>の売り言葉に怯んだマグスの背後から姿を現すと叫ぶ。

 人間、突然のことになると思考が真っ白になるし、その状態で何かを頼まれると碌に考えられないことから二つ返事が多くなる。『降りてこい』と啖呵を切った<冒険者>の周囲の目が一層厳しくなる中、ナオキはマグスに『ちょっと下に行ってくるわ』と言うとその場から飛び降りる。

 途中の出っ張りを蹴りながら90レベルの身体能力で強引に着地したナオキは周囲に囲まれた状態で居心地の悪そうな<冒険者>に相対すると、開口一番『ほれ、来たで』と煽りにしか聞こえない口調で話し出す。

 

「これでボクと自分は対等や。他にも聞いてんで? 独占するな? 教えろ? 人でなし? 言ってきた奴覚えとるから前に出ぇな。ほら、そこに居る自分とそこで目線泳いどる自分と……逃げんでえぇやん」

 

 マグスもマグスだったが、ソウジロウの時から言ってきた暴言の数々を言ってきた<冒険者>を指差していくナオキ。中には突然名指しとなったことで怖くなって逃げだしたのも居たが、大抵はその場の『何も言わなかっただけの正義マン』が取り押さえてくれた。

 

「なんだよ。実際にお前らが味のある食べ物の作り方を秘密にしているからだろうが」

 

「まぁまぁ、落ち着き。ご隠居ー、ブラックローズティーをここに居る全員に奢ってあげて。ボクからの奢りや」

 

「なんとまぁ、太っ腹なことですにゃぁ」

 

 行動が早いにゃん太が居たおかげで今居る<冒険者>たちにブラックローズティーが振舞われる。その温かさと味に一旦怒りを忘れた彼らだったが、落ち着きを取り戻した反動でとんでもないことを言い張っていたを今更自覚し始めた。

 今まで情報サイトなどで<妖精の輪>(フェアリーリング)の転移先や各職業の特技、現在のレベルで安定してモンスターを狩れる狩場などを把握していた彼らにとって情報とはそこら辺のサイトに転がっているものを自分の力で回収するようなことであった。その認識は大災害を経ても変わることはなく、今回もまた情報を無償で手に入れて自身の力にしようという考えが多少彼らの中にあったのは事実だ。

 その自覚症状を何とか和らげようと、暴言を吐いた<冒険者>は隣に居るナオキに小さく呟く。

 

「あの……なんかすみません」

 

「俺も。人でなしとか言ってすみません」

 

「腹が減ったらイライラするからな、しゃあないわ。それに情報を無料は情報サイトの弊害やろなぁ」

 

 ブラックローズティーを飲みながらの会話。『しゃーない、しゃーない』と両隣で落ち込む<冒険者>の肩を叩くナオキに姿にかなり毒気が抜かれた彼らは次々と反省の言葉を口にする。

 

 情報が無料。それは一種の間違いであった。統括された情報サイトであれ、個人や<ギルド>が運営しているサイトに掲載された攻略情報であれ、多数の『善意』によって『無償』で提供されている。

 そのため、こういったことは秘匿されている方が正義なのだ。それで他人が有利に立とうとも『自分が知らないのだから仕方がない』わけで、そこから先は『他人に代価を支払って教えてもらう』か、『自分がそれを知るために我武者羅に動き回る』の2択となる。

 

 ようやく落ち着きを取り戻し始めた群衆。彼、彼女たちに視線を巡らせたナオキは今一度大きな声で話し出した。

 

「教えるのは吝かやないけどな。この世界に法はない。やから、一部……ほんの一部が"悪いこと"をしただけで今以上の混乱が起こるで」

 

「あんたがさっき言ってた食中毒のことか?」

 

「それもや。例えばやけど、同じようなレシピで調理をして元祖を謳ってみ? どれが元祖かっちゅーくだらんことで混乱起こるで」

 

 心底くだらなさそうに例を出すナオキだったが、ラーメン屋によくありがちなことを例にしたのがいけなかったのだろう。周囲の反応はあまりよくなかった。

 なので、具体的に<クレセントムーン>のレシピが広まった場合のことをナオキの推測込みで話し出す。

 

 なんやかんやあって<クレセントムーン>の味が再現出来たと仮定しよう。最初こそ自分や周囲を満足させればそれで良いだろうが、人間というものは欲にまみれた生き物だ。いずれそれで商売が出来ると思うのは自然な流れだ。

 そして準備をして実践する際にふと考える。なにをするのが一番手っ取り早く儲けを出せるだろうか。

 

 その答えが勝手に暖簾分けだ。勝手に<クレセントムーン>の名前を借りればネームバリューも重なって大儲けが出来る。さらに、<アキバの街>とは異なる街で売り出せば今の状況的にバレるリスクも少ない。

 そんなことをナオキが言うと、周囲から『犯罪では?』と少なくない声が返ってきた。

 

「なんでなん? そういう法がここにあるん? 衛兵に殺されたりするん?」

 

「いや……そういうのはないけど……道徳とか……」

 

「バレたら問題になるけど、それだけやん。こっちでどうしようもなくなったら、他のプレイヤータウンに逃げればえぇし。それさえ出来れば念話は面倒やけど、大体の人間関係はリセットやで?」

 

「いや、そんな犯罪者みたいな……」

 

「今の<アキバの街>がそれになりかけやねんで。道徳的にヤバいと思っていても、やったもの勝ちが今の状況やで」

 

 疑問を投げかけ、<冒険者>たちに答えさせて認識させたうえで本題を言う。そうすることで全員が同じ認識を持たせることに成功したナオキは、引き続いて今の問題点を訥々と話しながらそれを解決する手段を講じている最中だと複数の<ギルド>による合議制の統治という話を抜きにして説明する。

 そうすると、当然だが反対意見が聞こえてくる。ただ気にくわないだけだったり、『良い案がある』と豪語したりと理由は様々だったが、その良い案を持ってきてくれた彼らに向けてナオキは自身の膝を強く叩きながら機嫌良さげに話し出す。

 

「よっしゃ。じゃあ、聞かせてみ? あ、良ければうちの参謀にも紹介するさかい、会って話してみんか?」

 

『うぇ!?』

 

 ナオキとしては善意100%。加えて信頼できる奴なら取り込んでも無駄にはならないという程度の認識であった。

 しかし、相手からしてみればまるで圧迫面接。気にくわないだけのつまらない感情で動いていた<冒険者>たちは『結構です』と足早に広場から走り去っていき、それでも持論を展開する剛の者たちは周囲からの『その計画、穴空きすぎだろ』という品評会によって即座に撃沈していく。

 

 そんな少々上手く行き過ぎた状況を見据えるソウジロウとにゃん太はもう安心だと早々に観戦モードへ入っていた。

 

「相変わらず味方を作るのが上手いですにゃぁ」

 

「あ、あれは味方じゃ……な、ない。た、た、ただ、後ろから攻撃してくるやつをへ、減らしてるだけ……だ」

 

「あ、マグスさん。先ほどはありがとうございました」

 

「ひゅいっ!」

 

 ナオキが引きつけてくれたおかげで無事にビルから脱出することが出来たマグス。ナオキと<冒険者>たちのやり取りを見ていたにゃん太とソウジロウの会話に自然に混ざろうとしたものの、持ち前の引っ込み思案が炸裂し、そのまま真正面でソウジロウという名の劇物を食らったおかげで見事に撃沈した彼女は顔を真っ赤にさせながらコーザに肩を借りるという無様を晒す。

 

 ただ、このまま無様を晒すわけにはいかないと思ったのだろう。コーザの足を蹴りながら1人でなんとか立ったマグスはフードを目深に被り、『じゃ』と早口でその場を去ろうとする。

 

「おいゴルァ。失礼するんじゃねぇ、ちゃんと見てもらえぇ!」

 

「ソウジロウさん、どうですか? この娘っ子!」

 

「すっごく可愛らしいと思いますよ」

 

 女性らしいファッションに身を包んだマグスにソウジロウの無自覚な攻撃が刺さる。羞恥と嬉しさなどが一緒くたになった感情を『あ”ぁ”ー!』という奇声で発散するマグスであったが、同タイミングで座談会みたいなことをこなして来たナオキが帰って来る。

 

「ふー、疲れた。あれ、ソウジロウがまた女の子引っ掛けとるわってマグスか。なんや、可愛えぇ恰好やんか。ずっとそれでえぇんやない?」

 

「な、ナオキさん、お疲れ様ーっす!」

 

「あー、自分らまだ居ったんか。ボクは別にえぇけど、手を出した子らには謝っとくんやで」

 

「あ、イサミって子には謝りました。許されませんでしたけど」

 

 コーザとパッシータがなにやら舎弟のような挨拶をすると、ナオキはちょうど<クレセントムーン>で働いているイサミとサラに謝っていくように誘導する。

 しかし、この期に及んで彼らはまだ<大地人>をその辺に居るNPCと思っていた。いや、コーザとパッシータの思想が今の『普通』なのだとようやく理解したナオキは、ひとまず目の前の3人の思想から矯正しようと近くに座るよう促す。

 

「どうせ、<大地人>はNPCって考えとると思うけどな? コーザ、ゲームであんな表情とかセリフのパターンあったか?」

 

「ナイデス」

 

 <クレセントムーン>の店頭にて笑顔で接客するサラや、クレセントバーガーを夢中で食べる<大地人>を親指で差しながらの質問にコーザはバツが悪そうに答える。

 

「パッシータ、触感はゲームにあったか?」

 

「ナカッタデス」

 

 実際に素肌に触ったパッシータがビクつきながら答える。ちょっとナオキの圧が強いのは彼の『正義(ジャスティス)に触れた』ゆえにご愛敬だ。

 

「マグス、こいつら以外に無理やり暴行されたらどう思う。一応言っとくけど、ナズナからお前が言うとったことは確認しとるからな」

 

「い、嫌……デス」

 

 先程向けられた悪意たっぷりの視線を思い出し、人間マナーモードのようなガクつきを見せるマグス。かなり厳しい言い方となったが、これだけ言えば<大地人>をNPCと思って軽はずみな行動や人権侵害も甚だしい行動はしないだろうということでナオキは改めて<クレセントムーン>を指差した。

 

「ヨチヨチ歩きの赤ん坊やないねんから、そこまで分かっとるならやることは分かるや……なんや、こんな時に」

 

 俯いてしょんぼりするマグスたちに対しての説教をそろそろ切り上げようとした矢先、ナオキの耳に念話の音が鳴り響く。念話先は<三日月同盟>の飛燕からで、彼の性格をよく知っていたナオキは『あのサボり魔が何の用や』と疑問を持ちながら念話の許可を押す。

 

「飛燕か? どないした」

 

「ナオキさん、1号店から緊急連絡っす! 小竜がマリエさんにちょっかい出した不審者を発見、そのまま追いかけてます!」

 

「は? 何言うとるんや、小竜が不審者を?」

 

 突然のことに少々混乱しながら話を聞こうとするナオキ。しかし、念話先ではかなりの速度で走っているのか荒々しい息遣いが聞こえてくるばかりであった。

 この状況では碌な聞き取りも出来ないとソウジロウやにゃん太に事情を説明しながらどう動こうかと頭を悩ませていると、マグスやコーザたちがナオキを呼びながらビルとビルの間を指差した。

 

「その小竜ってやつ。あれじゃないっすかね、誰かを追いかけてるし」

 

「もう片方のローブは見るからに高性能っぽそうだな」

 

「あ、向こうに行った」

 

 気付いたナオキがその方向を見たが、既にどこかへ行ったようだ。本来ならば<三日月同盟>の問題に首を突っ込むべきではなく、飛燕の要請も『そっちで勝手に処理して』と言える立場だ。

 しかし、この騒動が作戦自体を揺るがしかねない可能性も孕んでいるためにどうしようかと悩んでいると、ソウジロウがナオキの背中を叩く。

 

「行って来てください。先ほどのこともあるから、もうこの場にナオキは必要ないです」

 

「そうだにゃ。シロエちには吾輩から話を通しておくにゃぁ」

 

 ギルドマスターからの出撃許可に加え、既に念話の体勢に入っているにゃん太。

 たしかに先ほどの騒動が嘘のように皆が行儀よく並んでいるので自身の出る幕がないことを悟ったナオキは、小竜と思われる人影を追いかけるためにその場から飛び跳ねた。

 

「街の中だと戦闘行為は無理。そうなると……、街の外か」

 

 街中での戦闘行為は処罰の対象となる。その脅威をよく知っているナオキは方向から出て行った門を推測し、飛燕から追加で情報を聞き取ろうと走りながら念話を繋げようとする。

 ただ、どうやらナオキの足の方が速かったようだ。飛燕からの応答がないままナオキが東門を走り抜けると、そこにはボロボロになった小竜の視界外から槍を突き刺そうとする狼牙族の青年の姿があった。

 小竜のHPは全体の1割ぐらい。その青年の攻撃を食らってしまえば確実に小竜は死んでしまう。

 

 その瞬間。ナオキの頭の中では<三日月同盟>がどうとか、<ギルド>間の問題がどうとかというデリケートな話は吹っ飛んでしまった。

 

「≪ガストステップ≫」

 

 <暗殺者>(アサシン)の特技を発動させ、一瞬の内に青年の眼前までたどり着く。いきなり目の前に現れた男の存在に面食らった青年は驚きの声を上げながら距離を取ろうとするが、ナオキはさらに《クイックアサルト》で彼に向かって突進を行う。

 明らかに<冒険者>との戦闘に特化した動き方に青年は迎撃態勢を取るという考えがすっぽり抜け、衝動的に槍を前に突き出してしまう。しかし、そんな狼狽えた状態の槍がまともに刺さるわけもなく、あっさりと懐に入ったナオキの拳が青年の顔面に叩きつけられ、その衝撃で彼は槍を手放してしまう。

 

「ちょ、待て! 待って! 待ってください!」

 

「聞く耳持たんな。《アサシ》……」

 

「あんた、"お嬢"が言ってたナオキだろ!?」

 

「なに?」

 

 鼻血を流しながら倒れる青年目掛けて《アサシネイト》で一気に片付けようとしたナオキだったが、彼の発した『お嬢』という言葉と自分を知っているような言い方に手が止まる。一応、騙し討ちのことも考えて怪しい行動をしたら即座に始末できるように警戒をしつつ、『お嬢』をはじめとした詳しい事情を話すように促す。

 すると、話を聞いていく内にナオキの知っている人物の名前が浮上してきた。

 

「お前、"濡羽"の知り合いか」

 

「そうだよ。今回は僕の用事のついでに<アキバの街>の状況とかお嬢の気になってる人の近況を見に来ただけ。その1人があんたってわけ」

 

 ペラペラと喋る青年──玲央人(れおと)の言葉が100%真実だとは毛ほども考えてはいないが、昔に知り合った者の無事と様子にナオキの声は明るかった。

 

 濡羽(ぬれは)。一時期パーティを組んでいた女性と思われる<冒険者>である。シロエと同じ<付与術師>(エンチャンター)の上澄み中の上澄みともいえるその腕はパーティに入れば格段の狩りの成果を上げ、そこにシロエも混ざればかなりの戦力差を容易く覆せるほどであった。

 そんな彼女だが、かなりの頻度で男を誘惑するような言動が見られるという欠点があった。そのために当時、不定期ながらパーティを組んでいたナオキとシロエは『そんな自分を安売りするのはあかん(ダメだよ)』と彼女を叱りつけ、時間がある時には一緒に話をしたりなど割と良好な付き合いをしていた。

 

 ただ、その頃はシロエも根無し草スタイルだったために『そろそろ別のパーティにお邪魔するよ』と去って行き、ナオキもナオキで職業と現実との乖離に悩んでいた時期だったためにかなり不定期でログインするというプチ引退気味であった。

 そしていつしか彼女のことは記憶の奥底に仕舞い込まれ、今に至るというわけだ。

 

「そういうんやったら念話ぐらい……って。そうや、確かあの頃急にログイン出来んくなって<フレンドリスト>に登録してへんかった」

 

「お嬢、悲しんでたよー。嫌いになったんじゃないかって」

 

「そこは申し訳ないって謝っといて。そんで、<三日月同盟>のやつが自分の目的やろ? 次はそれを話してくれんか?」

 

「えー、そこも話さないと……。ワカリマシタ、ハナシマス」

 

 先程の申し訳なさそうな顔から一転。表情が抜け落ちたような顔で短刀を首に付きつけるナオキに顔面を蒼白にさせた玲央人は<三日月同盟>に仕出かしたことを訥々と語り出す。

 

 彼の仕出かしたことはなんというべきか。凄まじかった。

 まずは玲央人の立ち位置だが、どうやらマリエールの幼馴染であるらしい。しかし、<三日月同盟>を作ってからはそれにかまけっきりで自分を見てもらえなくなったため、この騒動を機にとある伝手で偽装した秘宝級の呪いの指輪を送ったのだとか。

 結果的にその呪いはとある回復アイテムの在庫があったためにマリエールは難を逃れたらしいが、『大災害』というフィルターで見ればとんでもないことであった。

 他にも大災害直後に初心者を<大神殿>送りにしたという悪行もあったが、ナオキは裁判官でもないのでとりあえずは注意で留めることにした。

 

「まぁ、大事にならなくて良かったわ。だけどな、いくら死ぬのが当たり前やからってそれは殺人やぞ。安易にするべきやない」

 

「へーい」

 

 チャラいだけなのか、精神年齢が低いだけなのか。聞いているのかも分からないような返事をした玲央人は<鋼尾翼竜>(ワイヴァーン)を召喚する。後ろで小竜が何かを叫んではいるが、周囲を取り囲んでいた<三日月同盟>の面々に小竜を拘束するよう指示したナオキは<マジックバッグ>から紙袋を取り出して玲央人に渡した。

 

「これ帰って濡羽と食うて。あと、よろしく言っといてな」

 

「え、これクレセントバーガー? 良いの?」

 

「ボクの今日の飯や。3個あるから1個はちゃんと濡羽に渡せな?」

 

 念押ししてから『はよ行け』とジェスチャーするナオキに、玲央人は気軽な挨拶をしながら<鋼尾翼竜>(ワイヴァーン)を飛び立たせる。そうして彼の姿が完全に消えるまでナオキが見送っていると、後ろの方で小竜の叫び声が聞こえてきた。

 

「ナオキさんっ! なんで逃がすんですか! あいつには聞きたいことが山ほどあったのに!」

 

「それは小竜が死んでまで聞くことか? それともお前以外の命も犠牲にしてまで聞くことか?」

 

 怒髪天を突く勢いでナオキに食って掛かる小竜に対し、ナオキは冷静な言葉で返しながら改めて周囲を見るように伝える。そこには心配そうに小竜を見つめる<三日月同盟>の男性陣から既に泣き出しそうな勢いの女性陣が彼らを取り囲んでおり、その光景に小竜の頭は一気に冷える。

 

「この馬鹿野郎! なんで逃げなかった!」

 

「だって……マリエさんが……」

 

「マリエールさんのことが大事なんは分かったけど、そんなことで死なれてあの人が"うちの仇取ってくれてありがとな、小竜"って言うと思うか? ……なんでもないわ」

 

 場を和ませようと似てない声真似をするが、どうやら空気が読めていなかったらしい。なんの返しも無かったことにナオキは咳払いをしながら『無事で良かったわ』と言うと、小竜たちを放って元来た道を戻っていく。──別に居た堪れなさに逃げたわけではない、店番をするための転進である。

 

***

 

<クレセントムーン>を開店して9日目の深夜。<西風の旅団>の<ギルドホール>内では一種の宴会のようなことが行われていた。

 

「皆お疲れさん。これにて<クレセントムーン>の手伝いは終了や」

 

『お疲れ様でーす!』

 

 カップを隣同士で激しくぶつけながら勢いよく飲み下していく野武士──否、女性たち。ただ、しばらくすると『水道水だこれ!』と笑いながらクレセントバーガーに食らいついていく。

 彼女たちがそんなテンションになっていたのは、本日付けで<三日月同盟>が開いていた<クレセントムーン>の手伝いが終わったことと、もう一つ。いよいよ明日、味のある食べ物の作り方を<西風の旅団>限定でサラに説明してもらうことをナオキが約束したからだ。

 

 その代償としてソウジロウの許可が出るまで<ギルドホール>に缶詰め状態になるかつ、<西風の旅団>以外の者に味のある食べ物の作り方のことを流布することの禁止を命じられたが、味のある食べ物への渇望がピークにまで高まった彼女たちにとって些事であった。

 

「あの旦那様、本当に私なんかが<冒険者>様に教えられるのでしょうか?」

 

「セララ……。あのちっこい子にレシピもろたやろ? その通りに作れば大丈夫やで」

 

 乱痴気騒ぎをしている彼女たちの期待に応えられるのか不安げなサラであったが、ナオキは事前に彼女に渡したレシピを思い出しながら安心させる。そのレシピを書いたのはたしかにセララだが、考えたのは全てにゃん太やギーロフやニンジン、そしてナオキといった<クレセントムーン>の調理に携わった面々なため、メシマズにありがちなレシピに独自的なアレンジを加えるような反骨精神さえ無ければ何も問題はない。

 

「あ~、明日の会議ダルいなぁ。ナオキ~、代わりに出てくれない?」

 

「ボクは別のことするから無理や。それに<ギルド会館>で突っ立ってるだけやろうが」

 

「また別件ですか。あの強盗未遂以来店番はしてないと思いますが、ナオキってどこで何してたんですか?」

 

「明日の会議に使うあれこれの視察やら、使う物の受け取りとかやな。あ、ナズナ。明日の会議で出て行ったり参加しとらん<ギルド>居ったら報告よろしゅう」

 

「まーた面倒臭いことを……。はぁ~、分かったよ」

 

 またしても秘密の行動に謎のお願い。相変わらずの秘密主義にナズナは呆れるが、今までのことを振り返ると秘密にしなければならない『理由』がちゃんとあるので今回も同じような物だろうと判断し、ため息をついて面倒臭いと文句を言いながらも了承する。

 

「そんな心配せんとも、こんな秘密にまみれた作戦は明日で終わるわ」

 

 ナオキが自信満々に言うのならそうなのだろう。ならば、明日が最後の山場になるに違いないとソウジロウは<西風の旅団>宛てに渡された招待状を見て集合時間をしっかりと確認してから彼は一足早く就寝を果たし、それよりも早く<ギルド会館>に行かねばならないナオキも部屋を出る。

 そんなソウジロウやナオキ抜きで行われる前夜祭ともとれるこのどんちゃん騒ぎであったが、『味のある食べ物が残っていない』という非常に悲しい理由で早々にお開きになったとか。

 

***

 

 次の日。いつものように生活の糧である金貨や狩りで取得したアイテムを防犯のために<ギルド会館>にある銀行に預けに来ていた<冒険者>たちは恐れ戦いていた。

 彼らの眼前には十数名から成る<冒険者>集団が屯っていたのだが、それぞれが<アキバの街>で上位を張る戦闘系<ギルド>の長やその副官。いわば、有名な<冒険者>であった。

 

 充実した教導に豊富な知識といった強固な土台によって1543人という組織作りを可能とした< D.D.D >を束ねるギルドマスター。クラスティ。

 構成員は186人と中規模ながらも全てレベル85以上の<冒険者>というアドバンテージでヤマトサーバーの<大規模戦闘>(レイド)の最先端を駆ける<黒剣騎士団>のギルドマスター。アイザック。

 いち早く韓国サーバーへの遠征を行った実績を持ち、積極的な<大規模戦闘>(レイド)参加経験を誇る220名の構成員を有する<シルバーソード>。そのギルドマスターであるウィリアム=マサチューセッツ。

 <大規模戦闘>(レイド)における情報発信を積極的に行い、その規模も戦闘系<ギルド>では<アキバの街>2位の人数743名を誇る<ホネスティ>。そのギルドマスターのアインス。

 そして、実働数が64人と少数規模ながらもその下部組織の規模は果てしなく、常に<大規模戦闘>(レイド)の先陣争いに参加して来た<西風の旅団>。そこのギルドマスターを務めるソウジロウ=セタ。

 

 <アキバの街>を代表する5大戦闘<ギルド>が一堂に会するという非常時に一般<冒険者>たちは遠巻きに観察する中、ウィリアムはソウジロウに話しかけた。

 

「セタ、ナオキ……さんに言っとけ。うちは常に<大規模戦闘>(レイド)行ってるんだから時間に気を付けろって」

 

「あー、それはごめんなさい」

 

「おー、なんだぁ? ナオキにはさん付けとか良い子ちゃんか?」

 

「あ”っ? うるせーよ。あの人は色々相談に乗ってくれんだよ。今回もあの人とセタが声を掛けなかったらシカトしてたさ」

 

「おーおー、声かけられただけで素直に来るなんて素直じゃねぇか」

 

 血の気が多いゆえに煽るアイザックとそれを真正面から受け止めるウィリアムがメンチを切り出すが、そろそろ集合時間ということでアインスとソウジロウが宥めながらクラスティを先頭に<ギルド会館>の中に入っていく。

 

「そういえば、ナオキ君はどうしたんだい? 一応、メッセンジャーは彼だったからてっきり連れてくると思ったんだが」

 

「あいつは最近ツルんでたやつに影響されたのか、すっかり秘密主義になってねぇ。まったく、お母さん悲しいよ」

 

「あー、シロエか。あいつもとことん線引きするやつだからなぁ」

 

 クラスティの問いにナズナがおどけながら答える中、アイザックは主催者の1人である<付与術師>(エンチャンター)の姿を想起する。<付与術師>(エンチャンター)としての腕は超一流だが、人付き合い。特に<ギルド>に対してはかなりの嫌悪感を示す変わり者。

 そんな奴が今頃になって5大戦闘<ギルド>を招集する。なおかつ、この件に『気まぐれ』も首を突っ込んでいる。興味が出ないはずがない。

 

 それぞれが様々な思惑を持つ中、<ギルド会館>の最上階にある巨大な会議室。その中に現在の<アキバの街>の半数が所属している12の<ギルド>の長が揃った。




玲央人に関してはログ・ホライズン外電 HoneyMoonLogsが出典です。
なお、本作との違いはススキノ遠征の都合でマリエールの身に起きた玲央人の事件が三日月同盟だけで消化されています。
濡羽にかんしても続編で語られる可能性はありますが、現状はシロエのついでにナオキも知り合い、そのままフレンド登録せずにお互い疎遠になった風になっています。
※ぶっちゃけ、オリ展開です。すんません
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