西風の相談役   作:マジックテープ財布

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プロットがまだあるので投下します


19話:裏方

「現在の<アキバの街>の状況についてご相談とお願いがあり、お招きしました」

 

 和やか──とは言えない空気の中、会議が行われる。以前の中小<ギルド>が大手<ギルド>に対抗しようとして失敗した中小ギルド連合のようなものという誤解を早々に解いたシロエは街の雰囲気の悪化について語り出すが、その話の矢先にウィリアムが席を立つ。

 

「セタにも言ったけどな。ここは帰ってきて、アイテム換金するための場所だ。悪いが抜けさせてもらうぜ」

 

 そのまま副官たちと共に会議室から出ていったウィリアム。彼らが姿を消すと、ナズナは<フレンドリスト>からナオキの名前をタップしてこっそりと<シルバーソード>の離脱を彼に報告した。

 

【やっぱ<シルバーソード>か。あんがとさん、引き続き頼むわ】

 

【あいよ~】

 

 会議室から場面が変わり、<三日月同盟>の<ギルドホール>の厨房。そこではナオキが大量のおにぎりなどを量産しながら念話をしていた。

 本来であれば彼は<西風の旅団>所属となるので、ナズナと一緒にソウジロウについていくのが筋ではある。ただ、内容がないようなので必然的に会議が長引くことを予期して昼休憩用の弁当をこさえるためにこうして<三日月同盟>の<ギルドホール>を借りていたりするわけだ。

 また、この会議の裏で行われている<ハーメルン>に監禁された初心者<冒険者>たちの救助に不手際があれば即座に動けるように待機しているという大義名分もある。

 決してソウジロウに着いて行くのが面倒だったわけでは……多分ない。

 

 両手を高速で動かしつつも<シルバーソード>の離脱を聞いたナオキは握ったおにぎりや出汁巻き卵、からあげといった食べ物の個数を数え、慣れた手つきでウィリアムへと念話をする。呼び出し音にしばらく待っていると、彼の声がナオキの鼓膜を揺らした。

 

【ナオキさんか? あんたの手前、一応参加したけどよ。やっぱ俺たちは抜けるぜ】

 

【あー、うん。来てもろて感謝しとるわ。ところで、これから暇か? ちょっと信頼できる奴ら10人ぐらいで5階の<三日月同盟>の<ギルドホール>前に来てくれへん?】

 

【まぁ……良いけどよ。ディンクロン、プロメシュース。浮世とかのパーティリーダーを5階の<三日月同盟>の<ギルドホール>前に呼んでくれ】

 

【あ、たしかボロネーゼ親方ってサブ職<料理人>やったやんな? あいつも呼んでくれへん?】

 

【? あぁ、分かった】

 

 素直に言う事を聞いてくれたウィリアムとの念話を終えたナオキは、パーティ用に作られた3枚の大皿の上にそれぞれおにぎりとからあげと出汁巻き卵を盛って行く。分量を考えれば10人分より少々多すぎるが、味のある食べ物に飢えている彼らから見ればこれでも足りないだろう。

 

 そんな準備を行っていると、再びナズナから念話が掛かってくる。彼女曰く、<シルバーソード>以外は離脱することなく話し合いの方向に舵が取れているために離脱の心配がないことを聞いたナオキは『案外、皆<アキバの街>に思い入れあるんやな』と意外そうに応えていると、ウィリアムからの横入りの念話が表示される。

 

【お、着いたか?】

 

【あぁ、着いた。で、俺たちに何の用だ?】

 

 ナズナに引き続きの監視を頼んでから念話の相手をウィリアムに移したナオキは台車に大皿を移し、慎重な足取りで<ギルドホール>の入り口から出ていく。ギルドマスターであるウィリアムから呼ばれた面々は食べ物を大量に運んできたナオキの姿にぎょっとし、口々に『なんだ?』と誰に向かって言っているのか分からない言葉を呟きながら事態が分からずに右往左往している。

 そんな僅かな混乱の最中、<三日月同盟>とクレセントムーンの関係を噂程度で聞いていた裾の広いマントを着用した<妖術師>(ソーサラー)──プロメシュースだけがナオキが持ってきた料理を目を輝かせながら見ていた。

 

「ナオさん。これ、もしかして味のある食べ物ですか?」

 

「お、流石はプロメさん。せやで」

 

「え、じゃあナオキさん。これ、全部か?」

 

「漫画やったら"良いから食べてみてよ"っていう展開やな」

 

 プロメシュースの声に反応したディンクロンが声を震わせながら皿を指差すと、ナオキはその反応のお返しにから揚げを指したフォークを手渡した。恐る恐るから揚げを口に含んだディンクロンは口内に溜まった熱を逃がしながらしばらく咀嚼し、飲み下した後は涙声で『美味い』と感想を漏らす。

 

 その後は毎度のことながら『お察し』だ。我先にと飛びつこうとする<シルバーソード>の面々を見事に停止させたウィリアムは、自分もチラチラと食べ物を見つつではあるがお行儀良く食事をすることを指示。そのまま彼らはそれぞれのマジックバッグから敷物を用意すると、<ギルド会館>の床に座って食事を始めた。

 

「なぁ、ナオキさん。もしかして、俺たちをここに呼んだのって……」

 

「自分ら、この街を出る気やろ? その餞別や」

 

「ぐっ……ゲホッゲホッ。なんでそれを?」

 

 図星だったのか食べ物を喉に詰まらせたウィリアムに白湯を渡したナオキは『街の会議を不参加にした手前、今までのようにはいかんやろ』とまるで会議を抜けて5階に降りてくるまでにプロメシュースに言われたようなことを説明し出したため、再び咳き込むウィリアム。

 その反応にプロメシュースやディンクロン、ウィリアムに呼ばれた浮世というクレリックは『やっぱそうなるよね』と諦めにも似た反応を示した。

 

「もちろん、ボクもなんかあったら注意ぐらいはするで? するけどなぁ……」

 

「知ってるよ。ナオキさんには色々相談に乗ってもらったり、狩りやレイドを一緒にしたんだ。信頼は出来る。お前らもそうだろ?」

 

「ギルマスが一番相談に乗ってもらってるもんね~」

 

「うるせぇ」

 

 ウィリアムの言葉に食べ物を貪っていた全員は何度もうなずく。エルダーテイル歴が長いからか、ここに居る<冒険者>たちは多かれ少なかれナオキと交友関係を持っているため、彼の人と成りをよく知っているつもりだ。

 ただ、<シルバーソード>が<アキバの街>に関する重要な会議を蹴るということは仮に自治が成った際に『嫌がらせ』を受ける可能性も出てくるということだ。無論、それは可能性であって主催者のシロエの苦手とするところだが、人間というものはどうしても一枚岩になりきれない生き物だ。そういった『可能性』が全くないと思って突き進むのは馬鹿のすることである。

 

「だから、餞別や。今日にでも味のある食べ物の作り方は発表されるしな。旅先で美味いもん食えるように親方も呼んでん」

 

 そう言ってナオキは数枚の紙をボロネーゼ親方という猫人族に渡す。紙を開いてみた彼は、そこに書かれていたことを見て目を丸くした。

 

「本当に……こんなことで?」

 

「これらが証拠や。どこに行くのかは知らんけど、ここを発つ前に素材アイテムは大量に集めときな」

 

「これについて、あの腹ぐろ眼鏡は?」

 

「ボクが提案して、許可は出とる。あ、"なんで"は無しやで。友達を助けるのは当たり前なことやからな」

 

 あくまでも『貸し借りなし』と飄々な態度を示すナオキにウィリアムたちはため息交じりで相槌を打つ。

 ナオキは何時まで経ってもそれなのだ。如何にゲームにおける重要な岐路でも、リアルに関する深刻なかつ近しい相手には絶対に話せない悩みでも、連絡すれば二つ返事で相談に乗ってくれる。

 そして、あまり報酬をもらいたがらない。精々、狩りやレイドのメンバーにねじ込んでくれるかお願いしてくるぐらいだ。それに、ナオキぐらいの腕前ならばお願いしてこなくても誘うので、貸し借りにもなりゃしない。

 

『ゲームなんてそんな気軽にやるのがえぇんや』と口癖のように語っては色々やり過ごしてきた彼は、いつものように朗らかな笑みでウィリアムたちを見ていた。

 

「ナオキさん、<アキバの街>以外で良い拠点ってどこになる? やっぱ、西か?」

 

「そもそも、ボクが決めるのはちゃうやろ。それにレイドだけやなくてダンジョンの仕様も変わったみたいやし」

 

「へぇ、詳しく聞かせてもらっても良いか? 行き先はその後で良さそうなのを決めるさ」

 

 その後は<シルバーソード>が次に向かうべき場所の相談を受けたが、流石に<ギルド>の行く末について部外者が決めることはお門違いと断ったナオキであったが、ついでに<ススキノ>や<パルムの深き場所>についての情報を共有していると、プロメシュースの援護射撃が入る。

 どうやらフレンド経由で西は酷いことになっていると聞いたらしく、その情報によって<シルバーソード>の新天地は北へと決まった。そうして和やかに分かれることが出来たウィリアムを見送っていると、またもやナズナから念話が入る。ここに来て新たな離脱が発覚したのかと少々慌てるナオキだったが、どうやらそろそろ休憩を挟むらしい。具体的に言えば飯の催促だ。

 

【早くしなよ~】

 

【そう言うんなら人を寄越さんかい】

 

「なので、こうして来ています」

 

【もう送ってるよ】

 

 念話をしていると後ろから声と共に肩を叩かれる。分かっていたような口調で話すナズナの言葉を合図にナオキが振り返ると、三佐とレザリックとシゲルが立っていた。

 

「有名<ギルド>の副官様たちに飯運びとか贅沢やなぁ」

 

「シロエさんに"味のある食べ物については見てもらった方が早い"と仰られたので。あ、心配せずとも<三日月同盟>のマリエールさんから我々の<ギルド>の入室許可をいただいております」

 

 どこまで話が進んでいるのか現場に居ないナオキにレザリックが<三日月同盟>の<ギルドホール>に入りながら事情を説明をしてくれる。どうやら話の中盤ぐらいに説明予定だった味のある食べ物の情報については既に開示しているようで、海洋機構など生産系<ギルド>で連携して作られた虎の子である『蒸気機関』もお披露目しているらしい。そこから全員が<アキバの街>を自治する組織について合意し、後は休憩後に自治する上での取り決めなどを具体的にする中で刑罰についてナオキに実演してもらうという流れとなったらしいが、ここで三佐が口を挟んでくる。

 

「以前の婦女暴行や人身売買についてのお話ですが、もしかしてこの会議の布石として我々に話してました?」

 

「バレたか。三佐さんのことやから、事前情報なしに聞いたらシロエに殴りかかるかと思てな」

 

「いや、殴りませんよ」

 

 ナオキとは違って仕事にやりがいを感じている系保育士である彼女にとって、あのような話題は禁句中の禁句である。しかも、< D.D.D >の参謀役になるほどの知恵者な彼女が<大地人>の認識と人権問題をシロエが挙げた際に『なにがどうしてそうなったのか』と理論的に組み立てないはずはない。

 現にナオキからそう言った事件が起こっていたことを事前に知らされてなければ、ナオキが言ったように暴力には訴えないが今までの<大地人>の認識と自身の良心に苛まれて鬱屈とした気持ちを抑えたままとなっていただろう。──かといって流石に暴力に訴えるほどではないが。

 

 今一度、ナオキの目には自身がどのような化け物に映っているのか再確認したくなったが三佐だが、今はギルドマスターであるクラスティ(ミロード)の頼みを遂行しようと薄板を曲げて作られた木製の円筒の箱──『曲げわっぱ』と呼ばれる物が載せられた盆を手に持った。

 

「これを運ぶのですか?」

 

「せやで、生産系の職人さんらがえぇ感じの箱を作ってくれてん。あ、シゲさんはこれを運んで欲しいわ」

 

「お、良い匂いだ。豚汁か」

 

「食糧アイテムやからちょっと味が単調やけどな。味噌分は補給出来るで」

 

 鼻をヒクつかせながら台車の上に載せられた寸胴鍋の蓋を開けたシゲルは生唾を飲み込んでいると、人数分の椀を用意していたナオキが突然表情を曇らせながら念話の構えを取った。

 念話の仕様として実際の発した声を聴いてしまえるため、『戦闘行為解禁か』や『増援行くわ』といった血生臭い言葉が聞こえてしまったシゲルたちはそれぞれナオキを睨み付けるように見つめるが、本人は至って普通なように片手を上げた。

 

「3人共、申し訳ない。ちょっとヤボ用や」

 

「"戦闘行為"と聞こえましたけど、我々は不要ですか?」

 

 何が起こっているのか判断がつかないレザリックだが、何かしら<西風の旅団>に対する不穏な事態が起こったのだろうと考えた故の提案であった。

 しかし、ナオキは『必要ない』とその提案を一蹴。曲げわっぱや寸胴鍋を会議室に持って行くことだけを頼むと慌てて<三日月同盟>の<ギルドホール>から飛び出して行った。

 

「どうします?」

 

「とりあえず、運びましょうか」

 

「そーだな。ナオキのことだし、しばらくしたら帰って来るだろ」

 

 残った3人は顔を見合わせるが、とりあえずは会議室に運ぼうという流れとなった。

 

***

 

 その頃のナオキはというと、<ギルド会館>の2階にあるエントランスホールへと走っていた。その間も念話から飛燕の明らかに弱った声が届いており、手短に詳細を頼むとどうやら『無所属』の連中が入り込んできたのだとか。

 予め<ギルド会館>という<ゾーン>を購入していたシロエにその報告が届いているのにも拘らず、<ギルド会館>の外に転移しないために飛燕の独断でナオキに声を掛けたらしい。

 

 事態はかなり深刻だと判断したナオキがさらに速度を上げてエントランスホールに向かっている最中、大声が聞こえてきたので立ち寄った階の通路を覗いてみる。すると、見知った顔(シュレイダ)見知った顔(アカツキ)の胸ぐらを掴んで宙づりにしている場面に出くわした。

 思わぬところで思わぬ出会いがあったことにどうするべきか多少悩んだナオキであったが、近くでかなりボロボロとなったトウヤとミノリが居たので彼は思い切ってシュレイダたち目掛けて走っていく。

 

「お、ナオキ! ハハハッ、ちょうど良い! ガキ共が逃げ出しちまってな! 連れ戻すのを手つd」

 

「どっ……せい!」

 

 ナオキの接近に気付いて唯一隠れていない目許を持ち上げてにこやかに声を掛けるが、それを無視したナオキの片手がシュレイダの胸ぐらを掴むとそのまま片手で放り投げる。90レベルという下手をすると人間兵器のような剛腕によって放り投げられた彼であったが、ナオキにそうされたことや攻撃判定ではないことについて頭の中に疑問符を浮かべ続けていた。

 ただ、そんな疑問が氷解することも、シュレイダの身体が床に落ちることもなかった。突如として彼の身体が掻き消えたのだ。

 

「じゃ、後は頼んだで」

 

「あぁ、ナオキ殿。助力感謝する」

 

 シュレイダが居なくなった理由についてちんぷんかんぷんなトウヤとミノリを余所に、ナオキはアカツキに後を任せてから元来た道を戻って階下まで降りていく。思わぬところでちょっと時間を食ってしまったが、ナオキがエントランスホールにたどり着くと件の無所属3人組が<ハーメルン>に監禁されていた初心者を相手にオラついていた。

 

 曰く、能無しの初心者がどこに逃げるつもりだったか。

 曰く、逃げた後はどうするつもりだったか。

 曰く、助けたところで価値のない初心者を受け入れてくれるところなんてないとか。

 

 聞けば聞くほど言葉が『浅い』。彼らはちゃんとした<ギルド>の情報サイトも見れない『無知』なのだろうか。いや、わざと味方が居ないように言って心をへし折る腹積もりかもしれない。どちらにしても、なんとも頭の痛くなる話だ。

 しかし、それを言葉にしながら『違う』と力説しても殊勝に聞く奴らではないことは明白。とりあえずはシロエに<ギルド会館>での戦闘行為の許可を取ろうと画策していると──。

 

「シロエさん、戦闘許可を」

 

 いつの間にか隣に居た小竜が苦虫を嚙み潰す勢いでシロエに念話をしていた。彼の隣には<武士>(サムライ)の義仲も居り、彼らもまたエントランスホールの騒ぎに駆け付けたそうだ。

 

「ボクが一番レベルが高い奴狙うわ」

 

「分かりました」

 

 小竜の男気溢れる説得が展開される中、ナオキはテキパキと戦闘する相手の選定を指示した後に<吟遊詩人>(バード)の音楽が聞こえないように耳を塞ぎながら移動。今も尚、『見せしめに首を切り落す』とどこの戦国時代からログインして来たのか分からないゼクスという<盗剣士>(スワッシュバックラー)にバレないように、ナオキは2階の出っ張りに指をかけて移動。そのまま、彼の頭上にある縁で止まって待機する。

 戦闘可能区域になっていないのにも関わらず飛燕がデバフの影響を受けているところを見るに、どうやら<吟遊詩人>(バード)のような音を用いる特技は戦闘行為には入らないらしい。『気まぐれ』ゆえに多少の興味を覚えつつも今はそんなことをしている場合ではないと気を引き締めたナオキが<ギルド会館>の情報──特に戦闘行為の可否が表示されている所を注視する。

 

 不可能──不可能──不可能──可能! 

 設定が切り替わったと同時に縁から身を投げ出したナオキはゼクスの首根っこを押さえ、そのまま地面に押し倒した。ドゴンッという頭部が破壊されてもおかしくない音を立てたのでナオキは『やりすぎた』と当惑するが、防具に助けられたのか彼のHPバーは5割も残っていたのでナオキはこれ幸いと畳みかけることにした。

 

「なぁ、たかがオンラインゲームで人の価値って分かるんか?」

 

「ゴッ……ガッ……」

 

 いきなりうつ伏せに引き倒されたゼクスは鼻から血を盛大に垂れ流しながら呻いていると、突如として首に圧迫感を覚える。途端に息苦しくなった彼は空気中から酸素を取り入れるようと必死に口を開閉させるが、徐々に視界が赤黒く染まっていく。

 そんな時、後ろからさらなる言葉が投げかけられた。

 

「たかがちょっと長くプレイしてただけでそんな大層なこといえるんやな」

 

「お、おま”え"……誰っ……」

 

「初心者支援謳っとる真っ当な<ギルド>を無視して、よー居場所がないって吠えれたな」

 

 一方的な言葉を投げかけていくに従ってゼクスの首が絞まっていく。頭に酸素が回らなくなってきたのか、ゼクスがうわ言のようにナオキの正体について問うが、ナオキはそれに答えることもなくゼクスの首を絞めていた方の手を緩める。そして、もう片方の手で握っていた短刀を彼の無防備な首のすぐそばに突き立てた。

 

「自分、おもろいこと言うとったな。"二度と逆らおうなんて気が起きないように出来るだけゆっくり殺す"やったか」

 

 突き立てられた短刀をまるで紙束を一気に裁断するカッターのように押し込むナオキ。牛の歩む速度のようにじわじわと刃がゼクスの首に近づいていき、やがて冷ややかな刃の感触がゼクスの首筋から全身へと駆け巡る。

 

「お前等! 何してる!」

 

 自分が襲われたにも拘らず、未だ援護の入らない仲間に怒ったゼクスが周囲を見渡しながら力一杯叫んだ。早くこの異常者のような存在を退かして欲しい一心も多分に入ったそれは、きっと仲間の耳に届くと信じていた。

 しかし、ここでようやくゼクスは自分だけではなく周囲も大きく動いていたことを悟る。既にデバフを撒いていた<吟遊詩人>(バード)は無力化され、<三日月同盟>に対しての人質を取っていた<守護戦士>(ガーディアン)はいつの間にか人質を解放された上に小竜の繰り出す長すぎる乱舞の餌食となっている。

 

「ひ、一思いに殺しやがれ!」

 

「何言うとるんや? 自分で逆らう気を起こさないために恐怖で縛り付けるみたいに言うたやろ」

 

 もはや逆転の道が閉ざされて自棄になったゼクスが叫ぶ。だが、ナオキは『何を言ってるんだこいつ』と言わんばかりに答えながら首筋に当てた刃をさらに進ませる。

 痛みに関してはかなり鈍感になった<冒険者>の身体でも流石に痛みがあるのか、うめき声と上げるゼクスに対してナオキはゆっくりと刃を押し込んでいく。うつ伏せのためにどのような状況なのかはゼクスには分からなかったが、HPを表すバーが徐々に0になっていくことと『大事な何か』が徐々に抜け落ちていく奇妙な感覚に最初こそ威勢が良かったゼクスがついに歯をガチガチと鳴らして音を上げる。

 

「や、止めてくれ! すまなかった!」

 

「そーかそーか」

 

 何に対しての謝罪なのかはよく分からないが、とりあえずその言葉を耳にしたナオキはにこやかに笑いながらゼクスを仰向けにする。襲い掛かってきた者の正体を一目見たゼクスは『覚えたぞ』と心の内側に復讐心を芽生えさせたが、改めて首に手を掛けてから短剣の握り手をまるで突き刺すように握るナオキの姿と先ほどまでにこやかだった笑顔が一転して無表情になったことで恐怖が再燃させる。

 

「なぁ、放してくれないか? 謝っただろ?」

 

「ごめんで済んだら<衛兵>はいらんねんで?」

 

 大阪人特有のジョークと共に短剣を持つ腕が大きく振りかぶられ──ゼクスの頭部目掛けて振り下ろされるが、短剣は彼の顔面のすぐ横に突き刺さる。明らかにわざと狙いを外したのだが、先程のことも相まって当人にとっては『殺される』と思ったらしい。口から泡を吐きながら白目で気絶したゼクスに、『無力化完了や』と元の笑顔が戻ったナオキは義仲に彼の拘束を頼むと再び<ギルド会館>の階段を数段飛ばしで駆け昇って行く。

 

 相変わらず動き出せば忙しなくあっちこっちに奔走するいつものナオキの姿に安堵したのか、後に残された<三日月同盟>のギルドメンバーは襲撃があったことをすっかり忘れたように初心者たちのケアを始めることにした。

 

 ***

 

「やー、すまんなぁ。ちょいと野暮用があってな」

 

「ナオキ君、ご馳走様。美味しかったよ」

 

「ナオキ、豚汁はちょっと物足りなかったぞ。次は肉系の定食が食いてぇな」

 

「僕はアジの開きが食べたいね」

 

 素直に感想を言ってくれるアインスとは違い、クラスティとアイザックは口々に文句と注文を付けてくる。そんな彼らの期待には応える気はないので『店開く予定ないんやけどなぁ』と零したナオキは咳ばらいを一つし、シロエに視線を向けて現在の進捗を問いかけた。

 

「今、どの辺?」

 

「食べながら大まかな方針を決めたところだね。後はナオキが持ってきた一番きつい罰則を誰かに体験してもらおうかって言ってたら……」

 

「アイザック君が志願しました」

 

「君言うな。どうせ<冒険者>はすぐ復活するしな、ドンと来い」

 

 自信満々に吠えるアイザック。対してナオキは元々冷静沈着そうなクラスティ辺りにでも頼もうかと思っていたことと、『アイザックさ────んにはきついですよ』と煽りのようなことを言ったために彼は増々ヒートアップする。

 『良いから指輪を貸せ』と半ば無理やり指輪を奪われ、シロエがあらかじめ説明したとおりに椅子に座りながら5本の指に対して一気に指輪を装着する。すると──。

 

「なん……だ……」

 

「アイザック君?」

 

「見えねぇ! レザ、俺座ってるよな!? ちゃんと居るよな!」

 

「えぇ、ちゃんと座ってますよ! 落ち着いてください!」

 

「レザリックさん。アイザックさんもう何も見えてへんし、聞こえへん。後、そんなに肩掴んでもなんも感じひんで」

 

 自身の目を覆いながら周囲を距離距離見渡すアイザックの狼狽ぶりにレザリックが彼の肩を強く揺する。しかし、アイザックはさらに激しく動揺しながらレザリックの名前を連呼し、しまいには椅子から転げ落ちてしまう。

 ただ、触覚などの痛みも喪失してしまっているためにそのまま何かを探すように地面を這っていくアイザックに周囲の<冒険者>たちは顔をサッと青白くさせて発案者であるナオキの方を見た。

 

「なぁ、ボクを諸悪の根源みたいに言うの止めてもらえへん?」

 

「持ち込んだのはナオキ君だろう?」

 

「こちらは売っただけだしな」

 

「諸悪の根源では?」

 

「俺はそういう都市伝説を教えただけだしな。あんまりするなよ、とも口を出したし」

 

「そうですね。あれほど言ったのに……」

 

 クラスティ、茜屋、三佐、シゲル、アインスがそれぞれナオキに口撃を加える中、レザリックによって指輪の呪いから解放されたアイザックは目や口から液体を垂れ流しながら『やべぇ。これはやべぇ』と戯言のように連呼する。

 結局、この厳しすぎる罰則については人身売買などといった尊厳を軽視するような最も悪いことに対する罰則にすることにしたシロエたちは、この11の<ギルド>から成るこの自治機構のことを<円卓会議>と呼称。その代表および議長を< D.D.D >のクラスティに任せることとなった。

 

 その後、<円卓会議>の宣言や味のある食べ物の作り方といった情報は即座に<アキバの街>に拡散され、盛大な記念パーティが催される。3大生産系<ギルド>から放出された素材アイテムを<料理人>たちが美味しくかつ衛生的に調理し、<アキバの街>はさながら1つの立食パーティのようにそれぞれが思い思いに楽しんでいた。

 

 今日。本当の意味で<アキバの街>の<冒険者>は自らの足で未来へと進み出したのだ。




盗剣士のゼクス含め、守護戦士と吟遊詩人の無所属ズもログ・ホライズン外電 HoneyMoonLogsが出典です。

なお、シュレイダ君に同調して並び立った時にドスッといく内容も考えましたが、『主人公の姿か?これが』や『誉はどうした』というツッコミが来そうなので止めました。
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