西風の相談役   作:マジックテープ財布

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2話:情報交換とNPC

 特に何事も無くナオキは<ギルド会館>へとやってきた。現状を憂いながらも先立つ物を銀行から引き出そうとする冒険者たちを通り抜けながら階段を昇ると、目の前にはずらりとドアが並ぶだけの異様な通路に圧倒される。

 その扉一つ一つが別々の<ゾーン>になっており、空室だったり同じ<ギルド>が部屋を拡張するために複数借りているといった例外はあるが、かなり大げさな物言いをすればそれぞれの扉一つ一つに異なる<ギルド>が居を構えているわけである。

 

 そういった理由もあってか、ナオキが迷ってしまうのも当然と言えば当然である。

 素早くヘンリエッタに念話を掛け、ようやく見つけ出した5階の<三日月同盟>の<ギルドホール>の扉。そのドアノブをノックした後にドアノブに手を掛けると──。

 

「あれ、ナオキ?」

 

「ナオキじゃねぇか」

 

「あれ、ナオやんや。どないしたん?」

 

 三者三様だが、おおむね『なんでこんなところに居るのか』という言葉にナオキが思わず横を向く。そこにはついさっき別れたシロエと直継、そしてゆるふわが服を着て歩いているような印象の髪の長いエルフの女性が立っていた。

 彼女の名前はマリエール。アキバを本拠地にしているのならば軒並み知っているほどの有名人だ。    

 <三日月同盟>という<ギルド>のギルドマスターをして数十人から成るギルドメンバーの面倒を見つつ、アキバの街で宴会と言う名の情報収集を行っている情報通である。

 

「今回はヘンリエッタさんに呼ばれて来ましてん」

 

「あぁ、梅子が言ってた<西風の旅団>からのお客さんってナオやんのことやったんやね。さ、上がって上がっ……ぎゃあっ!」

 

 親友が呼んでいた来客だと分かったマリエールがウィンクをしながら<ギルドホール>へ続くドアノブを引くと、彼女の眼前に怪しく眼鏡を光らせた女性が幽霊のように佇んでいた。

 マリエールと比べて一か所のボリュームは抑え目なものの、朗らかなヒマワリを思わせる彼女とは違って知的な雰囲気を纏った別種の美人。彼女こそがこの<三日月同盟>の会計を一手に担っているヘンリエッタだ。

 ちなみに先ほどマリエールが言った『梅子』は彼女のリアルでの名前なのだが、ここに居る3人は薄々感づいてはいたもののそれについて言及することは無かった。

 

「先ほど"梅子"と言ったお馬鹿さんはどなたですか?」

 

「ひぇっ。シロ坊、ナオやん助けて!」

 

 シロエの後ろに隠れるマリエールだが、ヘンリエッタの方が行動が早い。速やかにマリエールを捕獲した彼女は『皆様はあちらでお待ちください』とお茶の指示を出した後、<ギルドホール>の奥まった場所へと歩いていく。

 その圧倒的強者の圧に何も言えなくなった3人だが、このまま扉の前で突っ立っているのも迷惑なので<三日月同盟>の中で数少ないレベル90である小竜という<冒険者>に案内されてギルドマスターの部屋にあるソファに腰を落ち着ける。

 

「お茶をどうぞ」

 

「あー、小竜おおきに「あ、ナオキ!」」

 

 今の今まで飲まず食わずだった直樹がさっそくカップに口を付ける。その行動に直継が止めようとするが、その制止も虚しく琥珀色の液体が彼の口に収まり──咽た。意地でも口外に噴出させなかったことだけは手柄だが、恐らくナオキの口内では現在のアキバの街のような混乱が巻き起こっているのだろう。

 鼻水を垂らしながらその場でもんどり打つ姿は非常に無様であった。

 

「着色料と香料ぶちこんだ水やないか! え、これドッキリ?」

 

「違いますよ。ナオキさんはここに来て何も食べてないんですか?」

 

「その少年の言ってることは本当だぞ、ナオキ。ちなみに食べ物は全部、塩味がしない煎餅をふやかしたような感じだからな。ほれ」

 

 小竜に問いただすナオキに直継は<マジックバッグ>からサンドイッチを取り出す。どこからどう見ても普通のサンドイッチなため、直継が言っていることの意味が分からなかったナオキは首を傾げながらも意を決してかぶりつく。

 その途端、ナオキの顔が一気に青白く変色し始めた。そのまま意地になりながら咀嚼。紅茶風味の水の力を借りながら呑み込んで一言。

 

「食べ物やけど、食べ物やないやん」

 

 恐らく皆が胸に秘めているであろう感想を漏らした。

 まさか食べ物に関して絶望的な情報を体験という形で共有してもらうとは思わなかったナオキだったが、先ほど彼らが入って来た扉から疲労困憊といったマリエールと未だ怒りが収まらない様子のヘンリエッタが入ってくる。

 おそらく、自分たちが来ているから先延ばしにしただけでまだ第1幕が下がっただけなのだろう。ヘンリエッタの雰囲気からそう察したシロエたちと小竜だが、こちらに飛び火してくるのを恐れてなにも見なかったとばかりに視線を明後日の方向へ向けた。

 

「お待たせして申し訳ありません。ナオキさんは私が情報交換するためにお呼びしたのですが、大丈夫でしょうか?」

 

「ボクは大丈夫やで」

 

「僕も異存はありません。それでは情報交換を始めさせていただきます」

 

 シロエが進行役を買って出たことで情報交換が始められる。

 最初は<三日月同盟>や<西風の旅団>のログイン率や集合率から始めたが、どうやら<三日月同盟>に所属する1名の<冒険者>はここから遥か北の<ススキノ>に居るらしい。

 

「結構遠いな、そいつのレベルは?」

 

「19ぐらいやねん。ゲーム時代ならゲート使って帰って来れるんやけど、<トランスポート・ゲート>が動かんらしいねん」

 

「マリ姐、どういうこと?」

 

「あ、シロエは知らんのか。ボクもクラスティさんからソウジロウが聞いた話を又聞きしたぐらいでしか知らんねんけど、<トランスポート・ゲート>の移動が不可能らしいで」

 

「それってもしかしてヤバい祭りじゃないのか?」

 

 もしかしなくてもヤバい祭りである。日本サーバーに存在する5つの主要都市は初心者がスタート地点にするべく作り上げられたという理由から、周囲の街や村と比べると発展具合は群を抜いている。そんな主要都市間の瞬間移動を可能とする<トランスポート・ゲート>が動かないとなると、各町の今、この瞬間の情報といった『生の情報』を取得することは<フレンドリスト>を介した念話だけとなり、どこの主要都市に行くにも『遠征』という瞬間移動と比べると非効率的かつ時間がかかる手段を取らざるを得なくなってしまう。

 

「その子……セララっていうんやけどな。その子からの連絡次第で遠征っちゅーことも考えてるんや」

 

「今の状態で遠征は厳しいでっしゃろ」

 

「ナオキさんのご想像通り、かなり厳しいかと」

 

 混乱の真っ只中で<ススキノ>への遠征。しかも、ゲーム越しではないリアルでの旅だ。

<ススキノ>まではゲームの距離で換算すれば400キロ以上。舗装されていない道やモンスターの襲撃を加味すると、馬や馬車を用いても1週間やそこらでたどり着ける距離ではない。

 唯一、<妖精の輪>(フェアリーリング)と呼ばれるテレポート装置を使うことが出来れば少し短縮は出来るだろうが、あれを使いこなすには数百ものテーブルの中から今のテーブルを正確に判断し、月の状況からどこに移動するのかを把握する必要がある。ゲーム時代ではWEBで検索すればすぐに把握は可能であったが、それが出来ない状態で入るのは元の場所に戻れない可能性も高いため、危険極まりない行動だ。

 

 それに、遠征といっても<三日月同盟>の90レベル代は4人。後衛が3人、前衛職が1人と編成もそうだがギルドマスターとサブギルドマスター、戦闘班の長が2人と全員が<ギルド>の舵取りを行える存在である。彼女たちが一時的にアキバの街から居なくなることはすなわち、<ギルド>の一時的な解散を意味する。

 

「特に遠征に参加せんギルドメンバーはどないするんでっか?」

 

「そこをナオキさんにご相談したいのです」

 

 遠征に参加することが難しい生産職や支援中の初心者などの心配をするナオキの言葉に被せるようにヘンリエッタが頭を下げる。曰く、遠征中のギルドメンバーの面倒を<西風の旅団>に依頼したいのだそうだ。

 <ギルド>の取り込みや<ギルド>が合同しての<大規模戦闘>(レイド)などは<エルダー・テイル>でも良くあったが、それはあくまで双方の<ギルド>のギルドマスターが存在する場合だ。ギルドマスター不在に備えての一時的な編入はあまり聞いたことがない。

 ナオキも一例しか聞いたことはないが、聞いた話では時間が経つにつれて相手の<ギルド>の居心地の良さから編入した<ギルド>へ本格移籍する人が日増しに多くなっていき、やがて復帰したギルドマスターが最終的に合併を受諾してしまったという結果に終わった。

 

 ただでさえ<西風の旅団>はソウジロウ目当てで入ってくる子が後を絶たない。そこら辺の混乱も加味しなければならないので、気軽に首を縦に触れない案件なためにナオキは厳しめの言葉を投げかける。

 

「<三日月同盟>が潰れますよ?」

 

「そこが問題なんです。ただ、かと言ってセララを放っておくわけにも」

 

「あの、僕や直継が行くっていうのは」

 

「シロ坊は<三日月同盟>やないし、<ススキノ>までの長旅なんて流石に悪いわ。気持ちはごっつ嬉しいけどな?」

 

 シロエが提案するもその提案をマリエールはやんわりと断る。それに対して何かを言いたかったのか、彼は口をもごもごさせているが自分の中で不満を消化したのか何も言わずに黙ってしまう。

 相変わらずの『遠慮しすぎ』なシロエにナオキが助け舟を出そうとするが、ここはシロエ自身が言わなければマリエールたちも安心できないだろうと情報交換を続ける。

 

 結局、遠征に使用するアイテムの融通や遠征について行けないギルドメンバーの保護をソウジロウに伝える約束だけは結ばれることとなった。なんだかあまり事態が好転しないような取り決めとなったが、そんな空手形の約束だけでもマリエールたちは感謝を伝えてくる。

 

 こうして、セララと呼ばれる少女の状況を踏まえたログイン率と集合率の話題を一旦終わらせた一行は次々と情報を交換していく。

 資材を<ギルド>内で運用のために<冒険者>間での取引が行える<マーケット>という施設からの資材の回収。攻略サイトの閲覧不可による具体的な情報の欠如。そして、味のしない料理や飲み物。

 そんな気の滅入るような議題の中に人一倍<エルダー・テイル>の情報に詳しいシロエが覚えている限りのアキバ周辺の詳細な地図を書いてもらうという良い情報はあったが、挙げれば挙げるだけ重苦しい空気が部屋に充満していく。

 だが、誰も意地悪で空気が悪くなるような情報を上げているわけではないことは分かっているため、全員はそれぞれから出る議題のチョイスを咎めようとはしなかった。

 

「なんでこうなったんやろ。なぁ、自分らは心当たりとかある?」

 

「理由は分からないかな。ゲームプログラマーみたいな本職でも難しいんじゃない?」

 

「俺も皆目見当もつかない祭りだ」

 

「会計のことならリアルも含めて一家言ありますが、流石にこれは……」

 

「保育士辞めた実家の手伝いしとる奴に期待されてもなぁ……」

 

「え? え? ナオやんって今、家事手伝いなん!?」

 

 家事手伝いと誤解したマリエールにナオキはヘンリエッタに助けを求めるが、彼女曰くマリエールは『大阪人を純粋培養したような存在』らしい。

 たしかにナオキ自身も大阪人だからか、特有の距離の詰め方をしている。ただ、男のシロエやナオキに対して全くの無警戒で接してくるという脳足り──ゲフンゲフン、浅はかさ具合に<西風の旅団>で思い至った『考え』を言って良いのだろうかとナオキは頭を悩ませた。

 そんなナオキの心配も知る由もなく、マリエールのマシンガントークは続く。

 

「なぁなぁ。そっちはどんな感じで家事手伝いしとるん?」

 

「あー、堪忍な? 定食屋やってるおとんが腰やってしもてん。兄貴や兄貴の嫁さんで回せることは回せるけど経営と両立するとなると厳しいっちゅーことで、ボクが専門学校通いながら手伝ってるだけやねん」

 

「あら、以前は別の御職業とお聞きしましたが?」

 

「あっちはアレですわ。本職の人に怒られそうやけど、人生設計を夢想したら絶望的に見合わないからな。夢は夢やったっちゅーわけですねん。まぁ、これでも結構ギャン泣きする子には特効刺さってたんやで? さっきもうちの子らを宥めてたし」

 

 いくら憧れを持ってもその稼ぎで1人暮らし──は出来る。だが2人ではどうだ。そこからさらに3人になったらどうだ。4人は──。

 少なくとも3年といった具合に長年勤めていれば昇給もあるだろうが、それ以上に責任や拘束時間も増えていくために人生の展望が見えずに不安の方が勝ってしまい、思い悩んだ末に彼は辞表を書いた。

 

 まぁ、そんな苦みのある記憶は放っておく。今は現状の把握と打開が大事だ。

 ただ──。

 

「たしかにうちの子たちもナオキさんに懐いておりますね」

 

「あー、あのお父さんみたいな人ってナオやんのことやったんか」

 

「そっちもかい! なぁ、小竜はそう思ってへんやろ?」

 

「え、いや……。お父さんというよりも優しい親戚の叔父さんみたいな感じがして……」

 

「小竜ー!」

 

 つい先ほども廊下で<西風の旅団>のギルドメンバーが『相談役ってお父さんみたいだよね』、『分かる分かる。ちゃんと話聞いてくれるよね』というソウジロウとは対極にあるような信用のされ方を陰で聞いたばかりなので、小竜からのあんまりな言い方にナオキはついに泣き出した。結婚すらもしていないナオキが父親なぞ、本人にとっては勘弁して欲しかった。

 

「そういえば、<西風の旅団>の方で何か分かったことはないの? ナオキ叔父さん?」

 

「シロエ、お前いつかボコすからな。衛兵出るの覚悟で……は冗談やけど、衛兵関係で有り得そうやとソウジロウやナズナから太鼓判押されたことでも話とこか。これを伝えるためにボクはここに来たと言っても過言やないからな」

 

 茶化していたシロエとそれに釣られて笑っていた面々だが、ナオキの言葉を聞いていく内に全員押し黙る。そして、いよいよソウジロウなどに協力してもらって導いた件の推測について話し出した瞬間、一斉に──特にマリエールとヘンリエッタは一歩間違えればそのまま倒れ込むぐらいショックを受けていた。

 

「ナオキ、冒険者を無力化させるって名目だとどんな手が考えられる?」

 

「"腹ぐろ眼鏡"、それはお前の専売特許やろ」

 

「"気まぐれ"に聞いてるんだよ。まだ確定してる情報も少ないこの状況なら、何でもありと考えれる君の方が適任だ」

 

 『腹ぐろ眼鏡』に『気まぐれ』。前者は仲間のステータスやMPといった戦闘リソースを徹底管理して自陣を勝利に導くという仲間を駒に見立てたようなプレイングを連想させることからシロエが付けられ、後者は自身が気まぐれに興味を持ったことを何度も検証して一部に利益になることを判断した後、公式に『陳情』という名のデバック結果を提出することから来ている。

 そんな来歴を知っているからか、出来るかどうかも分からないことを出来ると仮定した机上の空論盛り盛りの予想を量産してもらって『観点』を増やそうとシロエが再び<冒険者>を無力化させる方法を問うと、根負けしたナオキが『パッと考えたことやけどな』という枕詞を置いてから語り出した。

 

「復活が出来ること前提の話になるんやけど、狩場でPKしても無力化には繋がらへん。なら、殺さずに監禁するのが手っ取り早いと思うんよ。ボクが今考えたんは、戦闘可能なところで手足を捥いでから死なへんように止血して、後は<ギルドホール>とか購入して色々設定した<ゾーン>に連れて帰ってから餓死させんように食事とかの定期的なHP回復みたいな世話をやるとかやな」

 

「パッと考えてそれかよ。猟奇祭りだぜ」

 

「直継、甘いわ。鏡に自分は誰かと問いかけるだけで人は簡単に狂うって情報もあんねんで。"なんでもあり"っちゅーんはそういうことや。他にも毒物とかのアイテムを混ぜるのも有効やろうな。ボク含めて皆、食べ物関係を躊躇なく口に入れるさかい」

 

「ナオキはどこでそんなことを仕入れてくるの」

 

「ネットの海は広大っちゅーことや」

 

 倫理観はともかく、ありかなしかを問われたら『あり』なやり方に聞いたシロエも含めて皆がどん引く。だが、それぐらいの自由度があって法も『攻撃をした相手を弁解も許されずに処罰する』というクソのようなシステムを思い出した全員はさらに絶望的な表情を浮かべた。

 

「ただ、ボクでも考えれるやつなんて他の奴も考えとると思うで。特にマリエールさんは別嬪やし、もうちょっと警戒も必要とちゃうか? 無秩序を自由と勘違いしてる連中なんて掃いて捨てるほど居るからな」

 

「そう……やな。頑張ってみるわ」

 

「ええ子や。嫌な話題なのにちゃんと全部の話を聞くなんて、流石はギルドマスターや。頑張ったな」

 

「うえぇー!」

 

「おー、よしよし。頑張ったな、本当に偉いで」

 

「お父ちゃーん」

 

「だれがお父ちゃんや!」

 

 感極まりながら抱き着いて来たマリエールの頭を撫でながらカラカラと笑うのも束の間、父親呼びにいよいよナオキは泣きを通り越してキレた。そんなやり取りを見守りながらヘンリエッタは一旦の解散を提案する。

 実は彼女も先ほどのやり取りにこっそり父性を感じていたのは彼女だけの秘密である。

 

***

 

「そういえば、シロエも直継も宿無しやろ? どないするん?」

 

「適当な宿屋を借りるしかないかな」

 

「えー、もったいないやん。うちなら部屋余っとるし、泊ってけばどない? 2人ならソウジロウも諸手を上げて賛成するやろ……っと」

 

 情報交換から解放された3人は話し足りないと<西風の旅団>の<ギルドホール>までナオキを送るという名目で大通りを歩きながら話していた。

 そんな最中、ナオキがビルの壁に寄りかかりながら眠る<冒険者>たちを見つけると、見かねて彼、または彼女らに近づいていく。

 

「こんばんは。宿はどうしたん?」

 

「ふがっ? え? あ……えっと」

 

「あたしたち、初心者なんでお金が……」

 

「そっか、危ないからこれで宿取りぃ。場所は分かるか? ……ええから、ええから。だけど、ちゃんと知り合い同士で集まって休むんやで。ほな、お休み」

 

 有無を言わさず数十枚の金貨を巾着に入れてからそれを握らせ、矢継ぎ早に色々言った後に颯爽とシロエたちの元へ戻ってくる。実はこのやり取りはすでに何度か為されており、初心者どころか装備がしっかりしている中堅の<冒険者>にも声をかけることもあったため、直継はついに口を開いた。

 

「世話焼き祭りだな」

 

「善い行いは返ってくるもんやで? それに目覚めが悪いやん?」

 

 放置した結果、装備も全て無くなった状態で発見されました──など目覚めが悪いにもほどがある。それに金銭を渡すのは初心者と思われる<冒険者>限定なため、レベル90の<冒険者>であるナオキの財布は数十ダース程度の初心者を支援したところで揺るがない。

 

 結局、行きとは違ってかなりの時間とナオキの金銭を使ってしまったが、無事に<西風の旅団>の<ギルドホール>前に帰ってきた3人。改めて泊っていくことを提案してはみたが、『宿をとるよ』と苦い顔をしながらシロエが去って行ったためにナオキはそれ以上深追いすることはなく<ギルドホール>の玄関を開いた。

 

「ただいまー」

 

「お帰り……なさい……ませ」

 

「ナオキさん……お、おかえり……なさい」

 

「ひさこ、ただいまー。あれ、こんな子ってうちにおったっけ? ファンクラブの人?」

 

 玄関付近で箒を持ってそこら辺を掃いていたひさこというゆったりとしたローブを着た眠たげな表情の女の子に声をかけるナオキだが、その隣で窓ふきをしている割烹着姿の女性は見たことがなかった。<西風の旅団>には<そうきゅんファンクラブ>という下部組織が存在しているため、そこのメンバーが避難してきたのかと思ったオキナは改めてひさこに聞いてみる。

 

「その……大地人のサラ……です。その……<ギルドホール>の……清掃員として雇ってた」

 

「あ、あの! サラです!」

 

「あー、なるほど。いつも<ギルドホール>を綺麗にしてもらっておおきにな。何か困ったことがあったらすぐに言いな?」

 

「あ、はい!」

 

 たどたどしい報告やサラからの挨拶に『アイエェ! 喋っとるなんで!?』と内心狼狽えたが、それを表に出すことなくナオキはソウジロウの所在を聞いてから奥へと向かう。その道中でドルチェやくりのんといったギルドメンバーと帰還の挨拶をしていき、彼の部屋の襖を開けたナオキはソウジロウに『ただいま』と告げた。

 

「お帰りなさい。収穫はありましたか?」

 

「色々あったけど、これが一番のお土産やな」

 

 <マジックバッグ>からにゅっと地図を取り出したナオキはそれをソウジロウに渡す。一目見た所感ではクエストや購入で取得できる地図に比べると解像度は荒いものの、どこにどんなダンジョンがあるのか、どんなモンスターが居るのかといった情報が事細かに書かれている地図。ただ、インターネットで情報も漁れない現状でこの制度の地図はかなり希少であるとソウジロウやナズナは判断した。

 

「どなたからこれを? <三日月同盟>の人ですかね?」

 

「シロエから」

 

「シロ先輩から!? もしかして、会ったんですか!」

 

「泊まらんかって言ったら断られたけどな」

 

「まぁ、シロ先輩は僕を嫌ってますからね。仕方ないですよ」

 

 ソウジロウは残念そうに俯く。<放蕩者の茶会>(デボーチェリー・ティーパーティ)時代でも彼はシロエを先輩呼びし、色々構ってもらっていた仲であった。しかし、<西風の旅団>に誘ったのを断られたことから嫌われていると思い込んでしまい、彼はそれを未だにそのことを引き摺っているらしい。

 ただ、ソウジロウも予めナオキに頼んでいた情報収集のことを忘れたわけではなく、深く息を吐いた後に座り直すと『報告を』と指示。その反応にようやく正気に戻ったと判断したナオキは、改めて<三日月同盟>やシロエなどと話し合った情報の報告を開始する。

 

 <トランスポート・ゲート>の停止に伴うギルドメンバーの遭難に情報サイトからの情報収集が不可になったことからの遠征難易度の向上。資材として<マーケット>内の物を引き上げる提案。飲み物や食べ物の問題。そして、<三日月同盟>の遠征に対しての援助構想。

 全てを話し終わったナオキがソウジロウが持っていた茶を取り上げて飲み干すが、緑茶風味な癖に水道水みたいな味に舌を出して拒否反応を示した。

 

「19レベルねぇ。そりゃ迎えに行かないとキツいわ」

 

「一旦そこら辺は後で詰めるとして、マーケットか。そこは盲点だったな。ナズナ」

 

「はいよ。皆に言って商品を取り下げてくる」

 

 ソウジロウとの阿吽の呼吸によってナズナが退室した後、2人になったナオキとソウジロウは顔を見合わせたまま少しの間黙りこくっていたが、その沈黙をナオキの方から破る。

 

「ソウジロウ、部屋を1つ融通してほしいんやけど」

 

「部屋は空いてますよ。でも、なぜ?」

 

「ボクの渾名は知っとるやろ? 興味が出たもんを検証する自分だけの空間が欲しいんや」

 

「そうですか。分かりました」

 

 相変わらずの『気まぐれ』っぷりの発言。だが、ソウジロウは何に興味を持ったのかと問いかけることはなく許可を出す。しかし、許可をもらった癖に未だに何かを迷っているかのようなナオキの様子が気になった彼が問いかけると、ナオキはいつもの声量をさらに小さくしながら<ギルドホール>の玄関の方角を指差した。

 

「大地人が意志を持って喋っとるけど?」

 

「ボクも驚きました。一応おしゃべりしましたが、良い子でしたよ」

 

「そりゃええ子やろ。黒髪の割烹着美人とかボクのジャスティスやし」

 

 思わず『癖』の片鱗を出すナオキだが、そういったことを理解していないのかソウジロウは同じ黒髪のナズナにでも割烹着を着てもらったら良いのではないかと提案する。

 だが、違う。そうじゃない。ナオキからすればナズナはそういった物とは水と油のような関係なので絶対に似合わない。逆に『ボクのジャスティスを穢すな』と怒髪天を衝く勢いで怒り出すが、ソウジロウの目線の先には早くも連絡を済ませて戻ってきたナズナが──笑っていた。

 

「ナオキ? そういえば最近、歯石取りしに来なかったよね? 今、やったげよっか? 木の串しかないけど良いだろ?」

 

「ひぇっ。ま、待てや。歯科助手の仕事は雑務やろうが!」

 

「ここは日本じゃないし? ほら、ソウジしか乗せたことない膝枕だぞ~? 往生しな」

 

 余談だが、歯科助手の仕事は器具の受け渡しや電話対応といった雑務が全てである。ゆえに現在ナズナが行っているような歯石取りを日本で行うのは禁止されている。

 だが、ここは<エルダー・テイル>。そのような法が存在しないと言ったのは紛れもなくナオキ自身であった。

 

 ちなみに、ナオキがオフ会代わりに数か月に一度の割合でナズナが働いている歯医者で治療や歯科衛生を行っているため、ナオキの歯については本人よりも詳しかったりする。そんな存在を前に生殺与奪を握られたナオキだが、しばらくしても歯石取り特有の刺すような痛みがやって来ないことに不思議に思った。

 

「嘘……。射線、斜線、斜線。全部射線判定!?」

 

 食い入るように無理やり開かせたナオキの口を見るナズナ。大人ならばよほどの健康オタクでもなければ歯の磨き忘れや磨き残しによる『C0』、言うなれば虫歯の兆候と思われる症状が少なからず存在する。

 だが、今のナオキの歯は全てそれすらない『射線』判定なのだ。CT検査といった断面で見れば結果が異なる可能性もあるが、それを抜きにしてもナオキの口内のあれこれを知っているナズナにとっては信じられないことであった。

 

「ナオキってここは人口の歯で被せていたはずなんだけどなぁ」

 

「なふなのほこへやっはへ(ナズナの所でやったで)」

 

「ナズナ、何かあったんですか?」

 

 そのまま上下左右。手前や奥といった具合に診察を続け、さらにはナズナの記憶に残っていた治療歴がある歯を調べてもどこにも治療痕がないことにナズナは不審がる。

 ただ、彼女の様子を見ていたソウジロウにとっては、たかが歯である。そんなに大騒ぎするものでもないのではないかと問うが、ナズナは『歯って完治しないんだよ』と話し出した。

 

「虫歯になった歯を元に戻すためじゃなくて、虫歯がそれ以上悪化しないように進行そのものを止めるのが歯医者の仕事なんだよ。削って、銀歯やセラミックで被せたりね。だから、刑事ドラマとかで被害者の治療痕とかの照合をするだろ?」

 

 豆知識的なことを教えられ、ソウジロウとナオキは『ほへー』と変な声を上げる。しかし、そんな豆知識とナオキの歯に驚いた理由がどうも結びつかなかった。

 

「結局、それが治ったんやからええんやないか?」

 

「だから、普通は治らないの! ソウジ、こいつは歯医者にあまり行ってなかったから神経抜いたりとか、色々してたんだよ。だけど今はそんな治療痕が一切ない。つまり、最初に言ってたリアルの私たちが冒険者に置き換わってるって説が濃くなってきたってことだよ!」

 

「おう、医療従事者。勝手に個人情報晒すなや」

 

「まぁまぁ。ところで、サラのことが途中でしたね」

 

 個人情報保護法などなんのその。治療経緯を暴露するナズナとそれについて怒るナオキだったが、ソウジロウの仲介によって何とか話を元に戻した。

 

 サラ。<ギルドホール>の清掃員で雇っていた<大地人>──いわゆるNPCだが、なにが理由か不明だが意思疎通はしっかり出来るようだ。ただ、彼女に対する質問のほとんどはおおよそ人間相手に『なぜ喋れるのか』や、『食べることは出来るのか』といった人間扱いしていないものがほとんどだったため、ソウジロウの一存で対話形式で聞き取りを行っている最中であるらしい。

 

「それ、今からやってもええ? まずは謝罪せな」

 

「謝罪? なんのですか?」

 

「ド阿呆。人間扱いせんかったねんで? いくら混乱していたからと言っても失礼過ぎや」

 

 ソウジロウとナオキ。この2人の認識の誤差は『それぞれの経験』によって生じていた。

 

 その頃ナオキは<ギルドホール>で待っていたために知らないが、ソウジロウはこの状況を最初は『ゲームの延長戦』として考えていた。憧れていたゲームの世界で、<冒険者>として想像した自分になり切って、仲間と一緒に冒険する。そんなキラキラした考えを持っていた。

 ただ、それは1人の少女──ギルドメンバーのイサミの言葉によって容易く覆る。90レベルなのに格下の敵に怯え、足が竦んで上手く戦えず、戦闘行為自体に恐怖する。そんな彼女の言葉にようやくソウジロウは『この世界』を認識したのだ。

 

 対してナオキは自分の分身である<冒険者>の身体にリアルでの自分の顔がくっついているということから、すぐさまこの世界がゲームとは違うことを認識した。そして、シロエという外付けの情報共有装置のおかげで道を許容する余裕。言うなれば、『有り得ないなんてことは、有り得ない』という気持ちとなったのだ。

 

 そんなナオキからの注意にしゅんとしたソウジロウは、ナズナにサラと一番仲が良さげ出会ったギルドメンバーの『イサミ』を呼んできてもらうように頼むと数分もしない内に話し合いの準備が整った。

 

「あ、あああの! 私、何かまずいことでも?」

 

「局長! ナオキさんも、サラは私たちと同じでまだよく分かってない状況なんですよ!」

 

「イサミ、黙っときな。問題を起こしたのはサラじゃない。私たちだ」

 

 『やっぱナオキを入れておいて正解だったわ』と再びゴロ寝体勢に入るナズナに全く状況が読めない水色系統の羽織と袴を着ている少女──イサミが困惑していると、おもむろにソウジロウが半裸になって<マジックバッグ>から取り出した短刀を握りしめる。

 

「サラさんに失礼なことばかり聞いてしまいました! なので、<ギルド>全体の責任を負うためにこうして──」

 

「ほい、≪アトルフィブレイク≫」

 

 HARAKIRI。本人の命を引き換えに謝罪の気持ちを前面に押し出した日本の最終謝罪兵器である。無論、こんなところで刀傷沙汰などごめんなため、ナオキは<マジックバッグ>から取り出したパチンコ玉を状態異常攻撃スキルである≪アトルフィブレイク≫を使いながら投げつける。

 パチンコ玉がぶつかったソウジロウは麻痺による硬直で手に持った短刀を取り落とし、いつの間にか彼の後ろに立っていたナズナがソウジロウを縛りながら短刀を素早く回収する。別にぐるぐる巻きにしたり、親指同士を結ぶといった『ガチさ』は必要ないのだが、細かに追及するのはナオキ自身にも被害が出る恐れがあるために他人の振りを決め込んだ。

 

「改めて名乗らせていただきたく。自分はナオキ言います。<西風の旅団>のー……まぁ、相談役みたいなもんと思ってください」

 

「ナオキが畏まるなんて珍しいねぇ。それに、相談役じゃなくて保護者代表でも良いんじゃないの? お父さん?」

 

「じゃかぁしい。……まずは正式に謝罪をさせてもらいたく。今回の騒動は<冒険者>にとって未だ解明できてないことなんですわ。だから、大地人のサラさんに対して不躾な質問。それも人間と思っていないようなことまでも聞いてしまい、ご不快になられたと思います」

 

 茶々を入れるナズナを威嚇しながら深々と謝罪の体勢を取るナオキ。いつもは飄々としながらもギルドメンバーから一線引いた状態で全員を見ていた人物の真面目な謝罪の口上にとても同一の存在とは思えなかったイサミが目を丸くさせるが、そんな彼女よりもサラの方が深刻であった。

 

 <冒険者>と比べて脆弱なのが<大地人>である。いくら死んでも蘇る不死の肉体に高い戦闘能力。今まで関心も向けてくれなかったそんな上位存在が今日、いきなり話しかけ──あまつさえ謝罪してきたことにサラはすっかり動揺してしまっていた。

 

「つきましては、サラさんがここで働くのがご不快と思われるのであれば辞めてもらっても構いません。その際はボクやギルドマスターのソウジロウからいくらか賠償をさせてもらうつもりです」

 

「そんな! サラを辞めさせるなんて!」

 

「辞める辞めないは彼女の意思や。今、この世界に居る大地人はNPCやない、人間や。ボクらはそんな彼女に対して酷いなんてものじゃない仕打ちをした。金銭で申し訳あらへんけど、償わなければならへん。違うか?」

 

 ピシャリと言い放ったナオキは<マジックバッグ>から大きな金貨袋と手形を取り出す。人1人の人権の侵害がどのぐらいなのかは知りようはないが、恐らく己の全財産でトントンだと推測した彼は再び頭を下げる。

 

「ボクの銀行を含めた全財産や。もし、ここを離れたいのならばお持ちください。ただ、親切心で言わせてもらえば大金の扱いには十分に気を付けていただきたいです」

 

「わた……私は……」

 

 ようやく話せる状態に戻ったのだろう。ドモりながらもサラの震える手が金貨袋に触れ──ナオキの方に押し出した。

 

「ここで働かせてください。私、皆さんともっと仲良くなりたいんです」

 

「ん……、さよか。ならこれはボクの一人芝居やったって訳や。堪忍な、ちゃんと言葉にせんとなぁなぁになるさかい。じゃあ、これからサラでえぇかな?」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 差し出された手をサラが取る。

 握手、古来より契約を成立させる手法の一つだ。紆余曲折あったが、新たにサラが加わった<西風の旅団>が今後何を為すのか。この時の全員は誰も──。

 

「じゃ、とりあえずはサラの給与とかの業務内容を雑談混じりで話し合う感じで」

 

「へぁ?」

 

「あ、ソウジロウとナズナは強制参加だからよろしゅう」

 

 どうやら、正式にサラと雇用契約を結ぶのが先決だったようだ。

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