--というわけで、今回のお話からしばらくは幕間みたいなものです。
なので、アニメや漫画などの展開がごっちゃになってますが、そこは…フィクションですので(最近はやりの言い訳)
20話:変化と気付き
<円卓会議>の設立が宣言された次の日。既に<アキバの街>の冒険者達の一部は<ゾーン>を購入したり、借り受けたりと様々な方法で場所を作ってはそれぞれ作った売り物で商売を始めていた。
その切り替えの早さは元々彼らに備わっていたバイタリティによるものか、それともすぐに帰れないという恐怖心を別のことをすることで無理やり発散させているのかは当人たちに聞いてみないと分からないが、自暴自棄となってそこら辺に暴力を振りまいたり、初心者を食い物にしたギルドが台頭していた時よりも<アキバの街>に落ち着きが出てきたのは大きい。
そんな早朝の空気の最中、<西風の旅団>の<ギルドホール>前ではなにやらナオキが屋台を設置していた。傍には山盛りとなった卵や野菜といった食材が入った籠や中から良い匂いが漂ってくる2つの寸胴鍋。そして小さな丸パンやらお櫃に移されたご飯が所狭しと並んでいるのだが、一番目を引くのはお好み焼きを複数焼いても余るほど巨大な鉄板だろうか。
そんな鉄板にナオキが油を馴染ませていると、<ギルドホール>からソウジロウが小さな欠伸と共にやってきた。
「ナオキ、早いですね」
「もう8時ぐらいやで。職場まで遠い社会人はむしろ遅いくらいやろ」
既に太陽が『おはようございます』と登ってしばらく経っている。ススキノから帰ってきた時は疲れで惰眠を貪っていたが、公共交通機関を前の職場までの足としていたナオキにとってこの時間帯で朝の支度をするのは少々遅いと言える。
だが、事情は人によって様々だ。それ以上は特にいうことなく準備を再開するナオキであったが、近くに置いてあった椅子を引っ張り出して来たソウジロウが興味深そうに屋台や周囲を見渡すと『やっぱり商売するんですか?』と問うてきた。
彼が見たままで言えば、まさに今から店を始めるような様子。しかし、ナオキは首を振ってそれを否定した。
「調理場でやると最初の内は物珍しさで殺到して狭なるのが目に見えるからや」
「あー、なるほど。だから広いここを使うと」
「そゆこと」
<西風の旅団>の<ギルドホール>は部屋が駄々余りしているため、1部屋1部屋がかなり大きめに作られている。ただ、現在のフルメンバーである60人余りを一挙に集結させれるほどの部屋は限られている。
調理設備が置かれた部屋はそんな例外とは違う。精々、10人か10人余りが収容できる許容限界であろう。
そんな劣悪な環境で調理など言語道断なため、ナオキが考えたのが<ギルドホール>の前にある道で調理を行うというという手段であった。衛生的ではないが、冒険者ならば大丈夫だろう──多分、きっと、Maybe。
「よくそんな屋台が見つかりましたね」
「<クレセントムーン>の3号店を改造したやつや。ところで、朝飯何にするん?」
よくよく見れば所々に<クレセントムーン>の面影が見え隠れしているのを見ていたソウジロウに、鉄板の下にある火口に火種を投入したナオキに声を掛ける。突然注文しろと言われてもメニューもないので彼が慌てていると、ナオキは笑いながら卵と分厚いベーコンの塊を指差した。
「ソウジロウのことやから、どうせご飯やろ? 魚はないけどベーコンと卵はあるで?」
「ボクの格好を見てご飯って言いましたね? ……合ってますけど。じゃあ、それでベーコンエッグを作ってください」
「あいよー」
和装ゆえに和食と高を括るナオキに少々ムッとするソウジロウだが、調理を開始したナオキの手捌きに視線が鉄板の方に固定される。
まずは塊からやや厚く切り出されたベーコンを贅沢に2枚。熱が伝わると同時に脂の甘い匂いが立ち上り、そこに同時に液に浸しただけの『なんちゃって』では決して出せない燻製特有の香しい香りが合わさる。この香りだけでもご飯3杯は確定なのだが、ここで卵が割り入れられる。ベーコンの脂に海に降り立った白身が瞬く間に固まり始め、その暴力的なビジュアルに昨日のパーティでたらふく食べたはずのソウジロウの腹がうなりを上げる。
「目玉焼きは片面? 両面? 蒸し?」
「早く出来るやつで」
もはや辛抱たまらないとナオキの方を見上げるソウジロウ。しかし、そんな心情に気付いていない様子のナオキが残酷な質問を投げかけてくる。
両面焼きや片面焼きと各々でこだわりがあるのはソウジロウも重々承知だが、こんな『勝ち確定』な朝食を前に1分1秒たりとも待てる気がしない。そんな『何でもいいから早く食わせろ』という副音声が聞こえそうなぐらいの気迫を察したのか、ナオキの手はより一層速さを増した。
真っ白い茶碗にお櫃から取り出したホカホカの白い飯という日本人の力の象徴をうず高く盛りつけ、片方の寸胴鍋の蓋を開けて中にある実無しの熱い味噌汁を椀に注ぐ。後は中央に<西風の旅団>のギルドエンブレムがあしらわれた白くて丸い平皿にベーコンエッグを乗せ、キャベツの千切りという名脇役とにゃん太謹製のマヨネーズを添えれば──ご機嫌な朝食(<西風の旅団>Ver)の完成だ。
「ほい、醤油」
「ありがとうございます。そういえば目玉焼きって色んな宗教ありますよね。ソースとかケチャップとか……」
「そこは後々に期待やな。その醤油もゲームの時に買ったもんやし、味はお察しやけどな」
醤油、ソース、塩、コショウ、ケチャップ、七味といったように様々な『宗教』があるのは知っているが、この状況で無い物ねだりをするほど空気が読めない子は<西風の旅団>には居ないはずだ。
そうしてソウジロウと話しながら卵やベーコンを焼いては火力が低い所に置いて保温をしていると、その匂いに釣られてギルドメンバーたちが外に飛び出してきては朝食を強請ってきた。中にはソウジロウの前で良い恰好をしたいのか朝食を抜くという愚行を侵す輩も居たのだが、その都度ナオキがキツく言い含めることで『祭りの空気で酔っ払ったから』と訳の分からないことを言いながら味噌汁を啜るナズナ以外は全員に朝食を取らせることが出来た──のだが。
「ナオキ君、良ければご相伴に預からせてくれないかね」
「そっちのギルドにも<料理人>居るやろが」
「いえ、それがですね」
優男の襲来にナオキは露骨に嫌な顔をする。戦闘力ガン振りの<黒剣騎士団>はともかく、数が尋常ではない< D.D.D >に<料理人>が居ないのはどう考えてもおかしい。なので『自分ん家で食べろ』と言うが、横から三佐が割り込んできた。
なんでも『リアルで料理に携わることをしていた』という存在は< D.D.D >でも稀有らしく、大所帯を支えるには到底足りないらしい。必然的に厨房は既にパンク寸前となり、そんな問題を解決するために増員をしようとするのだが、サブ職業が<料理人>の者の大半は包丁すら持ったことがない冒険者が多々居るのだそうだ。
レイドとは別に料理関係の教導も進めなければならないという新たな議題が出た< D.D.D >だが、当面の食事は必要である。<ギルドホール>内での食事は金の余裕がない初心者や装備の更新が多い中堅者に譲って外食することに決めたクラスティと三佐たちであったが、適当な店に入ろうとした時に漂ってきた良い匂いに釣られてここまで来たのだとか。はた迷惑なギルドマスター様である。
「無論、タダでというつもりはないよ」
「現在、<マジックバッグ>に詰まっている食材は提供させていただきます。代金についても後で請求していただければお支払いさせていただきます」
「チラチラこっち見ながら腹減らしてる奴居るのに帰れっつーのは流石にないわ。金とかはえぇから、座り」
「べ、別にチラチラ見てませんわ! 風評被害ですわよ!」
「いやー、申し訳ないっす。あ、これ<クィーンスピア>のハチミツです」
クラスティはともかく、絶賛朝食を食べている<西風の旅団>のギルドメンバーをチラチラ見ているリーゼや他の若そうなギルドメンバーには飯を食わさねばならない。ナオキも若いはずだが、そんな『年寄り思考』によって再び朝食作りが開始される。
だが、いくら一部といっても数十人規模。調理はナオキが頑張れば良いし、食材は< D.D.D >からのカンパで何とでもなるとは言っても食器の準備や配膳が間に合う気配がない。
それを解消するためにナオキは、とりあえずとある職業の冒険者に人手を『召喚』してもらうことにした。
「ほい、
<ウンディーネ>を水源とするやり方はロデリックもやっていたため、そこから皿洗いなどといった水道系の作業にはうってつけではないかとナオキは提案する。その言葉に半信半疑だった
始めこそ威力が高すぎて皿や茶碗などが割れるというアクシデントが散見されたものの、少しすればコツを掴んだらしい<ウンディーネ>たちは主人である
「やっぱ
「そうですね。単純に人手が増えるだけでも嬉しいですし」
「あぁ、君。洗い流してくれないかい? ありがとう」
「そこの鎧姿で皿洗いしとる奴。邪魔やから座っとき」
「面白い所だったのに、止めさせるのはあんまりじゃないかな?」
つくづく大災害以降の
小さな丸パンが2つと生の所が無いように仕上げられた固めのスクランブルエッグ。後はミニサラダと野菜の余った所や肉の破片をを煮込んだスープに< D.D.D >の冒険者からもらったハチミツといった久方ぶりのまともな朝食にクラスティの喉が僅かに動く。
「このベーコン、本格的だね」
「クレセントバーガーのパティを作る時に出た端材で作ったやつやな。ソーセージと一緒にご隠居がくれたんや」
そのまま会話をしながら流れ作業で他の< D.D.D >のギルドメンバーにも朝食を出していき、一段落ついたのだが──。
「お、面白れぇことしてんじゃねぇか。俺にもくれ。飯とみそ汁でな」
「レザさん、この脳筋ゴリラ余所にやって」
「申し訳ない。私もアイザック君と同じ物をお願いします」
「俺もー」
「やっぱ朝は飯とみそ汁っすよねー。俺もお願いしまっす!」
「ブルータス共、お前らもか」
黒い鎧を着たイカついヤンキーたちが襲来してきた。デジャヴを感じたナオキがついて来たレザリックに事情を問うと、<黒剣騎士団>の方も<料理人>不足みたいだ。──否、『<料理人>がごっそりと減った』というのが正しいだろう。
減った<料理人>の全ては女性の冒険者。ここでナオキは<黒剣騎士団>所属だった女性冒険者の内の何割かがいつの間にかソウジロウのファンクラブに入っていたり、他のギルドに入ったという話を思い出し、『あっ』と声を出した。
「うちのが申し訳ない」
「おう、だから早く飯を食わせろ。唯一残ってる<料理人>のやつもカップ麺とか冷凍食品ばっかだったみたいでな。ちゃんとした料理出来ねぇんだよ」
「すみません。この1食だけにするので」
「なんのことですか?」
相変わらずの朴念仁ぶりを見せつけるソウジロウの頭を叩きつつ、アイザックやレザリックたちご所望のご飯とみそ汁とベーコンエッグという和に寄せた朝食を出してやるナオキ。後はせめてもの償いにベーコンを1枚付けてやると、彼は『悪ぃな』と笑みを浮かべてから動かしにくい小手を嵌めたままで器用に飯を食い始める。
「あ、ギルマスがベーコンオマケしてもらってる! ずっけぇ!」
「おーぼーだ! おーぼー!」
「喧しい! ……それにしても、良い景色だな」
<黒剣騎士団>のギルドメンバーを叱っていたアイザックは、何気なく周囲を見渡す。
召喚獣と
「気を付けて行ってくるんやでー。……なんか言うたか?」
「別に。それよりあの召喚獣も大地人と同じで意思があんのな」
屋台の周りにはいつの間にか様々な召喚獣が召喚されており、皿洗いどころか大地人であるサラと共に配膳や片付けまで行う個体すら現れている。<エルダー・テイル>の時には無かった変化にアイザックが物珍しそうに眺めていると、<黒剣騎士団>のギルドメンバーが彼を呼ぶので返事をしながら振り向いた。
すると、そこには何故かセーラー服を纏った<ウンディーネ>がどや顔の
「な……ん……?」
「へぇー、着れるんや。改めて召喚したらこのセーラー服って消えるん?」
「消えないっすね。ほら」
セーラー服を着せたらしい
とりあえず、<グリフォン>のことを先ほどの
「へぇー、同一個体っすか。考えたことなかったなぁ」
「まだ説やで? やから、コミュニケーションはしっかりしときな? 肝心な時にヘソ曲げて戦闘に協力してくれなかったら怖いで。あ、これ手伝ってくれたお駄賃な」
「あー、そりゃ怖い」
戦闘行為であっても、頼んで来た側がどれだけピンチであっても、人間誰しも嫌いなやつの手伝いなどしたくないのが世の常だ。同一個体説で言うなら召喚獣もまた同じ。
もしかしたら、かなりの信頼関係によって某モンスターよろしく『進化』みたいなマスクデータ以上の強化も入るかもしれないが、その逆もまた然りである。コスプレ出来るようになったと分かった
「まぁ、不機嫌にさせんように気ぃつけな」
「でも、これって彼女みたいなものが出来たってことですよね!」
「セヤナー」
たしかに常に一緒に居る存在だが、なんでそんな思考に至るのかナオキには分からなかった。ただ、ここで否定する勇気がなかった彼はチベットスナギツネのような表情で言葉を濁していると、朝食を食べ終えたアイザックが律儀に手を合わせて食後の挨拶をしてから別の話題を出して来た。
「そういえば、腹ぐろ眼鏡のギルドが<ギルドホール>買ったみたいでな。お前らも行くか?」
「こっちは後でお邪魔させてもらうことにするよ。ナオキ君、ご馳走様」
「えぇな。ソウジロウも行くか?」
「いや、そもそもナオキも<ギルドホール>に居てくださいよ。ナオキの視点から作れる物の確認だったり、ミチタカさんと浴場の相談だったりあるんですから」
「さて、行くか」
ソウジロウの文句を華麗に聞こえない振りでやり過ごしたナオキ。大通りの分岐点でクラスティたちに軽く手を振りながら別れ、アイザックと共にシロエが購入したという<ゾーン>に向かって歩いて行く。
そのまま屋台が立ち並ぶエリアを抜けた彼らは、やがて<アキバの街>の北側境界ギリギリぐらいに建てられた雑居ビルにたどり着いた。この場所こそが零細ギルドである
「ここがあの男の<ギルドホール>っちゅーわけか」
「ビルですから<ギルドタワー>が正しいのでは?」
「面倒くさいからボクは全部<ギルドホール>で統一しとるねん」
<ギルドタワー>だと思えば『一軒家なので<ギルドハウス>ですよ?』と。<ギルドキャッスル>の規模だと思えば『複数のビルを一括に買い込んだから<ギルドタワー>だぞ?』と。様々な言われようから、ゲームを全てピコピコと呼称する年配よろしくナオキはギルドメンバーが集まる全ての建造物を『<ギルドホール>』と呼称すると心に決めていた。
だが、その認識はアイザックにはピンと来なかったらしい。『何言ってんだ、こいつ』と言いたげに首を傾げながらも<ギルドホール>に近づいた彼は設定を見るや否や、『デフォルトかよ』と独り言ちながら中へ入って行った。
「おい、腹ぐろ眼鏡。無制限解放とは不用心じゃねぇか」
「あぁ、アイザックさん。どうも……ってナオキも来てくれたんだね」
「逃げて来ただけや。ソウジロウ連れて改めて挨拶来るから手土産は勘弁な」
興味深げにあちこちを見物し出したアイザックは放っておき、新しく買ったこの<ギルドホール>について話し合うシロエとナオキ。意外なことだが、こんな大きな建物でも一般的な<ゾーン>としては安めだったらしく、シロエの手持ちが大半で他には直継やにゃん太からの少額なカンパで購入できたらしい。
そんな安価の原因は中央にそびえたつ樹齢がいくつなのか見当もつかない程の樹木である。シロエはそれを触りながら、『大所帯のギルドが使うには使い勝手が悪いからね』と呟くとナオキの方に向き直った。
「それより、そっちも色々やってるんじゃないの?」
「それから逃げてきてん。頼られるのはえぇけど、おんぶに抱っこはちゃうやん?」
「ごもっとも」
未だ瓦礫や落ち葉が溜まっている1階部分の掃除を<黒剣騎士団>のギルドメンバーと手伝いつつ、ナオキは逃げてきた理由をシロエに話す。味のある食べ物の調理法についてはたしかににゃん太とある程度の予想を立てることが出来たナオキではあるが、それ以外──醸造や木工などとリアルで作る要領で作る物全般には明るくもなければ『万能の天才』と呼ばれるような存在でもない。
<ギルドホール>で籠っていても入れ代わり立ち代わりで『酒造りってこれであってる?』や、『実際に剣作ってみたらどうなる?』といったことを聞いて来るため、その度に『知らんがな』の5文字をナオキは叩きつけていた。
「大将とか若旦那にリアル職人とかの冒険者をピックアップしてもろてるけど、この分やと人材の取り合いになりかねんしなぁ」
「たしかにな。腹ぐろ、いっそ集まって講習会とか開くのはどうだ?」
近くの岩を運び出しながら『効率的だろ?』とドヤ顔のアイザックにシロエは同意する。たしかに興味のある人間を集めて公私に出張ってもらう方が効率的に情報を伝えることはできるし、行く行くは講習会という解釈を広げてギルド合同での初心者を対象とした訓練も『あり』ではないか。
そう考えていると、次第にちまちまと片付けるのがアイザックの性に合わないのだろう。唸り声を挙げながら『飽きた』と近くの岩に座り込む。
たしかにかなり広い廃ビルの片付けなど如何に冒険者が頑強でも途方もない作業である。せっかく挨拶に来てもらったのにいつまでも手伝ってもらうわけにもいかないため、シロエは掃除道具をほっぽり出して声を掛けようとする。
そうすると──。
「なぁ、腹ぐろ。まだ設定は弄ってねぇよな?」
「え? あ、まだ……」
「良いことを思いついた。"気まぐれ"、付き合え」
邪悪な笑みを浮かべたアイザックはレザリックとナオキを連れ、仮設に取り付けられたロープを使って2階から上をあれこれ言いながら探索。ひとしきり階層を見た後、シロエと途中から入って来た直継にアイザックから『手早く片付ける方法がある』と再び邪悪な笑みで提案した。
その方法とは<ウンディーネ>による水でビル全体を洗い流そうという案で、あまりにも力技過ぎる方法に直継は『ビルが壊れる祭り』と拒否を示すが逆にシロエは快諾する。
「シロ、良いのかよ!?」
「うん。この辺の<ゾーン>は無人だから問題ないと思う。それに、いくら<ウンディーネ>でもビルを破壊するほどの威力は無いと思う」
「言質取ったぞ。お前ら、<ウンディーネ>だ!」
いい加減落ち葉塗れの床を掃くのも精神的にキツかったシロエが快諾したことでアイザックの指示の下、<ウンディーネ>が召喚される。無論、召喚されるのはコスプレ済みの<ウンディーネ>なため、シロエと直継は少々引いたのは言うまでもない。
「半数は上階から四方を囲むようにお願いします!」
「そこの<ウンディーネ>はもうちょい左! そう、合図したらその角から最大出力で頼むで」
レザリックとナオキの指示を経由した
「大丈夫やでー」
「よっしゃ! お前ら、派手にぶちかませ!」
アイザックの合図に全員が<ウンディーネ>に特技を指示する。彼女たちから放たれた大量の水塊が忽ちビルの全域に行き渡って中を洗浄する。それらの水は閉じておいた入り口や窓に殺到し、元々取り換え予定だった扉や窓枠をぶち破りながら外へと排出されていく。
後に残ったのは落ち葉や瓦礫がすっかり外に出されたおかげで綺麗になった床。地下の水の汲み取りという重労働を除けば、後は床の交換や階段の取り付けだけでひとまずの居住スペースは確保できるだろう。
「上手くいったな。じゃあな」
「また挨拶に来るわー」
「ありがとー」
「おう、また来いよー!」
上手くいったことに笑いながらアイザックとナオキは
***
「おー、大将に……カーユやっけか。どない?」
「ナオキか。いやー、よくお前はこの空間で平気だな」
「あー……、そこは慣れやな。ほれ、昼飯買ってきたぞー」
「わーい。あ、でも流しソーメン食べちゃった」
既に<西風の旅団>内で議題に上がっていた浴場の設置について内検を終えていたミチタカとその副官に声を掛けるナオキ。頻りに慣れだと強調しながらテキパキと買ってきた焼きそばを配りながら笑うその背中に『おとん味』を感じたミチタカであったが、言ったら面倒臭いことになるという先見の明によって押し黙る。
そのまま大地人の職人の雇用をネタに話をしていると、3人の冒険者が<ギルドホール>に入ってくる。彼らはそれぞれ<大工>、<鍛冶師>、<機工師>のサブ職業を持ったリアル職人らしく、今回の浴場を手掛けてくれるようだ。
「じゃ、ナズナ。後はよろしく」
「アタシが指揮は全然良いんだけど、ナオキにも意見をもらいたいんだけどね~」
「手伝うことは手伝うで? ただ、ボクとしてはそこら辺の水たまりで水浴び出来たらそれでえぇから自分らの使いやすいように決めてーな。公衆浴場も後々出来るやろうし」
「あんたはそう言うよね。知ってたー」
『ラキスケノーセンキュー』と手で罰を作りながらそそくさと出ていくナオキの姿にナズナは盛大にため息をつく。20代前半と言ったらそれはもう性に奔放な時期であろうに、あの枯れ具合は何だろうか。──とそこまで考えるとナズナの脳裏には大災害後に色々ナオキの前で(色々)堂々とやらかした過去が過ぎる。
(あれ、アタシらのせいじゃね?)
宇宙の真理を理解した猫のような表情で仕出かした内容を反芻させるナズナであったが、ぶっちゃけソウジロウ絡みではないので反省することなく『ま、いっか』と一瞬で結論付けた。
そんなサブギルドマスターの横柄な感想や彼女含む一部のギルドメンバーの邪な企みなど知る由もなく作業は始まった。
その一方でナオキはというと、先程ナズナに言った通りに<海洋機構>の大工たちに振舞うおにぎりを作ったり、ヒサコを筆頭とした
いくら何でも外部の人間にやりすぎではないかと思って注意をしたが、ナズナや<大工>たちの反応はナオキが想像していたのとはかなり違うものであった。
「なぁ、ナズナ。<大工>の人らに結構話しかけたりリテイクしとるけど、自分ってそんな風呂に情熱かけるような奴やっけ?」
「うぇっ!? ……あー、言わなかったけどアタシはしず●ちゃん並に風呂好きでねー。だから、ついテンション上がっちゃったよ」
「一応、<海洋機構>のお客さんなんやから暴力はあかんで」
「いえ! 大丈夫っす! むしろ意見があったらバシバシお願いしゃーっす!」
「サラとか中高生の教育に悪いから余所でやってくれんかな」
元々そういう気があったのか、はたまた何回もやられる内に『そういうのが逆に良い性質』に変化したのかは定かではないが、すっかり鞭を受け入れる体勢をとった<大工>たちにナオキはややマジトーンで返す。
そんなこともありながらも浴場1つ拵えるには少々時間がかかったが無事に設計が為され、ソウジロウたちがクエストで取ってきた木材で着工。その最中もナズナやオリーブなどといった現場監督の厳しいリテイクがありつつも、3日後にはかなり立派な浴場が完成した。
「おー、中々えぇやん」
「気合い入れまくったからねー。あんたらもお疲れさん」
「いえいえ、またいつでも呼んでください」
広々とした空間に柔らかな照明。隅に置かれた観葉植物も心休まる緑要素をプラスしてくれている。そんな居心地のいい空間に仕上がった浴場を前に全員が朗らかな気持ちで談笑していた。
やがて『次の仕事がある』と<大工>たちが去った後、あれだけ入りたいと言っていた風呂を前にナズナは1番風呂の権利をソウジロウに譲るというまさかの行動に出た。ただ、あれだけ浴場を熱望していたナオキ以外のギルドメンバーはこの暴挙に賛成し、ついでとばかりにナオキにも入ってくるよう促す。
「いや、昨日水浴びして来たばっかやし。まずはナズナらが入るべきやろ。ほら、ボクたちは外に出とるさかい」
「さっさと入るっ!」
頑なに入ろうとしないナオキに痺れを切らしたナズナは彼を脱衣所へ蹴り入れ、ソウジロウも入って来るように促す。
しかしながら持ち前のレディーファースト気質が相まってソウジロウも1番風呂を固辞してくるが、ナオキが既に脱衣所に居るという名目で無理やり押し込むことに成功する。
「じゃ、ごゆっくりー!」
「あ、はい」
やたら鼻息が荒くなっているナズナたちが勢い良く扉を閉めたので、ソウジロウとナオキはお互いに『それだけ臭かったりするのか』と心配してお互いの服に鼻を近づける。
「臭い?」
「いんや。そもそも冒険者って老廃物は……排泄あるんやからするんやろなぁ」
こういった臭い系のハラスメントについては当事者が気づかない方が多いと聞くため、うだうだ言っていても仕方がないとお互いは譲ってくれたナズナに一応の感謝を送りながら服を脱ぎ始める。
そして、彼らが浴場に足を踏み入れるのと同じタイミングで脱衣所の横に巧妙に隠された『覗き用』の扉が勢いよく開かれたのであった。
***
風呂の描写に『カポーン』という音が出てきたのは何時頃だろうか。脱衣所から浴場に入るとどこからともなく聞こえてきた音に『様式美ですね(や)』と笑った2人はそのまま湯船に──ではなく、洗い場へと直行する。
「流石にマナー違反ですからね」
「いやー、あいつらならソウジロウの洗ってない残り湯も金出して購入しそうやない?」
「流石に……ないでしょー。うん、ないない」
<西風の旅団>という集団に所属する上で洗いもせずに湯船に浸かるというギルティを犯すのは非常にまずいとソウジロウは身体を洗いつつ、いくら自身を好いてくれるギルドメンバーでも入った残り湯を求める人間は居ないだろうとナオキの言葉に反論した。
ただ、彼らは知らない。ネットという広大な海の中には風呂のシーンがあると『ゴクゴク』というコメントを残す民の存在も居れば、ソウジロウとナオキが信頼しているギルドメンバーの一部がソウジロウの入浴シーンを覗こうと行動を開始していたことに……。
まさか自身が覗きの対象になっていることなどつゆ知らず。ソウジロウはのほほんとした表情でナオキに髪を洗ってもらっていると、ナオキは指の間から出てきた彼の髪を摘まんで首をかしげた。
「そういえば、ソウジロウ。自分、髪伸びたか?」
「言われてみれば……ちょっと伸びたような?」
目を瞑りながら自身の髪の長さを測るが、そんなに自分のことを細かに把握する性質ではないソウジロウはナオキと同じく首をかしげる。
しかし、これはネットでよく見るような『たかが髪』と軽々しく言うことが出来ない問題ではないと言いつつもアイテムとして存在している石鹸をソウジロウの髪の毛に撫で付けていく。
「どういうことですか? それと、痛いんですけど」
「シャンプーなんて気の利いたもんなんてないわ。ロデリックさんとこに頼めや」
人を撲殺できそうな硬さの石鹸がゴッゴッと当たる感触に痛がるソウジロウにナオキはロデリックの名前を呼ぶ。妖精薬師という呼び声の高い彼は現在、独自に薬品系の研究に没頭しているらしい。
<円卓会議>が発足する前も彼は蒸気機関の進捗を見に来たナオキを『ポーションの治験を頼みたい』と<ギルドホール>に招待し、自他共に『実験好き』な性格ゆえにホイホイ着いて行ったナオキをヤク漬けにした経歴を持っている。
「ちなみにどんな物を試したんですか?」
「一般的なポーションがちゃんと効果を発揮するか、軒並み全部試したぐらいやな」
『まずは仕様の確認がセオリーである』というロデリックの言葉から初心者が使う低級から<フルレイド>で使う超高級品までの回復用ポーションや各耐性を上げるポーション。状態異常を回復するポーションまで飲んだが特に<エルダー・テイル>で使用した時と効果は変わらないという結果に至った。
残念ながらそこでナオキは<海洋機構>の方に行ってしまったので続報は知らされていないが、知的好奇心を満たそうとするあの眼鏡の光り具合から今日も実験は行われているだろう。
そんな彼にシャンプーなどといった日用品のシェアのことを話せば彼は即座に薬学に費やす研究費用の増加を思い浮かぶだろうし、ナオキが行った治験のことを『貸し』ということで強請ればあのロデリックならば品質も納得できるものを早めに作ってくれるだろうとナオキが予想した。
「うちは女の子が多いですからね。早く開発してもらわないと」
「うーわ、出た出た。一応、ボクも居るねんからな」
「ナオキちゃんは放っておいたら勝手にどこか行って、全部終わったら勝手に帰って来るじゃない」
「ドルチェも手厳しいなぁ。……ちょい待ち?」
まるで野良犬のような生態と毒づくドルチェにナオキが笑いながらソウジロウの髪についた泡を濯いでいると、ようやくこの場に1人増えているという状況に気付く。すぐさま横を見ると、そこには特徴的な髪に石鹸を擦りつけて泡立ちの悪さに文句を言うドルチェの引き締まった身体。『腹筋が手榴弾』と言った感想が喉から出掛かるが、見事に抑え込んだナオキはここに居る理由を問う。
「ソウちゃんとナオキちゃんがお風呂に入ろうとしてたから、入っただけだけど?」
「あー、うん。そりゃそうやんな。ごめん」
「またナオキは変なこと考えてますね。その癖、直した方が良いですよ」
昨今の情勢に多少ついていけていない自覚を持っていたため、騒ぐのも失礼だと思考を放棄したナオキ。そんな彼にソウジロウが注意をすると、ナオキは『オマエモナー』と文句をつける。
こうして3人組は互いに背中を流すという貴重な体験をした後にようやく湯舟へと入る。集めのお湯が筋肉を弛緩させ、彼らは示す合わせることなく『うはぁ~』とため息交じりの声を漏らしながら顔を蕩けさせる。
「ところでナオキちゃん。さっきの髪がどうのこうのってなんのこと?」
「あぁ、それな。ちょっと気になっただけやねんけどな。<エルダー・テイル>の種族とかあるやん?」
「種族? ヒューマンとかエルフとかですか?」
「せや。髪が伸びるってことは代謝はあるっちゅーことやし、寿命とか……?」
柔らかくなった己の筋肉のメンテナンスをしていたドルチェが先ほどの話題について問いかけると、ナオキは少々不安そうな表情で答える。ただ、彼のその反応は茶会の頃に散々見てきたソウジロウは相槌を打つ……が、そんな時であった。
ミシリ
なにかが軋むような異音。それに紛れる形で複数人の小さな声がナオキの鋭敏な耳が捉えた。そのまま彼が異音がする天井の方をダークヴィジョンを付与しながら向くと、まるでトコロテンが出てくる直前のようにみっちりと詰まったギルドメンバーの姿があった。
人間の集団に対して表現するにはかなり失礼だが、そんな配慮よりも純粋な気持ち悪さが勝ったナオキは『えぇ……』とドン引きする。
そんな彼女たちの視線を追うとその塊の先でナズナが何かを小声で騒いでいる姿を見つけた。
どうやらあの時のナズナは親切心で1番風呂を譲ったわけではないらしい。譲ってもらったことに多少感謝したあの時の気持ちを返して欲しい。
「なんですかね。この音」
「なにかしら」
そんなことを思っていると、上から聞こえてくる軋むような音がミシミシと何かがへし折れる寸前のような異音に変わってくる。そこまで来るとドルチェやソウジロウも不思議そうに天井を見上げるが、暗さで何も見えないのか目を細めながらしきりに首を動かしていた。
「んー、もう少しで分かると思うわ。あ、もうちょっとこっち来とき」
「? 分かりました」
しかし、その中で唯一正体が分かっていたナオキは二次被害を防ぐためにソウジロウを自分の近くに寄せる。位置的にドルチェとナオキとソウジロウの中央にかなり広めのスペースが出来た瞬間、天井が抜けて上からかなりのギルドメンバーが浴槽にダイブ。その数にナオキは『どんだけやねん』とツッコみ、ソウジロウは驚きの表情で固まっていた。
「えぇいっ! まどろっこしいのはもうやめだ! ソウジッ、一緒に……はい……ろ……」
「ソウ様! お背中御流しし……ま……」
開口一番、ナズナとオリーブが作戦の変更と己の欲望全開で真正面を見るが、そこにはソウジロウの姿はない。居たのはドルチェで、この騒動に動揺して思わず立ち上がっていた。
「……キャッ♡」
「ちゃう。そこやない」
重厚な胸板を隠すドルチェにツッコみを入れつつ、ナオキはソウジロウの頭からずり落ちたタオルを畳んで彼の頭に載せてやると、自身の腰にタオルを巻いてそそくさと脱衣所へ向かう。適度に水分を拭ってから着替えをしていると、浴場の方から吐き気を催すような声と野太いシャウトが聞こえてきた。
「うちってこんな変態集団やったかなぁ」
ナズナやオリーブは直情的なので分かるが、まさかイサミなども来るとは思ってなかったナオキは<西風の旅団>のある意味での危険性を再認識すると、騒然となった浴場をあえて見ない振りをして部屋に戻って行った。
どんなに頭の中でシミュレートをしてもあの場を治められる気がしなかったのだ。断じて逃げたわけでは……逃げたわけ……訂正しよう、収拾が面倒くさくて逃げだしたのだ。
その後、<海洋機構>に水飲み鳥のように謝罪をしながら再び来てもらって天井の修繕をしてもらったのは言うまでもない。
最近、某オンラインゲームのオープンベータに参加しました。やっぱり、街に活気があるのがなんか…良いですよね。