とある日。ナオキは
「えーっと、公共浴場の場所についての苦情。こっちは近くの村までの乗合馬車の提案……。<円卓会議>で発足した<大地人>商人の護衛クエスト報告がこれだね。これは……ゴミっと」
「うぉい! ちゃんと見ぃーや!」
「なんでそっちの<ギルドホール>の覗き対策の相談を聞かなくちゃいけないんだよ!」
苦情、提案、報告とジャンルがごちゃ混ぜになっている書類の束とは別口の書類を流し読みしてゴミ箱にダンクしそうなシロエにナオキが怒る。ただ、ゴミ箱に入れるために丸められた件の書類の中身は<西風の旅団>の浴場にて先日起こった覗き事件(被害者:ソウジロウ)の顛末と対策についての相談である。
つまり、シロエは早々にこの問題を『業務範囲外』として放り出したわけだ。言っていることは尤もだが、それでも何かしら知恵を貸して欲しかったナオキはその苛立ちを目も合わせずに書類へ向かうシロエへの当てつけで返すことにした。
「話変わるんやけど、<円卓会議>の実務担当が少なすぎるのも問題やな」
「じゃあくつろいでないで手伝ってよ」
「書類運んできたやろ? ボクの仕事はもう終わりや」
ナオキは受け取り済みの捺印が押された紙をヒラヒラ動かし、シロエが言ったような『業務範囲外』ということをアピールする。
ナオキがここに来た理由。それは<西風の旅団>や<そうきゅんファンクラブ>、またはいずれかのギルドメンバーと接点を持った<冒険者>が書いた苦情、提案、報告といった書類の配達である。本来は個別に持って行くべきなのだが、<アキバの街>の総人口的に代表者が持って行った方が都合が良いと判断したソウジロウが
ただ、そんな余裕ぶった態度が癪に障ったらしい。シロエは眉間に寄せた皴──アカツキ曰く、『おじいさんの皴』を揉みほぐしながら左手で追い払うようなジェスチャーをナオキに送った。
「用が済んだのなら、早く帰ってよ」
「そう言うなや、今日はご隠居にソースとかを分けてもらうんやから。それに、気になったことが出来てん」
「気になる?」
『気まぐれ』が気になる事柄に興味を持ったシロエは書類から目線を上げる。すると、それを合図にナオキがソウジロウが紙に認めて寄越して来た浴場のことについて話し出した。
最初は『覗きのこと?』と訝しんだシロエだったが、ナオキはそれを否定。そのまま、『ソウジロウの髪が伸びとる気がする』と当たり前の話をしたので彼は鼻を鳴らしながら呆れた。
「そんなの当たり前じゃないか」
「なんで当たり前なんや?」
「そりゃこの世界が今の僕たちの現実だから……」
「そうや。そうなると、<冒険者>の寿命はどうなるんやろうか。髪が伸びるんや、背も高こうなれば年齢も上がるっちゅーのが自然やん?」
最初こそ『当たり前』と言っていたシロエだったが、何度もナオキが投げかけた質問にハッとする。髪が伸びることは即ち、<冒険者>の肉体的な成長を意味する。その成長の末に老いがあり、そのまま『死』が待っている。
現実ではそれが普通で、大災害を経たこの世界が現実と定義すれば……。
「<エルフ>種族がすごいことになるね」
<エルフ>種族しか闊歩していないであろう100年後あたりの<アキバの街>を連想したシロエが渋い顔をしていると、ナオキはさらに質問を投げかけてきた。
「そもそもどっちの年齢を参照しとるか分からんしな」
「ウッドストックさんとか茜屋さんとか……どうなるんだろ」
ウッドストック=Wと茜屋=一文字の介。片方は<ドワーフ>なので判断はつかないが、もう一方は<ヒューマン>で見た目は完全に定年過ぎた元勤め人のような感じである。寿命の話を真に受けるのであれば、特に茜屋は危ないのではないかとナオキは言うが、医者も医療も十全ではないこの世界で何が出来るかと言えば何も出来ることはないためにシロエは『今後の課題だね』と話を区切った。
そうして再び静寂な時間が流れるかと思いきや──。
「主君、うちの周囲を怪しげな者が見張っているぞ。<大地人>だ」
「うぉわっ! アカツキさ……アカツキか」
「アカツキさん、大通りの方向か?」
アカツキが突然姿を現したことで椅子から転げ落ちそうになったシロエを無視し、ナオキは怪しい人物を目撃した方向を彼女に聞きながら窓際へ移動する。バレないようと奥の景色を見ているようなポーズを装い、ふと首を回すついでに<ギルドホール>の周囲を探ると──居た。
フードを目深に被った人が挙動不審になりながらも時折<ギルドホール>を見上げている。思えば<西風の旅団>の<ギルドホール>周辺にもそのような怪しげな人物が居た気がするが、完全に居たという自信は残念ながらない。
あの何かを探るような視線から、彼/彼女らは<アキバの街>の人間ではないことは明白だ。
「居る?」
「まだ居るな。ギルドの皆にも聞いたんやけど、最近は商人の出入りも激しいんやろ? 良くないのが流れ込んできてるかもしれんで」
「そうだね。班長も最近、視線が気になるって言ってたよ」
どうやら既に察知しているようだ。
リアルでの話になるが、中世において商人や旅芸人といった場所を転々とする職業は流言の温床だ。それが対象の街にとって有益なのか、有害なのか、はたまた無害かつ無益なのか。蓋を開けてみないと分からないパンドラの箱だ。
なので、今出来ることは周囲に『耳』を<アキバの街>全体に置くこと。箱の中身がなんなのかを推測できるほどの情報を基に考え、なにかあった場合に備える。それがシロエたち、<円卓会議>の唯一出来る防衛手段であった。
「まぁ、目的は分からんけど……。どこからかってのは大体予想は付くな」
「イースタル……だよね」
シロエの推測にナオキが首を縦に振る。
<自由都市同盟イースタル>。リアルでの東日本を領土とする巨大な組織だ。都市国家を統べる24人の領主たちが居り、その筆頭領主が<マイハマ>を治めるセルジアッド公爵であるのが、ナオキやシロエが<エルダー・テイル>の情報サイトやクエストのカバーストーリーを見て記憶している設定だ。
そんなイースタルだが、シロエたちが今回の動きの主犯だと予想する最大の理由は『各文化圏の距離』である。
<エルダー・テイル>のヤマトサーバーには<エッゾ帝国>、<フォーランド公爵領>、<ナインテイル自治領>、<自由都市同盟イースタル>、<神聖皇国ウェストランデ>と5つの文化圏が設定されている。<アキバの街>はその中のイースタルに属しているため、何かを感づいた場合は特に越権などを気にすることなく真っ先に調査に来るのは誰かと問われればイースタルと答えるのが当然ともいえる。
だが、これは<大地人>の理であって<冒険者>には一切当てはまらない。念話という即座に情報を共有できるチート機能をもってすればレオトのように予め街に潜伏し、そこから色々やらかすことが出来る。
そこから先の考えは本当に『たられば』となって極端に視野が狭くなる恐れがあるのでナオキはこれ以上の言及は避けたが、自分たちのことで手一杯なのに余所から問題を持ち込まないでほしいというのがシロエとナオキ両方の本音であった。
そんな後ろ暗いことを考えていると、<ギルドホール>の玄関を叩く音と来訪者の声が聞こえる
「ごめんくださーい」
「誰か来たで」
「アカツキ、出てくれる?」
「承知した」
出ていくアカツキを見送った2人は来訪者について予想を巡らせるが、しばらくすると彼女が遠慮がちにシロエを呼ぶ。見知らぬ<大地人>だったため、最初は道に迷った者が道を聞いて来たのだと思ったがどうやらにゃん太に会いたいのだとか。
「<大地人>? 班長の知り合いかな」
「外で待たせるわけにもいかないから、1階に待たせているぞ」
「なんや、おもろそうやな」
いつの間に<大地人>と知己になったのか。一応ギルドマスターであるシロエが机から立ち上がると、興味をそそられたナオキも彼に着いていく。
そのまま1階に降りていくと、ソファに座った青年がシロエの存在に気付いて頭を下げた。
「どうも、
「い、いえ。初対面です! あ、申し遅れました。僕はスコットと言います!」
やたら元気の良い青年改め、スコットはシロエやアカツキにしきりに頭を下げる。彼の一生懸命な反応に裏はないことを悟ったシロエはどのように対応しようかと頭を悩ませていると、シロエの後ろでスコットの情報を見ていたナオキが小さく彼の情報をシロエに伝達する。
彼のレベルは14で、サブ職業は彼の身に纏っているコックコートから把握できるように<料理人>。そしてなにより<大地人>である。
そんな人物が<冒険者>に一体何の用だろうか。
ただ、割とコミュニケーションが少々覚束ないシロエがスコットに聞けるわけもなく、アカツキもアカツキで門外漢そうな雰囲気にすっかり口を閉ざしている。
このままにゃん太が帰って来るまで放置──と思われたが。
「なぁ、自分。ご隠居……にゃん太さんにどんな用なん?」
((ぶっこんだーっ!))
関西人特有の性であろうか。特に何の警戒もなくここに来た理由を聞くナオキに若干コミュニケーションが苦手な2人は心の中で叫ぶ。心なしか彼の後ろでマリエールの残像がウィンクしているのは気のせいであろう。
「自分……? あっ、僕ですか。実は──」
関西弁になじみがなかったのだろうスコットが少々取り乱したが、事の発端を説明してくれた。
なんでも彼は<アキバの街>のはずれにある食堂で見習い<料理人>をしていたらしく、少し前にようやく調理場に出してもらえるようになったらしい。
「それはおめでとさん」
「ありがとうございます。それで、良い機会なので長年交際していた彼女にプロポーズをしたんです」
「それはまた……気が早いね」
「そんなことはないぞ、主君。はやきこと風のごとしというからな」
「そこら辺はえぇわ。で、スコット君的にここからが問題なんやろ?」
謎の風林火山推しなアカツキは放っておき、続きを話すよう促すと彼はコクリと頷く。
幸いなことに彼の彼女も結婚にはノリ気であったが、彼女の父親が結婚に『半人前の<料理人>風情に娘はやれるか』と猛反対。それでも説得を重ねてようやく課題付きで許可をもらえたところまでは良かったのだが、それがとあるレシピの再現であった。
「そのレシピは?」
「これです」
コックコートから取り出されたレシピをナオキはじっくりと読み進める。アスコットクラブに小麦粉、<クロック鳥>の卵と入手的にはさほど問題がない材料であり、調理に必要なスキルも失敗するほど高度でもない。
「作れるんやないの?」
「いえ、エラーが出たんです」
「素材が足りないとか、調理途中でふやけて失敗するんやなくて?」
「はい。エラーです」
悲痛な面持ちのスコットの隣で話を聞いていたナオキはシロエと顔を見合わせる。通常、調理のコンソールでは材料が足りなければ『●●が足りません』と警告が出るため、エラーというのは初耳であった。
だが、もしかしたら警告のことをエラーと呼んでいるのかもしれない。そう考えたナオキは<マジックバッグ>を外し、水を調理することで出来る白湯をコンソールで選択するとスコットを呼んだ。
「こんな感じのエラーやろか」
「いいえ、"作れません"と出てしまいます。ちゃんとレシピに書かれていた通りの物を揃えたはずなんですが」
どうやら本当に作れないらしい。だが、ここで『はい、そうですか』と引き下がるのもモヤモヤするため、ナオキは『実験やな』と呟くと念話の構えを取る。通話先は開発ラッシュから一歩遠のいて外回りなどを行っている<第8商店街>のギルドマスターであるカラシンであった。
【あ、若旦那?】
【あー、ナオキさん。先日振り。どしたの?】
【いやー、<大地人>の人が伝説のレシピってのを持ってきてな? どうやらそれがエラー出るらしいんやわ】
【へぇ……。何が入用なんだい?】
【話が早くて助かるわ】
『伝説のレシピ』という部分に興味を持ったカラシンは即座に必要な物を聞いて来る。その対応の早さに苦笑しながらナオキはアスコットクラブなどのレシピに書かれた材料と料理名から必要そうな食材を適当に注文すると、裏で誰かを呼び出したカラシンは『10分ほどで届ける』と某通販サイト顔負けの提供速度を約束してくれる。
【あ、送り先は
【あぁ、シロエ殿も噛んでるのか。こりゃ期待できるな。じゃあ、また】
そんな感じで念話を終えたナオキは、材料が届くまでの時間でスコットにコンソールを用いた調理の手順を教えてもらう。
別に彼のことを馬鹿にしているわけではない。<冒険者>がコンソールを用いて調理するのと、<大地人>がコンソールを用いて調理するのが一緒か確認するためだ。ここで少しでも手順が異なっていれば『<冒険者>式』にすることで解決できるためにナオキはスコットが作ろうとしていた時の手順を1つ1つじっくり観察する。
しかし、残念ながら彼の行った手順は<エルダー・テイル>で行っていた<冒険者>の調理と何1つ変わらなかった。そうなると後は単純な調理スキルの違い、もしくは『レシピ自体が間違っていた』ことぐらいしかない。
どこの馬の骨か分からない青年へ無理難題とも思われるレシピを渡して作らせる。キャストは違うが竹取物語と少々似通った内容だと思ったナオキはレシピ自体が偽物ではないかと疑問視する。
「ちわ~、三〇屋でーす」
「あ”~ら、サブちゃん!」
『到底作れないレシピじゃないか』と失礼にもほどがあることを言おうとしたナオキであったが、<ギルドホール>の扉がノックされたことで辛うじて中断された。若干のダミ声で家主に断りを入れずに扉を開けるとそこには営業スマイルのカラシンが大量の荷物を持って立っており、そこでようやくシロエの『どうぞ』という声がかかる。
「お邪魔しますっと。で、ナオキさん。これで全部?」
「ひのふの……全部揃っとるな。やけど、これ揃えるの大変やったんやないの?」
「なーに、蒸気機関の査察とか色々有用なことを教えてもらったから。……こんなもので」
小麦などの原料ではなく、全て加工された物ゆえに現状は品薄であろうと若干申し訳なさそうにするナオキを笑いながらカラシンが領収書を差し出し、それを受け取ったナオキは『良心的過ぎて涙が出るで』というと<マジックバッグ>から振り込み用の手形を取り出して所定の金額を記載してからカラシンに手渡した。
その際に机に置いた領収書の金額に目が飛び出たスコットだが、<冒険者>にしてみればレベル相応の狩場で数時間かるか、クエストを数回周回すれば手に入るほどのはした金なので適当にあしらったナオキはさっそくコンソールからの調理を開始する。
そんな光景をチラチラ見ながら割とゆっくりな歩調で出て行こうとするカラシン。その『わざとらしさ』に苦笑したシロエは近くのソファに手を翳した。
「若旦那も見て行けばどうです?」
「え、シロエ殿。良いんですか?」
「目を輝かせながらよーいうわ」
すっかりその気でいたカラシンがものすごい速さで着席をしたことに呆れたナオキは、改めてスコットと材料のチェックを行う。持ってきてもらった材料の品質の高さに彼からその都度驚愕の声が上がるが、逐一驚かれては全然話が進まないので『<冒険者>』という便利な言葉で無理やり納得してもらう。
そして、いよいよコンソールによる調理を行ってみるが──。
「あかん。エラーや」
「はい。それが出るんです」
「初めて見るね。ちょっとうちの<料理人>にも聞いてみるよ」
材料不足でもなく、かといって調理に失敗するのであればコンソールからは何も返ってこないのが仕様だ。それなのに『作れない』というのが何とも気持ちが悪かったナオキは全ての材料を<マジックバッグ>に収め、『自分が取得しているアイテム扱い』になるようにしてからコンソールを操作する。
だが、それでも失敗。首をかしげるナオキにカラシンから悪い知らせが入って来た。
「暇な<料理人>に声を掛けたけど、やっぱりそんな"エラー"みたいな物は起こったことがないって」
「マジか。じゃあ、やっぱり──」
「"間違ったレシピ"だと思う」
突然高い所から声を掛けられ、その言葉に釣られた全員が上を向く。そこにはいつの間に席を離れたのかシロエが立っており、彼は階段を下りてからナオキに紙片を手渡した。
訝し気にそれを見たナオキはそれが『レシピ』だとすぐに判断したが、レシピの名前は『卵かけご飯』と<エルダー・テイル>ではなかった食べ物。それにインクが所々滲んでいるため、どこからどう見ても『今さっき書いて来た』ような代物であった。
「なんやこれ」
「いいからこれをコンソールで作ってみてほしいんだ」
なにがなんだか分からないナオキであったが、シロエの言葉に渋々ながら材料を確認してコンソールで調理を行う──が、スコットのレシピと同じでエラーが出るのみ。そんな結果にシロエは悟ったような表情で『やっぱりね』と言いながら卵かけご飯のレシピを持って未だ理解できない全員に説明を始める。
「なにが"やっぱり"やねん。そのレシピも偽物ってことか?」
「そうだよ。これは普段使いの紙で書いたレシピ。だから、コンソールでは機能しなかったんだね」
「あぁ、そうか。シロエ殿は<筆写師>だった」
シロエのサブ職業である<筆写師>とは、魔法の呪文書などといった魔法についての手引き書を始め、地図や図面、書類などの記述するタイプのアイテム。インク壺や紙といった『何かを書くのに必要なアイテム』も素材次第で量産可能なサブ職業だ。
そして卵かけご飯のレシピだが、これはスコットの渡して来たレシピのような<エルダー・テイル>で使われるアイテムではなくてシロエがその辺の紙で書いたメモ。つまり、『なんちゃって』のレシピだ。
つまるところ、覚え書き程度には使えるが<エルダー・テイル>方式でアイテムを作成するときに使用するレシピや図面の成り得ない『偽物』であった。
「じゃあ、このレシピも偽物っちゅーことか?」
「紙質からするとちゃんとしたアイテム……だと思う。でも、これは……」
「いやー、難航しそうな雰囲気なんで失礼しまっす!」
レシピ自体は本物。だが、偽物のような判定をする。まるでトンチのような展開にもはやお手上げ状態のカラシンは扉を開けて入って来たにゃん太やセララと入れ替わる形で脱兎のごとく逃げ出してしまった。
「どうしたのですかにゃあ? お客さんですかにゃ?」
「あっ、班長お帰り。セララさんもいらっしゃい」
「実はな──」
不思議そうにスコットを見ていたにゃん太に、ナオキはかくかくしかじかと事の経緯と実験した内容と結果を伝えていく。その横でスコットが彼のことを『スゴ腕ご隠居コック』という本人も自覚していない呼び名で呼んでいたことに全員が面食らったが、とりあえずはナオキのやった実験を基ににゃん太の見解を聞くことにした。
「うーん、吾輩も料理に関してはナオキちと同じぐらいの知見しか持ってないですにゃぁ」
「材料は揃ってるし、スキルも十分。なのにシロエが用意した偽のレシピと同じ反応。なのに、アイテムとして機能する。よー分からんなぁ」
「そういえば主君、さっき何かを言いかけていなかったか? ほら、カラシン殿が退出する前に」
「あー、あれね。さっきのレシピのこと以外に内容についてちょっと気になったことがあるんだよ」
そう言って別の紙を用意したシロエはスコットが持ってきたレシピの中から必要な材料を羅列していき、やがて全てを書き連ねた彼はそれぞれの材料名を軽くペンで突きながら『<クロック鳥>の卵だけ素材の取得難易度が極端に低いよね』と指摘した。
「まぁ、そうやな。全部、町で買えるけどそこまで行くのに戦闘力は必要やからな」
「そうですね。僕も揃えるのに苦労しました」
生産品にはそのレベルに応じた素材というものがある。それは狩りで手に入れるためのレベルであったり、売られている町に行くためのレベルや手間であったりと様々だが、その中で<クロック鳥>という<アキバの街>以外にもその辺に居る鳥の卵という圧倒的に格下の素材を使うのは不自然であった。
「シロエの見立てでは卵が怪しいというわけか。実際にはどのぐらいが正当なん?」
「レベル帯としては
そんな時、やたらと<クロック鳥>の名前をブツブツ言っていたシロエがにゃん太と何度かやり取りを行う。秘密の相談なら部外者が居ないところでやって欲しかったナオキは自前で白湯を調理してそれぞれに配っていると、ようやく相談が終わったシロエが『謎が解けたよ』と眼鏡を指で押しあげた。
「やっぱ材料が間違っとったんか?」
「うん、これは"β時代"の物だ」
「"べーたじだい"ってなんですか?」
「あー、遺物級にめっちゃ昔のことや。なるほどな、β時代となるとモンスターの名前も変わると?」
ゲームには正式リリース前に『α』や『β』といったバージョンが存在している。見解によって変わるが大抵のα版はゲームの基本的な要素がほぼ一通り組み込まれたものを指し、β版はゲーム全ての要素が加わった状態の物を指している。
オンラインゲームの場合はα版で人数を絞った上で、β版で実際に遊べるかを特に制限もなくプレイヤーを募って行うテストを実施するのが通例で、それらを『αテスト』、『βテスト』とも言っている。
<エルダー・テイル>もその例に漏れずにβテストを行っていたのだが、ナオキはその頃は別のゲームにお熱であったのでやっていない。そのため、シロエの言い分から『名前が変更されたモンスター』だと推測したのだ。
「ご明察。多分だけど、これは<クロック鳥>ではなく"<ロック鳥>"かな」
「レベルは85以上。高レベルモンスターといっても差支えは無いですにゃ」
「そんなっ! ベテランの<冒険者>でも倒せるか分からないじゃないですか!」
「まー、<大地人>同士の話に<冒険者>は首を突っ込むわけにはいかんやろけどなぁ。結婚させたくないからって"そういう"のは流石になぁ」
いくら結婚する上での条件といっても相手はレベル85以上のモンスターである。見習いコックに高レベルの<冒険者>を複数人雇う金もないことは先方も重々承知のはずだ。
それを知っててレシピを渡したのであれば、それはもう『そういうこと』である。
「とりあえず、<ロック鳥>の卵を用意してちゃんと出来るところからやな」
「今から取りに行く?」
「いや、もらう。報酬もらっとらんしな。なぁ、セララさん」
「ふぇ?」
何のことか分からない表情を浮かべるセララに口元を歪ませるナオキだが、もちろん無体はしていない。ただ、彼女経由で<三日月同盟>に連絡が行き、セララ救出の報酬としてクレセントムーンの余りで<マジックバッグ>に寝かせていた<ロック鳥>の卵がナオキの手に渡っただけである。
***
「さて、じゃあ改めて試そか」
「すごい、これが<ロック鳥>の卵……」
一抱えある巨大な卵という存在感に圧倒されるスコットを余所に、全員は改めてナオキの行動を注視する。シロエの予想が正しければこれで調理が行われるはずだ。
『調理するで』という合図と同時にナオキの指がコンソールの調理ボタンをタップすると、<ロック鳥>の卵が瞬時に消え失せ、その代わりに湯気が立った状態のパイ包みが完成する。
──成功だ。
「お、いけた」
「これで課題も大丈夫ですね! スコットさん!」
「は、はい」
課題の料理が出来たことではしゃぐセララ。中高生の女子ともなれば未だ色恋に夢見る年頃なので、課題料理が出来たことと結婚がイコールで結びつくのは仕方のないことである。
だが、『その先』を見据えていた彼女以外……特にスコットは顔を青白くしていた。
「なぁ、スコット君。この課題は君を間接的に亡き者する計画やとボクは思うんやけど」
「いえ、アリーシャ……彼女の御父上であるギルバート氏はそのようなことはしないと思います。貴族の方なので、このような手段を使わずとも僕を亡き者に出来るかと」
明らかにレベル違いの相手に向かわせる必要があるため、『そういうこと』を言葉にしたナオキだがスコットはその邪推を否定する。たしかに貴族であればそこら辺の<大地人>1人を人知れず始末することは簡単に出来てしまうだろうということでナオキは納得する。
ただ、セララにとってこのやり取りは課題の料理が実際に出来ているのに、まるで再び作るような算段を立てているようで一頻り首を捻ってからにゃん太に質問した。
「にゃん太さん、なんでスコットさんとナオキさんはもう課題が出来ているのに作り直そうとしているんですか?」
「それはこれがナオキちが作ったものですからにゃ」
そう、この料理を作ったのはナオキだ。ナオキが自分の金で材料を買い、自分で作ったナオキの物だ。
ただ、ナオキが作ったという証拠はこの場に居る人物しか知らないため、このままスコットに譲渡してしまえばバレやしない。そんな邪な考えがセララの喉に出掛かっていたが、そんな彼女の顔をじっと見ていたナオキは彼女の声に出さない疑問に答え出した。
「たしかにこの料理を売ることも出来るで。でもな、それやとスコット君は"見習いの"<料理人>のままや。いや、他人の料理を右から左に流しただけの"見習い以下"になってまうで」
「はい、その通りです。……本日はありがとうございました」
礼をしたスコットが席を立つ。その目は気迫に満ちており、同時にこれから死にに行く者のような僅かな淀みが映っている。
そんな危なっかしい彼に向けてにゃん太が分かり切ったように行先を聞くと、やはり分かり切ったように<ロック鳥>の卵を取りに行くのだと告げる。
「無茶ですよ! <冒険者>だって一握りの人しか倒せないんですよ! ましてや<大地人>の貴方が!」
「そんなことは分かっています! それでも、やりたいんです!」
「自分がそこまで言うのは、そのアリーシャって人のためか? 死ぬぐらいの思いでやり遂げたって言うトロフィーはスコット君やギルバート氏にはえぇかもしれんけど、彼女には重いかもしれんで?」
「それもあります。軟弱で頼りない僕をそれでも好きだと言ってくれた彼女と一緒になりたい。だけどっ! それ以上に<料理人>としてこのレシピを完成させたいんです」
スコットはそう叫ぶと、自身の思いを語り始めた。同じ<大地人>であるサラの言った通り、やはりこの世界の料理には味がないことが普通で、<大地人>もその環境が当たり前のようになっていたらしい。
そんな中で<冒険者>──具体的に言えばシロエを中心とした存在が味のある食べ物。そして、『美味しい』という感覚をもたらした。
だが、この革命ともいえる動きは未だ留まることを知らない。むしろ、『これから』がもっと発展するだろう。特に模倣や実験のしやすい料理という分野はその先駆けとして駆け抜けるに違いない。
***
「サラ、クレセントバーガー食うたか?」
「はい! あの、噛むたびにお肉がジュワってして……その……ピリッとして……。とにかくすごかったです!」
「語彙力ぅ……。まぁ、そこまで喜んでもらえたらよかったわ。これからはもっと美味いもん食べれると思うさかい、期待しときな」
「わ、私も作れるでしょうか?」
「その時は一緒に台所立つか」
「はいっ!」
***
血気盛んな若者特有の真っ直ぐな持論を鼻息荒く語るスコットに、ナオキはクレセントバーガーを<西風の旅団>に届けた日の夜中にサラと軽く話した時のことを思い返していた。
性別としては真逆の2人だが、その目はとてつもないほど似通っていた。そんな真っ直ぐな目をされてしまったら手伝いたくなるのも仕方がないことだと言えよう。
だが──。
「では、行きますかにゃ」
「そうだね。ナオキ、ちょっと留守にするから出て行ってくれる? それと、この相談もついでに片付けといて欲しいな」
「あ、私も行きます!」
「主君が行くのなら、忍びの私が行かない道理はない」
「え、ボクも行こうと思ってたんやけど……」
「今回は卵の獲得が目的だからそんなに火力はいらないかな。それより、その相談を受けてくれた方が助かるよ。ナオキ向きだと思うし」
どうやら名乗りの場に乗り遅れて編成からはじき出されたらしい。さっさと出撃準備をしているシロエに1枚の紙を託されたナオキは追い出されるように<ギルドホール>から退出。スコットを連れて大通りを歩いていくシロエを呆然と見送っていた。
スコットは にゃん太班長・幸せのレシピからの登場です。
原作では料理が作れるのかの確認もせずに即座に材料調達でしたが、『実験』として色々差し込みました。