西風の相談役   作:マジックテープ財布

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22話:えんむすび

 シロエに無理やり仕事を託されたナオキは<アキバの街>の中を練り歩いていた。たしかにいきなり仕事を押し付けられたことに対する文句はあったが、振られた以上は仕方ないと相談が書かれた資料を見ながら相談者との待ち合わせ場所へと移動する。

 

***

 

「じゃぁ、契約書にサインしてな。ところで屋号とかコンセプトは決まってるん?」

 

「"一膳屋"にしようかと。コンセプトは……、学生が良く行く盛りが良い定食屋みたいな感じにしたいですね」

 

「えぇなぁ。ボクもたまにお世話になろかな」

 

 <カンダ用水>の近くの建物を借り受けて飲食店の経営に乗り出そうとする<冒険者>からの相談事に関して、ナオキは飲食店をするに至っての軽い注意事項を伝えることから始まり、食材の仕入れのオススメであったりバイト要員として元コミケスタッフという列整理のスペシャリストを紹介し……。

 

***

 

「俺は! 新世界の(ラーメンの)神になる!」

 

「ところで今日って< D.D.D >の<大規模戦闘>(レイド)の日って三佐さん言うとったけど、行かんでえぇの?」

 

「ラーメンを1杯作る約束でギルマスから休みをもぎ取りました!」

 

「クラスティさんだけじゃ済まんと思うけどなぁ……。とりあえず、これ持って<海洋機構>で屋台作ってもらいな。材料もそこで申請すれば卸してくれるからな」

 

「うっす! あざっす!」

 

 < D.D.D >の<ギルドホール>前で気炎を発している<冒険者>には申請書の書き方と屋台を設置する場所についての指導。そして、肝心の屋台を作成する職人と材料を卸してくれる仲介人への橋渡しを行い……。

 

***

 

「へぇー、ボドゲ専門店か。リアルでもあったなぁ」

 

「そうでしょ? 今、木工やってるフレと協力して人生ゲームみたいなの作ってるんですよ」

 

「おもろそうやな、出来たら買わせてもらってもえぇか? じゃあ、行く行くはTRPGみたいなもんもやるんか?」

 

「残念なことに話を作る方はからっきしでね。ナオキさん、そういった物語書けるような良い人居ないっすか?」

 

「うーん、探しとくわー」

 

 木製のボードがひしめく店の中で軽い視察と人材のピックアップを頼まれたり……。

 

***

 

 様々なところを巡っては相談事を解決していったナオキは、大通りで串焼きのソーセージを買って齧り付きながら後で提出する報告書めいた物をメモ帳に書き連ねる。シロエから頼まれた相談は後1件で、よくよく見ると相談して来た人物は<冒険者>ではなく<大地人>であった。

 未だ<冒険者>と<大地人>の隔たりがあると思っていたナオキはわざわざ<冒険者>に相談して来るとは珍しいと思いながら串をごみ箱に捨て、太陽の位置と相談書に書かれていた場所を確認してから足を動かす。約束の場所に指定されていた建物は大通りからは少し外れた所に建っていたが、人通りは決して少なくない。これならば運営さえ間違わなければ隠れた穴場になる印象を持ったナオキは扉に手を掛けた。

 

「ごめんください」

 

「はーい」

 

 初対面の<大地人>なため、少々イントネーションがズレた余所行きの口調で挨拶をするナオキの耳に快活そうな女性の声が聞こえてくる。続けて何人かの足音が聞こえた後、ナオキの前に数名の女性が姿を現した。

 

(あれ、ここってキャバクラ的な店にするんやったっけ)

 

 <ヒューマン>、<<エルフ>>、<<法儀族>>と種族は様々だが、そのどれもが女性。しかも美人であった。

 てっきり男性だと勝手に勘違いしていたナオキは一瞬戸惑ったが、気を取り直して受けた相談を確認するために相談書に目をやる。どうやら相談内容は『飲食店がしたいのでその支援が欲しい』というありきたりかつ単純な物ということらしいのだが、この状況を見るにお食事に加えて美人とのお話を付加価値に着ければ盤石ではなかろうかとナオキが思っていると、入り口で突っ立っていることに違和感を持った女性が話しかけてきた。

 

「あの、どないしましたか?」

 

「あぁ、なんでもないですわ。……って関西弁? 自分、関西……はちゃうな、ミナミの方の出身か?」

 

「へぇ、キョウの都の方どす。お兄さんも?」

 

「まぁ、そんな感じや。話戻すけど、この相談書は自分らが書いたんか?」

 

 妙な共通点があったことに多少緊張感も和らいだのか、ナオキが相談書を掲げると彼女たちは同意する。そこから話を聞くに、どうやら彼女たちは<アキバの街>やその周辺の町で<家政婦>をしていたのだとか。それが<大災害>以降、突然雇用主や使用人を纏める長から暇を出されてしまったらしい。

 不躾だが彼女たちのサブ職業を確認すると、たしかにほとんどが<家政婦>やそれに準じたサブ職業であったので嘘は言っていない。ただ、あまりにも突然すぎると思ったナオキが興味本位で退職することになった理由について聞いてみた。

 

「なんや、いきなりやな。他に理由とかはないんか?」

 

「私のところは旦那様が北の方の視察に出た際に<緑小鬼>(ゴブリン)の襲撃を受けてそのまま……。なので、下級の使用人は全てお暇を宣告されました」

 

「あ、うちもそうどす」

 

「私のところは急に解雇ですね。元々、旦那様は以前<マイハマ>の方に住んでいらっしゃったみらいで、"セルジアット公に報告を"と言って使用人の方々を連れてどこかへ行ってしまいました」

 

 どうやら解雇理由は様々だが、大抵はよくある首切りだと分かったナオキは改めて彼女たち……と、後ろからこちらをチラチラ見ている数十名の女の子を見やる。

 多い、多過ぎる。全員が<家政婦>、もしくは<ゾーン>を管理するサブ職業に就いていることから目の前の女性たちと同じく暇を出されたのであろうが、この数は多すぎる。

 

「なぁ、そこに居る子らも家政婦やんな? なんで暇出されたん?」

 

「後輩も連れて来たんや。そやけども、ほとんどは<冒険者>様のぎるど? という所から追い出された子も居てはるんや」

 

「あー、<ギルドホール>の管理しとったんか。大変やったなぁ」

 

 そう言われて合点がいくナオキ。<大災害>直後という自暴自棄にも似た感情が渦巻く状況で<大地人>を気にかける余裕などないだろうし、寝首を掻かれる心配から彼女たちを解雇した<冒険者>も居るだろう。

 しかし、ゲームであればコンソールで解雇するとNPCごと消えるのに対して<大災害>以降の彼女たちの生活はまだ続いている。

 最悪、路頭に迷ってどこかの暗がりで非合法なことを仕出かしていた可能性もあるため、こうして集まってくれていた幸運に感謝しながらナオキは居住まいを正してから一礼する。

 

「改めまして、<円卓会議>に参加するギルドの1つ。<西風の旅団>に所属するナオキや。今回はここに居る全員で飲食店をしたいっていう相談でえぇな?」

 

「はい。間違いないです。ですが……」

 

「やけど、うちらは味のある食べ物がどうつくられるか分からんのどす。せやから、そこら辺も安生よろしくお願いいたします」

 

 ぺこりとお辞儀をする<エルフ>の女性。トシミに釣られてナオキもお辞儀をする。──が、なにをどのようにお願いされたのか皆目見当もつかない。

 料理関係は出来るだろうが、味のある食べ物については<冒険者>の方が一日の長があるので生半可な物では即座に店を畳んでしまうだろう。

 しかし、奇をてらうとその分だけ調理スキルが必要になるので彼女たちには荷が重くなってしまう。

 

「とりあえず、<アキバの街>を見て回ろか」

 

「はい?」

 

 無から有を生み出すのは難しいためにナオキは何かきっかけを求めて外出を提案すると、トシミは呆けた声を出す。

 しかし、それがナオキにとって悪手であったのはこの後、嫌というほど思い知るのであった。

 

***

 

 ──なぁ、あれって<西風の旅団>の? 

 

 ──ナオキだな。なんでぇ、あいつもあのギルマスと同じだったのかよ。

 

 ──全員、<大地人>じゃねぇか。ソウジロウより性質悪くね? 

 

 いつぞやのようにナオキは大通りを歩くが、通りがかった<冒険者>たちはそれぞれ彼に敵意マシマシの視線を送っている。

 以前はソウジロウという最高のデコイが居り、連れている子もサラ1人であることで何とかなってはいたのだが、今回はナオキ1人で<大地人>の女性と女の子合わせて数十人の大移動である。興味を引くのも、憎悪の念を向けられるのも当然のことだ。

 

 ただ、ここで『居心地悪いから帰るわ』というのは余りにも不義理すぎるため、ナオキは心の中に潜むイマジナリーシロエに≪アサシネイト≫を食らわせつつも大通りに並んだ屋台の1つに近づいていく。

 

「大将。それ2つぐらいもらえる?」

 

「お、ナオキじゃねぇか。なんだ? ギルマスの真似して」

 

 馴染みの客にジャブの1つをお見舞いする『大将』と呼ばれた男。彼は<グランデール>のギルドメンバーで、ナオキが持ってきたクレセントバーガーの美味さにやられて<円卓会議>設立による味のある食べ物の秘密が公表された瞬間に食べ物の屋台を作るために奔走した<冒険者>である。

 そんな彼が売り物にしているのはホットドッグ。カナリア麦を使ったふかふかのパンに、にゃん太直伝のソーセージを挟んで特製のトマトソースと水に晒して苦みを抑えた玉ねぎをアクセントにちりばめた自慢の一品である。

 

「風評被害はやめてんか? 今回は<円卓会議>の仕事や。この人らが味のある食べ物の店やりたいんやって。勉強させたって」

 

「なんだよ、他人に飯の種を教えろっつーのかよ」

 

 大将が文句を言うのも道理である。いくら<円卓会議>からの要請でも、自身が苦労して切り開いた飯の種をホイホイ教えるのはよほどのお人好しぐらいだ。せめて何かしらの金銭でもアイテムでも寄越して欲しいと反論しようと大将が拒否を示していると、<法儀族>の女性──ナフミが彼の目を涙目で見つめてきたので思わず口を閉じてしまう。

 

「申し訳ありません。ですが、私や後ろの子たちも<大地人>。<冒険者>様の手で作り出せるような素晴らしい料理を学ぶ機会はありませんでした。このままでは物乞いに身をやつす瀬戸際……。どうか、よろしくお願いします」

 

「あ、あぁ。別に絶対嫌だとは言ってねぇから。ほら、泣き止んで……なっ?」

 

 おそらく、自分自身にも言い聞かせているのだろう。その行動はわざとらしさを微塵も感じないほどの本気の嘆きであった。

 そんな美人の涙目ながらの訴え(クリティカルヒット)をモロに受けてしまった大将はすぐさま撃沈。『2つでは足りないだろう』と5つほどのホットドッグを4等分することで全員に行き渡るようにしてくれる。

 その太っ腹な行動にそれぞれがお礼を言う中、ナオキはそのようなサービスをさせるつもりではなかったと追加のお金を渡そうとするが、大将はニヤリと笑ってそれを拒否する。

 

「代金はいらねぇよ。なーに、<冒険者>はいざとなれば狩りやダンジョンに行けば良いさ。だが、<大地人>はそんなことは出来ねぇ。それに<円卓会議>は<大地人>も<冒険者>と同じように扱えって言ってただろ? これは<冒険者>が好む味の研究ってことにしとくさ」

 

「そうだぜ。嬢ちゃんたち、せっかくだからこっちも食べてきな」

 

「姉ちゃん、こっちの串焼きは美味いぞー」

 

 大将の発言に先程から聞き耳を立てていたらしい。そこいらの屋台の中からそれぞれ<冒険者>たちがナオキたちの方に呼び込みを始める。

 そんな彼らの対応にトシミたちは目を丸くするが、ゲーマーというものは一部を除けば多かれ少なかれ騒ぐのが好きな連中だ。ついでに出で立ちの良い異性というものを前にすると良い所を見せようと見栄っ張りになる特性もある。

 このような事態になることは火を見るよりも明らかであった。

 

「じゃ、適当に屋台で食べて勉強しよか」

 

「わかりました」

 

「あ、ナオキはちゃんと払えよ」

 

「なんでや……」

 

 対応差に思わずツッコみを入れるナオキ。しかし、先程の憎悪から何倍もの値段を吹っ掛けられるよりはマシだとジョークグッズであるマジックテープで引っ付いた財布をバリバリと剥がし始めた。

 そんな彼を余所に彼女たちは最初のホットドッグから始まって、ピザ、串焼き、ポトフ、フライ、お好み焼き、焼きそばと屋台飯を堪能しては口々に『美味しい』と目を輝かせる。美人な<大地人>たちに褒められたことですっかり気を良くした屋台の店主たちは、まるで久しぶりに帰ってきた子供に食べさせるようにあれもこれもと食べさせることを続ける。

 

 まぁ、そんなことをしていると……。

 

「食"べ過"ぎま"し"た"」

 

「く"る"し"い」

 

「当たり前や」

 

「いやー、すまねぇ。褒めてもらうの嬉しくてな。つい……」

 

 口元を抑えるトシミたちに一仕事やり終えたかのように清々しい笑みを浮かべる屋台の店主たち。少量ずつではあるが、両手の指以上の屋台を梯子していたらそうなるに決まっているとナオキは女性に言ってはいけない言葉のTOP3に入る言葉を言おうとしてふといつもの『癖』が発動。口には出さなかったが、ろくでもない考えが頭をよぎる。

 

(そういえば、<大地人>とか<冒険者>って太るんやろか。ソウジロウの髪も伸びとったし、太る可能性もあるな)

 

 バッドステータスで『食べ過ぎ』とか『肥満』は聞いたことがない。しかし、この<大災害>を経て不摂生がそのまま<冒険者>の身体に当てはまるのは大いにあり得る話だ。

 未だに食べ過ぎに喘ぐトシミたちを何とか立たせたナオキは、ちょうど近場ということで<西風の旅団>の<ギルドホール>にて改めて売り物を検討することにした。

 ほとんどが食べ過ぎで口に手を当てている状況。特にナフミは<大地人>の<法儀族>なために普段でも病的に白い肌が青白くなり、明らかに体調が悪いことが伺える。

 そんな彼女たちに『大丈夫かいな』と傷買いつつもナオキはコンソールで<ギルドホール>の入室許可を出しながら扉を開けると、そこにはナズナが立っていた。明らかに寝起きでだらけた状態なために来客を告げるが、彼女はナオキを微動だにしない。その視線は彼を飛び越した先──トシミたちを一心不乱に見つめ……そして。

 

「ソージロー! ナオキがお腹を大きくした女と朝帰りー! しかも、何十人も連れて来たー!」

 

「保健体育やり直せや、歯科助士ぃ!」

 

 脱兎のごとく駆けだすナズナを追いかけるナオキ。ただ、今朝出掛けたばかりなのに『朝帰り』と言っていることもめちゃくちゃなために『酔っぱらいの戯言』と判断したらしいギルドメンバーは、とりあえず彼に付いて来た<大地人>たちを客としてソウジロウの部屋へと案内させた。

 

***

 

「なるほど、シロ先輩から頼まれたと」

 

「せや。さっき屋台で色々食わせてもらったから、後は自分たちの調理スキルと照らし合わせて売り物決めていく感じやな」

 

 ナズナをシメた後、ナオキはトシミたちが案内されたソウジロウの部屋で事情を話していた。<冒険者>が発足した<円卓会議>に<大地人>からの相談がきていることにソウジロウは多少驚いたものの、<西風の旅団>の力は必要ないことを悟るとコンソールを弄ってギルドマスター権限を用いた<ギルドホール>全体の使用許可を出した。

 

「僕にはこれぐらいしか出来ませんが、頑張ってください」

 

「は、はい……」

 

「がんばりまひゅ……」

 

 もはや呪いの黒子のような吸引力で数人の心を吸い込んだソウジロウを無視したナオキは厨房にたどり着くや否や、マジックバッグの食材を台の上に並べていく。

 マジックバッグのおかげで未だ新鮮な野菜やパンなどの加工品。出会ってから今まで一緒に居たのにとれたて、作り立てのような食材の数々にトシミたちは目を丸くするが、ある程度食材を引っ張り出したナオキは手を叩いて『始めよか』と開始を宣言する。

 

「で、何を売るか決めたか?」

 

「えーっと」

 

「ほっとどっぐ? とか言うのはどうですか?」

 

 肩の上で切りそろえられた黒髪が特徴のかえでが手を挙げて提案したため、ナオキはホットドッグの行程を説明しながら1から順番に教えていく。茹でたソーセージを切れ込みを入れたパンに挟み、薬味とトマトソースを上から降りかけて一丁上がり。試しに数人にやってもらっても最初こそコンソールから調理しようとして一騒動起きたが、『コンソールを用いない調理(味のする食べ物の秘密)』を教えてからはナオキの手つきを真似してなんとか作り出すことに成功する。

 

「これで良いのではないでしょうか?」

 

「いや、たしかにソーセージもパンもトマトソースも<海洋機構>っちゅーギルドの販売したもんがあるけどなぁ……。そんなのもう出回っとるからそれ1本やと1か月後には潰れとるで」

 

「じゃあ、そのそーせーじ? とかを手作りすれば……」

 

「モンスターを狩るのは<冒険者>に委託すればえぇけど、加工とかトマトソースのレシピとかすぐに満足いくもん作るのは無理やで」

 

 何事もちゃんとした物を作るのも時間がかかるし、それが必ず受けるとは限らない。それは他の料理にも言えることで、女の子たちがピザやお好み焼きや焼きそばといった印象に残る屋台飯を挙げていき、ナオキの言葉から競争率を意識したトシミたち大人の女性たちは寿司や天ぷらといった屋台の店長たちから聞き齧ったリアルのかなり昔に屋台で並べられていた食べ物を挙げていく。

 

 ただ、それらも後追いなのでかなりの工夫をしなければならないし、1から作るとなると店頭での調理手順の確立や誰にでも同じような味が作れるレシピの構築が不可欠だ。

 それになにより、彼女たちはコンソールを使用しない調理に手間取りすぎだ。ホットドッグ1つでもそんなに時間をかけていたら大量の注文を捌ききることは不可能である。

 そんな現実に単調な作業と思っていたかえでがシュンと俯くが、ナオキは彼女の肩に手を置きながら『任せとき』と笑った。

 

「なんか妙案があるんどすか?」

 

「少し前に廃案になった奴の再利用や。作っとる屋台も無かったはずやし、何よりすぐに作れる手軽いやつや。イケると思うで」

 

 そう得意げに話したナオキはご飯を炊き始める。『始めチョロチョロ中パッパ、赤子泣いても蓋取るな』と飯炊きの歌を歌いながら炊き方を丁寧に説明し、炊きあがったツヤツヤの銀シャリを塩を塗した手で三角形に握っていく。

 

 クレセントムーンでは諸々の理由で出すことが叶わなかったこのおにぎりだが、<大地人>にとってこれほど作りやすいものはないだろう。なにせ一番難しいのは米を炊くことだけで三角形などは握っていく内に上手くなってくるぐらいお手軽だし、中に詰める具材も例を出せば焼き魚を解した物や昆布を細く切って味付けをした物。王道ではないがクリームチーズという変わり種もあるため、飽きが来ない食べ物である。

 

 そしてこの食べ物をナオキがチョイスした利点は『工夫の幅が少ないこと』である。店を構えるとなると商品開発をしなければならないわけだが、おにぎりで気を遣う点と言えば米と具材程度しかない。

 なので、最初は塩むすびを含めた数種類とおまけの汁物。そこからさらにおかずの盛り合わせやセットを作って売り出せば格好は付く。

 

「せやから、最初はそういった小細工で時間を稼いで──」

 

「あ、おにぎりだーっタ"ァ!」

 

「ちゃんと手洗いしてからや。全部食べたらあかんで」

 

「あの……よろしいでしょうか」

 

 そんな説明をしながらいつの間にかやってきておにぎりにパクついているギルドメンバーたちの頭部を叩くナオキにナフミが遠慮がちに手を挙げた。

 

「素手で握るというのはなんというか……汚いのでは?」

 

「あー、そういう感性もあるか。まぁ、そういう人らは屋台も使わんやろうけど、心配ならロデ研あたりにゴム手袋かなんか作らせるか」

 

 たしかに『他人の握ったおにぎりを食べられない』という人も居るため、ゴム手袋のような肌と接触しない手袋のような物をロデリックあたりに開発してもらうよう頼もうと思っていた矢先、それに待ったをかける者が居た。

 後ろを振り返ればくりのんを羽交い絞めにしたドルチェとナズナが立っており、何用かとナオキが思っているとナズナとくりのんは力強く『手袋不要論』を力説し始めた。

 

「可愛い子が握ったおにぎりだよ? むしろ付加価値として売り出せるねっ! "私たちが作りました"って集合写真を立てかければ倍率ドンのさらに倍は固いっ!」

 

「金貨1万枚で買い占めるから売って!」

 

「まぁ、そんな売り方も……あるなぁ。悔しいけど」

 

「えぇ……」

 

 生産者表記で安心感を持てるのはナオキ自身も良く知っていることだ。そして、男心的にそれが見目が良い人物であれば引き寄せられることもよく分かる。

 現に、<大地人>の女の子たちが慣れない手つきで握っている歪な形のおにぎりをいつの間にか拘束から逃れたくりのんが鼻の下を伸ばしながら貪っている姿からその効果は絶大と言える。

 

「必要そうな材料はこのメモのギルドで尋ねることやな。後、貸付金は利息無しやけど未返済で数か月放置すると罰則があるから、せめて1か月ぐらいで軌道に乗せること。まぁ、不安なら監査ってことで<円卓会議>に相談することをお勧めするわ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「うぇー、借金とかきたない。流石相談役、きたない」

 

「そう言うなや。<大地人>と<冒険者>で扱いに差ぁ出したらせっかくの<円卓会議>が潰れるわ」

 

「そだよー。<円卓会議>は発足したてだし、ここで不公平はまた<アキバの街>が荒れることになる。皆も気を付けなよー」

 

 くりのんの嫌味について代わりにナオキの握ったおにぎりに口を付けていたナズナが擁護してくれる。

 <円卓会議>の活動はかなり多岐に渡る原始的な自治機構なため、1つでも歯車が狂うとそのまま崩壊を起こしかねない危うさを持っている。そのため、ここで不公平という軋轢の芽を出すわけにはいかないのだ。

 そういう点では、ナオキが提案した『監査として相談してほしい』という救命胴衣が精一杯の依怙贔屓ともいえる。

 

「後は簡単なおかずと汁物の作り方も教えよか。引き続き頑張ってな」

 

「あのー、それは良いんですが。そちらの方がナオキさんを見つめてらっしゃいますよ?」

 

 折り返し地点だと言うナオキに割り込む形でナフミが気まずそうに厨房と廊下を隔てる扉に目を向ける。そこにはサラが立っており、その格好も相まってまるで『主人のあれこれを見た家政婦』のような雰囲気を醸し出していた。

 そんな彼女にいち早く気付いたイサミがサラを入室させると、突如として彼女が泣き出してしまったので厨房内は俄かに騒がしくなる。

 

「だ、旦那様。もしかして私を解雇してこの方たちを……」

 

「なんでそうなるんや」

 

 見当違いの方向にかっ飛んで行くサラを宥める横でトシミたちに汁物や簡単なおかずの作り方を伝授するナオキ。複数の敵を相手取っているような錯覚に陥りながらも彼はギルドメンバーと共になんとか誤解を解き、トシミたちには豚汁とから揚げと野菜の浅漬けの作り方を教えた。

 

「後は箱に詰めればいっぱしのセットとして売り物になるんちゃうかな。仕入れに関してはこのメモの場所に居る人にこの手紙を渡して聞けばえぇし、商品の開発に挑戦したかったらログホライズンのにゃん太って人を頼るとえぇわ」

 

「ほんま、お世話になりまして……」

 

『ありがとうございましたー』

 

「商売繁盛を願ってるでー」

 

 <ギルドホール>から手を振りながらトシミたちを見送ったナオキは、ようやくシロエに頼まれた全ての依頼を捌けたことに安堵の息をついていると、にゃん太から念話が掛かってきた。

 

【ご隠居。卵はどうなりました?】

 

【こちらは滞りなくすみましたにゃあ】

 

 にゃん太の方はどうやら<ロック鳥>の卵を確保。今は味のある食べ物──<大地人>風に言えば<冒険者>の作り出した食べ物の特訓をするためにログホライズン預かりになっているらしい。今はブイヨンの作り方から『手間』や『工夫』の重要性と説いているのだとか。

 ナオキの方もシロエから頼まれた相談事はすべて完了したことを伝え、新商品についての相談にトシミたちが訪ねてきたら話を聞いて欲しいと依頼をする。

 

【構いませんにゃ。ナオキちにもたまにスコット君の特訓を手伝ってもらいますにゃ】

 

【ボクもかまへんで。じゃあ、都合がつくときに念話するわ】

 

【はい。お疲れさまでしたにゃぁ】

 

【お疲れ様~】

 

 挨拶をしてから念話を切ったナオキはおもむろに畳の上に寝っ転がる。ふと耳を澄ませば、ギルドメンバーたちが物作りに従事している楽し気な会話が聞こえてくる。

 そんな彼女たちの声をBGMにナオキは短刀を鞘ごと抜いて眼前に持って行く。柄には1本の縒り紐が括り付けられており、その先には『'ω`』となんとも言えない表情をした小さな動物のぬいぐるみがくっついていた。

 

 自分で物を作って対面の客に売るという経験は成人していても中々経験できるものではない。もしかしたらこの経験が彼女たちの進路に大きく関わってくるかもしれない。

 まるで彼女たちの後ろで腕を組みながらしたり顔をする保護者のような考えを頭に過ぎらせていた彼の左右に誰かが寝そべってきた。

 

「何笑ってるんですか?」

 

「別に。まるで文化祭みたいやなって思っただけや」

 

「たしかに。懐かしいねぇ」

 

 笑っている理由を問いかけてきたソウジロウにナオキが答え、ナズナが懐かしがる。ここに沙姫が居れば本格的に昔の<西風の旅団>なのだが、残念ながら居ない。

 一体何をしているのだろうか。そもそも現実の自分たちはどうなっているのだろうか。

 そんな多少の不安を残しつつも、今はこの平和な時間を謳歌しようとナオキたちは雑談に勤しむ──が。

 

「うちらも店やろうよー。ほら、あの丸っこくて真ん中に餡子とかカスタード入ってる」

 

「あぁ、回転焼き!」

 

「え、御座候でしょ」

 

「ベイクドモチョチョ……」

 

「やっぱりお好み焼きでしょ。ソバ追加して広島風でも良いし」

 

「っはぁー!? "風"とかふざけてんの!」

 

「回転焼きの餡子は粒あんだよねー」

 

「粒あん●ね……。粒あん●ね……」

 

「あんた、顎伸びてない?」

 

 なにがどうなってそうなったのか。いつの間にか食べ物戦争が勃発していることにナオキは頭を抱える。

 どうやらまだまだ1日は終わらないらしい。そう確信した彼は事態を収束させるために消火器(ソウジロウ)を携えて鉄火場へと向かっていった。

 なお、この抗争は消火器の『皆、仲良く』というふざけた一言で即座に鎮火したらしい。

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