西風の相談役   作:マジックテープ財布

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24話:訓練/治験

 またもやとある日。とある<ゾーン>の開けた場所でナオキとソウジロウが向かい合って双方をにらんでいた。彼らは武器の類は持っておらず、代わりに周囲には様々な刀剣や槍といった武器が散らばっている。

 このようなことになった経緯として、ナオキが居ない間に起こったマグスとの戦いでイサミがソウジロウの持つ幻想級装備。〈神刀・孤鴉丸〉(しんとう・こがらすまる)を一時的とはいえ『装備』して攻撃することが出来たことに起因する。

 

 幻想級のアイテムというのはサーバにおける存在個数に制限があり、入手した時点で入手した<冒険者>に使用権がロック──つまり、受け渡すことが出来ないのだ。<エルダー・テイル>時代に自らの幻想級武器を<放蕩者の茶会>(デボーチェリー・ティーパーティ)の一員であるカズ彦に渡そうとし、『実験感覚で貴重な装備を渡すな!』とガチめの説教を受けた経験からナオキもその仕様については痛いほどよく分かっているつもりだ。

 それゆえに<大災害>以降の幻想級アイテムについての仕様を調査しなければならないという傍らで、ナオキの頭には1つの『興味』が降って湧く。

 

 幻想級装備を奪われたらヤバくね?──と。

 

 いくら肌身離さず持っていようとも、もしかしたら『なんでヨシって言ったんですか(ふそくのじたい)な案件』はあるわけで……。さらに言えばその状態で戦うことも視野に入れねばいけないわけで……。もっと踏み込むと幻想級装備がない状況について別の言い方をすれば『いつもより弱い状態』と言えるわけで……。

 

 なんやかんやと語ったが、そんな懸念から急遽として縛りを含めた訓練が開始された。

 ただ、一言に『縛り』といっても訓練になるものとならないものがある。そこだけは仕方ないと日夜ソウジロウと訓練を行いながらすり合わせを行うことで以下のようなルールとなった。

 

 一つ。幻想級の武器の使用は禁止。ただし、訓練中の事故が怖いので防具はその限りではない。

 

 一つ。武器は<海洋機構>の見習いが作成した武器を無作為に地面に突き刺し、訓練開始と共に引き抜きながら戦うこと。

 

 一つ。他の武器種にも慣れるため、訓練中ずっと同じ武器で戦うことは禁ずる。武器を入れ替える頻度は数合の打ち合いで1度とする。

 

 一つ。極力、HPは0にしないこと。例外が多分に含まれるが、そこは『そうならないよう努力する』こと

 

 以上の4つというやや多いルールに決まった経緯は省くが、どれもナオキとソウジロウが『やらかした』ことで次々とルールが生えてきたということで察して欲しい。

 

 閑話休題(そんなこともあって)

 一頻りの睨み合いにも飽きたのか、合図も無く両者は動き出した。訓練を開始するのだろうと察したナズナが開始の合図を言うために2人に近づくが、何やらおかしなことをやり始めた彼らに彼女は『またか』とため息交じりで静観し始める。

 

 ソウジロウは上半身の服をはだけさせ、腹巻を装着。近くにあった刀を両手と口に装備し、両手の刀を風車のように回してナオキの前に立っている。その一方でナオキはというと、<マジックバッグ>から十字傷のシールのようなものを頬に貼り、近くに刺さっていた刀を引き抜いて正眼で構えた。

 

「三千……」

 

「お取り……」

 

「はい、ストーップ」

 

 すっかり役に入り切っている2人が前に駆け出すと同時に間に設置された2枚の禊の障壁。何とかは急には止まれないと言ったように、2人は揃ってその障壁にぶつかるとズルズルという音が聞こえそうなぐらい無様に地に這い蹲った。

 その後、障壁を出した張本人であるナズナから『ルール忘れたのかい? おふざけは無しだよ!』というありがたーいお説教を展開されたのだが、もはや男子中学生レベルまで知能指数を落した彼らの『あと1回! 今度は別のをやりたいんです(んや)』という斜め上にかっ飛んだ反論に2階目の雷が落ちたのは言うまでもない。

 

***

 

「じゃあ、おふざけはここまでにしてしっかりやろか」

 

「そうですね。些かふざけ過ぎました」

 

「皆に示しがつかないんだからしっかりやりなよー」

 

 ナズナの言葉に周囲で見ていたギルドメンバー達は一様に首を縦に振る。未だ怒られたことに不服なナオキたちは彼女たちの反応に『つまらない』という感想を既の所で呑み込みつつも、対面に居る相手を見る。

 そんな2人の剣呑とした雰囲気を感じ取ったナズナは『ようやくかい』と呆れつつも、さっさと木陰で一眠りと洒落込みたい感情を前面に押し出した欠伸混じりの合図を送る。

 

 その瞬間。2人の姿がぶれたかと思いきや、ソウジロウは近場に突き刺さった刀を手に。対するナオキは先ほどのおふざけで刀を遠くに突き刺してしまったために無手で相手に突撃する。

 手に持った制作級の刀をナオキの首筋目掛けて振りぬくソウジロウ。しかし、屈みこむことで凶刃から逃れたナオキは眼前に迫る彼の腹部に勢いよく拳を叩きつけた。

 モンクにはかなり劣るが、レベル90の人外染みた肉体能力は伊達ではない。咄嗟に腹筋に力を込めたソウジロウでも多少のダメージを負ってしまう。

 

「グッ」

 

「なんや、孤鴉丸(こがらすまる)が無かったら戦力激減か?」

 

「言ってくれます……ねっ!」

 

 苦し気な声を漏らすソウジロウだが、ナオキの攻撃はまだ終わらない。

 そのまま手首を半回転させて彼の鎧の下から出ていた服の端っこを絡め取り、多少煽ってから投げ飛ばす。

 これは<黒剣騎士団>のアイザックから聞いた『<大災害>後の戦闘テクニック』で、レベル90ともなれば鎧を着た大男以外なら難なく投げ飛ばすことが出来るらしい。そうして投げ飛ばすことで相手が受け身を取れば自分のペースに持って行くことも出来るし、バランスを崩して転倒してくれればそこから無防備なところを攻撃することも出来る覚えておいて損はない小技というのが彼の触れ込みであった。

 

(中々使えるな。これ)

 

 その例に漏れず、山なりに飛んでいくソウジロウを見たナオキは小技の手ごたえを感じながら追撃を仕掛けようと近くに刺さっていた槍を引き抜いてから彼を追いかける。

 ただ、<西風の旅団>のギルドマスターは伊達ではなかった。空中で1回転した彼は、あろうことか近くの木の幹を足場にしてナオキの方に突っ込んできた。

 

「マジか!」

 

 その機転と反射速度に思わず叫んだナオキは握っていた槍の柄を前に突き出して防御すると、数拍もしない内に金属同士がぶつかる音と押し込まれる感覚が手元に伝わってくる。

 鬼気迫る表情で刀を押すソウジロウに負けじとナオキは槍の柄を押し込む。そんな鍔迫り合い……とは少々異なるが、一進一退の攻防劇はそう長くは続かなかった。

 

「足元がお留守ですよ」

 

「やっべ!」

 

 突如としてバトル漫画の常套句ともいえるセリフを言って姿を消したかと思うと、ナオキの体勢が崩れる。ソウジロウが先ほどのナオキのように屈んで彼の足を払っている姿を遠目から観戦しているギルドメンバーは見えていたが、いきなり体勢を崩されたナオキはいきなりの浮遊感に戸惑いを隠せずにいた。

 咄嗟に受け身を取ったところまでは良かったが、ふと上を仰ぎ見れば刀を両手で持つ構えから逆手かつ片手で突き刺す構えを取ったソウジロウの姿。すかさずその場で転がると、今まで居たところに刀の切っ先が突き込まれた。

 

「おまっ! 殺す気か!」

 

「そうっ! じゃっ! なかったらっ! 訓練に……。あ、折れた」

 

「よっしゃ儲け!」

 

 『訓練にならない』と言い終わる前にソウジロウの持っていた刀が甲高い音と共にへし折れる。武器が無くなったことで動きを止めたソウジロウに、ナオキは喜びの声を上げながら腹を蹴って仕切り直しを行う。

 

 そんな2人の戦闘を見ていたギルドメンバーの内、イサミが木陰でボーッとしていたナズナに声を掛ける。彼女たちの話題はソウジロウの武器使いであった。

 

「局長、今週に入って20本目ですよ。流石に折りすぎじゃないですか?」

 

「うーん、ちょっと判断に困るかな。<海洋機構>の見習いが作ったやつっていうし、そうなるとソウジの使い方が荒いってことになるかもしれないけど……。幻想級装備の耐久度で耐えてたってことなのかねぇ」

 

 いくらいつもの装備とは異なるとは言っても周囲にばらまいた武器は全て<海洋機構>の見習い職人が作り出した装備である。ギルドマスターであり、超一流の鍛冶師でもあるミチタカが秘宝級装備である<猛る大地のハンマー>の効果で制作級の耐久値を逸脱した品々には劣るが、それでも初心者から脱した層には根強い人気を誇る商品がそうポンポン折れるはずがないと思いたいナズナが顎に手を置いてゲームの頃のソウジロウの行動を思い出してみるが、いくら思い返しても簡単な整備や腕の良い鍛冶師の修理をマメに受けていた場面しか思い浮かばなかった。

 

「それにしても……」

 

「兄弟喧嘩みたいですね」

 

「なー」

 

 仕切り直してからというもの、ソウジロウとナオキは周囲にばらまいた武器に目もくれずに格闘戦にもつれこむ。

 しかし、両者共職業は格闘戦に精通した<武闘家>(モンク)ではなく、リアルでもそのような経験がない身体能力だけある素人同士。そして両者共、身長が低いことも相まって彼女たち視点では兄弟喧嘩のような有様であった。

 

「ほらー、2人共ー。自分の職業忘れたのかーい」

 

 だが、最初こそ微笑ましかった格闘戦も何分もしていればダレてくる。そんな雰囲気を察したナズナが2人に声を掛けると、ハッとしたそれぞれは近場の武器を取って戦いだした。

 その後は金属質な音や金属同士がこすれ合う音を奏でながら武器同士をぶつけ合い、相手の攻撃逸らし、その合間に拳や足、頭までも使って攻撃を叩きこんでは吹っ飛んだり、堪えたりと少年漫画さながらの戦いが展開される。

 

 しかし、フル装備のソウジロウは一向に倒れなかった。鎧の性能だけは<守護戦士>(ガーディアン)に匹敵する防御力を誇る<武士>(サムライ)がゆえにいくらナオキが刃を振るおうとも大したダメージを稼げないのだ。

 頭部の攻撃を被っている兜の曲面に逸らされ、胴は頑強な鎧に阻まれる。その高い防御力を打ち破るためにナオキは攻撃方法を突き主体に変更するが、逆に殺傷範囲が狭まったためにソウジロウが少し身を捩った程度で装甲が厚い部分で受けられてしまう。

 

 そんな経緯で最終的にはナオキの首筋に刀を押し当てられる形で決着がついた。

 

「いやー、結構イケたと思うんやけどなぁ」

 

「十分だと思いますよ」

 

 さっさと引き上げる中、手応えについてソウジロウとナオキが会話を始める。

 何度も言うがソウジロウの職業は攻撃的スタイルの盾役が多い<武士>(サムライ)なのに対し、ナオキは攻撃力が高いが防御力は低い<暗殺者>(アサシン)である。プレイスタイルによって変わるが、正面切っての戦闘ではソウジロウの方に軍配が上がるのは当たり前のことだ。

 それでもかなりの時間粘った要因はやはり、ナオキの動き方によるものが大きいだろう。

 

 そんな反省会めいた会話をしていると、当の本人は片手を開閉させながら首をかしげる。なんでも、『手応え』があまりなかったのだとか。

 

「手応えねぇ。ゲーム時代かい?」

 

「いんや、<衛兵>の首筋に≪アサシネイト≫ぶち込んだ時が初めてや。なんか、線を断ち切ったような……動いているやつが一瞬だけ止まったような感覚やねんけど」

 

 なんだかものすごくふわっとしたことを語られたため、聞いていたナズナも理解できずに首を捻る。

 だが、あの<衛兵>で感じた感覚ともなれば<大災害>以降の出来事だ。少なくとも『ゲームなのに手応え』と笑えるような内容ではない。

 

 味のある食べ物に戦いと<大災害>から十何日も経ったことで少しは進んだと思いきや、まだまだ知らないことも調べないといけないこともありすぎる現状にナズナは面倒くさそうな吐息を1つ。そして、もうすぐ<ギルドホール>にたどり着くと言ったところまで差し掛かると、ナオキの耳に念話を告げる呼び出し音が鳴り響いた。

 

【もしもしー、ロデリックさん。お疲れ様です】

 

【お疲れ様です。ナオキ君、今大丈夫でしょうか?】

 

【日課の訓練終わった所やから、大丈夫ですわ】

 

【なら良かった。ちょっと<ギルドホール>まで来ていただけませんか? 実験したいことがありまして】

 

【実験?】

 

 『実験』という言葉にナオキの興味は一気に念話の相手であるロデリックへと向けられた。彼のすぐ横に居たソウジロウとナズナがナオキの様子に『いつもの』を感じたのだろう、ギルドメンバーを<ギルドホール>に返しつつもハンドサインで『行ってこい』を連呼している。

 

【ギルドマスターから許可もろたんで、すぐ行きますわ】

 

【入り口辺りに誰か居ると思うんで、声かけてみてください】

 

 中傷的な入館方法を聞いたナオキは念話を切ると、さっそく<ロデリック商会>の<ギルドホール>がある<アキバの街>北側のビルへと歩き出していった。

 

***

 

「こんちゃーっす」

 

「ナオキさん、いらっしゃい」

 

「お、ミカカゲさんか。ロデリックさんに呼ばれてん」

 

「はーい、招待するね」

 

 <ギルドホール>の前で偶然見かけたコックコートとパティシエ帽を被った女の子に声を掛けたナオキは、彼女──ミカカゲに招待してもらう形で<ロデリック商会>の<ギルドホール>へ入っていく。そのままロデリックに会うために廊下を歩いている彼らであったが、その道中でミカカゲはロデリックの発明に対するのめり込みようを愚痴という形でついつい吐き出していると、彼女がいつも横に連れ歩いている<アルラウネ>が申し訳なさそうにナオキを見てくる。

 その謝りっぷりにナオキはついつい吹き出してしまい、その笑い声にちゃんと聞いていないとミカカゲが怒り出すと彼は謝罪しながらそのアウラウネを指差した。

 

「いやいや、この子。この子が申し訳なさそうにしとるもんやからな?」

 

「あー、この子。アリーって言うんですけど、ずっと一緒に居たから……。私のこと、ずっと見てくれてるんです」

 

「やっぱ、召喚獣にも意思があるんかねぇ? そういえばこの前、<黒剣騎士団>の奴らが<ウンディーネ>に色々着せとったなぁ。手伝ってもくれたし」

 

「ナオキさん。その話、詳しくお願いします」

 

 何かを着飾るとなると、途端にイキイキし出すのは女の子の特徴なのだろうか。召喚獣に服飾品を着てもらうことや、意思疎通を介して作業を手伝ってもらうといったアレコレを話したナオキにミカカゲは目を輝かせる。

 すかさず<アルラウネ>──アリーに自らと同じコックコートやパティシエ帽を装備させると、本人も割と嫌がらずに着てくれたため、それを傍で見ていたナオキは<召喚術師>(サモナー)と召喚獣の信頼関係で<冒険者>が行える選択肢が増えるという予想が当たったことを人知れず喜んでいた。

 

「きゃ~、可愛い! ナオキさん、ありがとうございます! あ、ここです」

 

「お礼は<黒剣騎士団>の<召喚術師>(サモナー)に言うて。……ここ、研究室やけど?」

 

「そうですよ? 後でお茶持って行きますね」

 

 『研究室』というプレートがかけられた部屋の前でミカカゲと別れたナオキ。彼女曰く研究室に引き篭もっているらしいが、呼び出しておいてその対応は如何なものかと思ったが最近の発明ラッシュ的にも致し方ないことだろうと胸先三寸に納めてから入室する。

 

「あぁ、ナオキ君。早かったね」

 

「時間があるからって待っとる間に作業にするんは感心せんで」

 

「いやいや、手伝ってもらう準備をしてたんだよ。ちょっと目を離したらどこに置いたのかよく分からなくなるからね。えーっと、この奥だったかな」

 

 言い訳のようなことを話しつつもロデリックは机の引き出しから様々な瓶を机の上に陳列していく。それぞれ一口で飲み干せるほど小さな瓶に入っているのだが、中に入っている液体は赤や緑、青などの原色を大量にぶち込んだ具合に禍々しかった。

 中には光り輝いている物もあるので、徐々に恐ろしくなってきたナオキは瓶を指差しながら問いかける。

 

「ヤバい色とか光っとるのあるんやけど?」

 

「まぁ、まぁ、まぁ。これらも行く行くは試したいですが、まずは既存の仕様を確認しようかと。説明をさせてもらっても?」

 

 慌てながら夥しい色の液体が入った瓶を一旦仕舞い、代わって落ち着いた色合いの液体が入った瓶が並べられる。どれもこれも少し前に仕様を確認した何の変哲もない回復ポーションなため、最初のはお遊びの類だと思ったナオキは安堵しながら表情を和らげた。

 

「すごい。人の倫理観を容易く飛び越えるマッドかと思ったらギリギリ真っ当な研究員みたいや!」

 

「喧嘩売ってます?」

 

「失礼だぞ、ナオキ! ロデリックさんは真っ当なようで、放っておいたらずっと研究する系のマッドなんだぞ!」

 

「喧嘩売ってるんですね?」

 

 小馬鹿にしたようなナオキや自身のギルドのギルドメンバーの反応に<フェニックス>を召喚して戦闘態勢をとったロデリックであったが、全員揃っての冗談発言に呆れて<フェニックス>に黒板を移動してもらう。戦闘かと思いきや雑用を任された<フェニックス>が少々挙動不審になるという一面もあったが、黒板は無事にロデリックの前に置かれた。

 

「気を取り直して。まず、回復ポーションの仕様を確認したいんですよね」

 

「回復ポーションはこの前調べたやん?」

 

「あれは害はないかの実験なので……。今回は実際に傷を負った状態で回復するのか。また、回復する手順の確認ですね」

 

 追加で<マジックバッグ>から液体が入ったいかにも高そうな装飾が入った瓶を何点か取り出した後、自身のデフォルメ人形が先端に付いた棒で先ほど入れ替えていた回復ポーションが入った瓶を指すロデリック。随分可愛らしい小道具を使っていることに吹き出しそうになるが、ナオキは黙ってその薬を見るとどれも先日試したポーションばかりなことに気付いた。

 50回復する初心者用から5000回復する中堅者用。中には全回復や10000と<大規模戦闘>(レイド)最前線で使用するような回復ポーションも複数用意してあるため、前回分も含めてかなりの出費になるだろうとナオキは軽く引いていた。

 

「いや、<大規模戦闘>(レイド)用とかもったいないで」

 

「それだけ仕様外とかあり得るんで、もったいないですが必要経費ということで。まずは、ダメージを負ってもらってから<エルダー・テイル>の方式で回復を」

 

「<エルダー・テイル>でやっていた既存の仕様は全部確認するん?」

 

「もちろん。意外と人は忘れるものですから、思いつく限りでお願いします」

 

 <ゾーン>の設定を切り替えているロデリックから『何を当たり前な』と言っているかのような返答を受けたナオキは、自身の持っている回復ポーションを全て机に出してから短刀で自身の腕を切り裂いた。周囲に舞った少量の血飛沫に目もくれず、ナオキはコンソールから<マジックバッグ>の中にある回復ポーションを指定する……が、肝心の回復ポーションが見当たらない。

 

「<マジックバッグ>に入ってない場合は見当たらんな」

 

「結構。次は<マジックバッグ>に回復ポーションを入れた状態でバッグに手を入れずに確かめてください」

 

「<大災害>以降のパターンやな」

 

 ゲーム時代の場合、<マジックバッグ>の中身はコンソール内の『インベントリ』という項目で中身の確認と使用が出来ていた。しかし、<大災害>以降はその仕様は大きく変わり、<マジックバッグ>に一々手を突っ込んでいないと中身の確認と使用が出来なくなっていた。

 そのため、雑に在庫を突っ込んだためのうっかりや遠距離型の<暗殺者>(アサシン)が用いる矢玉の交換といった動作に大きな支障が出ることをカラシンやウィリアムから念話越しで愚痴を言っていたことを思い出しながら、ナオキは自分が思いついたすべての事柄を試す他にロデリックや別の実験をしていた<ロデリック商会>のギルドメンバーに案を募りながら使用条件の確認を行っていく。

 

 一見すると地味で当たり前のことしかやっていない無駄なことだと思うかもしれない。しかし、<冒険者>はこの<大災害>で起こったことを全て解明したわけでもなければ、運営が開発ノートという目に見える成果を発表してくれているわけではない。

 <クロック鳥>が今の<エルダー・テイル>では<ロック鳥>を示すように、『前はこれで行けてたから今回も大丈夫』という考えは<冒険者>という死なない存在にはあまり効かないだろうが、致命的になりかねないのだ。

 

「ポーションが使用出来るのは<マジックバッグ>に手を突っ込んだ状態か、実際に飲んだ時やな。例外として、ポーションホルダーみたいな補助アイテムを装備したら<マジックバッグ>に手を突っ込んだ状態になる……っと」

 

「そういった補助アイテムの需要も高まりそうですね。では、次は……」

 

 分かったことを紙に書き込んだロデリックが再び回復ポーションを並べ始める。先ほどの実験のやり直しかと思いきや、ビーカーを取り出した彼は回復量の異なる2つの回復ポーションを混ぜ合わせ始めた。

 そのまま2つの液体を混ぜ合わせたビーカーに匙を突っ込み、黒魔術をしているかのような呪文と共に1回し──2回し。最終的にニガヨモギのような色へと変化した液体が出来上がり、一仕事を終えたようなロデリックはさわやかな笑顔でそれをナオキに差し出した。

 

「さぁ、飲んでください」

 

「しゃーないなぁ」

 

(飲むんだ……)

 

 少々──いや、かなり怪しい過程で作り出されたポーションを『しょうがない』で飲み干そうとするナオキに<ロデリック商会>のギルドメンバーたちは目を剥く。

 豪胆ともいうべきか、何も考えていない馬鹿というべきか。ソウジロウのようにポヤポヤした表情的に恐らくは後者なのだろうが、その先入観の無さに周囲に居た<ロデリック商会>のギルドメンバーは心配そうにナオキを見つめていた──そんな矢先だった。

 

「コ”っ」

 

「ヤバい! ミカカゲたち呼んできます!」

 

「<ユニコーン>、回復を!」

 

 突然咳き込み始めたナオキ。心なしか肌も青白くなってきたので、ロデリックは急いで<ユニコーン>を召喚してHPの回復を指示。その横でブルーフォレストという<冒険者>が扉を蹴破りながら外へと出て行った。

 どうやら混乱と麻痺、そして毒と複合的な状況以上に晒されていたらしく、危うく大神殿送りになりかけたナオキは彼らの献身的(?)な介助によって難を逃れた。

 

「ロデリックさん、なんか変なの混ぜた?」

 

「いえ、回復ポーションのみですが……不思議ですねぇ」

 

「もしかして、最初に出てきたあれらもそんな経緯で作ったやつやったり?」

 

「おっと、バレましたか」

 

 いたずらがバレたみたいな反応を示すロデリックに、ナオキは右ストレートを放ちそうになる心をぐっと堪えて一体何を目的にしたのかと詳しい話を聞く。

 すると、とある日の夜に深夜テンションで研究していたら手元には薬を混ぜ合わせていたようだ。それだけならまだ良いが、混ぜ合わせた中に希少な<外観再決定ポーション>も使った物もあるという話にナオキはチベットスナギツネのような何とも言えない表情をしながらロデリックを見る。

 

「ごめん、このギルドマスター殴ってえぇか? 1発でえぇから」

 

「ちょっ、待ってください! こっちにも言い分はあるんですよ!」

 

「なんや?」

 

「科学ノ進歩、発展ニ犠牲ハツキモノデース」

 

 ……1発が5発ぐらいに増えたのは言うまでもない。

 

***

 

 結局、5発以外にも正座を強制されたロデリックが言うには既に<ロデリック商会>の中には『あれ等』を進んで試そうという酔狂な<冒険者>は居らず、その間にもインスピレーションが過ぎったロデリック含めた諸々の手によって『あれ等』は増産され、そろそろ保管スペースなどの弊害も出てきているらしい。

 

「何とかできないですかねぇ」

 

「何とかって言ってもなぁ。そもそも、自分たちで消費しろよ」

 

「いやー、流石に正気に戻ってからあれを飲むのはキツいです」

 

 どこまでも他力本願が駄々洩れなロデリック。しかし、薬を混ぜ合わせただけでバッドステータスが生えてくることを考えると自身で実験するのも躊躇するのも分からなくもない。

 これがバッドステータスが生えてこない状態であったなら、『やったー、HPがかけ合わせた分だけ回復したぞー。わーい』といった平和的な実験であればまだ良かったが、流石のナオキも実際に酷い目にあった後は二の足を踏んでしまう。

 

 それでも『量が多ければ毒になる薬』というリアルのこともあるため、新薬開発は最前線の<冒険者>を助ける希望にもあり得る。……かもしれない。多分、きっと、Maybe。

 そんな気持ちの整理がつかない状況から来る悩み疲れを口から吐き出しつつ、ナオキはなんとかしようとシロエを始め、クラスティやアイザックなどといった円卓会議の面々に話を通すが──。

 

「ごめん、流石に治験は……」

 

「嫌です」

 

「なんで俺たちがそんなこと……おい! GMって文字にゴリマッチョってルビ振るんじゃねぇ!」

 

 なにやら変な雑音が聞こえた気がするが、構わずナオキは知っている別ギルドのギルドマスターにも声をかけてみた。しかし、誰もが『得体のしれない』や『気持ち悪い』という尤もな反論で拒否。残すところは適当にしょっ引いた<冒険者>に刑罰として飲ませるか、自身の所属している<西風の旅団>に試してもらうようソウジロウに直談判するのみであった。

 

「犯罪者使うのはどうなん?」

 

「そうポンポン出ないかと。<黒剣騎士団>などが睨みを利かせてますし」

 

「この時期に犯罪するのはよっぽどだと思いますよ~。あ、これ新作です」

 

 ソファに座ってすっかり話し合いな感じになってしまった2人にミカカゲの手から茶とケーキが供される。久方ぶりの甘味に目を丸くしたナオキは彼女に頼んでいくらか包んでもらうという約束をしていると、それを聞いたロデリックのメガネが怪しく光る。

 

「<西風の旅団>でお茶会をしましょう」

 

「あぁ、ケーキをお茶請けにしてカップに薬を入れてか?」

 

「そうです!」

 

「アホか!」

 

 飲み干して空になった自身のカップにロデリックが並べていた瓶の中から無作為に選んだ1本の中身を注ぎ込む。茶褐色という薬としては危険そうな色合いだが、華やかなケーキと共に並べれば『見た目』だけは何とも優雅なお茶会の体裁が整っていた。

 だが、中身は危険な治験パーティだ。力いっぱい拒否しながらナオキは<西風の旅団>を選んだ訳を聞くと、『先ほどソウジロウさんに連絡してませんでしたから』と真顔でぐぅの音も出ない理由をロデリックは語る。

 

「このままではいずれ手当たり次第に実験する可能性も出ます! 何卒!」

 

「俺達も飲みますんで! 何卒!」

 

「なんやこれ。新手の脅迫か?」

 

 なにが『何卒』なのだろうか。なにが『手あたり次第』なのだろうか。その前に円卓会議から<ロデリック商会>の名前が消える方が早いだろうとナオキが心の中でツッコんでいる間にロデリックとギルドメンバーたちは次々と瓶を掴むと一息に流し込み──。

 

「ど、毒が! しかも猛毒じゃねぇか!」

 

「アバババ」

 

「目がぁ……目がぁぁぁ!」

 

「あ、めっちゃ気分爽快。丸1日寝たみたいだ」

 

「なんや、この阿鼻叫喚」

 

 部屋の中が一気に地獄に変わっていく展開に流石のナオキもツッコみを放棄する。

 その後はミカカゲたちの協力もあって事態は沈静化するが、『俺らもやったんだからさ』という圧がナオキに付きまとうので仕方なくソウジロウに許可を取り付ける。『とんでもない』とソウジロウが拒否してくれるという一縷の望みをかけたこの行動であったが──。

 

【あ、新しい薬の実験ですか? 面白そうですね!】

 

【あ、うん。知ってた】

 

【こっちでメンバーの選定とか済ませておきますね!】

 

 割と……いや、かなり乗り気なソウジロウによって<西風の旅団>の治験会が決定する。そのことで一気に研究室は生贄……、もとい被験者に飲ませる薬をピックアップするが、それをナオキが制止する。

 

「何と何を混ぜたのか把握しとる奴だけ持って行くで。後、毒薬とか危険物入れてるのはNGやからな」

 

「致し方ありませんね。皆、作業をお願いします」

 

「言わんかったら持って行く気やったな。こいつ」

 

 ナオキのジト目に舌を出しながらウィンクするロデリック。激しく殴り飛ばしたい衝動を抑えた彼は、喉の渇きから手元に置いてあったティーカップに口を付ける。

 1口2口とそれを飲み込み、その味に疑問を持ったのも束の間。

 

「あっ」

 

「あっ」

 

 2人の声と同時に研究室全体に目が眩むような光が迸り、続いて全身を粉々に砕くような鈍い音とナオキの悲鳴が轟いた。




戦闘シーンむつかしい

お知らせ:私事ですが、職場が変わりそうなので2週間に1話投稿となりそうです。
本格的に決まりましたらお知らせで改めて報告させていただきますが、ご留意よろしくお願いします。
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