ナオキが<ロデリック商会>に向かって数時間後。<西風の旅団>の<ギルドホール>に彼を呼び出したはずのロデリックがやってきた。『ごめんください』という挨拶を久方ぶりに自分の装備を調整していたナズナが気づき、頭をガシガシと掻きながら大股で歩くという瀟洒に喧嘩を売っているかのような様子で応対してくる。
「ロデリックの旦那じゃないか。ナオキはもうそっち行ったよ」
「あ、はい。来てもらったのですが……その……」
「旦那。ナオキに何をしたんだい?」
「ナズナ。ちょい待ってんか」
煮え切らない返答に何かを感じ取ったナズナは反射的に彼に掴み掛ろうと手を伸ばそうとする。だが、その前にナオキの声で彼女は動きを止めた。
しかし、声からして無事なのは分かったが声はすれど姿が見えない。いつにもまして不可解なことを仕出かして帰って来たのではないかとナズナが周囲を見渡していると、自らの視界の下になにやらモコモコした存在がちらついていることに気付いた。
「なんだい。この毛……玉……?」
最初こそ大きなゴミだと思ったナズナであったが、そのもこもこを凝視することでようやくゴミではなく明らかに人間であることが分かった。
身長はソウジロウ──いや、アカツキと呼ばれていたシロエの傍に居たアサシンよりも少し小さい。卵型のやや丸っこい頭部にはくっきりとした目や八重歯が特徴的な口がくっついていており、なによりも特徴的なのは毛玉と見紛うような毛量の髪が頭部から生えていた。
顔が良いとか身長が低いよりも真っ先に『毛玉』という印象がナズナに植え付けられるが、彼女は極めて当たり前の疑問を口にする。
「誰だい? この子」
「ナオキやでー」
スゥー……
毛玉からかなり幼いが特徴的な言葉が投げかけられる。ただ、ナズナはその言葉の意味が分からずに深く息を吸い込むことで自らの脳内の鎮静化を図った。
だが、その場で立ち尽くしてしまった彼女を見て『聞こえてないんかな?』と横に居たロデリックと話し込んだ(推定)ナオキはもう1度『ナオキやでー』と言った瞬間。彼(?)の脇にナズナの手が突っ込まれ、そのまま掬い上げられる。
「なんでっ! そんなっ! ことにっ! なってんのさぁ!」
「うるさっ! そんで揺らすな!」
相手が小学校低学年ぐらいの身長だからだろう。軽く揺すって問い質すナズナにナオキはいつも通りの口調で答える。
最初からとんでもない展開であったが、ちりばめられた点と点を無理やり線で繋ぐことで導き出された疑惑は──、やはりあの『
***
「わー、ナオキがこんな小さくなるなんて不思議ですねー」
「安心したー。どこの馬の骨と思ったわよ。私、産んだ覚えないのに」
場所は変わってソウジロウの部屋。その中央にはソウジロウがナオキに生暖かい笑顔を向けながら日頃の仕返しのように頭を叩いている。その光景に最初こそ『どこの誰よそれぇ!』と半狂乱になったオリーブが今や『レアだわ』としきりに呟きながらも中々に黒いジョーク。──ちょっと多方面に言うと洒落が通じなくなる類のジョークを言い放っている。
そんな空間の中、部屋の隅で何かを手に念話などをしていたロデリックが立ち上がる。その頭部には小さなたん瘤があるのはご愛敬だ。
「待たせたね。ギルドメンバーに確認を取ってもらったけど、そのクエストでアイテムはもらった記憶がないそうだ。アイテムに関しても同様に聞き覚えがない。……つまり、これはゲーム時には存在しなかったアイテムという可能性が高い」
「能力値もフレーバーテキストもある新アイテム。それも<大地人>が作ったアイテムか。こら、開発熱もさらに上がるんちゃう?」
「そうですね。大変興味深い物を見せていただきました、ありがとうございます」
「旦那、良い話風にしてるみたいだけどさぁ。うちの子に何してくれてんのさ~?」
<大地人>が生み出した新アイテムの発見。これで済んだらとてもめでたい話であった。
しかし、ナオキの現状──<外観再決定ポーション>を混ぜた試験薬を服薬した状態を治さず、さらには<西風の旅団>に治験をさせるという暴挙がナズナ的には腑に落ちなかったのだ。
なお、普段なら絶対言わないであろうナズナのうちの子発言が聞こえたため、ナオキが『保護者面すんなや』と歯に衣どころかオブラートすら包んでいない物言いで反抗すると、ナズナは力が抜けたようにその場にへたり込んだ。
「ナオキ君が治したがらなかったんですよ。……ってあの、彼女は大丈夫なのでしょうか」
「無視しとき。それにあの薬は1個しかないんやから、これからやることを考えればあそこで使うのは悪手やで」
ロデリックとナオキ曰く、どうやら<ロデリック商会>では『ひとつ前の薬の効果を打ち消す薬』というイタチごっこになりそうな予感をヒシヒシと感じる都合の良い薬が偶然出来上がっているらしい。
ただ、その材料は希少かつ生産難易度も高いためにレシピはあるが迂闊に量産できない状況にあり、現存している薬はロデリックが持つ1個のみである。本来であればそれを量産してから治験を開始するのが筋ではあるが、ギルドマスターを含めた<ロデリック商会>のマッド共に意識は『そんなものじゃ、憧れは止められねぇ』らしい。
そのために年齢、身長、顔パーツを含めた体形諸々、頭髪の色や毛量を含めた髪型がランダムに決まってしまったらしいナオキよりも症状が酷い者に例の薬を処方するというのがナオキの判断であった。
そんな話をしていると、ようやく復活したらしいナズナは現在のナオキの姿を何度も見てから思いの丈を叫ぶ。
「あんたが一番重症だよ!」
「いや、性別変わってへんから軽傷軽傷。そんなわけやから、治験するやつおらん?」
「え、それで性別変わってないって……マッ?」
「マジマジ。流石に性別変わったら重心変わるやろうから戦いにくくなるやろうし、いつもの癖でソウジロウと風呂入ったら袋叩きにされるやろうからとっとと戻してるわ」
至極真っ当な反論が飛ぶ。しかし、どうやら彼にとって重症と危険についての定義が大分ズレているらしく、性別が変わっても無ければ身の危険も感じないのでセーフと謎の理論を押し通そうとしている。
そんな彼だが、そう説明している間にも主に可愛い物が3度の飯より大好きな盛りを迎えている中高生中心のギルドメンバーにブラッシングをされていたりする。一向にストレートにならない癖毛のレベルを超えた剛毛具合に度々頭皮ごと引っ張られ、その都度ナオキは『ハゲるわ!』とキレつつも治験の希望者を募り出した。
やってもらう側として危険性や保険として危険性の高い薬品を混ぜた物を除外していることは当然伝えたのだが、それでも難色を示すギルドメンバーが多いのは致し方ないことだろう。
だが、ここでなにやらソウジロウと話していたロデリックがわざとらしく声を上げた。
「えぇっ!? 頑張ってくれた人にご褒美を?」
「え? あぁ、良いですよ。別に」
「なんでも?」
「ボクに出来ることなら。……あっ」
──やりやがった。
その言葉がナオキの脳裏に深く刻み込んだ瞬間、今まで拒否をしていたギルドメンバーが一気に参加を表明する。その意見の変わりようはまるでドリルのようだと白目になりながら参加表に希望者を書き連ね、ここに来る前にイサミ経由でサラにセッティングしてもらった部屋に通していく。
<西風の旅団>においてソウジロウの『なんでもする』は禁句である。ソウジロウ自身もそれを言った途端に<西風の旅団>どころか下部組織まで揺れ動くのを何度も見ていたため、ナオキが注意する前に自発的に封印していた。
彼が自ら封印していたその言葉については、今も尚目をハート……一部どす黒い思惑を滾らせている者の顔を見れば一目瞭然だろう。そんな彼女たちの案内を済ませたナオキは、『実験を前に道理などク〇くらえ』とシロエとは異なる黒い顔をしながら『乙女心利用するクソ野郎』と言っているナズナと硬すぎる握手を交わすロデリックに準備の完了を伝えるために近づいた。
「はぁー、しかしこれじゃあマスコットじゃないか。……こんな目には合わないんだろうね?」
「分からん。個人的には
「それが一番なんですがね。それでは、移動しましょうか」
生産者兼責任者であるはずの存在にあるまじき発言をしたことでロデリックの頭に再びナズナの打撃が入るが、彼らは実験会場──もとい、<西風の旅団>では場違いの広い洋室へと足を運ぶ。
そこには綺麗なテーブルクロスがかけられた長机に木製の椅子、天井を優雅に照らすシャンデリアといかにも『洋室』といった空間で、既に席についていたソウジロウ含むギルドメンバーとミカカゲから『せめてものお詫び』と指定していた量よりも大量に持たせてくれたケーキを配膳してくれたサラが待機していた。
「ナズナ様。お待ちしておりました」
「サラ、準備あんがとね。それと、いつも言ってるけどナズナで構わないよ」
何故かナース服を着ているサラだが、大方治験ということで場を盛り上げようとしたギルドメンバーが着せたのだろう。横で『カッポウギ……』と何故かテンションが下がっているナオキを一瞥したナズナは自身の名前のプレートが書かれた席へと座る。
こうして全員が揃ったことで、再びこの治験の意味や既存の薬を混ぜ合わせることで新薬が作り出せるという結論をロデリックが発表。その発表に醸造師といったポーションを生産していたギルドメンバーたちが興味深げに聞いていたが、その興味も数分で失せてしまう。目の前のティーカップに並々と入った薬の出所や制作方法に対して閃き──テーブルトークRPGでいうアイデアロールが成功してしまったのだ。
もしかしたら、生半可な気持ちでOKを出すべきではなかったかもしれない。そういった気持ちがギルドメンバー達の中で伝播し、続けて<ギルドホール>内で放し飼いをしていた<ハッケン隊>に包囲されて巨大な毛玉へと進化したナオキを見て彼女たちは徐々に未知の薬という存在を恐怖し始めた。
「あの、パスで……」
「私も……」
「おっとー? ソウジからのご褒美があるかもしれないのに、残念だねぇ。状態異常ならサンディとかの
席を立とうとする面々に言い放ったナズナの言葉。責任感の『せ』の字もない年長者にあるまじき言葉であったが、『ご褒美』という単語に先ほどソウジロウが言っていた風景を思い出して再び着席する。
その様子を<ハッケン隊>に群がられながら見ていたナオキは『女ってこえー』と思いながら行き渡った薬のリストに視線をそらしていると、乾杯の声が聞こえて少し経った頃に地面が揺れる感覚に陥る。
その感覚に思わず正面を向くと──阿鼻叫喚と表現する他ない状況が目に前に広がっていた。
「な、ななななにごとよぉぉう!」
「へあぁ……目がぁ……目が見えないぃぃ!」
「いやぁぁ! 力が、力が溢れてきおりますわぁ!」
「アババ……だ、誰か麻痺直し……ゴフゥッ」
「誰か、
<ギルドホール>の天井すら貫くほど長く、強靭となった髪に慌てふためくドルチェ。
漫画のように目を『3』の形にして盲目状態のままふらつくイサミ。
架空の拳法の伝承者のように筋肉が隆起し、そこらへんのボディビル選手権に飛び入りさせたら優勝して帰ってきそうなオリーブ。
こちらまで漂ってくる下水を煮詰めたような臭気を発しているのはナズナであろう。その証拠に彼女の周囲にコバエがぶんしゃかと飛んでいる。
「ほい、
「私も<ユニコーン>を出しましょう」
他にも猛毒、麻痺と状態異常に苦しむギルドメンバーたち。彼女たちの反応を見かねたナオキは、仲間と勘違いした<ハッケン隊>に包まれながらもスタンバイしてもらっている
しかし、いくら麻痺などが治せても盲目状態は時間経過でしか治らなければ、臭気の対策などしようがなかった。さらに言えばマッチョになったり髪が急激に伸びたりといった事象も回復職の手には余るため、それらに関しては後回しになった。
だが、彼女たちが唯一幸運だったこと。それは──。
「うぐっ!」
「ソウジ! 苦しいのかい!?」
筋肉もりもりマッチョウーマンとなったオリーブが部屋から出ようとして移動不可の設定によって阻まれ、それを提案したロデリックに全員のヘイトが向いていると、突如としてソウジロウが苦しみ出す。椅子から転げ落ちながらその場で胃の中の物を吐き出しそうなほどの苦し気な様子に、血相を変えたナズナが薬を吐き出させるために人差し指と中指を束ねて彼の喉を突こうとする。
だが、その前にソウジロウの身体にとある変化が起こった。
──ボイン
「は?」
ソウジロウの胸元が突如として膨らんだことにナズナは素っ頓狂な声を出す。男性でも肥満体質であれば可能性はあるだろうが、彼は肥満とは真逆の存在だ。そんな彼の胸元にはナズナ並とは言えないが、明らかに母性を象徴する部分が膨らんでいた。
それを見たナズナは放心状態になるが、一応の確認のためにソウジロウの服をずらす。彼──否、彼女が一切の抵抗をしないところがナズナとの信頼関係を伺わせるが、確認してしまった彼女はおもむろにソウジロウをナオキの前に連れて行く。
「ナオキィ! ソウジが女の子になっちゃったぁ!」
「こっちくんな! 臭っ!」
ポニーテールにしていたソウジロウの髪を解き、自らの手でツインテールにしたナズナが『すっごく可愛くない!?』とナオキに尋ねるが、今の彼女は新薬の効果でかなりの臭気を発する存在だ。その証拠にさっきまでナオキの周りで屯っていた<ハッケン隊>の半数が部屋の隅まで退避。残り半数が逃げ切れずに仰向けになって痙攣してしまっている。
なお、召喚者のひさこも猛毒の治療が難航しているため、戻すに戻せない状況も加わって事態がより洋室は一層混迷しているのは言うまでもない。
「これは……ナオキさんとは違って性別も変わっている! 実に興味深い!」
ギルドマスターが女性化するという未曽有の事態だが、それを喜ぶ変態が1人。
彼はソウジロウから盛り上がった胸が本当に本物なのか、本当に女性になったのかと1歩間違えればそのまましょっ引かれそうなことを試そうとするが、その尽くがナズナによって阻止される。
ただ、ソウジロウやナオキのように外見が著しく変わる事象を突き詰めれば、いずれは外見再決定ポーションを作り出すことも決して夢物語ではない。
「なぁ、ソウジロウ。髪の毛で遊ぶのやめぇや。ナズナの方行けや」
「臭いから、やーっ!」
「うわっ、こいつ精神まで幼くなってるやん!」
「臭っ……。どうすんのさ、これぇ!」
ナオキの傍に近づいてもこもこの髪の毛を玩具にし出すソウジロウ。明らかに幼児退行していることにナオキと彼らから少し離れたところで打ちひしがれていたナズナがロデリックに向かって異常を叫ぶ。すると、彼はやれやれと言った様子で懐から薬を取り出した。
「さっき、ナオキさんが仰っていた1つ前の効果の薬を打ち消す薬です。ナオキさん、ソウジロウ君に飲ませる……で、良いですか?」
「かまへん。ソウジロウの方が重体やし、ギルドマスターやから外観が悪い。せやから、ナズナは次の薬が出来るまでしばらく部屋で謹慎しとき。ひさこはサラと協力して深刻そうな子のリストを作っといて」
「いや、次はナオキが飲みなよ」
ナオキはテキパキと指示を出しながら、<ロデリック商会>を発つ前に<ロデリック商会>のギルドメンバーと協力して作った今回の治験で使用した新薬の特徴や何を混ぜたかについて事細かに記録されたリストを用い、参加した各自に飲んだ新薬がその特徴にあっているかのダブルチェックを行う。
姿形は変わろうともそのいつも通りなナオキに、混乱していた部屋の中はいつの間にか静かになって行った。
そうこうしていると、ロデリックの投薬が終わったらしくソウジロウの身体から煙が出てくる。彼の真上に小さい雲が出来そうなほどの煙に周囲は驚いていたが、約2名ほど全く別の反応を示していた。
「相談役! 〇ア2! ギ〇2!」
「後でソウジロウの腕引っ張ってみようや!」
「そこの少年漫画大好き組っ! 静かにしな!」
どこまでも少年の心を持った
「ソウジっ! 大丈夫かい?」
「ナズナ……臭いです」
衝撃再び。もはやこれまでとナズナがいよいよ倒れ込むが、それをソウジロウは不思議に思いつつもナオキの方に寄ってくる。
「ナオキ。ボクはどうなったんですか?」
「アホっぽい女の子になってたで」
率直な感想に白目になりながら驚きを露にするソウジロウ。だが、客観的に見たらまさしくそれなためにギルドメンバーたちはナオキの意見に首を縦に振っていた。
しかし、そんなことよりもこの惨状をどう片付けたものか。
未だデバフを受け続けているギルドメンバーの治療。ナズナやオリーブ、ドルチェといった治療が難しいギルドメンバーの処置。そしてなによりも割れたり散らばった食器の片づけといった部屋自体のメンテナンス。既にギルドメンバーは動いてはいるものの、未だにどれも中途半端な状態であった。
とりあえずはソウジロウに部屋の制限を解除してもらい、ソウジロウと協力してナズナを彼女の部屋に放り込もうと息を整えていたナオキであったが──。
「ごめん。シロエから念話や」
「こっちも失礼するよ。念話だ」
「あ、ボクもだ。直継さんから?」
同じタイミングでロデリックとナオキとソウジロウに念話が掛かってくる。ロデリックはともかく、シロエと直継がそれぞれ念話してくるところから考えるに同じような内容なのだろうと、ナオキはソウジロウにかかってきた念話を切るように伝えてシロエからの念話を許可した。
【もしもし】
【ナオキ? 今、街が大変なことになってるんだけど】
【奇遇やな、こっちも大変なことになってるんや。とりあえずソウジロウへの念話も同じ内容なんやろ? すぐ近くに居るから代返するわ】
【分かった。助かる】
こちらもこちらで大変なのだが、直継にソウジロウへの状況説明を任せたり、なによりナオキの声の変化に気付かない程度には彼も切羽詰まっているようだ。
そのままシロエの言葉をその場でナオキが復唱することでソウジロウにも状況が説明されるが、どうやら少し前に<円卓会議>内で話し合っていた<自由都市同盟イースタル>からの使者が来たらしい。
【マジかいな】
【嘘でも言わないよ。そんなこと】
「本当ですよ。さっき、うちのミカカゲが"セルジアット・コーウェン"の使者と名乗っている一団を見たそうです」
念話の最中に慌てた様子のロデリックが口を挟んでくる。
セルジアット・コーウェン。<自由都市同盟イースタル>の筆頭領主で、かなり大雑把に言えば関東圏の支配者の家系である。
さらには『なんちゃって中世』であるこの世界では知らないが、現実で有名なヤのつく自営業が自分の後ろについていると脅したりすると法に触れるように、貴族の名前を好き勝手に名乗るという行為は厳しく罰せられる。
そのことから虚言ではなく『ガチ』だと悟ったナオキは、シロエにロデリックとソウジロウ以外の招集を頼み、ソウジロウと出かける準備を始めた。
「でもナオキ。その体に合う服がないんじゃ」
「この前、レザさんにもらったので何とかするわ。ともかくオリーブはナズナを部屋に閉じ込めとき! 他の皆は引き続き、片付けとかたのんだでー!」
『はーい!』
元気に返事をしてくるギルドメンバーたちに背を向けたナオキとソウジロウはそれぞれの部屋に戻ると出かける準備に入った。
***
<ギルド会館>の会議室にたどり着いたソウジロウたち。既に<円卓会議>の主要メンバーやその副官が集まっており、彼らの視線が集まる先には妙な帽子を被ったちょび髭の男性が居た。
名前はローペ・オエルッティ・アウノラ。長ったらしい名前からしてかなり上位の貴族だろうことが伺える。そんな思いからシロエは腹に力を入れて相手の出方を見ようとするのだが……。
「全員揃った……ね。……ソウジロウ、誰? この子」
「ナオキです」
「えぇ、アカツキよりも小……何でもない」
ダボついた『
しかし、今はナオキがこんなことになった原因を追究する暇はない。目の前には自分よりも遥かに偉そうな男性に対し、シロエは改めて挨拶と今回の来訪の経緯について尋ねた。
「此度開催される領主会議に招待する旨を伝えるように仰せつかった。こちらはそちらを貴族として召し抱える準備もしてある。返答は……言わずとも分かるであろう」
シロエの対応とは違ってやや高圧的な言葉が<冒険者>たちに走る。いくらアキバの街の<大地人>が<冒険者>と共に歩む姿勢を取っても、街の外の<大地人>はその限りではない。
どこか『頼みごとと報酬を与えればホイホイこなしてくれる便利なやつ』だと思われていそうな言葉の棘がクラスティなどの機微に敏い<冒険者>の眉を僅かに釣り上げる。
しかし、アウノラも悪気が無かったのだろう。<大地人>にとって自身の暮らす土地を守護する組織の筆頭領主からのお誘いというものは、まさに雲の上からのお誘いに等しい待遇だ。
さらには貴族の位まで寄越すという約束。二つ返事どころか即決、断るなど烏滸がましいにもほどがあるという認識から、ついつい上からの物言いで口走ってしまったのだろう。
しかし、その言葉の端々から見える不遜具合が交渉ごとに多大な影響を持ってしまうことは──想像に難くない。
「俺は行かねぇぜ。他は好きにしてくれや」
「そうですね。こちらを下に見てくる以上は行く必要性がないかと」
「対等で協議するのかと思ったら……。こっちも今、忙しいからパスです」
「なっ!」
アイザック、クラスティ、ロデリックと続けざまに拒否を示す。せめて、『YOU、招待するから来ちゃいなYO』とか、『領主会議に出席してくれるかなー?』といったノリで来てくれたら皆、ノリノリで了承しただろうが<冒険者>の性質を<大地人>に合わせるのも……まぁ、難しいだろう。
ただ、そこまで続けて拒否されると相手の面目が立たなくなるのもまた事実。当然のごとく烈火のように怒り出したアウノラだが、それを制する存在が居た。
「使者殿。我々は<冒険者>ではありますが、<自由都市同盟イースタル>とは異なる考えで致し方なく自治を行っている組織です。それを踏まえての発言ということでよろしいでしょうか?」
「なんだ、この子供は」
突然の物言いにアウノラが周囲を見ると、そこにはまるで浮浪児のような<冒険者>が居た。<冒険者>は姿形にとらわれないとは<大地人>の間ではよく聞く話だが、流石にそこまで思考が廻らなかった彼は、つい高圧的に話してしまう。
しかし、目の前の子供はアウノラの問いに全く聞かずに話を続けた。
「しかし、先程の返答は確かにこちらにも非があります。どうでしょう? ここはお互いに事故ということでもう一度やり直してみては?」
「誰かと聞いている!」
「使者殿」
怒鳴りつけるアウノラとは対照的な小さい声。されど、その一言に彼は恐れを抱いた。
普通であればこのような子どもは大人が怒鳴りつけた場合、泣くか黙り込むかの2つに1つだ。だが、目の前の毛玉のような<冒険者>はまるでこちらの不出来を諭すような視線でアウノラを見ている。彼にとってその目がなによりも恐ろしかった。
ただ、その恐怖によって彼は<大地人>と<冒険者>の違いをようやく思い出すことが出来たらしい。その場で腰を折った丁寧な謝罪をし、その堂の入った謝罪にシロエたちの方が逆に恐縮し出した。
「申し訳ない、こちらの都合ばかりを押し付けてしまった。改めて<円卓会議>に謝罪をさせてもらう」
「えっ……あっ……いや。ありがとうございます」
持ち前の口下手を発動しかけのシロエが何度もクラスティを見やる。そのなんとも一杯一杯なシロエの様子に、彼は『やれやれ』と眼鏡を指で押しあげながらアウノラの前に立つと、そのまま優雅に礼をした。
「謝罪はありがたく。そして、こちらからも先ほどの返答について謝罪します」
「感謝する。それでは、改めて──近々、<自由都市同盟イースタル>の領主会議が執り行われる予定である。その場に<円卓会議>の方々を招くように筆頭領主であるセルジアット・コーウェンより仰せつかった。そちらに対し、こちらは貴族として受け入れる準備も整っているゆえ、よりよい話し合いのために一考いただきたい」
「いえ、一考するほどではありません。そちらの顔もあるでしょうし、招待は受けます。しかし、貴族の地位などについては改めて話し合いの場を設けたいとお伝えください」
合議制の<円卓会議>ではあり得ない即決に使者が思わずクラスティを何度か見るが、彼は笑顔で再び同じことを言って了承の意思を伝える。腑に落ちないが、任務が無事に終了したことにアウノラは胸をなでおろしながら帰って行く。
そんな彼の後姿が完全に無くなった後、クラスティは近くにあった席にどっかりと座って気だるげに肩を回し始めた。
「いやぁ、肩肘張るのは疲れますね」
「なーにが"謝罪はありがたくー"だよ。速攻で行くつった方が話が早かったじゃねぇか。わざわざ合図してきやがって」
「いやぁ、あのまま帰すと舐められたままの交渉になると思ってね。それに、やっぱり貴族の位を差し出して来たからね。貴族なんて交渉カードにもならないって臭わせたかったんだよ。私たちは<冒険者>だからね」
──そう、何を隠そうこの集団。最初から<自由都市同盟イースタル>からの接触があればそれに乗っかろうと少し前から結論を出していたのである。
ただ、あまりにも使者という立場でしかないアウノラが<冒険者>を低く見た物言いと『貴族の位に目が眩むほどの愚か者』というレッテルを貼られないためにクラスティは後ろ手に『無反応』を指示し、男性が怒りを全て出し終わった後に<大地人>と<冒険者>の違いから<自由都市同盟イースタル>と<円卓会議>の違い、『そもそも大災害後にそちらが統治すれば良かったのでは?』とネチネチ言うつもりだったらしい。
「まぁ、ナオキ君がやんわり言ってくれたみたいだけどね」
「いきなり標準語で話し出して驚いたぜ」
「関西弁は悪い意味で目立つしなぁ」
「あぁ、"ウェストランデ"か」
ミチタカの言葉にナオキは頷く。
<神聖皇国ウェストランデ>。関西圏を領土とする文化圏で、諸々の設定は省くがイースタルとはあまり仲が良くない。そのため、関西弁を使って心証を悪くする恐れがあると思ったナオキが咄嗟にアドリブを行ったのである。
「なるほど。じゃあ、マリ姉は欠席した方が良いかもね」
「そうやね。ヘンリエッタにお願いするわ。ちょうど合宿もあるさかい、うちはそっち行くー」
「まったく……。致し方ありませんわね。向こうではしゃぎすぎないでくださいね」
心証は大事なため、この機会に会議の出席メンバーをこの場で纏め出すシロエ。ただ、クラスティだけは先程のナオキの行動を注意し出した。
「ナオキ君、指示には従って欲しかったな。一応議長なんだから」
「すんません。ハンドサインが見えなかったんや」
「ミロード、今のナオキさんは"これ"ですよ?」
「あぁ、たしかに……。すみません」
三佐の手を脇に入れられて持ち上げられたナオキを前にクラスティは己の失態を認める。
今の彼の身長はアカツキよりも多少小さいため、背伸びを常時していなければクラスティの指示が良く見えなかった。なので、誰も反論しないのを不思議に思いながらもナオキは一応『対等』ということだけは認識させておきたかったので、あぁいった威圧を込めた物言いをした。
「ですが、ミロード。少なくともナオキさんのような物言いでは収まらないでしょう?」
「当たり前ですよ。舐められたままの交渉ほどツマらないものはありませんからね。面白くしてあげようかと」
しかし、いざ蓋を開けてみればナオキの物言いの方が良かったかもしれない。あの『面白い物好き』かつ、妙に上流階級のような所作を所々に感じるクラスティが普通のネチネチした注意をするわけがない。
最悪では口撃の数々に使者が鬱になるかもしれなかった。ファンブルにファンブルを重ねた最悪では、<冒険者>と<大地人>の戦力の差を度外視したイースタルとの戦争に発端になったかもしれないということもなるかもしれなかった。
全ては『IF』だが、クラスティならあり得そうと全員の考えが一致した。
「つーか、なんでお前はそんなに縮んでんだ? しかも、うちのギルマスTシャツ着やがって」
「それはロデリックさんに言うて。Tシャツはレザリックさんがくれたもんやし、これ"ギルドマスター"やのうて"ゴリマッチョ"やで」
「ロデリックさぁん!?」
「レザリックゥ!」
いつものように騒ぎ出す<円卓会議>。しかし、全員がこの出来事によって<大地人>と本格的に付き合うことを再確認し、本格的にこの世界の住人になったような気がした。
ぶっちゃけ、イケメンか小さくて変なやつかで悩んだ末、イケメンはなんか違うと思ったんで小さくて変なやつに
モデルはプリティーで頭が大きなウマの姉貴。もしくは尻で魅せるゲームなのに毛玉で見えないやつですよん。
おしらせ:
本格的に職場(プロジェクト)変わりそうなので、2週間に1話投稿となります。
皆様にはご迷惑をおかけしますが、ご了承願います。(そもそも待っているのだろうかと思いましたが、念のため)