西風の相談役   作:マジックテープ財布

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26話:ホームシック

 <自由都市同盟イースタル>からの招待を受けた数日後。ロデリックから『1つ前の薬を上書きされたら面倒臭いことになる』と言い渡されたので狩りにも行けず、暇を持て余したナオキは気晴らしに<ホネスティ>の<ギルドホール>へとやってきていた。アインスはかねてより<円卓会議>の議題に上がっていた初心者支援の一環として企画段階にあった夏季合宿の現場視察に出かけており、現在は彼の右腕であるシゲルと茶を飲みながら談笑をしている。

 

 最初はナオキの摂取した新薬と今の姿のことを笑い話に。そこから双方にギルドについての日常を肴にしていた2人であったが、ナオキがふと話題を切り替える。

 

「そういえばこの前、ウィリアムから念話あってな。<シルバーソード>が<アクロオウ>倒したみたいやで」

 

「へぇ、確かあそこって結構手強かった記憶があるんだがな。流石は<シルバーソード>っつーことかね」

 

 何度か全滅しながらパターンを掴んで勝利した記憶を思い返すシゲル。<大災害>以降もそんな<大規模戦闘>(レイド)モンスター相手にに果敢に挑んだ末、勝利をもぎ取った<シルバーソード>の力量と胆力はすごいものだと称賛した。

 ただ、そのまま<シルバーソード>の話に流れるには2人共ネタがないため、文化人類学の教授をしているシゲルが<アクロオウ>繋がりで東北の伝承や個人の見解を披露する流れとなっていく。

 

「──つーわけでな? 俺的に座敷童っていうのは居たらその家が裕福じゃなくてその逆。"意図的に隠された訳ありの子供が居れる程裕福な家"って考えなんよ」

 

「なるほどなぁ。居なくなったらその家は破滅やのうて、"育てられなくなるほど落ちぶれた"ってことになるんやな。ホラーは苦手やけど、そういう解釈の話は好きやで」

 

「そーそー。なんだナオキ、結構文化についてイケる口だな。今度リアルで沖縄当たりの調査手伝ってみねぇか? あっちで色々調べたいことあったんだわ」

 

「帰れたら考えるわー」

 

「帰れたらなぁ……。あ、そうそう。話は変わるんだがな? お前ん所は合宿の付き添い決めてんのか?」

 

 なんだかしんみりした空気になったので、シゲルは唐突に話題を夏季合宿の話に移す。ナオキも何度か話し合いの場に混ざったことはあるが、初心者を対象とした夏季合宿は護衛を兼ねた教官役を<円卓会議>や<アキバの街>でフリーの<冒険者>を雇って捻出する計画が遂行している。

 教職に就いているからかシゲルは真っ先に名乗りを上げたらしく、色々機転が利くナオキに同行してくれると助かると頼む。──が、それを聞いたナオキは微妙そうな表情で返す。

 

「堪忍なぁ。シロエからイースタルの領主会議に付いてくるように言われとるんや」

 

「あー、そっか。……大変そうだな」

 

 堅苦しそうな空気が充満した城を想像したシゲルは苦い顔をしつつ、真っ先に教官役を名乗り出た自分を心の中でだが、よくやったと称賛する。

 

 領主会議には<円卓会議>の代表ということでクラスティ。生産系のギルド代表として(ジャンケンで)ミチタカ。情報の分析や統括といった裏方としてシロエとそれぞれの分野から骨子となるメンバーを選出。他はサポートとして最適な人材のリストアップと編成を進めているが、その中でシロエはナオキを強く推薦していた。

 その理由はアカツキのように諜報活動も出来てシロエとは別視点で物事を考えられるためで、オブザーバーとしてついて来る予定のヘンリエッタと同じく第三者視点でのあれこれを任せたかったらしい。

 

 ただ、そうなればナオキも行くということで連鎖的に<西風の旅団>も領主会議に参加しなければならない。だが、既に< D.D.D >という大手のギルドの代表が居る中で<西風の旅団>も参加となるとバランスが悪いし、<大地人>の兵士を鼻歌気分で蹴散らせる<冒険者>の群れは<大地人>に余計な緊張を走らせなねない。

 そういうことで、ナオキだけ持って行くという手段が取られた。なお、その考えの出所は言わずと知れた腹ぐろ眼鏡(シロエ)である。

 

「まぁ、ボクはどうでもえぇねんけどな。ただ、謝礼の量とかアイテムとか見たナズナたちが目の色変えてボクを放り出したのは何とも言えんけどな」

 

「あー、同僚に居るな。そんなの」

 

 こういった強引な引き抜きに近いことをした穴埋めとしてもちろんだが、<西風の旅団>へは食材を重点に十分な謝礼を各ギルドごとに出してもらったのでギルド内の不満は全くといって良いほど出なかった。ただ、それが逆にナオキの心に深く傷をつけた。

 せめて、『しょうがないけど<円卓会議>のためだからねー』と惜しむ気持ちぐらいはあって欲しかったと心の汗を流すナオキの姿に、シゲルは飲み屋で聞いた同僚の姿を照らし合わせてながら『苦労してんなぁ』と慰めの言葉を贈る。

 

 ***

 

「じゃ、これで失礼するわ」

 

「おう、また来いよ」

 

 とまぁ、話題が二転三転……何転したか分からない程語り合った2人であったが、ギルドメンバーが狩りや<ホネスティ>に割り振られた仕事である<妖精の輪>(フェアリーリング)の調査から戻ってきた頃合でナオキは<ホネスティ>の<ギルドホール>からお暇する。

 途中、クロック鳥の件で縁が出来たスコット夫婦の家が近くにあったことを思い出して遅くなった新婚祝いを買って贈ったり、その際に迷子と間違われたので(料理で)黙らせたりと色々あったが、特にナオキの身体に危害を加える事件は何も起こらず<ギルドホール>へとたどり着いた。

 

「うーっす。戻ったでー」

 

「相談役おかえりー! それと行って来まーす」

 

「気を付けていくんやでー」

 

 ナオキが<ギルドホール>に入ると同時にフラフラと出かけていったカワラを見送り、その足でソウジロウに合宿の引率についての相談でもしようと彼の部屋に行くが、いつものようなメンバーが集まっている中に形容しがたい微妙な空気が流れていた。

 

「どしたん? 話聞こか?」

 

「ソウ様相手にそこら辺のナンパみたいなことをいう口は……こうですわ」

 

 ちょうど良いサイズゆえにオリーブはナオキの背後をとり、彼の口の両端を摘まんで左右に引っ張る。だが、<冒険者>のダメージ的には0に等しいので痛みはそんなに無く、ナオキは『しゃへりにふい(しゃべりにくい)』と文句を零しながら再び今の空気の微妙さを問うた。

 

 すると、その原因は先ほど出て行ったカワラで、彼女がホームシックになっているかもしれないという話がソウジロウやナズナの口から語られる。つい先ほどまでシゲルと『帰れたら』という話をしたばかりであったナオキはタイミングが良いのか悪いのか判断に困りながら話を聞いていると、オリーブが毛玉のようなナオキの髪をわしゃわしゃと撫で回しながら問いかけてきた。

 

「ナオキだったらどうしますの?」

 

「どーもこーも出来へんわ。あの頃はなにがスイッチになるか分からへんで」

 

 多感な時期とはよく言ったもので、10代の子供はどういった行動がどのような結果になるか分からない。

 良いことをしたと思っていても、その子にとって傷つく行為であったり、そのことが原因で引き篭もりになった事例もある。その逆として突き放した結果、その子にとってプラスの方向に転がった事例もまた然りだ。

 そもそも、良い悪いが第3者からの感想なので全くの見当違いのアドバイスだったという結果ということもあるため、思いつく限りでも多岐に渡りすぎて頭が痛くなるレベルだ。

 

 ナオキも元の職場でもそういった『早咲きの多感な時期』に到来した子も来園していたため、接触や言動には細心の注意を払うような注意喚起が朝礼で度々されていた。

 しかし、決して『接触するな』、『受け答えするな』とは言っていない。玉ねぎの薄皮を剥がすように慎重に寄り添った考えで接すれば何の問題もない話である。

 

 それも踏まえてナオキは今回の対象であるカワラに寄り添った考えを構築していく。

 

「カワラの性格的に身体を動かしてあげればひとまずは安心や」

 

「雑ぅ!」

 

「だってそうやん。あのカワラやで」

 

 難しいことは分からないが、どこまでも真っすぐで決して立ち止まらないカワラは小手先で何とかしようとすればするほど御するのに苦労する。ならば、どこかの談合みたいに『はじめは強く当たって後は流れでお願いします』とやった方が案外上手く行くのがちょうど良いのだ。

 

 そうなると、誰が行くのか。答えは自ずと決まっている。

 

「行ってきます」

 

「おう、行ってきー」

 

 軽いやり取りの末にソウジロウ。それに続いてナズナとオリーブが出かけていく。彼女の入団理由的にはこれで問題はないはずである。一件落着とばかりに食堂になっている部屋に場所を移動して寝転がっていると、どこからともなく放し飼い状態の<ハッケン隊>が入ってくる。

 

「あ、また相談役が<ハッケン隊>に守られてる」

 

「いや、あれは纏わりつかれてるだけじゃない?」

 

「暑そう」

 

 ここ最近の定例行事となった巨大毛玉の出現に、ギルドメンバーたちは微笑ましい物を見たような目線でナオキ達を見ている。最近は季節も夏になってきたのでたしかに暑苦しいが、ナオキもギルドメンバーも無理に引き剥がすのは可哀想という意識のためか全く動く気配はなかった。

 そんな我慢比べのようなことをしていると、ナオキに1本の念話が掛かってくる。その相手は彼が現在、最も欲しているであろう薬を作ってくれている人物(ロデリック)であった。

 

【もしもし】

 

【やぁ、ナオキ君。待たせたね、<西風の旅団>の<ギルドホール>前に居るから来れるかい?】

 

【お、やっと出来たんか】

 

 まるで某都市伝説のような連絡だったが、それを聞いた途端にナオキは<ハッケン隊>の包囲網から抜け出て一直線に<ギルドホール>入り口を目指す。<ギルドホール>の設定を無制限にしてからドアを開けると、そこには目の下に酷いクマをくっつけたロデリックがどこから見ても空元気な笑顔で立っており、その手には数粒のカプセルが入った透明な箱が握られていた。

 

 ただ、先日ソウジロウに飲ませていた1つ前の薬の効果を打ち消す薬は液体だったとナオキは記憶している。

 どういった経緯でそれがカプセルとなったのか、そしてそれが本当に件の薬と同じ効果になっているのかとナオキが不安になっていると、<ギルドホール>の中に招待されたロデリックは笑いながら新薬と思われる怪しげな瓶の中身を飲み干してから箱の中に納められたカプセルを飲んだ。

 

 すると、即座にロデリックのステータスには『猛毒』のデバフが表示され、彼はそのまま激しく咳き込み始める。

 

「ご心配なさゴフォッ。既にギルドメンゲファッ。……で、実験ゴホッゴフッ」

 

「喋るか咳き込むか、どっちかにし。つーか、効いてへんやん」

 

「し、心配ご無用……。ほら、もう収まった」

 

 先ほどまで猛毒に蝕まれた癖にラジオ体操をするぐらいにまで元気になったロデリック曰く、これは新薬の研究中に唐突に思い出したことを取り入れた『カプセル式』らしい。

 <エルダー・テイル>のポーションはその名の通り水薬のみであったが、現実世界の薬には錠剤やカプセルなど結構種類がある。種類によって飲みにくさや複数の薬を一気に服用したりと様々な利点が存在するが、ロデリックが思いついたのはカプセルに薬を仕込むことで薬効が現れる時間を調節できないか、というアイデアであった。

 ただ、カプセルの原料の調整やもともと水薬である薬をどのように仕込むかという課題によって数日間を使ってしまったことを彼が悔いるが、その報告以前にナオキは聞きたいことがあった。

 

「なぁ、この薬ってポーションの状態やとどのぐらいで出来たん?」

 

「帰ってすぐに出来ましたよ? レシピも材料もありますし、楽勝ですよ」

 

 当然とばかりに答えるロデリック。その言葉を聞きながらナオキは自分の部屋に戻って薬を服用。その数分後に想像を絶する痛みと全身の骨が砕けているかのような異音が響かせた彼はすっかり元の姿に戻っていた。

 

「あぁ、元に戻ったんですね。それでは私はこれで……。あの? なんですか?」

 

 ちゃんとした服に着替えて<ギルドホール>の玄関付近に戻ると、ナオキの姿を見たロデリックはそそくさと<ギルドホール>を後にしようとする──が、服の一部をナオキが掴む。

 なにかと思ったロデリックが後ろを振り返ると、そこには満面の笑みで右手をグーにしながら振り被っているナオキの姿があった。

 

「変なことしとらんで、さっさと持って来んかいボケェッ!」

 

「ホグゥッ!」

 

 恐らく経緯を知ったら誰しもが言うであろう文句と共に繰り出されたパンチがロデリックの顔面にクリーンヒット。<ギルドホール>という組織特有の<ゾーン>ゆえに<衛兵>は出現することなく、ロデリックはその残念ながら当然といった行為の報いを受けた後に<ギルドホール>から叩き出されてしまった。

 

 ***

 

「えー、相談役。元に戻っちゃったのー?」

 

「あの毛玉団子、絶対映えるのにー」

 

 諸悪の根源を叩きだしたナオキは現在、夏合宿の教官役の選定やら自らが行く領主会議で確認しなければならないことなどを纏めていた。後ろではギルドメンバーが元に戻ったことについての不平不満を言ってきたり、時折<ハッケン隊>がナオキの傍に来ては『なんか違うっすわ』といった鳴き声をあげて去って行く。

 

 しかし、そんな散々なことがあってもナオキは負けなかった──なぜなら彼は男の子だから。

 ただ、心の中でナイアガラの滝のように流れている涙にすっかり身体を冷え切らせていると、彼の対面にドルチェがやってきた。

 

「あんなこと言ってるけど皆、ナオキちゃんのことが心配だったのよ」

 

「ちょっと前、ひさこがすごい勢いで男の子物の服拵えたの見てたで?」

 

「……シンパイシテタノヨ。それよりも、それは合宿の編成?」

 

 寄り添おうとしたが見事に反撃を受けたドルチェは形勢が怪しいとみるや否や、すぐに話題をナオキの手元にあった編成表に移す。紙にはギルドメンバーの名前とメリットやデメリット、それらを加味した評価が星の数で表しており、興味本位で自分の名前を確認すると最大値の星5つという評価にドルチェは目を大きく見開いた。

 

「あたし、星5なの?」

 

「取り纏める力、説明が上手い、<吟遊詩人>(バード)としての支援能力とプレイヤースキル。そしてなにより年長者やからな。正直、相談役はボクよりも合ってると思うわ」

 

「コラッ、そういうこと言わないの」

 

 軽くデコピンをしながら憤慨するドルチェに『そういうところなんやけどな』と口籠りつつ、ナオキは誰を教官役にするか悩み始める。

 

 ナズナ、オリーブといった年長組はドルチェと同じくプレイヤースキルや具体的な説明が出来るので、教官役としては申し分ないだろう。ただ、ナオキが領主会議に行ってしまうのでいざという時のまとめ役は多い方が良い。

 さらに言ってしまうとドルチェは別だが、ナズナは最近出来始めた酒類によってアル中に進化しつつあり、オリーブは時たまソウジロウ欠乏症を発症してしまうこともある。長い合宿生活でなんらかのことを仕出かした場合、<西風の旅団>のイメージは失墜してしまうだろう。そう考えたナオキはナズナとオリーブの名前の上に大きく×印を付けた。

 

 年長組が動かせないとなると、後は中高生組か成人間近組の2組となる。前者は<西風の旅団>に居るのでプレイヤースキルは問題ないが、精神的な面は発展途上だ。

 確かに物を教えることで精神的に成長させるという教育もあるが、問題も多ければトラブルで傷つくことも十分にあり得る。

 そうなると成人間近のギルドメンバーに任せるという選択肢しかないが、それでも誰を行かせるべきなのかと別の問題に直面する。

 どうしたものかとナオキやドルチェが編成について悩んでいると、彼らの横に1つずつ湯呑が配られた。

 

「旦那様、ドルチェ様。どうぞ」

 

「あら、サラちゃん。ありがと」

 

「ありがとさん、いただくわ」

 

 茶を持ってきてくれたサラに礼を言った2人は揃って湯飲みに口を付ける。火傷しない程度の温かさの茶からは豊かな香り鼻孔をくすぐり、口に含むと少し前までは味わうことが出来なかったやや渋みのある味わいがガチガチに凝り固まっていた脳に安らぎを与える。

 そのまま休憩と称してまったりと過ごすのも悪くはなかったナオキだが、ソウジロウが考える編成の参考程度には考えを纏めなければならないので、再び編成表に視線を落した。

 

「やっぱ、1人やなくて2人とかのがえぇかなぁ」

 

「そうねぇ。2人の方が何かあった時に対処はしやすいけど、問題は……」

 

『誰に行かせるかやなぁ(ねぇ)』

 

 いくら案を出してもやっぱり『誰に行かせるか』に戻ってくる。しばらくあーでもない、こーでもないと意見を言い合っていき、その騒ぎを聞きつけてギルドメンバーがポツポツと話し合いに参加し出す。

 

「合宿の場所ってどこですか?」

 

「知らんけど、マリエールさんが"海行きたい"言うとったから海岸辺りやないかな」

 

「あ、相談役。アタシパス。日焼け苦手ー」

 

「あたしもー、教えるのは難しいかなって」

 

「地図持ってきたよー。<アキバの街>の近くなら、<チョウシ>あたりじゃない?」

 

「確か近くに初心者用のダンジョンもあったよね? エーカーの森だっけ?」

 

「<ラグランダの杜>ね。黄色いクマなんか出てこないわよ」

 

 一気に騒がしくなる周囲。しかし、ナオキは行きたくないと言ったギルドメンバーの名前の横に理由を書いては『編成から外す』という文言で締めくくっていく。

 <西風の旅団>はギルドだが、基本的には動ける人が動くの緩いルールの上で成り立っている。なので、無理強いは出来ないとナオキは時折彼女たちの会話に混ざりながら編成を考えていると、盆を持って呆然と立っていたサラが手を挙げた。

 

「あの、何か悩んでいるのでしょうか?」

 

「んー、サラに何て言えば良いのかな。<冒険者>が強くなるための特訓? の先生役を決めてるんだよ」

 

「そーそー。あ、サラは誰が先生に向いてそう?」

 

 なにも事情が分かって無さげなサラに矢継ぎ早に質問を投げかけたので、彼女は少々取り乱す。その反応に怖がらせてしまったと慌てて弁解しようとするギルドメンバーたちを余所に、彼女は恐る恐る指をナオキの方に向ける。

 

「旦那様かと。あの……、よく料理のことで優しく教えてもらってますから」

 

「相談役は流石に反則だよ~」

 

「うんうん。くりのん以外は絶対名前上がるやつじゃん、次点でドルチェさん」

 

「そうなんですか!?」

 

「ボクやっていけるんなら行きたいんやけどな。ただ、領主会議に呼ばれとるんや」

 

 無効票というギルドメンバーたちにサラが驚いていると、ナオキは申し訳なさげに今回の合宿に彼が行けない理由について説明し出す。

 はじめこそ『領主会議』という<冒険者>が最近話している<円卓会議>の親戚みたいなところに行くと思い込んでいたサラは、『旦那様は別の所でもお仕事をなさるんですね』と目を輝かせていた。しかし、話を聞くにつれて『イースタル』や『コーウェン』といったサラにとっては雲の上の存在である<大地人>の誰もが知っているような単語や人名が出てきたため、彼女の脳は次第に理解することを拒み出す。

 

「そんなわけでな。ボクは領主会議に行かなあかんねん」

 

「つまり、すごいところに行くんですね!」

 

「あかん、話聞いてへん」

 

 焦点が定まっていない目で何も分かっていないような口ぶりで答えたサラに改めて説明しなおすのも面倒だと感じたナオキは、先ほどの会話を踏まえて教官役になり得そうなギルドメンバーをようやく選定。その場で『ソウジロウに頼まれたらOKして欲しい』と教官役を頼み込み、喜んで同意することを約束してくれたその時に念話が掛かってくる。

 

「ソウジロウや。なんやろ」

 

 念話の相手に首を傾げながら念話に出るナオキ。ソウジロウが出かけた理由であるカワラの件でなにかあったのかと不安になる気持ちで声を出すと、彼の気持ちとは裏腹にいつも通りな様子のソウジロウの声が聞こえてきた。

 

【あ、ナオキですか? 今、カワラさんとガチ殴りの訓練をした後なんですけど】

 

【ゲーム内でたまにしとったやつな。なんや、ポーションの準備か?】

 

【それもあるんですが……。もしかして、もう合宿の教官役って決めてたりします?】

 

【ボクの中では決めてた。後はボクの意見を言ってソウジロウが納得すればって段階やな】

 

【申し訳ありませんが、ボクの意向でカワラさんにお願いしようかと】

 

【カワッ……】

 

 今、このベビーフェイスな朴念仁なサムライは何を言ったのだろう。ちゃんと言葉のキャッチボールは出来ているのだろうか。

 宇宙の真理を探究し出した猫のような真顔で固まるナオキに、ソウジロウは彼女を推薦する理由を話し出す。

 

 曰く、カワラがホームシックっぽいから目標を挙げて目先のことしか考えないようにしたかった。

 曰く、<大災害>以降の<冒険者>にはカワラのように真っ直ぐで立ち止まらない意志こそが必要だと思ったこと。

 曰く、最近は本格的な狩りなどを行っていないのでナマっているカワラの良い練習になると思ったから。

 

 最初の理由はまぁ……理解できる。2つ目も確かにそうだ。しかし、3つ目は違うだろう。そう言おうとするが、ソウジロウは『そういうことで』と言いながらさっさと念話を切ってしまう。

 この分だとナズナやオリーブ、ドルチェなどを交えた話し合いをしても聞き入れてもらえるか怪しいだろう。そう考えたナオキは自身の書いていた編成表に斜線を引いてから下に『カワラが行く』と筆圧強めで書き殴った。言わずと知れた八つ当たりである。

 

 その反応にドルチェが何事かと問うと、事のあらましを聞いたドルチェ含めたギルドメンバーたちは『カワラだけは心配』と言葉を挙げる。

 この反応から分かる通り、彼女の性格は所謂『猪突猛進』だ。グダグダ考えるより、その場の空気を敏感に感じ取って臨機応変に戦う感覚派だ。その弱点は言わずもがな──人に説明するのが難しい人種なのだ。

 

「まぁ、合宿やから……。教官役が勉強しちゃいけないとかいうルールはないし……。えぇんちゃう? ……知らんけど」

 

「あ、相談役が匙投げた」

 

 ナオキ、まさかの思考放棄である。『しーらね』とばかりに突っ伏していると、彼の姿をサラが心配そうな表情で見ていた。

 

「あの、旦那様。何か御悩み事ですか? 胸、触りますか?」

 

「あー? うん、お言葉に……」

 

「疾ぃっ!」

 

「痛ぁ!」

 

「サラちゃんっ!?」

 

 思考放棄気味のナオキが無意識で手を伸ばそうとしたところでイサミのカットが入り、ドルチェはそんなネタを言ってくる<大地人>が居たことに戦慄する。ただ、ドルチェ以外は現実世界のネットの隅でちょっと話題になった程度のネタが分かるはずもなく、サラに『なんでそんなこと言うの!?』と経緯を問いただす。

 

「えっと、くりのん様が"<冒険者>は胸を触ると頭の回転が良くなる"って仰ってたので」

 

「サラ? それはね」

 

「あれ、揉むでしたっけ。すみません、聞いたことのない風習だったので」

 

「あのバカ……」

 

 少しズレた返しをするサラに頭が痛くなってきたイサミ。しかし、それを吹き込んだ下手人の名前は出てきたので、彼女はすかさずナオキにアイコンタクトを送る。──が、ナオキが指示を下す前に当の本人は既に逃走していた。

 

 極度の男性嫌いが為せる業なのか、超高精度な男子センサーを持つくりのんを自身で捕まえるのは困難だと感じたナオキはイサミなどに捕獲と折檻を頼んでいると、玄関の方でカワラの元気そうな声が聞こえてきた。

 

「とりあえず、くりのんは後でどるちぇと添い寝の刑でよろしゅう」

 

「ちょっと、私を刑罰にしないでくれる? ってナオキちゃんはどこに行くの?」

 

「カワラの面談や。一応、最後の関門としてな」

 

 ソウジロウが大丈夫と判断したのだろうが、一応はギルドメンバーを納得させるために立ちはだからなければならない。つくづく貧乏籤だと感じながらも、ナオキはソウジロウに内緒の念話を送りながらソウジロウの部屋の中心で胡坐を組む。

 

 そのまま目を伏せて少しすると、背後で襖が開く音と共に誰かの気配を感じた。

 

「ただいま戻りました」

 

「おかえり。さっそくで悪いんやけど、カワラにいくつか聞き……」

 

 ソウジロウの声に振り返りながら要件を伝えようとするナオキの声が唐突に途切れる。ソウジロウの後ろから部屋に入ろうとしたカワラの目から唐突に大粒の涙がこぼれてきたからだ。

 予想だにしていなかった彼女の落涙にナズナやソウジロウが慌てていると、カワラは何度も『違う』と否定の言葉を言っては目許を何度も擦っている。

 

 だが、ナオキはその反応に前職で何度も味わった記憶。具体的にはそろそろ親が迎えに来る時分に泣き出してしまう子供を連想させた。

 

「カワラ、こっち来て座り」

 

「う”ん」

 

 濁音混じりの返事だが、カワラは素直にナオキの前に座る。そのすぐ後ろではソウジロウたちも落ち着かない様子で座り込み、部屋と廊下を隔てる襖からは騒ぎを聞きつけたギルドメンバーたちが何事かと顔を覗かせている。

 そんないつも通りなパターンにナオキは少し笑うが、改めて表情をキツくしてカワラに話しかけた。

 

「カワラ、たしかにまだ帰られへんのは事実や。お父さんにもお母さんにもまだ会えへん。これは分かるな?」

 

「う”ん」

 

 残酷な言葉。しかし、現状はどうしようもない問題をカワラに突きつける。

 だが、彼女は未だ泣き声ながらもしっかりとナオキの目を見据えていた。その目がら放たれる『強さ』にナオキは何かを納得すると、カワラの頭に自身の手を置く。

 

「安心しぃ。お父さんやお母さんは無理やけど、友達も居れば師匠も居る。後はこうして話を聞いてくれる変なやつも居るんや。やからな、今は目の前を見据えて走ればえぇ。そうすれば、大概のことは気にならなくなるわ」

 

「そ”う”た”ん”役ぅ」

 

「やけどな? それはギルドに入っとるやつの特権や。未だギルドが怖いっていうやつが居るかもしれへん。そんな奴が今のカワラと同じようなことになったら戻って来れへんかもしれへん。今回の合宿で"仲間の大切さ"、"一緒に居ることの大切さ"を学ばせるのも仕事や」

 

 訥々と、されど真剣にナオキは話をしていく。

 <ハーメルン>のこともあり、未だギルドに入っていない初心者も少なからずいることは<円卓会議>にも報告が多数寄せられている。そんな彼らも今回の合宿で地力を伸ばそうと参加していることは把握している。

 <冒険者>という規格外の枠に嵌っている自分たちが言って良いのかは分からないが、人間は集まることで真価を発揮しやすいなどというメリットがある。なにより『身内が固まったことによる楽しさ』は茶会を経験したナオキが一番よく分かっているので、出来るのであれば初心者にはそういった集団に慣れて欲しいという願いもあった。

 

 そして、そういうことを学ぶのであれば、シゲルのようにあれこれと考えさせるよりもカワラのように友達付き合い感覚で体験させた方が良いに決まっている。

 

「でも、そんなにうまく教えられるかな」

 

「それは分からへんわ。ただ、周りに目移りすることなく真っ直ぐ進んで行ったらえぇ。カワラにはそれが出来るやろ?」

 

 ここに来てカワラの疑問を躱すナオキ。だが、続けた言葉にカワラは黙って頷いた。

 

 ひたすら──。

 がむしゃらに──。

 まっすぐと──。

 

 されど足元に気を付けながら突っ走れば、いつの間にか悩みは吹っ切れているものだ。

 そんなことを話しても数割ぐらいしか理解しないと思ったのでとやかくは言わなかったが、明らかに元気になった彼女にナオキの心には安心感が芽生えた。

 

「分かった。頑張る!」

 

「おー、頑張れ。これで話は終いや」

 

「ありがとう! お父さん!」

 

『話は終わりだ』と、表情を和らげたナオキの顔が固まる。世の中、先生を母親や父親と呼んでしまうことが多々あり、その後は言い間違いを恥ずかしがる傾向が強い。

 

 だが、目の前の少女はニコニコと笑っており、一向に恥ずかしがる気配は見せない。

 

「うん、"相談役"な。ほなら、早よ休み」

 

「分かった! お休みなさい、お父さん!」

 

 どうやら言い間違いではなかったらしい。その証拠にナズナやソウジロウから生暖かい視線を食らうが、ナオキは頑として『相談役やー』と自分の役職を叫んでいた。




親しい大人が居ると間違えてお父さんとかお母さんとか呼びがち


アクロオウ:本作オリジナルモンスター。青い甲冑を纏った大鬼で、基本的には配下である鬼を召喚して戦うが、HPが少なくなると残った配下を吸収して回復と超強化が待っている。
ただ、ゲームでは配下を1人残しておくと召喚しないという明確な弱点があるため、わざと残す戦法が主流であった。

元ネタは東北地方の伝承から
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