西風の相談役   作:マジックテープ財布

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27話:デート or ボーナス

 領主会議への招待を受けた日から幾日か経った。移動時間的にそろそろ<アキバの街>を出立しなければならない頃合であったが、<円卓会議>の動きは未だ<アキバの街>の中だけに留まっていた。

 

 そんなある日の昼下がり、<アキバの街>郊外の蒼く澄みきった青空を切り裂きながら1匹の<グリフォン>が空を優雅に飛んでいた。

 <アキバの街>周辺に生息する飛行型のモンスターは数あれど、<グリフォン>はその限りではない。その証拠にかの<グリフォン>には人を乗せるための鞍が装備されており、その背には1人の男性を乗っている。

 彼は地図を片手に大地で寝転がる高速道路の様子をつぶさに観察し、ことあるごとに独り言をつぶやいていた。

 

「こっちのルートは馬車じゃ無理やな。そうなると……こっちか」

 

 手綱で進行方向の変更を伝える主人に<グリフォン>は鳴き声を1つ上げてから翼を力強く羽ばたかせる。そうして彼らは時間をかけて地上の様子を確認していき、確認して分かった情報を逐一手元の地図に書き込んでいく。

 

 そして、ようやく──。

 

「あ”-、終わった」

 

 ぎっしりと書き込まれた地図を見て満足げに頷いたナオキは、<マジックバッグ>から試作品の双眼鏡を手に数日後には飛び込んで行かねばならない戦場──<エターナルアイスの古宮廷>を観察し出した。

 決して溶けない氷で覆われた古い宮廷の外周部では華美な装飾を付けた鎧を纏った騎士や量産品であろう武器や防具を装備した兵士が慌ただしい雰囲気で動き回っており、中心部に近づくにつれていかにも貴族といった出で立ちの<大地人>が増えていく。

 

「貴族とか嫌やなー。絶対ボロ出るやん」

 

 自分には縁遠い雰囲気にナオキは心底嫌そうな表情をするが、これ以上古宮廷に近づくと察知される可能性が高くなると判断した彼は<アキバの街>へ<グリフォン>を進ませる。

 そのまま何気なく空の彼方を見ていると、特徴的なフォルムのモンスターが急速に近づいてくる。それは1匹の<鋼尾翼竜>(ワイヴァーン)だった。

 本来ならば<ティアストーン山地>に生息するかのモンスターだが、よくよく見ると背中に人影が見える。そのことから誰かの騎乗用モンスターだと分かったナオキは空中でのPKに備えて短剣を取り出して構えるが、<グリフォン>と並走してきた<鋼尾翼竜>(ワイヴァーン)の背中から見知った人物が手を振ってきた。

 

「おー、ナオキじゃねぇか。なんでこんなとこに居んだ?」

 

「あぁ、ウッドストックさんか。シロエから<エターナルアイスの古宮廷>に行く道で馬車が通れそうな道の選定しとってん」

 

 片手で持っていた地図を掲げながらナオキがここに居る経緯をウッドストックに話す。話としては割と単純で、最近はあまり姿を見せなかったクラスティが再び朝食をタカりに来た際にこの周辺の地図を渡してきて『道の選定をしてくれないだろうか』という依頼をしてきたのだ。

 

 詳しい話を聞くに、どうやら流石に馬だけだと舐められかねない。だが、<鋼尾翼竜>(ワイヴァーン)や<グリフォン>のような高レベルの騎乗用モンスターに乗っていくのもいらぬ緊張を<大地人>に与えかねんというのがシロエと出した結論らしく、最終的には幌付きの馬車を何台か曳いていくことに決定したようだ。

 

 そうなると問題なのが道である。<アキバの街>から<エターナルアイスの古宮廷>に行くには倒壊した首都高を進んで行かねばならないのだが、長い時を経て所々が倒壊や陥没したりしているのはナオキも<ススキノ>遠征で嫌というほど見ている。

 そのために今一度、上空から道の状況を細かに観察することで行軍速度を落とさないようにしようというのがクラスティから伝えられた依頼の経緯であった。

 ただ、上空写真ではなく人の目を介した確認のため、非常に面倒臭い依頼なのは火を見るよりも明らかだ。最初こそ嫌そうな表情で拒否を示していたナオキであったが、それも予測済みとばかりにクラスティはこの依頼の報酬として様々なアイテムを提示した。

 

 〈神水晶の鏑矢〉(クリスタル・コメット)という最高位の矢の材料である水晶や、ナオキが戦闘用に使用している白いローブと一体になっている軽鎧の修理用素材である布。そのどれもが上澄みの難易度である<大規模戦闘>(レイド)でしか入手できない貴重な物だが、これらはクラスティの私物らしく『使わないから』という理由でナオキの報酬として用意するらしい。

 そんな破格に破格を重ねた報酬だが、そこが逆に怪しいとナオキは言うと『いつも朝食をご馳走してもらっている手間賃と思って欲しい』と真意を語らずにではぐらかされるために彼は『後でこれをネタに依頼すんなや』と釘を刺してから首を縦に振るしかなかった。

 

 なお、『自分が使わない物で他人を動かせるなら安い物』と当時のことを振り返っていたクラスティの言動に、後々イースタルから出向してきた大使と一緒にドン引きしたのは内緒である。

 

 閑話休題(それはともかく)。ナオキが1人で行動している理由を聞いたウッドストックの方はというと、懐から何枚もの紙束をナオキに見せながら笑顔を向ける。

 

「俺もお使いだ。若旦那からの報告を<円卓会議>に届けるんだ」

 

「へぇ、空飛ぶ郵便屋か」

 

「いや、そんな大層なもんじゃ……。いや、たしかにこいつらを手懐けられるのは<冒険者>ぐらいしか居ねぇしな。商売にちょうど良いかもしれん」

 

「マジかいな」

 

 乗せてもらっている<鋼尾翼竜>(ワイヴァーン)を撫でながらウッドストックは未来に思いを馳せた。

 

 <冒険者>であれば念話で事足りるが、この世界の郵便技術は<エルダー・テイル>時代の設定を則っているのならば貧弱だと考えられる。

 海は『若旦那たちがこちらの世界で作っている玩具(オキュペテー)』を除いて輸送や戦闘に適した船はコストがかかる帆船だし、空は飛行機もなければ空を飛ぶモンスターを騎乗用に召喚する笛も<大地人>には無理だろう。

 <召喚術師>(サモナー)であれば召喚獣と場所を入れ替える特技を用いて手紙をやり取りするのも可能だと思うが、そもそも<大地人>の<召喚術師>(サモナー)はその特技を持っているのか、そして長時間自分の身を護れないというデメリットをあえて使えるのは<大地人>でも一握りだろうということで考えから除外。相対的に馬や馬車を用いた地上での輸送が主流であろう。

 

「でもなぁ。料金とかそういうのを決めるのは苦手なんだ、俺」

 

「シロエや若旦那たちにでも頼めばえぇやん。餅は餅屋っていう言葉もあるんやし」

 

「そだな。<円卓会議>限定の割引をチラつかせて手伝わせるわ」

 

 シロエたちの知らないところでまたしても仕事が増えていくが、彼がナオキにしていることもお互い様なので文句を言われる筋合いではない。

 そんなこんなで<アキバの街>へたどり着いたナオキはクラスティに念話を入れるとシロエと話をしていた最中だったらしく、ウッドストックと共に<ギルド会館>の会議室へ赴く。

 

「ほれ、<マイハマ>に居る若旦那からだ」

 

「すみません。お使いみたいなことをたのんで」

 

「なーに、ちょっと良い考えが浮かんでな。それについて色々動いてくれたらチャラにしてやるよ」

 

「良い考え?」

 

 ウッドストックから<マイハマ>に視察に出ているカラシンからの報告書をもらったシロエは、彼の語る『航空配送業』の意見を聞いて目を丸くすると同時に学生でしかない自分にそんな未知の配送業のお膳立てが務まるわけがないと首を横に振る。

 たしかに1人では荷が重いだろうが、この組織はなんだったかとシロエに思い出してもらうために横でナオキから地図を受け取っていたクラスティが口を挟んできた。

 

「シロエ君、ここは<円卓会議>だよ。マンパワーに頼るのもありじゃないかな」

 

「え、良いのかな。色々僕が動くことでって……」

 

「あかんわ、ウッドストックさん。こいつ全然分かってへんわ。……まぁ、しゃあないけどな」

 

 ウッドストックは別にシロエだけに値段設定などの検討事項を押し付けたいわけではない。商いに詳しい人の伝手や顧客になりそうなギルドの心当たりや、出来るのであればアポを取ってもらうなどの橋渡しをして欲しいだけである。

 

 しかし、シロエの反応も長年彼を見てきたナオキにとってはさもありなんといった感じである。かなり前は『〇〇ってアイテムはどこで手に入るの?』や『××ってボスの攻撃について』と、まるで情報サイトもどきのようなことをしていたシロエにとって全ての頼み事は自分が解決しなければならないと考えている節がある。

 ただ、それがシロエの考えた自分のスタイルだというのであれば横から口を挟むべきではないとナオキは今まで注意することを躊躇っていたが、流石に何でもかんでも自分でやるのはお門違いだと彼はシロエに対してウッドストックが伝えたいことを掻い摘んで話すと、シロエはようやく納得した。

 

「えっと、後でお客さんになりそうなギルドや<冒険者>を伝えます。これで良いかな」

 

「おぉ、助かる」

 

 シロエの紹介があれば当面の客には困らないだろう。ウッドストックはさっそくギルドメンバーと会議をしてくると会議室から出て行った。ナオキも特にここで作業をする予定もないため、<ギルドホール>に帰って惰眠でも貪ろうと手を振りながら会議室を出ようとする──が。

 

「あぁ、ナオキ君。君に頼みたいことがあるんだ。私やシロエ君はこのまま領主会議の対策をしたくてね」

 

「えぇー、ヤダ」

 

「仕方ない。今回は材料じゃなくて完成品の〈神水晶の鏑矢〉(クリスタル・コメット)を渡そう。たまに遠距離武器も使ってる君なら欲しいだろ?」

 

 今回もまたニコニコ現物一括払いに、ナオキは何も言い返すことが出来ずに首を縦に振った。

 

***

 

 クラスティが伝えてきた依頼先である飲食店に赴き、<大地人>の店主から詳しい依頼内容を聞かされたナオキ。どうやら<冒険者>向けの味を売りにしたメニューの試食をして欲しいらしく、そろそろ昼食の時間ということもあってありがたくいただきたいと返答しそうになった彼に突如として電流が走った。

 

「あ、ちょっとうちのギルドの家政婦してる子も試食させてえぇ? ちゃんと代金払うから」

 

「構いませんよ。お1人でしょうか?」

 

「1人やから、合計2人前頼むわ」

 

「承りました。では、お待ちしております」

 

 お辞儀をする店主に見送られつつ店の外に出たナオキは、その足で<西風の旅団>の<ギルドホール>へと向かう。ゆっくりと玄関を潜るとサラや積極的に戦闘をしなくなったギルドメンバーが箒を両手に掃除を行っており、彼女たちはナオキに『お帰りなさい』と言ってくる。

 

「ただいまや。早速やけど、サラ借りてえぇか?」

 

「こっちは私たちだけで大丈夫です」

 

「ありがとさん。ほな、ちょっと準備してから行こか」

 

 なにやら1人で突っ走っているナオキにギルドメンバーは何をしているのか疑問に持つ。しかし、彼女たち以上にサラの方が疑問や回想、何もした覚えがない失敗に対する反省で混乱していた。

 

「あの、旦那様。私、何か旦那様の気に障ることでもしてしまったのでしょうか?」

 

「ん? ただ、飯食いに行くだけや。……って、あの連れて行き方は悪かったわ。ごめんな」

 

 サラの言葉に首を傾げたナオキであったが、彼女が重大な思い違いをしていることを察する。思えば何も言わずに<ギルドホール>の中へ連れて行ったために勘違いしても仕方がないことを反省しつつ、彼は本来の目的を告げた。

 

 今のサラの仕事は<ギルドホール>の清掃や物資のやりくりといった管理に加え、低レベルながらも調理スキルを持っているのでナオキと共に料理番という仕事も担っている。その料理に対してだが、料理の腕を上げるために必要なのは練習と同程度に『真似』も重要だというのがナオキの持論だ。

 

 そんな真似の仕方は千差万別だが、<エルダー・テイル>にはまだレシピ本というべき料理本は希少だろう。そうなると誰かに師事してもらうのが最善だが、普段の業務に加えて修行など<冒険者>でもきついことをサラにやらせるわけにはいかない。

 そういった理由かつ、サラへの慰労。なにより依頼ということもあり、『他店の味をサラに食べてもらおう』というのがナオキの趣旨であった。

 

「む、むむ無理です! お店の味なんて!」

 

 だが、サラにとってはプロの味を確認という重要かつ大変な作業に思えてしまったのか、説明を聞いた直後に『無理です』と告げる。自分のことを『ただの家政婦』だと卑下し、料理人が作り出す料理の真似事が務まるわけがないと理由を述べたサラだが、その理由にナオキは訥々と説得を開始する。

 

「まずは誤解から解くな? 料理人の料理を丸々覚えろとは言うとらん」

 

「でも、お店の味を私に確認させるって……。そういう目的では?」

 

「いやいや、食べただけで味コピーとかグルメ系漫画によー出て来る神の舌ってレベルやで。ボク、サラがそんな子やって思てへんし」

 

 まず、料理人の料理を丸々コピーするわけではないという誤解を解く。話を聞いていく内に神の舌レベルで味わって再現だと思っていたことが分かり、ナオキはそれを慌てて否定してから改めてサラの料理の勉強になるだろうという説明をする。

 

「好きな味付けがあれば覚えとくとか、作り方に疑問を持つとかあるやろ? それを勉強するんや」

 

「なるほど」

 

「それにな、サラが色々<ギルドホール>のことで頑張ってくれとるのは知っとるからな。美味しいもんでも食べて欲しいっていう雇用者からのボーナスっちゅーことや」

 

「分かりました。勉強させていただきます」

 

 そう──。この男、色々理屈っぽいことを述べてはいるのだが、先ほども述べたように毎日頑張ってくれてるサラにボーナスをあげたかっただけである。だが、そんなナオキの雇用者としての最低限の責任から来る義務など全く気付くことはなく、サラは丁寧にお辞儀をしながら受け入れた。

 こうしてお互いの思惑は全く別のベクトルに向かったが、意思は共有出来たということでナオキの先導の下に2人はひさこの私室にたどり着く。襖を軽く叩いて来室を告げると、彼女は片手に編み物の棒を持ちながら姿を現した。

 

「あ……。そ、相談役。どうしました?」

 

「ちょっとサラとえぇ所のレストランに食事に行くんやけど、服のコーディネートとかしてくれへん?」

 

「それってデートですか?」

 

「ひさこ、こんな三枚目の男捕まえてデートはないやろ。ただの勉強やって。ただ、割烹着で店に入らせるんはちゃうやろうし……ってひさこ、ボクの足踏んどるで?」

 

「わざとです」

 

 途端に機嫌が悪くなったひさこから繰り出された足がナオキの足の甲を踏みつける。だが、特に鍛えていない女の子がいくら踏みつけても、ナオキは痛がりすらしない。

 そんな余裕そうなナオキの表情でさらに腹を立てた様子のひさこは、とうとうサラを連れて乱暴に襖を閉じてしまう。襖の奥から『居間に行っていてください!』と大きな声が聞こえたため、いつもは大人しいひさこがあれほどまでに怒る理由が分からないとぶつくさ言いつつも彼は居間へ入って行き、座っていたドルチェにひさこの話を聞いてもらうために対面に座り込んだ。

 

「なぁ、ドルチェ。かくかくしかじかなんやけど」

 

「四角い〇ューブ? ……ナオキちゃん、馬鹿じゃないの?」

 

「なんでや。従業員を労うのは雇用主の義務やろ。ほんまはソウジロウに連れて行ってもらえれば良かったんやけどなぁ」

 

 ソウジロウやナオキがサラにとっては異性として興味があるという認識をギルドメンバーたちは全員持っていた。むしろ、ナオキの方に行ってくれればソウジロウを奪い合うライバルが1人減ると考えるぐらい彼女たちは強かであった。

 まぁ、ここで本命(ソウジロウ)から乗り換えるようでは<西風の旅団>や<そうきゅんファンクラブ>ではやっていけないというのもまた事実ということで……。

 

 そして、普段のサラのような存在がナオキにとってのジャスティスだと、彼女たちはソウジロウ経由で知っていた。それらを鑑みて今回におけるナオキの誘いはまさに絶好のシチュエーションなのだが、当の本人は全く見当違いな言い訳をツラツラ並べ始めたので、ドルチェを含む居間に居たギルドメンバーたちは『マジか、こいつ』という目でナオキを見た。

 

「ナオキちゃんもデートだと思って楽しんできなさいな」

 

「デートねぇ……。<冒険者>と<大地人>の恋愛って絶対悲恋で終わるやん。それにサラとはお友達の間柄でえぇねん」

 

「ほんとこの子もこの子で頑固ねぇ。別にサラちゃんのことは良いとは思ってるんでしょ?」

 

「良いと思った女の子をとっかえひっかえするほどのプレイボーイやないし、そういった恋愛は大学生活で卒業するべきやで。……ボクは経験ないけど」

 

 元々、<冒険者>──厳密に言えばナオキは<エルダー・テイル>の人間ではない。帰れるか帰れないかはさておき、いつかは現実世界に帰らなければならない存在だ。

 その時、サラはどうなるのだろうか。ゲームの<エルダー・テイル>として0と1の集合体に再構築されるのだろうか、それとも意識を持った別の存在となってしまうのだろうか。これも確証は持てない推測に過ぎない。

 そういうことを彼方へ放って今を楽しむことなど、ナオキには到底できなかった。

 

「じゃあ、相談役だってサラのことは好きなんだー!」

 

「ノーコメントや。好きだの嫌いだのであーだこーだするのに、ボクは歳を取りすぎてるってことは覚えとき。サラもサラでお前等みたいに一時の気の迷いやって。やから、こういうのはお友達感覚でえぇねん」

 

『ブー!』

 

『へたれー!』

 

「まだそんな年でもないでしょうに。枯れてるわねぇ」

 

「一時でも真剣な気持ちになった子の気持ちを弄ぶのは趣味が悪いですわよ。別に私たちもそんなに邪険にしませんわよ? ……ソウ様を狙うライバルは減る方が嬉しいですし」

 

「……ノーコメントや。それとオリーブ、最後が本音やろ」

 

 どちらにしても友人として接するのは良いが、恋人やその先の存在に昇華させるのは危険である。そんな割と重要そうな推測を加味した意見を言ったは良いが、甘々スイーツ脳なギルドメンバーたちは納得いかなさそうにブーイングをし、ドルチェとオリーブがさらに踏み込んだ苦言を呈してきたので苦し紛れの無視を決め込むナオキ。

 そんな会話を続けていると、居間にひさことサラが入ってくる。普段の割烹着姿でも彼女の下地の良さはナオキの中では上位に入るぐらい良いため、洋服に着替えるだけでも十分だと思ってひさこに託したはず

 ──なのだが。

 

「どうですか? 訪問着を着付けさせてもらいました」

 

「うん、過剰っ! ……やけど、もうえぇわ。それで行こ」

 

 訪問着。歴史としては大正時代にお客の家に訪問するのに問題のない格式を要する服装として売り出されたという和服である。もちろん、今回のような男女が連れたっての食事にも対応しており、ナオキの現在着ている紋付きの袴との親和性も高い1品ではある。

 

 しかし、違う──そうではないのだ。ナオキの心情的に軽武装で来るはずのメンツがガチガチフルアーマー構成のタンク職に転職してやって来たような心境が一番近いだろう。

 さらには一丁前に着付けもしっかりしているため、着替えさせるのにかなりの時間を擁してしまう。先方を待たせるのも心象が悪いので、このまま強行するしかないとナオキはサラの手を取って<ギルドホール>から出て行った。

 

「ひーちゃん、着物の着付けなんてよく知ってたね」

 

「念話で色んな人に聞いた」

 

『あー』

 

 ある意味では<エルダー・テイル>の技術を使いこなしていると言える彼女の言葉にその場にいた全員は納得の声を上げるのであった。

 

***

 

 どこかスイーツなギルドメンバーたちに送り出されたナオキとサラは、先ほどナオキが赴いていた店に向かう。

 

「ようこそ、<リングイネ>へ。ナオキ様、改めて本日はよろしくお願いいたします」

 

「あ、ひゃい」

 

「こっちこそ無茶言うて申し訳ないですわ」

 

 店長と軽く雑談をした後、彼に促されてナオキたちは席に案内される。まずは椅子を引いてサラを座らせたナオキはそのまま1言、2言ぐらい店長と話してからようやく席に座る。

 

「じゃ、よろしく頼みますわ」

 

「かしこまりました」

 

 別室に引っ込んだ店長が物の数分で皿に小さく盛られたサラダを2つ持ってくる。恐らく作っておいた物であろうが、この世界でサラダの常温保存は当たり前なのだろうかという疑問がわいてきたナオキはサラダを供されたタイミングで店長に聞く。

 

 すると、他のレストランでも似たようなことをしているらしい。たしかにコンソールで作ったものを一般的だと思っている<大地人>にとって『冷蔵』という保管方法を思い浮かぶのは難しいが、夏に入りかけの季節にこの保管方法はまずいだろう。

 やんわり指摘する言い方を脳内で組み立てつつ、ナオキは店長に開店について話題を振った。

 

「開店まであと何日ぐらいなん?」

 

「あと5日です」

 

「ボクらが出発する日にオープンか。しばらくは来られへんと思うわ、領主会議があるさかい」

 

「いえ、問題がある所を教えていただくだけで十分です」

 

 残念ながらオープンからしばらくはナオキや<円卓会議>の主要メンバーがごっそり居なくなるために指摘を言うだけになってしまうことを説明し、ナオキは生暖かいサラダを口に運び出す。鮮度が落ちているのは多少苦いのか、時間をかけて生暖かくなっているサラダを完食したナオキ。

 しかし、その対面では色とりどりの野菜のサラダに目を輝かせながら完食したサラが心なしか上機嫌となっているため、<大地人>と<冒険者>の認識の違いを共有する大変さを噛み締めていた。

 

 そんな彼らの前に真っ赤なトマト煮込みが運ばれてくる。

 

「看板商品になる予定のものです。他にもメニューは有りますが、先程のサラダとこちらのトマト煮込みの批評が私からの依頼となります」

 

「わぁ、良い匂いです」

 

「うん、美味いわ。よく煮えとるし、このスープがまた……」

 

 小さく角切りにされたトマトをはじめとした野菜にキノコ、そして塩漬けであろう鳥肉。具の味もさることながら、スープにも具材の滋味が染み出していて大変美味しい。ナオキたちが大絶賛で食べていく様に店長は安堵していると、ナオキは店長に作り方を問いかけた。

 

「これ、どないして作っとるん? 全部切って水とかで煮込んどるんか?」

 

「あ、はい。そうです。<冒険者>の方に煮込んでいる途中に出てくるのは取らなければ不味くなると聞いたので、出て来なくなるまでひたすら煮込んで取り除きました」

 

「はぁー、えぇ仕事しとるなぁ」

 

「え、あれって取らなきゃいけないものなんですか?」

 

 本来であれば無償でレシピを聞くのは褒められた行いではないが、今回は料理の改善点もあるかもしれないということで特別に教えてもらう。

 どうやら水に具材を突っ込み、灰汁が出なくなるまで煮込むという手間暇をかけた調理法だったらしく、これだけの味を作るのにかなりの根気を費やしたであろうことにナオキが店長を称賛する。そんな中、灰汁についての話題にサラが食いついて来た。

 

 灰汁は野菜類のえぐみから来る物と肉類の血や筋といったゴミと色々な物で形成されている。基本的に取っては良いが、取りすぎると食材それぞれが持つ旨味といったものも取り除いてしまう可能性もあるので塩梅が難しい物質といえる。

 

「なるほど。てっきりあのモコモコは全部取らなければいけないと思っていました」

 

「これでも十分美味いけどな。今よりも美味くなるかもしれへん作業があるんやけど、どないです?」

 

「是非っ!」

 

 食事を終えたナオキとサラは、店長の案内でさっそくキッチンスペースへと案内される。掃除や整理整頓が行き渡ったスペースを一通り見て回ったナオキは、『うちより綺麗やん』と呟きながら店長が用意してくれた椅子に座って批評を始める。

 

「まず、サラダの作り置きする時は冷やさなあかんで。人によっては苦みを感じることもあるさかいな」

 

「ですが、どうすれば?」

 

「一番手軽な方法は<召喚術師>(サモナー)に召喚獣借りて冷やしてもらうとかやな。<冒険者>の派遣については<円卓会議>に依頼すれば紹介してもらえるで。特に<召喚術師>(サモナー)は召喚獣に手伝ってもろたり、<冒険者>とのいざこざの用心棒として置いとくことも出来るからお得やで」

 

 カラシンたちが開発した蒸気機関も<サラマンダー>を常駐させることで出来たことなので、冷気属性の召喚獣ならば冷蔵庫代わりになるはずだろうというナオキの考えに店長はメモを取る。サラダが生暖かいこと以外には特にナオキも問題視しておらず、サラも『美味しかったです』というばかりだったために引き続いてトマト煮込みの批評へと移る。

 

 ただ、批評といっても現在でもこの料理は十分に美味いため、ナオキは実際にやり方を見せて店長の裁量で真似をしてもらおうと断りを入れてから食材の在庫を見せてもらう。

 

「えーっと、トマトにネギに玉ねぎ。ニンジンにセロリにキノコに鶏肉。あ、ニンニクも欲しいな」

 

 適当な肉と香味野菜を取ってきたナオキは、さっそく<マジックバッグ>から取り出した手拭いで袖を固定して調理を始める。水瓶から取り分けた水で野菜を優しく洗い、野菜類はヘタを切ってざく切りに、鶏肉は骨から外して1口大に切り分ける。

 ここまでは材料はちょっと違うがリングイネで出す予定のトマト煮込みと同じレシピなので店長は少々疑問に思ったが、ナオキがそれらをニンニクと油が十分馴染んだ鍋に入れて少々炒めた後に蓋をして放置し出したところで口を出した。

 

「ちょっ、焦げるのでは!?」

 

「弱火にしとけば大丈夫や。蓋は取らんでな」

 

『焦げ』の概念を知っていることからナオキは自分と同じ『試したがり』の気配を感じ取る。それならば突き詰めること自体が『沼』であるとナオキ自身が思っている材料について教えるのも面白いかもしれない。そう思った彼は店長が台を綺麗に片づけようと上に残されていた鳥の骨や野菜くずをゴミ箱に入れようとしているところを止めた。

 

「あー、捨てたらあかん。それはもっと有効活用するんや」

 

「有効活用ですか?」

 

 どうやっても料理には活かせそうにないゴミを見て不思議そうな表情をする店長。サラも台の上の野菜くずや多少の肉ぐらいしかついていない骨をどうやって料理にするのか疑問を口にするが、ナオキは『えーから、えーから』とバケツの中に水を入れると骨を洗い出した。

 

「骨は何度も水を変えてよーく洗ってな。目安は赤いのが全部取れるぐらいや」

 

 そう言いながら何度も水を変えて骨を洗ったナオキは別の鍋に水を張り、その中に骨を入れて煮込み始める。熱が加わるにつれて洗っても取れなかった肉が白くなり始め、湯の表面に肉から出た脂が膜を作り出した頃合いで彼は骨を取り出し、そこからさらにバケツに水を張って洗い始める。

 

「こっから火にかけて焦がしたり、骨を割って中身を煮出したりとか色々あるんやけど、今回は時短で行こか……っと、その前に」

 

 思い出したかのようにナオキは弱火にかけていた鍋の蓋を取ると、水分すら入れていなかったはずの鍋の中にはかなりの量の水が入っていた。ジュブジュブと水気が多分に含まれた音を発する赤一色のスープに何が起こったのか分からない店長とサラがナオキの方を見やると、彼はあっさり種明かしを行う。

 

「こうやって弱火でじっくり熱を加えていくとな、食材の脂や水分が出てくるんや。特にトマトはかなりの水分が詰まっとるから、弱火で熱を加えながらちょっと待っとると中身の水分が鍋の中に染み出してごっつ美味いスープが出来るんや。あ、トマトの中には水分量が少ない品種もあるから仕入れる時に注意するんやで」

 

 試しに2つスプーンにスープを掬ってから店長とサラに手渡す。何度か息を吹きかけてから口に含んだ彼らの表情が明らかに驚きに変わったのを見てナオキも別のスプーンで味見をしたが、かなりの『濃さ』に思わず面を食らう。

 

「濃いな」

 

「そうですね。申し訳ありませんが、水は入れた方が良いかと」

 

「いや、薄めるなら水よりもっとえぇもんがある」

 

 使っている品種の違いだろうか、水分量に反してトマトの味がかなり強いと感じたナオキ。店長もそれを察して水を入れた方が良いと進言するが、ナオキはニヤリと笑って先ほど洗っていた骨や野菜くずを指差した。

 

「水を入れた鍋に骨と野菜くずを入れて煮出すとえぇ出汁が出るねん」

 

「出汁?」

 

「あぁ、そうか。"出汁"すら分からんのか」

 

 出汁やブイヨンは料理における基本の『き』なのだが、少し前までコンソールでの調理をしていた<大地人>には馴染みがないのだろうとナオキは掻い摘んだ説明をしながら鍋に火をかける。

 鍋の水が沸騰し始めた頃合いで野菜くずや洗った骨からは多少の脂や灰汁が出てくるが、ナオキは何度かそれを掬い取っては捨てていく。そうしていくと無色透明だった水が徐々に琥珀色に変じていき、鍋の水が3分の2ぐらいになったところで彼は鍋を火からおろす。

 

「これが西洋出汁、"ブイヨン"ってやつやな。こっから卵の白身とか沢山の肉や野菜を追加して長時間煮込んで味を調えたやつを"コンソメ"って言うんやけど、コンソメスープはそれだけで目玉商品になるから手間と時間を考えな。困ったら、ログホライズンのにゃん太って人に頼るとえぇわ」

 

 さらっと詳しい話をにゃん太に丸投げしたナオキは、ブイヨンを2人に味見させる横で先ほどのトマト味が強い煮込みの中にブイヨンを投入していく。逐一味を見ながら加えていたブイヨンがお玉3杯に到達したところで彼は満足げに頷くと、2人に味見をさせる。

 

「お、美味しい!」

 

「わぁ……。なんですか、これ」

 

 トマトの鮮烈な味が際立つがその味が通り過ぎた頃合いに一言では言い表せない複雑な味が押し寄せてくる。具材も一緒に頬張るとそれらの味にもトマトの味わいが寄り添い、それらの邪魔をしない程度にあの複雑な味が穏やかに主張してくる。

 

「あの、これを本当にうちで出しても良いのですか?」

 

「ボクの考えた技法やないからな。じゃんじゃん使い」

 

「ありがとうございます」

 

 無水料理も出汁の概念もナオキが作ったものではない。そのため、ここまで畏まられるとなんだかズルをしてしまったような気が今更し出し、とてつもなく背中がむず痒くなったナオキは一刻も早くこの場を去るために依頼完了のサインを書いてもらったと同時に『2人分』の代金を支払う。

 最初の約束だと1人だったのだが、それを指摘される前に彼はサラを連れてさっさと退店した。

 

 なお、サラと外出した件はソウジロウの耳にも入っており、2人で駄弁っていた際に唐突に『デート、楽しかったですか』と口走ってしまう。それが発端でナオキがキレ、夜中にも拘らず<ギルドホール>の戦闘可能な部屋の半分を戦場にした大喧嘩に発展したのは言うまでもない。




ナオキ『サボってるんじゃないやい』
シロエ『サボってるんじゃないやい』

なお、外に出て色々している分、アキバの冒険者にはナオキの方が仕事していると思われている。

リングイネは原作やアニメ、書籍にも登場しているため、もしかしたらこういった相談も受けていたのかなという妄想です

次回から領主会議編が始まります
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