西風の相談役   作:マジックテープ財布

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選挙前にペタリ


ゲームの終わり~領主会議の章~
28話:領主会議開始


 朝日が黒一色であった<アキバの街>の勢力図を塗り替えていく中、<西風の旅団>が所有する<ギルドホール>の一室から衣擦れの音が微かに聞こえてくる。未だ良い子は夢の中に居る時間帯ゆえにゆっくりと、されど迅速に部屋の主は最近の寝巻の中で気に入っていたジャージを脱ぎ、防御力や各種状態異常への抵抗などを念頭においた装備を色々着ていく。

 

 まず、インナー系統でありながら僅かに防御力を上げられるという触れ込みで海洋機構で売られていた帷子付きの肌着。いざ使ってみると洗濯の手間的な問題を一切解消していないジョークグッズなのだが、これから赴く場所で何が生死を分けるのか分からないので着ていく。

 

 次に狩りの際にナオキがよく着ている白いフード付きのローブが一体となった軽鎧。幻想級の短剣である<暗殺者の血脈>(ブラザーフッド)獲得のために中東サーバーの<大規模戦闘>(レイド)に何度か足を運んだ折に入手した秘宝級装備で、名を<巡礼者>(ピルグリム)という。

 中東サーバーでは似たような恰好の者が多く、その集団に混ざることで≪ハイディングエントリー≫に頼らずとも透明化を果たせるという効果を持つが、白一辺倒な装束は日本ではあまり見ない恰好なので逆に目立つという残念な装備だ。

 ただ、秘宝級に恥じない防御力や各種状態異常への耐性が付与されているため、『何が起こるか分からない』という現場にナオキがよく着ていく装備でもあった。

 今回の領主会議もその『何があるか分からない』認識のため、彼は<巡礼者>(ピルグリム)に袖を通していく。

 

 靴と手袋はかなり硬いという触れ込みの金属をミチタカが自慢のハンマーで鍛え上げた特別性の小手とブーツ。どちらも武器を失くした際に放つ苦し紛れの1発の威力が跳ね上がるとミチタカが自慢げに話してくれたが、残念ながら今まで使った記憶がない装備である。

 

 最後にダメ押しとして耐性を増加させる指輪。レベル90になろうともそういった耐性をなぁなぁに済ませると地獄を見るので、ナオキは紙に抵抗値の計算を書いては指輪を選んでいく。

 

「……うし」

 

 モンスターの襲撃はもちろんだが、<冒険者>を含めた人間の襲撃に対応した装備。後者はなるべく考えたくはないが、領主会議には様々なところから貴族がやってくる。招待してもらったコーウェンのような<冒険者>に寄り添おうとしてくる貴族は良いが、その逆に取り入って駒にしようとする貴族も居ないとは──否、絶対居る。

 むしろ、居ない方がおかしいだろうとナオキは有り得そうな展開を指折り数えながら<ギルドホール>を出る。その行先は<アキバの街>の入り口だ。

 

「貴族の地位、領土、金。色々あんなぁ」

 

「何を言っているのかな?」

 

「うぉっ!? クラスティさんかいな」

 

 こんな朝早くに誰も居ないだろうと高を括っていたナオキの横から声が聞こえ、驚いた彼が声がした方向を向くとクラスティが立っていた。

 『おはよう』という挨拶をしてきたクラスティは続けざまに先ほどからナオキが言っていた独り言について尋ね、貴族が言い出しそうなことについてだと分かると『随分、可愛げのある見返りだね』と少々小馬鹿にしたような表情でナオキを見た。

 

「どうせ一般庶民の考えやし。じゃあ、クラスティさんは何を出してくると思うんや? たしか、上流っぽいこと言うとったし、さぞすごいことを──」

 

「女性」

 

「は?」

 

「だからその貴族の娘だよ。女性の<冒険者>には息子だね。現実世界の英雄譚やゲームでも見たことあるだろう?」

 

 ドラ〇エ然り、英雄譚然り、強者を血縁に取り込むことはたまに見聞きする。しかし、<放蕩者の茶会>(デボーチェリー・ティーパーティ)に居たKRのようなリアルエリートやクラスティのようなエリート(推測)とは違って一般庶民がほとんどな<冒険者>に対して、『娘との婚約を条件にうちの領土に来てくれ』と強制的な転職を呼びかけても逆に警戒されるのではないだろうか。

 そう言ったナオキであったが、クラスティは再び何も分かっていない人間に対して説明するようにため息をつく。なんとも嫌味っぽい動きにナオキはさらにムッとした。

 

「異性をチラつかせれば転ぶ人も居るものだよ。現実世界でもそういったお話はあっただろう?」

 

「たしかに」

 

 自分が強い側の存在であることを良いことに『勝ちまくり、モテまくり』。一度の気付きで対して労をせずに『どん底からの一発逆転』。人間が人間である内は特効性能があるワードである。

 <大地人>とはいえ貴族という上位存在に認められ、その見返りで姫をもらう。しかも、<エルダー・テイル>を踏襲しているのかサラや<アキバの街>の<大地人>を見るに彼/彼女たちの見目は整っている存在が多い。

 いくら<円卓会議>で制限をかけても、未だゲームだと思っている層は『クエストで姫ゲットwww』と浮かれるに違いない。その意図が目減りしない便利な駒扱いだとも知らずに。

 

「料理に対しての気付きを例にすれば、君もその成功者ともいえる。君が一番"危ない"ってことを自覚した方が良いと思うよ」

 

「せやなぁ」

 

 ナオキもナオキで自覚も無く成功体験に有頂天になっているかもしれない。勝って兜のなんとやら──これから向かう領主会議では何が起こるか分からないという認識は持っていたが、ナオキはそこから自分の役割を改めて認識する。

 

 そうしていると徐々に人が集まってくる。生産系代表のミチタカとその右腕であるカーユ。参謀役のシロエとその護衛のアカツキ。オブザーバーとしてヘンリエッタ。そして──。

 

「ミロード! 制服を忘れていましたよ!」

 

「あぁ、すみません。うっかりしていました」

 

 三佐がクラスティ用の制服を掲げながら合流してくる。そんな母親のような振る舞いに一同は苦笑しながらクラスティを見るが、彼は割と嫌そうな表情をしながら言い訳をしていたので全員は『わざと』だと察した。

 

「なんやねん、自分もやる気ないんやないか」

 

「会議やパーティなんてつまらないだけですよ。あぁ、面倒ごとから守ってくれる盾が欲しい」

 

 眼鏡を光らせながら怪しげに笑うクラスティにナオキは得も知れぬ恐怖を感じたため、それ以上は言及するのを避ける。周囲も『盾』になるのはごめんだとばかりに沈黙が続くが、クラスティの<マジックバッグ>に三佐が制服を詰め込んでいる様子を見ていたナオキが唐突に沈黙を破った。

 

「なぁ、ボク制服持ってへんねんけど」

 

「あぁ、大丈夫です。<西風の旅団>のひさこさんからナオキさんのサイズをいただいて作成しています」

 

「シロエ、個人情報がどんどん流出しとるねんけど」

 

「今の<アキバの街>にそんな法はないよ」

 

「自分の身は自分で守ることだね」

 

 勝手にサイズを横流しされて作られた制服を受け取ったナオキは黙って<マジックバッグ>に入れるが、ナオキは<西風の旅団>で個人情報を含めたネットリテラシーの講習会でも開こうと決心する。少なくとも個人情報保護法なんて気の利いたものがない以上はクラスティの言ったように自分で自分を守るしかないため、ナオキの心には鬼が宿った。

 

 ……ひさこには領主会議が終わった後で小言でも言おうとは微塵も思ってない。思っていないったら思っていないっ! 

 

「いつまでもこうして駄弁っていたいが……。仕方ない、行こうか」

 

「ミロード、せめてもう少し取り繕ってください」

 

「良いか、ロデリックさんっ! 何かあったらすぐ飛んでくるからな!」

 

「大丈夫です。大丈夫ですから」

 

 心底退屈そうに出発を宣言するクラスティを乗せた馬が先頭を歩き、それを他の馬や馬車が追う。ミチタカだけはものすごい剣幕で酷く名残惜しそうに<アキバの街>を出ていくのだが、開発ラッシュの一番楽しい時期に出ていくのはそれほどまでに苦痛ということなのだろうとシロエたちは見なかった振りをする。

 

 そんなこともありつつも順調に<アキバの街>を出立した面々とは別にナオキは周囲の索敵を行うためにわざと集団から離れ、一定の距離を保ちながらクラスティへ安全報告と道の指示を念話で送る。

 シロエやクラスティのような指揮官タイプが居るレベル90の集団とはいえ、詰め将棋のような戦法で奇襲を掛けられるとめっきり弱いものだ。

 念には念を入れて──と気を張っていたナオキであったが、出てくるのは鹿や猪と野生動物チックなものばかりなために徐々に飽きて馬車の中へと引っ込んで行った。

 

「ナオキ、ちゃんと見張りしてよ」

 

「暇やもん。お前んことやから、<グリフォン>呼ぶな言うやろうし」

 

「そりゃ、目立つからね」

 

 領主会議という貴族たちが集まる場に<グリフォン>が襲来なぞ、<大地人>にとっては<古来種>──<冒険者>以上の力を持つ<大地人>が出張らざるを得ない案件だろうということは想像に難くない。今のパワーバランス的にも目立つ行動は控えるべきだと思っていたシロエがナオキの予想に同意をすると、彼は『いざとなったらクラスティさん放流すればえぇやん』と馬車に引っ込んでいく。

 

 その後は本当に何事もなかった。2時間ほど進んだところで目的地である<エターナルアイスの古宮廷>が見えるぐらいまでの地点にたどり着いた彼らは、一旦分かれてそれぞれが<円卓会議>の制服に着替えてから合流。古宮廷の前で警備をしていた守備兵に招待状を見せた。

 事前に話を聞いていたらしく、招待状を見せられた守備兵は即座に案内役の<大地人>を呼び寄せる。その彼の先導でシロエたちは自分たちのために確保された部屋まで案内されるが、その道中で周囲からの視線が珍客である彼らを射抜く。

 

「なぁ、めっちゃ見られとるんやけど」

 

「しかたねぇよ。俺たちゃ<冒険者>だし」

 

「ですが、この視線。大災害以降の<アキバの街>の比ではありませんわね」

 

 若干の興味、やや多い敵意、大多数の奇異。それらの思いがミックスジュースのように混ざり合った何とも気持ち悪い視線に早くも気分が悪くなったナオキがミチタカに言うが、彼は無視を決め込んでひたすら足を前に出していた。その横で聞いていたヘンリエッタも口では視線に対して疎ましく思いつつもひたすらに前に進む機械と化していたため、ナオキもそれ以上は何も言わずに耐えた。

 

「こちらです」

 

「ありがとうございます」

 

 無事に部屋に通された全員はクラスティがパーティの時間について案内役の<大地人>と話すために外に出て言った瞬間に脱力する。レベル90の最前線を走っている<冒険者>であっても中身は社会人や学生といったそこら辺の一般人なため、早くも上流階級がひしめく場に気疲れをしてしまったのだ。

 そんな中、ナオキだけは気疲れの原因の1つである制服から手早く着替えると、制服を<マジックバッグ>に詰め込みながらシロエに近づいた。

 

「じゃ、ボクは透明化しながら探索するわ。聞いて来て欲しいこととか具体的なもんない?」

 

「うーん、そう言われてもなぁ」

 

「手始めに貴族の話でも盗み聞いてきたらどうだ? いきなり貴族に面と向かうのもハードル高いだろ」

 

「後は兵士の規模もみてもらえると嬉しいかな」

 

「ん、分かったわ。そっちの方がボクの性にあっとる。じゃあ、後で合流するからよろしゅう」

 

 ミチタカやシロエのオーダーを聞きながら一足飛びに部屋の窓にたどり着いたナオキは、その勢いのまま彼は窓を開けて出ていく。

 ちなみにこの部屋は地上から数十メートルという常人が下りるにはかなりきつい高さにある部屋なのでシロエが制止の声を上げるが、彼が窓に駆け寄る前にナオキの姿は霞のように消えた。

 

「ちょっ、いきなり人死には不味いって!」

 

「いや、主君。≪ハイディングエントリー≫で姿を消しただけだ。今、窓にへばりつきながら登って行っているぞ」

 

 慌てた様子のシロエの服の裾を掴みながらアカツキは窓の方を向いて手を振る。どうやらナオキは≪ハイディングエントリー≫を使って姿を消したらしく、<追跡者>の特技でアカツキだけが見えているらしい。

 しばらくすると透明化の効果を意図的に切ったのか、ナオキの姿が浮かび上がると共に彼はそのまま上へと上がって行った。

 

「ふぅー、やはり形式ばった言葉遣いは疲れるね。どうしたんだい、皆」

 

「窓にトカゲが居たのだ」

 

「たしかにトカゲみたいでしたが……。アカツキちゃん、失礼ですわよ」

 

 その異様ともとれる行動にアカツキ以外の面々は固まるが、そんな部屋の中にクラスティが入ってくる。最初は皆が黙って窓を見つめていたことについて不審に思っていた様子であったが、この場から居なくなった<暗殺者>(アサシン)やアカツキを窘めるヘンリエッタという証拠に、予定通り偵察行ったことを推測して窓を閉じた。

 

***

 

「<冒険者>、どう見ます?」

 

「怪しくてかなわん。あの方は何をお考えなのか」

 

「然り。<冒険者>なぞ、つい先日までは何も言わずにモンスターを狩っていたというのに……」

 

(<大地人>も<大地人>やけど、<冒険者>も似たような感じやったんやな)

 

 シロエたちから離れたナオキが再び透明化をすると、宮廷の中を走り回って貴族の話を収集していく。その中で一番話題に上っていたのはやはりというべきか、<冒険者>についてだった。

 シロエやクラスティのなど個人に関して。<円卓会議>全体に関して。そして、<冒険者>全体を指して。括りは様々だが、特にナオキが気になっていたのは『<冒険者>とのコミュニケーション』であった。

 

 あれはたしか、サラに今までの<西風の旅団>の様子を問いかけた時だっただろうか。サラが言うには大災害前──<エルダー・テイル>がゲームとして機能していた頃の<冒険者>はいつも何を考えているのか分からないような無表情の状態が普通で、サラは時折コンソールから流れてくる指示にずっと従っていたらしい。

 当然、そんなサラに声なんてかけること<冒険者>など居らず、気になったことと言えば毎日毎日集まったかと思えばキビキビとした動きで何人かで出かけていくという動きぐらいだとか……。改めて想像すると、ガチ不審者の集団である。

 

 だが、それは<大地人>から見た<冒険者>の認識だ。<冒険者>から見た<大地人>も相手のことを同じような認識で見ていた。

 チャットや外部ツールなどを使った声のやり取りは<冒険者>専用のものである。いくらチャットで呼びかけようと<冒険者>目線では『一部の痛い奴』という視線が送られ、なおかつNPCである<大地人>に聞こえるはずも無い。

 それに、0と1のプログラムの集合体であるNPCが会話の内容を読み取って流れに適した言葉を選択して発するなんて器用な真似なんぞ、いくら定型文を用意したとしても総合すれば膨大な容量が必要となる。下手をすればインストールに必要な空き容量の5倍……いや、10倍は必要だろう。かなり失礼な物言いだが超絶人気なオンラインゲームでも安易に手を出せるほどリソースに余裕はないはずだ。

 

 そう考えると少し前までは無表情でモンスターを狩ったり、指定のアイテムを取ってくる便利屋扱いだったやつがいきなり喜怒哀楽の表情を取るようになり、さらには自分の意見を言うようになった。依頼者としてやり辛いこと、この上ないだろう。

 そんな貴族のやり取りを(無断で)聞いていくナオキであったが、唐突に念話の呼び出し音が聞こえてきた。念のために誰も居ない壁の上まで移動して念話の相手を確認すると、ウィリアムという意外な名前にナオキは驚く。

 

【ウィリアム、久しぶりやな。どや、<ススキノ>まで行けたんか?】

 

【ナオキさん、久しぶり。今、<パルムの深き場所>を攻略してきたとこだよ。今日はナオキさんのオススメに従って、ここでキャンプする予定】

 

【そっか。日の出がめっちゃ感動するから、早よ寝るんやで。あ、ボスはどないやった?】

 

【ラットマ『ソ』ってなってたな。ギルメンたちも初めてらしい】

 

 <エッゾ帝国>への玄関口にたどり着いてきたことを嬉しそうに報告してくるウィリアム。そんな彼の口からボスについての報告が語られた。

 どうやらシロエたちが遭遇したのは幻覚の類でも限定モンスターでもないらしく、シロエに伝える内容が増えたことにナオキはげんなりしながらも礼を言ってウィリアムとの念話を切ろうとするが──。

 

【ちょっと待ってくれ、ナオキさん。気になったことがあんだよ】

 

【気になったこと?】

 

<緑小鬼>(ゴブリン)に襲撃されることが増えたんだ。<七つ滝城塞>(セブンスフォール)近く通ってんだから当たり前って思われるかもしれないが、ちょっとエンカウント率がおかしいぐらいでさ。んで、そろそろ"あの"イベントが始まるんじゃねぇかって。まぁ、俺たちは<ススキノ>に行くから手伝いに行けないけどさ】

 

【あー、"<緑小鬼(ゴブリン)王の帰還>"か。たしかにそろそろ始まるかもなぁ】

 

 <エルダー・テイル>を嗜んでいる<冒険者>にとって聞き馴染みのあるイベントにナオキは顔を上げた。

 

 <緑小鬼(ゴブリン)王の帰還>。<エルダー・テイル>で定期的に開催されるイベントである。

 その内容は1週間の討伐期間内に<七つ滝城塞>(セブンスフォール)を根城にしている<緑小鬼>(ゴブリン)の氏族を壊滅させながら戴冠予定の<緑小鬼王>(ゴブリンキング)を討伐。成功すればレアアイテムがドロップする仕組みで、参加人数や条件もかなり緩いことからギルド間のしがらみを取っ払ったお祭りイベントというのがナオキの持つイメージであった。

 現に1週間というあらかじめ予定を組んでいれば都合がつきやすい<冒険者>が多いため、西の<スザクモンの鬼祭り>と同様に『必ず成功する神イベント』という<冒険者>も多い。

 

(戦闘が出来ない<冒険者>が増えてきとる状態でこのイベントか。今回はキツいやろなぁ)

 

 戦闘員の調達に難儀しそうな展開にナオキは表情を曇らせる。

 <緑小鬼(ゴブリン)王の帰還>は設定的に2年──現実世界の12倍の速さで1日が終わる<エルダー・テイル>式で換算すれば約2か月と、定期的に起こるイベントとしては結構頻繁な分類に入る。

 そのために今から準備をしないと到底間に合わない可能性もあるため、この段階で情報を知れたのは大きいとナオキはウィリアムに礼を言ってから念話を切り上げた。

 

 彼が目線を上げると既に夕刻。この分だと守備兵に声を掛けるのも、無駄に怪しまれるだけだろう。

 

「一旦、あっちと合流するか」

 

 そう独り言ちたナオキは<マジックバッグ>から制服を取り出し、誰も居なさそうな近くの茂みへ向かった。

 

***

 

 豪勢な料理が並べられ、その傍では音楽家たちの生演奏が響く大ホール。そこでは貴族たちが何組ものグループとなって何やら話し合いをしていた。目立たないように壁際で根を張っていたシロエたちには何を話しているのか見当もつかなかったが、時折向けてくる奇異の目線にシロエたちは緊張しっぱなしであった。

 

「流石に」

 

「緊張ですね」

 

「招待されたのだから、堂々として居れば良いんだよ。それに周囲をモンスターと思えば良い」

 

 挙動不審気味なシロエとミチタカに対していかにも場馴れしてそうなクラスティが的外れな助言を送るが、シロエはそのことに対してツッコむほど余裕はなかった。『約1名』を除いて絶賛壁の花となっているこの状況で騒ぐと余計な注目を向けられるのは分かっているし、パーティなど参加した経験がない彼にとって次の一手が一向に見えないからだ。

 

「それにしても、ナオキさんは相変わらずですね」

 

「ナオキ君は僕たちと違って"従者"だからね。それに、彼の性格的には自由にさせていた方が結構上手くいくんだよ」

 

「そうですね」

 

 緑色のサマードレスを着た三佐の文句とも取れる言葉に、クラスティは微笑を浮かべながら自分達が居る反対側のホールの端へと目を向ける。そこでは数人の若い貴族たちが<円卓会議>の制服を着た1人の男性を取り囲み、なにやら楽し気に会話をしていた。

 

「ほほう、貴殿は我が領地に来たことがあるのか」

 

「はい。景色も良く、人も親切。統治している人の人柄が節々からにじみ出るような街でした。特に山の景色が良い。朝と夕で表情が変わるのは興味深かったです」

 

「山とは中々通だな。山なぞモンスターの根城になるだけと思っていたが、<冒険者>だからこその着眼点か」

 

 珍しく標準語で領地について褒めまくるナオキに貴族の1人は機嫌良さそうに答える。

 生まれた場所の風景や食事、そしてそこに住む人々の温かさを説けばよほどのひねくれ者以外は素直に嬉しいものだ。大災害以降はそこまで外出していないナオキだが、ゲームの時はそこかしこに遠征しては地域ごとに特色のある街並みなどのグラフィックを見てはスクリーンショットに納めていた彼にとってそういった褒め言葉は十八番である。

 

 食事に関してはお察しレベルなためにあえて除外をしたが、そうした郷土愛をくすぐられた彼らは次第に緊張の糸が解れていく。その証拠にワインを一気に飲み込んで口内の渇きを癒した貴族が口をニヤつかせながらナオキに絡んでくる。

 

「しかし、貴殿は一番大切なことを分かっていない。何のことだか分かるか? ん?」

 

「抜かりなく。美人が多いことですな?」

 

「ハハハ、分かってるじゃないか! 特にうちの嫁は最高だ! 今度紹介しよう」

 

「なにを~? うちの領地のが美人が多いぞ、紅の隼亭の看板娘とか特になぁ!」

 

「あぁん? うちの許嫁も負けてないぞ!」

 

「美人は領地の宝ですからね。そんな金銀財宝ばかりで羨ましい限りです」

 

『分かってるなぁー、貴殿は』

 

 男の雑談なぞプライドや立場という皮を剥いてしまえば獣だ。酒をかっくらって少々酔っている状態で男たちが集まって話すことなぞ、それこそDNAのどこかに設計図として載っているのかと思うぐらい『女一色』となる。

 ポリゴン調のNPCの美醜については判断がつかず、とりあえず褒めとけ精神で褒めたナオキであったが、どうやら正解だったらしい。許嫁や嫁から酒場の看板娘までと自慢話のターンが始まり、どうやって情報を抜き出そうかと思案をしていたナオキの耳に他の貴族のどよめきが聞こえてきた。

 

「むっ、話過ぎたか。貴殿は確か<円卓会議>という組織に属していたであろう? セルジアット卿が貴殿の主人に声をかけている。そろそろ合流した方が良い」

 

「では、お言葉に甘えて。楽しかったです」

 

「今度はうちの特産品も味わうと良い。<冒険者>式の料理が広まってな」

 

「今度、領地に来たら俺が直々に案内してやろう。その時は護衛として雇うから山の良さも教えてくれ」

 

 最初は若いから話が合いそうだという印象で話しかけたが、案外気の良い奴らであった貴族たちに送り出されたナオキは足早にシロエ達の元へ戻っていく。そんな彼の接近に気付いた毛皮の縁取りが付いた豪奢なマントを羽織った年配の貴族が声をかけてきた。

 

「貴殿は?」

 

「申し遅れました。ボクはナオキと言います。此度はそちらにいらっしゃるシロエ様の従者として参上した次第です。<マイハマ>は<冒険者>として未熟な頃、依頼でかなりお世話になっておりました」

 

「そうか。最近、人が多いが人手が足りないという陳情が連日来ておってな。出来ればこれからも足を運んでくれると嬉しい限りだ」

 

「知り合いに宣伝しておきます」

 

 東日本を拠点にしている<冒険者>であれば<マイハマ>は少なからず1度は訪れるほどの都市である。<アキバの街>とは違って<大神殿>がないのでプレイヤータウンとしてはいまいちだが、商業設備や職人のために生産設備の充実度は<アキバの街>に引けを取らない。

 さらには<大地人>の数も多いのでクエストの種類も戦闘から生産、頻度も1日おきで再び依頼を受諾出来るデイリーから1度クリアすれば次の月まで再度受けることが出来ないマンスリーまで様々だ。

 しかし、そんな準プレイヤータウンのような<マイハマ>でも現在は<冒険者>不足に喘いでいることをセルジアットは吐露する。彼の話ではいきなり<冒険者>が次々と<マイハマ>を去り始めたとのことで、その現象について挨拶のみではなく『世話になった』という二の句によって他の面々よりかは心象が良かったナオキに聞いて来るのだが、彼は彼で当たり障りない言葉を言いながらも裏では背中を冷や汗で濡らしていた。

 

 <円卓会議>設立の報告を聞き、<アキバの街>周辺の街を拠点にしていた<冒険者>たちの大勢は<アキバの街>に合流していた。合流してきた理由は様々だが、セルジアットの話から察するに合流して来た<冒険者>が念話で知人に話して興味を持った知人が<アキバの街>に合流。そこからさらに知人が──というループに陥ったのだろう。

 何にしても<冒険者>の都合でしかないため、心当たりが頭の中でフラッシュバックしていたナオキは『バレたらまずい』とセルジアットとの会話を中断しようと試みる。

 

「そ、それでは従者の僕は失礼いたします。クラスティ"様"、後はよろしくお願いします」

 

「はて、<円卓会議>ではそういった上下関係はなかったはずだよ? だから君も座って欲しいな」

 

(鬼畜眼鏡ぇ!)

 

 ナオキは『従者』という建前でセルジアットの話相手をクラスティにバトンタッチするが──<狂戦士>からは逃れられなかった。彼らが近くのソファに腰を下ろすタイミングで逃げ出そうとするが、ナオキの前を三佐が塞いでその隙にミチタカに連行された彼は静かに腰を下ろす。

 

「では、まずはそちらの<円卓会議>について教えてもらえないだろうか」

 

「分かりました。ナオキ君も何かあれば説明してくれて構わないよ」

 

「あ"い"」

 

 貴族と上流階級(推測)同士の会話に放り込まれた一般市民という構図にシロエやミチタカはナオキを憐憫な視線で、かつ絶対に目を合わせないように距離を取る。何とも薄情だが、下手に刺激をすればシロエたちはあっという間に『あちら側』である。

 しかし、そんな嫌そうなナオキであったが会話が始まると先ほどまでの嫌そうな表情から一転して<冒険者>の事情についてをクラスティの言葉に補足する形で赤裸々に語り始めた。

 

「ふむ、<冒険者>とはそのような考えで動いておるのか」

 

「もちろん、これは1つの例です。その限りではありません」

 

「はい。クラスティ様……さんの仰る通り、最初はその価値観の相違から<冒険者>として未熟な者を食い物にする輩も居ました。<大地人>と<冒険者>という区切りはよく耳にしますが、実情としては身体能力や蘇生能力を除けば一括りと呼べる存在だとボクは思っています」

 

「なるほど」

 

(なんだ、嫌と言っておきながらやる気満々じゃないか)

 

 わざとなのかは定かではないが、全員に聞こえそうなぐらいの大きな声で<冒険者>と<大地人>の違いについて語るナオキ。クラスティもセルジアットも何も言わず、その声と同等に話していたおかげか周囲の貴族からの視線が若干柔らかくなった気がする。

 しかし、そんなシロエたちをナオキは時折恨めしそうな目で睨み付けていたことについて彼らは全く気付かずにいた。『やったらやり返される』もまた、<冒険者>と<大地人>関係なく行われる当たり前の思想なのだから──。




ピルグリム:秘宝級アイテム。ナオキが行った中東サーバーのレイドにて入手した革鎧にフード付きの白いローブが付いた装備。効果は人ごみに紛れることで透明化出来ることだが、日本サーバーでは逆に目立ってしまうという欠点がある。


……別にピルグリム繋がりでセブン●ドワーフだったり花無十●紅だったりガ●スの靴だったりは登場しないですよん?ほんとですよぉ?
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