西風の相談役   作:マジックテープ財布

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29話:コーウェン家

 舞踏会の次の日。ナオキは朝っぱらからとある場所に呼び出されていた。

 

「よく来てくれた、ナオキ殿。さぁ、こちらに」

 

「えっと、その……。ご家族で団欒中では?」

 

「なに、今後の<マイハマ>の発展の手掛かりになるやもしれんしな」

 

 にこやかに席に座るように促すセルジアットを前に、ナオキは居心地が悪そうに視線を左右に向ける。

 長机の正面にはセルジアットが座っており、その左右にそれぞれ長身の男性と全体的にほっそりとした印象を受ける女の子が座っていた。それぞれは一様にナオキに会釈をするが、その顔には『誰?』という文字がデカデカと書かれているほどの困惑顔を晒している。

 ただ、ナオキも彼らの反応と全く同じ感想を抱いていたのでお相子だろう。

 

「では朝食をいただくとしよう」

 

 かくしてセルジアットの進行で妙なメンバーでの朝食となったが、なぜこんなことになってしまったのか。話はセルジアットがシロエたちと初めて会った時まで遡るが、大体はナオキがしゃしゃり出たのが原因であった。

 

***

 

「ふむ。ふむ……。あい分かった」

 

 ひとしきりクラスティやナオキと会話をしたセルジアットは、給仕をしていたエルフの女性から飲み物を受け取りながら何度も頷く。彼の中では<アキバの街>という土地に複数の貴族みたいな存在(ギルド)が集まっており、<円卓会議>はその中で有力な存在が集まって自治を行っていると認識したらしい。

 

「しかし、そうなると1人だけに貴族の位を与えるのは無用な軋轢が生まれてしまうな」

 

「仰る通りだと思います」

 

「<冒険者>も<大地人>と変わらない意志のある存在です。優遇されている存在を疎ましく思う者も当然居ります」

 

 そこからさらにセルジアットは事前にシロエたちが伝えていた貴族の位を授けることはやはり問題なのではないかと、再びクラスティたちに確認してくる。クラスティやナオキとしては、<大地人>側も1個人や1ギルドにそういったものを授与する問題性を把握してくれるのはありがたいとセルジアットの言葉に否定することなく同調する。

 

 その後はミチタカの『<円卓会議>自体を貴族とみなすことで会議に出席する権利をもらう案』や、ナオキの『<円卓会議>を1つの国として条約を決める案』などが出てきたが、決してこの場で決定しないといけないというわけでもないために一旦話し合いは保留。その間にパーティは本日の目玉であるセルジアットの孫娘であるレイネシアを筆頭とした3人の娘のお披露目──デビュタントが始まった。

 

 2曲目からは乗り気ではなかったシロエがヘンリエッタと踊るという珍事もあったが、パーティはつつがなく終了。特にシロエは見るからに疲労困憊と言った様子だったのでナオキが肩を貸しながら歩いていると、後ろからセルジアットが声をかけてきた。

 

「ナオキ殿で良かっただろうか」

 

「呼び捨てで構いませんよ。何か御用でしょうか」

 

「いや、従者とはいえ<円卓会議>に参加している者をそう簡単に呼び捨てには出来んよ。……話を戻すが、先ほどの<冒険者>は<大地人>と同じという言葉が未だに分からんでな。良ければ明日の朝食を共にし、そこで義息子と一緒に詳しく聞きたい」

 

 筆頭領主からまさかの朝食の誘いである。ここで『定時なので』と言えればそれで良かったのだが、ナオキの社会人経験ではそれはまだ難しかった。

 どこをどう取り繕っても逃げ場がない状況とすぐ傍に居たクラスティの『直々のお誘いなんて羨ましい』と一切心の籠っていない後押しにナオキは笑顔で快諾。後にペラペラと<冒険者>について分かったような口を聞いていたことについてベッドの上で反省していたとか、していないとか。

 

 そんな夜を過ごした後、『頑張って来いよ』や『ちゃんとご挨拶するんですよ』と他人事や母親のような声援を受けながらナオキは迎えに来た使用人と共に宮廷の中を進み、コーウェン家の食卓へとやってきたというわけである。

 

***

 

「口に合っただろうか」

 

「はい、とても美味しかったです。ご馳走様でした」

 

「そうか。<料理人>たちによく言っておこう。……さて」

 

 手を合わせながら食後の挨拶をするナオキにセルジアットは好々爺のごとく笑っていたが、次の瞬間に為政者としての厳格な顔へと変貌する。彼がナオキをここに呼び出した要因である『<大地人>と<冒険者>の違い』について聞き出そうとしているのだ。

 

「昨夜、ナオキ殿は<大地人>と<冒険者>は身体能力や蘇生能力を除けば一括りと呼べる存在と言っておったな」

 

「はい。ただ、自分の中でそれは一種の考え方に過ぎませんがね」

 

 ナオキの発言に一層理解が追い付かなかったセルジアットだが、彼の代わりに長身の男性が『横から済まない』と声をかけてきた。

 

「先ほどの考え方……だっただろうか? たしかに考え方は人それぞれだが、それでも<冒険者>は<冒険者>だろう? 強靭な肉体を持つ不死の存在というだけで<大地人>とは明確に違うではないか」

 

「そうですね。ですが、こう言い換えられませんか? 強靭な肉体と不死性を持った"だけ"で大まかには<大地人>と変わらないと」

 

 男性──フェーネル=ツレウアルド=コーウェンの話を逆説的に説いたナオキは説明を始めた。

 

 十人十色。この言葉は人間という存在を良く表した言葉だと言える。

 何が得意で何が不得意なのか。何が好きでなにが嫌いか。どんな性格なのか。エトセトラ、エトセトラ。

 似たような存在であっても微妙に色が異なるこの世界で『強靭な肉体』と『不死性』だけで<冒険者>と一括りにされては堪ったものではない。皆が皆、同じ考え方で動く存在ではないのだから。

 そうナオキが言うが、『じゅうにんといろ?』とフェーネルは首を傾げた。どうやら諺が分からないようだ。

 

「あー、では厨房をお借りしても?」

 

「なにをするつもりかね」

 

「自分は<料理人>でもありますので……。料理で説明できればと」

 

 もしここに漫画に造士の深い友人でも居ればナオキの言った言葉に『漫画かよ』と囃し立てたかもしれないが、ナオキも含めて彼の言葉に反応する者は居なかった。

 そのまま何故かセルジアットとフェーネルが厨房まで着いて来てしまって余計やりにくい空気になるが、ナオキは内心『どーにでもなーれ』と匙を彼方へとぶん投げながら近くの卵を手に取った。

 

「<冒険者>と<大地人>は卵料理です」

 

「それはなにかの比喩表現かな?」

 

 フェーネルの言葉に肯定したナオキは油を馴染ませて熱したフライパンに3つの卵を落としていく。全てに白身に熱が入って黄身が若干固まったタイミングで1つ目の卵を取り出し、2つ目は<マジックバッグ>から取り出したコテでひっくり返してから数十秒後に取り出す。3つ目は火を弱火にしてからこれまた<マジックバッグ>から小瓶を取り出し、中の液体をフライパンに入れてから蓋で数秒。

 これにて焼き方をそれぞれ変えた3つの目玉焼きが完成した。

 

「セルジアット様、いかがでしょうか」

 

「ふむ、様々な作り方があるものじゃな。こちらは中身がしっかり固まっておるわい」

 

「こちらは中身が固まりきらず、流れてきますね」

 

 どれも卵をそのまま焼いただけ。しかし、その焼き方の多様性にセルジアットとフェーネルはそれぞれの目玉焼きをナイフで切り、その断面を興味深そうに見つめた。

 ただ、これらがどう<大地人>と<冒険者>に繋がるのかは両者とも顔を見合わせるが一向に答えを導き出すことが出来なかった。

 

 そんな2人の様子などお構いなく、ナオキはさらに次の卵料理を作り出す。ボウルに卵を2個入れ、塩コショウと削ったチーズを入れてさらに攪拌。その卵液をバターを馴染ませた別のフライパンに投入し、その間に片手鍋に水を張って火にかける。

 その間に卵液が固まり出してきたので、箸で大きく円を描くように掻き回してから火から下ろした後にもう一度空気を含ませるようにさっくりと混ぜる。

 

「それはたしかスク……なんだったか」

 

「スクランブルエッグです。これも区分で分けると卵料理になります」

 

「たしかにそうだ。先ほどのもそうだが、卵と一言で言ってもこうして作ってもらうと焼き加減や調理方法で見た目が変わるな。いやはや、<冒険者>式の食べ物は興味深い」

 

 皿に盛られたスクランブルエッグを興味津々で見つめるフェーネルと遠巻きで眺める厨房の<料理人>たち。彼らも宮廷に連れて来られるほどの<料理人>なのだが、<冒険者>式の調理を完全に物にしているわけではなかった。

 むしろ、『コンソール頼み』であった<大地人>式よりも技巧を用いる部分も多いため、彼らは『学べる物は学んでおこう』とナオキの作る光景を盗み見していたわけである。

 

 そんな様々な感情や思惑が渦巻き始めた厨房だが、それらを一切無視したセルジアットが何かを察したのか、感心するように自らの顎に手を当てた。

 

「……。ははぁ、ナオキ殿。そなたが言いたいことが見えて来たぞ」

 

「義父上、どういうことですか」

 

「まぁ、後で答え合わせということで。続けます」

 

 火にかけたままの片手鍋が気になったナオキは一旦会話を中断。沸騰した湯の中に少量のレモン汁と塩を入れ、箸でかき混ぜて渦を作る。その渦の中心に目が細かい網で水っぽい卵白を取り除いた卵をそっと入れ、そのまま何もせずに数十秒放置。白身が固まったところでひっくり返し、そのまま中に熱が入るよう放置してから取り上げて冷水で冷やす。

 リアルでは実習などで作ることがあったこの料理──ポーチドエッグだが、<大地人>式の調理方法しか知らない<料理人>たちにとってナオキの行動は不可思議の連続だったのだろう。ポーチドエッグの水気を切っていたナオキに1人の<料理人>がつい話しかけてしまった。

 

「あの、なぜ先ほどレモンの果汁を入れたのでしょうか。それと、なぜ1度卵を網の上に載せたのでしょう」

 

「ボクも原理は分からないのですが、酢やレモンの果汁といった酸味のある液体を加えると卵が固まりやすいんです。塩も同様で中身が飛び出さないための措置と思ってくれて構いません。網の上に1度置いたのは、水っぽい白身を分けるためですね。あれも一緒に茹でると見た目が非常に悪くなるので」

 

 少なくとも偉い人との話し合いの中なためにナオキは恐る恐るセルジアットとフェーネルに確認すると、彼らも興味を持ったのか二つ返事で了承を得ることが出来た。自身のイメージしていた貴族の姿と乖離していたセルジアットらに『なんだ、この貴族たち』と内心毒づきながらも、ナオキは習ったことや実習で得た経験則を語っていく。

 ただ、たんぱく質などの詳しい説明はナオキも理科系の成績が残念なために『そういうもの』としか説明出来なかった。しかし、<大地人>にもそんな高度な知識を持っている人間は居ないらしく、ナオキの説明に彼らは素直に納得してくれた。

 原理を聞かれなくて心底ほっとしたのはナオキだけの秘密である。

 

「ともかく、整いました」

 

「うーむ、形や料理方法が違うことは分かるのだが……。全部、卵料理なだけでは?」

 

「そこじゃよ、フェーネル。我々<大地人>"も"、ナオキ殿<冒険者>"も"等しく卵料理となる」

 

「はい。肉体の頑強さ、不死性、どちらも"卵に加える行程や調味料が異なるだけ"。そんな存在に余計な上下関係や使命などは関係ないと思いますが?」

 

 ここまで長かったが、ナオキが言いたいことは<冒険者>と<大地人>はどちらも同じ人間なので、どちらが優れているとか上下という考えは捨てた方が良いという提案であった。

 

 もちろん貴人に関する上下関係は払拭すべきではないのだが、未だ<冒険者>は<大地人>、<大地人>は<冒険者>の考えが分からないという状況の根底にはお互いの認識がズレていることだとナオキは考えている。サラもそうであったし、一介の拠点NPCである彼女を<西風の旅団>が受け入れたようにもう少し歩み寄る精神こそが大事ではないかと説いたナオキの言にようやく納得したフェーネルは静かに同意した。

 

「……して、この卵料理の処遇はどうするのだ?」

 

「あっ、都合の良い<守護戦士>(ガーディアン)に引き受けさせます」

 

<守護戦士>(ガーディアン)?」

 

「えぇ、使い減りのしない主人(たて)その1です」

 

 先程作った皿を<料理人>に断りを入れてから<マジックバッグ>に次々と入れるナオキ。その表情は既に降嫁したが、イタズラを考えている時の初孫のようだったと後にセルジアットは語った。

 

***

 

 そんなこんなでセルジアットたちと別れたナオキは空中庭園を彷徨っていた。下を見れば兵士たちがそれぞれの持ち場を巡回し、宮廷の窓に目を向けると大勢の貴族が何やら真剣な面持ちで話し合っている姿が見える。

 ナオキが厨房から出るのと同じタイミングで食器を持った給仕たちが戻ってきていることから既に貴族たちは朝食を終えてそれぞれの『仕事』に邁進していることは察せられるが、<円卓会議>の面々──特にクラスティがどこにいるのか皆目見当もつかなかった。

 

(どっかの会議にでも呼ばれとるんかねぇ)

 

 クラスティとシロエとミチタカは<円卓会議>の代表として出席してため、どこの会議にも引っ張りだこの人物である。念話で場所を聞こうにも、重要な会議の真っ只中だと突撃もし辛い。

 どうしたものかと悩んだナオキであったが、従来の任務である兵士たちが<冒険者>をどう思っているのかという意見を収集しに空中庭園から降りようとする矢先。彼の目に見慣れた<円卓会議>の制服が映る。

 

(お、ツいとるわ)

 

 バスケの選手にでもなれば一躍スターになりそうな偉丈夫の後姿にナオキは本日の自分の運勢を祝福しながら特技で透明化。追跡者ではないので足音を立てないよう慎重に移動して背後からクラスティを驚かせようとするが、近づくにつれて彼が誰かと話しているらしいことが分かった。

 どこかの貴族にでも捕まったのか。はたまた因縁でも吹っ掛けられたのか。どちらにしても『ザマァ!』と嘲笑したくて彼が話している相手を確認する──が。

 

(……とりあえず、半殺しか)

 

 長い銀髪にたれ目の瞳を持った儚げな少女。朝食の際に出会ったレイネシアがクラスティのお相手という事実にナオキは憤慨する。

 セルジアットとの朝食の場にナオキを生贄として出し、自分はお茶会などお天道様が許してもナオキ自身は許さないということで彼は1歩を踏み出した。願わくばクラスティのクールな一面が粉々になるぐらいの素っ頓狂な声を期待しつつ近づいていると、唐突にレイネシアが四阿に設置された机に突っ伏してしまった。

 

(あれ、病気がちとか身体が弱いって話やったっけ。いや、それやとセルジアット様が連れてくるわけないしなぁ。そーなると……サボりか?)

 

 如何に<冒険者>とは言っても、仮にも領主会議に招待された存在に対して話も聞かずに突っ伏すのは筆頭領主の孫娘であろうと礼を失する行為だ。しかし、そんな彼女の目の前で茶を飲んでいたクラスティは特にその行為について何も叱責することなく茶を楽しんでいた。

 そのことから純粋に『サボり』という疑惑が浮上してくる。『姫様もサボるんやな』と妙に庶民的な親近感を持ったナオキがさらにもう2~3歩足をふみだすと、唐突にクラスティは懐から小さく鈴の音が聞こえる装飾品を取り出した。

 

 そのまま彼は四阿の外に向けて装飾品をかざしては反応を確かめていき、ついには一点──ナオキが居る方向に視線を固定する。

 

「さて、アカツキ君……。いや、声をかけてこないところを見るに多分ナオキ君だね? 私は姫君と優雅な一時を過ごしているのだが」

 

「名指しっ!? いや、なんで分かったん?」

 

 明らかに透明化していたはずのナオキに向かって話しかけるクラスティ。思わずナオキは透明化を解きながら自分だと分かった理由を彼に聞くと、クラスティは先ほどの装飾品を見せる。

 

 そのアイテムはゲーム内では透明化した存在を感知すると音が出る仕様の装飾品で、レベル80台ぐらいであれば特に苦労なく集められる材料で作れる逸品である。ただ、感知する距離が相手の特技の習熟度依存なため、ナオキのような隠蔽する特技の熟練度を最大付近まで上げた存在には先手を取られてしまう残念なアイテムでもある。

 

 しかし、ガチビルドの<冒険者>よりも熟練度などが遥かに劣っている<大地人>が相手であれば無類の強さを誇るため、『最悪』を見越したクラスティが自前で用意したようだ。

 

「それで、ナオキ君は何をしに来たのかな?」

 

「えっ? あの……、いきなり人が。それに……えっ?」

 

「まずは色々伝えた方がえぇと思うんやけど。とりあえず、卵の処分手伝ってや」

 

 レイネシアの目から見れば、奇怪な動きをした後に虚空に話しかけるというイタい行動をしていたクラスティの声に呼応するように人が浮かび上がって話しかけて来たのだ。驚くのも無理はない。

 

 ただ、レイネシアは人が突然目の前に現れるという<暗殺者>(アサシン)特有の特技はもちろん知っていた。大貴族の教育の賜物ももちろんだが、彼女の母親であるサラリア=ツレウアルテ=コーウェンの下に彼女の部下である密偵が報告に来るということが度々あったのだ。

 しかし、その密偵のどれもが先ほど姿を現した小柄な男と比べると未熟と言わざるを得ない。今は目の前でカバンから料理を盛った皿を取り出して偉丈夫に『食え』と押し付けているが、その潜在能力に彼女は密かに恐怖した。

 

「騒がせて申し訳ない。彼はボクの従者であるナオキ。この場には報告に来てくれたようです」

 

「どうも。朝食の席でご一緒しましたよね」

 

「あ、はい。改めまして、レイネシアです」

 

 ぎこちない挨拶が交わされたが、流石のレイネシアもここから惰眠を貪る気にもなれなかった。目の前でこちらの心を見透かしているかのように微笑を浮かべているブレインイーター(クラスティ)(仮定)よりかは話しやすそうだが、相手は<冒険者>。それも<暗殺者>(アサシン)ともなればその危険度は跳ね上がる。

 そんな彼女の心配を察したのか、ナオキは極めて温和な笑みを浮かべた。

 

「そんなに身構えなくても大丈夫ですよ。それに遠くから見させていただきましたが、ご病気などでなくて良かったです」

 

「あ……、その……。お見苦しい姿をお見せしました」

 

 明らかに挙動が怪しいレイネシア。そんな彼女が先ほど見せていたぐうたらな姿と今の取り繕っているような姿に、なぜか<西風の旅団>に入ったばかりの女の子たちがソウジロウに良い所を見せようと無理をしているような姿が重なった。

 

「あー、別に取り繕わなくても良いですよ。自然体で構いません。ボクが姿を現す前みたいに突っ伏してもらって良いですよ」

 

「えっ? あの……、それは一体」

 

「え、ぐうたらしてましたよね? それが本来のあなたでは?」

 

「ブフゥッ。いや、失礼。ナオキ君もよく見ているね」

 

 もしかしたらそうなのだろう。そう思って気を使ったナオキにレイネシアは慌て、クラスティはその場で大きく拭きだした。どうやらナオキの予想通り彼女は猫を被っていたらしいが、それでも往生際悪く──それどころか化け物を見るような目で見てくるレイネシアにナオキの心にちょっと罅が入った。

 

「いや、ほんと。ボクは全然気にしないので。……"部屋に帰りたい"と仰ったそうですが、流石にお部屋に戻るのはまだ早いと思いますから今しばらくはここでおサボりください」

 

「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて。……え、今なんと?」

 

「"なんでバレたの"って思ってますね。ちなみにナオキ君は女性比率が多いギルドで相談役をしているので、姫ぐらいの考えならば凡そは看破出来ますよ」

 

「クラスティさん、言い過ぎ。あ、"怖い"って思わないでください。分かりやすいだけなので」

 

 ナオキの言葉に甘える形で机に突っ伏したレイネシアであったが、即座に顔を上げる。1人だと思っていた相手の心を読み取る妖怪がいつの間にか2人に増え、さらには自分の横で談笑しながらいつの間にか増えている卵料理の数々と『部屋に生えていたエターナルアイスを削った』というかき氷を食べている光景に彼女は若干恐怖する。

 

 しかし、<大地人>の貴族とは違って無遠慮な様子の彼らに僅かながら興味を持った彼女はおずおずといった様子で話しかけてきた。

 

「あの、<冒険者>とは一体どのような方々なのでしょうか」

 

「……? 仰る意味が分かりませんが」

 

「別に<冒険者>のことについて無理に調べなくても、私たちは宮廷では注目の人物です。3人でお茶を飲んでいたと仰れば、繋がりは持てたということでご両親も怒ることはしないはずですよ」

 

 先ほどまで心の底で思っていた打算的なことをクラスティの口からバラされてしまい、レイネシアの頬が羞恥心によって瞬間的に赤く染まる。

 たしかにこの質問や返答を祖父であるセルジアットたちに共有すれば『<冒険者>についての理解』という点で褒めてもらえるだろうが、それだけではないことをレイネシアは彼らに伝える。それは要約すると『若干興味を持った』という拙い説明であったが、何事も興味を持つことが理解の第1歩と考えるナオキは彼女のその姿勢に感心した。

 

「偉いですね。本当は怖いはずなのに理解をしようと1歩前に出る姿勢は素晴らしいと思います。どうやらレイネシア様のことを誤解しておりました、謝罪させていただきます」

 

「あの……。ナオキ様は私にどのような印象を?」

 

 まさか褒められるとは思ってもみなかったレイネシアだが、その言葉によってすっかり興味を持ってしまった彼女は自分の印象について聞いてしまう。いくら興味本位といっても悪戯が過ぎると思わず口元を隠すが、訂正しても面倒臭いことになるとおかしなところで図太かった彼女は『よろしいのですか?』と聞き返すナオキや隣で面白そうに見つめるクラスティに再び印象について問いかけた。

 

「そこまで言うなら……。レイネシア姫はあれです。人見知りで無気力な方というのが最初の印象ですね」

 

「加えて物臭で暗い性格だね。お淑やかな行動を心掛けているというよりもやる気がないだけで周りからそう言われてるも追加かな」

 

「うっ」

 

 当たってる。特に後半に補足して来たブレインイーター1号(クラスティ)の言葉など、ドンピシャである。もはや呻くことしか出来ずに『聞かなければ良かった』という後悔と共に再び机に突っ伏したレイネシアだが、彼女の耳にナオキの『しかし』という言葉が聞こえた。

 

「先ほど"<冒険者>について知りたい"と仰っていたように、いざという時の判断や前に出る爆発力は凄まじいものかと」

 

「それはコーウェン家の血筋がそうさせているのでしょう」

 

「本当にそうでしょうか?」

 

 褒められたことに一瞬だけはにかんだレイネシアであったが、次の瞬間にその表情に影が刺し込む。

 自分が何もせずに居れるのはコーウェン家の血筋のおかげ。周りが褒めるのも祖父が筆頭領主だから。自分が綺麗なのも大半は貴族ゆえに当然なこと。そんな悲観的で消極的な考えが彼女の頭の中で暴れ出すが、ナオキはそれは誤りだと返す。

 

 たしかにレイネシアは俗にいう『親ガチャ』が大当たりだった部類だろう。ただ、『愛の反対が無関心』といったように何もやる気が無ければいずれ誰からも愛されず、最終的には文字通り何も出来ない置物となってしまう。レイネシアが未だに綺麗な服や肌をして舞踏会に出れるような教養を身に着けているのは、渋々そうするように言われたこともあるかもしれないが、彼女自身がそう行動した結果と言えるのではないだろうか。

 

「私が……、そう動いたから?」

 

「はい、行動には結果が付きまといます。大丈夫です、貴女はいざという時は前に出れる人ですよ」

 

「おっと、そろそろ<円卓会議>の皆で集まる時間だ。それではレイネシア姫、我々は失礼します」

 

 力強く頷くナオキの横で懐中時計を見ていたクラスティが席を立つ。それに釣られるようにナオキも席を立ち、食器を片付けてから一礼をして彼に続いて歩いていく。その姿を見送りつつレイネシアは<冒険者>のことを良く知ることは出来なかったことを口惜しく思うが、同時に『(片方は別にして)そんなに悪い人でもなさそう』という印象を受けた。

 しかし、そんなことを思っているのも束の間。晩餐会の支度をするために呼びに来た侍女のメリッサに連れられて彼女は宮廷へと戻って行った。

 

 一方その頃。そんなことを思われていた当人たちであるが、彼女の姿が全く見えなくなった頃合いで雑談を始めていた。

 

「流石は<西風の旅団>の相談役だね。褒め上手だ」

 

「あれぐらい誰でも出来るやろ。それにしたって大貴族の御令嬢様は難儀な性格しとるなぁ。ま、あれぐらい褒めとけば覚えはめでたくなるやろ」

 

「フフッ、君もあくどいね」

 

「いえいえ、御代官様ほどでは」

 

 ──そう。この大人たち、揃って『悪い大人』であった。それも褒め言葉を用いて巧みにレイネシアの心象を良くしようと企む極悪人であった。

 ただ、訂正をするとナオキは決して嘘は言っていない。性格も<西風の旅団>に入団したての頃のギルドメンバーたちに落とし込んだ形で推測すると当たっていたし、『いざという時の爆発力』も<冒険者>について聞いてきた時に思ったことそのままである。

 

 ただ、ああいった自己肯定感が低い人間にとって褒められるという行為はそれだけで褒めた人間を特別視することはナオキやクラスティは良く知っているため、今回はレイネシアのそんな思いを上手く引き出せた手応えに2人は揃って口元を釣り上げながら<円卓会議>に貸し与えられた部屋へと戻って行った。

 

***

 

 その夜。レイネシアは床に就く前に自身の侍女をしているメリッサにいつも甲斐甲斐しく世話をしながらも一緒に居てくれることについて礼を言ったのだが、メリッサ本人は主の珍しいどころではない態度に物をひっくり返すぐらい驚いたのだとか……。




クラスティの持っていた鈴:オリジナルアイテム。ハイド状態とか一方的な状況になりやすい特技があるなら、カウンターアイテムは存在するよね。という考えで登場。
冒険者にとってはあくまでお守り扱いだが、レベルが低い大地人の隠密には天敵となりやすい。
多分、情報流れたら大地人の貴族や大商人がこぞって求めたがるな。とちょっと思いました。
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