西風の相談役   作:マジックテープ財布

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3話:死亡

 未だ混乱を極める<アキバの街>だが、たった一つの情報に全員が注目した。

 調理前の素材アイテムが元の味を感じられる。その情報が出回ると同時に<マーケット>からは生で食べれる野菜や果物といった素材アイテムが消え失せ、手に入らなかった<冒険者>たちは少しでも日常に彩を添えようと<アキバの街>の外へ赴いては採集行動に勤しむといった事態が目立った。

 <西風の旅団>も例外ではなく、ソウジロウを基点とした採集組が編集されて持ち回りで採集に出かけているのだが、出発前のギルドメンバーのはしゃぎようからナオキは心の奥ではこのことを『野外デート』と称していた。

 

 そんなナオキの今の仕事はというと、主に<ギルドホール>の管理と興味を持ったことの調査である。

 目下の調査内容は多岐に渡るが、その中で特に力を入れているのはやはり帰還方法ついてだ。同士というには仰々しいが、帰還方法について彼に相談していたイサミという<武士>(サムライ)の女の子に協力を取り付けたナオキはいくつかの実験を行ってはみたのだが、どれも結果らしい結果は残せてはいなかった。

 

 まずは気絶案としてひたすらイサミにボコられたが、分かったのは帰れないことと無抵抗でボコられながら『帰れんなぁ』と呟いていた所をギルドメンバーに見られ、彼女達からの視線が異様に冷たいことのみであった。

 次は寝る案として数時間ごろごろしていたが、分かったのは帰れないこととまるで日曜日にだらけた父親を見るかのような視線が極寒なことのみであった。

 最後に精神統一して無の境地を目指す案だが、元々トンチキ枠として取り入れていたので目立った成果は得られなかったのと、『もう少ししたら浮けるかもしれない』という呟きによって『情操教育に悪い』とドルチェにぶん殴られたことのみであった。

 

 そんな実験をしていると、ある時にナズナから唐突に『どうやって帰ったって実証するの?』と何とも当たり前な言葉が出てくる。

 いくらその場から消えてフレンドリストが灰色になっても、それは死んだ時や日本サーバとは別のサーバに行ってしまった時にも同様の挙動が起こる。よって、『別のサーバーに何らかの原因で飛んだ』という線も加味しなければならないのだ。

 さらにSFが入ってしまうが<エルダー・テイル>をしていた世界とは別の世界、『平衡世界』といっただろうか。自分達の居た地球とは別の地球に行ってしまった可能性もある。

 そんな考えなしに実践するのも危険だとし、さらにナオキがひた隠しにしていた『死による現実世界の帰還案』がバレたことでナオキとイサミによる現実世界への帰還研究は永久的に禁止された。

 

 ただ、そんなことではナオキの興味は決して尽きない。『人の憧れは止められねぇんだ』と、次なる興味に情熱を燃やし始めたわけで。そんな彼が特に興味を示したのは──。

 

***

 

 <西風の旅団>の<ギルドホール>の一室。元は空き部屋だったそこだが、今は煮炊き用の竈などが取り付けられた部屋──キッチン付きのワンルームと形容した方がしっくりくる内装に置き換わっていた。

 そんな部屋でナオキが流し台の前に立ちながらコンソールを動かす。コンソールには『焼き魚』という料理名と『作成しますか』というメッセージボックスが表示されており、ナオキの指が『はい』という部分に触れると共に光の粒子がキッチンの一点に収束していく。

 

「見た目は完全に焼き魚やな」

 

 光が晴れた途端、ふっくらと焼き上がった焼き魚が出現する。見た目はとても美味しそうなのだが、今までの『実験』を思い返したナオキの手が石のように固まっている。

 しかし、実験した物は確かめねばならない。意を決したかのような形相でナオキが焼き魚を頬張るが、しばらく咀嚼した後に彼は口に含んだものを流し場に吐き出した。

 水でふやかした塩味がない煎餅。もはや慣れ切った味にナオキはため息をつくとマジックバッグの中に残飯を突っ込む。今まで入れた物は優に30種類を超えており、そろそろ纏めて廃棄処分を考えていると襖から声が掛けられた。

 

「お部屋の掃除に参りました」

 

「あー、入っても大丈夫やで」

 

 入室の許可を出すと襖が開かれ、『失礼します』という声と共にサラが入ってくる。しかし、彼女の目には明らかに掃除したとされる形跡が見えたために不思議に思ったサラはナオキに問いかけた。

 

「あの、お掃除とかされました?」

 

「あ、ごめん。癖で掃き掃除と拭き掃除やってもたの忘れとった」

 

「私の……私のお仕事……」

 

「ごめんて。あ、畳! 畳の所の掃除頼むわ」

 

 仕事を奪われた腹いせなのか、サラがナオキの背中を小突く。あれから毎日ギルドメンバーと一緒にサラと会話したおかげか、割かし仲が良くなったような気がする。ただ、未だに<大地人>のことについては謎が多く残っていた。

 

 まず、彼女が気づいた時には<西風の旅団>で雇われていたとのことだ。仮に親が存命であった場合はアキバに護衛付きで招いて<ギルドホール>の一室か近くの<ゾーン>でも購入し、そこから<ギルドホール>に通ってもらうという提案もしたのだが、彼女には親は居なかった。いや、厳密には親との記憶と断定できるものがほとんどなかったというべきだろうか。

 ただ、それに関してはナオキには心当たりがあった。<エルダー・テイル>でもNPCには1人1人設定が組み込まれているのだが、あくまでもそれはストーリーに関係するNPCの場合か、ストーリーに厚みが増すカバーストーリーのみ。その他の村の村長や農民といったNPCは細かな設定がないに等しいのだ。

 

 ゲーム容量的に見れば仕方のない話なのだが、実際に目の当たりにするとなんとも悲しいものである。若干落ち込みながら畳の掃き掃除をするサラを横目に、ナオキは気を取り直して料理の研究に勤しんだ。

 ナオキのサブ職業は料理人。レベルは90でバフ料理を含めた拡張パッケージである<ノウアスフィアの開墾>で新たに登場したであろう料理以外のレシピはかなり持っているし、<マジックバッグ>に素材アイテムが大量に備蓄されているので作ることも可能だ。

 だが、材料が手元にある中で高レベルの料理も低レベルの料理も一部の例外を除けば等しく水でふやかした塩味がない煎餅になってしまうため、この実験結果からナオキはコンソールを用いた調理は『飲み心地が変わる例外』以外は味がしない料理が出来上がると推測した。

 

(そもそも、これって美味いと思うやつ居るのか?)

 

 そこでナオキは思考をゲームからリアル思考に寄せ始める。

 

 何かの歴史というのは必要性の連続だ。

 例えば棍棒。ただの木の棒から握りやすいように棍棒を作り、さらに威力を上げるために石器などを埋め込んだものなど進化していった。

 それぞれは『そういう必要に迫られた』から発展していった。そんな必要がないのならばよっぽどの暇人でなければどこかの『走る爆弾』や『遠隔操作式の爆薬運搬車輌』のように長い歴史の中で一瞬煌めくだけですぐに陰ってしまう。

 

 料理に関しても同じ。ゲームの仕様だからと言ってしまえばそれまでだが、ここまで料理が発展して数々のレシピがあるのも何か意味があるのだろう。そう考えたナオキの視界にサラがこちらを見て首を傾げていた。

 

「どうか致しましたか?」

 

「へ?」

 

「いえ、ずっとこちらを見ていらっしゃったので」

 

 どうやらずっとサラの方を見て何かを考えこんでいたようで、とんだセクハラ野郎だと自分を叱責したナオキは慌てながら要件になりそうなことを探すこと数十秒──。

 

「腹、減ってへんかなって」

 

 新たな焼き魚をコンソールで作って差し出すぐらいしかなかった。ソウジロウならば他に気の利いたことを無自覚に話すのだろうかとイマジナリーソウジロウに<暗殺者>(アサシン)の必殺技でもある≪アサシネイト≫をぶつけていると、思いのほかサラが食いついた。

 

「え、よろしいのですか?」

 

「かまへん、かまへん。これもお仕事やから頼むで」

 

 ちゃぶ台を引っ張り出してサラを座らせた後、彼女の目の前に焼き魚と白いご飯と箸を置く。食事としては些か量は少ないのだが、それでもサラは目を輝かせながら用意された箸を器用に使って魚の実を解して口へと運ぶ。そのまま咀嚼して呑み込み、さらにもう一口、二口と続けて行くのだが、少なくとも一口目でダウンしたナオキにはそれが異常に見えた。

 

「サラ、美味いか?」

 

「いつも食べている感じですが?」

 

「え、これが普通なん? もっと美味い物とか……」

 

「はい」

 

 少なくともナオキやソウジロウ、ナズナなどといった<西風の旅団>のメンバーの中にこの料理が美味しいというもの好きは居ない。

 

 だが、サラは違う。『味』を『感じ』と言っていることから、味覚はあっても味の概念が乏しい料理が普通なのだ。

 テストケースが1人なのでテストとしては不十分だが、それでも<大地人>の味覚寄りの味がコンソールから作れる料理という収穫は大きい。

 ここからさらなる調査が必要となるのだが、今までの調査結果を誰かに共有してその誰かから知恵を拝借したいとナオキはフレンドリストから調理人のサブ職業を取っているプレイヤーをピックアップする。

 

「出来るならカンストしてるやつやな。そーなると……、ご隠居か」

 

「ご馳走様でした」

 

「お粗末さん。片付けやっとくから、別の部屋の掃除頼むで」

 

 焼き魚を食べ終えたサラを部屋から出したナオキは、さっそく念話を開始する。

 

【あ、もしもし。ご隠居でっか? ごっつお久し振りです】

 

【ナオキち! お久し振りですにゃ】

 

 渋い声だが語尾の『にゃ』付けという中々に気合の入ったロールプレイを展開するのはにゃん太。元茶会メンバーで『ご隠居』の他に『班長』など様々な呼び名を持っている<冒険者>である。

 中々IN出来ない時期があったりする御仁だが、どうやら今回の騒動に巻き込まれたらしい。

 

【ご隠居は今、どちらに居られるんです?】

 

【<ススキノ>ですにゃ。野暮用で赴いた時に気づいたらこの姿に……】

 

【<ススキノ>!?】

 

【えぇ、<ススキノ>>ですにゃぁ。<トランスポート・ゲート>も何故か使えなくなってしまい、ほとほと困っておりますにゃ】

 

【申し訳ない、後でかけ直しても構わんやろか?】

 

【構いませんにゃ。お待ちしておりますにゃぁ】

 

 にゃん太からの念話を切り上げたナオキはすぐさまヘンリエッタに念話を送る。数度のコールの後に忙しそうな彼女の返事が耳に届くが、今はこの情報こそ最優先だとナオキはコールを続けた。

 

【ヘンリエッタさん、ちょっと時間貸してもろてええ?】

 

【今、遠征の準備で忙しいのですが……。ホールに来ていただくことは?】

 

【いや、むしろ念話の方が都合がええねん】

 

【念話の方が?】

 

 そう言ってナオキは未だ状況を把握出来ていないヘンリエッタに概要を伝える。彼が考えていることは複数人による念話を経由したセララの保護だ。

 まず、ヘンリエッタとの念話を繋ぎっぱなしにした状態でマリエールからススキノに居るであろうセララと念話を繋いでもらう。その念話で現在、セララが居る位置と装備などといった特徴をヘンリエッタを経てナオキへ報告してもらい、ナオキが念話をにゃん太に伝えて彼がセララを保護する。

 

 難点と言えばヘンリエッタからにゃん太へと念話を切り替える手間だが、そんなものあってないような物なのでナオキは何も言わなかった。

 

【その……にゃん太様は信用できる方なのですか?】

 

【出来まっせ。ボクの人生の師匠ですわ。まぁ、勝手に言ってるだけやけど】

 

 物腰柔らかで温厚な性格。相談に乗るのを躊躇わないその精神がナオキにとって眩しかった。彼に保護されることが出来れば、当面の危機は間違いなく無くなることだろう。

 そんなナオキの言もあってか、ヘンリエッタは念話をしながらマリエールと会話。そして、即座に現在セララが居る場所と彼女の特徴をナオキに折り返した。

 

【ナオキ様、よろしくお願いします】

 

【任されましたわ!】

 

 ヘンリエッタとの念話を切ったナオキがすぐさまにゃん太に折り返し、セララの居場所と特徴を共有する。すると、『移動しますにゃ』という声と共に少々の息遣いが聞こえ続け、しばらくした後になにやら言い争う声と剣戟っぽい音が聞こえた後、『セララさんを確保しましたニャ』という報告が為された。

 

【ご隠居、大丈夫でっか!?】

 

【街の外で少々オイタをしておりましたので、手を叩いただけですニャ。ただ、その時に<フレンドリスト>に登録したと大声で叫んでいたので、今後の外出は厳しくなりそうですにゃ】

 

 どうやら間一髪間に合ったようだ。ただ、<フレンドリスト>の監視でうかつに街の外に出たらバレてしまうため、そこはマリエール経由でもセララに注意することを伝えたナオキはそのまま念話を切った。

 

【ヘンリエッタさん、保護出来たみたいd】

 

【ありがとうございます! マリエ経由で連絡が取れました! 本当にありがとうございます!】

 

 再度ヘンリエッタに念話をした途端、ものすごい感謝の言葉がナオキの耳に流れてくる。興奮状態なのだろうとしばらく様子を見ていたのだが、何時まで経っても収まらないためにナオキが咳ばらいを一つする。

 

【申し訳ありません。私ったらつい】

 

【いやいや、ボクは仲介しただけやで。ひとまずは彼と一緒に居れば安心やと思いますわ。ですが、そいつらにフレンド登録されたみたいなんで、そっちからも外出しないようにとかの注意を頼んますわ】

 

【えぇ、承知いたしました。何から何までありがとうございます】

 

 状況報告も済み、改めて料理のことについて知恵をもらおうと<フレンドリスト>から念話をするが、彼からは『セララさんを落ち着かせますにゃ』と言われて切れてしまった。

 他にやることがないためにナオキは畳にごろ寝をしていると、誰かが廊下を走っている振動が後頭部に伝わってくる。注意をするべきかと彼が身体を起こすと、同タイミングで襖が開かれてソウジロウが飛び込んできた。

 

「なんや、またナズナにでも追いかけられてるんか?」

 

「いえ、ですがすぐに支度をっ!」

 

 突然の出撃要請に文句の一つでも言いたかったナオキだが、ソウジロウの顔がいつもの心底楽しそうな笑顔ではなく表情らしい表情が抜け落ちた真顔で会ったために緊急だと直感したナオキは装備を確認しながら部屋を出る。

 

「状況は?」

 

「イサミとサラさんのみで街に行きました」

 

「はぁ……、言ったんやけどなぁ」

 

 準備をしながら事情を聞くが、やはりギルドメンバーの暴走であった。いくらレベル90であろうとも、オリーブやドルチェなどといった大人が居ない状態でが右も左も分からない<冒険者>以下の存在を引き連れて何が起こるか分からない街に繰り出すなど自殺行為だ。

 <西風の旅団>は『色んな反感』を買いやすいし、変に正義感を振りかざしてヘイトを稼ぐことも十分あり得るために最低『パーティで』と言っておいたのだが、それらも一切無視したらしい。

 叱りつけるにしてもまずは保護をしないといけないことをソウジロウと話したナオキは<ギルドホール>を出ると、足に力を込めて一気に加速した。

 

「≪一気駆け≫」

 

「≪ガストステップ≫」

 

 それぞれの職業が取得できる移動スキルを用いながら<アキバの街>を疾走する2人。本来ならば手分けをした方が良いのだが、<アキバの街>は高レベルプレイヤーが多数存在する街なので行動を共にした方が戦力が確保できるためである。

 しばらく走っていると、やがて見知った羽織と割烹着が見えた。ナオキが安堵して声を掛けようとしたのも束の間、朝頃にはしっかり着付けられていた割烹着がはだけて素肌の面積が多くなったサラの肩を鎧を着込んだ男が彼女を逃がさないようにしっかりと掴んでいる。

 ギルドの相談役として遠巻きにメンバーを見守っていたナオキにとってそれは、対象が元NPCであろうと『宣戦布告』ともいえる行動であった。

 

「あー、あかんわ。"あれは"。ソウジロウ、すまんが先行くわ」

 

「はい」

 

 ソウジロウとの短い会話を終えたナオキは≪クイックアサルト≫というスキルによって鎧の男に突撃する。

 ──が、街中で攻撃は即座に<衛兵>が召喚されてしまうため、攻撃が当たる前にスキル自体を解除した彼女は手に持った短刀を男の首筋に当てる。

 

「どうもー、"警察署の方"から来ましてん。おたく、なにしとるん? うちの子をそんなにして……"あっち"でもやっとったクチか?」

 

「うぁっ!?」

 

「な、なんだテメェ!」

 

「そこの2人の保護者や。ちなみにあっちから走ってくるのがギルドマスター。ちなみにボクも含めて結構キレとんで」

 

 自身を落ち着けるために小粋なジョークを展開するが、どうやら受けが悪かったらしい。ガラの悪そうな男が叫んだため、自己紹介代わりにナオキがソウジロウの方を指差す。

 男もフードのせいで顔が見えない白いローブ姿の男がいきなり現れたために警戒心をあらわにしていたのだが、指を指された方向につい視線を向けると幽鬼のような表情の<武士>(サムライ)が突進してきている光景が目に映った。既に腰に差していた刀も抜き放たれて上段に構えている部分が特に恐怖心を煽り、男はつい『ヒィ』と情けない声を上げる。

 

 だからであろうか──。

 

「あっ」

 

「あ」

 

 男がイサミを前に出して盾にしようと目論むが、突然腕を掴まれた彼女は護身のために暴れてしまう。その拍子に彼女が持っていた刀が男の腕を浅く切り裂いてしまった。

 その瞬間、周囲の空気が『重く』なる。空中には黒い紫電が迸りながら1個の球体が姿を現し、その中から奇妙な甲冑の巨人が這い出てきた。

 

 <衛兵>。彼らは特別な武具を装備し、<冒険者>よりも強めに設定されている街の守護者だ。その任務は街で攻撃をしたプレイヤーの制裁である。

 双方が傷ついていない攻撃などは『お仕置き部屋』と呼ばれている牢獄に捕らわれる場合があるのだが、この場合は<冒険者>が<冒険者>を攻撃したのでそれよりも重い制裁となる。

 つまり──。

 

「チィッ!」

 

 未だ立ち上がれないイサミに<衛兵>が近づいていく。当たって欲しくない予想が当たってしまった苛立ちにナオキは舌打ちをしながら彼女に走り寄るが、ナオキが持っている武器はランク的にそのまま折られて攻撃を受けてしまう危険性を思い出して速度が落ちる。

 

「ナオキ!」

 

 その時、ソウジロウの叫びが鼓膜を叩く。既に<衛兵>は大剣を振り下ろそうとしていたが、既にソウジロウはその大剣に向かって刀を合わせようとしている。

 ならば、心配するのはイサミの方ではない。そう考えたナオキは≪ハイディングエントリー≫というスキルによって透明化を図り、ソウジロウから辛くも逃れたガラの悪そうな男の背後を取る。

 

「へへっ、いい気味だぜ。おら、仲間が処刑されるところをよく見ろよ」

 

「お、おい。あのローブ姿の男はどこに行ったんだ?」

 

「あぁ? あっちで必死こいて戦って……居ねぇ!」

 

 絶妙に三下ムーブをかますガラの悪い男だが、鎧の男の言葉でナオキを探し始める。ただ、既にナオキは透明状態で彼らの背後に回っているため、彼らはナオキを見つけることは叶わなかった。

 

(さて、どうしてやろうか)

 

 どちらのレベルも中堅ぐらい。正直、このまま背後からの奇襲でダメージボーナスが狙えるスキルである≪ステルスブレイド≫で1殺。後に<暗殺者>(アサシン)の最高火力誇るスキルである≪アサシネイト≫で2殺してしまえば終りだ。

 だが、それはゲームでの話。今まではギルド内の平穏のために<大神殿>で復活するという前提で話をしていたが、そうなる確証がどこにもない。そうなれば、打つ手も自然と限られてくるものだ。

 

「おい! ちゃんと目を開け……うぎゃあああ!」

 

「腕! 腕がぁ!」

 

「堪忍なぁ、邪魔な手を切り飛ばさせてもらったわ」

 

 ナオキが選んだのはただの『武器攻撃』。だが、レベル90のプレイヤーが繰り出すその攻撃は、中堅プレイヤーであるガラの悪そうな男の手首を正確に切り飛ばした。横を向けば鎧の男の左肩から先も消失しており、その傍にはソウジロウが刀を振りぬいた体勢で佇んでいる。

 急に手首や腕が喪失する出来事に男達は慌てふためき、口々に『正気か』だの『ゲームじゃないんだぞ』だのと宣っていた。

 それがナオキやソウジロウにとって火に油なことを知らずに。

 

「ゲームじゃないと分かってて2人をあのような目に?」

 

「だ、だって……ムカついたからさ。それに片方は大地人じゃねぇか」

 

「ゲームじゃないのが分かってるんやろうが、このすっとこどっこい! 分かっててやってるんなられっきとした強姦未遂や!」

 

 ナオキが『わざと』叫ぶことで通りを歩いていたプレイヤーがナオキ達に気づき、『PK?』だの『強姦って』と言い始める。注目が集まることを毛嫌いしてか、顔を隠しながらその場から去って行く男達。だが、彼らのプレイヤー名を覚えていたナオキは大声を張り上げた。

 

「二度とボクの仲間に近づかないでください!」

 

「"コーザ"に"パッシータ"! ボクらが死んで戻らんかったら大変な目に合うのを覚悟しとけよ!」

 

「大変な目に……合うんですかね?」

 

「合うやろ。西風の旅団は当然としてファンクラブも敵に回すんや。下手したら、ナズナからシロエの耳に届くかもしれへん」

 

「あー、それは怖いですっね!」

 

 大剣を刀でいなしつつ、ソウジロウは先ほどまでの表情が抜け落ちた状態から一転して笑みを作る。

 あの腹ぐろ眼鏡は1人居ることが好きなようで集団を好み、身内にはとことん甘い。俺達が居なくなったとナズカから知ると、すぐさま持ちうる手札の把握をして入念を準備をし、アキバ周辺を戦う舞台と定義した『プレイヤー2人』を対象としたレイド戦もどきを仕掛けるだろう。

 その対象が仮に自分だった場合、対抗できる策など即座にシロエの元へ土下座を決め込むしかないぐらいの容赦のなさだと無言ながらもナオキとソウジロウの見解が一致していた。

 

「20秒後。背後から≪アサシネイト≫やるで」

 

「引きつけます」

 

 ≪ハイディングエントリー≫の<再使用規制時間>(リキャスト・タイム)が切れると同時にナオキはソウジロウに報告して透明化を果たす。その足で<衛兵>の背後へ回ると共にソウジロウはヘイトを一身に集める≪武士の挑戦≫によって<衛兵>の目を釘付けにし、その無防備な背中にナオキの持つ短刀の刃が──。

 

「くっそ! やっぱり持って来ときゃ良かったわ!」

 

 ガラスを踏み抜いたような軽快な音と共に折れた刀身が粉々に散っていく。武器の耐久限界が来たのだ。

 そもそもこの武器は『伝家の宝刀って恰好ええやん?』と<銀行>に仕舞い込んでいる物と違い、普段使い用に生産系ギルドのギルドマスターに依頼した<制作級>の短刀だ。加えてそろそろ耐久値が心配になってきたので、このような事態が起こらなければ今頃修理を頼んでいた代物でもある。

 だが、今はそのことを悔やんでも時間が巻き戻るわけではない。『武器交換30秒!』とソウジロウに伝えながら代用品を求めてマジックバッグを漁っているとナオキの前に影が差した。

 

「サラっ! なにしとる、下がれ!」

 

「危険です! 離れて!」

 

「衛兵様! この方達は悪くありません!」

 

 次の攻撃のためにナオキの傍まで後退していたソウジロウより前に立ちふさがるサラの姿。彼女はそのまま縋るように<衛兵>に語り掛けるが、鎧の巨人はまるで<エルダー・テイル>の頃のままのように『蛮行ヲ働キシ者ニ裁キヲ』と機械的な言葉を連呼しながらサラを無理やりどかし、ヘイトを無視して前衛を張っていたソウジロウ達を追い抜いて未だ動かないイサミに向かって手に持った大剣を振り被った。

 イサミを容易く両断出来るであろう大剣が迫る。だが、彼女は話し合いの余地すらないというショックに呆然と佇んだままだ。

 

「イサミッ!」

 

 <衛兵>の大剣が振り下ろされる直前。スキルによってソウジロウは瞬時に移動し、イサミを突き飛ばす。この行動によって<衛兵>の攻撃の軌道上にはソウジロウが立つことにはなるが、彼は≪切り返し≫を発動する。

 軽減できるダメージ量は攻撃力に依存する防御系の特技で攻撃的な戦士職であるソウジロウにうってつけの遣いどころであったが、その防御は<衛兵>の持つ圧倒的な攻撃力の勝利によって儚くも打ち崩された。

 肩口を深く斬りつけられたソウジロウだが、<衛兵>の攻撃にはまだ続きがあった。

 

「キャッ」

 

 大地を揺るがすほどの剣戟によって朽ちた建物から大小のコンクリート片が飛び散り、その中の大きな破片がサラの真上まで飛んできたのだ。

 <冒険者>よりも遥かに劣る<大地人>。そんな彼女が破片に当たればそれこそ即死は免れない。

 しかし、彼女は驚きのあまり小さな悲鳴を上げるが、すっかり足を竦ませてしまったのだろう。逃げることもせずにその場に佇んでいる。

 

「んなろぉ!」

 

 すると、サラの前にナオキが立ちはだかる。彼は手に持った<秘宝級>の短刀を縦横無尽に動かすと、コンクリートで出来た破片が熱したナイフを押し当てられたバターのように両断。たちまち粉々にして周囲を埋め尽くすほどの土煙へと変えていく。

 呆気に取られたようにサラがナオキを見、彼女の視線に気づいたナオキが『大丈夫か』と手を差し出す。

 

 ──が。突如として土煙の向こうから大剣が刺し込まれる。<冒険者>の敏感な感覚に合わせて咄嗟に体を捻じることで大ダメージを防ぐことは出来たが、左の肩口にヒットしたその攻撃によってナオキの左腕が明後日の方向に千切れ飛んだ。

 

「くっそ、正確に狙ってくるとか反則やん」

 

「ソウジ! ナオキ!」

 

「お、ええタイミング……ほどやないな。遅いで、ナズナ」

 

 追撃を掛けてくる<衛兵>の攻撃を避け、胴体に蹴りを見舞うことで距離をとったナオキの耳にナズナの声が届く。ようやく保護対象を護りながら戦うという状況を打破できる救援が来たことに安堵しつつ、彼女はサラに視線だけで『早く行け』と促した。

 

「ですが、ナオキ様は」

 

「えぇから。邪魔や!」

 

 あえて冷たく言い放つと、サラは千切れ飛んだナオキの腕を優しく抱き抱えてその場を後にする。すると、ソウジロウ側で撤退することが纏まったらしく、イサミとサラを連れたオリーブ達が戦線から脱出しようと全速力で駆け出した。

 ただ、イサミは<衛兵>からすれば処罰対象である。そのため、<衛兵>が逃げているオリーブ達に襲い掛かろうとするのだが、そこにすかさずソウジロウのカバーが入った。

 

 視界を確保するために兜に開けられた隙間目掛けて刀を突きこみ、<衛兵>が体勢を崩すと同時に足技で転倒させる。

 ゲームのスキル依存ではない格闘術。それを呆然と見ていたナオキは、<再使用規制時間>(リキャスト・タイム)が終わった≪アサシネイト≫を放とうと<衛兵>の背後から襲い掛かった。

 

(けど、どうする?)

 

 極限状態での戦闘で集中力が増しているからだろうか。自身を含めた周囲全ての動きが緩慢になっている空間の中でナオキは思考を巡らせる。

 

 まずは自分の身体のことだが、戦闘による興奮で痛みを忘れているからだろうか。片腕を切り飛ばされているにしては全く痛まない。後が怖いが、今は痛みで動けない方がよっぽどまずいのでむしろ幸運だ。

 ただ、目の前の存在を一太刀で貫くには少し状況が苦しい…いや、苦しすぎる。如何に≪アサシネイト≫を背後からによるダメージボーナスと共に叩き込んだとしても、『ただ多少のダメージを稼げただけ』になってしまう。

 自身は片腕が欠損。ソウジロウも満身創痍でこのまま行けば逃走中のオリーブ達を追いかけてしまう。それだけは何とかしなければならない。

 求められるのは即死──とまではいかないがこちらを対象にするような大きなダメージ。ナオキは自問自答するが、身体の方は既に脳裏に過ぎった最適解に沿って動いていた。

 

(そうや、ここは何でもありなんや)

 

 彼の選択したスキルはやはり、≪アサシネイト≫。いわずと知れた<暗殺者>(アサシン)の最高火力を叩きだす特技だ。

 <エルダー・テイル>では、短刀などの近接装備を装備した際の≪アサシネイト≫は武器を横に振るモーションが採用されている。ナオキもその動きを踏襲した形で≪アサシネイト≫を放っていたのだが、ここに『なんでもあり』が入り込む余地がある。

 そのきっかけは先ほどソウジロウが<衛兵>の体勢を崩した時に行った格闘。<武闘家>(モンク)ならまだしも、<武士>(サムライ)のスキルにはあのような徒手空拳の特技は無かったはずだ。

 ぶっつけ本番とばかりにナオキは短刀を逆手に持ち替え、<衛兵>の纏った鎧と兜の隙間。人体の急所の一部である首に向かって振り下ろす動作で≪アサシネイト≫を行った。

 

「≪アサシネイト≫ォ!!」

 

 ほんの僅かな隙間にするりと入った刃からは柔らかい手ごたえを感じ、<衛兵>のHPを通常の≪アサシネイト≫よりも減少させることに成功する。

 ただ、まともなダメージが入っただけで<衛兵>のHPはまだまだ健在。ソウジロウのHPも合わせると本格的に死を覚悟しなければならないと思っていたナオキだが、急に温かな雰囲気がその身を包み込む。

 

「ナズナ、なんでここに居んねん。代表者が全員居ないとか洒落にならんで」

 

「そうですよ。早く<ギルドホール>にったぁっ!」

 

「あんたらはいっつもいっつも考えなしに突っ込んでからに……。回復役が居ない上に今のHPで時間稼げると思ってんの? 特にナオキ!」

 

 ソウジロウにチョップを見舞いながらナオキを指差すナズナ。たしかに片腕が喪失している今の彼ではポーションを取り出して飲むこともままならないため、ナズナの言っていることが全面的に正しい。

 

 しかし、<衛兵>のヘイトに対してはまだ未検証な状態だ。処罰対象を回復した場合、回復させたプレイヤーも処罰対象となってしまうのではないか。さらには彼女のクラスである<神祇官>(カンナギ)の≪禊ぎの障壁≫のようなプレイヤーのダメージを遮断する特技を使用した場合はどうなのだろうか。

 『気まぐれ』ゆえに興味を持ってしまった対象への思考が尽きないが、今はそういうことをしている場合ではない。横では『死んだ時に復活するか否か』という話題でソウジロウとナズナがチューだのなんだの言い合っているが、<衛兵>が再び構えたことで全員にピリッとした緊張感が走った。

 

「ナズナは回復のみや。攻撃は論外やし、障壁系も出来れば止めといてんか」

 

「どういうヘイトになってるか分からないからね。分かったよ」

 

「そういえば、ナオキって復活したら片腕直るんですかね?」

 

「元に戻らなかったら"新しい時代に置いてきた"って吹聴するんも悪ぅないかもな!」

 

 軽口を叩きながらも戦闘は激しさを増していく。回復役のナズナの参加もあってか、先ほどよりも戦闘がやりやすくなっていた。

 

***

 

 ナズナを加えたパーティが再度<衛兵>と対峙した数分後の<ギルドホール>。玄関を蹴り飛ばしながらイサミやサラと共にオリーブ達がようやく帰還した。

 

「何とか……逃げ込めたわね」

 

「づかれたー!」

 

 オリーブや同じく救出に行っていたカワラが全力疾走による疲れを土間で癒していたが、イサミの『局長に連絡入れなきゃ』という言葉に我に返る。

 

「どう?」

 

「駄目、繋がらない!」

 

「まだ戦闘中? なら、助けに行かないとって……うわぁ、サラ! その腕なに!」

 

 未だ戦闘中なのか、イサミの耳には呼び出し音のみが響き渡る。徐々にソウジロウを心配して迎えに行こうとする声が高まる中、何時までも土間で寝転がっていたカワラがサラが持っていた1本の腕を見て叫んだ。

 

「ナオキ様の腕ですよ。帰ったらくっ付けてあげませんと」

 

「いや、冒険者でも腕がくっつくとか……無いと思う」

 

「えぇ、無いんですか!」

 

 驚くサラに、『それはどこのターミ●ーターなのだろうか』とその場に集まっていた全員が無言でツッコむ。一瞬空気が柔らかくなったが、途端に全員が再度混乱の渦の中に叩き込まれる。

 サラが持っていたナオキの腕が消えかかっているのだ。

 

「やめて! 消えないで! まだお礼も言ってないのに! 消えないで!」

 

 涙を溜めながらエフェクトを手でかき集めるサラ。しかし、まるで幻のように輪郭がぼやけた腕が徐々に空気と混ざり合っていく。その現状がどういったことなのかを結論付ける証拠──ギルドメンバーのリストをずっと見ていたイサミがぽつりとつぶやいた。

 

「局長とナオキさんが……黒くなった」

 

 白かったリストの名前が黒くなる。それはログアウトか──プレイヤーの死亡しかありえない現象であった。

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