西風の相談役   作:マジックテープ財布

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30話:親善試合

 会議と一口に言っても形式から開催期間まで様々ある。会議室にお偉いさんがひしめき合い、議題に応じて招集されたメンバーが戦々恐々しながらプレゼンをするのが一般的な会議だが、領主会議はそれらとは別格ともいえる。

 

 なにせ開催期間は10日もあるのだ。10日間も会議をするほどの議題があるのかと思うが、実のところは開催は不定期かつ午後。しかも、この宮廷を訪れて3日経つが初日のように貴族全体で集まったことはない。

 もはや会議の『か』の字も見当たらない様子に、最初こそミチタカやカーユの顔が『社会人としてそれはどうなんだ』と酷く歪んでいたことが印象的であった。

 

 ただ、その認識は4日経った今だと誤りであったとシロエたちは考えを改める。

 会議は確かにない。それは全くもって事実だが、貴族たちはこの自由時間を他貴族や他家との交流に回していた。俗にいう『根回し』や『顔合わせ』である。

 お茶会や晩餐会、勉強会という集まりがそこかしこで行われることで、一定の階級や役職の者達がそこに集まって縁や知恵を共有する。さしずめ、領主会議という大きな枠組みの中に無数の小会議が詰まっているようなイメージだろうか。

 そんな無数の小会議の中から自分の領土や自身の今度に繋がる集まりを取捨選択して参加するのもイースタルの貴族として大事な要素なのかもしれない。

 

 そんなこんなで無事に4日目まではシロエ、クラスティ、ミチタカと3人で念話を駆使して回しながらもかなりの暇が出来ていた鉄壁の布陣であったが、4日目になると陰りが見えだした。

 

「じゃあ、僕はツクバ侯の学問ギルドから招待された食事会に出ます」

 

「俺がダルテ侯との晩餐会だな」

 

「ではこちらは夜会に。まぁ、盾の性能チェックと思えば良いですかね」

 

 一部だけこの場に相応しくない言葉があるが、3人はそれぞれの行動を開始する。学問ギルドの会合は先ほどの中で1番早いためにシロエは部屋から抜け、クラスティも若手騎士たちを中心とした夜会の前哨戦として騎士たちの訓練の場に赴こうと席を外す中、ミチタカだけは晩餐会を行うダルテ侯のデータや彼が治める<モガミ>に関する特徴などの予備知識をヘンリエッタやカーユに手伝ってもらいながら頭に叩き込んでいた。

 

「ナオキさん、本日の予定は?」

 

「今日は平均的な兵士のレベル確認やな。続けて騎士のレベルも確認したいんやけど、クラスティさんとこにお邪魔するかもしれへん」

 

「分かりました。ミロードに念話を送っておきます」

 

 騎士は戦う力はもちろん備わっているが、その本質は現場指揮官だ。そのため、彼らが指揮する兵士が必ず存在している。

 集団戦である<大規模戦闘>(レイド)に参加出来るぐらいの<冒険者>を相手に、<大地人>の兵士はどのぐらい戦えるのか。また、相手にするとどれぐらい戦力を用意すればこちら有利で戦うことが出来るのか。それを把握するためには隠れて兵士の駐屯地に潜入し、彼らの平均レベルを算出しなければならない。そんなことが出来る芸当なぞ、<暗殺者>(アサシン)にしか出来ない。

 ただ、<追跡者>という隠遁全振りのビルドをしているアカツキこそがこの任に適任なのだが、残念ながら彼女は宮廷の奥まった場所で話す貴族の会話を盗み聞いて<冒険者>の印象を調査するという重大な任務がある。

 そのため、必然的にナオキに白羽の矢が立ったわけだ。

 

 そういうわけで宮廷の近くに敷設された各騎士団の陣地にやってきたナオキは、息を潜めて周囲の観察から始める。

 貴族や上司である騎士団長から『景観への配慮』を意識させられているのだろう。様々な貴族の旗が掲げられているテントが規則正しく並んでおり、それぞれのテントから色んな兵士や騎士がひっきりなしに出たり入ったりを繰り返している。

 

 そんな彼らの装備は様々だが、『兵科』というフィルターを掛ければ凡その想像は可能だ。軽鎧に剣と盾のみを装備した一般兵に弓兵、あの大柄で斧を持っているのは言わば重装歩兵であろうか。

 しかし、どの兵を見てもレベルは低い。一番レベルが高い騎士や兵士の中では実力者だと思われる門番でさえも、<記録の地平線>(ログ・ホライズン)の<ギルドホール>に遊びに行った時に出会ったトウヤとミノリのレベルには遠く及ばない。

 

(恐怖の意味がだんだん分かってきたで。"あれ"が規格外なんや)

 

 総合してもナオキとソウジロウを投入しても勝てそうな兵士たちに、ナオキは初日から感じていた『恐れ』の感情が入った視線の意味と自身の勘違いを自覚する。

 いくら<大地人>よりも肉体性能が高いと言われても、ナオキは<エルダー・テイル>時代の兵士のレベルを逐一見ていなかった。失礼な言い方だが、『舞台装置』に興味を示すほど興味を示さなかったのだ。

 そんな状態で大災害が起こってしまい、そのまま<冒険者>を容易く葬れる存在──<衛兵>というNPCと対峙したことで、彼は密かに『<大地人>も職業軍人はある程度強い』という認識を持ってしまったのだ。

 

 それが蓋を開けてみればこれである。そこらの<ゾーン>に居るモンスターなら良いが、<ゾーン>を徘徊するボス級や<大規模戦闘>(レイド)によって強化された取り巻き1匹ともなれば犠牲無しでの討伐は厳しいだろう。

 そんな兵力のところに<大地人>の認識では計れない<冒険者>がやってくるなど、入国を徹底的に断つ鎖国状態にしても致し方がないといえる。

 それこそ、無頼漢や円卓騎士団の決定に従えずに離反した<冒険者>の集団──言葉が生まれた意味の『悪党』が襲来してきた時はヘタをすれば<円卓会議>が無理やり介入する事態に陥るかもしれない。

 

(同じ部屋の住人がいきなり自我が芽生えた感じやしなぁ。しかも、手にはチャカ持った状態で。……あのままの状態やったら絶対、討伐軍とか差し向けられとったやろ)

 

 なにせ、ヤマトサーバーには<冒険者>を凌駕する者も存在する<古来種>のみで構成された全界13騎士団の1つである<イズモ騎士団>が居る。彼らが前に出るのは大規模災害や亜人間の集団的な侵略という明確な設定がされているが、この設定も大災害を経てどのように変化しているかもわからない。

 

 考えれば考えるほど薄氷の上を歩くかのようなギリギリのタイミングで<円卓会議>が成ったことに冷や汗が出てくるが、そんなことを考えながらもナオキは兵士たちの装備やレベルといった一通りの調査を終えて宮廷の中へと戻っていく。

 未だ昼前なのでシロエはまだ学問ギルドに居るだろうし、ミチタカも事前知識を頭に叩き込むのに忙しいだろう。そうなると戦力調査というナオキの用事的にもクラスティと合流するのが筋なのだが、宮廷がここまで大きいと些か探し出すのに難儀する。

 悩んだ末にナオキは念話でアカツキを呼び出す。宮廷内の調査をしているであろう彼女ならばクラスティの場所を知っていると思い立ったゆえの行動だったが、どうやらその行動に間違いはなかったらしい。二つ返事の要領で彼の居場所を教えてくれ、それを頼りに広場に赴いた。

 

***

 

 ナオキとクラスティの持った直剣同士が激しくぶつかり合う。一進一退の力比べの様子は周囲の騎士たちを湧かせるが、当人たち──特にナオキは呆れながら目の前の偉丈夫に話しかけた。

 

「あの」

 

「なんだい」

 

「なんでこんなことになっているのでしょうか?」

 

 ナオキは至極真っ当な疑問を口にする。なにせ、親善試合をしていたところに飛び込み参加を提案されたのだ。

 しかも、『私が信を置く腕自慢』という出任せを紹介の際にクラスティから言われたことで、既に心酔レベルまでクラスティの強さに魅せられた騎士はそれはもう反論する余裕もないレベルでナオキを親善試合の場に連れて行き、『使ってください』と直剣を握らせた。

 そうして彼らの野太い声援を受けながら何合か打ち合ってから分かったことだが、信じられないことに今回の親善試合の報酬が『夜会の際にレイネシアを供する権利』。剣戟の最中にちらりと見たが、彼女の頬がすっごく嫌そうに引き攣っていたのが印象的であった。

 

 そんなわけで本当になんでこんな状況に陥っているのかをナオキは問うが、クラスティは力比べをしている今の状況に似つかわしくない涼しげな顔でナオキに微笑んだ。

 

「フフフ。なぜだろうね」

 

「えぇ度胸やな」

 

「標準語が外れてるよ」

 

 そんじょそこらの姫君ならば黄色い声援が飛び交うその甘いマスクはもちろんだが、その口から放たれる人を小馬鹿にしたような疑問の言葉にナオキの神経をさらに逆撫でさせる。

 そんな苛立ちがあったからか、標準語の『仮面』が外れたナオキは距離を取るためにやや力を込めた蹴りを繰り出した。<大地人>の鎧ごと陥没させそうな勢いの蹴りであったが、クラスティは必要最低限の動きで横に逸れ、これまた最小の動きで直剣の先端をナオキの無防備な顔面に向かって突き出す。

 

 あまりにも流麗なカウンター。そのまま行けばナオキの顔面に直剣が生えること必至である。

 ただ、<冒険者>の肉体は頑強なところだけではない。咄嗟に何も持っていない方の手で目前まで迫る直剣の横合いを叩くことで軌道を逸らし、片腕と片足を放り出した奇妙な体勢のままで後方に跳躍。無理矢理クラスティとの距離を取る。

 

 何とか対応することが出来たが、日頃の訓練が無ければあのまま突き刺されて終わりだっただろう。よく相手をしてもらっていたソウジロウに心の中で礼を言っていると、自身の持った直剣を何故か空に翳して見ていたクラスティが再び声をかけてきた。

 

「ふむ、惜しい」

 

「殺す気ですか?」

 

「ちゃんと止める気だったさ。それより、武器を変えないかい? 君の服もそうだが、私の武器もこれだしね」

 

 そう言ってクラスティは先ほど叩いた直剣の腹を見せる。そこには細かい罅が縦横無尽に走っており、剣の形を保っているのも不思議なぐらいの惨状であった。

 なおかつ、クラスティはいつも来ているガチガチの重鎧に対して今のナオキの服装は<円卓会議>の制服である。積極的な攻撃に出なかったことで制服にはあまりダメージはないが、これ以上戦うのであればその保証はないだろう。

 

「えー、もう良いじゃないですか」

 

「そうは言うが、彼らは君の雄姿を見たいらしいよ?」

 

 本格的にやる気がないことをアピールするナオキだが、そうは問屋が卸さないらしい。クラスティの言葉に周囲に目線をやると、騎士たちが『まだやるんですよね?』という副音声が聞こえそうなほどにこちらを凝視している。この分だと逃げたら逃げたで次の日などにも絡んできそうだし、なによりクラスティの目が完全にこちらをロックオンしている。

 

「じゃあ、着替えてきます」

 

「あ、ではこちらの部屋をどうぞ」

 

「あぁ、ナオキ君に返さないといけない装備があるんだ。着いて行くよ」

 

 ≪ハイディングエントリー≫で逃げ出そうと考えていたナオキは近くの部屋を都合してもらうと、何故かクラスティも入ってくる。返さないといけないアイテムと言ってはいるが、ナオキの記憶では彼になにも貸した覚えがないので逃げ出そうとしたことがバレたと慌てていると、クラスティは部屋の中を物色しながら『すまないね』と謝罪してきた。どうやら密かに話したかっただけらしい。

 

「ほんまやで。いきなり親善試合とか頭おかしなったと思ったやん」

 

「いきなり酷いね。だけど、これも仕方がないことだと思うよ?」

 

「どういうことや」

 

「危険だからかな?」

 

 話が見えないので聞き返したナオキにクラスティはまたしても謎の言葉で返す。

 曰く、この宮廷には<大地人>の密偵もかなり紛れ込んでいるらしい。らしいというのは<追跡者>のサブ職業を持つアカツキだけが把握していることで、クラスティやシロエは気づかなかったとのことだ。

 

 そんな密偵たちだが、どんなに訓練をしようと大災害を経た今はプログラムではなく人間だ。このまま<冒険者>の性能1つ確認出来ないでいると雇い主からの催促に焦り、先走る輩も出てくるのではないだろうか。

 そんなことを危惧したクラスティは、親善試合に誘われたことから自身の能力を見せることで密偵を含めた<大地人>たちに見せつけることで暗殺のリスクからシロエたちを守れるのではないかと画策。喜んで参加させてもらっていたところでナオキがやってきたわけである。

 

 そこまで説明されてようやく話が理解出来たナオキ。しかし、解せないことがあった。

 

「話は分かったけどなぁ。ボクもやる意味あったん?」

 

「だってほら、退屈だったからね。……やってもらえるかな?」

 

 そういうクラスティの目は青天のごとく澄みきっていた。純度100%の瞳で見られながら彼がナオキに期待する役割(ロール)に、ナオキは『貸し1やで』と呟きながら装備に袖を通していく。

 

***

 

 なにかと肩の力が抜ける密談の後、準備を終えた2人は再び相対する。

 いつの間にか今回の舞踏会でデビュタントを果たしたアプレッタとフエヴェルも居たことが気になったが、相手はクラスティなので集中しなければ勝負は一瞬で決まってしまうとナオキは騎士から借りた槍をクラスティに向ける。そして、彼も最後に戦った大柄の騎士から借り受けた身の丈ぐらいある大きな棘付き鉄球がついたメイスを『こちらの方がしっくりきますね』と言いながら振り回し、完全に御したのかナオキの方に鉄球部分を向けた。

 

 そして──。

 

「では、試合開始っ!」

 

 審判役を買って出た騎士の宣誓が行われると同時にナオキが動く。

 右に2回、左に3回と謎のステップを踏むと、徐々に彼の姿が霞のように掻き消えた。周囲が『消えた』と騒ぐ中、クラスティだけは冷静に周囲に意識を向ける。

 

 彼の頭の中には<暗殺者>(アサシン)の使う特技が既にピックアップされており、その中から『不可思議なステップからの透明化』という条件に該当するのは≪鬼門変幻≫(トリックステップ)から確率で発動する≪ロードミラージュ≫のみ。歴戦の<冒険者>であるクラスティはもちろん、この後のナオキがやって来ることも把握している。

 

 ならばどうするか──。簡単だ、『攻撃が来る前に探せば良い』。

 

「せいっ!」

 

 唐突にクラスティは上段に構えたメイスを振り下ろす。何もない所に力任せに振り下ろしたことによって綺麗に敷き詰められた石畳は粉砕され、周囲に多少の粉塵が舞う。その奇行に周囲がざわめく中、彼は左右に視線をやり──粉塵が不自然に動いた場所を狙ってメイスで薙ぎ払った。

 そのまま何もない空を切るかに思われたメイスだが、その鉄球の進路上からいきなりナオキが現れる。彼は後ろに飛んで回避を試みるが、一瞬だけ判断が遅れたのかナオキの横っ腹にメイスが命中──したと同時に再び彼の身体が掻き消えた。

 

「また消えたぞ!」

 

「おい、あそこ!」

 

 1人の騎士が指差した方向には槍をくるりと回してクラスティを威嚇するナオキが居た。先ほど攻撃を受けた場所から少々離れているし、身の丈ほどのメイスという致命的な攻撃を受けたにしては元気すぎる様子に騎士をはじめとした<大地人>たちは奇異な目でナオキを見るが、クラスティだけはメイスを肩に担いで驚嘆の声を上げる。

 

「≪ガストステップ≫の使い方が上手いね」

 

「硬くて素敵なガーディアン様と違ってこっちは薄汚い<暗殺者>(アサシン)ですからね」

 

「良いじゃないか。その方が燃えるものだ!」

 

 移動技に使っての回避。しかも、対人戦を熟知したような使い方にクラスティの闘志がより一層燃え上がる。狂戦士らしい禍々しい笑みを浮かべた彼は先ほどまでのような『上品な戦い』をかなぐり捨て、一息にナオキに近づくとメイスを棒きれのように振り回し始めた。

 残像が見えるほど早いメイス捌き。だがナオキは時に柄を殴りつけて進路を変え、時に槍を振って打ち合って難を逃れ、時に足払いで体勢を崩すといった小手先の技でなんとかクラスティの猛攻を凌ぎながらも最初から使わずに取っておいた≪ハイディングエントリー≫で透明化。今度は悠長に相手を観察するという愚行はせず、大きく振りかぶったクラスティの横をすり抜けるようにして背後を取った。

 

「どうせ後ろから≪アサシネイト≫だろう! <暗殺者>(アサシン)といえばそれだからね!」

 

「クラスティさん、これは"試合"ですよ? だから……」

 

 縦振りから横振りに切り替えたクラスティだが、自分の背後に向けて振ったメイスが虚空だけを切り裂く。てっきり武器攻撃職の中で最大の瞬間攻撃力を誇る≪アサシネイト≫を狙ってくるかと思った彼は拍子抜けしたような表情を浮かべていると、途端に彼の身体が重くなる。

 

「≪シャドウバインド≫。随分と手癖が悪いね」

 

「武器を投げちゃいけないって言われてませんし?」

 

 クラスティがちらりと下を見ると自身の陰に短剣が突き刺さり、足に陰から伸びた黒い蔓のようなものが巻き付いている。ちゃっかり投擲用の短剣も借りていた用意周到さにクラスティは笑みを浮かべながら正面を見ると、ナオキがさらに短剣を投げつけてくる。それらが身体中に突き刺さった端から紫色のエフェクトが走り、クラスティの視界には毒状態を表すアイコンが表示された。

 

 ≪ペインニードル≫。相手を毒状態にする特技だが、その特徴は特技と特技の合間に挟み込めるほど動作が短さにある。無論だがクラスティもその特徴を熟知しており、次の特技が来ることも予見できたが未だ≪シャドウバインド≫の影響で回避すら難しい状況だ。今のままでは次の特技をまともに食らって終わりだろう。

 

 ──そう、『今のままでは』。

 

「なっ!」

 

 最大火力である≪アサシネイト≫に合わせる形でクラスティは≪カウンターブレイク≫という特技を発動。『動けるはずがない』とナオキが考える間にもクラスティの持つメイスが光り輝き、ガラスが砕けたような音と共に≪アサシネイト≫が不発に終わる。

 渾身の攻撃が無に帰したため、次の展開を考えていなかったナオキの影がいきなり特大の影に塗り潰される。完全な詰みであった。

 

「……参りました」

 

「ふぅ。これが無ければ危ない所だったよ」

 

 騎士にとっては夢物語のような攻防に見えたのだろう。拍手をしながらクラスティたちを称えるが、ナオキが未だ納得していない様子なのでクラスティは小手を外して1つの指輪を見せる。

 それは行動阻害の状態異常効果をいくらか軽減する効果を持っている指輪なのだが、クラスティがいつも身に着けているのは<再度の業怒>(レイゲン)のはずである。

 

 そこから導き出される答えにナオキは途端に嫌そうな顔をし出した。

 

「なんだ、メタ装備か」

 

「相手によって装備を変えるのは基本中の基本じゃないかな。それに、これでも大変だったんだよ? <暗殺者>(アサシン)は状態異常の特技が多いから」

 

 毒に麻痺に行動阻害。特に後者の2つはかかったら即座に背後から大ダメージは必至であるが、毒も毒で厄介だ。今回の戦いではクラスティに軍配が上がったが、次に戦う時はナオキもその対策をしてくるだろう。

 

 まったくもって──退屈しない。そんなことを思っているのか、クラスティの口が吊り上がった。

 

「本当に……面白いね」

 

「じゃ、じゃあボクは失礼させてもらいまーす!」

 

 このままアンコールしそうな気配をバシバシ感じたナオキは≪ハイディングエントリー≫でその場から離脱する。残されたクラスティは温和な青年の仮面を被り直し、『やれやれ』とばかりに騎士たちの下へと戻って行った。

 

***

 

 夜。宮廷のそこかしこで行われていた貴族たちの雑談は鳴りを潜め、彼らの主戦場が専用に与えられた部屋やホールに映る頃合。ナオキは空中庭園を通って<円卓会議>に貸し与えられた部屋に戻っていた。

 ナオキは従者という立場なので今宵の主要な催しには参加しなかったが、初日の舞踏会で知り合った若手貴族が『領地経営について話そう』と名指しで招待を送ってきたのでナオキはその申し出を受けていた。

 

 ただ、税の徴収といった貴族目線の話については全くついていくことが出来ずに笑ってその場をごまかし、逆に各自の領地から取れた特産品の輸送などといった問題には積極的に首を突っ込んで情報を持ち帰るという典型的な庶民ムーブをかましてきた彼は、なぜかやり遂げた表情で歩いていた。

 

 そんな帰路の途中。ナオキの耳に念話の着信音が聞こえてくる。

 

【ほいほい。あれ、君とはフレンド登録しとったっけ?】

 

【ごめんなさい。クレセントバーガーをもらった時にこっそり<ハーメルン>の人がやってたようにフレンド登録をしました】

 

【あー、思い出したくないこと言わせてごめんな。……んで? なんかあったん? ヘンリエッタさんに伝言とか?】

 

 フレンド登録をした覚えがない念話相手──五十鈴にナオキは最初こそ怪訝そうに答えたが、経緯を知って納得する。無断でフレンド登録は彼女が少し前に在籍していた<ハーメルン>でも初心者を監視する措置で実施されていたらしく、それを見て学んだらしい。

 ただ、<ハーメルン>の話になったのでなにやら話しづらい雰囲気を作ってしまったようなので、ナオキは率先して念話をしてきた理由を聞く。大方、彼女の所属している<三日月同盟>の件。それもマリエールではなくてヘンリエッタに向けられた伝言か、彼女が現在念話が出来る状態かの確認だろうとナオキは思っていた。

 

 すると、どうやらナオキに質問をしたいと言ってきたのだ。

 

【なんや? 言うとくけど、難しいこととかリアルに関することはNGやで】

 

【ナオキさんって<西風の旅団>っていうすごく強いギルドに入っているんですよね?】

 

【すごいのかは知らんけど、入っとるな】

 

 バトルジャンキー、酒狂い、ギルドマスターラブ勢、漢女、女好き。目を閉じれば思い出す偏屈集団をすごいのかは疑問に残るが、<大規模戦闘>(レイド)実績やレベルで言えば強いことは確かだ。

 そのことに肯定すると、五十鈴はちょっとドモリつつも『今のパーティについて指摘して欲しい』と言ってきた。

 

【指摘言うてもなぁ。又聞きやけど、たしか五十鈴さんはトウヤ達とダンジョン攻略やんな? とりあえず、そっちの編成から今日あったことを話してみ】

 

【はい! えっと、まず──】

 

 五十鈴が説明している間に<円卓会議>が借りている部屋に辿りついたナオキは、五十鈴に断りを入れてからちょうど暇をしていた三佐に声を掛ける。三佐は< D.D.D >というヤマトサーバーで最高峰のギルドに在籍している<吟遊詩人>(バード)なため、メイン職業特有の相談事に関しては彼女が適任だと思ったからだ。

 最初こそ三佐の紹介に『恐れ多い』と言っていた五十鈴だが、三佐の『対等な<冒険者>です』という言葉に納得して説明を再開する。ただ、話を聞いていく内に五十鈴の問題は<吟遊詩人>(バード)というメイン職業を運用する上の悩みもあったが、根本的にパーティ内で戦力の共有がされていないことが一番の問題だとナオキと三佐は判断した。

 

 <大規模戦闘>(レイド)、ダンジョン攻略、狩りとパーティで戦う上で大事なのは戦力の把握である。何が得意で何が下手かを筆頭に詰め将棋のごとく戦闘を繰り返していくことが出来れば、イレギュラーという例外を除けば大抵のことは何とかなるものだ。

 

【あれ、そういうのはパーティのリーダー……うちはミノリちゃんって子がやってるんですけど。その子がやることでは?】

 

【"いえ、少なくともパーティメンバーの戦力の把握は大事です。" せやな、分断された場合とかは臨時のリーダーになる可能性もあるやろうし、リーダーが読み間違えとる可能性も十分にあり得るで】

 

 五十鈴の疑問に三佐とナオキが似たようなことを答える。

 たしかに司令塔となる存在はそう言ったことに敏感でなければならない。上澄みの中の上澄みで例を上げるとするとシロエだ。彼はパーティメンバーの性格のみならず、個人個人のMPやステータスの管理を行い、その上で横槍などを警戒する戦域哨戒(フィールドモニター)も担っていたりする化け物だ。

『シロエのようになれ』というのは初心者にはかなり辛いが、最低限は仲間の特技や使用頻度ぐらいは把握しておくとパーティを組んだ時に便利である。

 

【まぁ、特技の再使用時間とか詳しいことは情報サイトに載ってたんやけどなぁ】

 

【ははは……、分かりました。皆と話して来ようと思います】

 

<吟遊詩人>(バード)のことはえぇんか? ここに先生居るで?」

 

「ナオキさん、先生なんて言わないでください」

 

 < D.D.D >には初心者も居るが、やはりほとんどは攻撃職と昔に聞いたことがある。そう考えると<吟遊詩人>(バード)というガチガチの支援職かつ、初心者は珍しいのだろう。ナオキがチラリと横を見ると三佐が照れが入った咳ばらいをしている。

 その後は同時に2種類しか使えない永続式の援護歌のチョイスという<吟遊詩人>(バード)特有の悩み相談が展開され、いよいよ良い時間になってきたのでナオキたちはそれぞれの部屋へと戻っていく。

 

***

 

 そうして5日目を過ぎ去って6日目。領主会議も半ばに差し掛かったが、貴族たちの動きも初日付近と比べて活発化した以外は何事も無かったかに見えた。

 

「ナオキ。君が死んだ時のことを話して欲しい」

 

 なにかを掴んだらしいシロエがナオキにそう告げてきた。

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