西風の相談役   作:マジックテープ財布

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31話:強行偵察

「なんや、藪からスティックに」

 

「茶化さないで。本当に聞きたいんだ、色々と」

 

「まぁ、シロエの性格から言うてマジで聞きたいことなんやろなぁ。まぁ、こっちの方が大事そうやからえぇで」

 

 そう言ったナオキの先導で誰にも聞かれないために個室まで移動した2人。移動中もシロエは何か思いつめたような表情をし続けていたため、またしても余計なことを考えてることを予想したナオキがシロエを和ませようと緩い雰囲気を出そうとするが、どうやら今回は本気でおふざけは許されないらしい。

 

 もちろんナオキ側もあの時の経緯や経験したことを説明するのはやぶさかではない。ただ、あの時の感覚は全て朧気なためにシロエが満足するような説明が出来る保証が全くなかったのだ。ただ、上手く説明できないことを話しても『それでも』と話を強請ってきたシロエの反応が気になり、逆にナオキが質問する。

 すると、シロエはあまり聞き馴染みのない人物の名前を出してきた。

 

「実はね……、リ=ガンって<大地人>にあったんだ」

 

「誰や、それ」

 

「<ミラルレイクの賢者>って言えば分かる?」

 

「あー、あの"クソ監獄"のやつかぁ」

 

 リ=ガンと呼ばれる<大地人>の別名に心当たりがあったナオキが少々眉を顰めて答える。

 

 <ミラルレイクの賢者>。世界の理に対して戦いを挑む学徒の末裔で、<エルダー・テイル>時代にも様々なクエストやアイテムのフレーバーテキストなどで登場していた賢者である。

 そんな彼が行った功績の中から1つを例を挙げるとすれば、ナオキが『クソ監獄』というほど様々なギミックやイベントが複雑に連動し、攻略する順序によって難易度が大きく変動する鬼畜仕様の<大規模戦闘>(レイド)と言われる<ヘイロースの九大監獄>で使用するキーアイテムを制作したことであろうか。

 検証し甲斐があったが、<西風の旅団>や下部組織の全メンバーどころか<シルバーソード>との合同でも検証には年単位を擁すると試算され、その圧倒的検証リソースの欠如を理由に断念した苦い記憶が蘇ったナオキは感慨深げに虚空を見ていると、片手を挙げながらシロエが話を続けた。

 

 なんでも昨日の夜中、リ=ガンがシロエとアカツキの前に姿を現したのだとか。それだけでも突拍子のないことだが、その後は彼が普段から研究していると言われる場所でこの世界における魔法の区別についてをはじめ、<冒険者>の特徴と呼ぶべき『不死性』についてを〈魂魄理論〉(スピリッツトセオリー)という全く聞き覚えのない理論を基に説明されたらしい。

 

「すぴりっつ? せおりー?」

 

「あぁ、うん。ある程度は話すけど、詳しい話は僕も分かってないんだ」

 

 いきなり〈魂魄理論〉(スピリッツトセオリー)とか言う小難しいことを言われて反応が遅れたナオキにシロエはその理論について概要的な説明を始める。ただ、シロエも聞きかじりの知識なのでアウトプットが難しかったが、結論を言えば<冒険者>の不死性は完全なる不死ではないということを2人はなんとか共有する。

 

「ちょっと待ちや。じゃあ、何を犠牲にしとるんや」

 

「リ=ガンが言っていたことから察するに記憶……かな」

 

「なるほど、それで死亡経験があるボクか」

 

 得心を得たナオキにシロエは頷いた。

 <冒険者>が死ねば経験値が多少減った状態で復活する。それが<エルダー・テイル>における死亡と復活の仕様であったため、『いくら死んでもその分稼げば良い』という認識が<冒険者>たちには根付いていた。

 

 だが、ここに大きな一石が投じられる。

 思えば当たり前のことだ。死亡することで失う経験値とは、『戦いの経験』に限定されるのか。否、そんな都合の良いことなどあり得ない。経験値とはその名の通り何かを経験したことを得られる記憶。言葉を変えれば人との出会いの記憶やその人間の記憶も『経験値』と言えるのではないだろうか。

 

 しかしながら、シロエの考えが確証に変わるような答えはナオキは持ち合わせていなかった。

 

「そうやなー。死んだ時は、なんや今までの一生で嫌なことだけをピックアップされた感じのやつを見せられて、それが終わった瞬間に何かが離れた気がした感じやな」

 

「それが記憶だったと?」

 

「いや、さっきの話をされたからそう思っとるだけかもしれへん。そもそも、何を忘れたって把握しとったら完璧に記憶失ってへんやろ」

 

 それはそうである。衛兵に殺された時のことを朧げながら語ったナオキにシロエは頷く。

 残念ながら記憶に関しては『分からない』ということで終わったが、普段はそんなにマイナス寄りな性格ではないナオキがそこまで語るぐらいなのだから、最初に見せられたものは相当なものなのだとシロエはより一層死に対して警戒度を上げた。

 

 ただ、今は放っておくにせよ<冒険者>が死ぬごとに記憶を失う可能性は後々解明しなくてはならないのもまた事実である。

 

「その〈魂魄理論〉(スピリッツトセオリー)? ってのがマジなもんって確証はないよな。理論だけで再現性がない物なんてリアルでもあったで」

 

「そうだね。無暗に実験出来ないし、何が忘れて何を覚えてるのかなんてその人の裁量だし。でも……、このまま黙ってるのも危ないよね」

 

 そんなナオキの雑談染みた話題に、シロエはこの情報だけは箝口令を敷いて統制すると逆に危ない劇物であることを呟く。

 

 リ=ガン曰く、<ミラルレイクの賢者>は世襲制らしい。当代の賢者が死したことで賢者候補の中から選ばれるのか、はたまた当代が推薦してから隠居をするのかは定かではないが、リ=ガン以外にも賢者になり得る頭脳と探求心を持つ<大地人>が居ないという可能性は限りなく少ない。

 仮にこの〈魂魄理論〉(スピリッツトセオリー)が<アキバの街>──それどころか<冒険者>の耳に入ったが最後、今までそんな話が出てこなかったということで『誰かが意図的に情報を隠していた』という疑惑が蔓延してしまう。

 その誰かというのは……、<アキバの街>で限定すれば<円卓会議>がそうであろうか。

 

「せやかて、言ってもヤバいで。生産系みたいなのはともかく、<シルバーソード>みたいなガンガン<大規模戦闘>(レイド)こなしてる戦闘系のギルドがいくつ消えるか分からんわ」

 

「今はクリアできるっていう最低限の安全マージンだもんね。個人個人の生死は二の次の……」

 

 また、〈魂魄理論〉(スピリッツトセオリー)が<冒険者>の中で広まった際の被害はそれぞれの<冒険者>が持っている意識や<円卓会議>といった大組織だけではない。ギルドのような集団もまた、相応の被害を被るだろう。

 なにせ、眉唾物クラスの信憑性だが死ぬと記憶を失うという二の足を踏むのに十分な情報だ。その情報を鵜呑みにすれば『臆した』と好戦的な<冒険者>は去り、強行しても『あいつらには付いて行けない』と消極的な<冒険者>は去る。

 

 どちらにしても好意的に見れば停滞していたギルドの現状を破壊するには十分すぎる威力を誇っている。今後のことを考えると頭が痛くなるため、シロエとナオキはお互いに顔を見合わせてから示し合わせることもなく会話を終了させる。

 

 そんな無駄な静寂の中。部屋の外から鳴るノックの音に2人は現実に戻ってきた。

 

「どうぞ」

 

「失礼する。主君、お客様だ。……それも大変な」

 

「客?」

 

 突然の来客を知らせるアカツキの表情と言葉にシロエたちは疑問に思いながら廊下に繋がる扉を開けると、そこにはセルジアットが立っていた。突然のVIPにシロエは『たしかに大変な客だ』とアカツキの言っていたことを反芻させる傍ら、微動だにしなくなったシロエに代わってナオキは胃の辺りを抑えながら対応する。

 

「これはセルジアット公。我々に何か?」

 

「たしか、シロエ殿でしたな。無作法で申し訳ないが、ナオキ殿と一緒について来てはもらえぬだろうか?」

 

「わ、分かりました」

 

 有無を言わさない勢いのセルジアットに元々陰キャ気質のシロエは圧倒され、少々ドモりながらも彼に着いて行く。その後ろをナオキと護衛のアカツキが着いて行くが、何も話してくれないことを不審がったナオキはセルジアットの横まで歩いて話しかけた。

 

「セルジアット様、要件は何でしょうか」

 

「ここでは言えぬ。重ねて無礼は謝罪するが、今は黙ってついてきて欲しい」

 

 そういった以降は決して口を開かないセルジアット。その態度にナオキは『後でちゃんと伺います』と言って大人しく列の最後尾に戻るが、前を歩いているアカツキと共に周囲を睨み付ける。

 柱の裏に調度品が置かれた机の陰にカーテン越し。そこかしこから緊迫したような視線が投げ込まれているため、<追跡者>のサブ職業を持つアカツキどころか高レベル<暗殺者>(アサシン)でしかないナオキでもバレバレであった。

 それでも攻撃してこないことを見るに『監視』なのだろうが、セルジアットの命1つで襲い掛かれるような状況と人数ゆえにナオキとアカツキは『襲い掛かってきたら分かってんだろうな』といった具合に見てくる全員に目線を合わせていく。

 

 そんなことをしていると、セルジアットは豪奢な扉に手を掛けてシロエ達を中へ招き入れていた。

 

「詳しくは中で話したい」

 

「失礼します」

 

「失礼する」

 

「……あの、セルジアット様。無礼を承知と我々に同行を求めたはずですが、この状況がより無礼ではないでしょうか?」

 

 眼前に座るややきつそうな見た目の女性を視界に捉えたナオキだが、セルジアットに侮蔑ともとれる言葉を吐き捨てながら武器を抜いてシロエの前に立ちはだかる。彼のその行動にシロエは何かを言いかけるが、護衛としてついて来たアカツキが『主君』と小さく注意をしてきたのでついつい押し黙ってしまう。

 

「ナオキ殿と言いましたか? 言葉を返すようですが、いきなり武器を抜くのもこちらに対して失礼ではないでしょうか?」

 

「よく……。あー、もうえぇ。よー言うわ、そこかしこに密偵隠しとるやろ。ほら、そことかそこ! 花瓶の陰に居るやつなんか、ボクやアカツキさんが睨んだらそそくさと逃げてったやつやんか」

 

 そう言いながらナオキは見つけた密偵の場所を指で指していく。場所を看破された密偵たちは全員、サブ職業もまんま<密偵>となっている<大地人>で、それぞれはバツが悪そうな表情でそそくさと部屋から退出していった。

 そうしてナオキの目からは全ての密偵が居なくなったので手を下ろしたが、そこにアカツキがさも当然のように女性の右側を指し示す。

 

「ナオキ殿、そちらの女性の右側に先ほどの人たちと異なる衣装の者が居ます」

 

「マジかぁ。やっぱ<追跡者>強いわぁ」

 

「なんと! この装備を纏った某の隠遁すらも見抜けるのか」

 

 自信を失ったようにつぶやいたナオキとは逆に興奮した勢いで姿を現した<大地人>にシロエは目を丸くする。先ほどまでのナオキが密偵を次々と見破って行ったことも十分驚いたのだが、そんなナオキの眼から装備という下駄込みであったとしても逃れられたその<大地人>は十分警戒に値する人物であった。

 

 そのまま彼は自らのことを元近衛所属で今はコーウェン家に仕える密偵たちを束ねる長だという自己紹介をしながら出ていくが、<冒険者>を密偵集団が詰まった部屋に招待したことによる一触即発の空気は紛れることはなかった。このまま会話をせずに話し合いは終了──となる前に、深く息を吐いた女性とセルジアットが唐突に頭を下げた。

 

「驚かせて申し訳ありません。<冒険者>の方々の力量を試させていただきました」

 

「ワシからも謝らせてほしい。時に……ナオキ殿はもしや、ウェストランデの生まれか?」

 

「まぁ、そうなるな。どないする? 西が気にくわんっちゅーなら席を外すで」

 

「構いません。出自で選り好みするほど愚かではないつもりです。しかし、外ではあまりそのような口ぶりは控えて欲しいですね」

 

「……承知いたしました。それで、どのようなご用向きでしょうか」

 

 関西弁から標準語に戻したナオキの問いに目の前の女性──セルジアットの長女であるサラリア=ツレウアルテ=コーウェンはチラリとセルジアットを見る。その視線の意図に気付いた彼は小さく頷くと、それを合図にサラリアは机に地図を広げてから指でザントリーフ地方周辺を指し示した。

 

「ここ最近、<緑小鬼>(ゴブリン)の動きが活発化しているという報告が密偵たちから上がっています」

 

<緑小鬼>(ゴブリン)? たしかにあちらには<七つ滝城塞>(セブンスフォール)があるので不思議ではないですが?」

 

「いえ、<七つ滝城塞>(セブンスフォール)のみならずザントリーフ北部から大群が移動しているとの知らせが先ほどの密偵たちから報告されました」

 

 <冒険者>と違って<大地人>は念話が使えない。なので情報の速度を重視するのであれば身体能力が高い者を等間隔に待機させ、その一定距離間を全力で走らせることが一番早いとされる。

 そのために情報の正誤についてはかなりあやふやになってしまうらしいが、サラリアの下に居る密偵集団はそういったことの少ない凄腕揃いらしく、<緑小鬼>(ゴブリン)が南下してきている情報の信憑性は高いと彼女は言う。

 

 ただ、これは第1報。いくらサラリアが信を置いている者から送られた情報が出所だとしても、それだけを鵜呑みにするのは危険すぎる。

 しかし、信憑性を高めようにも既に密偵たちは<緑小鬼>(ゴブリン)と余計な戦闘を行わないように撤収準備を行っているのだとか。その状態で再び情報を集めようとすると、連絡網の構築やら刻一刻と変わる前線への物見で時間が取られてしまい、続く第2報や第3報が届く頃には特に前線がどこにあるかの情報は使い物にならなくなってしまう。

 

 そこまで話してくれたことでようやくシロエは事態を把握する。

 彼女はクエストを発行しようとしているのだ。<緑小鬼>(ゴブリン)の偵察など今までになかったクエストかつ、ここまで事態がシームレスに動いたことなどなかったためにやや面を食らったが、いつものように眼鏡の位置を直した彼はサラリアに話しかけた。

 

「事情は分かりました。つまり、僕たちに<緑小鬼>(ゴブリン)の偵察をしてきて欲しいということですね」

 

「えぇ。無論、報酬はお支払いいたします」

 

「それは構いませんが、僕たちも<円卓会議>として領主会議に参加している身なのでクエストを行う余裕はありません。それに、このようなことをすれば諸侯の方々に余計な軋轢を生みかねないのでは?」

 

「それは承知しておる。だから、ナオキ殿をお貸しいただきたい」

 

「え、ボク?」

 

「さよう。そなたは<円卓会議>の所属だが、従者。つまり、"シロエ殿の指示"という体で動いてもらう」

 

 突然呼ばれたことで部屋の中にある壺とかを覗き込んでいたナオキがセルジアットの方に顔を向ける。先ほどの関西弁からかなりフリーダムに動いていた彼にシロエは自分の眉間に指を置きながら呆れるが、セルジアットらはどこ吹く風とナオキが十全に動ける背景の説明をしてから今回のクエスト目標を話し出した。

 

「ナオキ殿、まずはこれを」

 

「水晶玉?」

 

「我々が遠隔通信用の魔法に用いる水晶玉です」

 

 サラリアから手渡された水晶玉をしげしげと眺めてながら話を聞くに、どうやらイースタルの各領主の居城にはそういった非常時の通信を担っている専属の魔術師が居るらしい。

 

 今回は特に<緑小鬼>(ゴブリン)の尖兵と衝突が予想される都市がキリヴァ侯が治める<ツクバ>かコーウェン家が治める<マイハマ>であるということで、サラリアはここに来る前に魔術師を1人選任してきていた。そのため、まずは<マイハマ>で魔術師と合流。その後に密偵たちが<緑小鬼>(ゴブリン)を発見した地域に急行し、本当に<緑小鬼>(ゴブリン)の軍勢が居るかの確認をおこなう。

 

 ここで居なければ『良かった』と言いながら帰還できるのだが、軍勢を確認できたとなれば次は規模の計測である。兵士の数や装備の質の確認は当然として、突撃一辺倒の兵だけではないことが十分にあり得る。騎乗している<緑小鬼>(ゴブリン)や他のモンスターを使役している調教師。もしかしたら群れを統括する将軍も居るかもしれない。

 そういった戦力の他、進路予測などといった出来得る限りの情報を水晶玉越しで伝えた後に<エターナルアイスの古宮廷>へと帰還。水晶玉をセルジアットに返却するまでが最終目標である。

 

「既に馬の用意はしてあります。出来るならばすぐに発ってもらいたいです」

 

「馬はいらんわ。じゃ、シロエ。ボクはこのまま行くから後はよろしゅうな」

 

「分かった」

 

 まさかの即決。さらに『馬の必要がない』という言葉にセルジアットたちが逆に慌てる中、ナオキはシロエに挨拶をしてから水晶玉を手の中で弄びながら部屋を出ていく。明らかに軽い旅立ちの挨拶に我に返ったセルジアットとサラリアは心配そうにシロエの方を見ていると、ふいに窓の外から笛の音とそれに呼応する耳をつんざくような雄々しい鳴き声が聞こえてくる。

 それらに釣られて彼らが窓の方を見やると、そこには1羽の<グリフォン>が空中に留まっていた。

 

「なっ! <グリフォン>だと!」

 

「あー、皆さん落ち着いて。ボクの召喚獣です」

 

 呆気にとられたセルジアットたちが固まっている中、窓の外では兵士やナオキの問答が聞こえてくる。<グリフォン>は<大地人>的には古代種ではないと太刀打ちできないので彼らの反応は全くもって正しいが、せっかく召喚した<グリフォン>を落とされては敵わないとナオキが制する声が数分聞こえた後にようやく雄々しい羽音が聞こえてきた。

 

「じゃ、行ってきます」

 

 これから死地へ偵察に行くとは思えない程軽々しく言い残し、限界まで絞られた弓からはじき出された矢のような速度で空を駆けて行く<グリフォン>。後に残されたセルジアットたちは正に目を点にさせた状態で突っ立っていたが、そこに一部始終無反応で突っ立っていたシロエは地図を見ながら小さく呟いた。

 

「あの速度なら数時間で<マイハマ>に着きますね。もしかしたらもっと早いかも」

 

「<冒険者>とは……一体何なのだ……」

 

 <大地人>の貴族としては尤もな意見だが、その疑問に対してシロエは『そんなの僕たちも知りたいよ』と心の内で毒づいた。

 

***

 

【あー、あー。本日は青天……じゃないですね。良い夜中でございます】

 

【その日の内に<マイハマ>に着き、連絡を寄越す余裕まであるとは思わなんだわ】

 

 結局、<グリフォン>の力によって数時間後に<マイハマ>の街に着いたナオキ。そのまま事情と証拠の水晶玉を城の守備兵に見せると、待機場所と思われる小屋から十数人の魔術師を呼び出した。彼らは守備兵から水晶玉を手渡されると何やら呪文を詠唱し、それを都度5回ほど繰り返すと水晶玉からセルジアットの声が聞こえてくる。

 

【では、この後はどうします】

 

【今すぐにでも確認してきて欲しいのだが】

 

【あー、それは厳しいですね】

 

 申し訳なさそうにこのまま偵察に行って欲しいことを伝えるセルジアットに対し、ナオキは<グリフォン>が召喚できる本日の制限時間がないことや、夜中という日中に比べれば見通しがすこぶる悪いという理由から本日の強行軍は断った。

 本当ならば夜目が利く魔法の目薬を使用すれば偵察は行えるのだが、あまり<冒険者>を当てにされても困るために彼は『厳しい』とはぐらかす。

 

 そんな甲斐もあって出立は明日の朝となり、その間に偵察役に志願した魔術師以外は水晶玉から声だけでなく映像も映し出せないかというセルジアットの無茶ぶりに応えなければならないということで急ぎ足で城へと戻って行く。上司の無茶ぶりに部下がてんやわんやになるのはどこの世界でも共通なところにちょっと親近感が沸いたナオキであったが、特に何も手伝えることが無かったためにその日は貸し与えられた宿で就寝。次の日の明朝には件の魔術師と共に空の上の住人となっていた。

 

「じっちゃん、渡した双眼鏡はちゃんと首に下げてます?」

 

「大丈夫じゃよ。しかし、<グリフォン>に乗れるとは長生きはするもんじゃわい」

 

 目に双眼鏡を当てながら眼下の森を偵察していく魔術師。かなり歳を食っているようであったが一部の老人特有の嫌味ったらしさは全くなく、むしろ<グリフォン>の姿や空の旅を楽しんでいる様子から年齢詐称していると誤解しそうなぐらい溌剌とした態度にナオキはちょっと笑いながら<グリフォン>を降下させる。

 高度を下げると弓兵や魔術師に撃ち落とされる可能性が高くなるが、あのまま飛んでいても鬱蒼とした木々しか見えなかっただろう。その証拠に──。

 

「……おっと、噂をすれば<緑小鬼>(ゴブリン)じゃ」

 

「規模は? <大地人>の目算で構わないですよ」

 

「少なくとも大規模。……いや、これは未曽有の規模じゃ。少なくとも、ワシが生きていた中で最大になるやもしれぬ」

 

「とりあえず、セルジアット様に報告の準備を。おそらくここは前線っぽいんで、ちょっと奥に行きます」

 

 数にして数百の<緑小鬼>(ゴブリン)が双眼鏡越しに老人の目に映る。彼は数十規模の群れとの戦いに幾度となく従軍し、その度に犠牲ありで殲滅してきた老練の存在である。

 しかし、今まで見たことがない圧倒的な<緑小鬼>(ゴブリン)の数を前に、背中から濡れている場所が存在しない程大量の汗を流していた。

 

 だが、ナオキの言葉に自身のやるべきことを思い出した老人は水晶玉を取り出して呪文の詠唱を始める。水晶玉越しに声を送受信させるための詠唱を終え、続いて同僚が夜中で開発した水晶玉の映像を相手に送る節を詠唱し始めたところで<グリフォン>が何故かその場に止まる。

 

「一体どうした?」

 

「本隊です」

 

 何事かと老人が周囲を見ると、いつのまにか周囲は森から平原へと変わっていた。だだっ広い平原にはそこかしこに<緑小鬼>(ゴブリン)種や彼らに手懐けられたモンスターが居り、思い思いに過ごしている。

 

「狼種に騎乗した調教師に祈祷師。あれは魔術師か? あ、<丘巨人>(ヒル・ジャイアント)発見」

 

「あ、あばばば」

 

 <大地人>にとっては地獄すら生温い環境の中、平然と戦力分析を続けるナオキの後ろで必死に水晶玉を持ちつつも身体を震わせる老人。既に彼の記憶にあった<緑小鬼>(ゴブリン)との死闘のことなど過去の物となっており、目の前の目を覆いたくなるほどの戦力に対してひたすら恐怖していた。

 そんな老人の姿を見たナオキは彼の手から零れ落ちそうな水晶玉をひったくり、セルジアットの声に反応することなく水晶玉を掲げる。おそらく水晶玉越しに<緑小鬼>(ゴブリン)の戦力の一部が見えているのであろう。水晶玉からは息を呑んだような小さい声が響いてくる。

 

【なんですか……この数は】

 

【あんな数……。<マイハマ>でも長くは保たないぞ】

 

 向こうはコーウェン家に用意された部屋で見ているのだろう。セルジアットの他にフェーネルやサラリアが聞こえてきた。皆、一様に絶望を抱いたような声を絞り出してはいるのだが、<冒険者>であるナオキにとってはこの程度の数は<大規模戦闘>(レイド)ならば当たり前だ。

 むしろ、フル<大規模戦闘>(レイド)だと<大規模戦闘>(レイド)級に強化された雑魚モンスターが無限湧きすることが普通なので、『< D.D.D >に任せればあっちゅー間に片付くやろ』といった<冒険者>寄りの感想を胸に抱きつつも念話をシロエに繋げた。

 

【あ、シロエ様のお電話でしょうか】

 

【ナオキ、いきなりボケないで。……それで、現状は?】

 

【そこはノってよ】

 

 関西弁が使えないためにツッコミ拒否をされたことにちょっとフラストレーションが溜まったナオキだが、シロエの催促に仕方なく現状を報告する。

 

 <緑小鬼>(ゴブリン)の性質上、身体が薄汚れていても何らおかしくはない。しかし、行進をしている彼らは末端に至るまで<緑小鬼>(ゴブリン)としては小綺麗にしており、装備も頭巾や革製のアームガードといった必要最低限の防具まで用意されている。

 武器も手斧や弓や剣や槍とバリエーションがあり、どれもピカピカとは言えないが石を括りつけただけの当たり所が悪ければ致命傷な粗悪品とは決して違う。当たり所が良くてもこちらの防具の質が悪ければそのままダメージを受け、最終的に命を落としてしまう金属製だ。

 

 そして、調教師が連れているモンスターの数々。背格好から<大規模戦闘>(レイド)級モンスターである<丘巨人>(ヒル・ジャイアント)が特に目立つが、単体でも厄介なモンスターである<魔狂狼>(ダイアウルフ)もかなりの数を連れてきている。

 あれに<緑小鬼>(ゴブリン)が乗ることで火力と機動力が上がり、戦いにおいては前衛が突破されることもしばしば起こるというかなり厄介な存在であった。特に巨大な身体を持つヒュージ種も居るので、あれと調教師の相手は<大地人>の騎士団でも苦労するだろう。

 

 そんな<大地人>にとって白目をむくほどのモンスターで構成された群れだが、このイベントの目玉である<緑小鬼王>(ゴブリンキング)<七つ滝城塞>(セブンスフォール)から全く動かない設定である。つまり、この規模の群れは<緑小鬼>(ゴブリン)キング以外で統率されているということだ。

 そんな存在を見つけるため、平原を注意深く見ていたナオキの両目に動物に牽引させるタイプの戦車に乗った偉そうな<緑小鬼>(ゴブリン)が映った。

 

【シロエ、将軍や】

 

【数は?】

 

【今のところ1体。やけど、上位種の存在もあるからな。単独で群れを率いる可能性もあるで】

 

【分かった。じゃあ、そっちは引き続き頑張って】

 

 そこらの散兵とは違って<冒険者>のメイン職業のような派生を持った<緑小鬼>(ゴブリン)。いわゆる上位種は将軍程じゃないにしても現場指揮官になる特技を持っている。<エルダー・テイル>では基本的にモンスターは逃げなかったが、大災害を経た今はその限りではない。

 逃げ出して周辺の<緑小鬼>(ゴブリン)を纏め上げられたら被害が広がる可能性があるとシロエに伝えたナオキは、念話を切ってから偵察の締めくくりとして全体が見えるように<グリフォン>の高度を上げた。

 

【将軍の存在に加えてこの軍勢……。もはや一刻の猶予もありませんね】

 

【私は至急、連れてきた兵を纏めてサラリアと共に<マイハマ>へと戻ります】

 

【任せた。ナオキ殿、ご苦労であった】

 

【了解です。すぐに古宮廷に戻ります】

 

 奥に見える山肌に沿って列を成す<緑小鬼>(ゴブリン)に、事態は既に『最悪』の方向に舵が切られている。そのことを察したのか、セルジアットからの撤退指示の裏でバタバタという騒々しい音が水晶玉越しというのにひっきりなしに聞こえてきた。

 

「とりあえず、<マイハマ>戻ります?」

 

「いや、宮廷で馬でも借りて帰るとするわい」

 

<緑小鬼>(ゴブリン)が来るんですが、大丈夫ですか?」

 

「なーに、既に引退して弟子も立派にお役目をはたしておるからの。ゆっくり帰っても罰は当たらんじゃろ」

 

 暇になった帰路の最中に詳しい話を聞くと、どうやらこの老人は既に引退済みだったらしい。今回のことも『自分が行けばいざという時に切り離しやすい』とセルジアットに直談判したのだとか。

 

 なんとも忠義と気骨が天元突破している御仁に呆れつつも、ナオキは古宮廷に帰ってくる。またもや<グリフォン>がやってきたことで天丼気味なやり取りはあったが、無事にセルジアットに水晶玉を渡したことで任務を遂行した彼らは厩にて握手を交わす。

 

 こうして長くも短かったナオキのクエストは終わりを告げる──のだが。

 

「あぁ、ナオキ君。ここに居たんだね。さっそく、<緑小鬼>(ゴブリン)についての報告をお願いするよ」

 

 どうやらゆっくり休ませてはもらえないらしい。

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