西風の相談役   作:マジックテープ財布

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32話:念話会議

 ナオキが偵察に行っていたことやそこで見た情報はシロエによって既にクラスティたちへと共有されていた。その上でクラスティは<大地人>の貴族が本格的に<緑小鬼>(ゴブリン)征伐を<冒険者>集団である<円卓会議>に依頼してきた場合、どのように<アキバの街>の<冒険者>を戦いに参加するよう説得するべきかを協議するために再びナオキの口から見てきた情報を話すようにクラスティが促す。

 

「それで、ナオキ君。<緑小鬼>(ゴブリン)の件は本当かい?」

 

「ほんまや。上位種含む混成部隊に指揮する〈緑小鬼の将軍〉(ゴブリンジェネラル)を確認しとる。間違いなくあれは群れって規模やないで」

 

 通常、<緑小鬼>(ゴブリン)は数体という限りなく少ない群れで纏まっている。それが知恵を付けた呪術師や祈祷師という存在、もしくはホブがそのまま居座ることでさらに大きな群れが形成されていく。

 だが、そこからさらに大きな群れとなるとオウウ地方に点在する6つの氏族ぐらいしか存在しない。簡易的な拠点を作ってからその周辺を略奪し尽くし、次の場所へ移動するという<緑小鬼>(ゴブリン)の生活スタイルではどうあがいても群れの維持が難しいからだ。

 

 そんな群れでの動きだが、ナオキの見た<緑小鬼>(ゴブリン)たちは明らかに異常なことが2つあった。1つは通常は命令なんぞ知ったことかとばかりに散らばるところだが、そんなことなくお上品に行進していること。そして、2つ目は血の匂いを好むがゆえに錆びてボロボロになっていることがほとんどな武器の類が金属特有の輝きが見えるまで整っていたのだ。群れの数もさることながら、そんな規律が行き届いた群れはもはや群れではなく『軍』だ。

 そして、<緑小鬼王>(ゴブリンキング)の選出が間違いなく『群れ』から『軍』になるきっかけなのだろう。そう言い終えたナオキが茶を飲んでいると、静かに話を聞いていたミチタカが手を挙げて話し出した。

 

「ナオキ、その偵察はセルジアット公に頼まれたんだよな?」

 

「あの人の娘と連名や。美人やったで……っていうのは冗談や」

 

「ならおかしいな。大規模な<緑小鬼>(ゴブリン)の襲来なんぞ、俺たちにとっては特に苦戦はしない。だけど、<大地人>は別だろ?」

 

 女性陣からの冷ややかな視線に当てられている最中であったナオキだが、ミチタカの意見に首を縦に振る。

 <大地人>の兵士のレベルはお世辞にも高いとは言えず、その兵を指揮する騎士もクラスティやナオキのようなレベル90の<冒険者>からすると頼りないとしか言えないレベル差がある。これが数小隊の群れであるならばこの領主会議に参加する貴族の騎士団や兵を派遣すれば容易く討ち取れるだろうが、事態はもうそういう次元を超えてしまっている。

 そんな事態になってしまっても尚、<アキバの街>に居る<冒険者>を纏めている<円卓会議>に貴族からのコンタクトが来ないのは明らかにおかしなことと言える。

 

『こんな時までのけ者かよ』と悪態をつくミチタカに、今度は三佐が手を挙げた。

 

「<イズモ騎士団>はどうでしょうか?」

 

「貴族の話を聞いていたが、彼らも<イズモ騎士団>については詳しい動きは分かっていないと思う。それに、<緑小鬼(ゴブリン)王の帰還>以外にもヤマトには時限発生イベントがあったように思うのだが……」

 

「あるね。このタイミングだと<スザクモンの鬼祭り>が近いかな。あれの対応も考えると……<イズモ騎士団>では手が回らないと思うんだけど」

 

 <スザクモンの鬼祭り>。今回の問題となっている<緑小鬼(ゴブリン)王の帰還>の西バージョンだ。西日本の主な亜人勢力は〈人食い鬼〉(オーガ)なだけで基本的にやることは一緒の時限発生イベントなのだが、西も<大災害>の混乱で碌にイベントをこなしていないだろう。

 そうなると<イズモ騎士団>1つでは圧倒的に手が足りないことになってしまうし、他の騎士団の助力を乞おうにも海を渡って来なければならないので時間が絶望的に足りない。

 

 そんな感じで話し合いは進んだが、結局のところは『貴族たちの出方次第』という受け身な姿勢を貫くという形で結論がついた<円卓会議>であったが……。次の日にザントリーフ地方に合宿の引率に出かけていた直継たちの念話によって事態が大きく動き出すこととなった。

 

***

 

「シロエ! ザントリーフ半島に〈水棲緑鬼〉(サファギン)や!」

 

「こっちも報告は受けてる! ひとまず、ソウジロウに連絡して<アキバの街>に居る主要ギルドのギルドマスターを会議室に集合させて!」

 

 扉を騒々しく開けながら入ってくるナオキにシロエは矢継ぎ早に指示を下す中、クラスティやミチタカをはじめとした領主会議に参加している<円卓会議>のメンバーはそれぞれの<フレンドリスト>とにらめっこをしながら念話をひっきりなしに掛けていた。

 そんな彼らの話題はもっぱらナオキがこちらに来る前にカワラから念話で報告されたザントリーフ半島の〈水棲緑鬼〉(サファギン)のことで、ひとしきり報告を聞いた彼らは直継やにゃん太、マリエールといった合宿の責任者の話を聞いて対処するように伝えてから別の誰かに念話を送っていた。

 

 そんな忙しそうな彼らを横目にナオキも<フレンドリスト>からソウジロウを選んで念話を始める。何回か呼び出し音が彼の耳を叩くが、数秒もすると慌てたような声聞こえてきた。

 

【ナオキっ!】

 

【ザントリーフの〈水棲緑鬼〉(サファギン)やろ? カワラからソウジロウにも連絡したって聞いとる。とりあえずは落ち着き】

 

 慌てすぎている雰囲気を察したナオキがソウジロウを落ち着かせ、十分に話を聞ける状態になったタイミングでシロエからの指示を伝える。予め落ち着かせたのが良かったのか、それともワンコ体質ゆえなのかは定かではないが、彼は二つ返事で答えると早々に念話を切ってしまった。

 相変わらずの前衛バカっぷりにため息をついたナオキはソウジロウのストッパー兼常識的な副官枠としてイサミに念話をすると、どうやらソウジロウもソウジロウで彼女を副官として連れて行っているようであった。

 

 そこでふとナオキの脳裏に悪寒が走る。確かにイサミも年長組には入らないが気配りが出来るまとめ役の1人である。

 ただ、こういった会議や突然の招集にソウジロウは彼女よりもっと大人であるナズナを連れて行くのがお決まりのパターンであった。

 

【あれ、ナズナ居らへんの?】

 

【えーっと……その……今は反省中っていうか……】

 

【帰ってから聞くわ。どうせ、禄でもないことやろうけど】

 

 僅か1往復の会話。されど、たったそれだけで脳裏に走った悪寒が正しかったことをナオキは自覚した。

 なにがどうなっているのかは後で聞くとして、今はイサミに頑張ってもらおうとエールを送っていた横で、シロエは少し考えこんでからヘンリエッタとカーユにザントリーフ半島の状況を聞き出すために会話をしていた。

 

 ザントリーフ半島のホットスポットは大まかに分けて2か所。〈水棲緑鬼〉(サファギン)が上陸してきているビーチ側と<緑小鬼>(ゴブリン)のエンカウント率が高くなっている<チョウシ>西部の丘陵地帯である。

 

「合宿に同行している中堅以上の<冒険者>はその2か所に行くようにして。初心者は学校跡まで退避、最低でもベテランは1パーティはつけること」

 

「分かりました」

 

 その情報を聞いたシロエは即座に方針を指示。カーユとヘンリエッタはそれぞれの<フレンドリスト>から責任者になり得そうな<冒険者>を選択していき、シロエの指示を伝達していく。

 これで全滅という最悪の事態は防げるだろうが、このまま手をこまねいていても状況は悪くなるばかりなのは火を見るよりも明らかだ。そうなると、重要なことは各地の責任者同士の情報のすり合わせが現時点での重要なタスクとなってくる。

 

 ただ、念話は基本的には1対1という関係上、別の人と会話してそれを別の人に──。なんてことをしていると伝達ミスや認識の違いといったヒューマンエラーの温床となる。元の世界のような会議ツールや多数向けの通話機能などがないこの状況が心底歯がゆいと思いつつ、なんとか多数で意思疎通が出来る状況を考えていたシロエにナオキが声を掛けた。

 

「なぁ、セルジアットのおっちゃんから水晶玉いくつか借りて来るか? どうせシロエもそれぞれから情報聞くことを考えとったんやろ? あれなら多数の通話もできるし、なんならそのままザントリーフ半島に留まれるで」

 

「いや、ナオキはここに居て欲しい」

 

『おっちゃん』という不敬にもほどがある発言に眉をひそめたシロエだが、気安さの権化(マリエール)を長年見ていたおかげでそのことを指摘することなく会話を続ける。

 

 ナオキの提案は非常に魅力的だ。ただ、水晶玉を使用するとなると<大地人>の魔術師の力も必要となるので必然的に<冒険者>の考えや方針が<大地人>に聞かれる恐れがあり、それが貴族の耳に入ってしまうことも十分にあり得る話だ。

 仮にだが『<大地人>を見捨てる』という選択を取った場合、宮廷に居る貴族が<円卓会議>として参加しているシロエたちに危害を加えたりなども考えられる。

 

 また、ナオキは親善試合やコーウェン家からの朝食の招待や偵察クエストの対応を経て、この領主会議に参加している<円卓会議>のメンバーの中ではクラスティたち代表者の次に認知されている人間だ。そのような人間をホイっと別の地方の救援に出すのは愚策以外の何物でもないため、シロエがナオキに待機して欲しいことを伝えた矢先──。

 

 シロエのフル回転状態であった脳に電流が走った。

 

「ナオキ、ヘンリエッタさんも。たしか僕たちが<ススキノ>に行く前、ヘンリエッタさんと班長の間にナオキが入ってセララさんを救出したって言ってたよね?」

 

「えぇ、その節は大変お世話になりましたわ」

 

「ヘンリエッタさん、もう十分すぎるほど謝礼もらったからえぇねん。……で、それがどないしたん?」

 

 お辞儀をし出すヘンリエッタをやんわり制止させ、そのままシロエの方に視線を向けたナオキ。そんな彼にシロエは説明を始めた。

 

「念話相手が僕等の言ったことをそのまま喋ってくれたら解決するんだよ」

 

「あー、それやとその場に居る全員が聞けるな」

 

 話を要約すると何かを話したら受け手がその通りに話すという一種の『気付き』である。かなり暴力的な言い方をすれば、念話相手をスピーカーにするやり方というのが分かりやすいだろうか。

 

 その考えを確認すべく、試しにナオキとシロエがそれぞれにカーユとヘンリエッタを連れて別室へと赴く。最初こそナオキはシロエやカーユの言葉遣い。シロエはナオキの関西弁やヘンリエッタの口調が上手くエミュレート出来ずに失敗していたのだが、数分もする頃には慣れた調子で全員の会話を可能とした。

 

「お、イサミから念話や。揃ったかもな」

 

「ナオキはイサミさんにこのことを知らせて。他の人はそれぞれの責任者に念話会議の概要と軽い練習をお願いします」

 

 案外上手くいったことに全員が『やれば出来るものだ』と感心したのも束の間。ナオキの耳に念話の呼び出し音が響き、視界にイサミからの念話というコンソールが浮かび上がった。<アキバの街>の方は準備が完了したのだと推測したシロエの指示でナオキは他の声に気を取られないように席を外し、コンソールをタップする。

 

【イサミ、<アキバの街>に居る奴らは集まったか?】

 

【はい。それで……この後はどうするんですか?】

 

【んじゃあ、これから言う事をそっくりそのまま言うて欲しいねん。……ってあぁ、ちゃんと標準語にするからね】

 

【あ、はい】

 

 最初の実験で分かったことだが、関西弁等の『訛り』というのは他の場所に住む人間にとっては非常に言い辛い。それで伝達齟齬が起こることも加味し、ナオキは標準語で自己紹介やら現状のこと。そこからシロエやクラスティの見解と『念話会議』なる概要を説明していくが、いつもの関西弁バリバリのナオキが標準語かつイサミの声で再生されていることにその場に居たソウジロウたちは首を傾げていた。

 

「なるほど、中継を用意しての会議ですか。シロ先輩もやるなぁ……ってイサミ? どうしました?」

 

「だが、盗聴の危険性はあるだろ。そこら辺は追々決めるべきだろうな。おいおい、本当に大丈夫か?」

 

「な、なんでもないです」

 

 そんな中でイサミはイサミでいつもの関西弁から標準語の丁寧な言葉遣いと言う『ギャップ』にちょっとグラついていたが、基本的に朴念仁属性が標準装備なギルドマスターたちは一向に気付かないで念話会議の有用性と危険性について議論する中、ナオキからはイサミへ『本番は他の人がかけてくるからボクよりも話しやすいで』と言い残して念話が切れた。

 

 ただ、早々に念話会議の話題に飽きだした<アキバの街>組。やがて話はいつの間にかザントリーフ半島の話にシフトしていく。

 

「しかし、〈水棲緑鬼〉(サファギン)の群れねぇ……」

 

「うちのカワラの話では10匹や20匹で利かない人数だそうです」

 

「シゲル君もそう言ってましたね。無限湧きに近い感じだとも聞いています。なので、このままでは……」

 

 無限湧き。文字通りギミックなどを攻略しない限り無限に敵が出てくるというシステムだが、<大災害>を経たこの世界で『無限』なんてものは早々にあり得ない。なのでシゲルは『近い』という言葉で濁したのだろうとアインスは推測するが、ここで何を言っても現場の負担が軽くなることはないのでそれ以上を口にするのを止める。

 

「今の内に足の速い騎乗モンスターに乗れるギルドメンバーに招集掛けとくか?」

 

「移動だけならばうちの専売特許だ。数パーティぐらいなら運べるぞ」

 

「お、流石だな郵便屋。軌道に乗ってきたっていうぜ?」

 

 すると、現状を打破するための算段を立て始めたクラスティにウッドストックが同調する。

 たしかに既にこの段階で対策が後手に回っているので、少しでも挽回するのであれば今のうちに準備をしなくてはならない。ウッドストック率いる飛べる騎乗モンスター部隊の力を借りれば馬で数日の所を大幅に短縮できるという追い風も加わってすぐにでも動きだそうとするアイザックであったが……。

 

「待ってください。そのための念話会議でしょう?」

 

「うっ……。あぁ、そういやそうだった」

 

「そうだな。だが、救援の案としては悪くない。後で話すとするか」

 

 ソウジロウが間に入ったことで独断専行で救援に行こうとする気運は落ち着くが、それでも彼を含めてザントリーフ半島にギルドメンバーを送っていたそれぞれの心境は穏やかとはいかなかった。

 ナオキの確認が終わってから十数分しか経っていなかったが、心境も相まって数時間放置されたような錯覚に陥った頃。イサミの耳と目が念話が入ったことを知らせた。

 

***

 

 話は変わるが人は群れる生き物だ。当然ながらその群れは戦闘にも用いられ、兵士数人なら小隊──小隊が集まって中隊──中隊が集まって大隊と集合する兵士の人数によって呼称も変わっていく。その定義は<冒険者>も当てはまり、6人の<冒険者>が集まることでパーティという集団戦闘を行う上での集団が出来上がる。

 

 ただ、<エルダー・テイル>ではそのパーティだけでは行えないようなコンテンツがある。それが<大規模戦闘>(レイド)だ。

 最低限の集団であったパーティをいくつか纏めることで<ハーフレイド>や<フルレイド>。最大規模ともなれば総勢96人の<レギオンレイド>なんてものもある。

 しかしながらそれ程の物となると運営も調整が難しいのだろう。<エルダー・テイル>の歴史の中で<レギオンレイド>の種類はほんの少し──どれも難関中の難関と言えるダンジョンやボス。もしくは超大規模のライブイベントの時ぐらいであろうか。

 

 そんな<レギオンレイド>の人数の100倍の<緑小鬼>(ゴブリン)が北から侵攻し、ザントリーフ半島では<レギオンレイド>分の〈水棲緑鬼〉(サファギン)が上陸。いかに90レベルの<冒険者>にとって雑魚でも、緻密な連携を取らなければ物量で押し潰されるのは明白だ。

 

『しかし、シロ先輩。なんでそんな大所帯の<緑小鬼>(ゴブリン)が向かってきているのですか?』

 

『それはナオキが偵察に行ってくれたからはっきりしたよ。<緑小鬼>(ゴブリン)王の帰還だ』

 

 当然の疑問を口にするソウジロウにシロエは確信したように堂々と答える。

<エルダー・テイル>をプレイしていると自然と覚えるようになるそのイベント名を聞いたそれぞれは一様に『あぁ、あれか』と合点がいったような表情をするが、なまじ美味い報酬に高難易度でもないお手軽イベントだったために上手く行かなかったパターンの知識が乏しかった。

 

 そんな中、ミチタカやアインスなど『ストーリーも読み込む派』の説明によって、全員に一定期間以内に<緑小鬼王>(ゴブリンキング)を討伐出来なかった際の悪影響が周知される。<大災害>以降の混乱でイベントのことなどすっかり忘れていた全員は気まずくなるのを恐れて口を噤んでいると、合宿の拠点である廃学校へ移動中の直継が声を上げる。

 

『じゃあ、合宿は中止で良いんだな? すぐに廃学校の奴らに伝えて≪帰還呪文≫(コール・オブ・ホーム)で──』

 

『それはちょっと待って。……ちょっと会議を休憩しましょう』

 

『おいおい、大丈夫かよ』

 

 これ以上の交戦は無意味だと直継が≪帰還呪文≫(コール・オブ・ホーム)という<大神殿>がある街に帰る魔法を使用して撤退を進言すると、シロエがその判断に待ったをかける。そのまま休憩を言ってきたため、直継含めた一部の参加者は難色を示すが、先程のやり取りでシロエの脳裏に過ぎった『予想』はそれほどまでに生々しく、また<アキバの街>やザントリーフ半島に居る面々よりも確信めいていた。

 

「ナオキ。アカツキ」

 

「なんだ(や)、主君」

 

「ナオキの主君はソウジロウだろ? とりあえず、現状の貴族の動きをアカツキに調べて。ナオキはもう1回<緑小鬼>(ゴブリン)軍の詳細な説明をお願い」

 

 念話を一旦切ったシロエはその場に居た全員の念話を終えると同時にナオキとアカツキを呼び出す。相変わらずの主君呼びに含めて悪乗りした悪友に、シロエはおざなりに反応しつつもそれぞれに指示を出した。

 貴族の動きを観察するという主命を得たアカツキは『心得た』と喜びながら姿を消す一方、ナオキは『ぶっちゃけ<大地人>やと相手にならんで』とご機嫌斜めな様子でテーブルに広げられた地図を指差してから<緑小鬼>(ゴブリン)軍の編成や予想進路などを再び説明する。

 

 だが、やはりというべきだろうか。最初に話した通りの報告になってしまった。そのことに『目新しいもんなかったやろ?』と分かりきったような口ぶりでシロエに話しかけるナオキにであったが、彼はひたすら顔を青ざめさせている。

 

「ねぇ、ナオキ。この軍だとどのぐらいの被害が起こるかな」

 

「ボクは軍師ちゃうで。けどまぁ……、村やったら一瞬。城でも<マイハマ>ぐらいじゃないと数時間保つかやない?」

 

「そうだね。籠城戦は基本的に十分な備蓄がある場合は籠城側が有利だし、数時間は保つんじゃないかな」

 

「おいおい、じゃあ<マイハマ>以下のところだったら……」

 

<丘巨人>(ヒル・ジャイアント)が居るんや。城壁に体当たりさせたらそれで終いや」

 

 軍事などの知識がないナオキでも『大きさは正義』という不文律があることだけは分かっている。圧倒的体躯から繰り出される質量攻撃はそれだけでも脅威だし、その攻撃から城を守るのはただ石を積んだだけの城壁は荷が重過ぎるだろう。

 

「やっぱりそうなるよね」

 

「シロエの試算ではどうなん?」

 

「ツクバは間違いなく落とされるし、<チョウシ>とかの城壁がない集落は全滅」

 

「他にもあるぞ。合宿組近くにある<チョウシ>とか、城壁のない集落が全滅するのは非常にまずい」

 

 そんな会話をしている最中、ふとミチタカが割って入ってくる。聞けば海洋機構などの生産系ギルドは多くの店が<アキバの街>の周辺、もしくはもっと足を延ばしたところにある村落から材料を下ろしてもらっているそうだ。

 ここで<緑小鬼>(ゴブリン)の集団がやってきて根こそぎ──となったら食料品や物品の原材料の供給は一気に無くなり、<アキバの街>が困窮することになる。

 さらに言えば、そういった伝手で既に<大地人>と<冒険者>の繋がりも少なからずある。<緑小鬼>(ゴブリン)によって『亡くしたショック』という筆舌しがたい痛みを受ける……ということも大いにあり得る話だ。

 

「分かりました。纏めると、<冒険者>が打って出て<緑小鬼>(ゴブリン)を一掃する……という方針ですね」

 

「そうだね。だけど問題は……」

 

「お呼びがかからねぇことなんだよなぁ」

 

 <円卓会議>として推す方向性は決まった。──が、それを自発的に行うのはイースタル側が<円卓会議>を下に見るに十分な材料となってしまう。今後の関係を見れば両者の関係は同等が最適なのだが、刻一刻とこちらに<緑小鬼>(ゴブリン)がやってくる事態を分かっていないのか会議に招集されるという行動を一切見せない貴族たちにクラスティとミチタカは呆れたように呟いた。

 

 シロエも貴族ではないために『おそらく』と枕詞を付けるような推測の域を出ない話にはなってしまうが、セルジアットの偵察結果を見ているであろう貴族たちも<冒険者>に頼らざるを得ないというのは分かってはいるのだ。

 だが、それでも1歩を踏み出せない。<冒険者>もその1歩を待ってはいるが、こちらから向かっていっても相手はさらに1歩後ろに下がるのは目に見えている。

 

 結局、ここで喧々諤々と話し合っても思い切って貴族たちの会議の場に乱入してもどうにもならないということで、休憩し続けていたシロエは念話会議を再開。改めて侵攻してくる勢力の説明をしてから今回の被害の試算。そして、<円卓会議>における方向性を説明した。

 はじめこそ『<大地人>なんて放っておけ』とアイザックが言っていたが、ミチタカが発言した『卸し』についてや<アキバの街>組のツッコミを経て『悪かった』と謝罪した。

 

『あのアイザックが随分と丸くなったものだ』とナオキは思ったが、へそを曲げられかねないために黙っていると、ソウジロウの口調でカーユが話し出した。

 

【たしか、こういった大きな事件ってチートっぽい強さのNPC集団が出てきませんでした?】

 

【<イズモ騎士団>だね。<大地人>じゃなくて古来種と言われる突然変異みたいなキャラの集団。だけど、それは"機能"してくれていたらになるね】

 

【あの、誰か<イズモ騎士団>の話を聞いたことがある人は?】

 

【ゲームだった頃は耳にタコが出来るほど聞いてたし、ストーリー型のクエストにも介入して来たけどよ。<大災害>以降はトンと聞かねぇな。生産系の方はどうだ?】

 

【うちも聞いたことないねー。もしかしたら外国に行ってるとか? 出張……みたいな?】

 

【僕も彼らについては調べましたが、今のところは<イズモ騎士団>の存在は確認できていません】

 

<イズモ騎士団>の行方についてあーでもない、こーでもないと話し合ってはいた全員だが、シロエの発言によって波が引いたように会話が少なくなった。このような未曽有の事態に出張ってくるはずの存在が出張って来ない──それによって引き起こされる未来がとてつもなく鮮明に見えたからだ。

 

 そんな追い風染みたこともあってか『<大地人>の救援』という名目で話がトントン拍子に進む。なにせ、<大神殿>で復活できるのだから、少なからず死人が出るのも許容は出来る。──とミチタカたちが話し合っていた時であった。

 

【皆さん。伝えておきたいことがあります】

 

「ナオキ殿」

 

 シロエが覚悟を決めたように話し出すのと同じタイミングでアカツキが姿を現した。会議中なのでシロエはハンドサインでナオキに退出を指示したため、彼はアカツキと共に部屋を出る。

 周囲に人気がないことを確認しながら『どうしたんや』と問おうとしたナオキであったが……。

 

 右見て──セルジアットが居る。

 左見て──フェーネルとサラリアが居る。

 もう一度。今度は目を擦って右を見ると──やはりセルジアットが居た。

 

「何の御用でしょう?」

 

「突然の来訪、誠に申し訳ございません。ですが、私とフェーネルは<緑小鬼>(ゴブリン)襲来の対策のために<マイハマ>へ戻るので、手を貸してもらったナオキ殿に挨拶をと思いまして」

 

 若干声が上ずっていたナオキの質問にサラリアは目を伏せながら要件を伝える。その言葉の端々から悲壮感と言うべきか、まるで今生の別れのような雰囲気を感じ取ったナオキは恐る恐るといった感じで探りを入れてみた。

 

「……<マイハマ>は大丈夫なんか?」

 

「厳しいですね。どれだけ招集をかけても我々の兵力は2000程度なので」

 

 関西弁で話すナオキを窘めることなくフェーネルは俯きながら話す。

 なにせ戦力差は2000対10000。しかも後者の方は周辺の<緑小鬼>(ゴブリン)も指揮下に置き、未だに勢力を拡大しているという最悪のオマケつきだ。到底覆せる戦力差がないことにナオキの中の推測は確信へと変わる。彼らは決死の覚悟なのだろうと。

 

「レイネシア姫はどうするつもりや?」

 

「義父上が領主たちを纏めるためにここに残るつもりだ。……だから、ナオキ殿には再び依頼をさせていただきたい」

 

 ──義父上とレイネシアを守ってくれ。

 

 絞り出すような声色でフェーネルはナオキに懇願した。貴族としては下の下だが、人の親としては最上位に当たる依頼にナオキの心象では2つ返事で受けたいクエストであった。<自由都市同盟イースタル>の筆頭領主とその孫娘の警護という内容から見るに報酬も高そうだし、なにより高レベル<付与術師>(エンチャンター)と鬼畜眼鏡もとい、<守護戦士>(ガーディアン)含む諸々で拠点防衛など後ろで鼻を穿るぐらいの難易度でしかない。

 

 ただ、ナオキがそれを受けるわけにはいかなかった。

 彼の現在の役割はシロエたちの補佐である。ゆえにことあるごとにシロエたちの許可を得る必要があるのだが、今は大事な念話会議の真っ最中なので少し待ってもらう必要がある。──が、<緑小鬼>(ゴブリン)が現在進行形でこちらに向かっている以上は余計な時間など存在しない。

 

 事後承諾にするべきかを悩んでいると、唐突に後ろの扉が開かれた。

 

「良いですよ。ですが、お二方を<冒険者>に警護は他の貴族の方々を刺激することになりかねません。なので、クエスト内容は宮廷の防衛に変更させていただきたく」

 

「おぉ、クラスティ殿。もちろんです、よろしくお願いします」

 

「なぜここに?」

 

「面白そうな話が聞こえて来たからね。少なくとも、シロエ君のよりは楽しめそうだと思ってね」

 

 当然のごとく話の主導権を握って交渉するクラスティ。しかし、<円卓会議>の代表と言うネームバリューは強大で、トントン拍子に話が進んでいつの間にかナオキはこの一連の動きが収まるまでは宮廷に缶詰めになってしまった。

 受けるのはナオキの中では決定事項だったのだが、どうにも『これでどうだい?』と顔をしてくるクラスティにかなりイラッとしたナオキは彼の膝に蹴りを見舞ってから去って行くセルジアットたちを追いかけた。

 

「ちょい待ち。これ……あげるわ」

 

「ナオキ殿、あちらはともかくここは普通に人目があります。そのような言動は……。なんですか、これは」

 

 人目がある廊下であることを気にして警戒しながら苦言を呈するサラリアであったが、ナオキから手渡された何かの文様が描かれた2個の石に首を傾げる。

 

 この石は即座に予め設定された街の入り口に瞬間移動を行えるアイテムで、普段ならば長い時間をかけて行う帰還魔法の手間を大幅に省けるので高レベルの<冒険者>は必ず数個は持ち歩いている物であった。ナオキが設定しているのはもちろん<アキバの街>。そして、手渡された石は2個。それらの関係性を推測する前にナオキが笑顔を向ける。

 

「指揮官は1番最後に死ぬのが仕事なのは分かっとるし、兵士や住民にも家族が居るのは分かっとる。やから、これは余計なおせっかいや」

 

「ナオキ殿……。すまない」

 

「ありがたく頂戴します」

 

「このご恩は必ず」

 

「生きてレイネシア姫にただいま言うてくれたらそれでえぇわ。さっさと行き」

 

 腰を折って謝辞を述べたセルジアットたちと別れたナオキが『偉い人と話すのは嫌やわー』と言いながら伸びをすると、追いかけて来たらしいクラスティが話しかけてくる。意地の悪そうな笑みの中には『面白そう』という彼の悪癖がこれでもかと詰め込まれてはいたが、部屋に戻る最中にクラスティから言われた内容はナオキの予想通りだった。

 

「偽善的だね」

 

「せやで、偽善やもん。やけどな、知り合った16歳の子から父親と母親を失わせる理由にはならんと思うんよ。せやから渡した。これはクラスティさんにも否定はさせへんで」

 

 偽善者として振舞うつもりはさらさらないが、人間なんて僅かに縁を繋いでしまえば手を貸そうとする生物である。今回はその特性に従った形だと話すナオキに、クラスティは何がおかしいのか笑い出した。

 

「はははっ、ナオキ君は本当に面白いな。だけど、君がそうだから"相談役"なんだろうね」

 

「なんのこっちゃ……。ところで、会議はえぇんか?」

 

「あぁ、死のリスクについては聞いたよ。そのことについて皆、ナオキ君に意見をもらいたいそうだ」

 

 先程までは『休憩』と言って出てきていた彼の口からまさかの呼び出しが告げられる。相変わらずのマイペース振りにナオキは『はよ言えや』と叫ぶとクラスティを連れて部屋へと戻って行った。




本年度の西風の相談役は今話までとなります。
今年は長年続いていた作品が一旦の完結となり、様々な方に読んでもらったことをうれしく感じております。

これからもマジックテープ財布をよろしくお願いいたします。

※どこで切ったらちょうど良いのか、風呂敷の畳み方どうしよ…で悩んでますw
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