西風の相談役   作:マジックテープ財布

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34話:襲来

 ソウジロウを主軸とした<西風の旅団>の一部が<エターナルアイスの古宮廷>へ入って数時間後。ようやく会議が終わったことを念話越しにシロエから伝えられたソウジロウはナオキやナズナを伴い、宮廷内に点在する会議室の中のとある部屋に向かう。

 部屋の前にはシロエが立っており、彼はソウジロウたちの姿を見ると片手を上げて挨拶をしてきた。

 

「悪いね。待たせて」

 

「そうやで。そんなに難航してたんか?」

 

 呼び出しておいて待たせたことを悪びれるシロエにナオキは同意する。ただ、彼も最初から<円卓会議>として参加していた方なので事態はよく分かっているし、戦力を調べた上で<大地人>が圧倒的物量を持つ<緑小鬼>(ゴブリン)軍を相手に持久戦出来るとは毛ほども思っていない考えを持つ筆頭である。

 少しでも利口な知恵を持つのなら恥を忍んで<冒険者>にクエストという名目で助けてもらい、<円卓会議>がそれを『新たな<大規模戦闘>(レイド)』と定義して<アキバの街>にて募集を掛けるのが綺麗な道筋だと言える。

 ただ、それはナオキの主観である。シロエがそこまで想像出来ていなかったとは思えないが、もしかしたら何か失敗して会議がご破算になったのかとを不安視したのだが、どうやらここまで来て貴族たちは<冒険者>側の責任として『自発的』に<緑小鬼>(ゴブリン)討伐を行わせようとしていたらしい。

 

 曰く、不死性や<大地人>以上の力は神から与えられた恩寵であり、それを有する<冒険者>はこの大地を救う義務があるらしい。そして、その義務を放棄した結果がこのような事態となったのだから、<冒険者>はその責任を取るためにすぐさま<緑小鬼>(ゴブリン)を駆逐しろ──なのだとか。

 

「そんな設定あったっけ?」

 

「知りませんね」

 

「知らなーい」

 

 聞き覚えのないことにナオキはソウジロウとナズナに問いかける。しかし、ナズナはともかくソウジロウも知らないとなると、そんな設定がない気がしてきたナオキにシロエは『多分、埋もれた設定だと思う』といった返事をする。

 

 ただ、重要なことはそこではない。まるで<緑小鬼>(ゴブリン)を間引かなかった自分たちが悪いように言ってくる貴族たちを牽制しようとミチタカが強く当たったが、どうやらやりすぎたらしい。貴族たちが軒並み黙ってしまったことで会議はいったん中止となりかけたが、そこにレイネシアが会議室に乗り込んできたみたいだ。

 

「へぇ~、あの姫がねぇ」

 

「知ってるんですか?」

 

「あったことあるけど、ぐーたらの虫が大量にくっついてそうな姫さんやで」

 

 碌でもない説明にシロエは内心で『不敬罪にならないよね?』と心配そうに周囲を見ながら小さな声量で同意し、彼女が会議室で仕出かしたことを端的に暴露する。

 レイネシアは会議室に入ってくるなり、<アキバの街>に義勇兵を募る旨を発した。最初こそ『世に憂いた深層の令嬢が発したお遊び』といった雰囲気で生温かくも、<自由都市同盟イースタル>と<円卓会議>にとって明らかな越権行為を未婚の女性という貴族階級にとって一人前未満の存在が行ってしまったことによる落胆の視線を集めていたが、次に彼女はこの場にさらなる爆弾を落とし込んだ。

 

「レイネシア姫の話にあったんだけど、やっぱり<イズモ騎士団>は行方不明みたい」

 

「貴族が口々に言うとったんは、ほんまやったか」

 

「たしかにそうなると<冒険者>に頼らざるを得ませんね」

 

「頼み方はあれだけどね~」

 

 <大地人>にとって切り札となる<イズモ騎士団>の消失という大事件だが、既に貴族間の会話を盗み聞いて察していたナオキはさも当然のように頷き、ソウジロウやナズナも特に驚かなかった。シロエも薄々勘づいていたのでレイネシアの発表に彼らと同じようなことを考えていたのだが、どうやら貴族たちはそうはいかなかったようだ。

 

 『なんてことをしてくれた』、『機密を漏らすなんて』とレイネシアの思慮の浅さを糾弾する声が会議室の壁を震わせるほどの大騒動になったらしい。

 だが、あわや大惨事──といったところでセルジアットがその場を取り仕切ってレイネシアに改めて発言許可を出した。

 

「あの人はよく僕たちを見てるよ。"<冒険者>は自由です。ですが、その自由と我々の弱さに甘えて彼らを道具にする権利はない。彼らにとって礼節をもつべきだ"ってさ」

 

「せやなぁ。クエストも報酬ありきの話やしな」

 

「個人的には困ってたら助けてあぐぇ?」

 

「はーい、ソウジは黙っときな」

 

「ははは。僕も礼節は想定外だったし、目から鱗だったよ。……だからこそ、クラスティさんも納得したのかな。あの人があんな顔するなんてね」

 

 いつも『冷静沈着』が服を着て歩いているかのようなクラスティが珍しく呆気に取られていた表情をしていた。あの表情はたしかに押されてタジタジになっていたとシロエは口元に笑みを浮かべながら言っていると、後ろからアカツキが出発を急かして来た。

 

「主君、そろそろ行かねば」

 

「あぁ、そうだね。じゃあ、僕たちは姫を連れてアキバの方に戻るから。警護は頼んだよ」

 

「はいっ、シロ先輩。任せてください」

 

「一応、<緑小鬼>(ゴブリン)の集団に対抗してこっちも目立たへんように戦力集めとるけど、持ちこたえられへんかったら連絡するわ」

 

 挨拶代わりに拳をぶつけ合うと、シロエとアカツキは去って行く。廊下に残される形で突っ立っていた3人は特にやることがないことを話し合った末に元来た道を戻って部屋へ向かうが、待機していた部屋がいささか賑やかになっていることに気付いた。

 

「イサミたちが騒いでいるんでしょうか?」

 

「こんなお城だからね。我に返って物色してるんじゃないかい?」

 

「ご近所迷惑にならん程度って釘差しとこか」

 

 時間が時間なために騒ぎすぎるのも良くないとナズナに『まっじめ~』と囃し立てられながらも扉を開けたナオキ。その先には色とりどりのドレスを着た淑女たちが一斉にこちらを見てきた。

 人間、予想外のことが起きるとフリーズする生き物だ。待機所だと思っていたところに見知らぬ──いや、よくよく目を凝らせばアプレッタたちや最初の舞踏会で領地の話題で話していた貴族たちが誰かと話していたので全員見知らぬというわけでもないが、誤差だろう。

 そんな集団の視線を一身に受けたナオキも、ナオキの姿を見た淑女たちも時間が止まったように固まっていたが、いち早く我に返ったナオキは扉を閉める。

 

 扉が完全に絞まる瞬間、『お邪魔しました』と言うのが彼の出来る精一杯の礼儀であった。

 

「あれ、ここって初めに通された部屋ですよね?」

 

「いやー、そのはずなんやけどなぁ。なんせ、ここは広すぎるさかいなぁ」

 

「あたしも確認したけど、やっぱり合ってるよ」

 

 3人は道順を確認するが、何度確認してもやはり入ったのは案内された部屋である。

 もしかするとここを使用する催しがあって致し方なく使用したのだろうとお人好しのソウジロウが呟いた。ただ、そうだとするとイサミなどのギルドメンバーや荷物はどこに保管されているのか。

 ひとまず、近くの兵士にでも聞いてみようかと結論を持って行く最中、件の部屋の扉が開かれた。

 

「あの、入らないのですか?」

 

「あ、局長。お帰りなさい」

 

 僅かに開かれた扉からアプレッタとイサミの顔がひょっこりと姿を現す。その2人が妙に仲良さげにしていることに加え、先程部屋の中を除いた感覚を思い出して何が何やらといった感じで呆然と立ち尽くす3人。

 だが、何時までも突っ立っているわけにはいかないとソウジロウを先頭に部屋の中へ入ると、彼の姿を見た大多数の淑女が黄色い声を放ちだした。

 

「あのー、アプレッタ……様? どういうことでしょうか?」

 

「先ほどお話いたしましたが、私たちはパーティをしていたのですが……。つい、ソウジロウ様たちのことを話してしまって……。それならば格式をかなり落して皆さんに参加しやすいようにしようと……」

 

 若干言い辛そうにするアプレッタからの事情を聞くに、どうやらこちらのことを気遣ってパーティをこちらにしたのだそうだ。──が、彼女は頻りにソウジロウの方向をチラチラ見ながらかなり言い淀んでいる様子だったため、長年<西風の旅団>の相談役を務めてきたナオキの第6感ともいうべき感覚が『ソウジロウ目当てかい』とツッコみを入れる。

 

 無論、男性貴族も混ざっているので全員ではないが、圧倒的女性人気のソウジロウの登場に手持ち無沙汰気味となった彼らはイサミやドルチェといった<西風の旅団>メンバーと話している。

『それで良いのか、貴族たち』と<大地人>貴族についてなんだか形容しがたい感覚に陥っていたナオキであったが、その様子にアプレッタは申し訳なさそうに問いかけてきた。

 

「もしかして、お邪魔だったでしょうか?」

 

「あ、大丈夫です。アプレッタ様方のお気遣い、痛み入ります」

 

「良かった! では、私はソウジロウ様の所へ行ってまいりますね!」

 

 話を早々に切り上げたアプレッタは一目散にソウジロウの方へと駆けていく。言い切る前に足を前に動かしていたのだが、ナオキは無視して周囲をぐるりと一望する。

 

「あ、私も街に行ったことがあります! 大通りが活気が良くて楽しかったです!」

 

「ハハハ、君みたいな子にも喜んでもらえて嬉しいよ」

 

「<冒険者>を呼び込む方法ですか? ……例えばですが、生産出来る区画を作ったらどうですか? 私みたいなギルドに属してる人は不要ですけど、属してない人はこういった所がある街を拠点にするって友達に聞いたことがあります」

 

「ふむ、時間ごとの使用料金を取れば資金源にもなりそうだな。助言、ありがとう」

 

 イサミたちは男性貴族1人1人の話を聞いて回っている。中には<冒険者>についての疑問にも答え、中々に好感触なのか貴族たちが笑顔を彼女たちに向けていることから心配はいらないだろうとナオキは断ずる──が、イサミたちの反対方向に目をやると年長組の様子はかなり危うかった。

 ナズナは<大地人>の姫にソウジロウが囲まれている現状に恨み辛みが籠った念を送っている最中で、オリーブは顔を青白く変色させて『ソウ様……』と狼狽えている様子。そんな彼女たちの肩をドルチェが叩いて落ち着かせているので暴走は有り得ないだろうが、そろそろ本気で釘差ししないと少々危ないかもしれない。そう思ったナオキは近くで待機していたメイドからワインを受け取ってからナズナたちへと近づいた。

 

「これも仕事の内。これもしごとのうち。コレモ シゴトノ ウチ……」

 

「ソウ様……。ソウ様……。あばばば」

 

「あら、ナオキちゃん。あっちは良いの?」

 

「あっちのが上手くいっとるわ。年長組が何やってんねん」

 

 ナオキの接近に気付いたドルチェがイサミたちの心配をしているが、彼にとって現在進行形で心配なのが年長組であった。

 

 あの祭り男爵(なおつぐ)ではないが、基本的にイベントが大好きなゲーマー集団のことだ。レイネシアがちょっと可愛げがある仕草で頼み、その後にクラスティやシロエが場を良い感じに仕切ってくれれば<フルレイド>どころか<レギオンレイド>ぐらいの参加人数になるだろう。

 ただ、手を挙げる<冒険者>とは別にそれらをバランスよく配分したり、指揮をする<冒険者>を選出したりと先行して軍と真正面から戦うメンバーの編成にはかなりの時間がかかると思われる。その間に<マイハマ>や<エターナルアイスの古宮廷>が攻められる可能性は少なからず存在しているため、何時でも動けるようにしなければならないのだが……。御覧の有様である。

 

「お前らなぁ。ソウジロウがあんなのを前に靡くと思とるんか?」

 

「そりゃそうだけどさ。な~んかね」

 

「うん」

 

「いや、マジでしっかりしぃな。ああいう子らは<西風の旅団>にも居るやろが」

 

 <西風の旅団>やその下部組織には文字通り数多の女の子や女性が在籍している。加えてソウジロウの『癖』というべきか、ぐっとくる部分を言わないのを良いことにスパゲティのように複雑なコードの試験項目のように様々なジャンルが揃っている。そんな環境に居ながら、今更『世間知らずなお姫様属性』なんてありきたりなジャンルに引っかかるだろうか。

 否。断じて否である。

 

 だが、ここまではナオキの所謂、『ソウジロウに興味も減ったくれもない人間』の戯言である。当の本人らはその言葉に耳を貸さずに気が気でない様子だったため、わざわざ気を揉んだ甲斐も無かったとナオキが相変わらずモテモテ状態のソウジロウを見ていると──。

 

「あ、あの!」

 

「ん?」

 

「良ければ少しお話いたしませんか!」

 

 少々大きな声でフェヴェルがナオキに話しかけてくる。声をかけて来た当初はナオキ自身を餌にしてソウジロウを独占でもするのかと邪推したが、よくよく話を聞くと本当に話を聞きたいらしい。

 

 『なぜ自分が?』とフェヴェルとの関係性を思い返すナオキであったが、即座に『なに話せばえぇんや』という考えに切り替わる。成人して少々経ったにも関わらず、女性関係は皆無であっても<エルダー・テイル>関連のことしか話してこなかった弊害が生じたのだ。

 こういう時は頼りになる年長者と慌てて周囲を見るが、皆が皆まるで面白い物を見るかのようにナオキの方を見てくる。

 

「サラに言っちゃうぞ~」

 

「それは今、関係ないやん。失礼、それで……どのようなお話をご所望でしょうか?」

 

 咳ばらいをすることで無理やり空気を変えたナオキの疑問にフェヴェルは『なんでも良い』と返す。正直、『何でもいいが一番困るんですが』と夕飯の献立を適当に返される主婦のような感じで拒否したかったが、彼女も貴族の娘なのでおざなりにするのはまずい。

 

 なので、ここ最近のことでインパクトがありそうなススキノ遠征について語り出そうとナオキがナズナたちが陣取っていたテーブルの上に地図を広げだした。

 

「へぇ、本格的だねぇ」

 

「地図無かったら始まらんしな。今回お話しするのは知人の所属するギルド……って言っても分からないか。知人が頭目をしている集団に参加している者をススキノまで迎えに行ったお話です」

 

 そう切り出したナオキが<アキバの街>から北進し、<パルムの深き場所>。そして、<ススキノ>と指で説明を始める。その光景を見た周辺の若手の貴族や騎士たちはぎょっとした視線をナオキに向けるが、当の本人は貴族の娘を楽しませる道化に徹しようと必死であった。

 

***

 

「──そこで<ブリガンティア>の党首が叫びました。"俺を回復をしろ。あの猫野郎を袋叩きにしろ"と」

 

「なんて奴! 正々堂々の決闘のはずなのに!」

 

「騎士の風上にも置けないな!」

 

「そうだそうだ! 潔く負けを認めるべきだ」

 

「そんな奴が頭目ではその集団の程度が知れるな」

 

 気が付けばフェヴェルどころか周辺の貴族や騎士達。兵士までもが話に参加していた。

 それどころか<吟遊詩人>(バード)の特技なのかドルチェが時折過剰な演出を加えており、それがより一層フェヴェルたちを熱狂させている。早々に話を切り上げたかったナオキとしてはその行動はかなりの有難迷惑だったため、ドルチェに『なにしてん?』といった具合に目線を送るが帰って来るのはウィンクばかり。諦めて続きを話すためにどこまで話したか思い出していると、同じく近くで話を聞いていたイサミが耳に手を当て始めた。

 

「イサミです。うん……うん……。分かった」

 

 何やら返事をを繰り返した後に念話を切ったイサミ。どうやら<アキバの街>で先行打撃部隊を募った結果、かなりの数が希望したらしい。

 そのため、クラスティを指揮官とした先行打撃部隊のみならず、<妖術師>(ソーサラー)などの長距離火力職のみでまとめた支援部隊といった要領で複数の部隊が発足されることが決定。< D.D.D >や<黒剣騎士団>が主導で編成作業を急ピッチで行っているのだとか。

 

「編成出来次第、オキュペテーで出発するみたいです」

 

「あー、あれってもう出来とったんか。イサミ、今の状況をキャンプに居る子に伝えてんか?」

 

「了解です。……あっちはお任せします」

 

 引き攣った顔で再び念話に没頭するイサミを尻目にナオキは再び嫉妬でファイヤーしているナズナのフォローに回る。

 正直なところ、ブツブツと『貴族も一皮剥ければただの女か』と不敬罪一直線の生々しい言葉を吐き捨てるナズナの相手などしたくはなかったが、これでもナオキは<西風の旅団>に籍を置く身。時にはこういったこともやらなければならないのだと己を奮起していると、姫たちの間をすり抜けてソウジロウが近寄ってきた。

 

「ナオキ、ナズナ」

 

「なんや、帰ってきたんか……って、おい。なんつー顔しとるんや、他の人も居るねんで」

 

「ドルチェ、オリーブも目隠しお願い」

 

 近づいて来たソウジロウの顔にナオキは苦言を呈する。今の彼の表情は、まるで戦闘の最中に迷い込んできたと思わせるぐらい険しく、それでいて猟奇的であった。

 仮に今が<大規模戦闘>(レイド)の最中であれば『あぁ、局長がいつものね』といった具合に流すことが出来るが、ここは宮廷。付け加えるならば<大地人>の貴族が沢山出席しているパーティ会場の最中だ。

 いくら<冒険者>が礼儀作法に疎い粗忽者といった認識を持っていても尚、会場を変えてまで出席してくれた懐の大きい貴族たちでも、抜き身の刀を思わせる雰囲気を周囲に振りまくのはご法度以外何者でもない。

 ナズナたちもそれが分かっているのだろう。彼女の指示にドルチェとオリーブは素直にソウジロウを隠す目隠しとなり、ナオキとナズナは小さな声で彼になにがあったのかと尋ねる。

 

 万に一つしかないが、もしかしたら<冒険者>ということで下に見た貴族にネチネチと陰口のような言葉を浴びせられたことで気分を害したかもしれない。憶に一つだが、十数人もの姫クラスの女の子や女性に囲まれたことで胸やけ的なものになったかもしれない。

 想像するとキリがないが、ナオキやナズナの心配をよそにソウジロウは短く『見られています』と言うとナオキの服の袖を引っ張った。

 

「ナオキは僕と一緒に来てください。ナズナは……30分で僕たちが戻って来なかったら向こうの平原に様子を見に来てください」

 

「ソウちゃん、あたしたちは?」

 

「素振りの時間だと適当に濁してください。もしかしたらPKの類かもしれない、そういった視線でした」

 

 何が何やらといった感じでオリーブと顔を見合わせたドルチェだが、ナオキやナズナの表情から真剣な面持ちへと切り替わる。ナオキはともかくナズナは普段、やる気の内容に振舞ってはいるが<大規模戦闘>(レイド)や高難易度のクエストの指揮を任されている時は今のような表情で真剣に対応していることはよく分かっていた。

 ならば、今回の件もあながちギルドマスターの勘違いではないと感じたドルチェとオリーブが無言でうなずくと同時にソウジロウとナオキが手すりを足場に夜の闇へと消えて行った。

 

「まぁ、こんな高さから」

 

「すごいな。あの身のこなしは一朝一夕では身に着かんぞ」

 

「もしかしたら、モンスターを見つけたのかもしれん」

 

「やだ。怖いですわ」

 

 ソウジロウとナオキの奇行にパーティ会場は俄かに騒ぎ経つ。

 ただ、『<西風の旅団>がこの場に居る理由』を正しく認識していたナズナたちは非常に面倒臭そうな表情を一瞬だけ浮かべるが、すぐに笑顔を作ると<大地人>貴族を無用な混乱に陥れないために行動を開始した。

 

***

 

 <エターナルアイスの古宮廷>の屋根から屋根を飛び移っていくソウジロウの後ろをぴったりとついていくナオキ。彼の視界にはソウジロウの話していた平原が映っており、パーティ会場からは見えなかった異様な光景が見えだしていた。

 

「鳥?」

 

「あれは……カラスかな」

 

 距離が遠いので断定は出来なかったが、月に照らされた平原に舞う大量の鳥類に2人はより一層警戒心を強めてその場所へと急ぐ。距離が近くなるにつれてカラス特有の耳障りな声が耳につきはじめるが、ソウジロウたちは黙ってカラスが密集している箇所まで走り抜ける。

 

 ど……

 

ろ……

 

 すると、カラスの声に混じって何かの声が聞こえてきた。まるで歌っているかのように一定のリズムで綴られるその声はカラスが舞っているその中心部に佇む1人の女性から聞こえてきた。

 

 どろ──どろ──どろ──。

 

 汚い──汚い──。

 

 真っ黒で──濁った──溶けない──重い──頭の──心臓の──お腹の──奥──奥──奥。

 

 まるで子供の癇癪のように言いたいことをその場その場で口に出しているかのような旋律。全身を黒づくめのドレスに身を包んだ異様な女性ということも相まり、ソウジロウは刀を抜こうか迷っていた。

 <冒険者>であれば場所が場所なので誘導しなければならないが、人を模したモンスターであるならば直ちに討伐しなければ<エターナルアイスの古宮廷>に居る貴族に被害が被ってしまう。

 せめて異形の人型であったらマシなのだが、どこからどう見ても<冒険者>のような出で立ち。さらに言えばこちらが何を言っても反応すら返さない不気味さにソウジロウは横に居るナオキに声を掛けた。

 

「ナオキ、どうしましょう。……ナオキ?」

 

 しかし、ソウジロウの問いにナオキは何も返さない。それどころか、誘蛾灯に引き寄せられた虫のようにゆっくりと件の存在に近づいていくではないか。

 正体不明の存在に近づくという明らかに危険な行為にソウジロウは慌ててナオキの袖を引っ張るが、それすら振りほどいて歩いていく彼の表情には明らかに喜びの色が浮かんでいた。

 

「濡羽っ! 久しぶりやな!」

 

「……」

 

「レオトから聞いたんか? ほんま……あの時はすまんかった」

 

「…………」

 

 ナオキの言い放った濡羽という名前。その名前と彼女に関する思い出について過去にシロエやナオキ本人が語ってくれたことをソウジロウは朧気に覚えていた。

 たしか、クラスは<付与術師>(エンチャンター)。それもシロエ並みに腕の立つ上澄みの上澄みで、まるで自分を最低の人物であるように卑下しては相手に取り入ろうとする言動が目立つ女性だったか。

 

 しかし、そんな女性がこんな場所で何をしているのだろうか。ナオキやシロエからの報告では関西──<神聖皇国ウェストランデ>を拠点にしているギルドに籍を置いているはずである。<冒険者>とはいえ、こんな夜更けに1人でこんな所に来るなどあり得ない。

 そんな彼女だが、いくらナオキが呼びかけても一切返事をしない所もソウジロウは気になった。思い出を語っていたシロエたちの口ぶりからしても結構な場数を挑んでいたことは察せられるため、少なくともあぁいった無関心な対応は明らかに不自然である。

 そうなると、残る可能性はモンスターが化けている可能性が高い。彼女がいつ豹変しても良いように、ソウジロウが片手で鯉口を切る。

 

「あなたは……誰?」

 

「えっ」

 

「ナオキ、下がれ!」

 

 ナオキの後ろから切羽詰まったような声色でソウジロウが叫ぶ。その手には既に刀が抜き放たれており、後はナオキが退いてくれればモンスター(推定)を一呼吸で屠れる──はずだった。

 だが、その前に謎の存在であった彼女が動く。

 

「この……放せや!」

 

 唐突に肩に手を置かれたことで正気に戻ったナオキがその手を引き剥がそうとするが、まるで接した面に根が張っているかのように割と本気の力をもってしても彼女の手が剥がれることはなかった。

 いくら力を込めても一向に動かせないため、もはやなりふり構ってられないとナオキが本気の力で彼女に向かって拳を振るう。レベル90という人間兵器の域に達した彼の拳を顔面に叩き付けることが出来れば、いかに相手が<冒険者>やモンスターでも隙が生まれるはずである。その隙に離脱を測ろうと画策したナオキの拳は寸分たがわず彼女の額に叩き込まれた。

 

 ──が。

 

「お前、痛くないんか!?」

 

「痛いわよ。すごく……すごく……。でも、それ以上に嬉しいの。だから……もっと! もっともっともっと叩いて! 壊して! 汚くて黒い血を外に出して! 私を破壊してっ!」

 

 異常者のようなことを宣う彼女の反応に、ナオキの頭は1つの考えに占拠される。もしかしたら彼女はモンスターではなく本当に濡羽で、この大災害を経て壊れてしまったのかもしれない……と。

 

 有り得る話だ。<アキバの街>1つとっても本当に目まぐるしい勢いで変わっていったし、悪辣なプレイヤーについては反吐が出てくるぐらいに見てきた。

 ただ、それが一部なのだ。このヤマトサーバーにどれほどの<冒険者>が捕らわれているかは分からないが、それでもナオキが見て来たのは『ほんの一部』に過ぎないし、そんな吐き気を催す邪悪の毒牙にかかった1人の女性がこうなることもよく分かっている。

 

 もしかすると、あっちで何か嫌なことがあったが心を壊しながらも助けを求めに来たのかもしれない。そう判断したナオキが抵抗を止めた。

 

 その矢先であった。

 

「お腹……見せてくれるの? ……ありがとう」

 

「ナオキ! 避け──」

 

 何やらわけのわからないことを言った彼女がナオキの方の胸に飛び込んでくると同時にソウジロウが叫ぶ。最初は何を言っているのか分からなかった彼だが、腹の辺りから『何か』が滴ってくる生暖かい感触にゆっくりと視線を落とす。

 

「なんじゃぁ、こりゃぁ……っていうところやろなぁ」

 

 彼女の手元には金属特有の輝きを見せる短刀が握られており、その刃先はナオキの歯らに深々と刺さっている。<冒険者>はこの程度では死なないが、それでも中々の業物らしく紙装甲である暗殺者(アサシン)のHPを半分ぐらいまで削るのに十分な威力を誇っていた。

 

「ナオキ、無事ですか!」

 

「なんとかな。ソウジロウもこうならんようにし──」

 

 攻撃されたことで本格的に戦闘行為に移ったソウジロウを和まそうとナオキは冗談を言うが、その冗談を言い切ることなくナオキの腹がいきなり爆発する。突然の出来事にソウジロウは目を丸くするが、爆発の衝撃に吹き飛んだナオキの身体から切断された茨(ソーンバインド・ホステージ)の欠片を見逃すことはなかった。

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