西風の相談役   作:マジックテープ財布

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35話:ジェレド=ガン

 何か悪いことを思い出した気がする。具体的に何か──は思い出すことは叶わなかったが、自己嫌悪に陥るぐらいに良くないことを思い出したのは確かだ。

 

 ただ、そんな呆然とした意識の中で次に知覚したのは波の音であった。波が波打ち際を拡大しようと努力する音が耳を癒し、このまま永遠にここに居座ることもやぶさかではないかと徐々に瞼が重くなり始める。

 

 ──ただ。

 

「ナオキ! 帰ってきな!」

 

 切羽詰まったような仲間(ナズナ)の声が聞こえる。その声に先ほどまで感じていた眠気がすっかり吹き飛んでしまったため、彼──ナオキは徐々に奥底で眠っていた意識を上へ押し上げていく。

 その時に再び何かを落したのだが、ナズナが声を掛けながら叩いているのか絶え間ない衝撃がひっきりなしにナオキに襲い掛かってきたため、ナオキはそれに気づくことはなかった。

 

***

 

「ナオキ!」

 

「ひでぶぅ!」

 

「良かった、生き返った!」

 

 朧気だったナオキの意識が何度目かもわからないナズナの張り手によって一気に覚醒する。情けないにもほどがある悲鳴が返ってきたことで無事に意識を取り戻したことにナズナは一頻り喜んだ後、ナオキが1度死んでいたことと≪魂呼びの祈り≫を使用したことを告げる。

 これは死んだ<冒険者>を即座に使用者の傍に転移させてから復活させる魔法なのだが、あの<衛兵>以外では今まで<西風の旅団>に死者が居なかったのでナズナ本人が一番緊張していたのは秘密である。

 

「ソウジー! ナオキは無事だよ!」

 

「2人はそのまま待機! 手出し無用!」

 

 そんな乙女の秘密のせいもあるのか、ナズナが少々上ずった声で遠くで戦っているソウジロウにナオキの無事を叫ぶが、ソウジロウは彼女の方を振り向かずに粗っぽく指示を出してからナオキが濡羽と思っている存在に突進する。

 その光景にナオキが思わず止めに入ろうとするが、それをナズナが強く抱きしめることで制した。

 

「なんでや。ありゃPKと変わらんやろ」

 

「黙りな。それにあんたの言う"アレ"はあんなことをする人間かい?」

 

 そう言ってナズナがソウジロウと濡羽が戦う現場を指差す。そこには≪マジックトーチ≫を目くらましに使ったり、≪ソーンバインド・ホステージ≫を自身に設置して多少のダメージを覚悟に距離を取る彼女の姿があった。

 その戦いの多様さ──否、魔法の使い方であろうか。いくら<大災害>から短くない時間が経過したとはいっても未だ<エルダー・テイル>の仕様に引き摺られている<冒険者>が多い中、あれほどの芸当を戦闘に組み込めるほど濡羽は戦闘センスに優れていただろうか。

 

「……偽物?」

 

「なんじゃい、自分で気付きおったか。案外、聡いな」

 

 この場には似つかない老木を思わせるほど皴枯れた声にナオキが一気に状態を引き起こすと、そこには額におかしなサークレットを付けた老人が立っていた。杖をついてはいるがそれを頼りにしている素振りは一切なく、彼を指すコンソールに<大魔導士>(アークメイジ)という職業が表示されている。

 少なくとも得体のしれない人物なので、まずはコミュニケーションと思い至ったナオキは温和な表情であいさつをはじめた。

 

「はじめまして。ボクは──」

 

「なんじゃい、気色の悪い。今度のは礼儀はなっておるみたいじゃが、状況を読めぬ阿呆の類か」

 

「ナオキ、押さえて! 言いたいことは分かるけどさ!」

 

 見るからに『忙しい』といった雰囲気を纏って会話を打ち切ろうとするジェレド=ガンという老人。そんなおざなりな対応どころか、阿呆呼びに流石のナオキも瞬間湯沸かし器のように怒って殴りかかろうとしたところをナズナに抑えられる。

 そんな寸劇染みたことをしている2人にすっかり興味を失せたのか、ジェレドは冷めた目でソウジロウと濡羽の偽物が戦う光景を見て呟いた。

 

「データが取れるのは良いが、あの小僧……。ワシの作品をああも壊しおってからに」

 

「作品?」

 

「そうじゃよ? あれは人間ではない。<冒険者>を模して作った死肉の塊じゃて」

 

 何を言っているのだろうか。死肉の塊であるならばゾンビやスケルトンといったアンデット種に当たるが、そういったネクロマンサービルドを別のサーバーでしていた『某腹ぐろ吸血鬼』の話では精巧な動きは期待出来ないとナオキは聞いたことがあった。

 しかし、今まさに変わった特技の使い方をしながらも偽物の濡羽はソウジロウのスピードに着いて行っている。どういった絡繰りでそんな芸当が出来たのかと疑問に思ったナオキであったが、そんなことよりも先ほどジェレドが言ったことがずっと頭の中で渦巻いていた。

 

 ゾンビであれ、スケルトンであれ、その死肉の塊だった『元』が居ることになる。ならば、見た目そっくりな濡羽の死肉の塊の元とは何であろうか。

 ただ、この段階で色々考察を巡らせればもう少し冷静な対応が出来たかもしれないが、もはやナオキの頭の中ではその死肉の塊の一番単純で手っ取り早い『調達方法』が何度もフラッシュバックしていた。

 

「お前ぇ! 濡羽に何をしたんや!」

 

 ナズナが本気で抑えていない隙を突いたナオキは拘束を逃れ、≪ガストステップ≫でジェレドへ急接近する。如何に<大魔導士>(アークメイジ)の彼でもレベル36がレベル90の動きに着いて行けるはずもなく、ジェレドはナオキに安々と捕まってしまう。

 

「ぐぅっ! な、なんのことじゃ」

 

「とぼけんなや! 濡羽にそっくりな死肉の塊なんて、一番調達しやすいんは本人を殺すことやろうが!」

 

 片手でジェレドの首を抑えたナオキが怒りを爆発させるが、ジェレドは苦悶の表情を浮かべながら質問に質問を返す。そんなとぼけた態度にナオキは本格的に絞め落そうと力を入れるが、横合いからナズナに殴りつけられた。

 

「冷静になりな。そもそも、<冒険者>が死んだら大神殿で復活するだろ」

 

「ゲホッゲホッ……左様。ここまで直情的なやつとは思わなんだわい」

 

「抜かせ。知り合いがゾンビになりましたーっつったら嫌でもそうなるわ」

 

「それが誤解だと言うとろうが。これだから阿呆の相手は疲れる」

 

 殴られたことで一旦冷静になったナオキであったが、それは本当に一瞬だけだったみたいでいつの間にか抜いた短刀をジェレドへ向けている。しかし、そんな純粋な暴力を前にしてもジェレドはさらにナオキを煽るようにため息をついている。

 

 正に一触即発といっても差支えがない雰囲気に取り残されたナズナであるが、自分よりもキレている他人を見れば自然と自らの怒りは萎むもの。すっかり元の平静を取り戻したナズナは、再びナオキがジェレドの説明を中断させないように≪禊の障壁≫を張ってから彼に濡羽の偽物に対する説明を求めた。

 

「改めて聞くけど、あれは一体何なんだい。死肉ってことはゾンビってことかい?」

 

「死肉と言うたのは身体を構成する材料の割合が高いだけ。あれはいくつもの幻想級魔道具と高度な死霊術を掛け合わせてようやく出来た<冒険者>の複製品。<冒険者>共は……はて、なんというとったか?」

 

「クローンか?」

 

「おぉ、そうじゃ。"くろーん"と呼んでおったな。ただ、知性や記憶が受け継がれとらんからの。ワシとしては失敗作じゃて」

 

 本当に目の前の<大地人>は元NPCなのだろうか。死肉を用いて<冒険者>を複製するというぶっ飛んだことを喜々として話し、そうやって出来た仮にも命と思える存在に対して『失敗作』という倫理観の無さ。

 ナオキもナオキで『出来そう』という知的好奇心を満たすために実験を繰り返している前科があり、さらにその中には危険なことを仕出かした記憶もいくつか持っているが……。ジェレドの言っていることはそんな次元の話ではない。

 

「<冒険者>のクローン……ねぇ。そんなこと、本当に可能なのかい?」

 

「なんじゃい、今度は目すらも悪ぅなったのか? 現にあぁやって動いておろう」

 

 人を小馬鹿にするような態度を続けつつ、ジェレドは杖でソウジロウと戦っている濡羽の偽物を指す。

 ≪ソーンバインド・ホステージ≫に≪マインドボルト≫。少なくともオリジナルの濡羽と同じ<付与術師>(エンチャンター)の魔法だし、姿形も瓜二つだ。

 ただ、後衛職である<付与術師>(エンチャンター)がガチガチの前衛である<武士>(サムライ)と拮抗しているのはどう考えてもおかしかった。不可思議な魔法の使い方にソウジロウが戸惑いながら戦っていることもあるだろうが、それだけで彼が後れを取るのだろうか。

 

 ナオキが濡羽の偽物についての動きを観察していた裏では、ナズナとジェレドの会話が繰り広げられていた。

<冒険者>を興味深い研究素材と言い張るジェレドを『狂人』とナズナが呟くと、彼はその言葉をむしろ褒め言葉だと言わんばかりに笑う。

 

「日々を安穏と過ごす者が常人と言うならば、狂った者こそが"1歩先"に踏み込む権利があるのではないか?」

 

「せやな。何事も狂った存在が先を進む原動力になるんは確かや」

 

「何を知ったような口を」

 

「知っとるで? 少なくともそう思えるぐらいの事例は"向こう"にいくらでもあるわ」

 

 熱弁していたところに水を差されたことでやや不機嫌気味なジェレドにナオキは現実世界の例を挙げる。

 

 例えば戦争。特に世界大戦にまで波及した狂った時代には数々の兵器や倫理観をかなぐり捨てた実験の末にコンピュータといった様々な技術が生まれた。

 

 例えば料理。世界では『なんでこれを食べようと思ったんだ』という料理も多く、日本でも強い毒性があるフグやコンニャク芋を加工して食べる文化もある。そんな食文化を推し進める動きの中に狂った存在も少なからず居たのではなかろうか。

 

 他にも治世や建築といった様々な分野でも、第一人者というものは総じて常人からしてみれば受け入れ難い存在である。まるで『自分こそ万物における事象を究明する第一人者で孤高の存在』といったような態度は、そういった存在を歴史書や詳しい文献で度々見ていたナオキにとって噴飯しそうなほどおかしなことだった。

 

「ふん、まぁ良いわい。戦闘能力からみればレベル90の<冒険者>を圧倒しておるの」

 

「いや、圧倒してるのは知らない魔法の使い方で戸惑ってる……。いや、あれは"見てる"だけやな」

 

「黙っとれ、良い所なんじゃい! いや、待て。むしろこの状態が逆に道具としてちょうど良いかの? そうなると完全に意志を失くした方が──」

 

「意志失くしたら突発的なことにすぐ止まらへんか?」

 

「なるほど。じゃが、思わぬところで反発するのも危険といえるのではないか?」

 

「そもそも、まだ(こん)は精神を動かすのが分かってるぐらいやろ? その段階で意思を完全に失くすのはリスクが高いと思わん? せめて(こん)の中でどこがどう作用するんか細分化が必須やで」

 

「ふむ……。ってなにしれっとワシの考えに混ざっとるんじゃい!」

 

 いつの間にか横に座って自分の考えを述べるナオキにジェレドは怒鳴るが、少々時間を置いて違和感に気付く。

 

(なぜ、一介の<冒険者>が〈魂魄理論〉(スピリッツトセオリー)を理解している)

 

 特筆すべきはレベルだが、それ以外は極々一般的な<冒険者>。それがなぜ一部しか存在を知らない〈魂魄理論〉(スピリッツトセオリー)を知っているのだろうか。

 

 しかし、そこでふとジェレドはこの場所を思い出す。

 ここは<エターナルアイスの古宮廷>。つまりジェレドの弟子であり、当代の<ミラルレイクの賢者>がここに居るのだ。彼から〈魂魄理論〉(スピリッツトセオリー)のことを聞いたのであれば話は繋がるが、それでも横でアホ面を晒しながら『倫理観はともかく、理論的にはおもろそうやな』と呟いてはすぐ傍の<冒険者>に頭部を叩かれている奴がこの〈魂魄理論〉(スピリッツトセオリー)を理解するほど頭の回転が早い人物には思えなかった。

 

 そんな自身の考えに別の意見を出す<冒険者>が居たという思わぬ収穫にジェレドはほくそ笑んでいると、ナオキの頭を軽快にフルコンボしていたナズナがジェレドに声を掛ける。

 

「まったく……。ところで爺ちゃん、アタシと賭けないかい? 賭けの内容はどっちが勝つか」

 

 いきなり賭け事の提案をするナズナにジェレドとナオキは少々驚くが、ジェレドは賭けをする意味が理解できない様子で断り、ナオキはナズナの勝率の低さを思い出して『フラグ』だと野次って制裁を受けることになる。

 

「あんたが勝ったらあたしを好きにすりゃいいさ。文字通り、実験体にしてもかまわない。どうだい?」

 

「分からんな。おぬしに得なんぞなかろうに」

 

「損得なんかで考えてないさね。あたしはあんたが知った顔で<冒険者>を値踏みするのが気に入らないだけ。言うなれば……そうだね、あんたごときにあたしたち<冒険者>がそう簡単に理解できると思いなさんなって理解()からせたいだけ──ってね」

 

「ふんっ、小娘風情がよう吠えるわ」

 

 <冒険者>としての矜持ゆえか、それとも自分が信じたソウジロウをが嫌が勝手に値踏みしたのが相当腹に据えたのか。どちらにせよ中指を立てながら喧嘩を売るナズナに対してジェレドは心底見下した視線で『下らん』と一蹴した。

 ジェレドにとってこの賭けに負けたとしても対価を支払わなくても良く、勝ってナズナの身柄を抑えようとも資金や実験体には何も不自由がない。そもそも、1回死んでしまったら終わりな<大地人>とは違って記憶が多少欠如するぐらいで復活できる<冒険者>にとって命など軽々しくてとても賭けの対象となり得ないことをジェレドは手をひらひら揺らして拒否を示す。

 

「ちょ、今……なんつった!?」

 

「あー、やっぱ記憶失うんか」

 

「ナオキまで! あたし、知らないんだけど!」

 

「ボクもシロエからの又聞きなんやけどな。思い返したら有り得そうやなって」

 

 思えばソウジロウとは共有していたが、ナズナがあっぱらぱーになっていたので無視していたことを思い出したナオキは彼女に『経験したものを失うんだから、言い換えれば記憶が失うっちゅーことやろ』と概要のみを伝える。

 

 ただ、そんなざっくりとした説明だけでもナズナは納得する。否、本能的に拒否したいのにナオキの説明の雑さが逆に『そういったもの』として理解出来てしまった。

 

「ところで自分さぁ、本当に濡羽には手ぇ出し取らんやろな?」

 

「しつこいのぉ。もしや、そういった仲か?」

 

「なんやねん、研究一辺倒な言動しといて俗っぽいな。ただの友達や、仲直りする前に記憶失ってゾンビになってましたーとかトラウマ確定やん」

 

「ナオキ、そいつから離れな」

 

 警戒はしつつも会話に花を咲かせるナオキとジェレドだが、ナズナは腰に佩いた刀に手を掛ける。

 

 今の彼女の気持ちを一言で表すとすると『疑惑』が適切だ。

 死んだら記憶を失うという疑惑。そもそも、その説を立証する〈魂魄理論〉(スピリッツトセオリー)に関する疑惑。そして、その理論を用いて<冒険者>を複製するという疑惑。

 そういった数々の疑惑という水がナズナ自身が持っているバケツに次々と注がれ、今まさに溢れようとしていた。言うなれば一種の危険回避。目の前の<大地人>を手にかけてしまえば、少なくとも悩みの種が1つ減るぐらいの短慮な行動である。

 

 しかし、ナズナのその行動にジェレドは薄く笑うのみであった。もしかすると転移系のアイテムで逃げるのではないかと危惧するが、彼が起こした行動は──やんわりとした命乞いだった。

 

「ワシに危害を加えん方が良いぞ」

 

「なんで? 自分って偉い人やったりするん?」

 

「偉い……まぁ、そこらの<大地人>と比べて偉いじゃろうなぁ。じゃが、そうじゃのぉ……例えばの話じゃが、わしが<冒険者>が復活する現象を止められるとしたら?」

 

「なっ!」

 

 例を出して自分の有用性を示すジェレドに、思わずナズナは刀の柄から手を放す。彼の発言が嘘かもしれなければ本当かもしれない。だが、ナズナがそれを断じるには圧倒的に材料が足りなかった。

 このまま切るべきか。それとも見逃すべきか。そんな究極の選択を迫られたナズナにジェレドはさらなる言葉を投げかける。

 

「例えばの話じゃが、<冒険者>を元の世界へ戻す術をわしが知っているとしたら?」

 

「──っ」

 

「無知なおぬしには全く分からない。ゆえに手を出せない。あぁ、知らぬとはかくも恐ろしいものじゃな」

 

 ケタケタと笑いながら勝ち誇るジェレドを前にナズナはすっかりやる気を削がれてしまったらしい。

 だが、全体的にジェレドの方が上手であった。記憶を犠牲に不死性を確立している情報が未だ<冒険者>全体に共有していないことを理解し、仮定を畳みかけることで自らの安全を確保した。

 

 『知らない』とはそれだけで瞬く間に無抵抗となってしまうに等しい状態なのだ。ゆえに邪魔が入らなくなったことを良いことにジェレドがソウジロウたちの戦いに視線を移すが──。

 

「ただ、それが自分が絶対に安全って保障にはならへんで」

 

 そういうよりも早くナオキは短刀をジェレドを押し倒す。地面に頭部を打ち付けた彼がくぐもった声を出すと同時に首から金属特有の冷たい感触と僅かに生暖かい液体が小さく流れる感触を感じ、ニヤついていた笑みから明確な恐怖へと染まっていく。

 

「わ、わしは知っとるんじゃぞ! それを……」

 

「知ってるってだけやろ。実現できるかも分からんし、それを共有せぇへんのやったら知らんのと同義やで。それに、あんたが入っとるギルドは有名やしな。嫌でも<冒険者>の中で話が広まるわ」

 

「チッ、"念話"か」

 

 すぐにナオキが言わんとしていることを言い当てたジェレドが小さく舌打ちをする。どうやら<冒険者>の特性を知っているのは本当のようだ。

 

 ジェレドの入っているギルドは<Plant hwyaden>(プラント・フロウデン)という<ミナミ>を活動拠点とした一大ギルドだ。このギルドの特徴は何と言ってもその参加人数であり、その数は──『<大災害>以降、<ミナミ>に居た全員』である。今の正確な数は分からないが、プレイヤータウンになっていた街を1つ手中に置くぐらいの人口まで膨れ上がったギルドは動きが可視化されやすい。

 

 なにせ、<冒険者>には念話という一瞬で遠く離れた別の<冒険者>と連絡を取る手段があるのだ。何かしらの不都合な事態が発生した際に箝口令を敷いてもほぼ意味をなさなくなってしまう。仮にジェレドが発したような『<冒険者>の不死性を取り除くこと』が出来るのならば、既に噂ぐらいは<アキバの街>にもたらされているはずである。

 

「後は……せやな。そういった研究者は普通、近くに置いとくもんやで。こんな<冒険者>に鉢合わせしそうなところに行かせんわ」

 

「<冒険者>の伏兵が居る──と言ったらどうじゃ?」

 

「あり得んな。自分らはアイテムか能力は分からんけど、2人でここまで来とる」

 

 やたらと目を上下左右に動かしながら話すジェレドにナオキは断言する。彼はナズナとジェレドが話し込んでいる間に<エターナルアイスの古宮廷>の近くでキャンプをしていたメンバーから高レベルの追跡者の何人かに周辺の調査を依頼していたのだ。

 

 まさか、ゴブリンの大群に備えがここで活きるとは思ってなかったが、彼女たちの報告から姿を隠した敵対の<冒険者>や<大地人>が居ないことは分かっている。

 さらに言えば、そういった研究をしている<大地人>やせっかく作り上げた研究成果をわざわざ別の<冒険者>が居る領域まで実験に赴かせる奴が居るだろうか。少なくとも、ナオキが<Plant hwyaden>(プラント・フロウデン)のギルドマスターだったら絶対に『側近に声かけるから、そいつで我慢しろ』と釘を刺す。

 現にジェレドの目が完全に泳いでいるし、冷や汗も多分に書いている。そして、ここまで危機的状況に彼がなっていても救援に来ないところを見るとやはりブラフなのだろう。

 

「ふん、最初は狼狽えとったのに頭が回るではないか」

 

「いつもは山よりも天気が変わりやすい子とかを相手しとるからな。これぐらいせんと相談役なんて務まらんわ」

 

「"とか"でひとくくりにするっな!」

 

「あいででで!」

 

 まるで『その他』のように言われたナズナが不満顔でナオキの側頭部に両拳の先端を挟み込んで圧迫する(ぐりぐりこうげき)。先ほどまでかなりシリアス気味な雰囲気から一転してコミカルになってしまった空気にジェレドが『何やってんだ、こいつら』と呆れていると、先ほどまで聞こえていた魔法による破裂音などといった物々しい音が一切聞こえなくなった。3人が一斉に戦闘が行われていた場所を凝視すると、濡羽の偽物の背中から小烏丸が生えている。

 どうやらソウジロウの勝ちだったらしい。

 

「あ、おい。待ちな!」

 

「……はぁー、あれだけの時間とコストをかけて<冒険者>1人倒せんとは。あれも失敗作じゃの。……はぁー、もう帰るから退け」

 

 腹を貫かれた濡羽の偽物の身体がチリとなって消えていく様を小馬鹿にするかのような視線で見ていたジェレドは、何度もため息をつきながらナオキからの拘束を逃れようとする。最初から敵対心という物が彼に無かったこともあり、なによりも『伝手』があるのでもはや拘束する気も起きなかったナオキはジェレドから離れた。

 

「@%$&#"!」

 

「あ、そうや」

 

 身体の自由を取り戻したジェレドがなにやら魔法を行使し、彼の身体が透けていくのを見送っていたナオキであったが、何かを思いついたらしく口元を歪ませた。

 そこからさらに詠唱は進み、ジェレドの身体がいよいよ消える次の瞬間。ナオキは手を振りながら大きな声で叫んだ。

 

「またなー、失敗作を生み出した失敗研究者」

 

「ぶっ」

 

 倫理観を失っても尚、実直に研究をしてきたジェレドにとっては侮辱以外なにものでもない言葉に散々彼に言い包められてきたナズナは思わず吹き出してしまう。

 だが、それを言われた当の本人にも聞こえていたのだろう。血走らせた目を限界まで見開き、大口で何かを言おうとする──前にどこかへと消えてしまった。

 

「……少しは鬱憤晴れたか?」

 

「晴れた晴れた。たしかに"失敗作"って自分で言ってたくせに自分のことを棚に上げ過ぎだね」

 

 後に残されたのは『してやったり』といった表情を浮かべるナオキとその場で腹を抱えて笑うナズナ。特にナズナは地面を叩きながら息を整えるほど爆笑しているところを見るに、相当スカッとしたのだろう。

 ひとまず周囲に敵は居ないだろうし、出てもレベル90以上ということはないだろうという判断からナオキはナズナにソウジロウの回収を伝えてから倒れている彼の元へと向かう。

 

「ソウジロウ、お疲れ。こらまたずいぶんやられたな」

 

「ナオキ。ありますよ、この世界に」

 

「なんや、いきなり」

 

「この世界はゲームじゃない。創意と工夫さえあれば新しいことも出来るんですよ」

 

 背中ではしゃぐソウジロウに戸惑いながらも詳しい話を聞くと、どうやら以前にアイザックから『ゲームシステム外の力』という未確認情報を聞かされたそうだ。その情報を念頭に今回、濡羽の偽物と戦ったことを思い返してみると、やはりそういった力は存在するという確信を得たのだとか。

 

 実際に戦っていた当人からそう言われると、ナオキにもたしかに思い当たる節がある。<付与術師>(エンチャンター)の用いる魔法である≪ソーンバインド・ホステージ≫は対象に掛けてから追加効果を発揮するものなのだが、あの偽物は時には爆発で距離を取るために、またある時は鞭のように使っていた。あれは<エルダー・テイル>がゲームであった時代には出来ない使い方だ。

 ≪マジックトーチ≫も同じことだ。ゲームの時は魔法をクリックすると召喚されて周囲を照らすのみだった魔法だったはずが、あの偽物の手にかかれば目くらましに早変わりした。一見すると地味な手だが、基本的に後衛職にとっては命綱として十分役に立つのではないかと『祈り巫女』として腹ぐろ巨乳吸血鬼と別サーバーで冒険していた記憶を引っ張り出す。

 思えばあのキャラたちは今はどうなっているのだろうか。確認する術はないので、ここらへんで思考を止めたナオキはナズナにソウジロウを受け渡す。

 

「ほれー、さっさと撤収するでー。ナズナ、はよ変わって。重い」

 

「あー、本気装備で来たから。申し訳ない」

 

「えー、重いと分かってるのを女の子に持たせるー?」

 

「でも、ソウジロウやで?」

 

「バッチこぉい!」

 

 ちょろいもんだ。デヘデヘとだらしない笑みでソウジロウを背負うナズナを見てナオキは、そう思いながらほくそ笑む。彼には頭以外を甲冑で固めた<武士>(サムライ)を進んで背負う趣味はないからだ。

 

「街に帰ったらそういった練習もせんとあかんな」

 

「そうですね。その時は相手、よろしくお願いします」

 

「あ”-、でもまたあのパーティに戻らなきゃいけないのかい。かったるいねぇ」

 

 こうして少々不可思議な出会いと戦闘はあったが、何とか生還することが出来た3人。再びパーティ会場で時間を潰すのみだと思われたその時だった。

 

「あ、念話」

 

「こっちにもかかって来たな。珍しい」

 

 2人の耳に念話を告げる独特の音が入ってくる。ギルドという組織を運営している以上、1人にそういった連絡が入ってくるのは珍しくはないが、今回のように2人一斉に念話が掛かってくることなどかなり珍しかった。

 だが、このまま放置するのも自分の耳や相手に悪いと一斉に念話を取ると、数秒後には一様に驚きの声を上げた。

 

 キャンプを張っている<西風の旅団>と<そうきゅんファンクラブ>の代表とそれぞれ別人からの報告となるが、彼女たちの報告を要約すると──。

 

<緑小鬼>(ゴブリン)の略奪部隊が<エターナルアイスの古宮廷>を目指していることを偵察が見つけた』

 

 そんな報告であった。




まぁ、某元アサシンゲーのネタを持ってきてる関係なのか段々これ作るメンタルががが。(他作品に逃避してるわけですが)
とりあえず考えましたが、ゴブリンの顛末で一旦キリ良さげなので完結にしたいな…と考えてます。

いや、昔はこうやってネタにするほど好きでしたが買いませんって…
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