西風の相談役   作:マジックテープ財布

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申し訳ありませんが、本作品は40話で終了となります。
※続きあるかも…はないです。申し訳ありません


38話:レッドキャップ

 防衛線を敷いている方角から再び戦いの音が聞こえてくる。

 近衛たちはそれぞれのパーティに分散しただろうか。また、彼女たちも彼ら越しに伝えられたナオキの指示に従って近衛たちをパーティに迎え入れただろうか。はたまた、それらがうまく機能して敵を捌き切れているだろうか。

 ナオキの中では噴火寸前の火山のように悩み事が沸々と湧き上がってくるが、目の前の状況が嫌でも彼の頭を冷静にさせる。

 

 レベル90という格上相手にも逃げるでもなく、はたまた敵意をむき出しにすることもなく目の前の<緑小鬼>(ゴブリン)は佇んでいる。

 <レッドキャップ>。コンソールにはそう記されていたが、その名前はナオキの記憶には全くと言って良いほどなかった。

 ただ、ナオキはどこかの腹ぐろ眼鏡と違ってwikiや情報を網羅しているかのような知識量はなければ、少々ゲームから離れていた時期のある『出戻り組』。その期間中にもしかしたらアップデート情報を見落としていた可能性もあり得るが、そうなると冒険者たちの話に上がらないはずが無かった。

 

 そうなると──考えられることは2つ。『<ラットマソ>のように追加パッチで実装された新規』か、『<緑小鬼>(ゴブリン)王の帰還が失敗したことがトリガーとなっている』かだ。

 前者であるならば対処は簡単である。この事態が収拾したら<円卓会議>にこのことを報告すれば直ちにナオキ以外の検証好きや新しい物好きの冒険者が本格的に<緑小鬼>(ゴブリン)王を討伐しようとする<円卓会議>の戦力に参加し、<七つ滝城塞>(セブンスフォール)を中心に同タイプのモンスターが出るかを確認してくれるはずだ。

 だが、後者は駄目だ。誰も知り得なかった情報ゆえに危険度が跳ね上がるし、場合によっては貴族が調査だけ協力してくれるかもしれないが実際の討伐を冒険者が行わなければならない。

 

 それでも出たら出たでレベル90のパーティを派遣すればいいだけの話となってしまうが、大地人にとって目の前のモンスターは冒険者よりも性質の悪いモンスターだということを加味すれば非常に厄介な存在となってしまう。

 

「ギギャ!」

 

「少しは考えさせぇなっ!」

 

 ただ、どうやらこれ以上思考する時間は無かった。ナオキが警戒をしながらも至高の沼に嵌っている姿は、相手にとって絶好の攻撃タイミングだと思われたようで、値踏みをするかのようにナオキを睨み付けながら佇んでいた<レッドキャップ>は唐突に地面を蹴ってナオキに近づき、手に持った斧の刃先をナオキの脳天に向かって振り下ろしてくる。

 しかし、その刃先を半歩引くことで避けた彼はギリギリで回避することで短剣が届く位置まで『来てくれた』<レッドキャップ>にお返しを繰り出す。

 

 上から突き刺すように振るった<暗殺者の血脈>(ブラザーフッド)が<レッドキャップ>の頭部に襲い掛かるが、それを察知したのか<レッドキャップ>の首がわずかに傾く。そのまま<緑小鬼>(ゴブリン)特有の妙に長い耳を切り飛ばしながらも<暗殺者の血脈>(ブラザーフッド)は<レッドキャップ>に右肩に深く突き刺さった。

 

「っ!」

 

 だが、ここで<レッドキャップ>は恐るべき行動に出る。わざと力を籠めることで筋肉を緊張状態にさせ、さらに無事であった左腕だけで斧を横に振るったのだ。

 耳どころか肩口に深く突き刺さった刃物。痛みに対して鈍感な体質になっている冒険者でも視覚的に痛く感じるはずの状態であるにもかかわらず、こうして反撃に転じようとして来る点は人間とは異なる生物であることをナオキは感じた。

 

 だが、悠長にしている暇はない。<暗殺者の血脈>(ブラザーフッド)を引き抜こうにも筋肉による妨害を受けている今、引き抜いた瞬間にこちらの胴体を真っ二つにされる。かといって普通の冒険者であれば、このまま武器を手放すのもメインウェポンの喪失に繋がり、大災害を経てどのような進化を遂げているのか分からない武器を扱うことが出来るモンスター相手に己の武器を渡すのと等しい行為に躊躇する場面だ。

 

 ──そう、普通の冒険者であるならばそうだろう。だが、ナオキは違った。

 

 全くの惜しげも感じさせない素早い動きで<暗殺者の血脈>(ブラザーフッド)から手を離したナオキは、<レッドキャップ>の反撃を余裕で躱しながらマジックバックを漁る。そうして取り出した直剣を振り被りながら再び攻撃を仕掛けるが、そんな彼の行動に<レッドキャップ>は嘲笑気味に嗤った。

 

 <レッドキャップ>は肩口に突き刺さった<暗殺者の血脈>(ブラザーフッド)引き抜く。先ほどは技と力を籠めることで抜けにくくしたが、脱力することで何の抵抗もなく引き抜かれた刃が月明かりに晒される。その蠱惑的な輝きに一瞬呆けた<レッドキャップ>だが、元の持ち主が直剣で襲い掛かってきていることを思い出して構え──。

 

 そのまま肩をバッサリと斬られた。

 

「ギャっ!? ギャギィーッ!」

 

「あー、"やっぱり"な」

 

 まるで分っていたような素振りのナオキは血を払ってからマジックバッグに直剣を戻し、何故か<レッドキャップ>が勝手に『落した』<暗殺者の血脈>(ブラザーフッド)を拾う。

 

「こいつはお前に触られたくないんやってさ」

 

 わざわざ相手の眼前で<暗殺者の血脈>(ブラザーフッド)を左右に振って煽るナオキ。だが、<レッドキャップ>以外の人物が先ほどの光景を見ていれば彼が言っていることはあながち間違いではないと思うだろう。

 なにせ、構えたと同時に<レッドキャップ>の手から<暗殺者の血脈>(ブラザーフッド)が零れ落ちたのだ。まるで武器を握っていた手に力が入っておらず、うっかり取り落してしまったと見紛うぐらいの自然さ。かつ、<レッドキャップ>の視界には全く映らない巧妙な位置取りで落ちていったため、<レッドキャップ>にとっては武器を取って構えたはずがいつの間にか手の中から消えたという錯覚に陥ったのだろう。

 

 ナオキも<レッドキャップ>武器を振るえないことが分かって<暗殺者の血脈>(ブラザーフッド)を手放したわけだが、何も始めから分かっていたことではない。

 ──そう、話は少し前まで遡る。

 

***

 

 幻想級。<エルダー・テイル>ではこの分類の装備はロック式のために受け渡すことが出来ないアイテムだ。

 本来であれば『そういった物』と認識されることなのだが、とある出来事──マグスとの一件でソウジロウの手から離れた〈神刀・孤鴉丸〉(しんとう・こがらすまる)をイサミが使用したという現象にナオキは一気に興味を惹かれた。

 いくらソウジロウの手から離れたといってもそんな理由では弱すぎる。なにか手がかりを探ろうとソウジロウに改めて〈神刀・孤鴉丸〉(しんとう・こがらすまる)の特性を語ってもらったが、そこで1つの疑問が生じる。

 

 この世界でロック式なんてシステマチックなものは有り得るのか。

 ゲームならば簡単だ。入手したユーザー以外の所有を認めないというソースコードを実施してしまえばそれで終わる。

 ただ、この世界はゲームの設定が混ぜ込まれた『リアル』だ。魔法というゲームの外から来た人間にとって馴染み無い技術があろうとも、そういったことは無理に等しいだろう。

 

 そんな疑問を持ったナオキの行動は素早かった。即座にソウジロウから〈神刀・孤鴉丸〉(しんとう・こがらすまる)を奪い取ると、その瞬間に首筋に冷たい這う感覚に陥る。首筋を見ると刀に詳しくないナオキから見ても美しいと思わせる刀身が首にピタリと固定されており、彼はそこからさらに刀を持つ手やその上半身と視線を上へ持っていくとその正体が分かった。

 〈神刀・孤鴉丸〉(しんとう・こがらすまる)。かの幻想級武器の特性にあるAIのはずだが、この『なに勝手に触っとるんじゃ』という威圧を込めた眼差しはバーチャルといった偽物の類では一切なかった。

 

 即座に〈神刀・孤鴉丸〉(しんとう・こがらすまる)をソウジロウに返すとその存在は霞にごとく掻き消え、そこから試しにソウジロウにナオキの幻想級装備である<暗殺者の血脈>(ブラザーフッド)を渡す。

 すると、持っただけでは〈神刀・孤鴉丸〉(しんとう・こがらすまる)みたいに実体化して脅してくるようなことといったことはなかった。だが、そのまま戦闘の構えを取ってみるように指示すると、『なぜか』構えた瞬間に<暗殺者の血脈>(ブラザーフッド)が手元から消えているのだ。

 いつの間にか手元からなくなっていたこともあり、ソウジロウも不思議に思いながらも某Z戦士のような構えであったり、短剣をもう1つ持って腐海辺境一と賞される剣豪のような構えと様々な構えを取ってみるが、どうやら戦闘行動と思われる行動をしただけで<暗殺者の血脈>(ブラザーフッド)がいつの間にか手から零れ落ちているのだそうだ。

 

 間違いない。〈神刀・孤鴉丸〉(しんとう・こがらすまる)──ひいては幻想級には『意思』がある。

 それが『使用者以外仕様を禁ずるロックや防犯といった機能だけの存在』なのか、〈神刀・孤鴉丸〉(しんとう・こがらすまる)のように『戦闘にも手を貸してくれる臨機応変な存在』なのかは装備やアイテムによって違うだろうが、そういった存在が武器に宿っているのは確かだろう。

 

***

 

 ナオキの悪辣な罠に見事なまでに嵌った<レッドキャップ>は敵の目の前で武器を喪失するという最悪の事態と相成った。ここで土下座しながら嘘でも敵意が無いことを示せていれば女性たちで構成されているパーティならば手心を見せるかもしれないが、そんな仏心はナオキには搭載されていない。

 こうして<レッドキャップ>の左腕は胴体と永遠の別れた状態になったわけだが──。

 

「流石は<大規模戦闘>(レイド)級。これだけやっても半分も削れんか」

 

 技量はこちらが多少上なのは初めのぶつかりで分かった。次は幻想級の仕様を逆手に取った騙し討ちで相手の左腕を切り飛ばすというデバフを与えた。

 それでも取り巻きではない<大規模戦闘>(レイド)級モンスターというのは強敵なのには変わらない。現に騙し討ちが綺麗に決まったはずの<レッドキャップ>のHPは残り6割。いくらレベル帯最高峰に達しているナオキでも持て余すのも仕方のないことだった。

 

 だが──。未だに痛みに悶えている<レッドキャップ>から視界を外したナオキは周囲を見渡す。防衛線側は近衛がそれぞれのパーティに参加したことで火力が多少足されたが、さらに圧力を増しているのか拮抗状態。入り口も入り口で情報共有がされていないのか、たまに<緑小鬼>(ゴブリン)や他のモンスターの襲撃が散見される。

 どこをどう見ても余裕が無いのは明白なため、今一度ナオキは自分がやらねばならないことを再認識する。

 

 ただ、持てる手札は少ない。暇な時間を見つけては検証し、その中でソウジロウとの模擬戦で幾度となく練習してきたので自信はあるが、<大規模戦闘>(レイド)級モンスターを1人で相手をするには如何せん心元のない引き出しの狭さである。

 

「愚痴ってもしゃあないか」

 

 だが、仕方がない。仕事においても戦闘においても準備は大事だが、万全といった状態で始まるのは非常に稀有なのだ。一種のあきらめの境地に立ったのか、そう結論付けたナオキは<マジックバッグ>からいくつもの武器をその場に放り出し始める。

 

 剣、槍、槌、ボウガン等々。咄嗟のことで<レッドキャップ>も自体が呑み込めていないような表情をするが、<暗殺者の血脈>(ブラザーフッド)を仕舞ったナオキは温和な笑みを浮かべて話しかけた。

 

「ゲームでもしようや。ルールはこん中から好きな武器を持って戦う、シンプルやろ? どうせその腕じゃまともに戦えへんやろ」

 

 馬鹿にするようないやらしさは全くない笑い声。同情なのだろうか。それともただの馬鹿なのだろうか。おそらくはどちらもだと思うが、<レッドキャップ>にしてみればナオキが言っていた『ゲーム』の提案は魅力的に思えた。

 なにせ、重量級である斧を片腕のみで振り回すのは左腕を喪失している今の状態では不可能に近く、かといってむざむざ殺されるのを許容できるほど<緑小鬼>(ゴブリン)という種族は潔くない。

 

 見るからに『馬鹿め』といった具合の笑みを浮かべた<レッドキャップ>は近くに刺さっていた手頃な長さの長剣を手に取り、そのまま攻撃を開始する。右から左、上から下と見え見えの軌道に未だ武器を取っていなかったナオキはヒラリと躱し、地面に転がっていた槍を拾い──口元を怪しく歪めた。

 

「ギャウッ!?」

 

 その時、<レッドキャップ>の身体がビクンと跳ね、その後は石のように動かなくなった。辛うじて口だけは動くらしく、何やらギャイギャイと喚いている姿が妙に滑稽でナオキは笑いながら<レッドキャップ>に近づくとネタ晴らしをする。

 

「その武器は<パラライズ>っちゅーてな。切った相手を確定で麻痺させるんや。やけど、一定時間持ってると自分も麻痺する厄介な特性もっとる"外れ武器"や」

 

 解説しながらも麻痺状態の<レッドキャップ>に≪アサシネイト≫をお見舞いするナオキ。ついでとばかりにナオキは己の持つ槍を『毎秒のHP減少のデメリットを持つが、攻撃力を上げる』と説明するが、<レッドキャップ>は麻痺が解けるとすぐさまパラライズを放り投げてモーニングスターを手に取る。

 

「お、そいつは<ピースメーカー>やな。そんなごっつい見た目やけど、殴ってもダメージは1っつーのおもろい奴やで」

 

 ケラケラと笑いながら『お勧めしない』と忠告するナオキの態度に腹を据えかねた<レッドキャップ>は、思いっきり振り被ってから彼の顔面にその<ピースメーカー>とやらを叩きつける。ゴスリと何とも痛々しい音が響き、手先から伝わる確かな手応えに<レッドキャップ>は愉悦交じりの笑みをこぼして勝利を確信していると、棘付き鉄球を鷲掴んだ手にギョッとする。

 

「効かないねぇ、ゴムだから……って分からんか。あの漫画もどうなっとるんやろな」

 

 ぶつくさ言いながらも鉄球部分を手で押し返すナオキの顔面はクリーンヒットしたのにも拘らず元気そうなことに<レッドキャップ>は戦慄する。モンスターなのにまるで化け物を見る目で見ていることに気付いたナオキは、『だから言ったやん』と相も変わらず小馬鹿にするような仕草で槍による≪アサシネイト≫で<レッドキャップ>を攻撃。その攻撃によって奴の残りHPがやっと4割となった。

 

「さぁ、まだまだあるで。しばらくボクと遊んでもらうからな」

 

 ナオキの言葉を無視した<レッドキャップ>が次の獲物を物色し始めるが、その実ナオキはこの企みが何時バレるかヒヤヒヤしていた。表情こそ余裕そのものを装えてはいるものの、内面は『どうか無手で向かってきませんように』と世界3大宗教のみならず『空飛ぶスパゲッティ・モンスター』などといったマイナーな宗教の神にまで祈り出す始末である。

 ナオキに残された札は後1枚。それも捨て身の策となるため、出来るならばこのゲームと称した詐欺紛いな企みがバレることなく残りの4割を削って決着をつけたい。そういった思いを胸にナオキは槍から鎖鎌へと持ち替える。

 

「残念やけど吟味は終了やで!」

 

「ぎゃっ!?」

 

 そういったナオキが鎖鎌の分銅を<レッドキャップ>に向けて投げつける。いまいちしっくりくるものが無かったのか、武器を持たずに視線を左右に向けていた<レッドキャップ>は突如飛来する漆黒の物体に小さく声を上げると身を投げ出すように回避する。そのまま近場にあった槍──先ほどナオキが投げ捨てた槍を手にするが、構えようとするとなぜかしっかり握っているはずの槍が手から離れてしまう。

 

「それはレベル80以上でそれなりの制限がある槍やで。自分、レベル80もないやろ」

 

 確認するかのように問いかけるナオキだが、返答を聞くこともなく行動を始める。ガストステップで急接近した彼はそのまま鎌部分で<レッドキャップ>の腹部に深手を負わせ、その傷跡を強めに蹴ることで距離を無理やり開ける。

 宙を舞う夥しい量の血液の量だけを見れば致命傷に加えて勝負あったと思われるが、見た目の派手さとは裏腹に<レッドキャップ>のHPはそこまで減っていなかった。『そこら辺はゲーム依存かいな』とナオキはぬか喜びであったことに一頻り残念がると、次の武器を手に取った。

 

「それは<ポイズンソード>。さっきの<パラライズ>の毒版やな」

 

「<ピコハン>。こんなナリやけど、当たると痛いで」

 

「あっと残念。それはレベルが足りんな」

 

「これは鰤や。一応食べれるで」

 

 その後も武器を入れ替えてのゲーム染みた戦いは続く。

 武器を入れ替えるごとにナオキが特徴などを紹介するのだが、<レッドキャップ>は聞く耳を持たずに突貫。その結果、何かしらの状態異常に掛かったりレベルが足りなくて装備が外れた瞬間に手痛い反撃を食らう羽目になるのだが、そんな明らかにおかしい結果を<レッドキャップ>は何の不思議がりもしなかった。

 

(よっしゃ。残り1割ほど……これはいけるで)

 

 未だに気付きもしない<レッドキャップ>の反応にナオキは勝利を確信した。

 

 彼が今まで行ってきたこと。それは再三言うが、『詐欺紛いな企み』である。

 実のところ、<レッドキャップ>がこれまで装備してきたのは全て何かしらのデメリットがあるレベル50ぐらいで使える武器だ。それに対してナオキがこれまで装備してきたのは全て何のデメリットもないが、レベル80以上でないと装備出来ない武器。それをさも平等であるかのように振舞い、デメリットを押し付けた<レッドキャップ>に『運が悪い』と言いながら攻撃を加えていたのが今回の絡繰りである。

 なんとも姑息で悪辣な手段で恐らく概要を聞けば如何に腹ぐろ眼鏡や鬼畜眼鏡であろうとも『さすがに引くよ』と拒否感を露にしそうな作戦だが、ナオキは『<緑小鬼>(ゴブリン)みたいな話が通じひんやつ相手には刺さるな』と満足気であった。

 

 この作戦。特筆すべきは『モンスターや大地人にとてつもなく有効』な点が挙げられる。今も尚、『投げたら必中だが近接で使うと必ず外れる槍』を近接で使っている<レッドキャップ>や特別な訓練などでレベルが跳ね上がっている大地人は例外だが、そこら辺のモンスターや大地人が中堅当たりの冒険者がよく使用する武器はまず使えない。

 レベルであったり、筋力や俊敏。その他さまざまな制約の壁は等しく存在しているため、一兵卒レベルの大地人が装備出来るものは良くて初心者用であったり、念入りに調整された特注品ぐらいであろう。

 なので、デメリットらしいデメリットが装備可能レベルぐらいの所謂『当たり』は冒険者に。デメリットが多分部含まれている『外れ』は戦う相手にという構図が出来上がる。

 

 相変わらず<レッドキャップ>はどの武器がデメリットが無いのかとありもしない『当たり』を求め、そんな無防備な後ろをナオキが攻撃する。──そんな矢先であった。

 

「ギャギャッ!」

 

「うせやん……」

 

 <レッドキャップ>が突っ込んでくる。だが、ナオキがそう呟いたのは<レッドキャップ>の手には何の武器も握られていなかったからであった。眼前まで近づいて来た鋭利な爪を咄嗟に身を捩ることで避けることが出来た彼であったが、その胸中は疑問一色に塗り潰されていた。

 

(なんでバレたんや)

 

 自らの身体と言う原始の武器を用いて連続攻撃を仕掛けてくる<レッドキャップ>の動きに対処しながらナオキは考える。

 人の良さそうな笑みで警戒心を最低限にしたし、お互い落ちている武器を使うというルールを設けていかにも公平なように仕向けた。そしてなにより、いかにもデメリット負っている『風』を装って戦うという小細工も弄した。シロエやクラスティのような腹ぐろコンビのような疑り深い冒険者ならまだしも、如何に高レベルとはいえモンスター相手に気取られる程の大根振りは披露していない。

 

 そうしているとスタミナが切れて来たのか、<レッドキャップ>が距離を取るや否や近くに刺さっていた直剣を抜いて構え──少し悩む素振りをした後にそれを投げ捨てた。その不可思議な行動にハッとしたナオキは、<レッドキャップ>が無手で突撃してきた場所を見やる。

 そこにはナオキがばら撒いた武器が何もなかった。その光景にどれだけ悩んでも解けなかった謎があっという間に氷解する。たしかに落ちている武器が無ければ無手になるのも仕方なく、それを使ってしまったからにはわざわざデメリットになる武器を拾って戦うなど馬鹿らしくなるのは当然のことだ。

 

「運が悪かったっつーわけやな。さて……どないしよ」

 

 相手の周辺に武器が無かった際の考慮が足りていなかったと反省する半面、そんな状況に陥ってしまった己の運の悪さに辟易しながらも『ルール破ったんはそっちやからな』とまるで<レッドキャップ>が最初にルールを破ったから致し方なくという建前で<暗殺者の血脈>(ブラザーフッド)を抜いて迎撃態勢を取る。どこまでも相手を欺く姿勢を貫いているナオキの脳内では、2つの策がお互いの優位性を熱弁していた。

 

 1つはこのままガチンコで戦って勝利することである。確かに相手のHPは残り1割なので、ナオキが倒れさえしなければ確実性は高い。──が、それでも<大規模戦闘>(レイド)級モンスターの1割は通常モンスターの何十、何百倍ものHP量である。

 それにこちらが1番重要なことだが、ナオキ自身のHPも既に3割を切っている。近衛を率いた遊撃をしていた弊害でパーティを組んでいないために合間合間でポーションを使用していたのだが、来る<フルレイド>用に後生大事に持っていたHPを全回復するポーション含めて既に在庫は全てのみ尽くしてしまった。

 

 それらを加味すると2つ目の策である『奥の手』が優位かと思ったが、それも<レッドキャップ>がハマってくれるかは運次第だ。奴のHP量的にハマってくれれば確殺は出来るし、例え『セルフ食いしばり』といった奇跡の踏ん張りを見せた後で死んだ振りなどをされても、あの奥の手の術中にハマりながらも平静を保ってそれを実行するのは不可能だろう。

 しかしながら、先ほど万全かと思われていた作戦も意図的にではないにせよ<レッドキャップ>に台無しにされたばかりだ。その記憶が枷となり、ナオキに奥の手を使わせる判断を奪う。

 

 だが、こうしている間にもお互いの攻撃が苛烈さを増していき、2人のHPをじわじわと減らしていく。このままでは同時に──否、ナオキの方が減りが早い! 

 このままでは先にHPが尽きてしまうことを瞬時に計算したナオキは、悩んでいる暇はないと奥の手を実行するために<マジックバッグ>に手をやる。

 1つ、2つ、3つ、4つ、5つ……そして6つ。合計6点の小さくも丸い感触を確かめたナオキは、早速1つ目のアイテムとして怪しげな香炉を取り出してからそれを自分の近くに置く。香炉からは怪しい色の煙が濛々と立ち上り、それを見た<レッドキャップ>が訝しむが、特に自身の身体に異常が無いからか早々に意識をナオキに向けて襲い掛かる。

 

(第1段階はクリア……と)

 

 香炉が破壊された時点でこの作戦はおじゃんだったため、ヒヤヒヤしたナオキであったがどうやら杞憂に終わったらしい。日頃のナオキであれば『これで条件は全てクリアされた』と、言った瞬間に邪魔が入って作戦が台無しになる魔法の言葉を吠えてはナズナ辺りに制裁される展開ではあるが、今回は所謂『ガチ』だ。そんなお遊びをする暇はどこにもない。

 

(右、左、左、下からの蹴り。……今っ!)

 

 <レッドキャップ>の猛攻の合間。一瞬や瞬間すらも凌駕した刹那の隙を狙い、ナオキは≪アサシネイト≫を放つ──が、それでも<レッドキャップ>のHPを削り切るには火力不足であった。

 お返しと<レッドキャップ>の鋭利な爪がナオキの胸部と顔面を切り裂く。それが決定打となり、HPバーが全て真っ黒に染まったところでナオキの身体は糸が切れた操り人形のように大地に沈んだ。

 

 ピクリとも動かない彼を冷ややかな目で見ていた<レッドキャップ>はナオキの頭を踏みつけた。1回、2回とナオキの頭を踏む足に力を籠め、ようやく罠ではなく戦闘不能になったことが分かった<レッドキャップ>は途端に下卑た笑みを浮かべる。

 辛酸どころではない劇薬を舐めされられ続けた末に手にした勝利という余韻はあるが、これほどの強者を仕留めたということで残る敵は有象無象ばかりだと<レッドキャップ>の思考は勝手に勝利の美酒に酔い痴れていた。

 

 そのまま残敵処理を終わらそうと足を引き摺りながらもナオキの傍を離れようとする<レッドキャップ>であったが、ナオキの手の内に納まった指輪が目付いた。徐々に土気色に変わっていく手からそれを回収すると、興味深げにしげしげと見つめること数秒。<レッドキャップ>の脳裏にはこんな考えが翔ける。

 

 こんな強敵が後生大事に持っていた物だ。きっと役立つに違いない。

 

 あくまでも『戦利品』と思った<レッドキャップ>はいそいそと指輪を摘まんで残った腕の指に着ける。──否、着けてしまった。

 

「ギャギッ! ギャー!」

 

 月明かりで遠く離れた仲間が戦っている姿が良く見えていた風景が唐突に暗転する。まるできつく目隠しをされたかのように一切の光を感じなくなってしまったことで<レッドキャップ>がよく分からない鳴き声をあげながら首を振るが、どんなに抵抗しても事態が好転することはなかった。

 

 未だに混乱の真っ只中に居た<レッドキャップ>。しかし、目が使い物にならなくなったことで鋭敏化した耳が地面を踏む音と見知った声を拾う。

 

「お、その反応は盲目状態やな。儲け儲け」

 

 おかしい。念入りに調べたはずだ。動けるはずがない。

 おそらく<レッドキャップ>が人語を話せていたらこのようなことを言うだろう。それほどまでに自分の視界が闇一色の中でナオキの声が近づいて来るという事態が恐怖であった。

 

「ぎゃっ! ギャギー! ギャギャギャッ!」

 

「ごめんな。<緑小鬼>(ゴブリン)語はさっぱりなんや」

 

 恐怖を無理やり引き剥がすためにより大きな声で叫ぶ<レッドキャップ>。おそらく<緑小鬼>(ゴブリン)語で翻訳すればナオキを口汚くののしっているのだろう。

 

 だが、もう少しでその口は永遠に閉じられることになる。ナオキは素早くマジックバッグから残り4つの<怨念が籠った指輪>を取り出してから<レッドキャップ>を押し倒す。未だ盲目状態で手あたり次第暴れるぐらいしか抵抗らしい抵抗が出来ない<レッドキャップ>の片腕を無理やり開かせ、勢いに任せて残り全ての指に<怨念が籠った指輪>を装着した。

 勢いが付きすぎて嫌な音を立てながら歪な方向に折れ曲がった指があったが、もはや<レッドキャップ>にはそれを痛がる感覚はない。全ての感覚を封じられたことで少し前のアイザックのようにその場で転がり出す<レッドキャップ>にナオキは<暗殺者の血脈>(ブラザーフッド)を装備する。

 

 その間にも<レッドキャップ>は当然激しく抵抗し出す。その様子はもしかしたら奪われた感覚を代替するべく第六感ともいえる存在が覚醒したのかと思うぐらいすさまじく、ナオキを引き剥がそうと殴りつけた拳の数発は彼の顔面や防御の薄い部分に命中する。

 

 ──が、ナオキは一切怯まなかった。<大規模戦闘>(レイド)級モンスターである<レッドキャップ>のタガが外れた攻撃は決して一笑に付す威力ではないにもかかわらず、ナオキは意に返すことなく<暗殺者の血脈>(ブラザーフッド)を<レッドキャップ>の首筋に突き立てた。

 

≪アサシネイト≫

 

 幕引きにしては覇気がない声と共に振り下ろされた短刀が<レッドキャップ>の首筋に沈み、そのHPを真っ黒く染め上げる。

 短くも濃かった戦闘がようやく終わったことに深く息を吐いたナオキであったが、近場に置かれた香炉から漏れる煙の量から自らに残された時間が少ないことを悟ってフレンドリストからソウジロウを呼び出した。

 

『ナオキ、どうしたんですか?』

 

『いや、さっきえらい強い<緑小鬼>(ゴブリン)おってな。<レッドキャップ>っつー<大規模戦闘>(レイド)級モンスターなんやけど』

 

『そんなの居ましたっけ?』

 

『まぁ、検証は後や。んで、大地人の人らを逃がした後にタイマン張って倒したんやけどな、<黄泉返りの冥香>使ってもた』

 

 <黄泉返りの冥香>。死んだ仲間やモンスターをゾンビとして蘇らせ、戦闘に参加させるアイテムである。一見便利に見えるこのアイテムだが、使用して3分後に蘇った者は確実に死亡するので<大神殿>が遠い場合かつもう少しで倒せるといったぐらいにしか使い道がないアイテムである。

 

 ──あの時、ナオキは地味に2つのリスクを背負っていた。

 1つ目は黄泉返りの冥香が<レッドキャップ>に破壊される恐れがあること。アイテムが破壊されればその効果は無くなり、ナオキはHPが0になった瞬間に<大神殿>に送られてしまう。

 あの時は最後までデバフ装備を相手に供給していて下手なアイテムに触らなくなったのかは本人のみ知ることだが、幸運なことに黄泉返りの冥香は傷一つ追わずに効力を発揮することが出来た。

 

 だが、2つ目は全く検証をしていない博打だった。ゲームでは3分のタイムリミットが表示された上でプレイヤーが自由にキャラを動かしたり、自身の覚えている特技仕えたと記憶していたが、その仕様が大災害以降で変わっていないという保証はない。

 もしかしたら意識を失ってままにゾンビとなり、<レッドキャップ>に向かわないかもしれない。もしかしたらモンスターとなったことで敵側に回っていたかもしれない。

 

『まぁ、何もなかったし良ぇんちゃう?』

 

<大規模戦闘>(レイド)級モンスター相手に1人で相手するからですよ。たしか、この辺って大聖堂は……』

 

『アキバやから、ちょっと情報収集してから帰って来るわ』

 

 そんな様々な『IF』を無視した作戦だったが、何事もなく<レッドキャップ>を討伐することができた。終わりよければなんとやらと言わんばかりに今後のことを話すナオキであったが、ソウジロウの返事を待つこともなく意識を失う。

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