西風の相談役   作:マジックテープ財布

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39話:契約

 ナオキが次に目を開けると、<大神殿>の固い台座の上で寝そべっていた。

 

「うーん、やっぱ何を忘れたのか見当もつかんな」

 

 <冒険者>が死亡すると記憶をなくす。成り行きとはいえ死亡してしまったのだから事実なのか検証したかったが、やはり忘れた記憶を断片的に思い出すなんて都合の良いことはなかった。

 もしかすればそういった『前提知識』を持っていると何かしらの作用が働き、失った記憶の取捨選択のような物も出来るかもしれないとゲーム脳を爆発させていたナオキにとってこの結果は儚い夢と実感しながら<大神殿>を出ようとする。

 

 ひとまずは<円卓会議>が運営している情報を統括する場所に誰かいるだろうし、そこで直近の<緑小鬼>(ゴブリン)軍に対して進展があるのかを確認してから<エターナルアイスの古宮廷>に出発しようとナオキが<大神殿>の扉に手を掛けたその時であった。

 

「ん? 誰か死んだんか?」

 

 背中越しに人の気配を感じたナオキが振り向くと、そこには先ほどまでの彼と同じように誰かが台座の上で寝ていた。

 <緑小鬼>(ゴブリン)との戦闘で死亡したのだろうか。それともクエストかそこらの<ゾーン>などで死亡したのだろうか。いずれにしても戦闘の真っ只中で死亡したのであれば早々に戦闘復帰したいはずだ。

 見るからの初心者を脱却して少ししたぐらい装備なので、困っている手伝ってやるのも長くゲームを遊んでいた者の宿命だと考えたナオキは金髪の少年に話しかけた。

 

「どうも~。なんかお困り?」

 

「あ、あのミスタ。つかぬことをお伺いするが、ここはどこだろうか?」

 

「み、ミスタ……? 一応、<アキバの街>の<大神殿>やけど?」

 

 なにやらおかしなことを聞いて来る<冒険者>。名前もルンデルハウスといった貴族みたいな名前をしていることから、おそらくは『そういったお年頃』。もしくは少し前まで外国に住んでいたハーフか何かだろうが、聞き馴染みが無い聞き方にナオキが面食らいながらも現在地について説明をする。

 

「つまり……僕は復活した! <冒険者>になったんだ!」

 

「よー分からんけど、死亡したんやから戦闘中やったんやろ? <エターナルアイスの古宮廷>の方向やったら送ってくで」

 

「あ、あぁ。すまない。では、<チョウシ>の方に寄ってくれるだろうか? 仲間が心配してると思うんだ」

 

 やたらと<冒険者>ということにテンションが上がっているらしいルンデルハウスの言動にナオキは首を傾げる。ゲームだった頃、別の通話ソフトで会話をしていなければ死亡した後は即座に仲間とチャットや念話機能で連絡を入れるのが常識だった。見るからに初心者から毛が生えた程度の装備を纏っているためにそういった<エルダー・テイル>の常識を知る前に大災害に見舞われたと言われればそれまでだが、まるで『今まさに<冒険者>に成りたて』のようなアンバランスな印象をナオキは抱いていた。

 

 ただ、このまま<大神殿>に居るというわけにもいかない。出発する前に寄る所があると伝えてから<大神殿>を出たナオキはルンデルハウスを伴って<アキバの街>の中央通りにある<円卓会議>が運営する情報所に赴いた。

 

「あれ、ナオキ。あの腹ぐろたちと領主会議に行ったんじゃなかったのか?」

 

「あっちに<緑小鬼>(ゴブリン)が流れ込んで来てん。んで、そこに<大規模戦闘>(レイド)級モンスターの<レッドキャップ>ってやつが出てきてな。1人でやらんとあかんかったから、なんとか相打ちで撃退した感じや」

 

「<レッドキャップ>? ……後でちょっと他のやつに聞いてみるわ。他には?」

 

「<エターナルアイスの古宮廷>の防衛は<西風の旅団>と<そうきゅんファンクラブ>がやっとるから問題なし。こっちとしてはシロエたちがどうなっとるのかは教えて欲しいわ」

 

 ナオキからもたらされた情報を真摯に聞いていた<冒険者>は<レッドキャップ>という未確認のモンスターの名前などをメモに取りつつ、彼は横に広げていた地図に次々と指を指して今の戦況をナオキに説明し始めた。

 

 彼曰く、〈緑小鬼の将軍〉(ゴブリンジェネラル)率いる部隊はクラスティ率いる先行打撃部隊をはじめとした大勢で既に制圧済み。後は北部に居る<緑小鬼>(ゴブリン)は部隊を大きく展開しながら<七つ滝城塞>(セブンスフォール)まで押し戻し、機を見てから強豪ギルドと有志の連携で<緑小鬼王>(ゴブリンキング)を含めた配下を殲滅するのだそうだ。

 また、〈緑小鬼の将軍〉(ゴブリンジェネラル)の部隊よりも前に出ていた大規模な軍勢についてもシロエの采配によって人里離れた山奥に封じ込めが完了しているらしい。これも後はローラー作戦で押し潰してしまえば終了なため、今はそれ以外──マイハマや<チョウシ>といった人里まで侵攻してきた小から中規模の群れに対しての編成をしている真っ最中だと<冒険者>が述べているとルンデルハウスが横から口を出し始めた。

 

「ん、どした?」

 

「す、すまない。私が死んだところはその<チョウシ>の町中だ」

 

「本当か! じゃあ、モンスターの編成とか知ってないか?」

 

 相手の情報──特に編成などといったものは相手の弱みに付け込むことが出来る手段の1つだ。本部のメンバーに念話を送っているのだろう、耳に手を当てながら情報提供を促す<冒険者>にルンデルハウスは自身が死ぬ前の<緑小鬼>(ゴブリン)の編成を答えていく。

 彼の話を総合すると<レッドキャップ>といった特に目を引く強敵が居るわけでもないが、<魔狂狼>(ダイアウルフ)などの高機動戦闘を得意とする群れが混ざっているらしい。その情報を聞いた<冒険者>はすかさず本部に<妖術師>(ソーサラー)などの範囲攻撃を得意とする職業を各パーティに配置するよう連絡しながら忙しそうに地図に何かを書き始めた。

 

「んじゃ、約束通り<チョウシ>に送るわ。そのレベルってことは合宿に参加しとったんやろ? どこのパーティや?」

 

「ミスミノリ……は分かるだろうか?」

 

「ミノリ……あー、<神祇官>(カンナギ)のか? 近くに"なんとか祭り~"っていう元気が服着て歩いてるような<武士>(サムライ)とか居る」

 

 <アキバの街>を出る道すがら、ナオキはルンデルハウスにパーティのことを聞く。合宿の総括をしているマリエールや直継に聞けば合流は容易いだろうと思っていたが、どうやらミノリたちのパーティに入っているらしい。記憶の片隅を突けば、たしか五十鈴がそんなこと言っていたような気がすることを思い出したナオキは『知り合いかい?』と尋ねてきたルンデルハウスにおざなりな返事をしながら街を出る。

 

「じゃあ、<チョウシ>に向かうで。念話はもう送っとるか?」

 

「すまない。念話とはどうするんだ?」

 

 思ってもみなかった返答に思わず『はぁ?』という声を出してしまうナオキ。どういうわけか今すぐ聞いてみたい気持ちをぐっと抑え、とりあえず急ごうと<グリフォン>を召喚する。

 始めてみるであろう<グリフォン>にやたらと『<冒険者>』という言葉を使いながら喜んでいたルンデルハウスを鞍上に乗せ、一同は<チョウシ>へと向かう。その傍らでナオキはようやく念話についてを問いただした。

 

「もしかして、ボッチやったんか?」

 

「ぼっ……?」

 

「あー、合宿する前は友達とか居らんかったんか? 普通、そのレベルぐらいの<冒険者>は念話するんやけど」

 

「……そ、そうだね。居なかったよ」

 

 何やら歯切れの悪い返答にナオキは増々懐疑的な視線をルンデルハウスに向ける。昨今では『ボッチ』と言う言葉やその意味が一般化しつつある中、ルンデルハウスのような反応をするのは不自然だ。御曹司などの温室育ちであるならば万に1つはあるだろうが、それでもネットゲームをしている箱に命じればそういった言葉に接する機会は腐るほどある。

 

 とうとう我慢が出来なくなったナオキはフレンドリストからミノリの名前を表示し、テンションが上がった犬のように周囲を見渡しているルンデルハウスへ声を掛けた。

 

「とりあえずミノリに連絡入れるわ」

 

「助かるよ」

 

 断りを入れてから念話を開始すると、数コールした後にミノリのなんだか不安げな声が聞こえてくる。理由は恐らく後ろで空の景色を楽しんでいる大型犬──もとい、ルンデルハウスの心配なのだろう。

 そのため、少しでも心配を取り除こうとナオキは彼女に対して少々ふざけ気味に声を掛けた。

 

「お宅で飼われているわんちゃんを保護しております」

 

「え、わんちゃん……ですか?」

 

「はい。<大神殿>前で保護しまして、名前はルンデルハウス……っちょ、危ないから暴れんなや!」

 

 犬扱いされて暴れ出すルンデルハウスを宥めていたナオキだが、どうやらミノリの方も先ほどの言葉でルンデルハウスが<大神殿>で蘇生されたことが分かったようだ。途端に泣き出す彼女にナオキは思わず狼狽えしまい、つい『え、泣いた!?』と言ってしまったがためにルンデルハウスから『ミスミノリを泣かせたな』と火に油を注ぐ始末。

 結局、ミノリとの念話はそのまま切れてしまい、物事を1つに絞れたことでナオキはあっという間にルンデルハウスを制圧する。そして、そろそろ<チョウシ>に着く頃合で何故かシロエから念話が掛かってきた。

 

「お前、本部に居るはずやろ? なんでもうミノリに念話したこと知ってんねん」

 

「だって、僕も<チョウシ>に居るし。そもそも、ルンデルハウスが死ぬ瞬間を僕も見てるしね」

 

「おまっ……。MP足りんかったんなら、お高いポーションとか≪マナチャネリング≫とかでMPかき集めて蘇生させたれや」

 

「違う。出来なかったんだよ」

 

 ナオキは<チョウシ>の上空を旋回してシロエたちが居る場所を探しながらも、内心で先ほど彼が言っていた言い訳に呆れる。

 ミノリの職業はナズナと同じ<神祇官>(カンナギ)であるため、復活魔法である≪魂呼びの祈り≫を覚えている可能性が高い。いや、後ろに居るルンデルハウスのレベルからして既にミノリはその魔法を覚えているだろう。

 

 なのに、出来なかった。それもシロエという上級の<冒険者>が現場に居ながらで──だ。

 

 シロエクラスの<冒険者>ともなれば覚えているスキルもHPやMPといった基礎ステータスも豊富だ。いくらミノリが≪魂呼びの祈り≫が出来るようなMPがなかったとしても、シロエがパーティのMPを均一に再分配する≪マナチャネリング≫を使用すれば連発ぐらいは分けない程のMPが取得出来るはずなのだ。

 さらに付け加えるとすると、中堅以上の<冒険者>は一般的に突発的なクエストにも対応できるよう全体HP、MPの半分を回復できるようなポーションや状態異常を回復するような虎の子のアイテムを準備しているのが普通である。特にシロエや直継、アイザックなどといった上級の<冒険者>ともなればそれより上位のポーションや貴重な蘇生アイテムもお守りとして1つはストックしていることもざらだ。

 

 つまり、ミノリが蘇生魔法を習得していない可能性は0に近く、MPや蘇生アイテムもシロエが居る以上は何とかなる環境にもかかわらず、ルンデルハウスが死亡した……という理解しがたい状況になってしまう。未だに呆れの感情を前面に押し出していたナオキは、シロエを諭すような口調で話しかけた。

 

「お前、つくんならもっとマシな嘘つけや。別にシロエが"君の判断の拙さが彼を殺したんだ"みたいな中学生っぽいやっすい説教せんやつって分かっとるし。別に到着した時には手遅れだったとかでも怒らんで?」

 

「それもあるけど……ミノリの蘇生魔法が効かなかったんだ」

 

「……は? 効かんってなんのことや?」

 

「あぁ、ミスタ。この下だよ」

 

「あ、分かった」

 

 間に合わなかったのは仕方がないが、魔法が効かないという不可思議な現象にナオキが首を傾げているとルンデルハウスが指を指しながら話しかけてくる。どうやら彼が死んだ場所の下まで到着したようで、真下を見るとシロエやミノリなどが手を振っているのが見えた。

 

「ほい、お届けもんやで。とりあえず、サイン代わりにさっきの話について詳しく聞こか」

 

「あの……、私からもご説明させていただきます」

 

「あー、五十鈴さんの話だと君がまとめ役やっけ。よろしゅう」

 

 ルンデルハウスを無事に降ろしたナオキは先ほどのことについてシロエに尋ねると、代わりにミノリが手を挙げる。彼女の説明は<緑小鬼>(ゴブリン)が<チョウシ>を襲った時から時系列順に語られたために理解するのに少々時間がかかったが、どうやら本当に≪魂呼びの祈り≫が効かなかったとのことだ。

 

「それは失敗やないねんな?」

 

「はい。MPが減りましたし、エフェクトもちゃんと見えました」

 

「エフェクトはあたしも見ました」

 

「俺も。姉ちゃんのMPが減っているのも確認してる祭り」

 

 通常、対象が居ないなどといった理由で魔法が正常に実施されなかった場合はコンソールに注意喚起の文章が表示される。その際はMPは減らない親切設計なのだが、ミノリたちの証言から間違いなく魔法は機能していると断言できる。

 しかし、そこからナオキのように『なぜ』と発展して時間を浪費しないところがシロエの弟子といったところだろうか。すぐさま師匠であるシロエに念話を取り、緊急でやってきた彼を交えて様々なことをやった結果として──。

 

「<大地人>……やと?」

 

 慌ててルンデルハウスのステータスを見るナオキ。しかし、彼のステータス表記は<大地人>のそれではなく、<冒険者>の物である。師弟揃って質の悪いいたずらの類を瞬間的に思いついたナオキが顔を強張らせるが、長年の付き合いであるシロエはともかくとしてミノリは気分で人を小馬鹿にするようなことはしない性格なのはよく分かっている。

 それほどまでにルンデルハウスの正体がナオキにとって予想外過ぎたのだが、その情報を事実として補強してきた存在がまさかの五十鈴であった。彼女が言うには少し前にルンデルハウスをフレンドリストに登録しようとしたことがあったらしく、いくらやっても登録が出来ないことを不思議に思った五十鈴に彼は自分が<大地人>であることを告げたらしい。

 

「ミス五十鈴たちの言った通りだよ、ミスタ。僕は<大地人>だ。……いや、<大地人>だったというべきかな」

 

「確かにサブ職業は<冒険者>やけどな。そんなやつ見たことが無いねんなぁ……。でも、実際<大神殿>で復活したんやから<冒険者>になっとるんか」

 

 今のルンデルハウスのサブ職業は<冒険者>。初めて見るサブ職業だが、ナオキは既に彼が<大神殿>で復活しているところを見ているために自分たちのような<冒険者>の能力が彼に付与されていることに納得する。

 

 ただ、納得はしてもどのようにこんなことを行ったのかは理解していなかった。ナオキはルンデルハウスを<冒険者>に仕立て上げた『大元』に向かって口を開く。

 

「シロエ、何やったんや?」

 

「契約を結んだ」

 

「契約?」

 

 いまいち要領を得ない答えにナオキは訝しむ。

 シロエのやったことは、言うなればルンデルハウスというキャラクターデータの書き換えだ。仮にここが<エルダー・テイル>を運営するオフィスでそういった改ざんが可能なパソコンが目の前にあるのならば別だが、ここは自分の意識がある世界。特別なコマンドや権限は何も意味を為さないのではないかとナオキは考える。

 

「あー、まぁ人に教える技術やないよな。忘れてくれ」

 

「いや、本当にこれで契約しただけだよ」

 

 しかし、よくよく考えれば<大地人>1人を<冒険者>にさせる芸当などバレたら洒落どころではない。本気で教えようとしていないのだろうと話を切り上げようとしたナオキに、シロエはあくまでも本当のことと1枚の契約書をナオキに見せた。

 

 見るからに凄まじい圧を放っている紙やインクに一瞬たじろいだが、ナオキはその契約書を慎重に持つと注意深く確認する。

 その内容は簡単に言えばルンデルハウスを<記録の地平線>(ログ・ホライズン)に迎え入れるということを仰々しく書かれている物であったが、とある1点にナオキは注目した。

 

「そうか……。これか」

 

「意外だね。ナオキは読まずに怒ってくると思ったのに」

 

「一応、社会人やからな。就業規則とかそういうのは読んどかんと痛い目に合うんや。シロエもどっかに勤めるんなら、覚えとき」

 

 そう言いながらナオキが指し示す部分にはこう書かれていた。

 

 ひとつ、<記録の地平線>(ログ・ホライズン)はルンデルハウスの任務遂行に必要なバックアップを、両者協議のもとできうる限り与える。これには<冒険者>の身分が含まれる。

 

 そう。この数行という短い契約文によってルンデルハウスは<冒険者>の力を手に入れたのだ。それに気づいたナオキの反応はと言うと──笑っていた。

 

「せやな。料理人は料理、木工師は木材品やしな。<筆写師>は……そうなるか」

 

 相応しい作成スキルの持ち主が、相応しい個人の能力を用い、手ずから何かを作りだす。これはにゃん太やナオキが行った味がする料理によって実証された理論で、<アキバの街>はその理論を基にそれぞれのサブ職業が奮起して発展を遂げてきた。

 ならば自身のサブ職業である<筆写師>もそういうことが出来るのではないか──。その理論を体験してからそんな考えが脳裏をかすめたシロエが、色々な試行錯誤やリ=ガンの〈魂魄理論〉(スピリッツトセオリー)を経て出来てしまったのがルンデルハウスの<冒険者>化である。

 

「ただ、妖精王の紙と黒龍王のインク。それとレベル90クラスの<筆写師>が必要だけどね」

 

「そらそうや。最高ランクのアイテムが無かったらこんなこと出来てたまるかいな」

 

 ただ、そうポンポンと<大地人>を<冒険者>に出来るわけがないらしい。当たり前だ、こんなインチキ臭い芸当をそんじょそこらでやられたら<大地人>と<冒険者>のパワーバランスのみならず、諸外国の関係は一気に悪化の一途を辿るに違いない。

 シロエの発言にナオキは深くため息をつきながらもルンデルハウスに向き直った。

 

「ルンデルハウス。<冒険者>を止めるなら今やで」

 

「なっ!」

 

「いきなり何を言うんだ、君は!」

 

 まるで<冒険者>を止めるよう説得するような物言いに、ルンデルハウスのみならず周囲がナオキを睨み付ける。だが、ナオキは『最後まで聞くんや』と周りを宥めつつ、<冒険者>の利点を話し出す。

 強靭な肉体、レベルのあげやすさ、そして不死性。どれも素晴らしいことだが、最後の不死性にナオキはここ最近悩んでいた。

 

 ソウジロウの髪が伸びたため、肉体の老化はあるだろう。しかし、死んだら<大神殿>で復活する<冒険者>に『老衰』はありえるのだろうか。

 仮に80歳でポックリ逝ったとすると、その<冒険者>は80歳の身体のまま<大神殿>に送られるのか。それとも若返って<大神殿>に送られるのか。そこまでこの世界に捕らわれているのかも分からないが、行く行くは気にしなければならない問題である。

 そんな死生観を告げられてルンデルハウスは蒼い顔をしているが、ナオキの懸念はまだ続く。

 

「後は……これ言うのは酷かもしれんが、<冒険者>はいつかは消える存在や」

 

「なっ! それは本当かい!?」

 

「具体的には消える"かも"や。もしかしたらこのままかもしれんし、喋りかけても返事をしない抜け殻のようになるかもしれへん」

 

「ナオキ、それって……」

 

 シロエの質問にナオキは無言で首を縦に振る。老衰や病死という死の概念からの解放はたしかに懸念すべきことで注意喚起として告げるに十分な威力を誇ってはいたが、ナオキが予想する最悪の懸念は先ほど話したことが児戯と思えるぐらいの威力だと彼は思っていた。

 

 未だ原因は定かではないが、<冒険者>は等しく転移して来た人間である。つまるところ、原因が解消されてしまえば<冒険者>はこことは違う──適切な言葉を使うのであれば『現実』へと帰って行くのだ。

 無論、この帰還が強制なのか選択制なのか、はたまた好き勝手に行き来できるのかは別の問題となってしまうが、最悪を考えれば強制的に全員が帰還してその後の往来は不可能であろう。

 ここで問題になってくるのがルンデルハウスがどうなってしまうのかである。

 彼は『現実世界の人間』ではない<冒険者>だ。システム──というと語弊があるが、原因が取り除かれて帰還が成った時にルンデルハウスは現実世界へ行くのか、それともこの世界に残るのかが全くと言って良いほど分からない。

 それに現実世界とこの世界と2つに1つだが、両方のデメリットを考えると碌な道を歩めないのが目に見えている。

 

 まず、現実世界へと帰還してしまった場合。これはヤマトサーバー = 日本という安直な考えから日本に帰還した場合のシミュレーションだが、まずは戸籍が無い。そのため、例え保護したとしても就労する伝手が<エルダー・テイル>系統の伝手かアングラ系の物しかないのでお先が真っ暗確定である。

 

 次に<エルダー・テイル>に留まったままの場合。これも中々にきつい。

 サラ曰く、以前の<冒険者>は表情らしい表情をしない気味の悪い存在だったそうだ。その中でただ1人、ルンデルハウスは文字通り、世界が崩壊(サービス終了)するまで永劫の時を生きなければならない。

 ゲームに戻った際に<大地人>が寿命で死ぬのかは定かではないが、自分の周囲が死んでいる中で自分1人だけ永劫の時を過ごすのは心を壊すのに十分だとナオキは考える。

 

 ただ、そんな懸念を言っても逆に不安に押しつぶされるだけなのも事実。そう考えたナオキは原因を解決した際のルンデルハウスがどこに行くのかの懸念について、一旦胸の中へ仕舞っておくことにした。

 

「詳しいことは何も言われへん。けど、今までの自分と変わるっちゅーんは覚悟がいることを分かって欲しい」

 

「もちろんだとも。僕も別に死にたくない一心でサインをしたわけではない。それぐらいの覚悟はあるさ!」

 

「あ、あたしも! それぐらいの覚悟が合ってルディに書かせました!」

 

 ナオキの思う最悪を知ってか知らずか……。おそらくそこまで深く考えてはなさそうな気配だが、頼もし気に言葉を返すルンデルハウスと五十鈴。

 本来ならばナオキの思うことを全部言い、その後に再び選択を聞くのが正解なのだが……。今の雰囲気をぶち壊しにするほど彼の空気読みスキルはぶっ壊れていないため、笑みを作りながらルンデルハウスの肩をバシバシと叩いた。

 

「分かっとるんならそれで良ぇわ! 不安にさせて悪かったな!」

 

「ミ、ミスタ……苦し……」

 

「ナオキで良ぇで! んじゃ、ちょっとシロエと話あるから失礼するわ」

 

「あの、ナオキさん。私もお話に参加しちゃ駄目ですか?」

 

 一旦シロエと話し合うために自然な形で別れようとするが、ミノリはナオキとシロエの話し合いに混ざろうとする。

 正直な話、まだまだ精神的に頑強ではない年頃の彼女に話すことではないのだが、どんなに言いつくろっても食い下がってきそうな目をしていたためにナオキは少し悩んだ末にミノリも一緒に近くの家の中へと入った。既に非難が完了している家らしく、ナオキは散らかさないように細心の注意を払いながら椅子を3つ分引っ張り出して座ると深い息をつきながらシロエとミノリに話しかける。

 

「シロエ、お前はこれ以上<大地人>を<冒険者>に変えるの禁止な? ボクの言いたいこと、さっきのあれで分かったやろ?」

 

「そうだね。これはちょっとやりすぎたと思ってる」

 

「でも、ルンデルハウスさんをあのまま見殺しにすれば良かったんですか?」

 

 ナオキとシロエの反省会にミノリは割って入るが、ナオキやシロエの答えとしては『そうだ』としか言えなかった。

 <大地人>が<冒険者>になった。言葉だけ聞くとどうってことはないが、その情報が漏れてしまうリスクはヘタをすると国家間のパワーバランスを著しく乱すことになる。

 仮に悪意のある<冒険者>をはじめ、天下布武を狙わんとする為政者や下剋上を目論む貴族がそういったお手軽に戦力を増強する手段として『<筆写師>狩り』をしないとも言い切れない。そうなるリスクを考えれば、『ルンデルハウスという<冒険者>に憧れた<大地人>がヘマをした』という酒場に転がるような話にしてしまった方がまだ救いはあったかもしれない……のだが、目の前でナオキ出しそうなミノリにナオキは強めていた言葉をついつい緩めてしまった。

 

「はぁ……。ルンデルハウスについてはなっちゃったもんはしゃあないからな。ミノリちゃんもきちんとあいつを見てやるんやで」

 

「はい!」

 

「ふふっ。ナオキも女の子には弱いんだね」

 

「茶化すなや。あっちで女の子泣かしてみ? 地獄やで」

 

 割と切実な物言いをするナオキに再びシロエとミノリから笑みがこぼれる──が、その時ナオキは途端に驚くと『ちょっとすまん』と言って片耳を抑える。その反応から念話だとすぐに気づいたシロエは、邪魔になると悪いからと席を立とうとするとナオキは『ソウジロウや』と念話の相手を伝えながらシロエの動きを片手で制する。

 

【あぁ、ナオキ。もうこっちに着くんですか?】

 

【いや、<チョウシ>で防衛線してたやつが死んでな。そいつをシロエの弟子がリーダーしとるパーティに送り届けた所や。今はシロエも居るで】

 

【シロ先輩もですか? てっきり本部で指揮を執ってると思ってましたが】

 

【<チョウシ>に襲い掛かるスピードが速かったからな。それで、そっちはどないや】

 

 シロエが<チョウシ>に居る理由をはぐらかしたナオキが<エターナルアイスの古宮廷>の戦況を聞くと、どうやら件の<レッドキャップ>がレイドボス扱いだったらしい。大将がやられた途端に<緑小鬼>(ゴブリン)たちが散り散りに逃げて行き、一応数パーティでそれを追うと<アキバの街>から<緑小鬼>(ゴブリン)の集団を駆逐しに来たパーティと合流したのだとか。

 

【今はシロ先輩が提示した作戦通り、山間部の封じ込めに従事してもらっています】

 

【そうなると、今日中ってわけにはいかんやろな。セルジアットの爺さんに頼んで、<冒険者>を労うパーティでも開催してもらおかね】

 

 今回の騒動は間違いなく今夜中には終わらないだろう。そうなると予めナオキが増援を連れてくる口実としたキャンプはお流れと言う形になる。

 どうやって彼女たちを宥めるかという悩みもあるが、宮廷内外の警備をクエストとして発注したのはセルジアットなので盛大かつ大規模な宴会を彼主導で行えばある程度の留飲は下がるだろうと画策するナオキは1人で納得していると、なにやらソウジロウが誰かと会話し始めた。

 

【もう襲撃は終わったんやろ? 後片付けか?】

 

【いえ、<大地人>の被害者を一か所に集めていました】

 

 被害者──。つまり、この襲撃で怪我人が出たのだろう。後衛とはいえ戦いに赴けばそういったことは避けようがないため、せめてポーションやヒーラーの魔法で対応するようにナオキは進言するが、返ってきたのは『死亡者6人』という彼が想像したよりも悪い結果であった。

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