西風の相談役   作:マジックテープ財布

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4話:この世界の危険性

 人間、ふと『あの時こうしていれば良かった』という反省の衝動は誰にでもあるかもしれない。ただ、それがゲームで死ぬたびに起こったらどうなるだろうか。

 

 <衛兵>の攻撃によって死亡したナオキだが、そんな状況の真っ只中に放り込まれていた。リアルでの人間関係や、やらかしてしまったこと。つい最近起こったことから幼少期に体験したことまでを詳細に追体験していると、いきなり波の音が鼓膜を優しく撫でたと思えば意識が波間にたゆたう小舟のように揺れ出した。

 その衝撃で緩やかな揺れの中に『何か』が抜け落ちたような認識はあるが、それが何なのかはっきりしないままナオキは意識を覚醒させた。

 

「大神殿……か」

 

 硬い石の台から起き上がったナオキは周囲を見渡すと、既に目を覚ましたらしいソウジロウがギルドメンバー達の手でもみくちゃにされていた。数人ならまだ羨ましいという気持ちが芽生えるが、数十人も居るとその気持ちは一瞬にして哀れみへ切り替わる。

 

「あ、相談役も目を覚ましてる」

 

「ちょーど良い。ナオキもそこに正座!」

 

「え、嫌やけど。心配とかそういうのやったらボク等も同じ気持ちやし、そこはナズナも一緒やろうからお相子やろ? ……まぁ、イサミもサラもナズナも<衛兵>から逃げれたっちゅー嬉しさはあるけどな。無事で良かったわ」

 

 それはナオキの本心であった。本心ゆえの真っ直ぐな言葉と心配するような顔つきに名前を挙げられた3人は一瞬呆けるが、ナズナは張り手で自らに活を入れるとちょこんと正座をしているソウジロウの傍を指差して叫んだ。

 

「そ、それでも心配したことに対してね! 謝罪をね!」

 

「なにムキになってんねん。へぇへぇ、もーしわけありゃーせんしたー」

 

 なんとも適当な謝罪が為された後、何とか解放された2人は落した装備を拾ってから所用を済ませるために道を歩いている最中に顔を見合わせながら『死亡した時のこと』について話し合うが、いざ話そうとしてもあまり記憶がないことに気づく。

 

「思い出せんっちゅーことはどうでもえぇってことなんやろな」

 

「ですねー」

 

 それで良いのか、<西風の旅団>。

 結局、うんうん唸っても思い出せなかったので『いずれ思い出す』という未来への自分に期待した2人は、その足で<海洋機構>という<ギルド>の<ギルドホール>へと向かう。その目的は損傷したり、破壊された武器の修繕である。

 適当な高レベルの<鍛冶師>のサブ職業を持つ<冒険者>に依頼するのも良かったが、情報収集も兼ねて道中に念話でアポイントメントを取りながら<ギルドホール>まで移動すると、ちょうど暇だったみたいで<ギルドホール>の入り口から大男が出てきた。

 

「よう、2人共。久しぶりだな」

 

「ミチタカさん、お世話になります」

 

「大将、お久しゅう。装備の修理しようと思た矢先にこれやからな」

 

 <海洋機構>。参加者2500人の超大型の生産系ギルドだ。

 そのギルドマスターを務めるのが今、ソウジロウ達と話しているミチタカである。火傷の痕が目立つゴツい腕を持った大男だが、人情に厚い彼の良い評判は<ギルド>外からでも轟いている。その証拠に購入した<ゾーン>にある作業場などを兼用した<ギルドホール>の中へ入ると、昨日の事件から1日ぐらいしか経っていないのに現場の混乱がほとんどないことから彼の手腕が並々ならないものだとナオキは舌を巻く。

 

「随分、活気がありますな」

 

「生産系は動き続けなきゃな。ただ……、作ったり修理には素材が必要なんだが、素材の目途がな」

 

 『もちろん、これらの修理は大丈夫だぞ』とボロボロの武器を受け取りながらフォローするミチタカだが、その表情には少しの疲れが見え隠れしていた。

 その後は具体的な修理期間や見積もりを聞いた2人は<西風の旅団>の<ギルドホール>へと帰ってくるが、やはり2人の死亡が堪えたのだろうか。ソウジロウに対してギルドメンバーが多少、過保護になったのは言うまでもない。

 

 ただ、ナオキに関しては──。

 

「なぁ、ボクは?」

 

「ナオキは気づいたらどっか行ってるから。追いかけるだけ無駄無駄」

 

「相談役って結構自由ですからね。目を離したらどっか行ってるし」

 

「困ってたらいつの間にか傍にいるしね」

 

「そーそー」

 

「心配して欲しかったら、もうちょっと大人しくしなさい?」

 

 言われてみればそうだが、ソウジロウと比べるとおざなりな対応にナオキは部屋の隅でひっそりと体育座りをしながら『なんでさ』と呟いていた。

 

***

 

 ナオキが死んで3日目。つまり、あの事件が起きてから5日が経った。表面上はすっかり沈静化した<西風の旅団>のナオキの部屋では部屋の主が耳に手を当てながら念話をしていた。

 

【ねぇ、ナオキ。どうしたら良いと思う?】

 

【なるようにしかならないんやないの? 知らんけど】

 

【うわぁ~、興味なさそう】

 

【ソウジロウに続いてお前もか、としか思えへんわ】

 

 念話の相手はシロエだ。なんでも<外見再決定ポーション>を渡した相手が美少女らしく、そのまま代金替わりにパーティに入ってもらったは良いがどう接したら分からないところで、<西風の旅団>という女所帯を渡り歩いている存在(ナオキ)を思い出して掛けて来たらしい。

 ただ、ナオキ的には主にソウジロウを対象とした相談事のテンプレのような内容だったらしい。盛大な欠伸を一つしながら『知らんがな』と片付けた後、気になっていたリアルとかけ離れた性別や身体つきのために<外見再決定ポーション>を使わざるを得ない<冒険者>の話へとシフトしていく。

 

「まぁ、たしかにネカマ、ネナベは当然として色々盛っとるのは居るよな」

 

「僕もリアル通りってわけじゃないからね。変身願望ってやつかな?」

 

 <衛兵>との戦闘で実感したのだが、やはり<エルダー・テイル>で戦闘するのとはわけが違った。避ける際にも足を滑らせれば転倒するし、片腕が喪失した時もバランス感覚が容易に狂う。

 リアルの身体と同じ身体つきのナオキでもそうなのだ。これがゲームゆえに肉体や設定などを色々カスタマイズしているのだとすれば戦闘行動は途端にやり辛くなる。

 

「ボクも1本持っとるけど、<ギルド>に寄付しとくべきなんかな」

 

「それが良いかもね。ソウジロウに預けておけば?」

 

「そうしとくかぁ。ところでシロエは何しとるん?」

 

「直継と新しく入ったアカツキって子でパーティ組んだから戦闘訓練。実際の戦闘は初めてだからさ、じっくりやるよ」

 

「ほどほどに頑張りや~」

 

 どうやら、シロエ達も未だ五里霧中のこの世界で立ち止まり続けるのを止めて前に進み出したようだ。こういう時は即席パーティの方が動きやすくて羨ましい限りだが、<ギルド>は<ギルド>でまた別のありがたみがあるので『隣の芝はなんとやら』と呟いたナオキはシロエとの念話を切って畳の上でごろ寝する。

 

「あ、シロエに死んだこと伝えるの忘れてた。……ま、会った時に言えばええか。そういえば、あまり外に出なくなったなぁ」

 

 考えるのは自身の1日。ナオキは<衛兵>に殺されてから<海洋機構>に装備を受け取りに行った以外は外に出ていなかった。

 朝起きて、一人で髪が繕えないメンバーの補助を行う傍らでサラの掃除を手伝い、ソウジロウと格闘メインの立ち合い。たまに<ギルドホール>の外で催しそうな<冒険者>を男女問わず見つけては設定を弄って『緊急対応』を行い、常日頃起こる<ギルドホール>内での問題を片付け、その合間に部屋で実験をし、夜中にソウジロウと業務報告をしながら日誌をつける。それの繰り返しだ。

 ナズナ達といった年長組からは『ナオキが大人しくしてくれてる』と安堵され、中高生組からは『相談役が居るからすぐに対応してくれる』と毎日騒がしく相談を持ち掛けられるのだが、ナオキとしてはそろそろ動くのもやぶさかではないと思っている。

 

「そろそろ例の実験も実を結びそうやし、<ススキノ>のこともあるからなーっと、今日も時間ぴったりやな」

 

 時間は分からないが、ナオキの身体から伸びる影が昨日と同じぐらいの長さになった時分にナオキの耳に念話の着信音が響く。いつものように受話器のアイコンをタップすると、いつものシブい声が聞こえてきた。

 

「ナオキち、こんにちはですにゃぁ」

 

「ご隠居、こんちは。今日もよろしゅうお願いします」

 

「はい、よろしくおねがいしますにゃ。では、昨日のお浚いから……」

 

 まな板などの器具や食材アイテムを準備しながらナオキはにゃん太のお浚いを黙って聞く。

 

 この料理実験が始まったのもナオキが死んだ当日である。にゃん太はセララのことで、ナオキはイサミとサラのことで一旦中断したが、装備を修理に出したその日の内に彼は再びにゃん太に料理について知恵を借りようと念話を送った。

 今までのようにコンソールを用いた調理の味が絶望的なことや、サラの感想から<大地人>がよく食べる料理が作れるという考察をにゃん太に聞いてもらい、次の方針の知恵を貸してもらうために共同での実験を申し出る。すると、彼も<料理人>であるためか『味のある食べ物の探求』に興味を持ったようで、『ちょうど暇していたのにゃ』とナオキの提案に彼は快く了承してくれた。

 

 こうして昼下がりの数時間を使用した料理実験が始まった。

 コンソール調理で材料が掛けた場合はどうなるか。中間素材のみをコンソールで作り、そこから調理は手作業で行うとどうなるか。コンソールで出来た物に塩を振りかけたるとどうなるか。逆に水道水の味がする飲み物に大量の砂糖をぶち込むとどうなるか。そんな様々なパターンでの調理を試してきた。

 

 しかし、いずれも材料が足りないという理由で調理不可や調理の失敗。ただの塩味が追加されたふやけた味や、カブトムシが好きそうなただのくっそ甘い水道水と散々な物が生み出されてはゴミ箱へダンクシュートを決めていく。

 それでも、『失敗は成功の母』という言葉があるように徐々にだがナオキやにゃん太の中で知識が蓄積されていった。

 

「今日は思い切って食材を現実のように料理してみるにゃ」

 

「んー、うちのギルドメンバーがそれやってゲル状になってたような」

 

「ナオキち、ダメで元々ですにゃん」

 

 ドルチェがキャベツの千切りを刻もうとした途端にゲル状になったという話を聞いたことがあるナオキは失敗することを情報共有するが、にゃん太の言葉に納得して肉に下味を付け始める。塩、コショウを塗して馴染ませながら肉の反応を見てみると、どういうことかゲル状にはならない。

 

「こちらはえぇ調子ですわ。そちらはどないですか?」

 

「こちらも良い良い感じですにゃん。では、焼き作業とまいりますかにゃ」

 

 遠征時の拠点構築用に買いだめしていた焚火セットに火をつけて竈に放り投げたナオキは鉄製のフライパンを用意する。カンカンになるまでじっくり待ち、フライパンの表面から薄い白煙が立ち上ってきたタイミングで生肉を乗せる。脂が一瞬で溶けてパチパチと爆ぜる様子をつぶさに確認していた彼だが、突如何かを思い出して自身の部屋の設定を自分以外入って来られないように設定し直した。

 

 現在、ソウジロウ達は戦闘訓練に行っているために少数のギルドメンバーしか居ないが、断片すらも出したくない実験や情報なので念には念をというわけだ。

 

「上手く行ってまっせ」

 

「よくよく考えると焼き魚に塩を振ったり、飲み物に砂糖を入れたのも失敗じゃない気がしますにゃ」

 

 味が付いていない料理や飲み物に味付けとして調味料を入れると味が変わる。一見すれば失敗のように思えるが、生の食材を実際に調理できることを考えるとそれらも『調理の範疇』になるのではないだろうか。

 そう結論付けた班長に念話越しで見えないが静かに頷くナオキ。片面が焼けた肉をひっくり返しながらも彼はこれらの調理が出来る条件に付いて考えだしていた。

 

 リアルでは料理が得意と豪語していたドルチェがキャベツを包丁で切った瞬間にゲル状になったという状況。だが、ナオキが試しにキャベツ1玉を半分に切ってもゲル状にならず、そのまま千切りにすることも出来た。自身もリアルでは調理学校に通いながら店の手伝いとして厨房に入っているため、ドルチェのリアルは分からないが自分も料理が得意と言えば得意。

 ならば、自身と彼女の違いとは何だろうか。

 

「違いなぁ」

 

「調理スキルの有無ですかにゃ?」

 

「それか、サブ職業が<料理人>であるやと思います」

 

 <冒険者>には調理スキルが最低限あるはずだ。しかし、いくら最低限でもキャベツを切るという初歩的なことでスキルが足りないと認識して失敗というのはあり得ないのではないだろうか。

 しかし、そんなことをうだうだ話してもデータが無ければただの机上の空論でしかない。そう思ったナオキが焼き上がった肉を切り分けて頬張ると、慣れ親しんだ脂の甘みが舌を蹂躙した。

 

「え、え!? こんなやったっけ。うわ、美味」

 

「懐かしい味ですにゃ。なんだか泣けてきますにゃぁ」

 

 にゃん太の方もちょっと涙がにじんだような声が聞こえてくる。無理もない、いきなり味のある料理が封印されて『お察しレベルの食べ物』を食べることを強要されたのだから。正直、他に条件はあるのかなどはまだまだ粗削りだが、『素材アイテムを現実のように調理する』という条件でナオキとにゃん太は調理できることが学べたのは値千金の収穫だ。

 

「ただ……、これは危険やな」

 

「えぇ、危険ですにゃ」

 

 とろける脂身の甘さを感じながらナオキが語り、その言葉の意味を推測したにゃん太も同意する。

 味のする食べ物の作り方。正しく世に広めないと余計な軋轢を生む『武器』となってしまう。なまじ、現状が食べても満足感の得られる料理ばかりなため、一度でもこれの虜となってしまえばその後は取り合いだろう。

 もしかしたらPK。それどころか<ギルド>単位での『戦争』になる可能性もあり得なくはない。この情報の取り扱いは慎重にするべきだという結論に達したナオキだが、『微妙な食べ物』ですっかり意気消沈したギルドメンバーに食べてもらいたいという欲もあるために『心が2つある~』と思い悩んでいた。

 

「なにはともあれ、ご隠居。共同研究にしてもらってありがとうございます」

 

「そこはナオキちの調査があってこそにゃぁ。セララさんのこともある以上、吾輩だけではそこまで行くのにかなり時間を要したと思われますにゃ」

 

「そういえば、<ススキノ>ってやっぱりまだ治安悪いんでっか? こっちも同じぐらいだと思いますけど」

 

 既に夕方。そろそろ締めに入ろうかとしたが、<ススキノ>の情勢について最初の時以来聞いていなかったのでナオキは思い切って聞いてみた。

 すると、やはりアキバの街と似たり寄ったりの治安らしく、<ブリガンティア>という悪評の高い<冒険者>の寄せ集めのような<ギルド>が幅を利かせているらしい。PKや粘着行為。挙句の果てには<大地人>への略奪といったように半分どころか全身を悪行で塗り固めたやり方に数少ない善良な<冒険者>は辟易しているそうだ。

 そして、どうやら彼らは<大地人>を捕らえて人身売買のようなこともしているのだとか。最近は<大地人>を雇用するよりも<冒険者>に言うことを聞かせれば雇用する金が必要なくなるという浅知恵を思いついたのか、矛先を<大地人>から<冒険者>に変え出したらしい。

 

「いやはや、状況が日増しに酷くなる一方ですにゃあ。早い救出をお待ちしておりますにゃ」

 

「ご隠居、申し訳ないんやけどボクは<西風の旅団>やから遠征には同行でけへんよ?」

 

「おや、そうなのですにゃ?」

 

 事実だ。<三日月同盟>のヘンリエッタとは懇意にしているが、別に<西風の旅団>が<三日月同盟>と懇意にしているわけではない。遠征時における遠征メンバー以外の保護については『善意』で提案したことなので、それ以上の支援は別の<ギルド>に『結託』を吹聴させるようなものだ。

 パワーバランスにピりついている今のアキバに余計な刺激を与えたくはない。期待しているところ悪いが、これ以上は無関係だと言い張るのが普通だろう。

 

 しかし、ナオキは──。

 

「ご隠居が助けてっていったなら話は別ですわ。ソウジロウもナズナも現状を理解しとるやろうし、"ご隠居からヘルプもらった"って言ったら喜んでボクを派遣させますわ」

 

「そうですか、頼もしい限りですにゃあ」

 

「ただ、ボクはたかが90レベルの<アサシン>。1個の<ギルド>を殲滅するほどの切れ味は無いで」

 

「戦力を考えるための情報が必要というわけですかにゃ?」

 

「流石ご隠居、話が早いで」

 

 『友人からのヘルプ』ということで、ナオキはにゃん太とセララの救出に受諾する。

 だが、<ブリガンティア>という<ギルド>がどの程度なのかよく分からない。ゆえにナオキは現地に居るにゃん太に正確な戦力測定をお願いした。

 <三日月同盟>のレベル90勢はギルドマスターなどを含めて4人。ナオキや現地のにゃん太も合わせると6人。狩りに<ブリガンティア>が高レベルの集まりであればかなり分の悪い賭けとなる。

 ギルドの規模と平均レベル、ギルドマスターやサブギルドマスターのレベルと職業は最低限欲しいと告げてから念話を切ったナオキは部屋の中でしばらく<ススキノ>から脱出する上でなにが危険かを考え込み、ソウジロウが帰ってきた気配を感じるとすぐさまギルドマスターの部屋へと赴くと、<ススキノ>に関して先ほど話し合ったこと一気にまくし立てた。

 

「……と、いうわけですわ」

 

「なーるほどねぇ。そりゃ班長からヘルプ来るわ」

 

「ナオキ、ボクもお手伝いに行きたいんですが?」

 

「お前は<ギルド>ほっぽってどこ行く気やねん」

 

 相変わらず深く物事を考えない前線バカにチョップを入れたナオキは、<マジックバッグ>から過去に行った際に購入した<ススキノ>の地図を取り出すと畳の上に広げる。

 <三日月同盟>は高難易度の<大規模戦闘>(レイド)に滅多に参加していないため、おそらく『アレ』は持っていないだろう。にゃん太の物と合わせるとアレは2つ。撤退時に遠征用の荷物を全て放り出す前提でも定員オーバーだ。

 せめて後2つぐらいは欲しいが、アレのレア度はかなりの物なので安々と借りることは憚られる。

 

「<フレンドリスト>にも登録されていたんでしたっけ?」

 

「あのストーカーシステム、マジで修正してほしいんだけどさー」

 

「今更言ってもしゃあないわ。とりあえず、ボクはこのまま三日月同盟に泊まり込むから。後はよろしゅう」

 

 <フレンドリスト>は相手の承諾なしでも勝手に登録でき、念話や街といった同じ<ゾーン>に入ったかどうかも確認できる仕様である。そのため、誰が広めたか『ストーカー機能』と揶揄されるほどの最悪のシステムである。

 そんなシステムを逆手に取って徒党を組んだ相手には万全に万全を重ねた備えをしなければ勝てるわけがないと、ナオキはヘンリエッタに連絡を取りながら<ギルドホール>を出る。後ろでナズナが『そんなに<三日月同盟>が良いなら<三日月同盟>の子になっちゃいなさい!』と、幼少のころに母親に聞かされた文句ベスト5ぐらいに入りそうな言葉が聞こえた気がするが徹底的に無視。そそくさとギルド会館5階を目指した。

 

「つーわけで、しばらく三日月同盟の子になりますわ」

 

「え、ナオやん三日月同盟入ってくれんの? いつ? 今か? さ、はよ手続きしよ!」

 

「ヘンリエッタさん、このギルドマスター大丈夫でっか?」

 

「ちょっと現実逃避しているだけです。じきに戻るかと」

 

 <西風の旅団>とは違うベクトルでアクが強いため、少々たじろいでしまったナオキ。

 しかし、既に遠征に使用するアイテムが<三日月同盟>のギルドメンバーの手によって次々と運び込まれている事態に正気を取り戻すと、搬入されたアイテムの整理や記録を付けながらこの遠征に対する不安を募らせていった。

 

***

 

「ナオやん、ほんまにこんな量が必要なん?」

 

「ゲームで行う<フルレイド>の量ですわよ?」

 

 数日後。<マーケット>や他の生産系ギルドを巡って集められたポーションや食料といった消耗品を前にマリエールとヘンリエッタはナオキから渡された紙を読みながら問う。

 遠征には大量の物資が必要であることは彼女達も分かっているのでこうやって物資を集めていたのだが、搬入がそろそろ終わりそうな頃にナオキが『足りない』と言って追加購入する物が書かれたメモを渡してきたのだ。

 その量はざっと見て先日から搬入していた物資の約半分。<ススキノ>で速やかにセララとにゃん太を救出してから即座に反転するという作戦が立てられた上での準備なため、彼女達はナオキが買いに行かせようとする量を『過剰』と論じるがナオキは首を左右に振って否定を示す。

 

「それは<ススキノ>までの行程で最低限必要な物や。少なくともボクはこの行程で行けるとは思ってへん、どこかで躓くはずや」

 

 馬での3週間の旅。現実世界では会計事務の仕事に就いていたヘンリエッタの計算では何も問題がないようにみられるが、それは法整備がされて移動手段が確立している現実世界で有効な旅程だ。

 この世界特有のモンスターの襲撃や他プレイヤーによる襲撃の存在については、いくら楽観的であろうとも切り離せるものではない。せめてもう少しゆとりが欲しいと進言するナオキに、ヘンリエッタは眼鏡の位置を修正しながら『それでは足が鈍くなりますわ』と意見した。

 

「今回の作戦は<ブリガンティア>が集合するよりも早く離脱する必要があります。なので、物資に余裕を持つと逃げきれません」

 

「いや。逃げ切る、逃げ切らんを前にあとあることをやれば"逃げられん"。ボクもさっき<フレンドリスト>を見ていた時に思い出してんけどな」

 

「それは……どういうことでしょうか?」

 

「逃げられんってどういうことや?罠とか?」

 

 大前提から崩してくるナオキの発言に呆気に取られた表情で固まるマリエールにとヘンリエッタ。しかし、ナオキは『ちょっと実験させてんか?』とギーロフというコック装備のエルフの青年に声をかけた。

 声を掛けられたことで近づいて来た彼に対して数度耳打ちをすると、<召喚術師>(サモナー)の彼は<ソードプリンセス>という精霊を召喚してナオキの前に配置させる。

 

「ギーロフさんを<ブリガンティア>の本隊に居る<召喚術師>(サモナー)。ボクが救出班。<ソードプリンセス>が本隊の<召喚術師>(サモナー)が召喚した召喚獣って想定や。じゃ、ギーロフさん。手筈通りにお願いしますわ」

 

「ナオキさん、俺22だから敬語は良いですよ」

 

「すまんな、20歳以上はたまーに敬語になることが多いから癖やと思っといて」

 

未だ慣れない口調に苦笑するナオキを前に、ギーロフは先ほど彼から聞いた概要について半信半疑であった。ただ、ギーロフのレベル的にこんな実験ぐらいしか役に立つ手段はないと真剣な眼差しで<ソードプリンセス>をナオキに追従させる。

 

「今の状態はボクたちが<ブリガンティア>から十分な距離まで逃げ切れたってところですわ。もちろん、<ソードプリンセス>やなくて鳥とか獣とかが適任やろうけどな」

 

「それがどういう? 召喚獣に攻撃させるのですか?」

 

「いや、それよりも汎用性が高い奴を投入させる。ギーロフさ……君」

 

「はいっ! ≪キャスリング≫!」

 

十分に距離が離れた状態のギーロフが特技を発動させた瞬間、まるで手品のように<ソードプリンセス>とギーロフの位置が入れ替わる。その変化にマリエール達が驚くのも束の間、ギーロフはスキルを解除することで<ソードプリンセス>を消すと<サラマンダー>を召喚していつでも攻撃できるように構えた。

 

「召喚獣と<召喚術師>(サモナー)の位置を入れ替える特技ですわ。本来は回避用みたいやけど、こうやって移動にも使えるのはゲーム時代でも出来てたみたいですわ」

 

 そう言いながら<フレンドリスト>を弄るナオキ。その視線の先にはKRという名があった。

 <放蕩者の茶会>(デボーチェリー・ティーパーティ)の罰ゲームで<ちんどん屋>というサブ職業に変えられた紅いマフラーが似合っていたその男は、≪ソウルポゼッション≫という召喚獣と<召喚術師>(サモナー)の操作を交換するというネタスキルも併用し、一瞬の内に距離を詰めて驚かしてきたのも今は昔のようだ。

 残念ながら何回か念話を試みてみたのだが、全てなしのつぶて。恐らくは単身で行動したいのだろう。

 

 そんな郷愁に駆られたナオキであったが、昔はネタ特技であった≪ソウルポゼッション≫の凶悪なコンボを前に未だマリエールたちの混乱は収まっていなかった。

 

「えっ、ちょっと待ってな? ギーロフが<ブリガンティア>の本隊の<召喚術師>(サモナー)ってことやろ? <冒険者>がいきなり目の前にって……」

 

「逃げられませんわね。召喚獣を何匹も相手にしている頃には追い付かれます」

 

 机上の空論で説明されたことが実際に出来てしまった。

 仮にこのコンボを<ブリガンティア>の<召喚術師>(サモナー)が把握していなければ問題はないが、もし知っていたら──いや、それは余りにも楽観的な思考といえるだろう。

 改めて『なんでもあり』をまざまざと見せつけられたヘンリエッタは軽く身震いをするが、それを事前に教えてくれたナオキに対して深々とお辞儀をした。

 

「計算がまだまだ甘かったようですわね。ですが……、そうなると<三日月同盟>での救出作戦自体が難しいのではないでしょうか」

 

「うん、厳しいな。他人の<ギルド>に口出しするのは悪いと思っとるけど、これだけは言えるわ」

 

 今度はスッパリと『厳しい』と結論付けるナオキの言葉に部屋は急に静かになった。対してナオキは『準備ぶっ潰すような感じやから黙ってたんよ』と申し訳ない表情を浮かべながら謝罪するが、それを素直に聞く者は誰一人として居なかった。

 理由は、根拠は、どうして。マリエールの頭の中にはそんな3つの単語が回転しているが、どんなに聞いても最終的には納得してしまうのだろうという一種の諦めが彼女の目尻に涙を溢れさせる。

 

「なん……ですか。 俺達じゃ頼りないっていうんですか!」

 

「そうっすよ。俺達もレベル90なんですよ?」

 

 何も言えずに蹲って静かに泣きはらすマリエールの姿に、小竜や彼と同じ戦闘班長の飛燕がナオキに噛み付いてくる。ただ、これは仲間を頼る、頼らないといった『友情・努力・勝利』のような夢のある話ではない。純粋な『戦力』や『作戦』から来るリアルの話だ。

 

「君ら、レベルだけは高い冒険者やん。装備とかが戦闘系ギルドの域に達していないのがほとんどやないか? それやと相手が持ってないレア装備とかを献上しに行くだけやで」

 

 <エルダー・テイル>はレベルだけではなく装備も大事だ。魔法の威力が上がったり、特定のスキルの威力や成功率や<再使用規制時間>(リキャスト・タイム)などが変化したりと装備品1つをとっても、それだけで戦闘の内容や作戦が大幅に変わる。

 しかし、そんなレア度の高い装備品のほとんどは高難易度の<大規模戦闘>(レイド)やダンジョン、<ゾーン>に固定されて沸く仕様のボスなどに勝利することで取得できるもので、初心者のバックアップなどがメインの<三日月同盟>には荷が重いコンテンツばかりだ。

 それに、相手は恐らく戦闘系。それもPKの場数はこちらに来てからトップクラスの連中だ。そんな奴らに装備が満足に揃っていないアットホームな<ギルド>出身のレベル90代4人が行くのも荷が重いと言える。

 

「なら、私も行きます!」

 

「私も! 友達を迎えに行きます!」

 

「まぁ、そう言うやろな」

 

 うだうだ説明をしていると、明日架やリリアナといった女の子たちが遠征に立候補してくる。その心意気は良い、とても立派だし素晴らしい友情に拍手と大阪人特有のご褒美である飴玉をあげたいぐらいだ。ただ、この世界の悪意──特に女の子が好んで経験したくないようなことが安易に出来てしまい、それが咎められる環境がないことをナオキは知っている。

 深く息を吐いた彼はマリエールの名前を呼ぶと、『いくら不愉快でも、絶対にボクを強制退出させんといてくれ』と頼んでから意を決して話し出した。

 

「ボクな、ついこの前に死んだんや」

 

「え、死ん……え?」

 

「死んだ。街中に居た<冒険者>に斬りかかって<衛兵>に殺された」

 

 まさかのPK──<冒険者>を意図して傷つける行為を行ったという発言に全員の視線が攻撃的な物へと変わる。ただ、マリエールとヘンリエッタだけは厳しい目つきながらも『続きを』を促してくれたため、ナオキは<衛兵>に殺された理由を語り出す。

 

「なんで攻撃したっちゅーことになるんやけどな。うちのギルドメンバーと雇用しとった<大地人>が2人組の<冒険者>に襲われててん。<大地人>の方は服も結構脱がされとってな、もちろん被害を受けた両方が女の子や。だから……な」

 

「えっと、その……。<衛兵>は動かなかったん?」

 

 まさかの事情に全員の動きが止まる。ただ、マリエールだけは言葉を選びながら藁にも縋るように<衛兵>のことを訊ねるが、彼は首を左右に振ってその希望を否定した。

 

「前にここで説明した推測が大当たりや。いくら服脱がせようが、腕を乱暴につかもうが、<冒険者>を攻撃した対象に攻撃してきおった。この分だと<冒険者>を乱暴しても、同じような対応やろうな」

 

 割と端折った説明だったが、全員は先ほどまでの攻撃的な目ではなく憐れんだような目でナオキを見る。すると、その視線を感じた彼は『ボクのことはええねん』と右手を左右に振ってから先ほどセララを迎えに行くと宣言した明日架とリリアナの前で中腰になると目線を合わせた。

 

「男共は……、この際えぇわ。ほんまはあかんねんけど、想像したくないよっぽどが無ければ大丈夫や。ただ、女の子はそうはいかん。性差別だのなんだの言われるかもしれへんけど、さっきのことを聞いてもまだ治安がここよりも悪いかもしれへん街に行こうと思うか?」

 

 先ほどナオキが言ったどうしたって<衛兵>が助けてくれない状況を想像したのか、女の子達はついに泣き出してしまった。本当は泣かせずに穏便に済ませたかったのだが、軽い言葉だけでは強行してくる可能性があったために苦肉の策を使うしかなかったナオキは『ほんま、ゴメンな』と謝罪の言葉を呟く。

 

「じゃあ……セララは諦めろと?」

 

 後味悪げに頬を掻いていたナオキに、強く唇を噛みながら小竜が疑問を投げかける。

 強くなりたいとレベルを上げた。多少の<大規模戦闘>(レイド)にも参加して装備を集めた。何度も死にながら、何度も戦いながらひたすら育て上げた自らの全てでも、目の前の<暗殺者>(アサシン)は不足という。

 

 ならば、どうすれば良いのか。簡単に諦めるのか。断じてそれは出来ない。目の前でさめざめと泣くギルドマスターの願いをどうしても叶えてあげたい。

 拳を強く握りながら俯いていると、彼の頭にゴツゴツとした大きくて暖かい手が載せられる。思わず上を見ると、片耳を手で押さえながら何かを話しているナオキが居た。

 

【うん、お疲れさん。一応、ボクの所感で遠征はムリって言っといた。 ……ちょっと強めに言ってもてさ。そんなわけやから、フォローしにちょっと<三日月同盟>のとこまで来てくれへん? どうせ、お前も行く気満々やったんやろ。 ……6人にPKにあった? 死んでないならええやん、こっちは<衛兵>に殺されてんで? ……あーあーあー、分かったからはよ来ぃ!】

 

 何やら不穏な単語が何度も聞こえたので目を丸くした小竜だが、言いたいことを言ったのか虚空を乱暴に押したナオキは怯えた様子の小竜の方を見て笑顔を作った。

 

「話は最後まで聞き。さっき、権謀術数を巡らせるのが得意な腹ぐろ<付与術師>(エンチャンター)に声かけたわ。お付きとしてちょっとブランクはあるけど頼れる<守護戦士>(ガーディアン)。それと今は凄腕<暗殺者>(アサシン)の女の子も居るんやっけかな。そいつらに任せれば何とかなるやろっと、えっらいはやいな」

 

 言い終わる前に扉が叩かれる。その音にナオキが驚きつつもマリエールに入室の許可を出してもらうと、ドアが開かれ──。

 

「…………」

 

「…………あの、マリエールさん?」

 

 扉の前に居た存在にナオキが第1に思った感想は『ちっさ』であった。自分も身長が低い自覚はあったが、恐らく中学生ぐらいであろうか。ただ、見た目通りの年齢ではないとナオキは論ずる。

 これは前職や<西風の旅団>で結構な数の子供を見て来たから分かる経験則だが、本当に年齢通りの女の子ならば知らない人間が多数居るこの部屋を前に堂々として居られるわけがないのだ。

 

 ただ、自分の待ち人ではないのでマリエールの方を向くと、彼女は逆に首を傾げていた。

 

「え? アカツキちゃんやで?」

 

「いかにも、私がアカツキだ。……主君、遅いぞ」

 

「アカツキさ……アカツキが早いんだよ」

 

(主君!?)

 

 遅れてやってきたシロエに言い放ったアカツキの呼び方にナオキは戦慄する。主従のロールプレイだと思われるが、彼女の見た目は完全に小中学生。しかも、直継ではないがクラスに居たら告白祭りを受けるほどの美少女だ。

 

 そんな子に『主君呼び』されている友人──否、『元友人』の姿を見た日には……もう……ネェ。

 

 このあと、無茶苦茶≪アサシネイト≫をうった……が、部屋の設定を弄られてシロエに攻撃が当たることは無かった。

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