西風の相談役   作:マジックテープ財布

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異世界のはじまり~<ススキノ>遠征の章~
5話:行こう、<ススキノ>へ


 シロエの到着から少し経ち、ようやく直継が<三日月同盟>の<ギルドホール>に到着したところで話し合いは開始される。とりあえず茶が振舞われるが、その『形式だけの存在』に誰も手を付けようとはしないのでマリエールは持ち前の笑顔でそれらを勧める。

 

「とりあえずお茶どうぞ。お茶風味の水やけど」

 

「いや、ここはボクの実験結果を見てもらおか。小竜、カップ下げて」

 

「あ、はい」

 

 皆の正面に並べられたカップを小竜に下げさせたナオキは、コンソールを展開して調理を行う。選んだ料理は『白湯』と料理と呼称しても良いのか分からない代物だが、瞬時に出来上がったそれらを各個人の前に配り出す。

 食べ物は全てふやかした塩味のない煎餅、飲み物は全て水道水となる認識が根強く、シロエたちは『どうせ』という気持ちが強くて中々手を付けることが出来なかった。

 ただ、ナオキの勧めもあっていざ口に含むと飲み口は僅かに温かい。

 

「温かい……」

 

「ようやく一息付けたような気がするぜ」

 

「ダレすぎだ。タレ直継」

 

「味は水道水みたいやけど、温度は別物みたいやねん」

 

 縁側で茶を飲んでいる老人のごとく目を糸のように細めてリラックスし出した直継がアカツキに罵声を浴びせられるが、本人は全く気にせずに白湯を飲み進める。

 白湯。読んで字のごとくお湯なため、いくら水道水の味がしようと温度というものは人間の思う以上に大きい。これこそがにゃん太との共同研究以前にナオキ単体が見つけ出した『飲み心地が変わる例外』である。

 

「温度があるだけでも随分違うね。他にも何かあるの?」

 

「他にも色々研究してるで。今は共同研究してる人と一緒にやってるやつが一番ホットやけど」

 

「共同研究?」

 

 白湯の温かな感覚にシロエは纏っていた緊張を僅かに崩しながら尋ねると、ナオキの代わりにマリエールが話し出す。

 

 まずはシロエたちへのお浚いとして<ススキノ>のこと、<トランスポート・ゲート>の故障が未だ直らないこと、街の治安のことを話し、そこから追加情報としてセララが保護されていることと、保護を依頼した<冒険者>がにゃん太ということを話す。

 すると、彼のことをよく知っているシロエと直継が『班長!?』と叫び、マリエールの前にずいっと顔を近づけると彼女の横で白湯を飲んでいたナオキが代わりに肯定する。

 

「シロエと直継の知ってるあのご隠居や。偶然にも<ススキノ>に居ったみたいやから、物は試しで念話で連絡網作って保護頼んでみたら大ハマり。ついでに一緒に"びっくりすること"を研究してるで」

 

「あぁ、だから共同研究者か。それで?」

 

「まぁ、そこから先はマリエールさんよりもボクが適任やろ。<三日月同盟>の遠征止めさせた言い出しっぺやし」

 

 人相の悪い目つきがより一層悪くなったシロエが眼鏡の位置を直すという装備者がやりがちな威嚇をすると、怯えたマリエールの代わりにナオキがしゃしゃり出て説明を続ける。

 

 まずは、<ススキノ>までの距離と<三日月同盟>が行おうとしていた遠征で使用する乗騎や道具の説明をする。なお、それらの説明を聞いた直継が最初に『無謀だな』と1アウトを宣言。

 次に、にゃん太経由で聞いた<ブリガンティア>の構成員の平均レベルやギルドマスターであるデミクァスの職業とレベル。そして、<三日月同盟>の遠征に参加予定のメンバーや途中で参加表明した初心者から脱したばかりの<冒険者>の説明を行う。なお、その説明を聞いたシロエからは 『厳しいね』と2アウトを有難く頂戴する。

 最後に、<三日月同盟>は純粋な戦闘系ギルドではなく初心者支援を根底とした組織であるため、<大規模戦闘>(レイド)や大規模戦闘の指揮経験やレベル90代でも装備の等級などが不足気味という説明だが、説明半分でアカツキから『論外だ』とあっけなく3アウト。これが野球なら即座にチェンジを言い渡されるほどのボコボコ具合だ。

 

「そうやねん。ナオやんにも同じようなこと言われたわ」

 

「何度も言うて気分悪ぅなるのは重々承知やけどな。こればっかりはしゃあないと思ってもろて」

 

「いいえ。私としましては、ナオキ様のお話を聞いて良かったと思ってます」

 

 自分が不甲斐ないと思ったのかマリエールが俯くが、対するヘンリエッタは割と元気であった。

 恐らく、そのまま敢行すれば取り返しのつかないことになっていた可能性が──否、絶対取り返しがつかないことになっていた。それが事前に分かり、なおかつシロエたちという成功率が高そうな人員への橋渡しもスムーズに行ってくれた。

 

 これがナオキに手伝ってもらわずに自分とマリエールのみであれば、『シロ坊に迷惑はかけられん』と言い、密約通りに<西風の旅団>に初心者などを預けて予定通り遠征を行っただろう。いや、今も<ススキノ>で寂しく待っているセララの気持ちを鑑みたマリエールの心情を汲み取れば、『速攻』を提案してもおかしくはない。

 いずれにしても準備不足のままで遠征に行き、そして──。

 

 小さく身震いしたヘンリエッタはナオキの方に向き直ると、座りながら深々と頭を下げた。

 

「そこでや、シロエ。ボクと一緒に<ススキノ>へ行って欲しい」

 

「俺やシロエに頼むと思ってたが、なんでお前もなんだ? お前、<西風の旅団>だろ」

 

 今回、ナオキはあくまでサポート的なポジションなために直継が言っていることは正しい。ただ、にゃん太からヘルプを頼まれたことを話すと直継は雑に納得する。それだけにゃん太への信頼が厚いのだが、彼のことを知らないアカツキたちは頭に疑問符を浮かべていた。

 

「僕は……」

 

 そんな中、シロエは何かに迷うように俯きつつも、小さく自身の考えを口に出そうとしていた。<放蕩者の茶会>(デボーチェリー・ティーパーティ)でも中々自分を表に出せなかった彼が、ようやく自分の意思を表現し始めたと思ったナオキは何も言わずに彼が発するであろう次の言葉を待つ。

 だが、1分──2分──それ以上の時が過ぎていく。白湯の残りもすっかり冷めてしまったが、未だにシロエから『僕は』以降の言葉が続かない。

 

(そろそろ、手助けするか)

 

 何かを言おうとする努力が見えたのでじっくり待ってみたが、この分だと限界だろう。それでも十分頑張ったとナオキが助け舟を出そうと口を開きかけた──が。

 

パシン

 

 軽い音が部屋を駆け抜ける。見れば、シロエの背中に直継とアカツキの手が添えられていた。

 

「言え、シロ」

 

「主君の出番だぞ」

 

 短い言葉だったが、その言葉こそがシロエを前に進ませる追い風となった。俯いていた顔を正面に戻し、ナオキを見るその両目には『意志』という灯が煌々と燃え上がっていた。

 

「行こう、<ススキノ>へ」

 

「そう言うと思ってたわ」

 

「し、シロ坊」

 

「マリ姐、僕らが行くのがベストです」

 

 決意の籠った宣言に後ろに居た直継とアカツキはお互いにサムズアップを送っている。シロエの顔が若干紅いことから先ほどの『ベスト』発言を恥じているのだろうが、これ以上にマリエールたちを安心させる言葉はないだろう。

 あの中々自分を出せなかったシロエにそのような熱い言葉を出させたのは、紛れもなく後ろの2人だ。ナオキにはそれがとても嬉しく思えた。

 

「シロエ。やっと、えぇ仲間に巡り合えたんやな」

 

「俺は元からシロのことを信じてたぜ」

 

「水を差すな。バカ直継」

 

 飛び蹴りを食らってもんどりうっている直継を見ながら、ナオキは在りし日のソウジロウとナズナを思い返していた。<放蕩者の茶会>(デボーチェリー・ティーパーティ)が解散して寂しそうにしていたソウジロウをナズナと協力して盛り上げ、行く行くは<西風の旅団>を立ち上げた。今では軌道に乗ってきたのだが、<ギルド>を立ち上げた当初は本当に苦労したのはナオキの中では良い思い出となっている。

 

(<ギルド>作ったと思ったらシロエに振られて、また落ち込んどったなぁ。ほんま、苦労したで)

 

 そして、いざ<ギルド>を立ち上げてシロエを誘ったら呆気なく断られてしまい、そこから『嫌われてる』としばらくどんよりしていた彼は非常にめんどくさ……ゲフンゲフン、不憫だった。

 そんな暗黒時代を思い出したからだろうか。ふと気になってナオキは、杞憂だと分かっていながらも明朝に出発することを宣言していたシロエに声をかけた。

 

「あ、ナオキ。やっぱり明朝じゃ早いかな」

 

「いんや、念話で報告するだけやからええで。つかぬことを聞くんやけどさ、シロエってソウジロウのこと嫌ってたりする?」

 

「え、なんで? 別に嫌ってないけど?」

 

 藪から棒に加えて身に覚えのないことを言われたシロエは、目をパチパチと瞬かせながらノータイムで結論を出す。その早すぎる返答からソウジロウの考えていたことは全くの見当はずれだと、杞憂そのものだと判断したナオキは『やっぱりな』とため息をついた。

 

「いや、ソウジロウが<ギルド>に誘っても来てくれなかったからって落ち込んでた時期があったんよ。この前も泊ってくれなかったやん?」

 

「あの時は<ギルド>に嫌悪感っていうか、煩わしさを感じてた頃だからさ。今でもそうだけど、尻込みしちゃったんだよね。だから、ソウジロウが嫌いとかじゃないよ。むしろ、立場さえなかったら今から誘いに行きたいぐらい優秀な前衛として頼りにしてるぐらいかな?」

 

「うん、分かっとる。ボクもそうやと思うほどにしっかり分かっとるんやけどな? シロエもそれは言葉で言わんとあかんで。……あ、ボクが色々バラしたんはこれな?」

 

 口元に人差し指を当てながら『内緒』を強調するナオキ。ソウジロウもソウジロウで正直に話した方が良いと思うのだが、嫌われていると思っている奴に『嫌いか?』なんて問えるほど心臓に毛は生えていないらしい。

 ただ、今のシロエの言葉を伝えればソウジロウは納得するだろう。ただ、その反動でたちまちワンコ状態になってシロエ一直線になるだろうから言わないが。

 

 表に立つことが出来ない腹が黒い<付与術師>(エンチャンター)に、いざというタイミングで切り込めない<武士>(サムライ)。揃いも揃って面倒くさいことこの上ないとナオキが毒づきながらもナオキはソウジロウとナズナに念話で報告や頼みごとをしてから明朝に向けて床にごろ寝を決め込んだ。

 

***

 

「悪いな、ナズナ。ソウジロウに黙ってもろて」

 

「何度か口に出掛かったけどねー」

 

 早朝。<ウエノ盗賊城址>(ウエノ ローグキャッスル)と呼ばれる<ゾーン>の隅でナオキとナズナはいくつかのアイテムを交換していた。

 

「で、武器は部屋に転がってたやつ持ってきたけど?」

 

「あー、すまん。さっき銀行からこれ持ってきたんや。それは持って帰っとって」

 

「あー、外国の<大規模戦闘>(レイド)のだっけ。本気だねぇ」

 

 <ギルドホール>からナオキがいつも装備しているミチタカ製の<制作級>短刀を手渡してきたナズナだが、彼は既に銀行から中東サーバーで入手した幻想級の短刀を見せた。

 まるで短刀自体が蜃気楼での錯覚かのような希薄な雰囲気に少々圧倒されたナズナだったが、ナオキの荷物を移すためにマジックバッグを開けさせる。

 

「これ、必要なの?」

 

「実験に必要なんや。ていうか、2着もよぅあったな」

 

「かなり古い出店だったから半ば引退した<冒険者>のかもね」

 

<ギルドホール>から持ってきたナオキの防具や道具一式をねじ込んだナズナは、夜中の念話で彼が<マーケット>から購入して来るように頼んできた<新妻のエプロンドレス>というアイテムを見て怪訝そうな表情を浮かべる。

 このアイテムはたしか『料理人の調理スキルどうこう』だったか。どのみちナズナ的にはどうでもいいアイテムなので効果は覚えちゃいないのだが、ナオキの意味深な発言に『秘密主義者は嫌われるぞー』と<三日月同盟>の面々と話しているシロエの方を見ながら文句を言う。

 

「後々話すからえぇねん。こっちからはほれ、<外観再決定ポーション>」

 

「おー、これでよりソウジを誘惑……。ジョーダン! 冗談だって!」

 

「ドルチェ辺りに来てもらった方が良かったかもしれん」

 

 対するナオキからは<外観再決定ポーション>をナズナに手渡す。これは<西風の旅団>、もしくは<そうきゅんファンクラブ>内でリアルとの差異で日常生活に支障が起こった際のケアとしてソウジロウに預ける物だ。

 当然、かなり希少な物なので決して『ソウジロウ好みの身体になるため』といった浮ついた理由で手にしないよう、ドルチェやオリーブ、ナズナといった年長組それぞれの面談もナオキは念話経由で話を付けているが──。受け渡す人選を間違えたかもしれないとちょっぴり思ったナオキであった。

 

「ナズナも分かっとるやろうけど」

 

「定時連絡はするけど、ソウジには誰と一緒に居るかはアタシからは言うな。だろ? 分かってるよ」

 

 なお、ソウジロウには次の日に書き置きと共に忽然と居なくなる可能性も加味して『<三日月同盟>の遠征は様々な観点から中止。マリエールの知り合いとナオキが代行して<ススキノ>へ向かう』というギリギリ嘘をついていない報告を行っているが、その『マリエールの知り合い』がシロエたちであることはナズナにしか知らせていない。

 彼はシロエに嫌われていると思っているために大丈夫だと思いたいが、<ススキノ>まで征伐という武闘派が涎を垂らして付いてきそうな案件なので念には念を入れて──だ。

 

「こう見えてもアタシの口は堅いんだよ? 知ってるだろ?」

 

「この前、客の個人情報ペラペラ喋りくさった癖によー言うわ」

 

 訝しげな目線を向けるナオキだが、ナズナはその視線を口笛を吹きながらスルーする。このまま軽い言い争いに発展するのも馬鹿らしいし、なにより時間がもったいないために彼は礼を言いながら後ろ手に手を振り、シロエたちがマリエールたちと会話しているであろう集合場所へと歩いて行った。

 

「やぁやぁ、お待たせしたようで堪忍な」

 

「ナオキ! この姉ちゃん止めてくれ!」

 

 馬の召喚笛を吹きながら全員が居るところまで歩いていくと、やたら直継と距離の近いマリエールに珍しく彼が狼狽えている。どうやら『おパンツ』を道端で豪語するようなオープンスケベでも、彼女のように無自覚で来られると途端に防御力が0になってしまうらしい。

 

 そんな<守護戦士>(ガーディアン)の思わぬ一面を垣間見たナオキだが、マリエールもマリエールで色々危なっかしい存在なのは確かだ。最近、ナオキの周辺で起こった女性関係のあれこれを聞いても直継に自覚なき女性特有のスキンシップを行っていることから、恐らく彼女の性根は梃子でも動かないだろうと推測できる。

 ナオキがチラリとヘンリエッタの方を見ても、彼女は『出来る限りフォローはしますが、根本的には打つ手なしですわ』と言いながら頭を振るため、矯正不可能と断じたナオキは未だに助けを求めてくる直継をスルーしてシロエに近づく。

 後ろで『ナオキー!』と呼んでいるが、気のせいだろう。気のせいに決まっている。

 

「シロエ、お前は今の街をどう思う?」

 

「それは……」

 

「お前がこの世界で貫こうとするスタンスも含めて、最初の休憩の時にでも教えて欲しいわ」

 

 意味深なことを言いながら馬にまたがるナオキ。シロエとしては<アキバの街>を取り巻く現状を十二分に分かってもいないために『これ』といったスタンスは決めていなかったが、それでも<アキバの街>に関しては腹にヘドロのような不満が溜まっていた。

 ただ、そんな不満を友人の前でぶちまけて良いのだろうか。その心配がシロエの頭にへばりつく。

 

 やがて、立ち話もそこそこに<三日月同盟>から支援物資。用意した中で一番高価なポーションと食材アイテム。それと昼食のお弁当をもらった一行は馬を走らせる。

 乗馬などリアルでやったことはないのだが、<冒険者>の身体はそれすらもサポートしているらしい。常歩、速足、駆歩と試しながら、4匹の馬に跨ったそれぞれはリアルでは多くの自動車が行きかう首都高の上を順調に駆け抜けていく。

 

「なぁ、アカツキさん。さっきのやつって"金打"やろ?」

 

「きんちょう?」

 

「カンチョーのこtうぉわ! ちみっこ、蹴り落そうとすんな! あぶねぇだろ!」

 

「バカ継黙れ。ナオキ殿、これを知っているのか」

 

「まぁ、ネットの海で」

 

 金打。刀を少し抜き峰を相手に向け峰と峰を合わせることで、主な使い道は武士同士で固い約束を結ぶ際に使用されると伝えている作法だ。出立前にアカツキはマリエールに向けて小太刀を引き上げた後に甲高い音をたてながら鞘に仕舞っており、それを見たナオキが『生金打や』とちょっとテンションが上がったのは内緒だ。

 

「ロールプレイするために色々調べるなんて、えらい気合の入れようやな。君みたいな気合の入った子、好きやで」

 

「ありがとう、ございます」

 

「お、なんだちみっこ。今度はナオキにhぶへぇ!」

 

 言い終わる前にアカツキの膝蹴りが命中した直継が落馬する。硬いアスファルトを切りつけながら何度かバウンドすることでようやく止まった彼だが、HPあまり減っていないところを見るに流石は<守護戦士>(ガーディアン)と言わざるを得ない。

 

「主君、ナオキ殿。失礼なやつを馬から蹴り落しておいた」

 

「戦闘前には流石に止めてね?」

 

「丁度ええし、ちょっと前を偵察に行ってくるわ。休憩の準備、始めといて」

 

 アカツキからもたらされた遅い報告に呆れつつも、ナオキは前方に向けて駆けていく。アカツキが同行しようとしたがシロエに止められてしまい、渋々休憩の準備を始めるために近くを散策し出した。偶然にも近くにテーブルに使えそうなほど大きな瓦礫があったため、シロエがクロスを引きながら地図を取り出しているとアカツキがなにやら言いにくそうに彼に近づいてきた。

 

「アカツキ? トイレなら……」

 

 言い終わる前にセクハラ発言をしてしまったのではないかと自己嫌悪に陥ったシロエだが、どうやらアカツキには聞こえていなかったようだ。

 

「ナオキ殿とは、どのような御仁なのだろう」

 

「ナオキ? んー、タイミングを計るのが上手いやつかな。基本的にこっちが追撃欲しい時に追撃してくれるし、指示にもぴったり合わせてくれる。逆にいつもは適当っていうか、怠けてるっていうか……。分からないやつだけど」

 

「後は実験が好きなやつだな。ちみっこは"ワイバーンキック事件"は知ってっか?」

 

「だから、ちみっこいうな。たしか、≪ワイバーンキック≫の角度が特定の条件下で逆になる事件だろう」

 

 アカツキはポーションを飲みながら合流してきた直継が言った件の事件について、WEBに書かれていた概要を記憶の中から掘り起こす。

 

 <ワイバーンキック事件>。先ほどアカツキが言ったように特定の条件下で<武闘家>(モンク)のスキルの一つである≪ワイバーンキック≫の飛び蹴りが斜め上に『射出』される事象を運営が修正した事件である。

 ただ、この修正は運営が修正を判断したのではなく、運営にデバックのような数々の検証結果とその検証結果を用いたことで様々な<大規模戦闘>(レイド)やダンジョンにて有利過ぎる状況を作り出してしまうという資料が『ゲーム内で有名なとある団体』から送られたことで『仕様』から『修正対象』へと変わったのだ。

 

「あいつ、≪ワイバーンキック≫で誰かが上空に射出されるところを見て"面白そうや"って完全再現しようとモンクのやつ集めて何度も打たせてたよな」

 

「あったあった。そのまま色んなダンジョンや<大規模戦闘>(レイド)殴りこんだんだよね。それで、≪ワイバーンキック≫で普通登れないところとか有利ポジション撮れるところが見つかったら、登った後のスクリーンショットや<大規模戦闘>(レイド)とかダンジョンの報酬も全員に捨てさせるスクリーンショットも撮って証拠として資料に貼り付けてたよね。"ズルで手に入れたの身に着けて嬉しいんか? "ってさ」

 

「だからなのかね、あいつとかなり相性悪かったよな」

 

 どうやらその『とある団体』とは、最近よく耳にするシロエたちが参加していた<放蕩者の茶会>(デボーチェリー・ティーパーティ)らしい。伝説の集団の誰も知り得なかった一幕にアカツキは得も知れない興奮を抑えきれずにいると、前方の方からナオキがゆっくりと帰ってきた。

 その両腕にはいくつものシカ肉の塊を抱えられており、ローブの裾に僅かな血痕があることから狩りたてであることが伺える。

 

「あかんわ。もう少し先になるとアスファルトが崩れとる。"例のやつ"呼ぶで構わんな?」

 

「うん、そのつもり。ありがとう。……で、それは?」

 

「調査中に群れに出くわしてな。倒して手に入れたドロップ品や。あいつらへの餌っちゅーのもあるけど、実験結果を披露するかもってことでな」

 

「実験?」

 

「それよりもシロエ。答えは出たか?」

 

 直継の質問をスルーしたナオキはシロエの対面に座り込む。その目はシロエの目を真っ直ぐ見つめており、仮にもシロエが嘘偽りを言えば即座に見破られそうな厳しい目つきであった。

 

 ──今の<アキバの街>をどう思う。

 

 シロエはナオキが出発前に行ったことを反芻する。シロエ個人が思ったことを話して良いのだろうか。それとも、今の<アキバの街>を取り巻くパワーバランスについて聞いているのだろうか。はたまた、まったく別のことだろうか。

 彼はなまじ頭の回転が早いため、様々な意図が浮かんでは消えていく。いつの間にか<三日月同盟>の<ギルドホール>の時のように俯いてしまったが──。

 

「格好悪いと思う」

 

「ほう?」

 

 マリエールに啖呵を放った時と同じように彼はナオキを真正面に見据えてそう言った。

 

「どう格好悪いんや?」

 

「だってそうでしょ? "たかが"<エルダー・テイル>と同じような世界に来ただけだよ? それだけなのに、今までのプレイを忘れてさ。力こそ正義とか! すぐに生き返るからPKやり放題、奪い放題とか! そんなコスいことをするためにこのゲームをやって来たんじゃないでしょ!?」

 

 思いの丈をぶちまけるようにシロエは今の<冒険者>の現状に、世界自体に反発するように叫ぶ。すると、彼の言葉に賛同するように直継も『今の<アキバ>はつまんねー』と短い言葉ながら自分の意思を示し、アカツキも小さく頷く。

 今の発言を<アキバの街>の<冒険者>が聞いたら額に青筋を浮かび上がらせながら襲ってきそうだが、ナオキもシロエの言いたいことを全面的に肯定する。

 

 だからこそ──。

 

「たかが<エルダー・テイル>と同じ世界に来た……ねぇ」

 

「あ、ごめん。大変なことだとは思うけど、今の街の現状にちょっと調子に乗っちゃった。……忘れて欲しいな」

 

「いんや、むしろゲームと思い込んで婦女暴行する奴らに比べるとはるかにマシや。その礼に今からご隠居と編み出した実験の集大成を見せたるわ」

 

 そう言ってナオキは<マジックバッグ>からどこでも焚火を起こせるキットと固定具とフライパンを用意する。焚火を起こしてフライパンを固定具でしっかりと固定した彼は、鹿肉の筋や脂身をカットする『磨き作業』を行い始める。

 

「え、料理……出来てる?」

 

「後で説明したるからな。皆、先にマリエールさんからもらった差し入れ食べとき」

 

 磨き上げられた鹿肉を焼きやすいように数枚カットしていき、先程取り除いた脂身をカンカンに熱したフライパンに放り込むと固形であった脂身が芳醇な香りと共に液体へと変じる。その香りに全員がフライパンを凝視しながら夢中でふやけた煎餅の味と食感しかしないサンドイッチを夢中でかぶりつく中、ナオキはコショウを済ませた1枚の肉をフライパンに投じた。

 

「す、すげぇ! 良い匂い祭りだ!」

 

「主君主君、ものすごく美味しそうだ!」

 

「うん! ものすごく美味しそうに見える!」

 

「ははっ、美味しそうやなくて美味しいんやで」

 

 底面が白っぽくなった肉を裏返し、そこからまた数分かけて焼き上げる。本来は休ませた方がよりおいしいのだが、アルミホイルという便利グッズも無ければ今は急ぎの旅中である。

 そのため、フライパンから平皿に移した肉を一口大に切り分けると密かに作っておいた香草と岩塩を粉々に砕いた物を振りかけて──完成だ。

 

「鹿肉のステーキ。これがボクとご隠居の成果や」

 

「ウオォォー……おぉ……」

 

「しかし……」

 

「煎餅の味じゃぁね」

 

 威勢がいい雄叫びもどこへやら。すっかり諦めきった状態で3人は肉を口に運ぶ。

 ただ、ナオキだけはそんな彼らが何時頃覚醒するのか笑みを浮かべながら次の鹿肉をフライパンの上に押し付けた。

 

「ハム……ハムッ! これは」

 

「うまっ……美味い! こりゃ」

 

「なんだ、この味! いや、懐かしいこの味! まさしく」

 

『肉の味だー!』

 

 次々と肉を口に詰め込みながら咀嚼するシロエたち。新たに焼かれた肉も瞬く間に食べ尽くされていき、最終的には『これ以上は行軍の妨げになる』とドクターストップならぬコックストップが入ったことで至福ともいえる食事会が終了した。

 

「ナオキ、どういうこと? なんで味がしたの?」

 

「おっと、それは"まだ"や。ボクは賛成したけど、まだご隠居がシロエの考えに賛同してへん。だから今は"出来る"って情報だけや」

 

 待ったをかけたナオキが食器を片付けながら『味のする料理の危険性』について語る。今の状態が味のする料理がいびつな形で広まれば、たちまち<アキバの街>のみならず日本サーバー全体が揺れる。この情報はそれほどの威力を誇る『武器』なのだ。

 

「ボクはシロエの感じたアキバの現在に共感して情報を開示した。ただ、それだけで全部は開示できん。ご隠居がシロエの言葉に納得すれば全部説明したし、それをどう使うのかもシロエの自由や。まぁ、その時は実験にも参加してもらうけどな」

 

「認証キーみたいなもんだな。どうせ、これ考えたのナオキだろ? お前らしいぜ」

 

『あ、バレた?』と言いたげにナオキは頭を掻く。本当はにゃん太から『ナオキちが良ければ情報を開示していただいても構いませんにゃ』と言付かってはいるが、やはりダブルチェックは大事だとにゃん太を巻き込む形で彼がねじ込んだのだ。

 

 しばらくするとようやく満腹感も落ち着いたらしく、旅を再開することを宣言したシロエの言葉にアカツキは再び馬を召喚するホイッスルを取り出していると、後ろから小鳥の囀りのような音が3つ聞こえてきた。

 

「主君たちはなにを……」

 

「馬よりも良いものを呼んだんだよ」

 

 3人が明確な答えをアカツキに教えないでいると、重い羽根音と共に猛禽類の咆哮が近づいて来る。アカツキが咆哮が聞こえた方角に頭を向けると、そこにはシロエたちよりも巨大な3匹の幻獣が優雅に空を舞っていた。

 

 <グリフォン>。幻想種に分類され、巨大な獅子の身体に鷲の頭部と羽根と前足を備えたモンスターである。ほとんどの<冒険者>としては戦う対象という認識だが、そんな幻獣を従える召喚笛を手に入れられる<大規模戦闘>(レイド)が存在することをアカツキは思い出した。

 

「なんでそんな物を主君たちが?」

 

「なりゆき」

 

「ティーパーティの名残かな」

 

「びっくりかくし芸に便利だろ?」

 

 <グリフォン>に生肉を食べさせながら騎乗用の鞍を取り付けていた3人のそれぞれが手に入れた事情を言うが、どれも曖昧にもほどがある理由であるためにアカツキは苦い顔をする。そうしていると、直継とナオキがそれぞれの<グリフォン>に跨って意気揚々と空へと飛び立った。

 大気を力強く切り裂きながら突き進む<グリフォン>。澄み切った青空の中をグングンと進んでいく感覚はリアルでは到底味わうことのできない刺激的な体験にナオキは顔を綻ばせる。

 

「まだまだ知らないことがあるんやな」

 

「そりゃそうだろ。ここに来てまだ1か月も経ってねぇ。まだまだ未知が眠ってる祭りだぜ」

 

 同意しながら直継は<グリフォン>を加速させる。肌を撫でつける風にナオキがふと後ろを振り向けば、アカツキを後ろに乗せたシロエが時々彼女を気遣いながらゆったりと<グリフォン>を進ませるという微笑ましい光景が目に入った。

 

(やっぱ、あの反応は見た目通りの年齢やあらへんな)

 

 まるで割れ物に触るような手つきでシロエに抱き着くアカツキ。まるで付き合いたての高校生を思わせる反応に、『あれで小中学生は無理がある』と感じたナオキは改めて大人に対しての対応をして良かったと安堵する。

 

 腹黒い<付与術師>(エンチャンター)にオープンスケベで無自覚には途端に防御力が無くなる<守護戦士>(ガーディアン)、見た目通りではない小さな<暗殺者>(アサシン)にここに来てからやたら実験ばかりしている変なとっつぁ……ゲフン、男にしては少々小さい<暗殺者>(アサシン)

 断じて退屈な旅にならなそうな気配に、ナオキは頬を釣り上げながら<グリフォン>をさらに加速させた。




<ワイバーンキック事件>は当作品のオリジナルです。
まぁ、長寿ゲームでもそういうバグみたいなのはあるので、あながちあり得そうと思っただけです。
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