<ススキノ>から<アキバの街>へ戻る6人組であったが、後は帰るのみなので速度を気にせずに
「ボクらはちょっとやることあるから、シロエ達はキャンプの準備しといてな」
「うん、分かった」
「任せとけ祭り」
いつものようにテキパキと仕切り出すナオキにシロエ達は何の不満も無く行動を開始する。
最初の頃は天幕を張るのでさえも苦労していた彼らも度重なる経験により、今ではベテランキャンパー顔負けの作業速度を誇っていた。その証拠にシロエと直継が大物であるテントや天幕のポール建てを行う傍らで、アカツキが敷物を敷いたり獣除けの焚火の準備をしたりと役割分担をしながら何もなかった広場を快適に一夜を過ごせる空間へと変えていく。
そんな彼らが準備をしている最中。にゃん太たちと夕食の準備をしていたはずのナオキがひょっこりと戻ってきた。
「あ、ボクが返事するまでこっち来んといてな?」
「ナオキ殿。それはどういう?」
「ちょっとした実験兼サプライズや」
まるでどこかの昔話のような頼み事の後に聞かされた『実験』というワードに共に旅をしてきた3人の表情が固まる。
コンソールで調理を行った『料理もどき』とナオキが手ずから作った味のある料理やこちらの世界で味がある貴重な存在の調味料を加えた一見するとゲテモノ料理を食べさせられた、アカツキや直継との組手にてふざけ半分で用いた運営が意図していないであろう攻撃アイテムの使い道の数々。
他にも『全て煮詰めるわ。えぇな?』とどこかの英国を思わせる調理法など悪辣……ゲフン、後のことを考えないようなことを仕出かした数々の実績があるため、それぞれは『嫌だなー』という気配を漂わせながら彼の頼みに了承した。
そんな彼らのテンションが急激に下がったことなど知る由もなく、ナオキはにゃん太やセララと合流する。
「じゃ、こっちの準備を始めますか。セララさんはこれをどうぞ」
「うわぁ、素敵なエプロン」
「よくお似合いですにゃ」
セララにフリフリのエプロンを渡したナオキは、さっそく<マジックバッグ>から生肉を取り出す。数日前に仕留めた鹿の生肉だが、未だ腐ってすらいないことに変なところでゲーム性を再確認しながらも生肉を4等分にしてからその内の1つを彼女に託して一口大にカットするよう指示する。
「あ、あの。私、サブ職業が<家政婦>なので……」
「そこも含めて実験や。ほら、切ってみ?」
味のある料理が作れる条件はサブ職業が<料理人>。もしくは調理スキルが作ろうとしている料理のレベルに至っているか。それがナオキとにゃん太が導き出した結論だ。
だが、味のある料理が出来る条件が全て網羅出来たとは言い切れない。セララに頼んだのはそういった『追加検証』を行うためであり、そのための<新妻のエプロンドレス>である。これは装備すると中レベル程度の<料理人>と同じ能力を付与できるアイテムで、これを使用すればサブ職業が<料理人>ではなくともある程度の調理が出来るのではないかとにゃん太が推測した。
ただ、流石に<ススキノ>の<マーケット>に赴くのは危険なのでナオキに購入を頼んでナオキはナズナに頼んでとかなり遠回りの取得となってしまったが、どうやらにゃん太の目論見は大当たりなようであった。
「切れます! すごい!」
「よっしゃ、想像通りや」
「あとはサブ職業が<料理人>が必要なのか、それとも調理スキルのみですかにゃ?」
「そこの検証は物資が潤沢な時にやりたいなぁ」
にゃん太の疑問にナオキは難色を示す。キャベツの千切りを数十人単位で出来るのか検証するにしても人手の確保はもちろんだが、キャベツもその分だけ必要だ。
さらにはそら全てが無駄になる可能性も孕んでいるため、そういった研究や検証が好きそうなところでやった方が効率が良いと考えたナオキはひとまず、『<料理人>。もしくは調理スキルが高い<冒険者>』と曖昧なことでお茶を濁そうと提案する。
「ご隠居、多分6人だとこのぐらいはペロリやから、適当に動物狩ってきてーな」
「お安い御用ですにゃ」
「あの、あまりお役に立てずにごめんなさい」
「いやいや、大助かりやって。あ、今日は焼肉やからこのまま野菜とか肉を焼きやすいように切ってくれんか? 実験に付きおうてくれたお礼にそのエプロンもあげるわ」
気が弱いらしいセララがすぐに謝罪をしてくるのだが、ナオキは彼女に追加の指示を伝える片手間で竈の準備を始める。
より火力を強めるために空気の取り入れ口を調整しながら石を積み上げ、ようやく完成させると竈の上部に金属で出来た網を乗せてから火を起こす。上部から熱された空気が上がる頃合で鹿から取っていた獣脂を網にこすりつけることで網に脂を馴染ませる。
後はこのまま網が熱されるのを待つだけなので、空いた時間でナオキは<マジックバッグ>から米と飯盒を取り出した。
「米研いでくるわ。ご隠居戻ってきたら、狩ってきた獲物を捌いといてって伝えといてくれんか」
「分かりましたー」
健気に食材の下ごしらえをする風景に前職のお泊り保育を思い出したナオキはちょっとホッコリした気持ちになりながらも沢に降りると、直継が携帯用の革袋に水を入れていた。
「お疲れ祭りー。どうや、首尾は」
「既に終わったぜ。今日は班長も居るから盛り上がり祭りよ」
相変わらずの祭り言語を介しながらナオキが米を研いでいると、すぐ傍の岩に直継が座る。てっきりそのままシロエ達の方に戻っていくと思っていたため、彼が不思議そうに尋ねると直継は言いにくそうに口を開いた。
「シロから聞いたんだけどさ。ナオキがこの世界で1度死んだって本当か?」
「厳密に言えばソウジロウもやな。多分、それが原因でPKが増えたんかも」
「なるほどな」
戦闘系ギルドのギルドマスターが死亡なぞ、噂好きの<冒険者>からしてみれば格好の的に過ぎない。さらには、ギルドメンバーもソウジロウ(とついでにナオキ)が死んだということで大混乱してことに加え、街中というどこで誰が見ていたか分からないために<西風の旅団>が動く前に噂が拡散されてしまったのも中々に痛かった。
「なぁ、死ぬってどんな感じだ? ……いや、積極的に死にたいわけじゃないぜ?」
「一言で言ったら"悪夢"やな。自分の弱い所、情けない所がフラッシュバックって言うんかな……そんで、なんか動くなーって思ったら復活しとる」
「わっかんねぇなぁ」
「これは体験してみんと分からんって。つー訳で、毒の耐久実験とかやってみるか?」
「遠慮しておく祭り!」
手をワキワキさせながら科学の発展に犠牲はつきもののようなことを宣うナオキに直継はすぐさま踵を返す。やがて、人っ子1人居なくなった沢で彼は表情に影を作りながら黙って米を研いだ。
「ボクはまだええわ。黒歴史なんてしょっちゅう量産してるしな。だけど、戦闘系ギルドに入ってる奴が全員強いわけではないんや」
レベルの話ではない。心──精神の話だ。
いくら<幻想級>の防具を纏おうとも心の弱さまでは守れない。そもそも論として精神的な攻撃から身を護るような装備があったとしても、死んでしまえばその防具の効果は無いに等しい。
さらに個人によって嫌な記憶も千差万別だ。大人だったら仕事、子供だったら勉強や親との確執、交友関係や将来への展望などと文字通りの『過去』がランダムで襲ってくる。
そして、威力は計り知れないのに碌に対策も出来ないと来たもんだ。
1回ならまだ耐えられる。少なくともナオキやソウジロウは耐えられた。
だが、<黒剣騎士団>や<D.D.D>、<シルバーソード>といった純粋な戦闘系ギルドのメンバーは特にだが、この先何度も死を経験するだろう。100回か、50回か、10回か……はたまたそれよりも少ない死で心がポッキリと折れてしまえば──。
そこまで心配したあたりで『たられば』だと気づいたナオキは奇麗に研がれた米と水を飯盒に入れてからセララの元へ帰っていった。
***
「それじゃあシロエ、ご隠居に解答を」
「えっと……なに? この状況」
まるで母親が夕飯を呼ぶような口調で招集されたシロエ達だが、目の前には中々に大きな竈。その上にはカンカンに熱された金属の網が1枚乗ってはいるものの、なにも食べ物がない状況に全員が首を傾げていた。
そんな中でのナオキの言葉。理解が追い付かなかったシロエはとうとう疑問を口に出すと、彼はいきなり大きなため息をつきだした。
「出発した日の昼に言うたやん。味のある食べ物の作り方のことや」
「あー!」
「シロエちはうっかり屋さんだにゃぁ」
ようやく思い出したらしいシロエは幾度となく首を振りながら考えを纏めようと奮戦するのだが、周囲の腹ペコモンスター達の圧によって思考がとっ散らかる。なにより自分も早く食べたいため、覚悟を決めたシロエはナオキに言った時と同じような考えを言い出した。
にゃん太にとって<アキバの街>がどうなっているのかは分かっていないのだが、シロエの語る<冒険者>の理想や現状の酷さという点は大いに賛同できるものであったらしく、全てを言い切った彼ににゃん太は拍手を送る。
「素晴らしいですにゃ。ナオキち、吾輩もシロエちに全てを教えても良いと思いますにゃぁ」
「さよか。じゃあ、食いながら話そか」
そう言ったナオキは<マジックバッグ>から<新妻のエプロンドレス>を3着取り出すと、シロエ達に渡していく。見た目はフリルが付いた可愛いエプロンなので全員漏れなく拒否反応を示すのだが、『嫌なら今日は店売りの飯な』と言うと即座に装備した。──ちょろいもんだ。
何とも奇妙な集団となったところでナオキはシロエにちょうど良い厚みに切られて盛られた肉の皿を突き出した。
「ほれ、今日は焼肉や。まずは肉焼いてみ」
「え、ナオキ。僕達が焼いても炭になるんじゃない?」
「えーから。はよ焼き」
さらにずいっと突き出される皿に、とうとう観念したシロエは生肉を1枚取って熱された網の上に置く。
すると、どうしたことだろうか。肉は一切ゲル状や黒炭にならず、竈から立ち上る熱気に充てられて茶褐色に焼き上げられていくではないか。
「え!? 僕……肉を焼いてる!?」
「おい、ナオキ! こっちにも皿よこせ!」
「ナオキ殿! 私にも!」
シロエが肉を焼けたことに直継やアカツキもナオキから肉が盛られた皿を受け取り、すかさず焼き網の上に乗せる。一切失敗せずに焼けていく肉をまるでトランペット欲しさにショーケースを眺める少年のような目で見つめる3人組に、ナオキは食べ終わるまでご高説を後回しにするようににゃん太に目配せした。
「ふぉぉ……あっつ……美味い!」
「主君、主君! これが至福なのか!」
「うん、自分で焼いてる……調理して食べてる!」
「味変したかったらご隠居からハーブソルトもらい。それよりも飯と野菜も食わなあかんで、野菜焼きたきゃ焼き野菜屋行けば良いって考えはグーやからな?」
「欠食児童のようですにゃぁ」
瞬く間に消えていく肉と米とついでに野菜。自分で焼いた物を炊き立てツヤツヤのご飯にワンバウンドし手から口に放り込み、脂と香辛料が染みたご飯で追いかける。決して逃れることの出来ない無限ループに陥った3人は黙々と食べ進め、腹が一杯になった途端に満足げに吐息を吐きだした。
「ぶはー! 食った食った!」
「食べ過ぎだ。ぷよ継」
「ちみっこだって俺と同じぐらいってうぉい! 今蹴るな! 出るから!」
腹がはちきれんばかりの直継がアカツキとじゃれ合う様子を遠い目で見つめていたシロエだったが、途端に我に返るとお茶の準備をしているにゃん太や装備の点検を行っているナオキに料理についての疑問を投げかける。
シロエのサブ職業は<筆写師>。ゲームでは紙やインクといった製造は出来るのだが、料理に関する特技などないサブ職業だ。
それにナオキほどではないが自身も調理を体験して須らく失敗したことは記憶に新しい。それが料理なぞ精々塩を掛けるのみであったはの自分が、何故か味のある焼肉を焼くことが出来て食べることが出来た。
よくよく考えてみれば不思議な話である。
「結論から話そか。シロエ達が協力してくれた実験のおかげで色々分かったで。"味のある食べ物"を作るためにはサブ職業が<料理人>。もしくは料理に沿った調理スキルがあるやつが前提条件ってことや。んで、そいつらが手ずから料理することやな。残念ながら前提条件の方はまだ煮詰まっとらんけど、堪忍な」
「え、実験って? 僕、何もしてないけど」
「何言っとるんや。<新妻のエプロンドレス>で焼肉焼いて食ったやろ」
「え? あっ。あぁー!」
バラバラになっていた『ヒント』と言う名のピースが一つとなって『真実』が映し出される。
なんてことはない。<新妻のエプロンドレス>によって取得した中レベル程度の<料理人>の調理スキルが、『肉を焼く』という行動よりも高かったから成功しただけである。
残念ながらフレーバーテキスト的に本当にサブ職業の<料理人>が必要なのか。それとも調理スキルだけで良いのかは検証不足でいまだ不明だが、いざ言葉にしてみれば発想の転換というよりゲーム脳を拗らせすぎた弊害と言った方がしっくりくるほどの単純さ。だが、その影響力はこの世界を揺るがすほどに凄まじい。
唐突に強大な力を手にしたような錯覚を覚えたシロエは立ち尽くし──震えた。
「自分の知った力の大きさ分かったか?」
「うん。特にナオキが班長を説得して二重で隠してたのも分かるよ」
「せやろ? ただ、ボクは結構有名な<ギルド>に所属しとるからな。あんまりパワーバランスを崩したくないっちゅーんが本音や。だから、シロエに後は任せた」
ソウジロウからこの情報を公表してもらうのは簡単だ。本人も前衛バカという自覚はあるし、本人には悪いが神輿が軽い方が良いため、むしろシロエが満足いく答えを持って来なければサブプランとして彼を矢面に立たせる算段をにゃん太と話し合っていた時すらある。
だが、そうなるとナオキも権謀術数という頭脳労働を強いられる。コネは多少はあるが、とてもじゃないがプランを考えるほどのおつむは彼にはなかった。
まぁ、色々語ったのだが──言いたいことは丸投げである。無論、何かあれば手伝う気概はあるが、基本的にはボールをシロエの顔面にシュートしただけだ。
「直継、セララさんで3番目って十分レベル高い学校やぞ」
「セララさんは可愛いですからにゃ」
「はぁ……。仕方ないですね」
セララに対して直継が話しかけてはアカツキに鋭い蹴りを食らう様子に茶々を入れるナオキとにゃん太。『完全に任せた』という態度が見え見えな彼らの姿にシロエは深いため息をつきながら了承した。
***
その後も旅は進み、行きは即刻救援に行かなければならなかったので手抜きをしていた食事であったが、時間の制約も無くなったことでシロエ達は毎食現実さながらの美味い食事にありつけていた。
また、召喚された<グリフォン>もゲームではどこからともなく現れていたので別個体に騎乗すると思っていたのだが、どうやら違うらしい。
こちらの世界で直継が愛情行動なのか<グリフォン>に甘噛みされている光景から、ナオキが味のある食べ物を食べさせると次の日には同じ物を強請ってくることから同一個体説が濃厚となる。そうなると、
ひとまず同一個体ではないかと推測したナオキは、味のある料理にて餌付け──もとい、やる気を出してもらうことでかなりの進行速度で戻ることが出来た。
そんな旅も続く最中。<アーブ高地>という福島県の周辺を飛行中のシロエ達は、雨雲の気配に本日のフライトを切り上げた。ナオキが上った城壁も含めて彼らは<ススキノ>に足を踏み入れているため、乱気流で落下でもしようものなら<ススキノ>に逆戻り。ゆえに『いのちだいじに』を念頭にシロエ達は旋回しながら高度を落し、<アーブ高地>に点在する村の中から未舗装の道路が交差している付近の村の近くに着陸する。
目立った立地だが敷地内には木造の家が20件ほどしかなく、お世辞にも栄えているとは様子の村に入ったシロエ達は本降りとなった雨をしのぐべく行動を開始した。
「こんにちはぁっす」
不用心にかつ無遠慮に直継が村の中で比較的大きな家に入る。この無鉄砲というべき豪胆さには憧れるが、真似したくはないと心に誓いながらもナオキはシロエ達の後ろから家へと入って行く。
木造の家らしく温かな雰囲気に乾燥させた草特有の多少青臭い爽やかな香り。開拓村にしては中々裕福でしっかりした家庭であることが伺える。
現にダイニング辺りから出てきた老人──ヒョードルも背筋がしゃんと伸びており、自己紹介も淀みない。なにより<冒険者>という得たいもしれない存在であるシロエ達に快く宿を提供してくれた。
「追加でいくらか払うんで、竈を貸してもらえへんやろうか」
「大丈夫ですよ、ご案内します」
快く竈へと案内されたナオキ。それと夕食の支度のためににゃん太とセララもついて来る。それぞれはさっそく夕食を作ろうとするが、<マジックバッグ>に入っていた大量の食糧が既に尽きかけていることを思いだす。この天候では碌に狩りも出来ないので困っていると、ヒョードルが声をかけてきた。
「如何しました?」
「吾輩たちが持ってきた食料が底を尽きかけてまして、良ければお売りしていただけないですかにゃ?」
「お願いします、お願いします」
「ハハッ。構いませんよ」
セララの必死な懇願に笑みを浮かべたヒョードルはいくつかの食材を提供してくれる。どうやら今年の春は天候が恵まれて家畜も増えたみたいで、そうなると今度はいざという時の金貨が欲しいらしい。
「ありがたいわ。ほんなら、購入させてもらおかな」
「生憎、うちは牧畜をやってないので肉や乳製品はあちらのトマスの家でご購入ください。ワシの紹介と言えば無下にしないでしょう」
「では、さっそく訪問させていただきますにゃあ」
そう言いながらにゃん太は雨が降る外へ出て行った。それに連れ添うようにセララも外へ飛び出し、ヒョードルは『倉庫の方々の様子を見てきます』と部屋を出ていく。
あっという間に1人となったナオキだが、竈に火を入れながら近場の椅子に腰かけると定時連絡をするために<フレンドリスト>を開く。
そんな時、何やら視線が気になったので横を見ると小さな男の子と女の子が1人ずつ、用心深げにこちらを見ていた。
「おじさん、誰?」
「ボクはナオキ、<冒険者>や。雨宿りさせてもらってんねん」
「<冒険者>!」
一旦、<フレンドリスト>を消したナオキは床の上で胡坐をかき、目線を合わせながら質問に答えていく。前職では上から園児に声をかけるのは怖がらせてしまうといった理由からタブーとされていたため、それを忠実に守っていた彼は彼らから様々なことを教えてもらった。
男の子はイワンで女の子はミーシャ。それぞれヒョードルの孫らしく、そして父親はたまに行商に出ているということ。この村から出たことがないが、この村は良い村だということ。
子供だからか脈絡もない話も多かったが、それらをナオキは相槌を打ちながら聞いていく。しかし、その胸中では<アキバの街>や街の周辺に点在する村々の──特に子供達のことを心配し始めた。
「おじさん、お顔怖い」
「すまんな。ちょっと仲間のことを心配しとったわ」
「それって<冒険者>の仲間!?」
「そうやでー。っと、噂をすれば」
いつの間にか膝の上に乗ってきたイワンに額の傷を触られていると、雨音が酷い扉の向こうからにゃん太とセララが帰ってきた。彼らの手にはバスケットが握られており、最初こそ何を作ろうかと話し合っていた2人だがイワン達の存在に気づいたにゃん太はナオキと同じように床に膝を付けながらダンディな声で挨拶をし始めた。
「ただいま戻りましたにゃぁ」
「猫さんだー」
「俺知ってる。<猫人族>っていうんだよね!」
「いかにも、誇り高き<猫人族>ですにゃ」
あっという間ににゃん太に人気を搔っ攫われたが、とりあえず食糧調達と夕食の支度の報告はシロエにするべきだとイワンとミーシャを連れたナオキ達は倉庫の方に赴く。すると、ヒョードルとシロエ達がお茶をしていたため、ナオキ達もそれに混ざった。
「忍者!」
「手裏剣投げて!」
どうやら今度はアカツキに標的を示した2人。そのまま子供達の相手を彼女やヒョードルに任せ、下ごしらえなどをにゃん太とセララに任せたナオキはシロエと直継の間に座った。
「イベント事じゃないNPCにもあんな過去話があるんだな。話せば話すほど、人間にしか見えないぜ」
「人間なんだよ」
「人間やで?」
同じような意味の言葉が立て続けに言われたことで直継がシロエとナオキの方を見る。しかし、彼らはどこか確信めいた眼差しで直継の方を見返した。
ゲームで一番削られやすいのはセリフ周りだ。要領のため、進行のテンポのため、そもそもボツといったように様々な理由でセリフが削られるのに、この世界──<ノウアスフィアの開墾>がリリースされた後にこれだけ濃密なストーリーをイベントに関係ないNPCにつけるだろうか。いや、つけない。
そもそも、イベントや主要人物ならいざ知らず。この世界に居る大地人全てに名前を付けるリソースがあれば、新たな
「たしかにな。こっちに来てから大地人が増えたと思ってたが……。俺達がNPCだと思って意識してなかったのかもな。ナオキとシロはそれに気づいていたと」
「僕は今さっきだよ。ナオキはその……サラさんって<大地人>を見てそう思ったんだよね」
「せやな。……で、2人共。<大地人>を人間と一緒だと認識ところでボクから質問や。自分ら、ボクが死んだ理由知っとるよな?」
唐突に投げかけられる質問にシロエ達は記憶を遡ること数分。ようやく思い出した直継が口を開いた。
「ギルメンを庇ったんだろ?」
「そもそもの理由は覚えとるか?」
「えっと、たしかギルドメンバーと<ギルド>の清掃員をしていた<大地人>の女の子が襲われ……て」
シロエの言葉がどんどん尻すぼみとなっていく。
先ほど彼自身が大地人を人間と定義した。その人間が<冒険者>に襲われ、さらに言えば服をひん剥かれかけるという女の子にとってはトラウマになってもおかしくないことをされたのだ。
そこまで思い至ったシロエはヒョードルやアカツキの話に夢中になりながら飛び跳ねている子供達を見やる。
「ねぇ、ナオキ。もし、<大地人>を誘拐とか、監禁したらどうなるかな」
「どうもならんのとちゃう? この世界に法は無いで? 捕まっても義憤に燃えた<冒険者>の私刑あたりが関の山やろ。軍属じゃない<大地人>が高レベルの<冒険者>に殴りかかってもほぼノーダメやし」
「お、おい。シロ」
「直継、仮定の話や。だけど、"有り得ないなんてことは有り得ない"んや」
例えばロリコン。『ロリータコンプレックス』という和製英語だが、その意味は性愛の対象として少女・幼女を求めることだ。<エルダー・テイル>では様々な種族が居るし、リアルの年齢が分からないことが多々あるが、それでも<大地人>はそういった『例外』は少なく、ほとんどが年相応だ。『ノータッチ』をしゃらくさいと思う者が強行することも十分にあり得る。
だが、仮に『そういったこと』を行っても処罰されることはない。なにせ、傷つけてもいないのだから処罰しようにもできないのだ。そこからさらに仮定を重ね、戦闘可能な<ゾーン>に入ってしまえば目も当てられない。なにせ、攻撃が出来るのだから。
「おいおい、話が飛躍祭りだぜ。そんな奴、居るわけ……」
「<ブリガンティア>は<大地人>や<冒険者>を捕まえて人身売買もどきをしてたらしいで? "それ、なんてエロゲ"って言葉もびっくりの順応具合やな」
「……」
「シロエ、ミノリとトウヤの心配か?」
つい最近の実例を挙げられた直継は黙ってしまう中、シロエは何か考えをしているとナオキがズバリと答えてくる。内心で『エスパーか』と叫びながら狼狽える彼に、ナオキは『あの子らガン見しながら思いつめた顔しとったらバレバレや』と頬杖を突きながら口を尖らせる。
先程ナオキが言っていた2人とは、シロエに半ば師事していた初心者のことだ。ナオキとの出会いは『暇だったら初心者に<ギルド>の説明したいからマネキンになって』とシロエから一方的な念話で呼び出された先で出会い、事情を聞いた彼は3日という短い時間ながらも索敵で安全な狩場を提供するといった多少の世話を焼いたことはよく覚えている。
「あの子達も心配だけど、かといって今の<アキバの街>も絶対放置できないよ。とりあえず街に戻ってから色々手を打たないと」
「せやな。よっしゃ、じゃあ話もこれで終わりや。飯作ってくるさかい」
今のシロエにとっては<アキバの街>の現状改善の方に比重が寄っているのだろう。ここでうだうだ話しても現実味を帯びない考えのみが量産されるかもしれないと、ナオキはシロエが眼鏡の位置を直すという『いつものパターン』を見届けると夕食の支度のために席を立つ。
その後、大人数ということでこの村で購入したチーズをふんだんに使ったチーズフォンデュの他、セララ特製のクッキーが振舞われる。
どうやらナオキの論じた『コンソールで調理する料理は<大地人>用』という推測は大当たりらしく、初めての味のある料理にヒョードルは大層驚き、そのままナオキとそれに同調した直継の勧めもあって村人を呼んでの宴会と相成った。悪天候ながらも会場の倉庫周りはまるで雨など降っていないかのような盛り上がりを見せ、この世界に来てから不幸かつ腹の立つようなことばかりであったシロエ達は精神的にゆったり過ごすことが出来た。
そして翌日。ヒョードルが昨日のお礼と言いながらシロエの身長と同じぐらい大きな樽に詰め込まれたベリーをお土産として持ってきてくれた。どうやら春先は本当に豊穣の季節だったらしく、この近くにベリーの群生地もあることからかなりの収穫が見込めたらしい。これでも収穫の一部というイワンの言葉にシロエ達は目を丸くした。
ただ、流石に大きな樽を持ち運べる余裕がないために両手で抱えれるぐらいの小さな樽をいくつも用意してもらってそこに移し替えては各自の<マジックバッグ>に格納していく。
「1人4樽。すごい数だな」
「しばらく甘い物には困らねぇな」
「そうだね。あ、ヒョードルさん。これの代金もお支払いします」
「いえ、昨日はあれだけ楽しませていただきました。これはそのお礼として……」
「樽もやし、防腐の砂糖も入っとるやろ? それにこれだけ美味そうなんや。労働の対価はちゃんと取らんと罰が当たるで」
そう言って金貨の袋を取り出したシロエとナオキはヒョードルに渡す。この時のシロエは<ススキノ>で見せたあの腹ぐろそうな笑みから一転してそこら辺に居そうな温和な青年のような笑みを浮かべており、『お世話になりました』という礼を言ってから<グリフォン>へと跨る。
「えぇ村やったな」
「今度はイワンに剣を教えてやろうかな」
「お土産も美味しそうですね」
「良いリフレッシュになりましたにゃ」
「見ていて心が温まる所だった」
口々に感想を言い合う仲間達に、シロエは『また来よう』と力強く言うと<グリフォン>の腹を軽く叩く。そのまま一気に高度を上げた<グリフォン>は上空の風を掴み、さらに速度を増していく。
こうして再び数日の空の旅の末──シロエ達は<アキバの街>へと帰ってきた。
これにてGW中の連続投稿は終了となります。
これから先の投稿は1週間の1話を目標としていますが、1か月の内の何回かはお休みをいただく可能性が大です。
予めお休みをいただく週は情報ページに掲載しますが、突然変更になる可能性もあるのでご了承ください。