懐かしい<アキバの街>。思えば<エルダー・テイル>でも<トランスポート・ゲート>や魔法の恩恵で最大でも1週間以上の遠征はしなかったし、リアルでも1週間以上の長旅をしたことがなかったナオキは久方ぶりの感覚に懐かしい気分となっていた。
ただ、街の雰囲気はシロエたちが旅立った時のまま。いや、もっと酷くなっている気分はすっかり『逆浦島』であった。
その場に蹲ることは無くなったが、それでも路地を見ればやる気も生気も感じない躯のような<冒険者>が座り込み、大通りには<D.D.D>などの力ある大規模な<ギルド>に所属している構成員。しかも、初心者から中堅程度レベルでしかない<冒険者>が『その<ギルド>に入っている』というだけで肩を怒らせながら練り歩いている姿はなんとも滑稽かつ、悲しかった。
「ほんま、お疲れ様! さっ、早くウチの<ギルドホール>に行こ! お祝いや!」
「お、その反応。期待祭りだな」
「期待してもええで。シロ坊から色々教えてくれたからな」
そんな大通りを相変わらずの元気さでヒマワリが駆け、直継がそれを追う。しかし、それでもこの世界に悲観した<冒険者>たちは最初こそ『元気良いな』とばかりに視線を上に向けるが、すぐに下を向いて微動だにしなくなる。
まったくもって格好悪い。格好悪いが──それを変えようとせずに他人に丸投げた自分が特に格好悪い。
そんな鬱屈とした気分となったからだろうか。周囲に目をやったことでナオキの片目がとある人物を捉えた。店売りの物によく似た刀を背負った和風の防具を来た褐色の髪を刈り上げた少年。それは先日、シロエと話していたトウヤそのものであった。
「ごめん。先に行っといて」
「うん、分かった」
シロエに一言断ったナオキは誰も連れずにマーケットの奥に消えたトウヤを追う。本当はシロエも誘いたかったが、いざ会っても今の彼は困惑するのみで会話が終わってしまうだろう。それに反してナオキにはトウヤやその鳥巻きに接触する目的は既に脳裏に考えてある。その目的も会えばすぐに実現可能なレベルなので、気分的に落ち着いた様子で彼はトウヤの後姿に向かって叫ぶ。
「トウヤ? トウヤやんな!」
「えっと……ナオキ……兄ちゃん?」
「せや、ナオキや。ひっさしぶりやなぁ」
「知り合いか?」
まるで知人に会ったような素振りで近づくナオキにトウヤは最初こそ不審に思ったが、ゲーム時代に聞いた覚えのある声で徐々にナオキの存在を思い出す。そんな彼の横で口元を布で隠した大きな傷を顔に付けた男が尋ねてきた。
「知り合いや。ちょっとこの子、貸してくれへん?」
「あぁ? これから帰る所なんだがなぁ」
身体を震わせながら答えようともしないトウヤに代わってナオキが答えるが、その男──シュレイダは最初だけ強い口調でだったが徐々に言葉を濁しながら難色を示す。90レベルという現時点での最高に近い<冒険者>なのは言わずもがなだが、ナオキのステータスに載っていた<西風の旅団>という<ギルド>に対して先日痛い目を合わされたばかりだと警戒したのだ。
ただ、そのことについて何も知らなかったナオキはシュレイダの言葉に静かながら納得していた。確かに周囲の面々は傷だらけ、泥だらけと非常に疲れ切った様子が伺える。いち早くベッドで休みたいのも十分に分かる話だ。
ただ、少しでもトウヤ側の話を聞きたかったし、目の前の疲れきった初心者たちを休ませたいと考えたナオキは手札を切ることにした。
「ちょっと休憩ぐらいええやんか。ほれ、これやるから」
「あ? なんだこれ」
このまま何もせずに居ると帰って行きそうだったため、ナオキは<マジックバッグ>からヒョードルからお土産としてもらったベリーの樽漬けの食べかけ分を1樽渡す。不思議そうに蓋を開けたシュレイダだったが、樽の中から香ってくる久方ぶりの甘味の芳香に目をトロンとさせるが、ハッと我に返ってナオキを睨み付けた。
だが、当の本人はそんな目線を無視しながら樽の中身を人数分手に取ると、『皆も食うてみ』と小さなベリーを1粒ずつ手渡す。訝しみながらも彼らがそれを口にした瞬間、どんよりとしていた面々の顔が一気に華やいだ。その反応からシェレイダは『変な物ではなさそうだな』と警戒心を解くと一口──もう一口──さらにもう一口と食べていき、やがてハッと我に返ったようでナオキに視線を向けた。
「どこでこれを?」
「さっき、高レベルのクエストからもらってきたアイテムや。果物みたいなもんやからちゃんと甘いやろ?」
「どんなクエストだ?」
「あー、リーダーが用心深くてな。具体的な場所を教えたらあかんっちゅーんや。トウヤ貸してくれるんなら、ちょっとぐらいは教えてもらえるように交渉すんで?」
「分かった。お前ら、しばらく休憩だ」
久方ぶりの甘味にそれを手に入れられるかもしれないクエストの情報となれば、十分な成果になる。それにここで休憩したことにすれば次の作業にもスムーズに移れるため、シュレイダはナオキの要求を呑んだ。
すると、ナオキは念話の構えを取ってなにやら会話を始める。最初は相手も難色を示したらしいが、『あんたとの仲やんか』と無理やりねじ込んだらしい。そんなナオキの後姿を見ながら待っていると彼が疲れ切った様子で念話を切り、シュレイダに話しかけた。
「やっぱ場所は無理やったけど、パーティ規模。それと、これはオマケなんやけどな。ボクらは別々の<ギルド>やったわ、もしかしたらそれも鍵になるかも」
「良いのか?」
「かまへんかまへん。そんなに嬉しそうに食うてくれたら情報ぐらい渡すわ」
『オマケ情報』とお人好しともとれる理由にすっかり『こいつは<西風の旅団>でも良い奴』と掌を返したシュレイダは、脳内のそろばんを弾き出す。
条件や規模などからおそらくは拡張パッケージで追加された新しいクエストであろう。場所が不明な状態でもこれら情報は、初心者を連れた狩りの数日分よりも価値のある宝となる。
それに報酬も味のある食べ物であることから、吊り上げれば吊り上げるだけ価値が高まること請け合いだ。
「へへっ、すまねぇな。トウヤ!」
シュレイダは叫ぶとおずおずといった様子でトウヤがナオキの前に立つ。一応、助けを呼ばれると厄介なためにシュレイダが同席を求めると、ナオキはあっさり承諾する。
「良かったなぁ。<ギルド>に入れてもらえて」
「う、うん。ここで頑張るつもり」
「ミノリはどうしたん? 一緒やないん?」
「姉ちゃんは今、裁縫上げるために篭ってる」
「そっか、やることがあるのはええことや。んじゃ、ボクはそろそろ行くわ」
あまりにもあっさりした会話。シュレイダも思わず『良いのか?』と問うが、ナオキは『もうえぇわ』と礼を言いながら再び彼に近づいた。
「あ、ついでやけどな? 底の方はめっちゃ甘いで」
「へへっ、良いことを聞いた。色々すまねぇな。お前が良けりゃ、言ってくれたら話す機会は便宜してやるよ」
「あんがとさん。期待させてもらうわ」
あれだけの会話でこれだけの収穫にすっかり気をよくしたシュレイダが顔をニヤつかせながらさらなる約束をしてくるため、ナオキはそのまま後ろ手に手を振りながら元来た道を歩いていく。
しばらく歩いたナオキは付けられていないことを何度か確認すると、早速とばかりにトウヤとシュレイダの名前をフレンドリストに入っているか確認し出す。
「結構、騙せるもんやな。いや、情報が入って来ない今の内だけか」
先程のやり取りを反芻しながらナオキは独り言ちる。そう、先程のは全てナオキの演技である。
ただ、彼は1つだけしか嘘はついていない。(最初は4人だったけど、最終的6人でススキノを脱出したから)パーティで、(<三日月同盟>が1人、<西風の旅団>が1人、他は全て無所属なので)<ギルド>はバラバラと、『クエスト報酬』以外は言っていない情報があるだけで相手が勘違いしただけだ。
「さて、これで色々出来るわ」
先ほど入れたばかりのフレンド。仕様上、同意すら取ってないその『マーキング』にナオキは目をまるで狩人が獲物を見据えるような目で見ていた。
***
三日月同盟の<ギルドホール>に訪れたナオキは未だにお礼を言いっぱなしであったマリエールとヘンリエッタをやり過ごすと、新しく出来たというキッチンへと向かう。そこではにゃん太をリーダーとしたサブ職業が<料理人>の<冒険者>たちがパーティ用のメニューを作るためにひしめき合っており、ナオキの存在に気づいたにゃん太は手を止めると彼に近づいて来る。
「野暮用は終わったのですにゃ?」
「終わったんで手伝いに来た次第ですわ。どんな感じです?」
「皆、張り切っておりますにゃ。あ、後セララさんの料理についてある程度推測が出来ましたにゃぁ」
そう言いつつにゃん太は控えめながらセララの方に視線を送る。そこにはジャガイモの皮むきなどといった下ごしらえをする彼女の姿があったが、こういった作業は旅中でもしていた。今更気にする必要が無いとナオキが思ったのだが、にゃん太の『サブ職業を見てみるにゃ』という言葉によくよく見ると家政婦のレベルがかなりのレベルまで成長していた。
「ススキノに篭っていた時間はずっと家を綺麗にしてくれていましたにゃ。そのレベルが調理スキルにも反映されていると思いますにゃぁ」
「なるほどなぁ。そうなると<主婦>とかのロール系も便利に?」
「なるかもしれませんにゃ」
ゲーム時代は<料理人>、<醸造職人>といったそう言った分野に特化したサブ職業の方が作れるアイテムの種類や品質が高かくて広く浅いようなサブ職業は『ロールプレイ』として割り切られていた節がある。しかし、少なくとも高レベルの<家政婦>がクッキーを焼けるのであればその需要はとても高い。それどころか、その分野の物しか作れない専門職よりも活躍の幅を広げることが出来るだろう。
「なるほどなぁ」
「もう少し検証したいのも山々ですが、まずはパーティを楽しむとしますかにゃ」
「せやな。じゃあ、何か一品つくるわ」
そう言って厨房の一画を借りたナオキは顎に手を当てて長考の姿勢を取る。既に宴用の料理ということでめぼしい料理は並んでおり、今以上に何かを作るのであればデザート系でもなければ口に入れるのも困難だろう。
(あれなら食える奴は食えるか)
いや、デザート系以外にもスルスル喉を通っていく料理がまだある。そう結論付けたナオキは<マジックバッグ>などからベーコンや根菜を取り出し、一口大に切ってから水を張った鍋に放り込む。
そこら辺の物を雑に入れてから小麦粉やバター、牛乳といった物を突っ込んで雑に煮込んだシチューみたいな汁物は『実験』と称してシロエたちに食べさせて味があることを確認したため、後は煮込むだけと鍋を一旦放置。<三日月同盟>の<料理人>が作った料理を時には味付けの秘密を聞いたり、意見交換したりとしていくこと数十分。『そろそろえぇかな』とナオキは鍋を立食パーティが行われている場に持って行ってから蓋を開けると、素材から良い出汁がでたことで普通の水が黄金色に輝く滋味溢れるスープに変質していた。
「ほれ、シメや」
「ポトフですね」
既に全員は満腹状態なのだが、やはり素材の旨味を凝縮したスープは強いらしい。クタクタに煮込まれキャベツやスプーンで突いただけでホロリと砕けるジャガイモ。そしてなにより大量に詰め込んだにもかかわらず食欲を増幅させるような香しい香りに、全員は空の器をナオキに差し出した。
なお、『太る~』という女性からの悲痛な叫び以外は全員からの評価は中々良かったのは言うまでもない。
「ほんまは豚汁でも作りたかったんやけど、洋食に合わせた形や」
「<大災害>以降でこんな腹一杯食べたことないです。ご馳走様でした」
「"大災害"?」
「あぁ、シロエ様たちまだその言葉を知らないんでしたね」
手を合わせて食後の挨拶をするエルフの男──アイゼルだが、そんな彼の発した<大災害>という聞き慣れない言葉を聞いたナオキが首を傾げる。彼の反応を見たヘンリエッタはアカツキを着せ替え人形にして楽しんでいた手を止めると、咳ばらいを1回しながら事の経緯を話してくれた。
抱きしめているアカツキは現実逃避をしているのか遠い目をして微動だにしていないが、直ちに問題はないだろう。
「どこの何方かが言い出したのかは分かりかねますが、今回の騒動のことは<大災害>だと<冒険者>たちを中心に広まっていますわ」
「たしかにボクらにとっちゃ災害やな。言い得て妙や」
「随分とネーミングセンスのある御仁ですにゃぁ」
にゃん太の茶目っ気に全員が『たしかに』と笑いだす。その声に釣られてナオキも笑っていると、久方ぶりにナズナから定時報告の念話が届いた。断りを入れながら<アキバの街>についたことを報告し、<西風の旅団>の方で何か問題はなかったのか問いかけるという当たり障りのない報告をし出す彼であったが、徐々に表情が能面になっていく。
ソウジロウにシロエとススキノへ遠征中だとバレてからはナズナからソウジロウへと報告先が変わり、そこから『前衛バカへの報告は現在地ぐらいで良いですよ』と言われたためにナオキも現在地を告げて特に話もせずに念話を切り上げるということが多かった。如何に『相談役』というそれっぽい役職を与えられているものの、遠く離れた場所で相談を受けても判断に困るし、レベル90集団である<西風の旅団>の面々ならばなんとかなるだろうという信頼があったからではあるのだが──どうやらその全幅の信頼がちょっと行き過ぎたらしい。
「マリエールさん、ヘンリエッタさん。すんません、これでお暇させてもらいますわ」
「あら、いきなりどうしたのですか?」
「せやで。まだちゃんとしたお礼の話もしてないし」
「いやー……その……ですね」
不思議そうに見てくるマリエールとヘンリエッタ。そして彼女たちの後ろで何事かと見てくるシロエたちの視線にナオキは非常に言い辛そうにしていたのだが、やがて表情を抜け落したままの状態でゆっくりと口を開いた。
「うちの<ギルド>がいつの間にかPKを進んでする<ギルド>になってたんや」
***
「あー、もー。帰るの嫌やなぁ。絶対面倒臭いことになってるわ」
すっかり暗くなってしまった大通りをナオキはぶつくさ言いながら帰って行く。周囲には少人数から成る集団がそれぞれ廃材を入れたドラム缶に火を付け、暖を取りながらも常に周りを警戒していた。
ファンタジーの欠片もないリアルな光景がナオキの両目に映るが、既に<大災害>から1週間以上過ぎた今は多少の資金援助はトラブルの元かつ、焼け石に水だと彼は特に何もせずに大通りを駆け抜けつつも脳内は先ほどの念話の後のことについて反芻させる。
<三日月同盟>の<ギルドホール>にて爆弾発言をしたナオキだが、その場に居たマリエールや街周辺の<ゾーン>に出た経験のあるギルドメンバーたちからの話によって誤解が解けた。
話を聞くに、なんでもシロエたちが<アキバの街>を発って数日しても街周辺の戦闘可能な<ゾーン>ではPKが横行していたらしい。
特に<ギルド>単位でPKを行う者たちも日増しに増えていき、必然的に攻撃されない街の中に引き篭もるしかなくなっていく。
そこに<黒剣騎士団>のアイザックや<西風の旅団>のソウジロウがPKを狩るPK。ネットゲームに精通している者がいう言葉でPKK──『プレイヤーキラーキラー』と呼ばれる行動を実施したらしい。
まずは餌として<西風の旅団>のギルドメンバーで<ゾーン>を探索し、PKに会ったら戦闘しながら一か所に誘導。そこでフレンド登録を済ませた上で神殿送りにし、それを彼らがPKを辞めるまで<ゾーン>にて襲い続けて精神を折ったのだそうだ。
(PKはえぇわ、ソウジロウがやったみたいやし。でも、ギルドメンバーで釣るのはあかんやろ。ナズナたちは……ソウジロウ絡みやしなぁ。大人な雰囲気に大丈夫やと流されてもた)
手柄はともかく、手段が雑過ぎる。そのことから年長組が作戦のブラッシュアップをしていないと推測したナオキだが、しばらくして彼女たちもソウジロウ目当てでこの<ギルド>に入ったことを思いだした。
年長組は結構しっかりしていることも多いが、ソウジロウ絡みとなると途端にIQが著しく下がる傾向が強い。本来は『そこはちゃうやろ』と諌める役割であった自分が<ススキノ>まで遠征に行っていたため、こんな脳筋丸出しなことを仕出かしたのではないかとナオキは思い至る。
個人での反省会もそこそこに<ギルドホール>が見えてきたため、ナオキは走るのをやめて早歩きぐらいの速度で<ギルドホール>の扉を開いた。
「ただいま」
「だ、旦那様!?」
「サラ、落ちつこか。なんや、旦那様って」
「ソウジロウ様がこの集まりのぎるどますたー? なのでご主人様。ナオキ様がそうだんやく? っていうお立場なので旦那様だとナズナ様が……」
ナオキの脳裏ではイナジナリーナズナがへべれけ状態で『あひゃひゃ』と、笑い声をあげながらあることないこと叫んでくる。<大災害>でそれどころではなかったので言いたい放題させていたが、そろそろ注意というべきか協議というべきか、なんにせよ話し合う必要があると思ったナオキは『普通に呼んでくれてえぇで』と言いつつ、ちょうどギルドメンバーが集まっているという大広間へと歩いていく。
「ただいま」
「あ、ナオキ。帰ってきたんですね」
「相談役ー!」
「ナオキさんだー」
「お土産はー?」
相変わらずの姦しさに辟易とするが、同時に懐かしさを覚えたナオキは<マジックバッグ>から件のベリーの樽漬けの小樽を1つ床に置く。
そうすると、最初の『ナオキコール』はどこへやら。瞬く間に彼女たちの視線がお土産に釘付けとなって樽に殺到するが、寸でのところで回収した彼はギルドメンバーからのブーイングの中をかき分けてソウジロウの真横に片膝を付いて頭を下げる。
「改めて、ただいま帰りました。ギルドマスター」
「大儀でした」
「2人とも、何言ってるんだろ」
「カワラちゃん、あれは"男のロマン"なの」
妙に畏まった帰還報告に首を傾げる者が多かったが、流石は両性別を併せ持つ究極で完璧な存在な
「で……や。帰って早々なんやけど、情報共有ええか?」
「大丈夫ですよ。じゃあ皆、座って」
「あれ、ナズナは?」
全員というつもりでソウジロウは言ったかもしれないが、いつも彼の傍に居たあの女狐の姿が無いことに気づいたナオキは周囲を探していると、ソウジロウやドルチェが何やら言い淀んでいた。
「あー、ナズナちゃんはね……その……」
「こうなっております」
オリーブが襖を開けたその先には死んだ目をしながら横たわっているナズナの姿。口からは涎が流れ出たままで、時折思い出したかのように身体全体を痙攣させていた。その姿を見たナオキは瞬間的に『キモッ』と叫んでしまう。
だが、その叫び声に反応したナズナがギラついた目をナオキに向けた。まるで捕食者が餌を見つけたかのような形相に彼のみならず、歴戦の猛者であるソウジロウや女性好き(ガチ)のくりのんでさえも短く悲鳴を上げるほどのプレッシャーを放った彼女はのそのそとナオキの傍まで歩いてくる。
「タスケテ」
「へぁ?」
「タスケテ アタマニ リンリン リンリン リンリン リンリン ウルサイノ」
「リンリンって念話か!? 分かった! 手伝うからはよ退けや! ボク、ホラー苦手なんやって言うたやろ!」
まるでホラー映画のようにナオキの足にまとわりつくナズナ。今の彼女は際まではだけた着物姿なのだが、その表情と片言気味の声に全くといって良いほどそそられず、むしろ恐怖が上回ったナオキはナズナを割とガチ目に蹴り上げる。
そんなこんなで何故か<西風の旅団>の下部組織である<そうきゅんファンクラブ>が<西風の旅団>の<ギルドホール>の立ち入りを制限は不公平だといった苦情だったり、<アキバの街>を離れて別の拠点を作ろうという不安が籠った提案などといったご意見番としての仕事を手分けしてこなした末に、ようやく情報共有の場が保たれた。
なお、ソウジロウもギルドマスターとして作業を手伝いたいとうずうずしていたためにやらせてみると、『ソウジロウと話せた』という付加価値によって事態はさらにカオスとなり、彼も彼で苦情や要望などに一々長考を挟むために戦力外として放流されたとかなんとか。
「結構待たせたけど再開するわ。で、なんやけどな? ファンクラブから<西風の旅団>の<ギルドホール>に立ち入れないって苦情が結構あったんやけどさ。まずはそっちの詳細から語ってくれへんか? ナズナはこんなんやし」
「そうですね。では、ボクたちの方から話しましょうか」
事前情報が欠落した状態で対応をしていたナオキの願いは隣に座っていたソウジロウによって叶えられる。ただ、やはり良くも悪くも『ソウジロウ中心』のこのギルドの悪いところが出てしまったようだ。
なんでもPKKを繰り返していたらマグスという<冒険者>が生き返ることを吹聴など<アキバの街>に蔓延っている悪しき風習のようなものを呼び込んだ諜報人が姿を現したそうで、そいつがこうしたきっかけはあろうことかソウジロウだった。
<大災害>直後にゲームの世界に入ったという実感からソウジロウはテンションアゲアゲ状態であり、皆が地面で打ちひしがれている中を元気に飛び跳ねる彼の存在やゲームとしての在り方に勘違いをしてしまったマグスは凶行に出たらしい。
そして同時に、そんなソウジロウが満足に戦えないという元凶が<西風の旅団>などに所属するギルドメンバーにあると断定したマグスはソウジロウを──そして、彼1人で戦わせることを由としないギルドメンバーを釣り上げて罠に填めるが、それぞれの地力の高さや<そうきゅんファンクラブ>などの活躍で見事にマグスを改心させることに成功したらしい。
その際に当のマグスが『女性』であることを確信していたくりのんが、ナオキが寄付をしていた<外観再決定ポーション>を持ち出して彼女に与えたそうだ。
そして、そのことについてなどの苦情を言おうとした彼女たちがナオキに抗議をしようとするが、<アキバの街>に彼の姿はなく。そうなれば次の責任者であるナズナだと抗議が集中。その対応に疲弊していた彼女は定時報告でナオキが帰ってきたことを知り、早く戻ってきてもらって負担を減らそうとナオキが気になることだけ言ってから念話をガチャ切りしたのだとか。
「ファンクラブの皆を呼んだのはえぇけど、お礼に<ギルドホール>で一緒に食事とかは……」
「シテマセン」
「じゃあ、ファンクラブにお礼の品とか送ったやんな?」
「ヤッテマセン」
「……じゃあ、あっちにソウジロウ連れて感謝の言葉とか。その辺は流石にやったやろ?」
「ワスレテマシタ」
「はぁ~。これが28歳の大人かぁ?」
「年齢のことは言うなよぉ!」
とてつもなく深~いため息を吐きながら心底幻滅したような表情を浮かべたナオキの襟首をようやく復活したらしいナズナの細い両手が掴み、そのままガクガク揺らしながら目尻に涙を浮かべ出す。だが、ナオキにとってそれらの行動は社会人にとって『悪手』と言うべき非常識な行動のオンパレードであったのも確かだ。
援軍として来てもらっておいて存在を忘れて引き上げ、その後はお礼の品もお礼の言葉も無し。それは流石にムシが良すぎると説教染みた口調で説明するナオキに、とうとう彼女は本格的に泣き出してしまった。
「とりあえずこいつは放置な。んで、ソウジロウよ? なんで皆を餌にした」
「あの時は僕とかがPKを狩るから安全だと思っていました。結局はボクの欲望で皆を危険な目に合わせました。ごめんなさい」
諭すように怒ろうとした手前、ソウジロウはまさかの土下座込みで自分の考えを話す。梯子外しも甚だしい展開に振り上げた拳をどこに置けばいいのか困惑するナオキだが、ふと『こいつってこんなに賢かったっけ』という結構酷いことを思った。
呆気に取られていると、ソウジロウが照れながらネタ晴らしを行う。
「くりのんさんに言われたんです。いやー、僕もギルドマスターなんだなって」
「ふんっ!」
ソウジロウに話を振られたことで、不機嫌そうに鼻を鳴らすくりのん。しかし、その敵意を孕んだ視線はソウジロウではなくナオキを見つめて離さなかった。
彼女の視線の理由を重々承知していたナオキは、手を大きく叩いて皆の注目を集めると深々と頭を下げる。
「まぁ、でも今回の件。実際に現場に居らんかったボクも同罪や。だから皆、すまんかった」
──そうだ。<アキバの街>での出来事はナオキが居れば事前に話し合い、もう少しスムーズな解決になったかもしれない。ただでさえ彼は高レベルの
ただ、それは<西風の旅団>という<ギルド>にとって良いことなのか。彼女たちの答えは『否』であった。
「違うわよ、ナオキちゃん。あたしたちが決めたの」
「そうだよ、私たちが局長だけに戦わせないって決めたの!」
「PKを何とかしたいって私たちが決めて、ああなったの!」
「いや、実際に居たら止めたかも……いや、ゲンコツしながら絶対止めたわ。だから、ギルドマスターに結構近い身としてはこっちが全面的に悪い」
性根が日本人だからなのだろうか。それぞれが『自分が悪い』、『いやいや、自分が一番悪い』といった平行線状態に陥ってしまった。仮にこの中で『あ、一番悪い? どーぞどーぞ』というダチョウ的なノリを持って来れたものが居たらまだ収拾は付いただろうが、そんな胆力を持つ者……は言おうとした瞬間に話をややこしくする波動を感じたオリーブによってノされてしまったためにここには居なかった。
「あー、もう。分かった分かった。じゃあ、ファンクラブには折を見てソウジロウ連れてお礼に行くってことでええな? <ギルドホール>云々については部屋割りとかの把握ってことで濁す感じで。他の約束事に関しては自分たちがそれぞれ決着させるのが一番ええさかい、オリーブかドルチェ。よろしゅう」
『はーい』
「あ、でもソウちゃんが行ったら余計に混乱するんじゃないかしら? お礼や面と向かっての苦情対応は私がやるわ」
「それもそうやな。じゃあ、ベリーの樽漬けがまだあるさかい、それをお礼の品にしよか。他には?」
『なにもないでーす』
やっと話が纏まったことでギルドメンバーは次々と部屋から出ていき、後にはソウジロウとナオキとナズナが残された。
先程の『口撃』によって精神的な神殿送り間近となっていたナズナだが、既に回復は完了したのか畳の上でだらけた姿を取っているが彼らはそれを戒めることなくソウジロウから話の口火が切られた。
「改めてナオキ。<ススキノ>までの遠征、お疲れさまでした」
「それにしても数週間でよく往復出来たね。普通に馬ならようやく<ススキノ>ぐらいじゃないのかい?」
「<グリフォン>使ったからな。後、行きは<パルムの深き場所>を通ったで」
そこからはナオキの報告は続く。実際のダンジョンの様子に<エルダー・テイル>でのダンジョンではなかった要素や新たに出てきたモンスター。<アキバの街>とは別のプレイヤータウンの実情や治安。そしてPK戦。
生憎、味のある食べ物が作れたことについては黙秘を貫いたが、とりあえずの情報共有を済ませたナオキは大きな欠伸を一つする。
「いやー、とりあえずは疲れたわ。あ、ダンジョンの情報は<D.D.D>と<黒剣騎士団>と<シルバーソード>に言うてええ? ああいうのは死んでなんぼやけど、進んで死にたないやろうし」
「そうですね。お願いできます?」
ソウジロウの指示にナオキは黙って頷く。そのまま解散となり、ナオキは久方ぶりの布団に包まって眠りに就いた。
さて、本日をもってGW投稿(とアキバへの完全帰還)を本当に完了します。
次の円卓会議設立編は5/12…になると良いなぁ