お詫びにチート全盛りしたけど、現代日本じゃ使い道がない。 作:チート全バフ
超富裕層の会員制コミュニティの役割は既得権益の保護である。
簡単に説明すれば、超富裕層の方々で結託して自分たちの資産と地位を守っている。年に4回行われる会合の役割も、会員同士の不要な衝突を避けて、利益の最大化を図るための調整をしているのだ。ゲーム理論で言うところの、互いの利益を優先した結果に共倒れをするという囚人のジレンマを防ぐための会合であり、コミュニティの絶対的な規則である『相互扶助』の体現であった。
つまり、コミュニティにおいては他の会員たちの利益を損なうことは
「これ、会員の誰が宗教家たちを手引きしたんですかね?」
「信仰心の篤い『肯定派』の幹部と会員たちの仕業だろう。実益を重視するコミュニティでありながら、不合理ともいえる行動をするなど……全く困ったものだ。君のマッサージのもたらす『価値』を考えれば、情報を外に漏らすだけでは飽き足らず、外部から人を招き入れることも、15世紀よりも続いた組織で初めての事態だ。その結果による処罰など子供でも分かるだろうに……」
『否定派』の幹部である男性は忌々し気に吐き捨てる。
マッサージ少年に関する情報を秘匿するために、あらゆるメディア媒体に圧力を掛け、SNSなどのインターネットでも情報操作を行ってきたのだ。膨大な資産と人材を投じてまで継続して行い続けた工作活動、それだけの価値が俺のマッサージにあると評価し、『健康』という金では買うことのできないモノを得るためにコミュティは労力を割いたのに、その秘密の暴露が外からではなく身内の裏切りと知った幹部の気持ちは推して知るべきだろう。
会合で使われる部屋には『否定派』の幹部と俺が、部屋の中で重々しい面持ちで頭を抱えていた。
オカルトを信じない『否定派』の幹部からすれば、非合理な信仰心の結果によってコミュニティが危機に晒される前代未聞の状況に頭を痛め、俺はまさかの身内の裏切りからの情報漏洩と、それにより宗教家という厄介な連中に目を付けられたことに頭を悩ませる。
聖女教の急拡大によって、他の宗教が信仰の危機に晒されているなかでの、その本物の奇跡を行える聖女に一矢報いるかも知れない、マッサージ少年である俺の存在はジョーカーのような切り札と成り得るのだ。聖女の起こす奇跡の独占と唯一性、その牙城を崩すことで勝ち目のない戦いに勝ち筋を見出す可能性がでてくる。
奇跡を起こせるのは聖女だけではない、と自分たちの宗教でも対抗馬として立たせて喧伝する。どれだけその奇跡がしょぼくても良い、大事なことは聖女以外にも超常の現象を操る他の『本物のオカルト』を世間に見せつけることなのだ。
本物かぁ……俺以外にも、超常の現象を操る存在は居るのかな?
本物であるが故に、自分以外のオカルトに対して俺は懐疑的な態度である。
神様が実在して力を授けてくれた以上は、可能性だけなら他にも俺のような存在は居る可能性は十分にある。だが、この15世紀から続く世界的な超富裕層のコミュニティが長年探し続けた結果に出会った『本物』は聖女と俺以外に居ないという上に、『千里眼』などの力を使って世界から同類を探し出そうと試みているが、その存在の影すら踏めない。
過去に俺のような存在が居た可能性すら、現存する聖遺物やオーパーツの類がただのモノであるという物証によって否定されている。
コミュニティが収集した『錆び付いた槍』や『聖人の人骨』、そして所謂『呪いのアイテム』も、俺からすればただの
本物だと言うなら、聖女教の『神像』のように神様の『威光』くらいは見せられるよね? と言った具合に、オカルトの類を信じさせるつもりなら、聖女教の教祖である聖女や、彼女が携える物品くらいの『力』を示せと一蹴される。
聖女という『本物のオカルト』が、他のオカルトを駆逐してしまったのだ。
そして宗教家たちは次の世間の標的は、聖女教以外の宗教に向けられると恐れている。聖女教は奇跡を体現する聖女と、その信じる神の『威光』を放つ『神像』によって神の実在の証明を行っていた。対して、他の宗教がどれだけ言葉でかつて実在したとされる聖人の伝説や奇跡を語ろうと、目に見えて『奇跡』を顕現させる聖女教と無自覚に比較されるのは避けられない。
もちろん、信仰心を奇跡という実益を担保として信仰を促すことは間違いである。しかし、信仰のきっかけとなるのは、そういった超常の存在や現象だという部分は否めない。
教祖は奇跡を起こした。聖人はこんな逸話を残している。そして宗教となる神話の世界観を提示する。
今まではそれだけでも十分だった。その信仰を促し、強固にして心の支えとなる信仰心を培うだけの道徳と哲学を与える教義が、信者たちの心の中で育っていくのだから。明確な根拠や物証などは重要ではなく、目に見える奇跡などが存在しない世界だったのが、聖女教の教祖である聖女によってひっくり返った。
聖女は死者を蘇らせ、人類の滅亡の危機から救う程の奇跡を起こせる。
そんな存在を教祖として据えるのが聖女教であり、神の実在を言葉ではなく体験として与える『神像』は、望めば誰もが神の存在を確信する『威光』を示される。科学的世界観が当然となった現代で、民衆に宗教的世界観を肯定させるほどの『奇跡』を携えた新興宗教の登場に、信じるだけではなく、聖女教が提示する神様の本物の『威光』を示されては、宗教家たちは信仰の危機を覚えてしまうのは仕方のないことである。
世間は、目に見える『奇跡』と神様という超越者をその身で感じる『体験』を選んだのだから。
俺は不死であるわけだし……長期的に考えれば、宗教家たちの危惧する他の宗教の衰退は免れない。不老不死で数百年も奇跡を体現する聖女……そんな存在が数百年、数千年と生き続けて布教すれば……まぁ、どうなるかなんて想像できる。
量産を続ける『神像』であるが、いずれは一家に一体のように信者の家庭に届いていくことになる。
聖女教の信者の家を訪れれば、『神像』の『威光』によって、魂からその存在を確信させてくれるのが当たり前になる世界。遍く人々に神の威光が届くと考えれば宗教家にとっては理想郷ではあるが、それが自分たちの信じる神様と違うのならば悪夢としか言いようがないだろう。
だからこそ、聖女教の『神像』が世界に余すことなく広がる前に、聖女に対抗するほどの存在を宗教家は望んでいるのだ。
「このままだと、俺の立ち位置ってどうなるのですか?」
「コミュニティの情報操作や工作活動を以てしても、宗教家たちが君の存在を掲げると……すまないが、流石に私たちでは対処ができない事態となってしまう」
「いや、俺の信仰としては聖女教の信じる神様を信じているのですが……」
「もはや、君の信仰は関係ないのだろう。まずは、教祖である聖女の唯一性を崩すことを彼らは考えているのだから。そこから先は……とりあえず打てる手は打っておこうって戦略だろう」
このままでは勝ち目がゼロなので、とりあえず現状で投げられる一石は投じておく。
なるほど合理的だといえる。それだけ宗教家にとっては切羽詰まった事態であることは理解している。そこに俺個人の意思やプライバシーを一切考慮しない点を除けばな……ッ!いや、分かるよ?!そりゃ、宗教家からすれば何億人もの信仰心を守るためなら、たった1人の人間の事情なんて考えていられないってのはさ!でも、俺を掲げるのは止めてくれ!
ややこしいが、俺は聖女本人である。聖女の奇跡の唯一性を崩す為に、聖女を連れてくるのは当事者でなければ笑えただろう。
『否定派』の面々もこれからどう立ち回るかで悩んでいた。超富裕層がマッサージ少年の力の独占、つまり万病を癒す力を秘匿していたことを世界から責められることは目に見えている。コミュニティにとっての最大の危機、それが身内からの裏切りによって起こったのだから、この始末をどう付けるかの事後処理の段階に入っており――――
「超富裕層を取り纏める幹部としての意見を聞きたいのですが、これから俺ってどう立ち回れば穏便に済みますか?」
「数年は表舞台に出ないように潜伏することを勧めるよ。宗教家たちがどれだけ君の起こす『奇跡』を掲げようと、その当事者本人が居ないのであれば、証明も出来ずにいずれは世間が忘れてくれる。その手配はこちらでやっておこう」
――――流石は超富裕層のコミュニティ。アフターケアはバッチリである。というより、『否定派』の中でも過激な方である幹部の方々は今回の事態に本気で怒っている。『肯定派』の思うように状況を転がして堪るか、と言うように俺の存在を世間から隠すことに全面的に協力してくれるのは嬉しい。
「数年の潜伏生活であるが、快適に過ごせるように入り用な物は全てこちらで用意する」
神様から『才能』と『力』を授かった身であるので、その気になれば自由に動けるのだが助力は大歓迎である。
家族に迷惑が掛からないように動いてくれることも約束してくれた上に、今回はこちらの落ち度であると『否定派』の幹部は謝罪と賠償で全力で支援もしてくれる。裏切った『肯定派』への恨みもあるだろうが、超富裕層の方々が味方に付いてくれるのは非常に有難い。潜伏生活とは聞こえは悪いが、莫大な金額を動かしての生活であるので不便なこともほとんどないだろう。
とりあえずは、勝手に巻き込もうとした宗教家たちの思い通りに行かないように、逃げ切ることから新生活を始めてみるのだった。