お詫びにチート全盛りしたけど、現代日本じゃ使い道がない。 作:チート全バフ
聖女教が世界的な広がりを見せた結果、様々な宗教との文化的な摩擦が問題となっていた。
なぜなら、聖女はオカルトの
本物の奇跡を行使できる存在が、自分たち以外の神様や
聖女が存在しない世界だったならば、言葉によって説明をして納得をさせることができた。だが、現実に奇跡を起こす
『聖女教の教祖は奇跡を起こせるのに、なんで私たちの宗教はそのような力はないのか』
問われてしまえば単純な疑問、されど現実に聖女が存在すれば答えに窮することになる。
開祖となる宗教家の逸話や伝説はあれど、現在の時点で公の場で奇跡を行使しているのは聖女だけ。そして聖女は、人類滅亡を招く可能性があった巨大隕石すらも、その持ちうる力で退けて人類の救世主として讃えられているのだ。目に見える形で、神話や伝説を再現できるような存在がいる現代では、どのような言葉を並べて説得を試みても、信者の心には『証拠は?』という疑念は残ってしまう。
現実的な問題として、人類滅亡の事態に対して人類の『科学』や『宗教』は解決の策にはならなかった。
地球に迫り来る物理的な巨大質量の隕石、それが招いただろう惨劇を防いだのは聖女の『奇跡』なのだ。
人類の英知を集結した『科学』でもなく、数千年と積み上げた信仰の証明たる『宗教』でもなく、圧倒的とも理不尽とも言える『暴力』である隕石に対処したのは、聖女教の信ずる神様より力を授けられた『聖女』が解決せしめた事実。近代合理主義的な科学を信奉する現代においても、その力を解明も説明もできない『奇跡』は、まさに最後のオカルトと言ってもいい。
聖女教の『神像』が設置された地区では著しく犯罪の発生が抑制された。
神の『威光』の下では、誰もが畏れを抱いて罪を犯すことを恐れるようになる。聖女教以外の他の信者であっても、その恩恵による生活環境の向上は無視できず、宗教色の強い国を除いて防犯のためにあらゆる場所に、遍く人々をその『威光』が照らしだされるようになっていた。
それに困ったのは、聖女教以外の宗教家である。聖女教の掲げる神を確信させる神像の『威光』、そんなものが犯罪発生率を著しく低下させて、治安の向上に貢献しているからと言っても、現状をこのままにする訳にはいかなかった。
今の世代、その子世代、孫世代、と代が進むごとに、聖女教の神様の『威光』が当たり前の日常となる生活。そうなってしまえば、遠からずに自分たちの数千年と築き上げた信仰の歴史に幕を降ろす事態となってしまう。
聖女の『奇跡』だけが、唯一の本物とされてしまうのだ。
神の実在の証明として、超常の『奇跡』を日常の生活で当たり前のように行使する聖女教。世代が進み、その恩恵に浴し続ければ確実に自分たちの信ずる宗教的な世界観に対する疑念が湧き、『奇跡』を提示する聖女教と無自覚であろうと比較されるのは避けられない。
聖女教の存在が、それ以外の宗教の存在そのものを脅かす。そこに悪意はなく、ただ『奇跡』を行使する聖女の存在そのものが目障りだったのだ。しかし、面と向かって非難をする訳にはいかず、人類の救世主が相手では、下手に突けば逆に世間の厳しい批判の目に晒されるのは理解していた。
人類の救世主であり、神様より授かった力である『奇跡』を行使する存在。それを相手に議論に持ち込むなど、最終的には『じゃあ、奇跡の一つでも示せば?』という世間からの冷笑が待っている。
『言葉』だけでは足りない、と宗教家は理解していた。だから、その対抗馬として別の『本物』のオカルト存在を用意する。
聖女の唯一性、その絶対的な神様の存在証明といえる『奇跡』の牙城を崩すのだ。
奇跡は特別なものではなく、聖女の語るように存在を知らないだけで他にもある。そう『証拠』とともに語りかければ、聖女の唯一性を失くして、このままでは世界を呑みこむほどの聖女教の勢いに歯止めを掛ける。宗教家たちにとって、勝ち筋の見えない戦いに僅かでも光明が差すならば、どんな超常の力であろうと起こせるのならば大歓迎だった。
だからこそ、世界的な宗教が必死に探し続けた、聖女以外の
これは宗教の優劣や勝ち負けを懸けて争っているわけではない。
聖女教という
紀元前より人類が築き上げた信仰を守るという大義のため、たった1人の少年の人生など些細な犠牲であることに気付かずに、その絶大なる影響力と多額の金銭により超富裕層のコミュニティは逃亡の手助けをした。
手引きをしたのは、実利を優先する
聖女教もこの事態を把握していたが静観の姿勢であった。
善行を積むという教義から、渦中のマッサージ少年の保護も考えられていたが、超富裕層による全力での隠蔽となれば組織としての影響力は聖女に依存している自分たちでは出る幕がないと悟っていたのだ。そもそもが、自分たちの教祖である聖女自身も、自分が知る限りと枕詞を置いてから超常の存在を否定している。
それで他の超常の存在が現れたとしても、それが現実なのだからと受け入れるだけ。
自分たちの信じる宗教的世界観では存在を認められないから、と武器を持ち出し聖女の暗殺を必死に企てる宗教家たちとは違う。神像の『威光』により神様の存在を確信しているからこそ、精神的な余裕というものが信者たちにはあった。
そして、渦中のマッサージ少年は――――
「宗教色の強くない国ってなれば、やっぱり日本が安泰だよな。聖女教の信者が多いけど、信仰心も割と適当だし……というか、このフィギュアは聖女教から許可取ってんのかよ」
日本の地方都市で身分を隠して、普段通りの学生生活を営んでいた。
欺瞞情報により海外に潜伏中という情報に踊らされて、宗教家の目はほとんどが外に向けられている。そしてなによりも、顔を変えてあるので正体が露見するとしたら『否定派』からのリークがなければあり得ないだろう。
「宗教家の気持ちは分かるけど、世界の真実はあの神様の実在が本当だからなぁ……」
死後の世界で神様と出会い、地獄に堕ちた経験をした身としては、宗教家の行動は理解できるが協力などできなかった。
なにせ、神様を信じぬ者はどんな聖人や善人だろうと問答無用で千年と地獄に叩き落すのだ。様々な宗教家の言葉通りに、自分たちの神様を信じないと死後に酷い目に遭うのが現実と知って、その酷い目の体験者である俺からすれば、聖女教以外の宗教を否定はしないが布教の手伝いなど断固として拒否だ。
聖女教を信じないことで、あの本物の地獄に堕ちる犠牲者が出る手助けなどできるわけがない。
そして、俺は夕方の茜空の更に遠くの宇宙を見透かすように眺めながら。
「隕石じゃなかったか。じゃあ、この危険の知らせは何なんだ……?」
『危機察知』の力が、微弱ながら上空に危険を指し示していた。
神様より授かった『才能』と『力』により不老不死にも近い肉体であっても危険を感じるほどの何かが宇宙に存在する。気になるが俺の『千里眼』より遥か遠くの宇宙となってはお手上げで思考は放棄する。
「人間以外の転生先の候補があったけど、まさか宇宙人が実在して外宇宙からの侵略なんて――――いや、ないよな……?」
地獄に堕ちた身としては、もう何が起きても不思議には思わない。
とりあえずは死後の世界は存在しているので、万が一にでも地球が滅びたとしても魂は消え失せる訳ではない。神様との遭遇によって、本当に最低限の
宗教家が信仰の危機に瀕していようと、その信仰すらも滅ぼす何かが宇宙には存在するのだ。
「それより、町内会の祭りの準備をしないとな」
直近の問題として、俺には近所付き合いが大切なので面倒なことはさっさと忘れることにする。
どんな才能や力があろうと、俺という個人には日常というものが当たり前にあるのだから。