Fate/Black Camelot -Hexennacht am Schwarzen Hakenkreuz-   作:グレンデル先生

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魔女の夜/黄金の獣

ドイツ ヴェヴェルスブルク城

 

 そこは薄暗さに包まれていた。設置された篝火の数は少なく、明かりと呼ぶには心許ない空間。

 位置は、座標は間違いなく人間は住まう筈の場所なのに、そこだけがまるで御伽話に登場するような、恐怖感を覚えてしまう空間であった。

 何かの儀式を為の祭壇。そして祭壇の中央には数式のような、幾何学模様のような、はっきり言うとオカルト染みた紋様のサークルが描かれている。

 まるで趣味の悪い悪魔信仰を連想させる。第三者が見れば間違いなくそう感じだろうし、“これに”関わっている人物を知ったならば、そう考えても仕方がない。

 

 ────成る程、これが魔術か。

 

 男が一人。

 軍服を身に纏った金色の髪を持つ男が、内心驚嘆の声をこぼしていた。

 ────魔術。人智を超えた事象。その世界の住人でなければ実在を信じるに値しないだろう結論づける神秘。

 彼は初めて魔術というもの経験していた。

 魔術などといったオカルティズム等の事物を信じず、ただの眉唾物と考え、プロパガンダ程度の利用価値しかないと断じていたのだが、自身に適性・才能があると分かって認識を改めていた。

 これは使える。(まつりごと)(はかりごと)、戦などなど、これからの事を考えればその利用価値は高まるばかりだ。

 ただし反面、魔術というものは才能の有無によって、使える者と使えない者にふるいに掛けられる。加えて魔術……というよりは、神秘全般に言える事だが、これらの事象は『秘匿』を大前提としなければならないのが難点か。

 まあ、男からすればとりたてて騒ぐほどの事でもない。この特異性を誇示する自己顕示欲も、承認欲求もないし、どちらかと言えば諜報活動といった裏で暗躍するのに活用したいからだ。

 

 ────確かにこれは、全能感という快感に酔いしれるだろう。しかし、だ……。

 

 男は弁えていた。誇示するのは簡単だが、それは同時に自身は周囲とは違う────異物であると証明する事にも繋がってしまう。

 人間とは社会生物だ。故に、一つでも異物が混入していれば無意識にそれを排斥しようとするだろう。

 そのようなリスクを冒してまで能力を見せるつもりはない。

 

「いかがでしょう? 初めての魔術は。開いた魔術回路、身に巡る魔力の奔流。全てが全て、今まで感じた事のない感触ではありませんか?」

 

 貴族の礼服に身を包んだ美丈夫が語りかけてくる。

 彼こそが、魔術と呼ばれるものを教えた『魔術師』という存在である。

 

「味わった事のない感触というのには肯定しよう。しかしそれだけだ」

「おや、長官殿は理性的な方なのですね。あなたの上司は、それはそれは興奮した様子をお見せしましたのに」

「ふん。あのような地位だけの無能であれば、興奮もするだろう。アレは劣等感の塊、我らが軍の持たざる者の代表格なのだから」

「ふふ、手厳しいお方だ」

 

 魔術師は肩をすくめる。

 口では手厳しいと言うものの、彼もまた『長官殿』と呼んだ男の上司を愚か者であると認識していた。

 愚か者の道化。彼であれば非常に扱いやすい駒として活用できたのに、アレには資格がなかった。魔術師たる者が持ち得る、魔術回路がなかった。

 何というか無様か。軍人としても無能であったが、魔術師にすらなれない無能。二重の意味で役立たずであったと魔術師は思う。

 

「天は二物を与えずと誰かが言いましたが、長官殿には当て嵌まらなかったようですね」

「そのような戯言は、凡夫が苦し紛れに放つ負け犬の遠吠えに過ぎん。だが、彼奴めを考えての嘆きであれば、その非才さに憐憫の情を禁じ得なくもない」

 

 憐憫とは言うが、その声色は心底侮蔑と嘲りが含まれていた。

 男にとって、彼の『上司』という存在の価値は底辺に落ちているのだろう。唯一の有用性と言えば、彼の持つ地位と、無能であるが故に操りやすい傀儡である点か。それ以外は無価値に等しい。

 

「ふふふ、噂に違わない獣の如き冷酷な方だ」

 

 魔術師の揶揄するような言い様に、男はふんと鼻を鳴らすだけで応答はしない。

 獣────そんな畏れとも、人間扱いしない蔑称なぞ、彼にとって既に知り得ている事だった。

 部下から恐れられ、軍内でも危険人物とされている自身の評価。しかし、そのような瑣末な事物に心乱されることはなく、寧ろ勝手に恐怖してくれるのなら御の字という思惑すらあった。

 ただし、その畏れは人間的に作用しなければならない。こちらが人間であるこそ恐怖し、逆にそれ以外の要素……喩えるなら、魔術などの異端による恐怖を煽り立ててしまった場合、徒党を組んで排除にしかかるだろう。

 故に、どこまでも合理的に人間として獣の如き冷徹さを示し、傲慢的な人間として振る舞い、その裏で魔術師として暗躍する。

 

「では、例の儀式を始めるとしよう。古今東西、いかなる戦争をも凌駕するであろう────聖杯戦争と呼ばれる闘争の儀を」

 

 男の宣言に、魔術師は只々微笑みを浮かべ、一歩後ろへ下がる。

 目前には儀式に使用する祭壇があり、そしてそこには魔法陣の紋様が水銀で描かれていた。

 魔法陣にしては大掛かりな紋様ではなく、見る者が見れば、なんと単純な儀式だろうかと口にするだろう。

 だが、これから行われる儀式────サーヴァントの召喚には、この程度の単純さでも構わない。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公

 降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 男の口から呪文が唱えられる。

 そこに興奮や、仰々しさはなく、ただ淡々と冷静に呪文が綴られるだけ。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 この光景を間近で見物する魔術師も、ただ微笑を浮かべるだけで、いかなる感慨も感じられない。

 これから起きる現象は、ほぼ全ての魔術師にとって奇蹟に等しいものだというのに、それでも尚、刹那の驚愕すら見せる様子がない。

 そこにあるのは、感情の読めない微笑のみ。

 

「告げる────。

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ────」

 

 男の全身、擬似神経たる魔術回路に魔力が巡る。

 血流が速くなる感覚とは異なる、全身を巡る異物感。

 しかし何故だろうか、そんな異物感が男を心地よくさせ、神経を今までになく研ぎ澄ませる。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者────」

 

 祭壇の魔法陣が輝く。大気のマナが中心へと渦巻き、凄まじい勢いで男の魔力を吸い込んでいく。

 ドクンドクン、と心臓の鼓動が早くなる。血流が速くなって全身が熱くなる。魔術が呼応するごとに、あらゆる臓器が痛みによって悲鳴をあげる。

 だが、それでも男は表情を崩さない。

 

「────汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ────」

 

 祭壇に備えられた『化石のような破片』。それは聖遺物と呼ばれる、過去に存在した伝説の残滓。

 此度の儀式の為に用意されたそれは、かつて北欧の大英雄によって切り落とされた“巨人の歯”の欠片だという。

 それに触媒に、引き寄せられるように召喚された過去の影法師は、魔力の奔流と共に吹き荒れる旋風の真ん中で、静かに自らの威容を顕にした。

 現代においてあり得ざる威圧感。只人が目の前にしたのなら、恐怖のあまり平伏してしまうだろう圧倒的強者から放たれる脅威。

 召喚者たる男は、それを前にして────獣の如き眼光と笑みを浮かべる。

 

 ────これが英霊。これが伝説。これが聖杯戦争!

 

 驚歎の限りだ。これ以上ない程の喫驚を男は味わっていた。

 魔術も単なる有用な一つの技術でしかないと思っていたが、成る程、探求すればする程奥が深いとはこの事か。

 科学は未来を行き、神秘は過去へと逆行する。古き産物が、現代科学をこのように凌駕するのであれば、この聖杯戦争の価値も大きく高まるだろう。

 そんな男の感想をよそに、治った輝きの中から降臨した英霊────その影法師たるサーヴァントが、一歩前に出る。

 

 そして、闇に包まれた祭壇にてサーヴァントは男────マスターであるラインハルト・ハイドリヒに問いかける。

 

「問う。卿こそが、我が身を現界至らしめたマスターか」

 

◇◇◇

 

 1934年。ナチスがドイツの政権を握り、一年経過した時分。

 そこへ、とある魔術師によって神秘が持ち込まれた。

 北欧の文献『巫女の予言』による、ある闘争の儀式。

 過去に己の武勇を示し、歴史に伝説としてその名を刻んだ英雄と呼ばれる者たち。

 そんな英霊として祭り上げられた彼らを、膨大な魔力(リソース)を用いて降霊させ、サーヴァントとして使役する────それを聖杯戦争と呼ぶ。

 

 かつては極東を舞台に行われ、儀式を造り上げた遠坂、マキリ、アインツベルンの御三家と呼ばれる魔術家を筆頭に、聖杯戦争は開催されていた。

 聖杯に選ばれた七人のマスターが、七騎のサーヴァントを降霊させ、殺し合わせ、そして敗れ去ったサーヴァントの魂をリソースに万能の願望機を完成させるというシステム。

 あらゆる願いを叶えるとされる『聖杯』の名を付けられた願望機。それを巡る戦いは、地獄の釜の底の蠱毒と喩えられる程に熾烈な争奪戦と言えるだろう。

 それも全て、己が欲望の為の戦いであったが故。

 

 これより近い未来、ナチス・ドイツがポーランドへ侵攻する前夜に、極東にて三回目となる聖杯戦争が開催され、その儀式にナチスが介入する────そんな歴史が起こる筈だった。

 ナチス・ドイツの協力者にして魔術師であるダーニック・プレストーン・ユグドミレニアの介入により、軍を動員してでの聖杯戦争への参加……そのような歴史が訪れなかったのだ。

 その代わり、政権が移り変わったばかりのドイツに、ある魔術師たちが裏から暗躍する事となる。

 

 その魔術師たちは言った。曰く「おめでとう。あなたは運命の采配によって選ばれました」と。

 

 彼らが接触したのは、ナチス・ドイツの親衛隊指導者の地位を得ていたハインリヒ・ヒムラー。オカルトに傾倒し、神秘に耽溺し、魔術の存在を心から信じていた汎ゲルマン主義者であり、凡庸な人物と評される男。

 ヒムラーは地位はあるものの才能には乏しい人間であった。加えて空想家でもあった彼は、魔術師たちの言葉を簡単に信じ……術中に嵌ってしまった。

 本来は秘匿しなければならない魔術を披露し、彼が特別であり、特別であるが故に神秘を見せ、彼が特別な人間であると錯覚させた。

 何故、ヒムラーを選んだのか? 

 元々劣等感の塊のような人間であった為、コンプレックスを刺激しつつ暗示をかけてしまえば、容易く操り人形にする事ができたのだ。

 つまるところ、魔術師たちにとってヒムラーという存在は、鴨が葱を背負っているような、どこまでも都合のいい傀儡である。

 その後、ヒムラーと同じように魔術へ傾倒していた上役や親衛隊員とも接触し、洗脳し、研究機関アーネンエルベをも掌握して聖杯戦争の為の舞台を整えた。

 

 ドイツにて開催される聖杯戦争の舞台はノルトライン=ヴェストファーレン州、パーダーボルン郡南部に位置するビューレン市のヴェヴェルスブルク。

 首都ベルリンから離れた田舎町ではあるが、儀式を行うには都合のいい霊地でもある。

 そしてナチスの親衛隊及び、協力者たる魔術師たちの拠点は、ハインリヒ・ヒムラーが親衛隊員の訓練場、また魔術の儀式を執り行う為に購入したヴェヴェルスブルク城。

 もっとも霊脈の通りが良い場所であり、聖杯を降臨させるには最適な場所である。

 こうして権力者、武力、霊地、資金、その他諸々が揃えられた聖杯戦争が、後に残すものは選ばれたマスターと、召喚されるサーヴァントのみ。

 

 聖杯によって選出されたマスターは────。

 

 

 ×××

 

 

  己の手の甲に刻まれた令呪を見つめながら、ラインハルトは一人思いに耽る。

 聖杯戦争で参加を許された者に現れる資格。魔術を体現する者にのみ現出する聖痕。

 それが自分に現れた。ともすれば、それは己に魔術師としての才能があったに他ならない。

 ラインハルトは自らを優れた人間であるという自負がある。傲慢で、自信家と思われるかもしれないが、しかして優れているという点は誰にも否定できない事実でもあった。

 容姿端麗、聡明叡智、身体能力にも優れた才能の塊だ。加えて現実主義で、物事を俯瞰して非情であろうとも正しい選択を下せる冷酷無比なる黄金の獣。

 そこに魔術の才能が追加されて非の打ち所がなくなったと言えよう。唯一の欠点を挙げるとすれば、上司に恵まれなかった巡り合わせの無さか。

 ともかく、ラインハルト・ハイドリヒは才気煥発なる身の人物であった。

 

「魔術、神秘……眉唾物と断じていたそれは実在し、そして私はその儀式に加担している。ふふ、驚愕の連続、自らの知見狭小の露見。実に良き経験をさせてもらっている」

 

 彼は魔術に触れるまでは、オカルティズムなぞプロパガンダ程度の利用価値しかないと考え、その存在を信じていなかった。

 なので、上司であるハインリヒ・ヒムラーが魔術に傾倒し、カール・マリア・ヴィリグートの言にばかり耳を貸す姿を侮蔑し、嘲った回数は数えきれない。

 しかし、こうして本物を目の当たりにし、身を投じてみて……成る程、確かに興味深い。

 

「……しかし哀れなものだな。彼奴(ヒムラー)は誰よりも無才であったが故に魔術へと傾倒したというのに、その魔術にすら見放されるとは」

 

 ラインハルトはヒムラーの対極に位置する人間だ。

 片や才能に恵まれ、後世においては『黄金の獣』と呼ばれた傑物。

 片や才能に恵まれず、後世にて無能の誹りを受け、『ヒムラーの頭脳、すなわちハイドリヒ』と揶揄され、ラインハルトの操り人形である陰口を叩かれた凡人。

 故にラインハルトは侮りつつも、憐憫の情を覚えていた。欲していたあらゆる事物に見放されたヒムラーという男を。

 

「まあ、あのような性根の男だ。魔術の才なぞ無い方がナチの為かもしれん」

 

 どうせ要らん事を仕出かすに決まっている。

 神秘とは秘匿してこそ神秘足り得る。

 自己顕示欲の強いヒムラーが魔術の才能など持ってみろ。忠告されながらもどこかで漏洩するに違いない。

 それ程までに、ヒムラーという男は『力』に対して強いコンプレックスを抱えている。側から見てすぐに察してしまう程度には。

 そんな男に魔術という特異性は過ぎたる力だろう。自身の方がより有用に、より巧みに使いこなせると、ラインハルトは一種の確信を持っていた。

 

「────」

 

 トン、トン、と人差し指で机を突き、視線を資料に向ける。

 ヒムラーの事は既にどうでもいい。今の彼の興味をひく要素は、ナチによって秘密裏に開催される聖杯戦争────その参加者たちであった。

 幾度となく目を通した資料。そこに記載されている情報は興味を唆られるものばかりで、世界は広いのだと新鮮味を覚えるものだった。

 

 一人目、エルヴィン・ケーニッヒ。

 名目上はケーニッヒ家の子息であり、士官学校を終えた後に正式な軍属になったという経歴が記されていた人物。

 しかしその実態は、ヒムラーが作り出したレーベンスボルンより産まれた人工生命体(ホムンクルス)。ゲルマン人種の遺伝子と錬金術を掛け合わせた結果、造られた超人計画のプロトタイプ。

 自然の嬰児たるホムンクルスなので良質な魔術回路は勿論のこと、他には狙撃能力が突出しているとの評価があった。

 一つ不可解なのが、何故“男装”なぞしている点である。何やらヒムラーの方から干渉があったようだが、まあ触れなくてもいい事物だろう。

 契約サーヴァントは不明。そもそも姿を一度たりとも現していないし、ヒムラーの計らいか、クラスも真名も口出さないように配慮されているようだ。

 

 二人目、カール・エルンスト・クラフト。

 ヴィリグートが何処からか連れてきた占星術師。彼が扱う占星術の精度は凄まじく、予知した未来を的中させた実績を持つ。

 しかし、ラインハルトの目を引いたのはオカルト方面ではなく、その優れた頭脳方面であった。

 超常の力を用いなくとも偉大たり得る器の持ち主であり、きっとナチの間でも自身に並び得る能力を持っていると、ラインハルトは断定していた。

 ただまあ……優秀である事とは裏腹に、言動が胡散臭さに満ちているのは否めないが。

 契約サーヴァントはキャスター。クラスを知る事はできたが、ヴィリグートの規制によって真名を知る事はなかった。時折、会話の中にある『聖槍』『円卓』等の単語から、おそらく円卓の騎士と聖槍に縁のある者だと推定できるくらいか。

 

 三人目、イジドーラ・トイシュ。

 ドイツ軍将兵用売春宿の娼婦。本来であれば戦時中に機能する娼館だが、聖杯戦争を開催するにあたってヒムラーが強権を発動して前倒しにしたようだ。

 情報によれば、自らを強制的に売春婦に落としたナチスを恨んでいるらしい。

 魔術や、技能といった面の情報は不足している為不明で、唯一判明している事は、彼女が召喚したサーヴァントが女性である程度だ。

 

 四人目、メルダリン少佐。

 ナチス・ドイツ親衛隊情報局に所属している諜報員。つまるところ、ラインハルトの部下である。

 男性原理が強いドイツ軍の中で、数多の男性士官を追い落として将校にまで上り詰めた女傑とも言える人物。

 しかし、どこまでも男性主義なドイツ軍では、これ以上の出世が望めないと考えていたところ、ラインハルトに拾われた経歴を持つ。

 ……と、ここまでは表向きの経歴。彼女の正体は時計塔のスパイで、しかも魔術師ときた。

 おそらく、どこからか聖杯戦争の話を嗅ぎつけて、潜入を依頼されたのだろう。

 契約サーヴァントはクラス、真名共に不明。

 

 五人目、エックハール・エヴァンメイズ。

 ナチスに、ハインリヒに接触した魔術師の一人であり、ラインハルトに魔術の手ほどきをした人物。

 表面上は友好的に接しているものの、“魔術師“という人種である以上は信用の置ける人物ではないとラインハルトは評しているが、齎してくれた事物の諸々は有用なので、化けの皮が剥がれるまでは協力関係を維持しようと考えている。

 契約サーヴァントはライダー。現在まで得られた情報はこれだけで、その真名まで辿り着く事はできなかった。放った諜報員は全て消されたからだ。

 クラスだけはわざと漏洩させたのは余裕の表れだろうか。

 サーヴァント以上にエックハールという魔術師自体が未知数に感じる。早々に馬脚を露わしてくれたら助かるのだが、とラインハルトは思う。

 

「各人各様だが、裏に住まう住人というのは(いずれ)も尋常ではない。本来であれば容易く得られるであろう情報が、ここまで不足し、不完全な状況下で戦争に挑まねばならないのだから」

 

 口では厄介そうな言葉を吐き捨てているが、その表情はやけに楽しげで、これから待ち受ける未知数に対して期待を膨らませ、心を弾ませていた。

 敵はただの兵士でも、参謀でもない。人智を超えた現象を意図的に引き起こす魔人の類いだ。

 ────故に血が騒ぐ。

 

「こちらの対策、措置、それ等を全て無に帰し、情報漏洩を防がれたなどと、面白くはないな。これより先は魔術による盗聴、盗撮等の対策も必要になるか……腕が鳴る」

 

 諜報機関の長官としてのプライドか、黄金の獣としての本性か、ラインハルトは月夜の中、一人不敵に笑う。

 さてと、次にラインハルトが想起したのは、諜報機関を用いて集めた“外部”からの介入者の情報である。

 報告書に目を向ければ、そこには『教会』の文字が視界に映る。

 

「エックハールの推測通り、聖堂教会が介入しに来たか。『聖杯』と銘うつ代物の真贋を確認する為だけに、態々押しかけてくるとは……実に先進的宗教組織らしいやり方だ。まったくもって煩わしい事この上ない」

 

 いくらナチスが裏でヴァチカンと条約を結んでいるとはいえ、この無法には眉を顰めざるを得ない。

 

「地上における神の代行者を気取る連中という話だったな」

 

 エックハールから具体的な組織構成を聞いているラインハルトは、聖堂教会を狂信者共による、徹底した武力行為での異端排斥を、まるで正しい事物のように認識する魔窟と見ている。

 文字通り信仰に狂い、話の通じない連中だったら儀式の進行に支障をきたすかもしれない。

 教会との敵対行為は面倒な事態になるかもだが、儀式の邪魔になるのなら排除も視野に入れよう、とラインハルトはプランを練る。

 

 聖杯戦争────彼の生涯にて二度はないであろう超常なる闘争。自らが積み上げてきた能力と、新たなに獲得した魔術という神秘。その両方を存分に振るえるまたとない機会を奪うなど、絶対に許さないと獣のような唸り声を漏らす。

 これまでの人生は全力ではなかった。どこか物足りなく、能力を出し切る前に終わってしまう結果に飽き飽きしていた。

 そんな折に降下してきた聖杯戦争という、どこまでも異常で、いかなる戦場よりも死の危険が待ち受ける闘争の場。

 ああ、必ずや愉しむとも。血の滾るような、死屍累々、屍山血河を生み出す劇戦を。

 ナチの為、親衛隊の為、聖杯の為、建前なぞ山程あれど、ラインハルトはこの時にのみ率直な感情を露わにしていた────全霊をもって力を振いたいと。

 

「────ん?」

 

 一通り報告書を読み終えた頃に、通常の連絡手段(でんわき)とは異なる、魔術的な連絡方法(つかいま)による連絡がラインハルトに齎された。

 

『長官殿、最後のマスターが選ばれましたよ。最後の一人は────』

 

 使い魔による伝達は短く、魔術師らしさを感じさせる合理的な簡潔さであった。

 ただし、こと聖杯戦争に関連する連絡だったので重要なのは間違いなく、また冗長的ではないのがラインハルトにとってプラスだろう。

 

「……面白い選出ではないか。クク、彼奴めが耳したら間違いなく憤慨するだろう」

 

 連絡を貰った彼は薄ら笑いを堪え切れず、選ばれたマスターを思い浮かべる。

 このような巡り合わせ、神は未だ遍在し、運命の悪戯を織りなし、この地を舞台とした狂想曲でも奏でようとしているのではないかと勘繰ってしまう。

 それ程までに、最後に選ばれたマスターの素性は、ストーリー性に満ちていた。

 

 ────役者は揃った。今宵、総統特秘命令777号。計画名『魔女の夜(ヘクセンナハト)』が、まもなく開始される。

 この計画が完遂されれば、ラストバタリオンは顕現するだろう。

 

 第二次世界大戦が勃発する前の、ひと時の戦争。

 ここに黄金の獣と呼ばれる男が、人知れず獲物を平らげる為の牙を研ぐのであった。

 




書けたら続くかもしれない。
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