Fate/Black Camelot -Hexennacht am Schwarzen Hakenkreuz- 作:グレンデル先生
目覚めた時────この世に生を受けた瞬間から、自分には役割を与えられていた。
己は成果であり、道具であり、自らを生み出した存在の自尊心を満たす為の作品。そして聖杯戦争にて、マスターとして戦い、儀式を完遂させる為の一駒でもあった。
生まれながらにして人ではなく、人の母胎から生誕せず、世界の裡より生まれ落ちた自然の嬰児とも呼ばれる生命体────ホムンクルス。
魔術、錬金術、あらゆる神秘によって設計され、人工的に造られたホムンクルスは、人間より優れた機能を持っている。肉体的であれ、魔術的であれだ。
自身もその例に漏れず、常人より優れた性能を有しいて、特に顕著だったのが狙撃能力であった。
そうして度重なるテストの果てに、戸籍を、所属を────エルヴィン・ケーニッヒという名を与えられた。
エルヴィン・ケーニッヒ。それがホムンクルスに与えられた
ただの識別記号。ホムンクルスのみを呼ぶ際に使うだけのもの……彼女にとってはそれ以上でも、それ以下でもなかった。
しかし奇妙な事に、ホムンクルスにも性別という概念はあって、エルヴィンと名付けられたホムンクルスは女性体であったにも関わらず、男性名を与えられたのだ。
そこには主人の思惑があった。軍属となり、主人自身が用意した駒とあっては軽んじられる要素があってはいけない……高々そんな理由で彼女は男性名を授かり、更には男装も強要された。
第三者から見ればバカバカしい事この上ないだろうが、エルヴィンからすれば異論はなかったし、命令だったので従順に従った。
────お前は我らが親衛隊……否、私の成果だ! 崇高なる我らが血筋を継承せし超人計画のプロトタイプ! 必ずや、この聖杯戦争を……あの男にも、決して敗北してはならない! 私の顔に泥を塗ってくれるなよ!
脳裏に主人の言葉が木霊する。
どこか焦燥、苛立ちを覚えながらも期待と興奮を混ぜ合わせたようなグチャグチャな感情。そしてどこまでも等身大な、人間らしい気性の持ち主。
一組織のトップにしては、些か感情的すぎる気もしなくはない。しかし人間を見る目、仕事に対する姿勢は周囲から良い評価を受けている……能力があるかは別として。
そんな主人は、自らの境遇に、素質に、信仰していた憧れから見捨てられた絶望が故に、エルヴィンに多大なる期待を抱いていた。
自分が計画し、自分が造り上げたと言わんばかりの自負と自尊心。
魔術師としての才能がなかったから、別の形で補い、神秘に対して繋がりを作ろうとして、それを成し遂げた。そうやって己を特別視しようとしていた。
狂気的なまでの魔術への執着。それが、エルヴィンというホムンクルスを製造するまでに至らしめるのだから、執着心というのは恐ろしい。
つまるところ、エルヴィンは主人に対して畏敬の念を抱かずにはいられなかった。
『凡庸でも、狂気に駆られた人間は恐ろしいかい?』
脳内に、男と女の声が混ざり合ったような声が送られる。
第三者が聞いたら不可解に感じるだろうその声に、エルヴィンは独り言を零すかのような声音で返す。
「少しばかりです。ですが、自らの願いの為に足掻く姿は、普遍的にあのような情なのだと学習しました。人間は、とても情熱的であると」
『確かにアレは人間のお手本と言える。劣弱意識に塗れているからこそ、欲深いまでに特別視されようと、強者側に立とうとする。極めて狂気的で、情熱的とも言えるだろう』
人間的であると称賛しているようで、その欲深さを嘲っているとも取れる発言を、数日前にエルヴィンによって召喚されたサーヴァント────アーチャーは言い放つ。
アーチャーの姿は見えない。サーヴァントらしく霊体化して、マスターを背後から守る騎士としての役目をまっとうしているから……など、そういう訳でもない。
アーチャーは此度の聖杯戦争にて、特異な形で現界したサーヴァントである。
それは人としての肉体を持たず、またその輪郭すら存在しない。
あるのはただ、敵を撃ち倒すための兵器としての形のみ。
エルヴィンと契約を交わしたサーヴァントは、彼女に抱えられている“ライフル銃”そのものであった。
「興味深いお話をありがとうざいます。では、そのように覚えておきましょう」
彼女には感情の起伏というものが少ない。製造過程で自意識を持って生まれるように調整されてはいるが、まだまだ育てていかなければならない段階だ。
故に己に課せられた責任、要らぬ重責を負わせられようとも情緒の変化は少なく、何もかも希薄であった。
────まあ、何だってこのマスターはワタシのような“悪魔”を召喚したんだろうか。ホムンクルス故に邪悪とは無縁であるし、欲望と呼べる情緒がまるで育ち切っていない。まだまだ無色に近い、純真無垢な生命体と言っても過言ではない……だと言うのに。
色々と言いたい事はあるが、それを今の彼女に告げても仕方のない事だと呑み込んで、ため息混じりの嘆息を漏らす。
すると、エルヴィンは手に持っていたライフルをこつんと額に当てて、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「……あまり、面白味のない言動ばかりで申し訳ありません。そして感謝します。私のような者のお相手に時間を割いて」
『おや』
自覚があるんだ……と、直接的には伝えず、意外そうに驚いてみせる。
「私は、前もって自意識を持って生まれるように調整されています。故に独立した思考を、感情を通じての行動ができます。……しかし、感情というものは育まなければ停滞します。私には……機会がありませんでした」
『まあ、あのような主人ではな』
虚栄と虚飾塗れの男の元にいたのでは、本来育つべき情緒なぞ育つ筈もないだろう。
一応、彼の主人は子煩悩で、動物愛護家としての一面もあるのだがソレはソレ。人工的に造られたホムンクルスは、愛すべき生命体ではなく消耗品という認識があるのかもしれない。
愛でる価値はなく、ただの利用価値のある非常に便利な駒であると。
『では、こちらから一つ。君には何か楽しめるもの……心が高揚するようなものはないのかな?』
「楽しみ……」
そう問われてエルヴィンは深く考える。
自身に娯楽を楽しむ猶予はなかった。行われたのは身体検査と、能力実験という名の実地訓練のみ。
なので、その期間中限定で心が高揚する出来事となったら────。
「……狙撃、でしょうか。的を撃ち抜いた時の衝撃や達成感が、楽しかったのかもしれません」
『アーチャー兼悪魔のワタシが言うのもなんだが、物騒な楽しみを見出してるね』
「……物騒とは心外です」
表情の変化に乏しい彼女にしては珍しく、不貞腐れたように唇を尖らせた。
中々に可愛らしい顔をするではないかと、アーチャーは内心零す。
『何にせよ、楽しめるものがあるならそれでいい。そうして徐々にだが、心を育んでいけば魅力的な“人間”になるだろう』
アーチャーは少しだけ人間という言葉を強調した。
彼女をただのホムンクルスとして扱うのは気が乗らなかった。
生物としての性能だけなら人間以上だろうが、その性質は余りにも透明無色すぎる。この先の聖杯戦争は熾烈と悪辣を極めた戦いになるので、ほんの僅かでも悪意という感情を身につけて、少しずつ
彼女は狙撃兵故に狙われる確率が非常に高い。生存率を少しでも高めたいとアーチャーは考えていた。
……まあ本音は、欲深い人間の性質が好きだから、エルヴィンもそのようになってほしいという希望的願望なのだが。
もしも、エルヴィンの中に欲望が生まれたのなら、どのような“人間”になるのか、アーチャーは気になって仕方がない。
利己的になるのか、利他的になるのか、破滅的になるのか、刹那的になるのか、淫靡的になるのか、謹厳的になるのか、悪逆的になるのか、奔放的になるのか────無垢なホムンクルスがどんな成長を見せるのか予想がつかない。
けれど、一つだけ確信がある。彼女に欲望が生まれ、そしてそれを手に入れようとした時、その生命と魂は至高の輝きを見せるだろう。
「……では、狙撃に少し付き合ってくれませんか? 趣味を兼ねた開戦前の訓練です」
『────
◇◇◇
よくぞ、これ程までに神秘を蒐集したものだ、とヴィルギール・カーフキルヒは素直に感心した。
ナチという組織力。そしてそれに随伴する国家予算という名の資金源。
国という支援者を得た魔術師は、おそらく時計塔のどの魔術師、あるいはロードの予算すら超えるリソースを確保した事に他ならない。
となれば、資金的に無理とされていた研究も実現可能となるという事だ。まあ、ナチの要望に応えて、アーネンエルベと共同して作業を行わなければならないが。
別段、ナチの要望に応える必要はない。面倒になれば暗示をかけて傀儡にして、一方的にに暴利を貪ればいいのだから。
しかしヴィルギールはそれをしなかった。何故か? その理由は、ナチの最高指導者たる“総統”の存在を警戒しての事だった。
彼は魔術師の協力を佳しとし、親衛隊指導者に全てを任せているが、その実魔術師という存在を、胡乱な集団として見て信用していない。
こちらが怪しい動きを見せれば、たちまち軍を動員して制圧に当たらせるだろう。
只人だと侮ってはいけない。あの男は、戦争と権謀術数の絶えないこの時代で、総統の地位まで上り詰めた貍なのだ。警戒するに値する人物だろう。
────そして、ようやくここまで来た。
ヴィルギール・カーフキルヒは錬金術師の家系に生まれ落ちた。
かのゲーテの戯曲の題材にもなった『ファウスト』のモデル、ヨハン・ゲオルク・ファウストの親類筋に当たり、アインツベルンよりは劣るものの高性能のホムンクルスを製造できると評価された名家である。
しかし、彼の代でその力は停滞気味になっていた。
いくら研鑽を積もうとも、研究に研究を重ねようとも、全てが行き詰まっていた。
生産力はないが、高い性能を持つホムンクルスが造れる。だがそれ以上の高みに登れず、ホムンクルスの性能もそこでストップしている状態であった。
何が足りないのか分からない。そんな苦悩に満ちていた彼の元に────朗報が届られた。
聖杯戦争。政権を握ったナチスを抱き込み、万能の願望機を得る為の儀式に参加しないかと、エックハールから持ちかけられたのである。
参加表明に迷いはなかった。このまま続けていても進展はないのだから、一縷の望みに賭けてもいいと思ったのだ。
勝敗には拘らなかった。勝てば聖杯、負けてもサーヴァントという超常の存在を間近で研究できる機会が得られるので、どちらでも良かった。
────しかしまあ、参加資格を得られなかったのは予想外だったが。
実際にマスターに選ばれたのは、レーベンスボルンの超人計画の元、戯れに造ったホムンクルス。
戯れとはいえ、贅沢な資金と環境で造られたソレは、今までで一番の性能を有する個体であるが、まさか消耗品のホムンクルスにマスター権を横取りされるとは思っていなかった。
屈辱的はなかったのかと問われれば嘘になる。しかし、レーベンスボルンに提供した手前、返却を求めるのは魔術師として余りに格好が悪い。
なので妥協案として、ホムンクルスとそのサーヴァントに随行し、観察してデータを取る事にした。
よくよく考えれば、戦わずして知識を深められるのだ。魔術師としてはこちらの方がいいだろうという結論に至った。
そして────。
聖杯戦争開幕の狼煙が上がろうする前夜。ヴィルギールは己の研究成果を眺めていた。
根源には未だ至れない成果だろう。しかし、停滞が依然として続いていた過去に比べれば、飛躍的に進歩したのは間違いない。
唯一の不満点は、己のみの成果ではなく、共同研究の末に行き着いた結果という点だろうか。
カーフキルヒがホムンクルスという素体を、アイゼンヴィルが金属製骨格なる強化骨格を、エヴァンメイズがルーンによる補強と降霊と、それぞれが提供し、完成に漕ぎつけた神秘の結晶。
おそらくだが、研究を続けてその深淵の一端に触れられる事ができたのなら、根源への到達も不可能ではない筈だと、彼は夢見ていた。
「素晴らしき光景だ」
ヴィルギールは目前の光景を網膜に焼き付け、愉快とばかりに口元を吊り上げる。
ここはヴェヴェルスブルク城の地下。通常の魔術師であればあり得ない、共同研究を目的とした魔術工房。
魔術師たる者、歴代の先達たちが積み上げてきた魔術の成果は独占し、秘匿しなければならない。
しかし、ナチスに支援者になってもらうにあたって、何からの献上品がなければならなかった。
その末に、献上品に選ばれたものは────。
「人造英霊兵団ヘルト・クリーガーか。これを名付けた者は、余程戦士である事に固執しているようだ」
魔術の研鑽という己の利益と、兵力増強というナチスの利益。両方を追い求めた結果が人造英霊。
ホムンクルスの素体を生体部品とし、人体強度を高める為に金属骨格に組み換え、そして最後に英霊の魂を降霊させる事によって完成する奇蹟の産物。
様々な失敗があった。数々の廃棄物を積み上げた。
おおよそ倫理的ではない、非人道的な実験を幾多も行った末に、ようやく辿り着けたのだ。
ナチスも大いに満足しただろう。彼らが神秘に求めるもの……それは『
聖杯戦争はまもなく開戦される。
しかしここに、サーヴァントとマスターとは別の────第三の勢力が動き出そうとしていた。