Fate/Black Camelot -Hexennacht am Schwarzen Hakenkreuz-   作:グレンデル先生

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暗殺者/復讐者

イギリス ロンドン

 

 魔術師たちの総本山たる領域────時計塔。

 そこは魔術協会の三大部門の一角であり、魔術という深淵に惹かれ誘われた魔人たちの跋扈する人外魔境。

 表向きは大英博物館としてカモフラージュされているが、一皮剥ければ魔道へと続く神秘の巣窟。

 全国より魔術に身を委ねる者たちが集結し、組織を形成して今や協会の心臓部とも称される場所。そして魔術師たちを育成する為の最高学府でもある。

 ここでは深淵に魅入られた数多の魔術師が、各々の思想や野望をもって集い、神秘のその先にあるものを夢見て研鑽を重ねる……が、自らに理想に届く者はほんの一握り。

 多くの魔術師は夢破れて、それでも諦めずに研究を積み重ねて次代に夢を託すか、現実を直視し、時計塔での己の地位を盤石なものとする為に権力争いに明け暮れるかの、どちらか一つを選択していた。

 

 そんな歴史を持つ時計塔だが、彼の組織もまた時代の流れに翻弄されつつ、しかして魔術の研鑽を怠らず、各国の騒乱に注目しながら時流を見極めていた。

 

「君には潜入捜査を依頼したい」

 

 厳格な口調で、そのように発したのはクレーメンスと呼ばれる老年の魔術師であった。

 

「近頃は各国が動乱に塗れ、野放しになっている魔術師たちが密かに暗躍し、きな臭い空気が漂っているが、中でもドイツが怪しげな動きをしている」

 

 クレーメンスは嘆息するように言い放つ。

 1930年代。世界情勢が絶え間なく動き、それに乗じて裏で魔術師たちも暗躍している時代。

 英国もその例に漏れず慌ただしい変化に晒されていた。

 特に顕著なのは、世界恐慌による経済的な大打撃だろうか。

 世界情勢など、裏で活動する魔術師にとっては余り関係のない話に思えるが、魔術は非常に費用がかかる研究であり、経済的打撃を受けて途方に暮れた魔術師も少なくなく、魔術世界でも一定の影響が波及していた。

 しかしながら、そんな情勢の中でも暗躍する者は後を絶たず、法政科の魔術師たちは揃って頭を悩ませていた。

 今回、クレーメンスから依頼された内容もその一つだろうと、女は思案した。

 

「……法政科は、なんと?」

「今は何も。だが、いずれ何らかの動きを見せるだろうと法政科は確信している。故に内部に潜入し、数年間の監視を依頼したいのだ」

「数年規模……ですか」

 

 依頼を受ける事自体に異存はない。スパイ活動などの経験はそれなりにあるからだ。

 だが数年を費やす依頼となると、少し悩んでしまう。魔術師は己の人生を神秘の探究に捧げるので、ほんの数年程度の時間さえも軽視できない。

 表面上はポーカーフェイスを浮かべているが、女から滲み出る迷いを感じたクレーメンスは「報酬は弾む」と言いながら、数々の貴重な聖遺物の数々を机の上に置いていく。

 

「これは……」

「君に支払われる報酬金とは別の対価だ。これらは君の扱う魔術とも相性が良かろう?」

「……そうですね。ここまでの対価を用意されたとなれば、お受けしない訳にはいきません」

 

 しかしながら、ここまで気前よく貴重な聖遺物を報酬として出されるとは、此度の依頼は余程危険だと見受けられる。

 確かドイツも世界恐慌の煽りを受けて大量の失業者が続出し、そしてナチス党が台頭していた筈だ。

 もしかすると、クレーメンスの言ったドイツでの怪しい動きとは、選挙戦の裏に魔術師の存在があるという示唆なのだろう。

 

「それで、暗躍している魔術師の目星は?」

「全てとまではいかなかったが、二名程の者たちが明らかになっている」

 

 そう言ってクレーメンスは魔術師たちの情報が記載された資料を机に置いた。

 

「ヴィルギール・カーフキルヒ。ドイツ出身の錬金術師の家系。代々より良質なホムンクルスを製造し、ムジーク家と並ぶ名家であったが、親戚筋であったヨハン・ゲオルク・ファウストの事件以降、神秘漏洩の観点から信用が失墜。ホムンクルスの質の良さは継続しているが、量産力がなく徐々に衰退中。

 コッペリウス・アイゼンヴィル・ドイツ出身の鉱石と人体工学を駆使した魔術礼装を作製を専門とする家系。数々の優れた礼装を開発してきたが、近年になって肉体改造にも手を出した結果、後継者たちの身体機能を阻害する結果となり、没落の危機に陥っている。

 ……これらが現在ドイツで暗躍していると見ている魔術師ですか」

 

 どちらも魔術界では名の知れた名家であった。

 神秘の世界でも欧州の二大神話体系の一角である北欧を源流とした家系であり、長い歴史を持つ魔術の名門。

 しかしながら、時代の流れと共に衰退を一途を辿っており、おそらく次代に希望はないだろうとされている栄枯盛衰を体現した一族でもある。

 

「彼らの経歴を見れば分かる通り、一門は没落手前の状況だ。そんな彼らが今や緊張状態にあるドイツで、暗躍しているとなればきな臭さも感じよう。場合によっては神秘の漏洩を招きかねない問題に発展するかもしれん」

「ただし、何をしようとしているかは、まだはっきりと判明していないと」

「故に君に潜入捜査を依頼したいのだ」

 

 成る程、と女は概要を把握する。

 確かに状況証拠だけを見れば怪しさは満点と言えよう。

 衰退した魔術師というのは、一族復興の為に何らかの無茶を仕出かすのが常である。

 とはいえ、裏でこそこそと動いているのは事実だが、暗躍と決定付けるには物的証拠が欠けるので、クレーメンスは女に調査を依頼したのだ。

 

「しかし、適任な人物は他にもいたのでは? この世界恐慌の情勢の中、資金繰りに躍起になっている家は山程いたと思われますが……」

「此度の捜査の適性を熟慮した結果、君の魔術と相性がいいと判断した。こと擬態、変装能力で言えば、君ほど適性を持つ人材はいないと考えている」

「評価の程、ありがとうございます」

 

 それに、とクレーメンスは付け加える。

 

「我々魔術協会は、極東の地にて行われるとある儀式に介入する事となった。何でも、英霊を使い魔として降霊させ、万能の願望機を降臨させる儀式だとか」

「……は? そのような与太話が本気で行われると、協会は考えているのですか?」

「君の疑いはもっともだ。しかし、聖堂教会も介入する以上、事実なのだろう」

 

 信じられない話だが、クレーメンスの溜め息混じりの様子を見れば真実なのだと伺える。そして合点がいった。何故、自分が抜擢されたのかを。

 世界恐慌により経済的にダメージを受けた家、没落の一途を辿っている家、そうした困窮した事情を持つ魔術師たちが件の極東の儀式に希望を見出し、あちらに一縷のチャンスを賭けて雪崩れ込む……そんな背景があるのだろう。

 無論、自身の適性能力により起用されただろうが、本来であれば、他の魔術師にも依頼の指名をしていたかもしれないと、女は思案する。

 

「まあ何にせよ、どちらの案件も無視はできん。単独の依頼となってしまう君に色々な負担をかけてしまうが、頼まれてくれるか?」

「……そうですね。これだけの報酬をいただけるのですから、依頼受諾もやぶさかではありません。ただしもう一つ────」

 

 女は、クレーメンスが差し出す報酬とはまた別の、追加報酬としてあるものを指差した。

 

「────それをいただけるなら、喜んで受諾致しましょう」

 

◇◇◇

 

ヴェヴェルスブルク 某所

 

 煙草を一本取り出し、先端に火を点け、肺に目一杯紫煙を吸い込んだ後、夜空へ向かってふかす。

 この一定の動作を行えるのは、果たして後どれくらいだろうか。

 クレーメンスから追加報酬として要求した煙龍をふかしながら、もう三年かと女は────メルダリンは物思いに耽っていた。

 

 暗殺者(メルダリン)────ドイツに潜入するにあたって自身に課した偽名及びコードネーム。

 世界恐慌により経済への打撃を受け、更に選挙戦によって極限の緊張状態にあったドイツの裏で、暗躍する複数の魔術師の動きを察知する為に時計塔から潜入捜査を依頼されたのが事の始まり。

 メルダリンはスパイ活動を円滑に進める為に、書類を偽造し、上役に暗示をかけ、周囲に怪しまれる事なく軍人としての地位を先ず手に入れた。

 何故軍人か? 理由は軍属であれば、周囲から他国のスパイという疑いを持たれないからだ。

 無論、ドイツ軍にも他国からのスパイを懸念して『アプヴェーア』と呼ばれる国防の情報機関が存在するが、残念な事に“情報”が重要視されていなかった時代な為、魔術師にとっては赤子の手を捻るより簡単に掻い潜る事ができる。

 そうした理由と経緯で軍属となり、それから三年間の裏工作を経て少佐の階級まで昇進を果たした。

 その後、ナチスの親衛隊情報部に拾われ、長官のラインハルト・ハイドリヒの部下として働きつつ魔術師たちの情報を探っていたのだが────。

 

 ────まさか、このドイツでも極東で行われる儀式と同類のものが開戦されるなんてね。

 

 煙草をふかし、手の甲に刻まれた聖痕を見る。

 令呪。英霊を召喚せしマスターの証。この潜入捜査で起こった予想外。

 夢物語とばかりに考えていた英霊を使い魔として召喚し、闘争の果てに万能の願望機を降臨させる儀式が現実のものとなり、自身がその当事者になるとは思ってもみなかった。

 時計塔ではその存在を示唆された。荒唐無稽だが、協会が介入する以上は事実なのだろうと納得もした。

 ……だからこそ、ドイツの裏の暗躍に、このような秘密が隠されていたとは予想外だった。

 

 ────幸いにも、私がマスターである事は露見していない。このまま参戦するにしろ、静観するにしろ、素性を知られていない方が好都合。

 

 ふう、と最後の一口であった煙を夜空に向かって吐き出す。

 味は最悪だが、生産数がダンボール一箱分しかないという希少性を思えば、煙龍の一服は特別な気分に浸れるだろう。味は最悪だが。

 箱の中身を覗けば、残り本数はあと僅か。メルダリンは役目を終えた吸い殻を名残惜しそうに見つめ、懐に仕舞い込む。これは仕事柄、自身の痕跡を残すようなヘマをしないようについた癖である。

 至福の時間はこれで終わり。仕事の時間だと、彼女は意識を魔術師のものへと切り替える。

 

 ────アサシン。情報収集の経過が聞きたい。

 

『────ぼちぼち、だな。情報規制、秘匿が厳重すぎてサーヴァントの僕であっても多くを持ち帰るのが難しい戦場だったよ。特にマスターの長官や、運営に関わる魔術師周りわね』

 

 念話による会話の相手は、暗殺者のクラスを器に持つサーヴァント・アサシンであった。

 メルダリンは彼に情報収集を命じ、そして持ち帰った情報を整理する。

 曰く、『聖槍』と関わりがあるサーヴァントが召喚されている事。

 曰く、運営陣、親衛隊の他に外部からの参加者がいる事。

 曰く、セイバーのみ、未だ現界の兆しがないとの事。

 明確になっている情報はこれらだけで、他は規制されている影響か曖昧な情報が多い。

 

 ────やはり、情報部を担うあの男から情報を引き出すのは至難の業か。暗示でもかければ簡単なのだろうけれど。

 

『いや、例えマスターであろうともそうそう簡単にはいかないと思うぞ。あの金髪の男は、サーヴァントの僕から見ても傑物の類いだ。マスターに選定されたからには、魔術師の素質が大いにあると考えていい。もしかしたら、既に魔術の手解きを受けて、才能を開花させているかもしれない』

 

 ────馬鹿馬鹿しい。魔術の才は一朝一夕で開花するものではないわ。私たち魔術師は、文字通り人生かけて魔術の研鑽を積み重ねるのよ。仮令、才能の怪物だとしても、そのような事態が罷り通ったなら、私たちの存在意義が揺れてしまう。

 

『……まあどちらにせよ、あの金髪の男と、運営に関わる魔術師には注意した方がいい。僕から言えるのはそれだけだ』

 

 ────忠告、心に刻んでおくわ────アムレート。

 

 感謝の意を表するのに、彼女はアサシンの真名を零す。

 アムレート。北欧の伝説にて登場する人物であり、シェイクスピアが創作した悲劇『ハムレット』の原型となった狂気を装った復讐の英雄である。

 狂気という仮面を被り、数々の戦士・豪傑を謀殺せしめた彼は、此度の闘争にて暗殺者の器が与えられ現世へと顕現を果たした。

 暗殺者(アサシン)暗殺者(メルダリン)。どちらも影となりて敵を討ち、僅かな痕跡も残さずに姿をくらます闇の住人。

 職業的にも、神秘的にも類似性のある二人は夜の町へ、暗闇の中へと溶け込む。

 

 ────その領域に、黄金の獣の嗅覚が及んでいる事も知らずに。




帝都聖杯奇譚のレイター少佐を意識しました。

因みに1933年のイギリス・スコットランドでネッシーが発見されているんですが、型月的にはどう扱うんだろう。ウォーターホースのように史実にするのか、デマにするのか。
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