母なるロシアの大地で凍てついた私の心を溶かし、新たな場所へと縛り付けたのは貴方の抱擁。
願う事ならば、この命は散らす時は貴方の為に、貴方の腕の中に包まれて散らしたい。
それが、私の存在意義だから。
……もともと私は、それなりに裕福でした。
ロシアの中でも有数の名家に生まれ、今日食う物にも困るような生活とは一切無縁。
困ったことは両親が嫌に過保護気味だった位で、それ以外は特に不自由ない生活を過ごしていたと思います。
ケーキが食べたいと言えば高名なパティシエを呼んでもらい。
美味しいものが食べたいと言えば、ミシュランのレストランに予約をして。
服が欲しいと言えば国内外のブランドから取り寄せてもらい。
違うところに住んでみたいと言えば、あちこちの別荘に泊まりに行ったり。
やりたいと言えば、大抵の事はやらせてもらえました。
欲しいと言えば、大抵の物は買い与えられました。
私は、相当恵まれていたと思います。
しかし、そんな生活は長くは続きませんでした。
その日の事を、私は昨日の事のように覚えています。
忘れたくても、忘れられません。
その日の夜、私はソワソワとした気持ちを抑えきれずに、ベットでゴロゴロと寝転んでいました。
次の日が私の誕生日だったので、両親が私の為に誕生日パーティを開いてくれると、そう言ってくれたからです。
それを聞いた私は、次の日の夜が楽しみで仕方なく、全然寝付けなかったのです。
ですが、そんな事をしている内に眠くなったのでしょう。
いつの間にやら、私は完全に爆睡していました。
そして、気がついた時には
辺り一面が炎に包まれていました。
肺が咽せ返りそうになるほどの煙に、目が涙で滲み、痛い程に喉はカラカラに乾き、肌が突き刺されるような熱さが私を襲います。
あまりの衝撃と混乱で、私は状況が理解できませんでした。
どうにか離れた位置にある両親の寝室まで行くも、既に部屋は炎に包まれ、中の様子は窺い知れません。
何故?どうして?両親は?使用人達は? 頭の中を、そんな思いがグルグルと駆け巡りました。
ですが、考えが纏まるのを待ってくれる程、現実は優しくありません。
時間が経つほどに家は崩れ、燃え盛る炎が勢いをどんどんと増していき、刻一刻と迫り来る死の気配がジワジワと私を追い詰めてきます。
そんな状況下で私が出来たことといえば、使えそうなものや必要になりそうなものを集められるだけ集め、家が完全に倒壊する前に脱出できたこと位でした。
そして、命からがら逃げ出せたものの、私は途方に暮れていました。
家もお金も全て失い、着の身着のままの状態で。
しかも、その火事で両親と使用人達が全員死んだというのです。
『私達をこんな目に遭わせたのは誰?』
最初、そんな考えばかりが頭を埋め尽くしました。
ですが、そんな考えを持つ余裕があったのは、ほんの僅かな間だけでした。
なにせ、私は全てを失いました。着る物も、食べる物も、住む場所もない。そんな状況になってまだ齢十に満たぬ少女が生きていける程、この世界は甘くはありません。
私が家から脱出する際に持ち出せたのは、サバイバルナイフと果物ナイフ、二、三日子供が腹を満たせる程度の現金、3歳の誕生日に母からプレゼントされ常に付けていたネックレス。
たったこれだけ。
身に纏っているものと言えば、そのネックレスと最低限の衣類のみです。
どうしたらいいものかと、私はフラフラと彷徨い歩きました。
こんな子供が一人で生きていけるはずもありませんし、かと言って大の大人が子供に手を差し伸べてくれる事も滅多にありません。
もしそんな人がいたとしたら……その人はきっと、同じ境遇の子供を集めて人身売買をするような輩でしょう。
そんな考えを巡らせている内に、私はスラム街の一角に迷い込んでいました。
そこは掃き溜めのような場所で、治安も悪く、あちこちで小さないざこざや喧嘩が頻発していました。
そんな状況に私は慌てて引き返そうとしたのですが……私にはもう引き返す場所などありません。全てを失ったのですから。
そんな時でした。
「お、なんだこのガキ?いいもん持ってんじゃねぇか!」
突然後ろからそんな声が聞こえ、私の体は男によって羽交い絞めにされました。
「は、離して!離してください!!」
私は必死に抵抗しましたが、子供の力では大人には敵いません。
「おいおい暴れんなって。金目のモンさえ貰えりゃすぐ離すって。」
男はそう言うと、私のネックレスを奪おうとしました。
私は必死に抵抗しますが、力の差は歴然としており、ビクともしません。
「や……やめ……」
「…このガキ、よく見りゃ超上玉じゃねぇか……しかも肉付きもそれなりにいい。…悪く思うなよガキ、こんな所に迷い込んだテメェが悪いんだ。恨むなら自分を恨みな。」
そんな中、男はそう言ったかと思うと、突然私の服を剥ぎ取り、下着を捲し上げ……そして…
「な、なに……いや……いやぁぁぁぁぁぁぁーーッ!!!」
私は、穢された。
こんなクズの、欲の捌け口にされた。
こんな男に、母から大事にしろと言われた処女を奪われた。
お腹の中に感じる不快感と、男が触ってくる度に生まれる嫌悪感に吐きそうになりながらも、私はどうにかコイツを殺せないかと、ただそればかりを考えていた。
そして、男に何度も穢される中、男が無防備になる瞬間が何度かあった。
それは絶頂の瞬間。生物として絶対的に無防備になる瞬間。
次に男が絶頂に達した瞬間、私はナイフで男の喉笛を切り裂いた。
噴水の様に血が吹き出し、男の体がビクンッと跳ねたかと思うと、そのまま男は絶命した。
初めて人の命を奪った事に、大して何も思う事は無かった。むしろ、こんなクズを殺して当然だとすら考えていた。
……そのあとは、男から出されたものを掻き出し、男の死体から財布などを奪い、私はその場から走り出した。
『もう誰も信用しない。絶対に許さない。』
そんな呪詛を心の中で繰り返しながら、宛もなく走り続けました。
雨風が私の体を打ち付け、冬の外気が体温を奪って行く中、それでも私は走り続けました。
そうして走っている途中、私は雨風が凌げそうな場所を見つけ、そこに横になった瞬間、私は意識を失いました。
体力も、身体も、精神も、全てが限界を超えていました。
その後は……まあ生きる為にどんな事でもしました。
盗みも、殺しも。
泥水を啜り、草を食み、飢えを凌ぎました。
私の様な子供に欲情するクズは、探せばいくらでもいました。
私はそんなクズ共の慰み者になり、そして隙を見て殺す。
そんな事を繰り返すうちに、自然と殺しや戦闘の技術が身につき、軍人崩れ程度なら殺せるくらいの実力になっていました。
そうやってその日暮らしを続ける事、約2年。
その日は、何かが違いました。
何時もなら、スリ狙いなどでそれなりに出歩いているスラム街の住民が、殆ど出歩いていない。
その事に違和感を覚えつつも、私はいつものように幼女に発情するようなクズを探して歩いていました。
私の場合、その辺を歩いてるだけでアホは沢山引っかかりましたから。
しかし、今日はこれが全く引っかかりません。それどころか、誰1人として歩いていないのです。
その理由はすぐ分かりました。
一人の男が歩いていたのです。
その男はのんびり歩いているようでしたが、その体つきや歩き方から察するに、恐らく何らかの戦闘経験者だと私は見抜きました。
そして……その男を見た瞬間、私の体に衝撃が走りました。
『強い』と言う概念が服を着て歩いている。そう錯覚する程、その男の纏う雰囲気は圧倒的でした。
「ッ……!!」
私は咄嗟に物影に隠れました。
勝てる訳が無い。
そもそも彼の存在してる空間で息を吸っていいのか。
殺されない為にはどうすれば良いのか。
そればかりが、頭の中を巡りました。
それでも、私の体は彼を追っていました。
理性ではいけないと分かっていても、本能が体を突き動かします。
「ねぇ……お兄さん……」
……気付けば彼に声を掛けてしまっていました。
「あぁん?」
男がこちらを振り向きます。
それだけで、私は死を覚悟しました。
そのせいで体は勝手に戦闘状態へ移行してしまい、無意識にナイフを握り締めて彼へと向けていました。
「……あらあらお転婆ねぇ……で、なんか用?」
本当、私はなんで声掛けたんでしょうね?今日は良い天気ですねとでも言ってみます?ロシアらしく今日は-20°の大雪ですが。
「…お金、結構持っていますよね?頂けますか?」
そして挙げ句の果てがこれです。
私は一体、何を言ってるのでしょうか。
「…どうしてそう思った?」
「……まず着ている服の材質が一般人のそれとは比べ物にならないほど質がよく、加えて防刃防弾性共に高い、この時点で相当金額が掛かっているはずですし、手や首の筋肉量から推察できる全身の筋肉量は凄まじく、栄養状態もかなり良好だと考えられます。更には歩き方が素人ではなくプロ特有の重心移動の仕方をしている所を見ると、恐らく軍人か傭兵、もしくは殺し屋などの類だと推測しました。
そして、その類でこんなスラム街に、好んで足を踏み入れるのは、裏稼業の人間である可能性が高く、裏稼業の人間なら相当金を溜め込んでいるはず……と。」
良くもまぁこんな口八丁がポンポン出たものだと自分でも思います。
普段なら絶対に速攻で逃げます。
「…へぇ…いい"目"してんじゃん。」
そう言って、男は私の頭からつま先までを舐めるように見ました。
……まるで品定めでもするかのように。
「その反応……やはり裏稼業の人間ですか」
はい、全然想定してませんでしたよ。
でもまぁこうなったら腹括って特攻するしか無いですね。
「確かに俺は割と持ってる、だが嬢ちゃんに払う義理はねぇな。」
いやまぁそりゃそうですよね。
「そうですか……では仕方ありませんね。殺して奪う事にします。」
そう言って私はナイフを逆手に持ち替え
、男に飛び掛りました。
「俺を殺すってか?餓鬼の癖にいい度胸じゃねえか。」
「私も生きる為に必死なんですよ、悪く思わないでくださいね。」
「安心しろ、悪いと思う必要はないさ。どんな世界でもこの世は常に弱肉強食、強ければ生き弱ければ死ぬ、それだけだ。」
「なら貴方を殺して私は生き延びさせて貰います!」
私は逆手に持ったナイフを男の喉笛に向かって振るいました。
「ん〜、ぺんぺん草の方がまだ手強い」
「ガッ……!……クッ……ソ……ッ!!」
しかし、予想通り私は男に正面から首を掴まれ、身動きが取れなくなってしまいました。
何とか掴まれた手を振りほどこうと、鳩尾を狙って蹴りや繰り出しましたが、命中はするものの、全然効いている様子はありません。
「……嬢ちゃん、素晴らしい提案をしよう。俺の犬になれ。」
暫くもがいていると、男の口からそんな言葉が出てきました。
「な……にを……!」
「いや〜丁度欲しいと思ってたんだ。俺の直属の部下は人手不足でな、犬の手でもいいから借りたいと思ってたんだわ。」
男は言葉を続けると共に、私を急に離しました。
「ごほっ!げほげほっ!…私は、人間……ッ……誰が……!」
そんな男に対して、私は拒絶の言葉を吐きながら一瞬で距離を詰め、蹴りを繰り出しましたが、男は私の足を掴むとそのまま私を近くの壁へ叩きつけました。
「カッ…………………ハ…!!」
臓物が飛び散ったかと錯覚するほどの衝撃に、一瞬目の前が真っ白になりました。
「ガッ……ゲホッゲホ……!」
大きく咳き込みながら、壁からズルズルとずり落ちる私のこめかみに、彼は銃を突き付けました。
「……拒否権、最初から、ないじゃないですか……もう、そのまま殺して下さい…どうせ私なんか、生きる価値もないですから……」
提案と言いながら、最初から拒否権なんかありませんでした。
「価値ならある、俺の犬としてな。」
「……だけど、それもどうせ、使い捨ての、駒に過ぎないんでしょう?」
「いいや違う、お前は特別な犬になる。」
やけっぱちに放った私の問いに、男はそう答え……
「……え…」
私は彼に、抱き締められた。
「……は?え……な、何を……!」
「分かるよ……常に命を狙われる緊張感、今日食うにも困る毎日、明日を生きるのも精一杯な日々……それがお前の日常だ。そんな状況で、人の言葉なんか信じる訳が無い。」
「……ッ!貴方に、何が…っ!」
「俺もお前と同じだ、同じ境遇を生きてきた。
だが、俺はその時に、今いる組織のボスに拾われた。返しきれねぇ恩だ。……まぁ、そんな訳で俺は人生が一変した。
それを、お前にもくれてやる。生きる価値がねぇと思うなら俺が価値を与えてやる。生きる意味がねぇと思うなら俺が意味をくれてやる。だからな……」
「さっさと立て!!縋り付け!!生き残る確率が1%でも高い方に!!死にたくないのなら今この瞬間から死ぬ気で俺に尽くせ!!」
男のその咆哮のような言葉と共に、私は胸の中で何かが弾けるような錯覚を覚えました。
ああ…私はこの人に仕えるために生まれてきたんだ。…漠然と、私はそう思いました。
「生きるために命を奪うのは、悪か?」
そんなわけっ……ない……!それが悪なら、人類はすべからく大罪人だろう。
「弱肉強食のこの世界で、お前は食われるだけのネズミで居たいか?」
嫌だ…!そんなの、死んでも嫌…!
「なら選べ!ここでゴミのように塵芥と化すまで腐肉を貪るネズミとして過ごすか、それともそんなネズミ共を踏み潰し、世界に蔓延る死肉に群がるハイエナ共を食い散らす猟犬として生きるか!!」
そんなの…決まってる…!
「私……は……!蹴散らされるネズミになるくらいなら、私は猟犬になる!貴方に従事し、世界の全てを貪り尽くす猟犬にッ!!!」
「……いい答えじゃねぇか。お前、名前は?」
彼に……いえ、"主様"にそう聞かれた時、認められたと言う嬉しさでテンションがぶち上がり、そのまま名前を伝えようとしましたが、私はある事に思い至り、務めて冷静に返しました。
「…да my road、僭越ながら私に新たな名を頂けませんでしょうか。
過去と決別し、主様の忠実なる僕として、主様から我が名を頂きたいのです。」
私がそう言うと、主様は少し思案した後……
「良いだろう。…お前の名前は…… Елизавета、エリザヴェータだ。長いから呼ぶ時はリーザね。」
そう言って、主様は私の頭を撫でました。
「……拝命致しました。我が身は主様の猟犬として、全てを差し出すことを誓います。」
それが、私がエリザヴェータという新たな名を受けた瞬間でした。
……私の中で、何かが決定的に変わりました。
私は、主様の為に生きる。この身を賭して、全身全霊で主様に尽くす。それが私のすべき事であり、そして私の全てだと確信しました。
私は、今後生き方で悩む事は二度と無いでしょう。
死ねと仰るのなら笑って首を掻き切って死にましょう。
守れと仰るなら、肉壁となり主様の前に立ちはだかる物を全て消し去りましょう。
殺せと仰るなら、主様が満足なさるまであらゆるものを殺し尽くしましょう。
この命散らす時は…主様のために。
それが私の…存在意義ですから。
ところで主様……
…拾われてすぐ、主様と手を繋いでホテルに向かって歩く中、確かに私は言いました。
「主様。私…これから先、色んなものを食べてみたいです。」…と。
…あの、もう物理的に胃に入りません、勘弁してください
え、遠慮せずもっと食え?いや、あの、
もう無理です……うぷ……
…さっさと食ってさっさと大きくなれ?
いや、主様。
そりゃ勿論大きくもなりたいですけど、それ以上に吐きそうです。
あ、流石に吐くまで食わせる気はない?
……なら良かったです。
…その……主様、唐突に思われるかもしれませんが……
「…私が大きくなった時……その時は、主様に私を抱いて頂けませんか……私のこの穢れた身体を、主様の犬へと変えて頂きたいのです。」
それだけが、我が
朧からみた出会ってすぐのリーザちゃん(11)のイメージだよ!
【挿絵表示】
ちなみに最後の話の時系列はホテルでボルシチとか食ってた頃。
どうでもいい小話ー
リーザの実家がキャンプファイヤーされてた頃、朧はロシア支部に居たんだって。凄い偶然だね!
あと、世界トップレベルの殺し屋である朧からみても、リーザの殺しの才能は相当なものらしいよ!
リーザは成長――
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する(クーデレロシア美女)
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しない(合法ロリ)