寝ている間に体が動かされたなんて、
……いないよね?
手当てのスキルを使って、自分の中では何もなかったことにする。
ベッドから降りて着替え始めた音を聞きつけてか、アコルトがお世話をしに来てくれた。
身支度をし、髪を結ってもらってから階段を降りる。
昨日多めに作っておいてくれたらしいハーブティーを飲みながら、玄関から戻ってきたシャオクとミーラスカに挨拶した。
水やりをしてきたらしい。
ハーブティーの残りを水筒に詰め、ケトルを洗っておいた。
出発の前に、シャオクを探索者に、ミーラスカを僧侶へとジョブを変更する。
これで件のスキル武器の出処となる鍛冶師は消えたし、ミーラスカは契約時は僧侶だったので問題ないだろう。
僧侶から巫女への転職はわりとあるらしいし、後で折を見て変更してもいいはずだ。
2人にも口裏を合わせるように頼んだ。
玄関の鍵を締め、商店街へと歩き出す。
八百屋やパン屋を通りつつ、以前に買い食いしていた出店のあたりまで足を伸ばす。
何気に自宅からこの辺りまでの帰り道は数えるほどしか通っていない。
ワープに甘えすぎた末路である。
何軒か寄ってそれぞれのお腹を満たしながら、まずは眠る人魚亭へとやってきた。
泊まっていたのは、6日前くらいか……?
「お、ミツキさんたちだ、いらっしゃい」
「おはようございます、お久しぶりです」
変わらぬミトラグの対応に親しみを感じつつ、口々に挨拶を述べる。
久しぶりというほどでもないが、まぁこちらがあちらこちらへと出向いて不在だったのでまあいいだろう。
「ええと、そちらが?」
「出先で知り合った、ミーラスカです。
彼女も
ミーラスカが一歩前に出てペコリとお辞儀する。
受付に座った状態のミトラグの視線は、その身長よりも頭の上の角の方を向いていた。
「商店街の人たちからここ数日見かけるようになったって話があったけど、……
所有奴隷なのかということだろう。
言葉を選んでくれるあたり、やはり先にここに来てよかったな。
きっとうまくごまかしてくれるだろう。
「はい。
今後もみんなで一緒に暮らしていくので、よろしくお願いします」
「了解、わかったよ。
ミーラスカさん、僕はミトラグ。
この宿の経営者で、隣の不動産には兄貴のヤトロクっていううるさいのがいるから、何かあればこっちに聞きに来るといいよ」
「ありがとうございます、ミトラグ様。
よろしくお願い致します」
「はは、そんなにかしこまらなくてもいいよ」
本来は奴隷と平民では明確に違うだろうに、シャオクのこともあってかアコルトにもミーラスカにも寛容だ。
宿の主人であるだけにそういう使い分けができるということかもしれないが、こちらのめぐり合わせにも感謝だな。
食事にでもおいでよと言葉ももらって、隣の建物へと足を進めた。
「おじさーん!
おはようございます!」
「おう、シャオクか!
ん?
ミツキさんたちもよく来たな!」
相変わらずの声量で気圧されるが、用事だけは済ませないとな。
「はい、お世話になっています。
こちらのミーラスカが一緒に住むことになったので、ご挨拶をと」
「ヤトロク様、よろしくお願い致します」
「あいよ!
シャオクにお仲間が増えるってんなら大歓迎だぜ!
まぁあの家に3人じゃ広すぎるもんな!
その角は……牛人族か?」
その通りだと述べ、今後会った時はよろしくとお願いしておいた。
さすがに不動産なら他種族を見かけることも多いか。
契約やらの手続きで騎士団にも顔を覚えられているくらいであったし、たくさんの人を見てきているのだろう。
顔の広そうなこの兄弟に紹介しておけば十分か。
あとは買い物の際にでも周囲の住人とは顔馴染みになっていくはずだ。
快活な声に見送られて、そのまま冒険者ギルドへと向かう。
どの時間帯に来ても人がいる冒険者ギルドだが、半端な時間帯では買取カウンターは空いている。
それでも数名は並んでいる後ろにシャオクと共に並び、自分たちの順番を待った。
前の客がカウンターを離れたのでカウンターに向かい、ギルド員に声を掛けてトレイを出してもらう。
シャオクと2人で昨日の分のドロップアイテムに、緑魔結晶を2つ紛れ込ませて買い取りを依頼した。
遠志は以前から3列目に入るほど保持していたが、アイテムボックスに2列分だけ残してそれも追加する。
もちろん強壮丸はLv30の探索者の1列分まで作成しておいたので、その残りである十数個程度だが。
トレイに入れきった後はシャオクを下がらせ、アコルトたちと同じように壁際の方に待機してもらった。
これで自分が売却したことになるだろう。
奥へ向かったギルド員が戻ってくると、トレイに並んだ硬貨の中で金色を放つものが3枚見えた。
このうちさっきの追加分は600ナール程度だと考えても、半日で3万ナールを超える稼ぎは十分すぎるだろう。
これ以上は火力を上げて手数を減らし討伐速度を上げるか、群れの魔物の数が増える16階層以降にならないと難しそうだ。
あとは23階層を越えてドロップ品自体の買い取り単価が上がるまでは、そう大きく動くことはないと思われる。
レベルアップを諦めて経験値を犠牲にすれば、ここまで持っていけると分かったのはありがたい。
……この売却金と所持金を足してもカード代を支払えばすっからかんになってしまうんだけどな。
今日も昼から、昨日と同じように資金稼ぎをするしかないか……。
硬貨を巾着袋に回収し、カウンターを離れて冒険者ギルドを後にする。
***
歩みを進めたのは、問題の取引を控えての、最初の確認の場となる商人ギルドだ。
肝心のミスリルスタッフも先程の代金の一部も、すでにシャオクのアイテムボックスに移してある。
入り切らない銀貨は巾着袋にいれて、アコルトが担いだリュックで管理してくれている。
おそらく約束の時間の頃だろうとシャオクから告げられる頃には、ギルドの扉を開いて中に入ることが出来た。
テーブル席がいくつかある中で、歓談しているカルムをアコルトが見つける。
鑑定を投げてみるといずれも商人関係のジョブだったので同業者だろう。
「───っと、では私はこれで」
向こうも気づいたように会話を打ち切り、こちらへと近づいてきた。
「お待たせしてすみません、カルム殿」
「いえ、お約束通りのお時間でしょう。
商談室は押さえておりますので、向かいましょうか」
一番後ろにいるミーラスカの方までチラリと視線を投げたが、そのまま部屋へと案内してくれた。
商談室に通されると、アコルトが飲み物の準備へと回る。
ミーラスカも手伝おうとしたが、一応貴族相手であるし作法の出来るアコルトが適任だろう。
この前も対応してくれたしな。
ミーラスカを隣に呼んで、紹介する。
「昨日はありがとうございます。
ご相談の前に……こちらはミーラスカ、この度自分たちの一員になりましたのでご紹介させていただきますね」
「ミーラスカと申します。
牛人族で、ジョブは僧侶に就いております。
カルム様、どうぞよろしくお願い致します」
「ええ、こちらこそ」
貴族相手に平民の、さらに配下の奴隷から挨拶をさせて返事をもらうなんて本来烏滸がましい話だが、これまでのやり取りと同じようにカルムは誠実に対応してくれている。
フェルスもそうだが、貴族がみんなこのように、懐の深い、余裕のある対応をしてくれるとありがたいんだがな。
アコルトがその後の世間話を遮らないタイミングで飲み物を淹れ、奴隷の3人は申し訳ないがソファの後ろに立ってもらった。
同じソファにギチギチに並んで座るのは不格好すぎたのか、こちらはアコルトの指示だ。
「そうしましたら、例のお話へと移りましょう」
「はい……シャオ」
返事をしたシャオクがアイテムボックス操作の呪文を唱え、彼女だけの不可視の箱から1本の銀色の長杖を取り出す。
ローテーブルにそっとミスリルスタッフを置いて、アコルトの隣へと戻った。
テーブルの長辺からはみ出すように伸びるそれを見つめ、カルムが小さく息を呑んだように見えた。
「それでは……。
武器に宿りし魂よ、その力を解き放て、武器鑑定!」
カルムの呪文に合わせ、同じようにこちらも鑑定を念じる。
神籬のミスリルスタッフ(知力2倍 MP吸収)
「確かに神籬の、知力2倍のミスリルスタッフと確認致しました。
このスキルだけでも白金貨を超える相場の品ではありますが、……ギルド神殿でご確認させていただいても?」
「構いません」
自分の鑑定では第2スキルのMP吸収まで見えているが、武器商人のカルムには武器名と知力2倍までしか見えないのだったか。
専門ジョブなのになんとも半端な鑑定スキルだと思うも、あのザノフの目利きのようなおそらく上位のジョブの存在を思い出した。
探索者の派生である武器商人の、さらに上のジョブもあるはずだ。
そちらの鑑定スキルでは、ギルド神殿と同様に複数スキルも確認できるのではないだろうか。
できたところでギルド神殿が使えるという鑑定機能と、上位ジョブの個人から結果を聞くのとでは信頼度が違うか。
大人数では向かえないとのことなので、ミスリルスタッフをアイテムボックスに収納したシャオクと自分がカルムに続いて通路を進む。
アコルトとミーラスカには商談部屋に残ってもらった。
このシームの商人ギルドでも建物の奥側にあたる場所にたどり着くと、その扉の前に置かれた机で仕事をしていた男性にカルムが話しかける。
ここに追いやられた窓際部署というわけではなく、番人も兼ねているのだろうか。
話はついたらしく、番人の男とカルムがそれぞれ鍵を取り出し、別々の鍵穴に差し込んで同時に回した。
カチリと音がしたので、どうやらこれでロックが解除できたらしい。
後でカルムに確認したが、ギルド神殿での鑑定結果はどのみち必要なので事前に受付で借りておいたそうだ。
カルムに部屋に通されると、中には白い立方体が鎮座していた。
作中でも白い箱と表現されていたそれは、鍛冶スキルを使ったときの光をランプシェードの中に閉じ込めたように、淡くじんわりと周りを明るく照らしている。
物珍しそうに眺めていると、カルムからギルド神殿に杖を載せるようにと指示を受ける。
シャオクがアイテムボックスからミスリルスタッフを取り出し、そっと光る箱の上へと置いた。
横に立ったカルムが手を動かすと、インテリジェンスカードのようなものが空中に現れる。
神籬のミスリルスタッフ(知力2倍 MP吸収)
自分の鑑定ウインドウと同じ記載が浮かんでいる。
なるほど、こうやって鑑定されるわけか。
それでも、認識が広まっていないということは空のスキルスロットは表示されないのだろうな。
カードを見つめる目を隣に移すと、驚愕した表情のカルムがいた。
ここまでの様子はなかなか見ることがないので新鮮だ。
「……まさか、いえ、その、ミツキ殿を疑っていたというわけではありませんが……。
実際にここまでの武器を目にすることになるとは」
目にする機会など皆無であることも当然の代物ではあるので、疑われてもしょうがない。
皇帝とか公爵クラスは持っていたとしても不思議ではないが、紹介とはいってもぽっと出の後ろ盾もない田舎者が持っているなんて思わないだろう。
焦りながらもカルムが荷物入れからメモ用紙のようなものを取り出し、ミスリルスタッフのカードへとその紙を当てる。
すると感熱紙のように、表示されていた文字が紙へと写し取られた。
なるほど、ああやってレシートのように出力されれば改竄されることもないのか。
……そういえば自分でモンスターカードを落札した際に再鑑定してもらった際には気にもとめていなかったが、あの時受け取ったのも同じ物だったんじゃないか?
自身の鑑定スキルで事足りて、値引きのために再鑑定しただけということもあって、レシートを貰い慣れている現代人の悪い癖が出てしまった。
内容もほとんど見ずに捨ててしまった気がする。
紙を当てられた方のカードはいつの間にか消失していた。
写し取られると消えるのだろうか。
1回毎に鑑定料がかかるのも、このためだからかもしれない。
「……さて、実物を確認させていただきましたので、商談室へと戻ってこれからのご相談と参りましょう」
再びシャオクのアイテムボックスに杖を収納してもらい、すでに落ち着きを取り戻したように見えるカルムに続いて部屋を出る。
全員が退室したところで、番人が一度室内をさっと検めて扉に鍵を掛けた。
封じる時は一度で両方の鍵が掛かるらしい。
カルムが鑑定結果のメモを番人に手渡すと、机に置いてあった羽根ペンにインクを付けて一直線に動かす。
呆気にとられて見ていると、メモはそのインクを弾いて、傍にあった手拭いで軽く拭いた後には鑑定結果のみが記されていた。
どうやら特殊な用紙で偽造や改竄は出来ないそうだ。
仕様通りと確認できたためか、番人が取り出した印を押すと、今度はしっかりと
インクの種類が違うのかこちらはしっかりと紙に定着したようで、これがシームの商人ギルドの印章なのだろうか。
鑑定に銀貨1枚というのも、この特殊な用紙やインク代になっているんじゃないか?
今回は商談用ということでカルムの支払いだが。
商談部屋に戻ってくると、アコルトたちが出迎えてくれる。
出る前にあったカップは下げられているようだ。
それぞれ元のソファの位置に戻り、シャオクが後ろに回ると、今度はミーラスカが給仕をしてくれる。
淑やかな動作で飲み物を淹れてくれたが、緊張しているようで表情はぎこちない。
待っている間にアコルト先生に教えを請うたのだろうか。
一口飲んだカルムがちらっとミーラスカとアコルトに視線をやって、軽く頷いた。
及第点ということか?
自分はしいていえばアコルトの方が若干美味しかったかも、と感じるくらいで具体的な違いは分からないままに飲んでいる。
ここに用意されている茶葉自体が美味しいものしか置いてないのだろうし。
「改めまして、私にご相談をいただけてありがとうございます」
正対した礼に、こちらも背筋が伸びる。
「具体的な内容について進めましょう。
スキルの組み合わせを考えまして、先日申し上げた通り1000万ナール前後が私の見立た金額です。
価格自体は告知に時間をかけて周知すれば、さらに吊り上がることは間違いありません。
しかしミツキ殿の希望の期限……8日後のオークションまでにその額を即決、というのが非常に難しい交渉となります」
いくら相手も納得した取引であっても、その金額を動かすには予算というものが要る。
手順を踏まずに自由にできる範囲は超えているのだろう。
こちらとしては、依頼分のモンスターカードの支払いだけでカツカツなのだ。
数日は結晶化促進で粘って手銭を稼ぐとしても、遊び人ジョブの取得を早めたい。
経験値効率にシフトするには早ければ早いだけいい。
「交渉のしやすいシームラウ家に提案をすることになりますが、やはり問題は金額でしょう」
「そこで分割での支払いですか」
「はい。
この交渉によって他の貴族に気取られることなく強力なスキル装備を得られ、さらに全額を一度に納める必要がないとなれば、シームラウ家としても魅力的な提案のはずです」
自動車を買うみたいな感じだろうか。
今回はこっちが売る側だが。
月払いみたいな頻度で回収できるとは思えないが、半年毎とか1年毎で数年で回収できれば十分か?
直近で必要そうな金額は……。
シャオクがアルヴナの鍛冶師ギルドに所属するために5万ナール、シームへの転属に30万ナール。
ミーラスカの装備一式に……大盾も含めたら60万ナールくらいか?
これですでに100万ナール。
こんな大掛けの取引にしたのだから、迷宮を登る速度は上げていきたい。
ミーラスカが迷宮に潜れないとすると、別に前衛の戦闘奴隷を買うのにどれくらいだ?
それこそ月末のオークションで得たほうがいいのだろうか。
まあいるかわからないが、ピンときた者が魔法使いだったり竜人族だったりすればそれでまた100万ナールを超える。
その装備がミーラスカの分だったところから使い回せればいいが、ダメな場合はもう数十万ナール。
装備だけじゃない。
スキル付与のためのモンスターカードだって、人数の分だけどんどん増えていく。
状態異常耐性や身代わりの芋虫のカードも必要だ。
属性耐性なんかは後々でいいだろう。
そして布団やら着替えやら生活する分も考えたら、多めに見積もってだいたい300万ナールか。
頭金に白金貨3枚は貰っておかないと、結局しばらくは結晶化促進を付けて植物たちを焼いて回る羽目になる。
「400万ナール以上は、最初の支払い時にいただきたいです。
その後の支払い方法はお任せしますが、数年のうちにお支払いいただければと思います」
交渉で渋られた時のために、一応希望額だけは上乗せをしておく。
300万から下げられたら困っちゃうからな。
「なるほど……承知致しました」
顎に手を当てて考え込むカルム。
アコルトがお茶のお代わりを注いで、それを半分ほど飲んだところで
「……おそらくは成立に持っていけると思われます。
良い返事をご期待ください!」
「よろしくお願いします!」
何らかの算段がつけられたのだろうか。
自信に満ちた様子のカルムの手を取り、続いて落札依頼の話へと移った。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv29
魔法使いLv29/英雄Lv25/探索者Lv30/僧侶Lv28/森林保護官Lv24/巫女Lv8
(村人5 農夫1 戦士20 剣士9 商人30 錬金術師1 細工師1 薬草採取士30 武器商人1 防具商人1 奴隷商人1 料理人1 盗賊1)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv23
シャオク ドワーフ ♀ 19歳 探索者Lv11
ミーラスカ 牛人族 ♀ 24歳 僧侶Lv7
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