異世界迷宮と斉奏を   作:或香

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109 仕入

 起きてから身支度を整え、朝食を食べながら考える。

 

 目標は10万ナール。

 現金をそこまで増やせたら、ひとまず結晶化促進優先の配分も一旦終わりにしよう。

 今が3万ナールと少しなので、今日一日と明日半日をしっかりと戦闘に向ければ十分だろう。

 

 連日迷宮に潜っているが、休日を設けるどうこうは有耶無耶になってしまっている。

 

 昨日相談したところ、アコルトの故郷であるサラトタに向かった時にはだいぶのんびりしていたので、しばらく不要と言われてしまった。

 ミーラスカはここ数日が半日休みを毎日しているようで申し訳ないとまで言われた。

 

 なにか娯楽でも見つけられたらいいが……。

 まぁ何をするにしても資金は必要か。

 交渉が決裂した場合はあの武器は競売行きとなり、半年も寝かさないといけなくなるしなぁ。

 

 大人しく迷宮通いを続けよう。

 

 

 

 迷宮に向かってからは特筆すべき事態にも陥ることもなく、順調にドロップ品が増えていくだけだった。

 残り7つの黒魔結晶のうち1つが昼までに、2つが夕方までに緑魔結晶となり、売却は翌日回しにすることにして帰宅する。

 

 

「おかえりなさいませ、皆様。

 カルム様の使いという方から、お手紙を預かっております」

「ただいま~。

 それのこと?」

 

 

 出迎えのミーラスカが渡してきた封書は、以前カルムから宿に届いたものと同じ形式だった。

 そのままアコルトに手渡して開封と代読をお願いする。

 

 

「……フェルス様のご招待の日取りが決定されたようです。

 夏の上月27日のお昼前に商人ギルドへお越しくださいと書かれております。

 そちらでカルム様とお付きの冒険者の方がご案内するとあります」

 

 

 27日というと、4日後だ。

 

 迎えにきてくれるということだが、冒険者を使うほどの場所になるのか?

 少人数という話だったが、いくら何でも内々の話のために他の街まで行くようなことは考えにくい。

 まぁカルムに会った時に直接聞けばいいか。

 

 自由民相手に件の装備を奪い取ってくるような領主ではないと思うが、身の危険を感じるような事態になればワープがある。

 フィールドウォークが使える場所があれば、そのままワープで脱出可能であるし。

 考えすぎか。

 

 

「……取引についてはその日までに合意を纏めるつもりで、現在は概ね好印象ではあるとのことです」

 

 

 いくらなんでも話を持っていって数日では、決定になど至らないだろう。

 なんとか健闘してほしい。

 本交渉で多少ずれ込むことも考えて、オークション日に猶予を持たせてくれた日程なんだろうか。

 

 

「他には?」

「以前のドレスの着用が望ましいとありますのでそちらと、当日に件の品をご用意願いたいとあります。

 可能であればその日に取引を行う用意まで進めてしまうそうです」

 

 

 本気でこの日程での取引を決めてくれるまで考えているのか。

 カルムにはアイテムボックスもあるし、当日はシャオクに商人ギルドまでついてきてもらって受け渡しという感じかな。

 

 あ、冒険者を使うというのも、もしかしたら他人に領主家との直接のやり取りを見せないためか?

 自分が領主邸に足を運ぶ様子を見られないように、屋敷内の絨毯に飛ぶだけかもしれないな。

 

 ってことはフェルスとの食事というのは、実質領主家にお招きってことになるのか?

 うーん、前回の店での雰囲気もあれだったが、今回は完全アウェイというか袋の鼠というか……。

 それだけの取引ということだし、甘んじて受けるほかないか。

 

 衣装の方はアコルトがデザイナーのナルザさんの指導通りに手入れをしてくれているようだし、ヘアセットもお願いすれば問題ないだろう。

 

 

「その感じでいくなら、当日のお昼はお金を出すから好きに食べてきてね。

 パーティーも解散することになるから、自由行動で夕方にでも家に集合かな。

 シャオはアイテムボックスの関係で、行きだけついてきてほしい」

「わかりました!」

 

 

 日々練習しているのでブラヒム語で名前は書けるようになったし、数字も読める。

 文面全ては無理だが、1ヶ月とか1季とか1年とかの期日関係の文字だけは覚えないと。

 書類の内容はカルムが読み上げるとは思うが、文面をご確認くださいとか言われたら困るしな。

 

 毎日寝る前に少しずつ、アコルト先生にご享受いただくとするか。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 翌日も同様に……と思ったが、そろそろ別のものが食べたい。

 

 アコルトたちは飽きていなさそうだが、具体的には魚を食べたい。

 ミトラグの眠る人魚亭へと食べに行くのもアリだが、あれはもともと宿泊客用だし、4人で行ったのに6,7人分消えたとなるとあちらの在庫の計算も狂うだろう。

 ただでさえ揚げ焼きフライが人気になっちゃったらしいし。

 

 となれば行くか、ブノーに。

 

 今回は漁が行われていることを祈りつつ、朝食の片付けを終えてアコルトと向かうことにした。

 

 

 

 前回と同じ、公民館の絨毯へと出てくる。

 この前とは打って変わって、海辺周りに多くの人が出てきている。

 軽く鑑定を投げてみても、猫人族の漁師ばかりなので住人たちだろう。

 

 漁を終えて帰ってきたところなのだろうか。

 喧騒の中でも声を張り上げて指揮を執っている人物をよく見ると、ミルヒロであった。

 こちらに気づいて身振りで何やら伝えようとしているようだが、声が混じってよく聞こえない。

 

 

「アコ、ミルヒロさんの言ってるの聞き取れる?」

「 "ここは出荷分だから、あっちで聞け” と、方向を指しているようです」

 

 

 示された方向には、数名の猫人族が篭を囲って話しているようだ。

 近づいてみると、加工してしまうかの話をしているようです、とアコルトが伝えてきた。

 

 

「こんにちは~」

「ん、外の人か?」

 

「はい、お魚を売っていただけないかと思いまして」

「確かに出荷分に余ったやつだけどよ」

 

「……おい、あれじゃねぇか?

 ミルヒロが言ってた、すげぇ綺麗にバーナ語を話すエルフのガキってやつ」

「ダシャも会ったって言ってたな」

 

 

 ま、まぁ身長は低いけどさ、鑑定で見たらそっちだって10代と20代だろうが。

 

 

「先ほどミルヒロさんからこちらで聞くようにと言われましたので、……どうでしょうか?」

 

 

 男たちはそれぞれ顔を見合わせて、一言二言交わした後にこちらを向いて口を開いた。

 

 

「言われて来たんなら売ってやれるが、この魚でいいのか?」

 

 

 篭を開いて中を見ると、テオドナフが卸していたあのアジもどきだった。

 どれも少々小ぶりだが身もしっかりついている。

 10匹は入っているので量も十分だ。

 

 

「はい!

 こちら全部をお願いしたいです!」

「全部買ってくれるのは助かるが、入れ物はあんのか?」

 

 

 あ。

 

 

「か、篭ごと買えませんかね……?

 その分も出すので」

「おいおい……」

 

「ほら、この前替えた古いやつあったろ、運ぶだけならあれでいいんじゃねぇか?

 どうせ冒険者と来てんだろ?」

「は、はい」

 

「この大きさなら……1匹7か8ナールか。

 計算が面倒だな、ダシャんとこいくか?」

「やめとけ、今出荷やってるから機嫌悪ぃぞ」

 

 

 村人や漁師の住人だとこのあたりが手間だな。

 あのダシャという女性も海女だったが、店番を任されているだけあって計算は得意なんだろう。

 

 聞いてみると、篭が一つ120ナールほどらしい。

 取り替えるような中古になるから半額でいいと言われたが、向こうの気遣いがかえってややこしくなっている。

 そんなに傷んだ篭でもないし、元の値段のままで魚と合わせて銀貨2枚でいいじゃん……。

 

 結局銅貨で1匹ずつ引き換えて、篭についてはラムと交換という形になった。

 何か食い物でもねぇのかという言葉に挙げてみたら、一番食いつきがよかったからだ。

 迷宮が近くにないし買えば高いのでありがたいらしい。

 売値的にもだいたい一緒くらいだろう。

 

 内臓は使うかと聞かれたので不要だと伝えると、引き換えが終わった魚からワタを取られて、笹のような大きな葉にくるまれていく。

 殺菌作用でもあるのか、こうしておくと傷みにくいのだとか。

 このまま蒸し焼きにしても美味しいらしい。 

 

 取引を終えて礼をすると、次に来た時はおまけしてやるなどと言われながら見送られる。

 

 アコルトに篭を抱えてもらって公民館に向かうと、途中でミルヒロが向かってきた。

 構ってやれなかったから、指示出しを終えて見に来たそうだ。

 面倒見がいいなと思ったが、ダシャにせっつかれたからのようだ。

 

 魚の値段と取引内容を伝えると、ブノーの村での相場通りということだった。

 篭とラム肉の交換についてはこちらが損じゃないかと言われたが、ギルドでの売却額を考えるとそんなものなのかという顔をされた。

 食材目的で命がけの迷宮行くという頭はないのだろうな。

 ……普通はないか。

 

 テオドナフにも挨拶していくかと思ったが、今頃干物作りで必死になっているからやめておけと諭される。

 手が足りなくて手伝いを雇っているくらいだろうし、用事もないのに無理にいかないほうがいいか。

 

 ミルヒロに礼をして別れ、周囲に目を配ってから公民館へと入る。

 アコルトに音でも確認してもらい、ワープを使用して自宅へと戻った。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「ただいま~」

「おかえりなさーい!」

 

「おかえりなさいませ、……そちらが魚でしょうか」

 

 

 ミーラスカには生臭すぎただろうか。

 昼にはまだ時間があるが、迷宮に向かうには半端すぎる。

 時間をかけていろいろな調理法を見せてみようか。

 その前に蒸籠を買うとしよう。

 

 

 今回はミーラスカを連れて、木工店へと向かう。

 

 家の鍋に合いそうなサイズのものを選びつつ、ミーラスカの助言も受けて蒸し布も買った。

 熱くても取り出しやすいような取っ手付きの深皿も追加で見繕う。

 やはり用途を述べて一緒に探してみれば、実際に使うことを考えて提案もしてくれる。

 

 この機に聞いてみようか。

 

 

「ミラ、迷宮についてどうしたいか聞いてもいい?

 ここで最終決定させるんじゃなくて、迷ってるなら迷っているでもいい。

 今どう思っているか聞きたい」

 

 

 戦いたくないなら、それでもいい。

 家で帰りを待っていてくれるのでも、普段の生活で十分に助かっている。

 それは今までも何度も伝えてある。

 

 行きは商店街の絨毯にワープした道のりを、帰りは歩いて戻ることにした。

 

 

「主様……。

 わたくしは……」

 

 

 見せてもらった主人の魔法が桁外れの強さだろうと、いつか誰も戻らない家で1人待つ未来に怯えるのは怖い。

 主人が分け隔てなく接し、誰も見捨てるつもりはないように、いくら主人が逃げるように言ったとて、奴隷契約の死後解放を設定していたとしてもあの2人は瀕死の主人を置いていくようなことはしないだろう。

 

 家で待つ自分にぼんやりと仲間の方向を知らせる縁取りが、糸が切れたように途絶えたことでそれを知るだけとなるのは、あまりに辛い。

 

 幸い、自分には他の人よりも腕力がある。

 

 自ら魔物に切り込んでいくようなことはできるようになる気はしないが、主人が示したように装備で身を固めて、戦いが終わるまで耐え忍ぶくらいはできるんじゃないだろうか。

 足手まといな自分が居ても、無理をさせるような階層へは赴かないと言っていた。

 

 主人のもとで、仲間たちのもとでなら、向いていないと思っていた戦闘にも慣れていけるのではないだろうかと思い始めたのだ。

 

 

 そんなミーラスカの吐露を受け、こちらも真剣に考えなくてはと改める。

 

 非戦闘員を命懸けの迷宮へと連れ出すのだ。

 お試しだけでは無駄になるとかそういう問題ではなく、まずは一式の装備を用意してやるのが誠意だろう。

 そのための資金も手に入れる予定なんだしな。

 取引が無事に終わってからもう一度確認すると伝えて、ひとまずの決意は受け取った。

 

 

 少し遅くなったが、逆に昼食の準備にはよさそうな時間に自宅へと戻ってくることができた。

 

 アコルトたちは竈の用意をしてくれていて、ハーブティーを作るのとは別に、鍋に湯を沸かす前にまで進めてくれていた。

 出かける前にお願いしていたパン粉も作ってくれている。

 

 

 葉包みの魚を出してみると、あの短時間で鱗と内臓、エラも外してあった。

 少々やり方は荒いが、そのまま蒸して食べられると言っていたのは本当らしい。

 

 半分ほどの魚は包みを開いて、水で軽くながした後3枚におろして塩胡椒を振っておいた。

 水分やくさみを抜いている間に、蒸籠に深皿をセットして葉野菜と共に包みのままの魚を入れておく。

 海水で洗ってあるし、これで10分くらい蒸せば1品だ。

 

 蒸し始める前に、別の包みを開いた魚に、お湯をかけて霜降りにする。

 水の入ったボウルに取って血合いやぬめりを落としておくのだ。

 

 生姜に似た香味野菜を刻み、魚醤に砂糖、ワインを淹れた鍋にいれ、水で濃度を調整しつつ火にかけた。

 沸いてきたところで先ほど霜降りにした魚を並べ入れ、落し蓋代わりに一回り小さい皿をいれて少し遠火にしておく。

 こちらも煮えて少し煮詰めれば2品目となる。

 

 調理用の手拭いで、塩振りした魚の水分を拭き取る。

 半分には小麦粉をまぶし、残りの小麦粉に卵と水を入れ、バッター液を作っておく。

 

 小麦粉をまぶした方はフライパンにオリーブオイルをひいて片面ずつ焼き始める。

 両面に焼色がついたらバターを加えてスプーンで掬ってからめつつムニエルにした。

 

 蒸し魚も上手くいったので皿に広げ、野菜とともに並べる。

 塩味がついていると思うが、足りなければ魚醤をかければいい。

 

 煮魚は甘じょっぱい味付けで、煮汁共に大皿に移した。

 

 パンと飲み物を並べてもらっている間に、最後のフライである。

 やっぱり揚げたてがいいので最後だ。

 

 ムニエルを取り分けたフライパンに残った油に、オリーブオイルを足していく。

 片付けを考えて少なめだが、揚げ焼きで十分だろう。

 

 バッター液に浸してパン粉を全体にしっかり付け、熱された油に散らしたパン粉が泡を立てて揚がり始めたので魚を入れていく。

 温度に気をつけつつ、両面綺麗に揚がったところでパピルスを敷いた皿にとり上げた。

 

 しめて4品、魚尽くしだ。

 一気に作ったのは、皆が好みなのはどれかと、作り方を見せるためだ。

 魚をおろす以外は難しい手順はほとんどないし、分量さえ間違えなければなんとかなる。

 

 あ、食べている間に骨せんべいでも作ろうかな。

 頭は割って粉をまぶして油に投入し、骨も同様に揚げ始める。

 温度が上がりすぎないように火との距離を調整し、食事へと移ろうか。

 

 

 蒸し魚は身がぷりぷりとして薄味でおいしい。

 野菜も甘みが増しているような気がする。

 魚醤や塩をかけると更に旨味が増す。

 白米がほしい。

 

 煮魚は煮汁がちょうどよい甘じょっぱさで、蒸し野菜をこちらにつけてもいい感じだ。

 生姜のようで生姜じゃないそれは、煮たら溶けてしまったのかもしれない。

 白米がほしい。

 

 ムニエルは一番パンと合った。

 やはりバターは正義だ。

 香りも味も食欲を満たしてくれる。

 でも違う魚の種類のほうが合っていそうだなぁ。

 

 最後にフライだ。

 本当は最初に食べようとしたら熱すぎて口の中を火傷した。

 手当てを連発しながら周りを見たら、誰もがっついてはいなかったので卑しいのは自分だけである。

 

 ほんのりバターの香りものって、ホクホクとしていて美味い。

 ソース代わりにこれまた煮汁につけてみても好評だった。

 

 それぞれ食べてみて、味では煮魚、手間では蒸し魚が楽そうということになった。

 煮魚というか煮汁が好評だったので、汎用タレとして色んな料理に使うのがよさそうかな。

 

 ムニエルは中間というところだが、冷めてもバターの香りが強いので弁当サンド向きだ。

 フライはまぁ美味しいけど面倒なので、ミトラグの所に食べに行ったほうがいいな。

 出来立てで出てくるし。

 

 そんなこんなで食事を終えつつ、ちょこちょこ様子見していた骨せんべいも出来上がった。

 3人はそこまで、という様子だったので自分がボリボリと食べることになったが。

 

 

 

 片付けも終え、果物を剥いてもらいつつ午後の狩りへと備えることにした。

 




スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv29
魔法使いLv29/英雄Lv25/探索者Lv30/僧侶Lv28/森林保護官Lv24/巫女Lv9
(村人5 農夫1 戦士20 剣士9 商人30 錬金術師1 細工師1 薬草採取士30 武器商人1 防具商人1 奴隷商人1 料理人1 盗賊1)


アコルト   兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv23

シャオク  ドワーフ ♀ 19歳 鍛冶師Lv20

ミーラスカ  牛人族 ♀ 24歳 巫女Lv6



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次回は5/8更新の予定です。

作中の日程については、単調な作業になる場合は今後も一気に進ませることが増えると思います。
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