大取引の当日だというのに、緊張で寝られないなんてことはなく、しっかりと一番後に起きた。
むしろ起きてから実感が湧いてくる。
顔を洗ったり、起き出す支度はするが、アコルトが用意してくれた服装は比較的ラフなワンピースだ。
ドレスは出発前に着るので十分だからだろう。
階段を降りてそれぞれに挨拶し、朝食の準備に移る。
ハーブオイルに漬けられた肉はかなり香りが強くついていたので、野菜炒めではなくスープの具として使うことになった。
酢とワインのほのかな酸味がさっぱりとしていて、目も覚めてくる。
一応食事会ではあるので、食事の量は抑えておこう。
余ったって全てを平らげてくれる黒うさぎ様がついておられるのだから。
その後は皆との調整だ。
アコルトの狩人はそのまま、シャオクは探索者、ミーラスカは僧侶へと申告どおりにジョブを変更しておく。
要らぬ心配だろうが、自分が不在の時に騎士に裏取りに来られても困るしな。
一昨日からの今日で渡しすぎ感はあるが、銀貨を5枚ずつ配る。
案内では昼食の食事会とはあるが、その後の拘束時間がわからないので、遠出も構わないし夕食も外で食べてきてもらっていいということにした。
自分が帰宅した時に鍵がかかっていれば、それで判断できる。
中へはワープで入れるので問題ない。
そんなこんなで話を進めていくうちに、約束の時間が近づいてきた。
ミーラスカにドレスを着せてもらい、シャオクに髪を梳かれる。
いつもと違うフォーメーションでアコルト先生は何をしているかというと、棚から取り出した道具箱を机に置き、目を閉じてくださいと迫ってきた。
されるがままにしていると、頬と唇に色を乗せられているようだった。
いつの間にチークやらを買っていたのだ。
肌の色的に化粧は乗りにくいと思うが、ほんの少しばかり血色良く見えるらしい。
眉やアイメイクはいじらなくともいいそうだ。
このデフォルトモデリングはつよつよなようで、睫毛も長くて、か、かわいいらしい。
鏡がないのが悔やまれる。
それも取引後に聞くかぁ?
最後に髪を前回同様のハーフアップに結い上げると、満足気に腕なんて組んじゃってこちらを見つめてくる。
シャオクもミーラスカもジロジロ見ながらぱちぱちしないの。
気恥ずかしくなったので、靴も履かせてもらってすぐに出られるように支度をした。
シャオクは一緒だとして、2人はどうするのかと聞いたが、結局皆で冒険者ギルドへと飛び、商人ギルドまではついていくことにするそうだ。
ならばと、自分が組んでいたパーティーは解散させ、シャオクに全員を勧誘させた。
これで現地で自分だけ外してもらえばいいだろう。
***
手筈通りにシームの冒険者ギルドに出てきて、その足で商人ギルドへと向かう。
距離はそこまで離れていないが、
慣れたくもないが。
ギルドに入ると、以前と同じようにラウンジ席にいたカルムがこちらに気づいたようで近づいてきた。
同時に立ち上がった、体格の良いエルフの男性も少し後ろに伴っている。
シャイルヴェ エルフ ♂ 44歳 冒険者Lv17
鑑定してみると名字とかは特にない冒険者だった。
役割上日雇いな訳がないから、シームラウ家かクラストン家のお抱えなんだろうか。
鑑定では自由民とか奴隷とかの表記は出ないから関係性が分かりにくい。
分かったところで、インテリジェンスカードも見ていないのに顔に出しそうでそれはそれでマズそうだ。
「お越し下さりありがとうございます、ミツキ殿、お連れの方々。
商談室を押さえておりますので、お話はそちらでいたしましょう」
目配せだけ受けたシャイルヴェという男を先頭に進み、商談室へと向かう。
全員が入りきったところでカルムが口を開いた。
「改めまして、ご足労いただきありがとうございます。
こちらはシャイルヴェ。
使用人の1人でございまして、本日ご案内させていただく冒険者です」
「宜しくお願い致します」
綺麗な礼をする姿に、つられてこちらもお辞儀する。
「遅くなりましたが、本日のお姿も大変お美しく、フェルス様もお喜びになるでしょう」
「あ、ありがとうございます……」
社交辞令だと思うが、言わなくていいぞ!
うちの子たちから言われるのは恥ずかしいで済むが、男から言われると肝が冷える。
カルムのおかげというかなんというか、感情も落ち着いたので取引にあたってはいいことか。
「お送りさせていただきましたご案内通り、お連れさせていただくのはミツキ殿お一人とさせていただきますが……」
「そちらは承知しています!
その、どうせ来るなら一緒にとなっただけで」
念の為のご確認でしたと、にこやかにカルムが対応する。
「大変失礼とは存じておりますが、今一度お持ちいただいた品を鑑定させていただきたいと思います」
一度本物を見せたからといって、取引日にすり替えというのは考えられない話ではない。
なにせ武器商人のスキルでは1つ目のスキルしか確認できないのだから、名称が同じ単一スキル装備とは区別がつかない。
予め印や固有の傷を確認したとしても、日をおいて再現される可能性だってある。
「もちろんです。
シャオ」
「はい!」
「ありがとうございます」
アコルトたちとシャイルヴェを商談室に残し、ギルド神殿の部屋へと移動する。
前回と同じ手順で鑑定結果を写し取ると、カルムが何やら包みを取り出した。
開いた中から、複雑な刺繍の入った布と紋様の刻まれたブローチをこちらへ差し出す。
ワッペンともいえる刺繍の方は、前に騎士団にヤトロクと行った際に押してもらった印のモチーフに似ている。
あちらはこの絵柄を印章用に小さく簡略化させたものな気がする。
「こちらはシームラウ家のエンブレムと、我がクラストン家の意匠が施された宝飾です。
本日の交渉の間、商品をお預かりさせていただく代わりにこちらをお持ちください。
エンブレムだけですと関係者の手に渡ることもございますが、宝飾につきましては現状では親族の一部しか触れる機会がないものとなります。
こちらを同時に貸与させていただくことで、ご信用いただければと」
なるほど、担保という意味合いもあるがあちらの本気度を見せてきたということだろう。
邪魔になるかもとは思ったが、小さなポーチを持ってきていてよかった。
フィールドウォークでの転移先で自分を葬ってから回収すれば問題ないといえばそれまでだが、領地に居着いたフリーの魔法使いを簡単に処分するとは思えない。
騎士団の槍と、今回の杖も考えれば、繋がりだけ持って自由にさせておいたほうが金のなる木に育っていくと見るのではないか。
そもそもこの取引がなくとも、迷宮に入るのをお願いするような話があったとも聞いたし。
なんにせよ、察しが悪い自分にはブラフ合戦はあんまり意味がない。
そのあたりはザノフから情報がいっていると思うし、単純に向こうは取引に前向きだと捉えるだけにしておこう。
同意をすると、カルムが慎重にアイテムボックスに神籬のミスリルスタッフを仕舞った。
部屋を出て番人から鑑定書に印を貰い、カルムが手荷物に回収する。
商談部屋に戻ってくると、シャイルヴェが飲み物を淹れていた。
カルムも自分もソファに座ると、整った姿勢でハーブティーが注がれる。
さすがに貴族の使用人といったところだろう。
……同じ茶葉や道具をつかっているはずだが、アコルトの淹れたものより美味しい。
たぶん温度とか時間とか、本物の貴族の給仕の腕があるんだろう。
一息ついたところで、それでは、とカルムが立ち上がる。
「そろそろ移動いたしましょうか。
お先にお連れの方に移動していただき、その後ミツキ殿にご移動お願いしたいと思います」
「そうですね。
シャオ、お願い」
返事の後に呪文が唱えられ、頭にパーティー解放と浮かんでくると、シャオクたちの淡い縁取りがなくなったように感じられる。
再びシャオクがパーティー編成を発動し、冒険者を勧誘したようだ。
その間にも手際よく設置具に絨毯が掲げられている。
「お送り先は、……眠る人魚亭近くの商店街がご自宅に近いでしょうか?」
ある程度の絨毯の設置場所は網羅しているのだろう。
よく使ってるからそこで、とは言えない。
「……はい、そこまで送っていただけるなら大変ありがたいです」
「ではそちらに。
向こうでシャイルヴェをパーティーから外すようお願いします」
フィールドウォークの詠唱が終わると、絨毯にゲートが開かれる。
アコルトにシャオク、ミーラスカもその黒塗りの中に突入したのを確認すると、絨毯は元に戻った。
シャオクがあちらで脱退させたようで、すぐにシャイルヴェからパーティー加入の承諾が飛んでくる。
了承すると、彼とカルムの2人がメンバー一覧に表示された。
そういえば自分たちも移動したら商談室の鍵をどうするのかと聞くと、後から時間をおいて担当者が解放に来るそうだ。
ということは鍵の管理をしている受付もグル、というか関係者だったのか。
どこに誰が向かったかは知らせないまでも、絨毯の片付けもあるだろうし、その辺りは人員が配備されているに違いない。
そりゃそうか、ここはシームの街でシームラウ家の領地だし。
***
フィールドウォークから抜け出た先は、重厚な造りの小部屋だった。
「こちらはシームラウ家の居城の一室です。
場所といたしましてはシームの貴族街の中央にございますが、お取引の関係上フィールドウォークでのご移動とさせていただきました。
お帰りの際にもこちらからお送りいたします」
たった今出てきた豪華そうな絨毯を眺めていると扉がノックされ、カルムが返答すると2人のエルフ女性が入室する。
格好から察するに警備員と侍女あたりか。
騎士と僧侶だから、何かあった際に自分を取り押さえる者と救護する者かな。
「こちらの2人を案内と世話係にお付けします。
私はフェルス様にご報告に向かいますので、また後ほど」
「は、はい」
冒険者とともに足早に去っていったカルムを見送る。
パーティーを解散させないところをみると、帰りもあのシャイルヴェというエルフが送ってくれるのだろうか。
ついてくるように言われ、騎士の背に続くと先ほどのシンプルな小部屋とは違う、机や椅子のある部屋へと通された。
座るように促されると、机の上に鏡が置いてあることに気づいた。
現代のものと比べるとやや曇ったような反射ではあるが、この世界においてはこれでも十分高価なものなのだろう。
鏡面の周囲の金属装飾が細かい。
侍女の方が断りを入れてからメイクを直し始めた。
アコルトの化粧は似合っているそうだが、若干の手直しということだそうだ。
追加で目尻の方に薄くパープルを引き、ほんの少しだけ大人っぽく見せるらしい。
全然話が入ってこず自分にはわけが分からないが、言われてみると確かに印象がそうなったような……。
まぁシームラウ家に仕える者たちだし、重要な取引相手を領主一家の機嫌を損ねるような様相にはしないだろう。
楽観的すぎるか?
実は家の中はドロドロ……なんてことは、少なくともあの愛され令嬢のフェルス周囲では無縁そうな気がする。
なされるがままに仕度が進み、終わったと思ったらまた誘導されて廊下を進む。
騎士も侍女もニコニコしているから、たぶん仕上げはよかったのだろう。
たどり着いた扉の間の前で足を止め、騎士がノックと名乗りをあげる。
許可が下りると、間を置かずに内側から扉が開かれた。
騎士に先を譲られたので、前に出て頭を下げる。
「スズシロ・ミツキです。
この度はお招きいただきありが―─―」
「ミツキ!
こちらに来て顔をよく見せなさい!」
でたよ奔放お嬢様。
優雅に椅子に座っているのに、指先でトントンとテーブルを叩くんじゃありません。
「は、はいぃ」
この部屋は先ほどのメイク室より一回り広いくらいで、中央にテーブルが置かれている。
クロスをかけられ、カトラリーやグラスもセットされているのでここで食事をするつもりなのだろう。
席は4席。
自分とフェルス、それにカルムと……。
あとはフェルスのすぐ後ろに立っている騎士の分か?
装備の感じからして一番偉そうな雰囲気だし、扉番の方は重装備で警護だけのようだ。
案内をしてくれた騎士や侍女はフェルスの第一声の時点ですでに礼をして退室している。
テーブルを回り込み、一歩引いた位置まで近づいて顔を上げる。
相変わらずのブロンド美人が爛々とした瞳で見つめてくるので、気恥ずかしくなって目を逸らしそうだ。
両手を掴まれて顔を覗き込まれる。
「ん~、やっぱりかわいいわね!
今日はお化粧も
「あ、はい、手直しをしていただきました」
「そう、……あら、そうなのね。
あなたの従者もなかなか主人のことを分かっているじゃない!」
カルムに登城前からメイク済みだったことを耳打ちされたのか、この場にはいないアコルトが称賛された。
よかったね、アコルト。
その後は不在時の外出先はどこだったのかとか、新しい従者のミーラスカについて聞かれたりしつつ、話が進んでいく。
一向に本題のジョブの話には近づかないが、カルムは口を挟む気配すらない。
おいこら。
「フェルス様、このあたりで」
「なによ、……あっ、はい。
そうね、前回ミツキにお願いされたジョブのことだけれど……」
後ろにいた騎士がフェルスの肩に一瞬手を置き、話を止めてくれたおかげでやっと舵が切られた。
「森林保護官の先のジョブについては、蔵書にあまり記録が残っていなかったわ。
ノルテクィのギルドに情報を求めるという手もあるのだけれど、厳密に言うとあちらを管理する一族はシームラウ家とは別の流れなのよね。
シーム領ではあるものの、考え方が違うというか、非協力的と……いえ言葉が過ぎるわね。
とにかく、
穏健派の領主家の視察の際ですら、他種族の扱いが酷いらしいしな。
そういった連中に簡単に借りを作るのは不味いんだろう。
まぁしょうがない。
もともと聞けたらラッキーくらいだったし、どの道森林保護官をLv50にしてからの話だ。
「ミツキ、ごめんなさいね。
……でも!」
「……そろそろお食事の準備が整います。
ここは一旦、ご昼食といたしましょう。
その後はお取引の件もございますので」
確かにいい時間ではあると思うが、カルムが話を遮るのは珍しい。
重要な取引ではあるし、なんか要らないことまで喋っちゃいそうなフェルスを止めただけな気もする。
自分としての本命は今後の生活を左右する取引の方だし、そっちに波及するようなら無理に情報を求めない方が無難だろう。
フェルスも食事は楽しみであったようなので、少し眉を動かした後は切り替えてくれたようだ。
「───それでね、食事が人気だった宿に料理人を通わせてこちらを作らせてみたの!」
コース料理のように何品か順番出た後、運ばれてきた料理を二度見する。
目の前の皿には分厚い
「どの街にあったと思うかしら?
ふふ、それがなんとシームなのよ、それも冒険者ギルドより向こう側!」
「ほう、それは……」
「ああ、遠慮しないで食べながらでいいわ!」
宿って、眠る人魚亭だよなぁ、たぶん。
なんだか騎士の人も興味深そうに食べている。
細かいパン粉の薄衣でサクサクと食感もよく、分厚いのに切ってみてもしっかり火は通っている。
おそらく一度茹でて加熱しつつ、余分な脂も落としてから揚げているのだろう。
衣が揚がりさえすれば十分なので、仕込みの手間はあるが最後の工程だけ短時間で済ませて揚げたてを提供しやすい。
「お食事としていたのは一口大のお肉やお魚だったそうだけど、他領の貴族にも見せつけるにはこのくらいのインパクトがあったほうがいいと思うのよね!」
ミトラグが言ってこなかったから、護衛がいたり顔の割れているフェルスが直接宿に出向いたりまではしていないのだろうが、各所に部下を派遣させていたのだろう。
おもしろそうな料理の情報を集めてこいとか。
…………やってそう。
連泊の客が増えたと言っていたのは最近のことらしいし、客向けの提供開始からそんなに経ってないはずだ。
結構早い段階から聞きつけて、研究させていたに違いない。
シームの迷宮にナイーブオリーブが出現するのは比較的低階層の5階層なので買取依頼もかけやすい。
魚もギリギリ仕入れ圏内ではあるし、大都市のルテドーナは山の向こう側だ。
うーん、特産には厳しいだろうが街をあげての商売にはなり得そうな気もする。
気軽に食べられるようになればこっちも助かる。
頼んだ、お姉様!
「ちょっとミツキ!
聞いてるの?」
「え、えっと、なんでしょうか?」
「もう!
このままじゃ『一度は食べてみたい』とはなるけど、何度もっていうのは難しいし作るのも大変でしょ?
なにか思いつかないかしらって言ったの」
「う、うーん……。
チーズをいれるとか、小分けにして串に刺すとか……」
串カツも食べたいな。
ソース作りのほうが大変そうだけど。
目を輝かせたフェルスがシェフを呼ばせようとしたところで、また騎士さんが一声で止めた。
頼りになる~!
顔は装備でよく見えないが、さぞかし仕事のできる近衛騎士なんだろうと今更鑑定を飛ばしてみる。
レオニー・ナルクヴェル・シームラウ エルフ ♀ 46歳 聖騎士Lv42
……え。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv30
魔法使いLv30/英雄Lv26/探索者Lv31/僧侶Lv29/森林保護官Lv25/巫女Lv14
(村人5 農夫1 戦士20 剣士9 商人30 錬金術師1 細工師1 薬草採取士30 武器商人1 防具商人1 奴隷商人1 料理人1 盗賊1)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv24
シャオク ドワーフ ♀ 19歳 探索者Lv11
ミーラスカ 牛人族 ♀ 24歳 僧侶Lv7
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