異世界迷宮と斉奏を   作:或香

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113 条件

レオニー・ナルクヴェル・シームラウ エルフ ♀ 46歳 聖騎士Lv42

 

 

 目を擦って再度鑑定ウインドウを眺めてみても、表示されている文字は見間違いではなかった。

 

 今、横で食事をしている聖騎士が、フェルスと同じ名字……?

 命名規則は知らないが、ミドルネーム的な部分まで一緒なら分家とかじゃなくて直系だろう。

 年齢的に……母親、つまりは伯爵夫人ってこと!?

 

 そういえば聖騎士に対するフェルスの受け答えも、微妙におかしかったように思えた。

 あまり固まったまま見つめすぎて焦っているのが気取られてはまずいので、料理を頬張りながら思考する。

 

 近衛騎士のふりをしてこの会談の様子を……、というか自分を見定めに来たのだろうか。

 

 末娘が最近気に入った相手、それも仲買人の娘婿と頻繁に取引をし、予算を動かすような高額案件を持ってきた、謎の魔法使い。

 ……伝聞だけの情報ならば、怪しんで当然の人物としか言えないな、これ。

 

 だがこちらが提供する装備は本物で、ギルド神殿での確認を終えてそのままカルムに預けてある。

 それに自分からシームラウ家に取り入ろうとしたことはないはずだ。

 

 前回の騎士団の槍の取引も、今回のミスリルスタッフだって、どちらもカルムからの提案だ。

 むしろ最初は、身元を伏せるようにお願いしたくらいであったし。

 

 騎士の口元が笑ったように見えたので慌てて目を逸らし、料理の感想を伝えるとフェルスが嬉しそうに応えてくれて、食器が下げられていった。

 

 

 小休止を挟み、テーブルクロスも取り替えられていよいよ取引交渉が始まる。

 カルムがアイテムボックス操作の呪文を唱え、机の中央に杖をそっと置いた。

 

 

神籬(ひもろぎ)のミスリルスタッフ(知力2倍 MP吸収)

 

 

 鑑定を念じてみたが、預けた武器と同じものだ。

 今日ギルド神殿で写し取った鑑定書も取り出し、フェルスと騎士にも確認させている。

 

 

「こちらがミツキ殿よりお預かりした神籬のミスリルスタッフでございます。

 知力2倍、そしてMP吸収の2つのスキルが付与された白銀製のスタッフということで、非常に希少かつ有益なスキル武器にあたります」

 

 

 感心そうに杖を見つめながら腕を伸ばし、細い指先でつつこうとしたフェルスの肩に手が置かれる。

 後ろに立っていた騎士が目を合わせるように首を傾けると、伯爵令嬢様は慌てて姿勢を正した。

 

 カルムが小さく苦笑いをして、咳払いをした後に続ける。

 

 非常に高額となる取引、また直近の大オークションに合わせて期日も迫っている中での対応ということで、かなり難しい内容となること。

 相手としても優先的に回ってきた案件をみすみす他にくれてやるようなこともないし、おそらく日程的に交渉自体ができるのもシームラウ家以外にはないだろうということ。

 

 そのあたりは事前に知らされていたので今更だ。

 

 

「ねぇ、ミツキ。

 迷宮には結構入っているって話じゃない?

 シームラウ家に仕えるのはどうかしら。

 その方が色々と便宜も図ってあげられると思うの」

 

 

 フェルスから言われるとは。

 だが仕えたりお抱えになってしまえば、身動きが取りづらい。

 

 あの家から移らされるようなことになればワープも使えなくなるし、お風呂も厳しいだろう。

 なにより周りの目が増えて魔法使い以外のスキルがまともに使えないのは、もはや考えられない。

 

 

「ありがたいご提案なのですが、ご協力はできますがお仕えするというのは……、申し訳ありません」

「……そう。

 でも、……これからもお食事は誘ってもいいのよね?」

 

「そちらは是非、ありがたくご一緒させていただきます!」

「ふふ、ならいいわ!」

 

 

 フェルスはにこやかに返してくれた後、カルムの方を見つめている。

 小さく頷いた様子を見るに、どうやら勧誘してみるように取り決めがあったようだな。

 

 

「では私からよろしいかな」

 

 

 ここまで無言だった騎士が発言した。

 迫力はありつつも落ち着いて聞きやすい声だが、領主夫人と考えると納得の貫禄もある。

 

 

「ミツキ殿はここ最近シームの迷宮に通っておられるか?」

 

 

 最近……か。

 カルメリガの13階層へ転向するまでは結構入っていたが、それ以降はオリーブオイルとラムの補充に行ったくらいか?

 

 そもそも迷宮へはワープで直接行き帰りしているし、探索中も他のパーティーは避けているので基本的に他人との接触はない。

 通常パーティーの探索頻度は分からないが、最近と言われたら証拠がないだろう。

 

 

「いえ、ここしばらくは別の街の迷宮に通っています」

「……ほう。

 差し支えなければ理由を伺っても構わないだろうか」

 

「はい、状態異常耐性防具が整っていないからです。

 現在はそういったスキルを使ってこない魔物が固まっていて、戦いやすい迷宮を選んでいます。

 カルム様を通してモンスターカードを集めてはおりますが、なかなか上手くいかないもので……」

「シームに居住しつつ、別の街へと向かうのは大変であろう。

 ……ああ、冒険者の伝手があるのだったか。

 当家に直接仕えないまでも、契約を結べばその辺りはある程度融通できるやも知れんが、それは如何かな?」

 

 

 フリーの魔法使いに首輪を付けておきたいのは分かる。

 だがこちらとしても縛られるのは困るのだ。

 

 

「……先程申し上げた通り、自由民らしく迷宮には自力で挑みたいと思っております」

「施しは受けないと、そういうわけかね。

 取引の条件がそれだとしてもか?」

 

 

 向こうの交渉カードには当然それもあるよな。

 レベルアップを遅らせれば資金稼ぎは出来ることもわかったし、飲めない条件は無理に受ける必要はない。

 半年を見ればリターンはあるのだし、暮らしていく分には困ることもない。

 

 

「……残念ですが」

「もう、お母様!

 ミツキをそんなにいじめなくたっていいじゃない!」

 

 

 フェルスが駆け寄ってきて、騎士から庇うように自分を抱きしめてきた。

 そのふくよかな胸に顔を押しつけられる。

 あとなんか首が絞ま……。

 

 

「昨夜のお話ではそんな条件付けていらっしゃらなかったのに、ミツキがかわいそうよ!」

 

 

 あの、く、首。

 

 

「そうやっていつも(わたくし)のお友達を試そうとするから……何、カルム?

 ああっ、ミツキ大丈夫!?

 お母様、こんなに苦しそうよ!」

 

 

 

 

 

 身代わりのミサンガは切れていなかった。

 

 顔を真っ赤にして謝ってくるフェルスと、苦々しい顔のカルム。

 そして大笑いしていた騎士が、口元以外が隠れた兜を取った。

 

 

「くくっ、いや、申し訳ない。

 ちゃんと挨拶をしよう、我が名はレオニー・ナルクヴェル・シームラウだ。

 名前くらいは聞いたことはあるかもしれないが、このシーム領の領主をしている。

 レオニー伯爵でもシームラウ伯でも、好きに呼んでもらって構わないがね」

 

 

 領主……、夫人ではなくて?

 顔立ちはフェルスによく似ているが、線の細い彼女に加えて勇ましさがあるし、口調も雄弁だ。

 

 

「その表情、分からないといった様子だな。

 他領の者にもある程度知られているつもりであったが、まだまだということか」

「ミツキ殿はかなりの遠方のご出身だと伺っております。

 このあたりの者にはシームラウ家の現当主が女性であることは当然の認識ですので、話題に上らなかったのでしょう」

 

「そのようなものか、まあいい。

 騎士団で居住契約の際に自由民の魔法使いが移り住んできたと聞いてね。

 その後、勘違いで呼びつけたフェルスが丸め込まれ、気に入って再度食事に招待するといったものだから興味が湧いたのだよ」

「そ、そうなのですか……」

 

 

 女領主で、夫……レオニー伯爵夫君より腕っぷしが強いらしい。

 男兄弟が生まれなかったので、正式に後継しているとのことだ。

 

 フロラムドだったっけ、あの時の監査官。

 飄々として掴みどころのない感じだったが、領主の耳にまで報告をあげていたみたいだな。

 

 

「聞けば異種族の奴隷の故郷に居を構え、元の家を直してまで住んでいるそうじゃないか。

 我が方針の異種族融和と一致するし、非常に好ましい。

 ……ああ、これは取引相手を調べる過程で得た情報であって、貴女らの生活を脅かすつもりはない。

 ましてや過干渉……突然押しかけたりなんてしないさ。

 そうだろう、フェルス?」

「ええ、はい、お母様」

 

 

 口調と表情からこちらへの脅しではなく、フェルスに対して勝手にするなよ?、と念を押した感じだ。

 ちょっと目を逸らし気味のフェルスは、もしかしていつか来る気だったのか。

 

 お母様、ありがとう。

 それを一番心配していました。

 

 それにしても異種族融和か。

 確かにシームでドワーフがどうとかも聞かないし、隣のルテドーナでもエルフとして特に変な扱いも受けていない。

 とはいっても自分が関わった数が少ないだけで、鍛冶師ギルドだとかドワーフばかりの所に行けば、カルメリガでのように厳しい視線を送る者もいるのかもしれないが。

 

 山を挟んでいるとはいえ、そもそも領都同士が近いのは珍しい。

 万が一険悪になったら規模的にも潰されるのはどう考えてもシーム側だろうし。

 

 あ、例のエルフ至上主義の村を他領に接触させないようにしているのか?

 そう考えると、シームに近隣の情報が先に入ってくる形にするのは正しいか。

 反対側は海のはずだし、ノルテクィを領の内側に封じ込める方が理にかなっている。

 

 

「今回の取引で資金を得て、ミツキ殿の考える装備が揃ってきたら、今後はシーム領内の迷宮にも入ってもらえるのだろうか?

 もちろんこれは契約でも約束でもない、可能ならという意味の……。

 そう、()()というやつだな」

「はい。

 こちらとしても装備が揃わず探索先を探しあぐねているところでしたので」

 

 

 資金で防具自体のランクを上げ、各種耐性を揃えれば、シームの15階層や22階層の方が出現する魔物の弱点属性も揃っていて経験値もドロップもうまいはずだ。

 

 こちらの返答に満足気に頷いたレオニー伯爵が口を開く。

 

 

「よし。

 これでやっと交渉に移れるな、カルム」

「かしこまりました。

 ミツキ殿からは、代金の支払いは分割で構わないとのご了承をいただいております。

 初回のお支払いについては、お聞きした希望額の通り400万ナールを予定しております」

 

 

 お、そこはそのまま通ったのか。

 

 

「続いて翌年から4年間100万ナールずつをお支払い致します。

 すでに手数料を引いた額になっておりますので、今申し上げた額がそのままミツキ殿に受け取っていただくことになります」

 

 

 5年で800万ナールか。

 カルムへの1割の手数料も控除してあるのなら、元の総額は890万ナール弱の売却額になる。

 相場が白金貨9枚から10枚と言っていたのでちょっと落ちたか。

 

 この短期間で決済してくれたことも考慮すれば、十分満足すべきところだろうか。

 でも分割にしたんだしな、ううむ。

 

 取引相手は割増の利くカルムではなく、あくまでシームラウ家だ。

 向こうの初回費用の軽減のために、カルムへの手数料を予め引かれているというのも賢い。

 

 

「…………ふむ、やはりか」

 

 

 ずっとこちらの様子を見ていたレオニー伯爵が、なにかを感じ取ったように告げる。

 

 

「カルムの読み通り、この総額でも期間を考えると今ひとつといったところかな、ミツキ殿?」

「……いえ、その」

 

「よいよい、後でやはりなどと思われてはこちらも困る。

 分けての支払いにしてもらっている分、こちらも譲らねばならぬな」

 

 

 ありがたいが、なんか見透かされているみたいで怖いんだよなぁ。

 

 

「そうだな、先ほどの支払いに加えて、今冬から5……いや6年の人頭税を免除しよう。

 ミツキ殿の所有奴隷についてもだ」

 

 

 額面計算が追いつかなくなったのでパラレルジョブを商人に入れ替える。

 自由民の自分に10万、奴隷3人に1万ずつの、1年あたり13万ナールの6年で78万ナール。

 これは結構でかい。

 あ、シャオクは初年度奴隷なので差額でプラス9万ナールか。

 

 

 

「質問がございます」

「何かね」

 

「初年度奴隷が1人おりますが、そちらは……」

「当然含まれる、調査はしてあるからな。

 期間中にもう2人くらいは増えても構わん。

 それより増える場合は相談してくれると助かるがな!」

 

 

 豪快に笑うレオニー伯爵を見ながら、カルクの暗算を進める。

 

 仮に今年中に1パーティー分、自分と5人の奴隷が揃った場合、初年度にかかる税金が24万ナール。

 2年目以降は15万ナールとなり、6年総額は99万ナール。

 こちらが受け取れる総額は6年間で899万ナール分だ。

 シャオク以外に初年度奴隷がいれば、さらに9万ナールずつ加算される。

 

 引かれるはずの手数料も考えればほぼ白金貨10枚分だし、取引の話が出る前のカルムの試算相場にはしっかり届いている。

 初回費用も希望通りにしてくれたし、税金は確実にかかるものなので、むしろ人数で増額してくれるのはありがたい。

 仮にパーティーメンバー以上に家事奴隷も増やしても、相談には応じてくれるようだし。

 

 問題ないはずだ。

 あちらとしても、初回400万ナールの支払いでダブルスキルの武器が手に入るのは大きいだろう。

 しかも次回の支払いまで1年もあるわけだし。

 

 

「如何かな、ミツキ殿?」

「ぜひ、今の条件でお受けしたいです」

 

「それは助かるな。

 そのまま7年目以降もシームに住み続けてもらえるとありがたい」

 

 

 これで成立、か?

 

 正式な契約書類は明日までにカルムが作成して、商人ギルドでサインして初回の支払いを受けるということになった。

 

 

「今後は依頼という形で協力を仰ぐこともあるだろう。

 シームラウ家として動きにくい場合、などな。

 もちろん、そちらの意向を汲むつもりではあるので、場合によっては断ってもらっても構わん」

「かしこまりました」

 

 

 あくまで手札の一つに数えるぞ、ということか。

 いきなりそんな重要な仕事を任されることもないだろうしな。

 

 レオニー伯爵が立ち上がり、兜を掴みあげてフェルスの隣へと回った。

 フェルスによく似た柔らかい表情を見せて、反対の手で娘の頭を撫でる。

 

 

「ではフェルス、カルム、後は頼んだ」

 

 

 兜を脇に抱え、手をひらひらと振って扉から出ていった。

 

 気圧されていたので改めて考えてみたが、流れるように6年はシームに留まることを約束されたってことでは?

 あちらとしては主従関係を築いたり契約できずとも、シーム領に自分を縛ったことで目的を達成している気がする。

 

 別の地へと移る予定はないが、たぶんシーム領を離れたら少なくとも税金のあたりは無効になりそうな気がするなぁ。

 現状ではこちらが不利になるわけではないものの、してやられた感が残った。

 

 

「さて、フェルス様」

 

 

 扉が閉まったのを確認し、カルムが声をかける。

 そちらに頷き、メモのようなものを取り出したフェルスがこちらに向き直る。

 

 

「ねぇ、ミツキ。

 お昼前に話したジョブのことだけど、取引が決まったらという条件で話せることがあるの」

 

 




スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv30
魔法使いLv30/英雄Lv26/探索者Lv31/僧侶Lv29/森林保護官Lv25/商人Lv30
(村人5 農夫1 戦士20 剣士9 巫女14 錬金術師1 細工師1 薬草採取士30 武器商人1 防具商人1 奴隷商人1 料理人1 盗賊1)


アコルト   兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv24

シャオク  ドワーフ ♀ 19歳 探索者Lv11

ミーラスカ  牛人族 ♀ 24歳 僧侶Lv7



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次回は5/22更新の予定です。

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