起き出してからいつもの流れで朝食を頬張る。
昨日、取引の内容を伝えた時には皆驚いた様子だった。
白金貨が何枚なんて口頭で聞かされても、ただ大きい単位という感覚しかなかったのだろう。
税金が免除され、それとは別に毎年100万ナールが入ってくると具体的になれば、いよいよもって普通の暮らしではないと自覚がでてきたようだ。
今から向かう商人ギルドで、実際に金貨の山を見たらどうなることやら。
アイテムボックスを所持しているのはシャオクだけということになっているし、大金を受け取る準備をしよう。
シャオクの探索者Lv11のアイテムボックスを、1列を除いて空にする。
その空いた10列のうち9列に金貨を1枚ずつ収納させた。
これで白金貨2枚を空いた列に入れた後、適当に金貨を放り込んでも、追加分は10枚ずつの90枚しか収まらない。
パッシブスキルで計算のできるカルムに枚数を数えられたとて、Lv10の探索者のアイテムボックスを最大限使ったと思われるだろう。
少々ややこしいが今後鍛冶師として生活するためには、今Lv11の探索者である証拠を見られてはいけない。
元々10列しかない鍛冶師のジョブにしていくという手もあるが、領主家の大きな取引ではあるし騎士帯同で先にインテリジェンスカードを確認されるという可能性を考慮してだ。
早くシャオクに後ろめたさなく鍛冶師になってもらいたい。
予定としては商人ギルドで取引を終えたら、アルヴナへ向かって手続きの手順を聞いてくる必要がある。
アルヴナへはシャオクしか行ったことがないので、最寄りとなるというホスリムで街移動の冒険者探しか。
新たな街へと向かうのだし、武器や防具の店で売り物を確認するのもよさそうだ。
鍛冶師が集まるのなら装備だって豊富なはずだろう。
シームの冒険者ギルドに移動し、そこから商人ギルドへと歩き出す。
扉を開いてギルドへと入ってみるが、今日はカルムの姿は見当たらなかった。
受付で確認してみると名前を問われ、その後一番端の商談室で待っているのだと伝えられる。
隣についてくれたアコルトに確認しながら、ノックをしてから名乗ると扉が開いた。
「お越し下さりありがとうございます、ミツキ殿」
正面に立つカルムと挨拶を交わし、周囲を確認する。
カルムの後方には昨日送ってくれた冒険者のシャイルヴェ、扉を開けてくれたのは昨日は見かけなかったエルフの騎士だ。
鑑定してみるとしっかり聖騎士であったので、見届人みたいな扱いだろうか。
「高額の取引契約となりますので、形式上ではありますがカードのチェックをお願いいたします」
「それはもちろんです」
当然のように左腕を聖騎士に差し出したが、内心は用心してきてよかったと心臓バックバクである。
皆が次々にインテリジェンスカードを確認されても、特に引っかかることもなく終わる。
続いて羊皮紙のようなものに長々と文字が書かれた紙が広げられた。
「こちらは昨日取り決めた内容が記載された契約書です。
ご確認頂いてから、こちらのインクでサインをお願いいたします」
アコルトに小さく読み上げてもらい、内容に相違ないことを一つずつ確認していった。
本日400万ナールを受け取ることと、今冬から6年間の所有奴隷を含んだ人頭税を免除すること。
来年より4年間、毎年夏の中月1日から100万ナールずつ請求を可能とし、シームラウ家側は30日以内に応じることとある。
履行中はシーム領に居住をするとの条件は記載があったものの、領主側の命令に従うようには契約に明記しなかったのは向こうの誠意だろうか。
まぁ法的な拘束力がなくとも、領主と娘とその婚約者の前で協力することに同意したのだから、明確な理由なく反故にはできるわけもないが。
戦闘を見せたこともないわけだし、見くびることはあっても買いかぶったりはしないと思うので、無理難題は振ってこないとは思う。
アコルトと、書類仕事の経験のあるミーラスカにも確認してもらったので、記載内容に問題はなさそうだ。
差し出された羽根ペンにインクをつけ、練習して書けるようになったスズシロ・ミツキの名前を記入する。
筆記体とは違う動きでややこしいが、アコルトに書き文字はこれだけ書ければ十分だと言われたので頑張ったのだ。
瓶の中では濃紺だったインクは、ペンを走らせると明度を増して青く伸び、書き終えると次第に黒色になって定着した。
あとは血判でもあるのかとビビっていたが、拇印を押すことになった。
こちらのインクは先程とは違って、ギルド神殿の鑑定書に押されたものに色が似た臙脂色だ。
押印を終えた後、冒険者の使用人が水の入った小皿を用意してくれていたので、そちらで指先を洗わせてもらう。
シェルパウダーを少量溶かした水らしいが、擦っているうちに色が薄くなり、手拭いで水気を取ると綺麗にインクは落ちた。
……やっぱり重曹では?
シームラウ家側の方はすでにサイン済みで、今の手順によって契約書には追記や改竄ができなくなる仕様とのことだ。
謎システムはすごいなと思ったが、魔法があるのでそれくらいはあってもおかしくないか。
きっと破ったら盗賊に落ちるんだろうな。
カルムが契約書を丁寧に仕舞い、聖騎士に預ける。
冒険者が前に出てきて今度は空トレイをテーブルに置くと、アイテムボックスを操作して硬貨を並べていった。
まず取り出されたのは、金貨よりも大きく白く輝くメダルが2枚だ。
これが白金貨か。
1枚が100万ナールの価値と言われてもピンとこないが、見た目には記念メダルのようで貴重そうではある。
続いて重ねられて棒状の束になった金貨が4本置かれる。
長さ的にも50枚ずつのようなので、この世界にも棒金はあるらしい。
薄いパピルスの表面を糊で固めてあるような感じだ。
「まずはこちらが、今回の取引の代金となります。
お預けしたエンブレムと宝飾をお出しいただけますか?」
「はい……こちらに」
「確認させていただきます」
カルムがクラストン家の宝飾を、聖騎士がシームラウ家のエンブレムを手に取った。
どちらも偽造は難しいものだと思うが、何点かの角度から確認しているようだ。
きっとチェック方法があるんだろうな。
2人が視線を交わし互いに頷くと、どちらもテーブルに戻してカルムが口を開く。
「ありがとうございます、お預けした品と確認が取れました。
それでは代金をお収めください。
アイテムボックスに収納する場合は、金貨の包装を崩して頂いて構いません」
「ありがとうございます。
シャオ、入る分はお願い」
返事をしたシャオクがアイテムボックス操作の呪文を唱え、手筈通りに白金貨からその中へと収めていく。
手が震えているが、仕方ない。
棒金の金貨は、2本はそのままリュックに、もう2本は崩して90枚分をアイテムボックスへと格納してもらう。
余った10枚は巾着袋へ仕舞った。
「……これにて初回のお支払いを完了とさせていただきます。
以降は契約書の通り、指定期間の納税の免除と期日ごとの代金請求にご対応させていただきます」
「ありがとうございます。
満了までよろしくお願いします」
「それでは只今からは別件のお取引をさせていただきます」
その言葉に聖騎士と冒険者の使用人が連れ立って退出した。
契約書を持って城へと戻るんだろう。
あ。
「あっあの、騎士様がエンブレムをお忘れのようですけど……」
「いえ、そちらは伯爵様よりミツキ殿に貸与するものとの言いつけがあります。
宝飾の方は私がお預かりしますが、エンブレムについては身分証の代わりにこれからもお持ちください」
ええ……。
関係者の手に渡ることもあるとは言っていたが、協力するって表明したためかそのまま預けられるとは。
さすがに原作の主人公のように実力を認められたわけではないから、領主の下まで顔パスなんてことはないだろうが……。
今後フェルスに呼び出されたときの本人確認の代わり、みたいなものかな。
そっちの可能性の方がどう考えても高い。
「さて、モンスターカードの落札依頼の方に移りましょう。
依頼料が11枚分で5500ナール。
また、依頼品についてはすべて揃えております」
キミ、いつさっきの契約書作ったんだよ。
働き過ぎじゃない?
「今回は潅木のカードが若干高めでしたが、蟻と山羊がやや相場を下回っていたのでそれほど値は張りませんでした。
それぞれの価格を申し上げますと───」
カードの代金は合計5万ナールを超えたが、全体で見れば相場より少し安いくらいに思える。
オークション前の金策で売りに出されたが、買い控えで落札が早くなったのだろうというのがカルムの見解である。
ひとまずここまでの分の会計を行い、巾着袋から支払った。
パピルスの鑑定メモを添えて束ねられたカードを受け取り、バラけないように小袋へ入れてからリュックに仕舞う。
「こちらでご依頼分はすべてとなりますが、なにかございますか?」
「えーっと……、オークションについてですが、商品を事前に確認することはできるんでしょうか?」
「一部商品についてはご覧いただくことも可能ですが、ほとんどの物は盗難紛失防止のために時間まで主催の管理下に置かれます。
参加者が確認できるのは、アイテムに当たらない大型の調度品や奴隷などですね。
それでも可能なのは当日のみとなってしまいますが、奴隷商人にとっては出品までにアピールが可能な貴重な時間となりますので」
アイテムボックスとかいう本人以外が見えない場所に隠されては、窃盗の物証自体がなくなってしまう。
高額商品ばかりになるのでそりゃそうなるのが妥当か。
やっぱり競売時に鑑定をするしかない。
「ありがとうございます。
大盾についてもですが、当日出品時に見てから入札してみることにします。
あとは奴隷についてですが、いつから見て回ることが出来ますか?」
「当日の朝からとなります。
ルテドーナの競売会場だけでなく商人ギルドの一部も利用いたしまして、大部屋を区切って控室にしています。
参加者のみそちらも回れる規則となっておりますので、受付で参加料を納めた後にご覧いただけるでしょう」
なるほど、なるべく冷やかしを排除するようにしているのだろう。
となると全員で入って見て回り、もし気になる奴隷がいれば相性とかも考えたらいいのかな。
「カルム様。
入場者の制限はございますか?」
自分が目で1人1人を数えていたのが分かったのか、アコルトが疑問を投げかける。
「おっと、そうでした。
大オークションは混雑が予想されますので、登録仲買人から指定を受けた者とその同伴者1名以外……所謂飛び入りの参加者は一定人数までの締切がございます。
私の持ち枠の1つにミツキ殿を指定するつもりではございますが、お連れの方全員というのは……申し訳ございません」
「いえ、さすがにそこまでしていただければ十分ありがたいです」
むしろ1枠割いてくれたことに感謝すべきだ。
自分以外の取引相手だっているだろうに、代わりにその枠を蹴られた人がいれば可哀想だ。
「指定枠以外の方を一般で、ということも可能ではありますが、あまりお薦めはできません。
先程申し上げた入場者数での締切の他に、入場の際も別の出入り口となりますし、中で合流されても今度は会場での座席配置が異なります。
主催ギルド所属の参加登録をした仲買人を優先しておりますので、一般入場と示し合わせての入札は難しいでしょう」
仲間の位置自体は同一パーティーにしておけばいいので入退場くらいはわかるだろうが、お互いが入札したかの判断しにくいのだろう。
入れるかも分からないし、入っても連絡が取りにくいし、自分と同行者1名以外はやめておいたほうがいいと言っていることがわかる。
そうしたら連れて行くのは……アコルトかなぁ。
シャオクもミーラスカも、見回った際に候補奴隷がうちのメンバーに合わないだろうとかをズバッと言ってこれないと思う。
一番奴隷だし、自分とアコルトの判断で加入を決めたっていいだろう。
ま、それも候補が居たらの話だ。
ちなみに昨日の時点で2人ほど出品予定のあった竜人族は、どちらも男性のようだった。
候補になり得る人材、居るのかなぁ。
居ないなら居ないで、帝都とか別の街の商館にも足を延ばせばいいか。
あ、いい加減ルテドーナの商館も覗かなきゃ。
鏡について聞いてみると、エテンネルという街が生産地だと教えてもらった。
作中にもそういう街があったように、専門の職人を囲っているようで、出入りの管理が厳しい場所らしい。
ここからフウルバリどころじゃないくらい遠いらしく、割高でも輸出されたものを買うしかないとのことだ。
別に自分は誰かに購入を依頼されているわけではないので、自分たちが使える分があったらそれでいい。
着替えをする2階の寝室に1つ、住人が増えた時用に1階の部屋にもう1つ。
あとは浴室の洗い場に1つあれば十分過ぎるくらいだろう。
それくらいなら割高でも買ってしまったほうがいいんじゃないか?
それは後日に考えるか。
他に何かあるかと頭を捻ったが、特には出てこない。
あったような気がするが、本当に忘れっぽいのはどうにかならないか。
考えるだけでなくその時に皆に共有しておけば、誰かしらが思い出させてくれるかもしれないな。
カルムからまたカード落札の依頼は必要かと聞かれる。
ワーカホリックなのだろうか、この人は。
それとも単純にオークションでの落札自体が楽しくなっているのかもしれない。
ただでさえ未融合のモンスターカードでアイテムボックスが圧迫されているのだ。
付与する装備を決めないと本格的に邪魔だ。
それでも必要な時にカードが足りないほうが困るか。
「物理ダメージを減らすスキルは、スライムのモンスターカードだったでしょうか?」
「そうですね、物理ダメージについてはスライムで、魔法ダメージの方は以前お伝えした通り、
火属性や水属性といった、属性各種の耐性スキルをすべて防具に付けるというのが理想ではある。
火水風土、魔法使いの初級魔法の4属性だけでも、コボルトのカードと一緒に融合することを考えれば相当な枚数になってしまう。
魔道士の雷や氷属性もあるのかな?
でもあちらは弱点を突けないかわりに抵抗もされない、みたいな感じだった気がするから耐性スキルはないのかもしれない。
ゲーム的には単一属性よりも軽減幅は少なそうだが、備えるという意味では物理と魔法の耐性を全員につけたほうがいいだろう。
まずは防御を受け持ってもらう盾役からだが。
「でしたら、その2種類を5枚ずつとコボルトのモンスターカードを倍の10枚お願いしたいです」
「やはりミツキ殿は量が……、いえ、かしこまりました。
スライムのカードもですが、コイのモンスターカードはそれ以上に人気で出回る数も少ないので高額になります。
揃えられるまでにお時間も頂くことになりますがよろしいでしょうか?」
強化スキルである詠唱中断武器を揃えられない場合は、よくて詠唱遅延装備までだ。
つまり迷宮での戦闘は、ある程度の魔法攻撃は被弾することを前提としている。
となればそれらを満遍なく軽減できるスキルのつく、コイのカードに需要が集中するのも無理はない。
そもそもそれをドロップするであろうケープカープは23階層以降の魔物だしな。
単純にそのランクの階層に挑める者が居なければ市場には出てこないわけだし。
相場を聞いてみるとスライムは8000ナール前後、コイのカードは安ければ1万2000ナール程度らしい。
これは物理軽視というわけではなく、単純に装備やジョブの問題だろう。
金属防具の質を高めれば自ずと物理防御は上がるだろうし、基礎ステータスで防御に関連すると思われる体力に補正があるジョブは多い。
探索者や戦士や騎士、獣戦士なんかも上昇補正があったはずだ。
単純に魔法は威力が高いようだし、仮に精神ステータスが魔法防御に関わっているのなら、僧侶や騎士を除けばほとんどが非戦闘職の商人関連にしかジョブ効果としての精神上昇補正がない。
やはり騎士は防御寄りのジョブなんだな。
推測を重ねることになるが、鍛えた猛者であっても魔法を食らえば大ダメージを受ける認識があるのなら、深層を目指すパーティーはこぞって魔法耐性を高めるために装備を求めるはずだ。
安くて1万2000ナールならば、競り合えばもっと高くなるだろう。
今聞いた通りの価格で揃えられても、20枚で15万ナールは結構な金額だ。
「とりあえず最初の1枚ずつは高くても構いませんので早めに欲しいです。
最終的にはそのくらい欲しいという希望ですので、残りはゆっくりでも構いません」
「なるほど。
では手に入り次第伝令いたしますね。
大オークションでも出品されるかもしれませんが、その場合は狙いにいきましょう」
急にドロップして出品というのもありそうか。
といっても金持ちの集まる大オークションでは一気に価格が吊り上がりそうでもある。
決まっているという席は近いだろうし、上がりすぎた場合はカルムに追わないように指示をだせるだろう。
20枚分の依頼料を払い、追加の依頼もここまでとした。
あとはオークションの日に会うくらいか。
カルムは朝から会場の方にいるそうなので、中で会うことにする。
どうしても見当たらなかったら、入場受付にエンブレムを見せれば案内をつけてくれるだろうとのことだ。
便利過ぎる権力アイテムだなぁ。
カルムに礼をして別れ、商人ギルドを後にした。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv30
魔法使いLv30/英雄Lv26/探索者Lv31/僧侶Lv29/森林保護官Lv25/巫女Lv14
(村人5 農夫1 戦士20 剣士9 商人30 錬金術師1 細工師1 薬草採取士30 武器商人1 防具商人1 奴隷商人1 料理人1 盗賊1)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv24
シャオク ドワーフ ♀ 19歳 探索者Lv11
ミーラスカ 牛人族 ♀ 24歳 僧侶Lv7
所持モンスターカード
・蟻 2→ 4
・潅木 3→ 5
・コボルト 6→11
・壷式食虫植物 1
・牛 1
・芋虫 0→ 1
・山羊 0→ 1
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次回は5/29更新の予定です。