異世界迷宮と斉奏を   作:或香

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135 貝殻

 起きてから迷宮に向かうまでの流れは昨日と同じだ。

 朝からいきなりカルメリガの16階層へ向かうのではなく、まずはシームの15階層でウォーミングアップも兼ねて陳皮の回収をする。

 

 盗賊のジョブについてだが、魔物の部屋でのレベルアップや昨日の状況をみると他の戦闘職よりもレベルが上がりやすい気がする。

 考えてみれば何かしらの犯罪に手を染めたことで得られたり強制的に変更されるジョブであって、真面目に魔物を倒して経験値を手に入れて育てるような真っ当なジョブではないはずだ。

 

 敏捷微上昇のジョブ効果はあるもののスキルはないし、徒党を組んで他者を貶めたり、懸賞金をかけられたりすることでレベルが上がるのが主体なんだろう。

 そう思うと戦闘での必要経験値が低めに設定されている可能性にも納得ができる。

 

 

 昼前まではシームの迷宮での200倍効率で戦闘こなし、遊び人をLv20まで持っていった。

 ここまで上がればジョブ効果も魔法の威力も最低限、いや知力中上昇を設定しているなら十分貢献できているはずだ。

 

 午後からは別の狩り場に向かうということで、一旦シームの冒険者ギルドへとワープしてドロップアイテムを売り払う。

 

 陳皮は全て薬素材として取っておくし、調整用に使いやすい遠志もアイテムボックス1列分だけ保有しておくか。

 木の板や錫をメインに売却するが、3割増を付けてかろうじて金貨に届いた程度だった。

 遠志についてはもともと多めに持っていて、強壮剤への切り替えで不要になった分が足されてやっとこれなのだ。

 

 やはりボス周回でボス素材を売らないというのは儲けが悪い。

 

 

 自宅へ戻ってきて昼食を済ませ、片付けも終わらせて休憩をとる。

 

 遊び人のスキル設定を念じて、魔法使いの初級土魔法を選択しておく。

 このところは迷宮に向かう場合はその前に火魔法に、帰ってきてお風呂を溜める前に水魔法を選んでいた。

 

 敵のいない給湯作業くらいでしか複数属性の魔法を併用しないし、このあとの狩りでも土魔法だけの予定なので間違えることはないだろう。

 

 原作では遊び人に同一スキルをセットしていても、設定したジョブ順に発動されるので魔法使いと遊び人の順番が重要であったが、弱点の揃った階層を主体にしているし、彼のように単体魔法を交えたりもしていない。

 狙いをつけて的確に当てるより、消費は多くとも確実に命中する全体魔法の使い勝手の方がいいからだ。

 自分のエイムを信用できないともいう。

 

 

 

 カルメリガの迷宮へと移動して、出入り口からすぐに脱出する。

 

 15階層までなら以前にシャオクに案内してもらったので各階へと移動できるが、今回行きたいのは16階層だ。

 面倒ではあるが、迷宮前の探索者に案内をしてもらう他ないだろう。

 

 前回同様アコルトを探索者へと変更し、パーティーを離脱させる。

 そして案内をしてくれそうな者を探すが、……鑑定で見る限りレベルが届いていない者ばかりだな。

 

 レベルが階層に足りていなくとも、かつてのシャオクのように荷運び(ポーター)として行った経験がある探索者もいるかもしれないが……。

 

 

 アコルトが直接聞いて回ってくれたものの、案の定16階層への案内が可能な探索者はいなかった。

 タイミングが悪かったらしい。

 

 

「どうしよっか。

 試すのはまた後日でもいいけど」

「そうですね……。

 15階層なら弱点属性の違うサラセニアはその2階層下ですので、そこまで多くないと思います。

 それに15階層ならボクが小部屋に案内できますし、待機部屋までの道順もわかります。

 突破してしまうのはどうでしょうか?」

 

 

 そういう手もあるか。

 

 シームの15階層では『対植物強化』の乗らないロートルトロールが弱点属性の魔法で2ターン4発。

 正確に言えば魔法使いLv37の全体魔法が2発と、遊び人Lv20の全体魔法が2発だ。

 

 迷宮の場所はカルメリガに移っても同階層なのだから、土属性弱点に土属性を撃ち込めばよほどの魔法耐久差がない限りは同様だろう。

 つまりクラムシェルとハットバットは土魔法2ターン分で沈むわけだ。

 

 そしてサラセニアが群れに含まれていれば削り切れず残るはずだが、弱点魔法でなくとも『対植物強化』で威力が増しているわけで。

 仮に森林保護官Lv33分の33%の倍率だとしたら……4発が5発分にはなる。

 追加でもう1発火属性魔法を放てば、そこまでの特効倍率がなくともHPを減らし切るまでに至るはずだ。

 

 海産物だけならサンドストーム2セット、植物がいれば追加でファイヤーストーム1発。

 それで済むなら、出現率の低いサラセニアなら問題無さそうかな。

 

 

「じゃあそれでいこっか。

 ボックスのアイテムを一旦預かるね」

 

 

 入口ではなく小部屋だと再度ダンジョンウォークで案内してもらう必要がある。

 アコルトをパーティーに勧誘し、シャオクの荷物を受け取って、それぞれのジョブを狩人と探索者に変更する。

 手順がややこしいが、これで探索時間を大幅に減らせるのなら甘んじて対応しよう。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 迷宮に侵入し、直ぐに入口横でシャオクが詠唱してダンジョンウォークのゲートを開く。

 

 ぞろぞろと後ろに続いてくぐり抜ければ、やや広めの小部屋へと繋がっていた。

 

 

「ありがとう。

 それじゃ戻していくね」

 

 

 回りに他者がいないことを確認し、シャオクのジョブを鍛冶師に戻してアイテムも返却する。

 ダマスカススピアを握り直したシャオクが、こちらですと三叉路の通路の1本を指差した。

 

 

「この先の通路から……えーっと左、右、……右の順で曲がればボスの待機部屋に繋がっていたと思います」

「了解、アコも索敵よろしくね」

 

「かしこまりました」

 

 

 貝や蝙蝠が多いからか、鼻につく臭いがするとミーラスカが独りごちるのを聞くと、確かにそんな気もしてくる。

 ジメジメとしているというか、洞窟のように感じなくもないが、小部屋の壁に触れてみても他の階層と変わりない気がしてきた。

 プラシーボ効果というか、意識や雰囲気って結構気分に影響するものだ。

 

 そう思ったのも束の間、1つ目の通路の分岐を進む途中でアコルトの索敵にひっかかったらしい。

 

 そろりそろりと慎重に進み、曲がり角から顔を出してその先を確認した。

 

 

ハットバット Lv15

クラムシェル Lv15

クラムシェル Lv15

ハットバット Lv15

 

 

 いきなり団体さんだ。

 サラセニアは見当たらないので、初戦の相手としてはちょうどいいだろう。

 

 ハットバットは見た目通り蝙蝠(こうもり)らしく忙しなく羽ばたいていて、その黒い体は距離があるままだと薄暗い迷宮では見えづらい。

 動きの割に羽音はほとんど聞こえないので、先に見つけておかなかれば面倒な相手だな。

 小ぶりなようでも近づいたら数十センチはあるだろうことを考えると、空中からの体当たりだけでも脅威になる。

 

 クラムシェルはでかいアサリというか蛤というか、1メートルくらいの二枚貝だ。

 ただしその向きは開かれた本のように縦向きである。

 パカパカとその口を開閉させているが、その動きとは関係なく迷宮の床を擦るように移動している。

 

 どちらも作中で描写されていた通りで、異様な感じがまさに魔物だ。

 

 皆に攻撃を開始すると小さく伝え、一番近いクラムシェルを睨むようにしてサンドストームを2度念じた。

 4体を包み込むような土埃が巻き起こり、突然の砂嵐に挙動が激しくなった魔物たちだが、次々にこちらに気づいたように向かって来始める。

 

 ミーラスカがずいっと前に出て、その進路を塞ぐように位置取った。

 

 接近してきたクラムシェルが急に止まりその身を震わせる。

 直後、口を開いて放たれた水が大盾に命中し、飛沫が弾けた。

 スキルではなく待機時間のほぼない素早い攻撃行動だが、堅固なダマスカスの大盾はものともしない。

 

 次いで寄ってきたハットバットをシャオクの槍が払い落とし、もう一方の貝にはアコルトの鞭が打ちつけられた。

 その後に奥のハットバットも前に突出してきたが、突進を大盾が弾いたところで2ターン目のサンドストームが群れを襲って煙へと変える。

 

 

 想定通りの手数で討伐を終えて、拾ってもらったドロップアイテムを受け取った。

 

 クラムシェルのシェルパウダーはギルドでも買ったことのある、削って粉を使う重曹に近い塊だ。

 蛤はレアドロップだったはずなので今回は落とさなかったが、今後に期待だ。

 

 そしてもう一方のドロップアイテムはコウモリの羽である。

 シャオクの身の上話で話題に出てきたような気がするが、改めて聞いてみるとしなやかで撥水力があるので外套なんかの素材に使われることがあるそうだ。

 

 触れてみれば細かい産毛が生えていて、いかにも生物の皮という感じで背筋がゾワッとする。

 よく考えたら竜皮やオストリッチの装備を身に着けていたんだから今更か。

 

 

 戦闘は無事に終えられたので、一安心だ。

 

 

「ん?

 シャオ、どうしたの?」

 

 

 なんだか物思いに耽るような表情をして、魔物がいた場所を見つめているシャオクが気になった。

 

 

「いえ、その……。

 昨年末には必死にこの階層までついていったのが、なんだか随分前に感じてしまって」

 

 

 ……そうか。

 半年ほど前には、鍛冶師を目指して身銭を切りつつレベル上げをしていたんだったな。

 同じ15階層でも未到達だったシームと、踏み入れたことのあるカルメリガでは思い入れが違うんだろう。

 

 

「冬を越えてからはまた戻ってこられるなんて思っていませんでした。

 改めてミツキ様の魔法はお……強すぎるんだと考えていました。

 詠唱をしないというのも、重ねて発動というのも別にしても……。

 本来はもっと上の階層が主戦場のパーティーだって、前衛がかなり攻撃を与えている魔物にも倍以上の魔法が必要でしたし、そんな回数を撃っても平気な様子ですし」

 

 

 今おかしいって言おうとしなかった……?

 実際おかしいから咎められないんだけどさ。 

 

 シャオクがその認識なら、もっと上の階層で戦っているパーティーよりも自分たちは更に上でも通用しそうではあるのだろう。

 実際それぞれのジョブレベルは階層の数字を大きく超えているのだし。

 

 でももっと上に行くには、せめてもう一人は前衛を見つけないとな。

 ドラゴンとかサイクロプスとか、いかにも怪物みたいな名前の連中が群れで闊歩する階層に4人では心許ない。

 

 日常生活も共にする人員なので妥協せずに選り好みしているわけだが、もっと各地に足を延ばして探すべきか。

 おっと、今は迷宮だ。

 

 

 仕留める手数の把握もできたので、案内通りに通路を進み、道中の魔物を屠っていく。

 サラセニアには結局出会わないままボスの待機部屋へと辿り着いたので、給水をしつつ息を整えた。

 

 

「ボスはボレーを落とす、……えーっと」

「オイスターシェルですね。

 クラムシェルの殻と違ってゴツゴツしているので、十分な鎧かしっかり盾で受けないと服や肌を切りやすいそうです」

 

 

 探索者ギルドの資料の知識らしい。

 クラムシェルは凹凸の少ないのっぺりした貝殻だったが、名前が「牡蠣の殻(オイスターシェル)」なんだから形のイメージはしやすい。

 攻撃行動はクラムシェルと同様だそうで、HPや外殻が順当に強化されているボスになるのだろう。

 

 ならばミーラスカの大盾でしっかり防げば問題は無さそうか。

 ボス部屋ならお供を含めて2体なので囲まれることもないし、行ってみよう。

 

 

 例によってアコルトに部屋の確認をしてもらってから、全員がボス部屋へと侵入した。

 扉が閉まり、煙が現れては集まりだして2つの塊を作る。

 

 

サラセニア Lv15

オイスターシェル Lv15

 

 

 鑑定ウインドウが表示されると、この階層では初めてになる筒状の植物を手前に、奥には薄い岩にも見える大きな牡蠣殻の登場だ。

 ここでサラセニアが出るのかよ。

 

 変なところで引いてしまう自分の運に嘆きつつ、プラン通りに土魔法の2連打から発動していく。

 道中で通路奥で発見した時と違って、ボス部屋では前に出ていなくとも魔物との初期位置は近い。

 

 クールタイムが終わる前に接近してきたオイスターシェルの体当たりに、ミーラスカが大盾を合わせる。

 ギャリッと削れるような接触音が聞こえたが、さすがダマスカス、傷ついたのは貝の殻の方だ。

 

 その場で動かず床に魔法陣を浮かび上がらせていたサラセニアは、アコルトの鞭によってスキルの発動を失敗させられた。

 陣が霧散し、一瞬固まったような動きを見せる。

 そのまま麻痺も入ったらしい。

 

 2ターン目の連続土魔法が発動し、ボスもお供も仰け反った。

 その隙にこちらは陣形ごと下がり、魔物との距離を広げる。

 

 後退しつつもシャオクの払った槍の先がオイスターシェルをひっかける。

 全体を包むような砂嵐を浴びせられていたのだ。

 そこに絡めた攻撃でバランスを崩したボスが、床に倒れこんだ。

 

 好機とファイヤーストームを念じると、食虫植物の姿が煙となって搔き消える。

 片方は討伐、それを確認しながら遊び人の分のサンドストームも次いで発動した。

 

 火と砂のエフェクトに震わせた殻で迷宮の床を叩いたオイスターシェルが、器用にその反動で出現当初のような向きに体勢を戻す。

 目が付いているわけじゃないが、これが正面の向いた状態なんだろうか。

 

 払い除けるようにミーラスカが大盾で押して、弾かれたボスとの距離が開いた。

 その間にも鞭と槍が殻を叩き、今度は容易に接近されまいと牽制を続ける。

 

 明けたクールタイムを埋めるようにすぐに土魔法を思い浮かべると、2回分のエフェクトを待たずしてボスが煙へと変わった。

 

 

ボレー

 

 

 鑑定結果にも戦闘終了を明示するように、手のひらに収まるサイズの牡蠣殻が残される。

 竜人族はこれを定期的に食べなきゃいけないんだっけ……?

 

 先に拾われた遠志と共にアコルトから受け取ると、アイテムボックスに仕舞う前にくるくると色んな角度で回し見る。

 うん、完全に貝殻に見える。

 

 

「これを竜人族は食べるの……?」

「そのままボリボリと食べる人もいますね」

 

「少しずつ割って召し上がったり、子供には砕いて食べやすくしてあげることもあるそうです」

 

 

 そういえば世間知らずな主人だったと思い出したのか、シャオクもアコルトも見聞きしたことを説明してくれる。

 硬い健康食品みたいなイメージでいいのかな、これ。

 竜人族みたいに体が丈夫じゃないと口の中がズタズタになりそうだが、そもそも他の種族は摂取する必要がないか。

 

 仲間にいるなら取っておく必要があるが、いないのなら売却でいいよな。

 急に必要になったってギルドで買えるだろうし。

 

 特に被弾が多かったわけではないが、念のためにミーラスカに全体手当てのスキルを唱えてもらってからボス部屋の出口へと向かう。

 

 

 抜け出た先は、入り口に似た小部屋だ。

 ダンジョンウォークを念じると、16階層を選択できるようになっていたのでこれで一安心だ。

 

 

「問題なさそうならこの階層を回ってみるけど大丈夫かな?」

 

 

 それぞれ返事をしたので進むとしよう。

 

 この階層から群れの最大が5体となる。

 あとは魔物の強さが変わっての討伐までの手数によるが、遊び人のレベルの上がり具合で何とかなりそうな気がする。

 それでもさすがに獲得経験値を10倍へと落として、MP回復速度へと振り直しておく。

 

 アコルトに先ほどの階層では聞こえなかった音の主を探してもらうようにお願いし、通路を進むことにした。

 




スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv37
魔法使いLv37/英雄Lv32/探索者Lv37/森林保護官Lv33/遊び人Lv21/盗賊Lv28
(村人5 農夫1 戦士30 剣士9 僧侶30 巫女31 商人30 錬金術師1 細工師1 薬草採取士30 賞金稼ぎ1 騎士1 暗殺者1 武器商人1 防具商人1 奴隷商人1 料理人1)


アコルト   兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv28

シャオク  ドワーフ ♀ 19歳 鍛冶師Lv26

ミーラスカ  牛人族 ♀ 24歳 巫女Lv23

リカヴィオラ エルフ ♀ 15歳 探索者Lv20


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次回は8/7更新の予定です。


迷宮進行回は文字数の割に進捗が出ません。
戦闘描写も頭の中でイメージを動かしつつなので、分かりにくいかもしれませんがお付き合い頂けたら幸いです。

前回更新分の活動報告に記載した通り、今後は不定期に感想返しを活動報告にて行う事があると思います。
頻度のご期待はなさらず、でもお気軽にお寄せ頂けたらと思います。


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攻撃を受けたダマスカスの大盾が文中で鋼鉄になっていました。
ご指摘ありがとうございます。
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