眠る人魚亭へと向かう途中、見覚えのある背中が見えた。
のっしのっしと大股で歩くヤトロクだ。
「おじさん!」
「ん?
シャオクか、どうした!」
「時間があればミトラグおじさんとも話したいから、この後宿にいける?」
「おう、いいぞ!
なんだ、皆さんも勢揃いか。
昼飯か?」
そんなところですと挨拶をして、2人の後ろについて眠る人魚亭へと向かう。
ヤトロクとシャオクの声の大きさに、リカヴィオラが呼応してだんだん大きくなるもんだから、度々自分も混ざってボリュームを下げてみたりした。
宿の入口扉をヤトロクが勢いよく開いてから、声を張り上げる。
「戻ったぞ!」
「あれ、兄貴。
なんでこっちに……って、シャオクもミツキさんたちも、揃ってどうしたの?」
豪快な来訪自体にはツッコまないのは、これがいつも通りだからだろうか。
ずいっと前に出て、ヤトロクとミトラグに順に目を合わせてから話を切り出した。
「お昼をこちらで頂こうかなと思ったのと、シャオクから……そして自分からもご報告がありまして」
「……ちょっと待って。
代わりにカウンターに立ってもらう子を呼んでくる」
何かを察したらしいミトラグが、清掃をしていた従業員に声を掛けて戻ってきた。
そのまま自分たちは奥の部屋へと通される。
前に入ったのはシャオクが所有奴隷になっていることがバレたときだっけ。
バレたというか、自分が考えずにインテリジェンスカードのチェックを受けただけなんだけど。
シャオクがシーム鍛冶師ギルドに所属できたことを機に、隷属関係も明らかにしてしまおう。
各所には初めから自分の所有奴隷であることは伝えてあるし、ヤトロクに伝えていなかったのは久しぶりに帰ってきた知り合いの子が奴隷になっていたというショックを受けないようにとの配慮からだった。
もう自分たちの普段のやり取りも分かっているだろうから、伝えてもきっと大丈夫だろう。
その後には鍛冶師になれたとの報告もあるし、ダメージも最小限だと思う。
「その……、実はシャオは自分の所有奴隷になっていまして……」
「だろうな。
……反応を見たところミトラグは知っていたようだが」
「流石に兄貴も勘付いてはいたか。
僕が止めたんだよ、騒ぐだろうからってさ」
「まぁ、最初はその判断で間違ってなかったかもしれねぇな!」
高らかに笑うヤトロクが、堪えるように言葉を続ける。
「ミツキさんがシャオクによくしてくれてるってのはすぐに分かったから、いつ言い出すのかとこっちは待ってたんだぜ!」
「す、すみません……」
「カードのチェックは毎回ミトラグん時にしてるしよ!」
「う」
「不動産の旅亭のくせに、家を貸す相手のインテリジェンスカードを一度も見ねぇなんておかしいと思わなかったのか?」
「うう」
「こっちも気を使って───」
「兄貴。
そのへんにしてあげてよ」
ヤトロクも別に責めているわけではなく、本当に気付いていなかったのかと疑問に思ったようだった。
だいたい、宿屋も不動産も人に接する職業なのだ。
その両方に従事しているヤトロクが、明らかにおかしい関係性に黙っていれば気づかないなんて考えるほうがおかしいだろう。
穴があったら入りたい。
一応、経緯として脱税奴隷となったシャオクを引き取り、本人の意志のもと一緒に生活していることを説明した。
「それは思ってた通りだったからいいとしてだ。
ミツキさんの他にシャオクも言いてぇことがあるって話だったじゃねぇか?」
「あ、そうそう。
結局なんだったの?」
「それはインテリジェンスカードを見てもらえれば分かります!」
シャオクが割って入ってきて、左腕を差し出した。
いきなりの発言に面食らった両名だったが、自信のありそうなシャオクの表情を見て、顔を見合わせてからヤトロクの方が詠唱を始めた。
「
…………やっぱりミツキさんの所有奴れ───ちょっと待て、ジョブが鍛冶師!?」
「何だって!?
兄貴ちょっとこっちに見せ……、ほんとだ」
2人とも目を丸くした様子がそっくりだ。
やはり兄弟なんだと認識する。
「この前フウルバリの方の迷宮に行った後にちょうど試験を受けられたので、そこでなれました!
シームのギルドに転属願いを出していて、今日づけでこっちの鍛冶師ギルド所属になったんです!」
「シャオクお前……」
よかったなぁ、と大人が涙を流して喜んでくれている。
シャオクも、喜んでくれたことが嬉しくてか目に涙を溜め、その様子にこちらも釣られそうになってくる。
遅くなってしまったが、お世話になった2人にちゃんと報告できてよかった。
ガシガシと頭を撫でられつつ、何度もインテリジェンスカードを見られて称えてもらっていたところで、きゅ~っと可愛らしくお腹が鳴る。
音の主は先ほどと別の理由で赤く顔を染め、報告はおひらきとなった。
「そうだ、昼を食べに来たんだったね。
お祝いならもっと色々用意してあげられたらよかったんだけど、また後日でいいかな?」
「そうですね。
昼過ぎからはギルドの説明があるらしくて、シャオはそっちに行くので」
「じゃあ今日はとりあえず好きなものを頼みなよ。
僕も一緒に食べようかな」
「ありがとうございます!」
「俺は仕事があるから今日は戻らせてもらうぞ!
何か決まったならミトラグから聞いておくぜ!」
「はい、そのときはよろしくお願いします!」
食堂にやってきて、各々好きな料理を注文する。
皆魚と肉のどちらをメインにするか悩んでいるが、主人である自分はここでは魚一択だし、隣の一番奴隷様はどちらも選ぶのですぐに席へと着いた。
全員が座って料理が行き渡って食べ始めると、ミトラグが自身の分を持って近くに座ってくる。
「……っと、随分美味しそうに食べてくれるね」
「実際、美味しいですからね!
魚を出している店はほとんどありませんけど、ここの料理は干物でも食べやすく調理されていますし。
お肉も下処理をちゃんとしてあるので柔らかいです!」
「はは、そこまでちゃんと分かってくれているとこちらもありがたいよ!
……さっきシャオクはギルドの方でまだ用事があるって聞いたけど、ミツキさん自身は時間があるのかな?」
食事を食べ進めながら、ミトラグにしては珍しく自信なさげに聞いてきた。
「いえ、特に急ぎの用事はないですけど……。
どうかされました?」
「できれば、なんだけど、その、いやどうしようか」
何やら頼みごとがあるようだが、歯切れ悪くなかなか切り出してこない様子に場所が悪いのかと思い、食べ終えてから先ほどの部屋で話を聞くことにする。
シャオクを見送ってから、カウンター奥の部屋に移動して、観念したようなミトラグが口を開くのを待った。
「実はさ。
この後食事の予約が入っていて、その内容で困っているんだよね」
「何か難しい要求があったんですか?」
「相手方は『いつも提供している料理で構わない』とのことで魚と肉のフライをご所望なんだけど、調理担当が緊張しちゃってさ。
僕も割とそわそわしているから、ミツキさんに時間があるなら厨房で見ていてくれないかなと思ったんだ」
そんなに大層な相手なのか?
「ちなみにどなたかっていうのは聞けたり……」
そこまで口に出してなんとなく思い当たった。
「あんまり話しちゃいけないんだけど……、フェルス様だよ」
…………やっぱりそんな気はしてた。
「何日か前に、市中の視察ついでにこちらに寄りたいってことで、部下の方からの連絡は来たんだよね。
護衛の方と共に来られて何品か召し上がりたいそうなんだ。
こっちが忙しくない時間帯にしてくれるっていうのと、食事は客室で取られるってことで泊まらずとも1部屋の代金もお支払い下さってさ」
たぶんそれ食事のための視察です、とは言い出せないが、建前ではそうなっているんだろう。
宿の裏手から商店街に抜けた所に共用絨毯があるのは城の冒険者は知っているだろうし、本当に予約の時間帯に食べにくるだけでしょ、お姉様。
「それで、どうかな?
監督してくれるだけでも、お礼はするつもりだけど」
「……
「いや~……その、あわよくば作ってもらったりなんかしてくれるとね、ほら、ありがたいというか、ははは」
ははは、じゃないが。
「いつも通りの品で構わないとか言われたって、ご貴族様、領主様のご令嬢相手だからね。
領民にも分け隔てないって噂はかねがね聞いていても、いざ自分たちが関わるとなるとどうしてもさ。
その点、面識もあって一緒にお食事もしたって言ってたミツキさんなら、万が一にも安心だしね!」
「余程のことがない限りそんな理不尽に怒ったりする方ではないので、大丈夫だと思いますが……。
招かれたときに似たような料理を出してもらえたので、ただ単純にこの宿の料理を召し上がりたいだけだと思いますよ」
自分が呼び出された時は、不貞疑惑だったのでその余程のことに当たったわけだが、基本的にはこちらの希望を聞いてから動いてくれる人だ。
ましてや料理を食べに来るのだし、良い感情を持ってきてくれることだろう。
あちらのシェフが参考にする料理の原形のラインはクリアしていたわけだし、そもそも眠る人魚亭はそれより前から周囲で料理に定評があったはずだ。
先ほど食べた揚げ物だって、見た目も味も申し分ないと思う。
それにフェルスはある程度美味しければ、むしろ庶民の料理の方が食べたかったりしそうでもあるし。
幸い、食事は客室で取るらしいので、作ったシェフを呼ばれても宿の従業員に行ってもらえばいい。
トチらないようにだけ注意しておけば十分だろう。
「お世話になっていますし、監督するくらいでしたら……いいですよ。
ちなみに何時頃に来られる予定なんですか?」
「本当かい!?
ありがとう、15時過ぎに来られるってことになっているよ」
確かに、清掃や昼の混雑を避けた時間帯になっているようだ。
極力他の仕事の邪魔をしないように配慮している辺りが、フェルスらしい配慮を感じなくもない。
「よかった~!
あ、あと他にも新作があると好ましいとも言われてたんだった!」
前言撤回。
自分の料理に注力させたいだけな気がしてきた。
***
来訪まで数時間ほどあったので、準備もしてくるということで一旦帰らせてもらった。
材料を見せてもらったが追加で用意するほどでもないだろう。
魚も肉もあるし、種類を増やすなら冒険者ギルドで買ってくるくらいか。
かかった経費はミトラグは後から経費として補填してくれるそうだ。
新作……の方は難しいが、ホイッパーの材料や
砂糖と蜂蜜とシェルパウダーを持ち出しでいけば、酪と添え物の果物くらいを買えば問題なさそうかな。
パンケーキなんて簡単に言えば混ぜて焼く程度のものだし、そこまで未発展なことはないだろう。
1品増やしつつ、そんなもんか程度に思われてくれれば、シェフを呼ばれたりもない……よね。
かと言って失敗はしちゃいけないので、パラレルジョブに料理人でもつけておくのもありか。
Lv1のままというのもなんなので、迷宮にパッと行って200倍効率でパパっと狩ってちょこっとレベル上げをしてこようか。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 魔法使いLv38
魔法使いLv38/英雄Lv37/探索者Lv38/森林保護官Lv37/遊び人Lv32/料理人Lv1
キャラクター再設定 1 鑑定 1
ワープ 1 詠唱省略 3
6thジョブ 31 獲得経験値20倍 63
必要経験値1/10 31 MP回復速度2倍 3
パーティー項目解放 1 パーティライゼーション 1
(残0/136pt)
一度着替えて装備を身に着け、シームの迷宮15階層へと向かう。
この階層ならフライトラップにロートルトロール、ラブシュラブなので、すべて火属性魔法で弱点を突ける。
必要な手数も少ないので、シャオクがおらずとも大盾のミーラスカだけでなんとかなるしな。
アコルトに索敵をしてもらって、近くの群れから処理をしていってドロップアイテムを回収する。
遠志の補充もできるが、たぶんレベルキャップのせいで遊び人と料理人以外は上がらないだろう。
1時間程度だけ戦闘をして、再び自宅へと戻る。
買い物もあるし、フェルスが来るより先に宿の厨房に入っておかなければならない。
料理人のレベルが8まで上がったが、予想通り他のジョブは変動なしだ。
非戦闘職のためか、派生職でも若干上がりやすい気がする。
着替えをして、アコルトに髪なんかも手直ししてもらっている。
料理をするというのだから、流していた髪はくるくると丸められて留め具で押さえられた。
リカヴィオラも同様にセットしてもらっている。
彼女にはあえて家に残ってもらうという選択肢も考えたが、不自然に会わせようとしなかったととられる方が後々面倒な気もする。
それにパンケーキ作りを見てもらえば、家でも作る時に説明の手間も減るしな。
どうしようもなくなったらワープで逃がせるから、来てもらっていいだろう。
昨日煮沸消毒した果皮剥き用の針金を5つずつ束ねて、ホイッパーもどきを作る。
先ほど迷宮の帰り際に、1階層ボスのホワイトキャタピラーから絹の糸を回収しておいたので、持ち手部分にグルグルと巻いてしっかりと留めた。
これなら握りやすいし、端で手を切ったりもしないだろう。
2つ出来上がったのでミーラスカに預け、アコルトとともに商店街へと送り、果物を何種類か買ってから宿へ向かってもらうことにした。
自分とリカヴィオラは冒険者ギルドへと移動する。
販売カウンターへと並び、酪やスライムスターチを購入してアイテムボックスに仕舞ってもらう。
シャオクがいないから、蜂蜜やらなんやらを運ぶのには探索者だと公表できるリカヴィオラが居てもらってよかった。
眠る人魚亭へとやってくると、昼食や宿泊客の出入りも静かになって、ミトラグと従業員が作戦会議のような形で話し合っている。
やや入りづらそうな様子だったが、下がったところにアコルトたちもいて、こちらに気づいて近寄ってきた。
「おかえりなさいませ、お嬢様。
ミトラグ様たちは歓待の打ち合わせをされておりますので、我々は厨房の方でお料理の相談をお願いしますとのことです」
「うん、わかった。
果物は買えた?」
「こちらです」
手荷物から取り出して見せてくれたのは、モモっぽい果物と、グレープフルーツっぽい果物と、ラズベリーっぽい果物だ。
どれも食べたことはあるし、食感や味も似た感じだったが、色は黄色かったり赤かったりと異世界感がある。
パンケーキには合うはずなので問題ないだろう。
「おっけー、ありがとう。
じゃあ行こうか」
食堂の奥の厨房に移動すると、従業員たちが落ち着かない様子で話し合っていた。
連泊の頃から何度も顔を合わせている彼らだが、こんなに不安そうな顔は初めて見る。
「あっ、ミツキさん!
今日はありがとうございます!」
1人がこちらに気づくと、皆ガタガタと椅子から立ち上がってテーブルの方に手招いてくれた。
「迎えるのはこれからですし、お礼されるようなことは何もしていませんよ!」
「……ミツキさんが調理を代わってくれるって話じゃ?」
いやいやいやいやいや。
どう考えたって、そこそこの調理経験はあってもやり方だけ知っている素人と、日常的に何人前も作っている者とじゃ違うだろう。
それにその経験だって
話が違うと聞いた従業員たちの落胆がやばい。
まだ時間はあるし、試しに作ってみて自分はこんなものだと見てもらったほうが早いか。
明日だって普通に営業なので材料はたくさんあるし、好きに使っていいと聞いている。
そういえばメインジョブに設定することで魔法使いと英雄の肉体的な基礎補正が違うように、料理人もそうなのだろうか。
買い物の際に割引に振っていたボーナスポイントを解除して、料理人を1stジョブに据えた。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 料理人Lv8
料理人Lv8/英雄Lv37/探索者Lv38/魔法使いLv38/遊び人Lv32/細工師Lv26
キャラクター再設定 1 鑑定 1
ワープ 1 詠唱省略 3
6thジョブ 31 パーティー項目解放 1
パーティライゼーション 1 器用 67
(残0/106pt)
余ったボーナスポイントは器用に振り、補正のある細工師のジョブをセットする。
遊び人のジョブ効果も、英雄の器用中上昇を設定しておいた。
ここまでやっても気休めかもしれないが、何もしないよりはマシだろう。
いざとなれば魔法使いのジョブを入れ替えるだけで、インテリジェンスカード上はすぐに戻せるし。
───結果。
明らかに技術が向上、というか包丁をいれる場所や角度などの小さなミスが減り、火の通り具合や衣の上がり方などのムラも殆どなくなった。
メインジョブはやはり本職というか、設定することでなんらかの補正が発生していると考えていいだろう。
自分の想像していた出来上がりより、ずっと上手くなってしまっていた。
そう。
小分けにして味見をしたその場の全員が、このままミツキにやらせればいいじゃんと納得してしまうほどにだ。
ちなみに取り分けた残りの料理はアコルトの胃に消えた。
スズシロ・ミツキ エルフ ♀ 18歳 料理人Lv8
料理人Lv8/英雄Lv37/探索者Lv38/魔法使いLv38/遊び人Lv32/細工師Lv26
(村人5 農夫1 戦士30 剣士9 僧侶30 巫女31 商人30 錬金術師1 薬草採取士30 森林保護官37 賞金稼ぎ17 騎士1 暗殺者1 武器商人1 防具商人1 奴隷商人1 盗賊30)
アコルト 兎人族 ♀ 16歳 狩人Lv29
シャオク ドワーフ ♀ 19歳 鍛冶師Lv27
ミーラスカ 牛人族 ♀ 24歳 巫女Lv24
リカヴィオラ エルフ ♀ 15歳 探索者Lv23
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次回は8/28更新の予定です。